5/24 松原花音
夕暮れの教室に一人佇む私。
私の事実上のハロハピ脱退が決まって約一週間が経過。思えば私には"人殺し"という時限爆弾があったのにも関わらず"笑顔"に魅せられて加入した。その上私は陽頼君に"笑顔にしてあげる"と宣言。
ハロハピで活動してた時、私は人殺しのレッテルを完全に忘れていた。つかの間の休息だったのかな。でも忘れていたのがダメだった。時限爆弾はいつしか爆発する。なんでその事を忘れていたんだろう。人殺しという事実が知られれば私の周りから人が離れていくのが分かっていたのに。笑顔で絶望をはね除けるって決心したのに。あの決心は何だったんだろう。
でも悪いことばかりじゃなかった。もしせめて陽頼君を笑顔にすることができたら?何が起こるかは想像はできないけど何かいいことがあるのでは?去り際には希望を見せてくれたハロハピに感謝して今後の活躍を祈った。もう関わることができないのが残念だけど。
私の軽率すぎた行動に後悔していると一人、教室に入ってきた。
「あら、花音じゃない。一人でどうしたのかしら?」
「あっ、千聖ちゃん…ちょっと考え事してて…。」
「そう。野暮な詮索はしないわ。」
「うん。ありがとう。」
「それで……ハロハピの方はどうなのよ。」
「それが……」
「ん?何か問題でも?」
「事実上脱退しなくちゃダメだったの……。」
「ええ!?せっかく良いバンドに入ったのにもう抜けちゃうの!?」
「うん。あの事が知られちゃったからね。」
「あの事?……あ、分かったわ。」
「うん…。私の口からは言いたくないあの事。」
「それでもあのバンドに居ることくらいは許されるんじゃないかしら?」
「ううん。やっぱりダメだった。メンバーに不信感を持たれちゃったら良い影響なんてもうあるはずがないもん。」
「……」
「今まで暴行を受けてきたことも屈辱を味わってきたのも全部必然的だったのかなって思ってた。私がハロハピにいる間に味わった幸福は一時的な体験でしかなかったのかな。……結局」
「…!」
「幸福を掴むことは……無理なのかなぁ…。」
「花音……自分で気付いてないかもしれないけど、」
「えっ?」
「あなた…泣いてるわよ。」
知らぬ間に涙で溢れていたらしい。おかしいな。涙なんてとっくの昔に荒れ果てていたはずなのに。じゃあこれは何?
「私が泣くなんてことは無いはずだよ。だってもう笑顔になるのは無理だって分かっているんだから。」
「でも実際涙は出ているじゃない。分かりきっているなら涙は出るわけ無いわ。」
「じゃあこれは……何なの?」
「私が思うに……花音の中でまだ笑顔になりたいって思っている花音がいるってことじゃないかしら?」
「……どういうこと?」
「花音は笑顔になるなんてこと眼中になかったと思ってた。でもハロハピに会ってから笑顔になりたいって本気で思えるようになった。笑顔になることの嬉しさを知って希望が持てたのよ。」
「……」
「でもその希望が断たれた。せっかく掴んだ希望を手放さなくちゃいけないなんてそんな辛いことは無いわ。」
私は笑顔になることを諦めた。そうしたはずなのに何か千聖ちゃんの言っていることに違和感を感じる。私とは真逆のことを言っていて普通なら反論できるのに何故かこの時は反論できなかった。どういうこと?認めたくないけど結論が一つ出てきた。それは
まだ笑顔になりたいと思っている
おかしいな。これまで絶望し続けたのにも関わらず未だに笑顔を求めているなんて。手に入りもしないおもちゃを欲しがる子供のよう。私……本当にバカなのかな。
「花音も認めたらどうかしら?笑顔とか夢を追いかけるのも悪くないと思うわ。」
「っ!……千聖ちゃん、ずいぶん変わったね。何があったの?」
「パスパレが活動休止になってから色々あってね……私、自分を変えられて良かったと思ってるわ。」
「……」
「これだけは忘れないでほしいの。」
「何?」
そっと私の手を優しく取って言葉を紡ぐ
「どんなことがあっても、私は陽頼と花音の味方だから」
ぽっと短い言葉を囁いて千聖ちゃんは教室を出ていった。味方か……誰にでも言えるような言葉なのにやたら重みがあったのはどうしてだろう。その言葉のせいなのかどうかは分からないけど涙が止まらなかった。
一人しかいない教室で静かに、感情を爆発させていた。
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夕焼けに沈む中庭のベンチで陽頼君を長らく待たせてしまった。私、かなり感情が顔に出やすいから陽頼君に内面を気付かれたら少し恥ずかしいと思っていた。
「陽頼君、お待たせ。」
「長かったな。そんだけ考え事していたってことか。」
「うん。ごめんね、一人で考える時間がほしいだなんて言っちゃって。」
「それで良い。あまり深くは聞かないが…何考えていたんだ?」
「……ハロハピのことでね。」
「そうかよ。実は俺も考えていてな……。」
「え?」
ビックリした。諦めが速い性格の陽頼君が過去の事で悩んでいたなんて。
「おかしいんだよ。普通なら諦めがついていたのに何故かもやもやする。」
「そうなんだ。……私もその事で悩んでいてね。」
「花音も、か……」
「認めたくはないけど、もしかしたらね…」
「?」
「私達、幸せになりたいんじゃないかって。」
「達って…俺もか?」
「そう。少なくともあの事件が起こるときまでは幸せだったから。」
「……釈然としねえ。」
「そうだね。じゃ、帰ろうか。」
「ああ。」
認めたくない。認めたら私達のこれまでの絶望に浸かった人生が全て無駄になる。私達は生きるため、笑顔を忘れるしかなかったんだから。
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