ネクタイノオモテウラ   作:建月 創始

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シャニP×樋口円香の完全4年後IFです。
完全に自己解釈のみで書いているので解釈違い注意です。

本来短編で終わる予定だったんですけど、ちょっと長くなりすぎたので複数話構成になりました、許してください。
よろしくお願いします。


第1話 夢

ノクチル。

それは、283プロダクションより発表された、4人組アイドルユニットの名だ。

誰よりも透明で、綺麗で。

彼女達のパフォーマンスは老若男女、誰もを魅了した。

そのノクチルが、本日のラストライブをもって4年の活動に幕を下ろした。

ラストライブの会場は日本有数の大規模ドームであったにも関わらず、満員御礼。

更に会場の外にはその空気感だけでも味わおうと、多くの人が押し寄せた。

まさに大団円といった様子で彼女らの“ノクチル”としての活動は終えた。

 

そう、ノクチルは終わったが、そこで彼女らの人生が終わるわけではない。

ある雑誌でノクチルについて語られた言葉を借りるとこうだ。

 

「かつて誰よりも透明であった彼女らの翼は、各々の色でついに色を付けた、それならば誰からでも見えるように大空へ、はたまた大海原へ、彼女らならば、もうどこへでも行けるのだから。」

 

そう、4人のアイドルはそれぞれ自分自身にあった道へと、歩みを進めたのだ。

 

浅倉透はそのルックスを武器にオールラウンドに活動するタレントに。

市川雛菜はそのインフルエンサーとしての才と若者からの絶大な信頼を存分に発揮することができるモデルに。

福丸小糸はタレント業は続けながらかねてより在学していた名門大学にて学問に励む学生へ。

 

そして、樋口円香は……。

 

_______________________________

 

「本当に……良いのか?」

 

戦々恐々としながらプロデューサーは質問を投げる。

 

その雰囲気を感じているだろうに、彼女は顔色一つ変えずに答える。

 

「はい、夢は充分に見ましたので」

「そうか……その意志を俺は尊重する、ただ、何故“アイドル”から“プロデューサー”になろうと思うのか、その理由をしっかりと聞いてからじゃないと駄目だ、大体円香には……」

 

話が長くなりそうな雰囲気を察知した円香は告げる、端的に、真っ直ぐに。

 

「貴方のようになりたいから」

 

真っ直ぐに向けられたその視線の先でプロデューサーは目を丸くする。

 

「……ははっ、少し聞き間違えたかな、もう一度言ってもらえるか?」

「貴方のようになりたい、なってみたいからです」

 

いつもなら溜息と共に飛んでくるはずの皮肉は今日は無い。

返ってくるのは一つの答えのみ。

きっと、何度聞き返しても違う答えは出てこない。

そのことを円香の眼差しは語っていた。

 

静かに深呼吸をして、プロデューサーは言う。

 

「詳しく聞いてもいいか……?」

「はい」

 

円香は一呼吸置いてからいつものトーンで語り始める。

 

「最初は本当にただ浅倉が騙されていると思って、事務所を訪ねました、そこで初めて貴方と出会いましたね」

 

事務所を訪ねてみて、出てきたプロデューサーは若く、どこか腑抜けていて、まるで浅倉を任せられないと思ったこと。

まるで絵空事のようなことをさも当然かのように語っていたこと。

暑苦しいくらい自分の仕事に誇りを持っていること。

 

私を呼び止めてスカウトしようもしたときの目が輝いていたこと。

 

その目を裏を暴こうと思ったこと。

 

その目を信じてみようと思ったこと。

 

まるでプロデューサーに初めに語られた絵空事のように、次々語られるプロデューサーと樋口円香のアイドルとしての記録。

4年という月日が流れたとしてもその日々は鮮明に焼き付いていた。

忘れることなど出来ないかのように。

第一忘れる気など毛頭ない。

 

そして、彼女の主張は次の言葉をもって、締めくくられる。

 

「……次は私が夢を誰かに語ってあげられる、思い出をあげられる、そんな存在になりたいんです」

「ははっ……そうか、そう、か……」

 

本人の気づかぬうちにツーッとプロデューサーの頬を涙が伝う。

そのことに気づいた彼から急に嗚咽が漏れ出す。

その嬉しそうな涙の姿はまるであの時、WINGを優勝した時のように綺麗で。

 

……その顔に。

その笑顔に救われてきました。

その立ち姿に勇気を貰いました。

不器用ながらもその真っ直ぐな力強さに背中を押してもらいました。

だから裏の姿を見たいと思ってしまいました。

でも“アイドル”の私達にその姿は絶対見せてくれなくて。

だからそのネクタイを緩められるようになる、その日まで、私は。

ワタシは。

 

「私の話はまだ終わっていませんよ」

「あぁ……もう大丈夫、泣き止むよ」

 

そしてまた、眩しい笑顔をこちらに向けた。

 

