本編どうぞ
4/18 丁礼田陽頼
弦巻さんの謎の会議に巻き込まれてから速一週間が経過。あれから校内で会うこともなく平穏に過ごすことが出来ていた。「笑顔を取り戻してみせる」なんて堂々と宣言していたが、世の中には一度失ったら二度と取り返すことが出来ないものがあると教えてあげたい。あの世間知らずのままだったらいつか潰れる日が来る。身をもって分からせるしかないのか。
そして今朝、早めに登校した俺と花音が誰にも使われていない教室に佇む千聖を見つけた。外が雨雲に支配されていることもあって教室が余計に暗い。だがそれに負けじと千聖の表情も暗かった。原因は分かっている。だが口に出せなかった。口に出せばガラスが粉々になる。
そのまま素通りしようとしたが千聖の方から声をかけてきた。
「あら…花音と陽頼じゃない。おはよう…。」
作り笑顔という言葉では足りないくらいの笑顔で挨拶をしてきた。俺もなんて声をかけていいんだか分からない。
「千聖ちゃん…おはよ。」
「陽頼?どうしたの?」
「いや……なんて言葉をかけたらいいんだか分からなくってな…。昨日の今日だろ。」
「ええ…やっぱり顔に出てたのね。」
それもそのはず、昨日、千聖は所属するアイドルグループのパステルパレットのデビューライブが禁忌を犯したのを目撃した。演奏が出来ないためにアテレコでやり過ごしたわけだ。そのせいで千聖は激しいバッシングを受ける事となった。アテレコがバレた瞬間のブラックアウト。あれは今まで築き上げたものを全て崩す合図のように思えた。
千聖の話によればこのアテレコ自体スタッフの指示と脅迫によるものだそう。黒い大人に良いように使われたわけだ。
傷の度合いなんて比べるものじゃない。このアテレコによってキャリアどころか精神にまで異常をきたした。今まで表層だけ見れば華々しい生活を送ってきた人に耐えることの出来る屈辱なんかじゃない。
「もう…下の下まで叩き落とされた気分よ。」
「千聖ちゃん…でっ、でも!まだチャンスはあるはずだよ!ここからやり直せるよ!」
「いいえ、一度信用を失えば最後、もう二度ともとには戻れない。それは芸能界だけでなく人間社会も同じことよ。」
「……そうだね。」
付け焼刃だとしても元気を取り戻そうとしたかった花音。花音なりの優しさなのだろう。しかし花音も千聖同様この世界の不条理を知ってしまった人だ。正論を叩きつけられれば納得するしかない。
「千聖、これからどうする気だよ。」
「前にも言った通りよ。私はどんなことがあっても生き延びるだけ。手段は選んでいられないわ。」
「そうか…。アイドルとはいえ夢も希望もないな。仕方のないことだろうけど。」
「アイドルなんて結局上っ面だけの芸に過ぎないわ。陽頼の言う通りよ。」
「いざその現実を目の当たりにすると何とも言えなくなっちゃうね。」
「ふふっ。」
「?どうした。」
「あなた達が話の通じる人でよかったわ。変に夢や希望を持たされても困るもの。」
「そうだな。」
「私、お仕事行ってくるわね。」
「もう仕事があるのかよ。」
「そうよ?でもこれも生き残るためよ。」
「そうか………千聖。」
「ええ。分かっているわ。私は途中で死んだりしないわよ、絶対。ありがとう、二人とも。」
千聖は薄暗い教室を後にした。立つ世界は違えど降りかかる不条理の本質は変わらない。白羽の矢が立ったということで良いのだろうか。
読了、ありがとうございました