7/7松原花音
午後2時、日差しがほんの少しリビングに差し込む。
幸せで隔離された小さな世界にたった二人。いつまでも守りたい。
事件から三週間ほどが経過した。作田、尾関達は警察の介入もあってもう中学校には来ないらしい。まさか私の身近な人から少年院に行く人が出るとは思わなかった。
陽頼君はというと右頬と右足に重度の打撲傷ができてしまって、外傷を治すのは困難だってお医者さんが言ってた。そのため陽頼君の鼻辺りを包帯が一周巻き付いている。右足は奇跡的に骨折はしていないものの筋肉の損傷がひどいらしい。陽頼君のお陰で私に怪我はなかった。感謝してもしきれない。
そして今私達は学校を休んでいて私が陽頼君の家にお邪魔している。私達の精神はズタズタで学校どころか外にも出たくなかった。陽頼君以外誰にも会いたくない。そんな気持ちだった。
何より希望を持たされた上で裏切られた事実が一番辛かった。「世の中敵ばかりじゃない」そう思えるようになったばかりに欺かれ、はめられたのだったから。今回私達がこんな目に会った原因は10年前の誘拐事件にたまたま巻き込まれ、阿久津を逮捕したことだった。阿久津のつまらない自己満足のために今日までの10年間を地獄に塗り替えられた。この10年間は戻ってこない。取り返しなんてつかない長すぎる時間だった。
「ん?これ誰の電話番号だ?」
「あの時通報してくれた人の電話番号だって。たまたま公園の近くを通りかかって私達が襲われてるのを見たらしいよ。」
「そうか。落ち着いた頃だし電話してみるか。」
「そうだね。お礼、言えてなかったもんね。」
早速電話をかけてみた。3コールくらいしたら相手が電話に出た。
「もしもし…。」
「何方ですか?」
「この前公園であなたの通報で助けて貰った者なんですが…。」
「公園…通報…。ああ、あの時の。」
「その節はどうもありがとうございました。」
電話越しに礼を言う。ここで電話相手から衝撃の一言が発せられた。
「外れたら申し訳ないけど良いかしら?」
「?どうぞ。」
「もしかしてあなた達…
花音と陽頼かしら?」
どういうわけか自分達の名前を当てられた。見ず知らずの他人から。私の警戒心がぐっと上がった瞬間だった。
「すいません、あなたはどういう…」
「ああ、私ね…白鷺千聖って言うの。」
「…え?」
懐かしい響きだった。幼稚園で私と陽頼君と3人で遊んでいた私のもう一人の幼馴染み。幼稚園を卒園して以来ずっと連絡をとっていなかった人から思いもよらないタイミングで会うことになった。
「…違ったかしら?」
「ううん!花音だよ!陽頼君も一緒にいるよ!」
「!そうなのね。陽頼と花音の家は幼稚園の頃からずっと変わっていないのかしら?」
「うん。変わってないよ。」
「そうだったのね。今お仕事でたまたま陽頼の家の近くにいるの。この時間帯に私に電話してきたってことは花音は今家にいるのかしら?」
「?そうだよ?」
「私ちょうどお仕事が終わったところでね…この後暇なのよ。あの事件のことも聞きたいし今から陽頼の家に行って良いかしら?」
「!うん。良いよ。待ってるね。」
「うふふ。急いで行くわ。」
ガチャ
「千聖か?これまた珍しいな。」
「久しぶりに会うね。ちょっと楽しみ。」
公園での事件以来私はずっと絶望の中だった。あの誘拐事件に巻き込まれてから今日までずっと辛いことしかなかったから千聖ちゃんに会うというイベントが私達に何をもたらしてくれるのか、淡い期待が浮かんだ。
電話から10分後、家のインターホンが鳴った。
「はーい。」ガチャ
「花音。久しぶりね。」
「うん!久しぶり。中に入って。陽頼君もいるよ。」
「うふふ。お邪魔するわね。」
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「陽頼。久しぶり。」
「ふっ、千聖か…久しぶりだな。」
千聖ちゃんは笑顔で私達に手を振ってリビングのソファーに腰かけた。飲み物を出して私がソファーに座ったところで千聖が切り出した。
「元気にしてた?って言いたいのだけど…その様子だと元気って訳ではなさそうね。」
「えへへ。やっぱりバレちゃったね。」