『あぁ、出てしまう』

いつも誰かのために歌っていなかったあの歌のように。

『歌いたい』

いつの間にか誰かを想いながら歌うようになったあの歌のように。

『言ってしまう』

アイドルという枠組みから飛び出すように。

『言ってしまいたい』

我慢ができないほどに我儘に。

『言ってしまえ』

誰よりも貪欲に。

 

「私は貴方のことが好きになってしまったんです」

 

まるでトリガーを引かれた銃弾のようにその言葉は飛び出した。

 

言葉の弾丸の火花に当てられたかのように全身がぼう、と熱くなるのを感じる。

頬が、耳が紅潮しているのが考えずともわかる。

 

でも、自分だけその顔を見られるのは癪だから。

彼女は飛び込む。

まだなんと言われたか信じられないように目を白黒させている、その男の胸に。

飛び込んで抱き締める。

まるで子供が、お気に入りのぬいぐるみに向けてこれは自分のものだと主張をするように。

 

「まど……か……?」

「なんですか?まさか、聞こえてなかった、なんて……」

「言わない」

 

今回ばかりは最後まで言わせない、言わせてなるものか。

そう言わんばかりに強く彼女の少し華奢な抱き締め返した。

互いの心臓の鼓動がシンクロするように早鐘を打つ。

 

「本当に、良いのか?」

 

投げかけられた最後の質問、その返答は言葉ではなく頬へと返された。

 

そして、一度離れて彼女の顔を見る。

これまでにないくらいとても赤い。

 

そしてプロデューサーの顔を見て彼女はいつものように微笑む。

 

「まるで秋の紅葉みたいですね、ミスター旬男」

「ははっ、そっちは熟したのりんごみたいだぞ」

「なら美味しく食べられるうちに」

 

返ってきた返答は年下とは思えないほど挑発的で少し面食らったが、その挑発に乗るようにぐっと引き寄せて唇を重ねる。

一瞬円香の身体が強張ったのを感じ、怖がらせてしまったと思ったプロデューサーは唇を離そうとする。

がしかし、円香にジャケットの襟を掴まれており、離れることは許されなかった。

その円香の手を見ると小さく震えていた。

そのことに気がついたプロデューサーは反射的にその手を優しく握ってやった。

すると円香の体の強張りは消え、自然体へと戻れたようだった。

 

どれだけの間キスをしていたのだろうか、と、そう思ってしまうほど長い時間に感じた、そのキスを終えた二人は見つめあう。

笑顔が更に緩む、仕事中に張り付いた仮面が崩れ落ちる。

そしてひとしきり笑いあい、向き直った円香の前に居たのは、“プロデューサー”ではなく。

樋口円香の見たかった、一人の青年“一色翼”だった。

 

_______________________________

 

一色翼の朝は早い……とは言い切れない。

実は朝にはめっぽう弱く、学生時代は遅刻1分前ギリギリに教室に入ってくることで有名だった。

なので大体早出の仕事ではない日に起きるのは7時過ぎだ。

その時間に起きて、まず朝ごはんのコーンフレークと共にドリップコーヒーを1杯を飲み眠気を覚ます。

スーッと鼻を通り抜けるのはいつの間にか身体に染み付いてしまった無糖の香り。

コーヒーを腹に流し込み、洗面台で洗顔、歯磨き、髪のセットをノロノロと行う。

クローゼットの中から適当にワイシャツとスラックスを手に取り、着る。

そしてお気に入りのネクタイを手に取り、慣れた手付きで結び、キュッと首元を締める、その瞬間、スイッチが押されたかのように意識が“一色翼”から“プロデューサー”へと切り替わり、行動の優先順位が変化する。

自分ではなくアイドルを最優先事項に、283プロダクションのプロデューサーとして、アイドル達に恥をかかせるわけにはいかないから、スーツで“自分”を覆い隠して。

家を出る前に鏡で一度口角を上げてみて、そこに写った屈託のない笑顔を浮かべる顔を確認してから彼は家を出た。

_______________________________

 

樋口円香の朝は本当に遅い。

といっても「樋口円香は朝に弱い」というのは実はもう円香のこと知っている人間はほとんどが周知の事実として認識しているため、もはや驚くこともないことだ。

……知られる原因となったバラエティ番組の透の発言はまた別のお話としておこう。

 

さて、円香自身はそのことについてとても苦労しているのだが、もはや本人の特性として根付いてしまっているため半ば改善は諦めてしまっている。

だからこそ、一度起きてからの行動は最早神速と言える速度で進行する。

洗顔、化粧水などでスキンケアを済ませると、本来最も女性の準備で時間を食うことこの上ない化粧を、アイドル時代にメイクさんに教えてもらった順序で効率良く行い、なんと数分で済ませる。

クローゼットを開け、私服の方ではなく女性用のパンツスタイルのスーツに手を伸ばし、身に着ける。

スケジュールの書かれた手帳を片手に母の用意してくれていたトーストとコーンスープを食べる。

 

