5/12 丁礼田陽頼
晴天、昼休み、花音に「昼ご飯一緒に食べよ?」と誘われた。誘われただけならいいがその後「ハロハピの皆も一緒だよ」との付け足しがあった。それを余計に感じてしまい俺は珍しく花音の誘いを断った。俺は晴天の下屋上のベンチに一人取り残された。
最近虫の居所が悪い。誰かに殴られたとか屈辱の味を噛み砕いたとかではないのにだ。原因は分かっている。花音のハロハピ加入だ。
加入するもしないも花音自身が決めることだ。俺はその決断に従うだけ。ただそれだけなのに今回ばかりは気にくわない。花音は俺と同様、今まで散々不条理な制裁を与えられてきた人間。花音はバカじゃない。経験をもとに未来を予測することも容易いはず。にも関わらずだ。花音は加入するとあの場で宣言した。
本当に良いのだろうか。ハロハピに加入したことで受ける不条理がないわけではない。作田の時のようにまた裏切られるかもしれない。それでもあの場でついには「笑顔にしてあげる」と宣言。これまでの花音が壊されたのだ。
納得がいかなかった。きっと花音はあの笑顔の波状に耐えられなかったが為に加入することになったはずだ。俺は違う。もう騙されたくない。騙されて絶望するなんて過ちは二度と繰り返したくない。
小さいながらも決心していた俺のもとへ一人、訪れた。
「あら、一人でこんなところにいたのね。」
「…千聖か。」
「隣失礼するわよ。花音はどうしたのかしら?」
「花音は……ハロハピとかいうバンドメンバーと一緒だ。」
「そうなのね。」
「俺、気が動転してんだよ。今まで取って付けたような笑顔しかしてこなかった花音が急に本気で「笑顔にしてあげる」だなんて言うからな。」
「…そう。」
「花音は…あの人は何に踊らされてんのか。それが分かれば花音をまたもとに戻せるかもしれない。だから…」
「ちょっといいかしら?」
「なんだ?」
「花音は、今のままでいいんじゃないかしら?」
「!?千聖までそう言うのかよ。一体どうなってんだ!」
「陽頼の「もう騙されたくない」っていう気持ちも分かるわ。」
「……」
「でもね、世の中悪い人達ばかりじゃない。時には誰かを助けてあげたいって思う人もいるはずよ。」
「いるかもしれねえけどよ…」
「少なくとも花音はあなたを助けてあげたいって思ってああいう風に言ったんだと思うわ。」
「……千聖。お前に何があったんだよ。」
「私も最初はあなたと同じで他人を全く信用してなかったわ。でもパスパレが活動休止になってから色々あってね。そこで気付いたのよ。」
「何をだよ。」
「仲間がいると自分を変えられるチャンスがやってくる。こんな世界でも希望を持てるようになるのよ。」
「…」
「まだあなたには分からないかもしれない。でも花音はおそらくハロハピを通して希望が見えたのかもしれないわ。こころちゃんは確かにお転婆さんだけど悪い子じゃないわよ。」
千聖までもが希望という言葉に乗せられた。もう言葉がでなかった。そうなると俺の周りは皆「希望」の道を進んだことになる。ここで確信した。俺はひとりぼっちになったのだ。
そして皆希望に踊らされているわけではない。皆この不条理に満ちた世界を「希望」を武器にしようとしているらしい。希望を頼りにすれば明るくなれるという結論になるわけだが。
「私の事務所にも嫌な人がいっぱいいてうんざりよ。でも、信用できる仲間がいると不思議と乗り越えることも簡単なのよね。これまで陽頼が死なずに生きてこれたのも花音が居てくれたお陰じゃないかしら?」
「ああ……そうだな。だが花音もお前も別世界に行ってしまった感覚だ。完全にひとりぼっちになったんだよ。」
「私が言えた立場じゃないかもしれないけど…もう暗い世界に居続ける必要はないわ。花音に笑顔にしてもらったらどうかしら?」
「…今すぐここでの決断はできない。考える必要がある。」
「そう。私もう行くわ。あなたの笑顔が見れる日を楽しみにしてるわよ。」
千聖も花音も俺を置いて別人へと変わり果てた。完全に一人になってしまった。俺はこれからどうすればいい?千聖の言うように仲間を作って希望とか言う幻想に踊らされればいいのか?はたまたこれからずっとひとりぼっちで生きる道を選べばいいのか?ロフストランドクラッチを握る力が勝手に強くなる。
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「陽頼くーん。ただいま。」
「おかえり。練習、長かったな。」
「うん。楽しかったよ。」
「……そうかよ。」
花音から楽しいという言葉が出た。明らかに本心で言っている。前から分かっていたがもう花音は俺の知っている花音ではなくなった。物理的には一人じゃない。だが本当に一人じゃないのか?答えはもう出ているじゃないか。
自分を諭していると花音から口を開いた。
「ずーっと勉強してるね。疲れてない?」
「少し疲れた。」
「お疲れ様。夕飯つくるね。何食べたい?」
「悪い。今は考える余裕がない。」
「…そっか。」
本当に花音には申し訳ないと思っている。ずっと俺を支えてきてくれた人をはね除けるような真似をしている自分に嫌気が射す。
「陽頼君……」
「なんだ?」
「相談なんだけど……その…」
言うか言わないか迷っているのが伝わってくる。まあ昔からの癖ではあるからなんとも思わないのだが。
そして意を決した花音が口を開いた。
「こっ、今度の土曜日!ハロハピの練習一緒に参加してくれないかな…?」
加入して間もないのに早速俺を勧誘してきた花音。やっぱり前向きだ。何にたいしてかは知らないが。
返答に困った。俺を笑顔にする為の第一歩なのか。渋々ではあるが…本物の笑顔や希望といったものがどんなものか、この目で確かめてみたい。
「分かった……楽しませてもらうぞ。」
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