「まあこんだけ外傷があるんだ。分からない方が難しい。」
「そうね…。私、あなた達が小学生の時に巻き込まれた誘拐事件のニュースを見て凄く取り乱したの。なんで何の罪もないあなた達がターゲットなのかって…。あなた達に会いたくてしょうがなかったわ。」
「…そうか。心配かけたな。」
「それで、今回の事件、誰がやったことなの?」
「襲ってきたのは私達の中学の同級生で大人数の不良グループだったよ。でも裏で糸を引いていたのはあの誘拐事件の実行犯の一人、阿久津って男だったの。」
「裏で糸を引いていた?どういうこと?」
「阿久津は逮捕されたことを私達のせいってことで復讐がしたかったらしいの。だけど私達は学生って守られてる立場だったから手が出しずらかった。だから私達中学の不良グループを金で雇って襲わせてたの。」
「そんな…人間のクズじゃないの。!まさか花音の額の傷も陽頼の右足と顔の包帯も…」
「全部奴らにつけられた。もう二度と消えることはないってよ。」
「そんな…あんまりじゃない…。」
私達のこれまでの過去が千聖ちゃんの涙腺を崩壊させた。千聖ちゃんはしばらく泣いていた。これがはじめてだった。私達のために涙を流してくれるのが。
千聖ちゃんは落ち着くとあることを切り出してきた。
「陽頼も花音も…随分雰囲気が変わったわね…。」
「雰囲気?どういうこと?」
「小さかった頃の明るい感じが一切消えたように思えたの。」
「…」
「何て言うのかしら。陽頼も花音もお互い依存しててそれ以外を一切信用しないような感じがするの。あなた達、そういう目をしてるわ。」
「さすが千聖って感じたな。全部お見通しかよ。」
「一体何があったの?」
「誘拐事件の後学校の皆は私達を異物扱いしてきたの。この傷のせいでね。それで気付いたの。人間って自分達と同じじゃない人を排除する生き物だってね。」
「そっ、そんなこと無いわよ!受け入れる人だって何処かにいるはずだわ!」
言葉がつまり始めた千聖ちゃん。だがここで陽頼君が別角度から切り込んだ。
「千聖、まだ女優続けてんだろ?」
「何よ突然…。それはまあ、続けてるけど…。」
「変わったのはお前も同じだ。千聖。」
「?どういうことかしら?」
「千聖も芸能界に居続けて随分悪い方に変わったってことだ。芸能界じゃ常に仮面を被って笑顔を振り撒いているが本当は誰も信じちゃいない。ただ自分のキャリアを積むだけの機械になったってことだ。」
「…」
「確かに芸能界は競争の激しい世界だ。しかも簡単には身を引けない。だから自分のキャリアを積むしかない。だが所詮芸能界は表層だけのイルミネーションだ。誰も本当の千聖なんて見てないってことだ。」
「陽頼…?あなた何言ってるの?」
「だがそれが事実だろ?」
「…何が言いたいの?」
「お前に二つアドバイスをやるよ。一つ。他人は利用しろ。二つ。少なくとも俺と花音は千聖の味方だ。」
「…陽頼君。」
「違う…。」
「ん?」
「私は他人を利用するなんてことしてない。この先も…私は皆と協力して…!」
「いい加減目を覚ませ!」
「!」
「千聖はこれまでキャリアを積んできた。それも幼稚園の頃からずっとだ。だがそれは、自分の才能を磨いたのと同時に他人を踏み台にしたからじゃないのか!」
「ち…違う!」
「それで良いんだよ…。」
「…え?」
「これからも他人を踏み台にして前に進め。この世界で他人を信じるな。」
「…」
「俺はもう誰かがこの世界で全うに生きて苦しむ様を見たくないんだよ。」
「…安心したわ。陽頼の優しさは、まだ健全なのね。」
「安心しろ。俺と花音は味方だ。」
「今日はありがとうね、二人とも。久しぶりに会えて嬉しかったわ。」
「千聖ちゃん…またね。」
「千聖…」
「ん?どうしたの?」
「生き延びろよ。」
「…ええ。生きて見せるわ。」
千聖ちゃんはすっきりした顔で家を後にした。これも陽頼君のお陰…なのかもしれない。私も嬉しい気持ちになった。
だってこれから社会の犠牲になる人を一人、救うことかできたんだから。
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