(浅倉は、今日はバラエティ番組の撮影のあとは午後から雑誌の打ち合わせ…これには同席しないと、雛菜は……何度も一緒に仕事をしたことあるカメラマンだから大丈夫でしょ、小糸は2限の後に迎えに行って定期放送のラジオのパーソナリティ、うん、これぐらいなら)

 

一人でも出来る。

 

そう思い、母に「ごちそうさま、行ってきます」と告げて彼女は家を出た。

その横顔には緊張の色が残っているが、円香はそれに気が付かないフリをした。

 

_______________________________

 

「おはよう、円香」

「おはようございます」

 

向かい合わせのデスクの近くでお互いに挨拶を交わす。

そしてまだ業務時間になっていないというのに忙しそうにパソコンのキーボードを叩くプロデューサーは口を開く。

 

「円香、今日のみんなの活動なんだけど…」

「把握しています」

「流石だ、ただ雛菜の撮影に心配な点が一つできたから聞いてほしい」

「はい」

「今回の撮影、いつもの人が撮ってくれる予定だったんだけど、ちょっと体調が優れないらしくてさ、代打で同じ出版社の別雑誌のカメラマンが出ることになった」

「カメラマンの変更ですか、なにか問題が?」

「そのカメラマンさん、ちょっと過激な写真を撮りたがる人でさ、しかも今回は少し若年層向けの漫画雑誌の撮影っていうことで過激な注文が無いとは言い切れない」

「そこで私が撮影に赴いて、釘をさせと?」

「直接的には言わなくて良い、あくまで雛菜が明らかに嫌がる注文が飛ばないように上手くコントロールしてくれれば良い」

「……失敗した場合のリスクは?」

「大丈夫、そのときは俺がなんとかする」

「答えになってない……私一人がなんとか出来る範囲じゃないとあなたの仕事が増えるだけでしょ?それじゃあ、あの3人の仕事を任せてもらった意味がない」

「……そうだな、悪かった、端的に言うと、カメラマン一人に嫌われる程度じゃ仕事が激減するわけじゃないからリスク的には問題ないし、もし何かトラブルになりそうになっても円香なら切り抜けられると考えてる」

「ありがとうございます、それがわかっただけで充分です」

 

メモ帳から目を上げ、プロデューサーの顔を見る。

その顔は少しバツが悪そうな顔をしていた。

 

「どうしたんですか?」

「ははっ、いやぁ、円香の成長具合はすごいなと思ってさ、あと数ヶ月もすれば俺を追い越しちゃうんじゃないか?」

 

円香はその言葉に微笑する。

 

「私はあなたの真似事をしているだけです、だからその先はまだ望めませんよ、ミスターお手本」

「お、“まだ”か、っていうことは、いつかは俺を追い越してくれるってことだな?」

「そういう返答は嫌われますよ」

「ははっ、それはそうだな、気をつけることにしよう」

「この指摘実は何度もしてるけど」

「……まぁそれだけ円香には期待してるってことだよ」

「……もうそろそろお互い出る時間ですよ、アンティーカのロケの打ち合わせで地方へ出張でしたよね、頑張ってきてください」

「あぁ、円香に追い越されるわけにはいかないからな」

「まだ言いますか、ミスターリピーター?」

「ははっ、それじゃあ行ってきます、今日もお互いに頑張ろう!」

「はい」

 

「頑張りましょう」

 

……

………

 

雛菜の撮影については特に心配してたようなことは起きず、順当に終わり、小糸のラジオ、透のバラエティ、雑誌の打ち合わせも特に大きな変更点は無く、今日のタスクは全て終了した。

静かに呼吸を吐き、胸を撫で下ろしたところで携帯が鳴った。

携帯の画面に映るのは事務員のはづきさんの連絡先。

いつも通りに応答する。

 

「はい、もしもし樋口です」

「円香さん!!プロデューサーさんが…!!!!」

 

慟哭。

その表現が似合いなほどはづきさんの声は動転していて、いつもの声色はどこにもなかった。

そして、円香はその口から語られる言葉の内容について上手く理解が出来なかった。

いや、信じられない、信じたくないように蓋をしようとした。

しかし、その蓋をこじ開けて情報は嫌でも入ってきてしまった。

 

プロデューサー……一色翼は出張先の交差点で信号無視をして突っ込んできた車に事故を起こされ、現在、意識不明の重体になった。

 

カランッ。

いつの間にか手を抜け落ちた携帯が地面に当たり音を立てる。

しかし円香にその音を気にすることが出来るほどの余裕は残されていなかった。

もちろん、その音を聞いて心配が更に深まり最早叫び声のようになってしまった、はづきさんの声でも、通話用スピーカーを通してしまえばあまりにも小さすぎる。

 

円香には。

なにも。

何も聞こえない。

唯一聞こえるのは悲鳴に似た自分の泣き声だけ。

しかし、彼女はそのことにすら気がつけていなかった。




次回もよろしくお願いします。
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