初めての方は初めまして。
見慣れている方はお久しぶりです。
当アカウントにログインできなくなってからは初の新作投稿になりました。
作者の天狼レインという者です。
《ゲーマー夫婦》か《逆行アルティナ》を知る方には、その方が通りが良さそうですね。
以前書いていた同じSAO二次創作の《レゾデト》の執筆が進まなかったので、以前から書いてみたかったキリユウSSを投稿することにしました。
恐らく誰しもが考えたことのある発想ではないかと思います。
二番煎じになっているかもしれませんが、どうぞ一度読んでもらえたらなと思います。
それでは、プロローグです。感想があれば、遠慮なく送ってもらえると嬉しいです。
0.アナザーレコード・プロローグ
始まりは――たったひとつの偶然だった。
隕石が降ってきて人類が滅んでしまった、みたいな派手なものではない。
今日はこの道を通らずに、あっちの道から帰ってみよう。その程度のもの。
予定より早く子供が産まれそうになり、咄嗟に受け入れてくれる別の病院へ搬送された。
ある夫婦が子を産む為に通った病院が、本来通うはずだった病院ではなかっただけの話。
出産は難産となった。お腹に双子を抱えていることは、それだけ出産のリスクが高いもの。
その為、双子の出産を執り行う為に帝王切開が行なわれた。母親と子供の両方を生かす為に。
しかし、アクシデントは意図せず起こるものだ。何処からか、大量の出血が確認された。
そこで、緊急の輸血が行なわれ――――そして、母子ともに、何事もなく退院を果たした。
これが、ひとつ目の偶然。
退院後、その夫婦は、あるところで別のある夫婦と出会っていた。
ある夫婦は、育児の話をキッカケに偶然にも気が合い、交流を深めることになる。
ちょっとした悩みも共有できる程に両者は良くなり、子供の将来を話す仲になった。
マンション暮らしだった夫婦は、気心が知れる仲になった夫婦の近くに引っ越すことにした。
きっといつか、お互いの子供たちが元気に遊び合ってくれることを願って。
これが、ふたつ目の偶然。
たったふたつの偶然。それは、有り得なかったことを有り得たことにしてしまった。
ひとつ。この世に生を受け、すぐに残酷な運命に囚われるはずだった少女を救ったこと。
ふたつ。救われたことで、その少女が、他人との距離感を見失った少年の心を救ったこと。
それによって、物語は似て非なるものへと変化していく。
これは、本来あるべき物語からズレた、
1
西暦2022年11月6日、日曜日。
その日は、待ちに待った大事な日だった。
VRMMOという世界初のゲームジャンルを冠したゲーム《ソードアート・オンライン》。
《
ゲームの舞台は、百にも及ぶ階層を持つ巨大な浮遊城《アインクラッド》。
草原を始め、森に街に村までもが存在するその層を、武器一本を頼りに駆け抜け踏破する。
ファンタジーMMOで必須の《魔法》を大胆に排除し、必殺技の《
無限に近い数設定されたそれを、己の体と剣を動かして戦うことで実感させる仕組み。
基本となるそのシステムは、情報が出ただけだというのに、コアなゲーマーたちを熱狂させた。
スキルは戦闘以外にも、鍛冶や革細工、裁縫といった製造系、釣りや料理、音楽などの日常系まで多岐に渡り、プレイヤーは広大なフィールドを冒険するだけでなく、文字通り生活まで出来た。
その気になれば、自分だけの家を買い、畑を耕し羊を飼って暮らすことだって可能だった。
そういった細かな好みの違いにまで配慮された情報が段階的に発表される度に熱狂は増した。
ある日、わずか千人に限定した二か月間のベータテストも行われると、その僅かな席と、オマケにしてはお得過ぎる正式版の優先購入権特典を求め、十万人の応募が殺到したという。
そうして、ベータテストが始まり、あっという間に終わったとすら感じさせたのち。
ついにこの日、正式サービスが始まろうとしていた。
ニュースをリビングのモニターから見ている三人は思い思いに興奮を言葉にする。
「んーっ! やたーっ! やっとボクも遊べるんだ!」
「ベータの時は抽選漏れしちゃったもんな」
「そうそう、ボクだって参加したかったのに、和人だけずるいって思ってたよ!」
「まあまあ、木綿季も今回は乗り遅れずに済んだんだからいいんじゃない?」
「それはそれ! これはこれだよ! ボクも和人とベータから遊びたかったなぁ!
もちろん、直葉とも一緒に
コロコロと表情を変える少女――桐ケ谷木綿季に、和人と呼ばれた少年と、直葉と呼ばれた少女も微笑む。この三人は家族だ。うち二人が血の繋がらない養子ではあるが、彼らはその事実を認知している。その上で、彼らの関係には距離感を掴めていないような余所余所しさは全くない。
桐ケ谷和人、直葉はお互いが産まれた頃から、とても仲の良い兄妹として育ってきた。
その仲の良さは、友達が羨むほどだったが、義兄が十歳の頃に不安定なものへと変わった。
実の兄妹だと思っていた相手が、義理の妹や養父養母だったのだと和人が気付いたのだ。
他人との距離感を見失った和人は、家族とどう関わればいいのか解らなくなってしまった。その答えを、自力で出せるようになるまで、どれだけかかるか解らないほどに。
そんな二人には幼馴染がいた。それが木綿季だった。彼女は桐ケ谷夫婦の友人である紺野夫婦の娘だった。しっかりとした双子の姉をひとり持つ次女というのが彼女の以前だ。
木綿季は、実姉の藍子と共に、産まれた頃からいる幼馴染の二人とよく遊ぶ仲だった。
好きなことが似ていることや、好きなものを教え合うような仲だったのもあり、皆が皆、お互いがお互いに良い影響を与える間柄になっていた。
だからこそ、和人が抱えた悩みと苦しみも、解決できる存在がすぐ傍にいたのだ。
結果として、本来彼が何年も抱え続けるはずだったそれは、一年ほどで解決した。
何度も何度も、木綿季とぶつかった末に、その想いを吐き出し、泣きに泣いたことで、和人はひとりの人間として成長することが出来たのだ。
今は感情に折り合いをつけ、すっかり家族として受け入れられるようになっていた。
そう、幼馴染である木綿季の存在が、和人と家族の関係をしっかりと繋いだのだ。
その木綿季が、今は桐ケ谷家の娘になっているのは、和人が十二歳の頃からのことだ。
紺野家は、親戚絡みの付き合いに家族で行かなければいけなくなったことがあった。
その時、木綿季は和人と約束していたことがあり、どうしても一緒に行くことを嫌がったのだ。
仕方なく桐ケ谷家に一度預け、紺野夫婦は長女の藍子を連れて、親戚付き合いの為に車で向かい――その帰りに、大きな事故に遭ってしまった。
玉突き事故だった。潰れた車体の炎上に巻き込まれる形で、木綿季をひとり遺して亡くなった。
酷い事故だった。原因はトラックドライバーの居眠り運転だったという。
その日の夜、家族を失った苦しみに苛まれた木綿季は、酷い精神状態であった。
そんな彼女を、今度は救われた和人が救った。何度も拒む心に温かい言葉を投げかけ、泣き叫ぶ木綿季を強く抱き締め、ひとりじゃない俺たちがいるのだと伝え続けた。
木綿季は痛みを乗り越えて立ち直り、以前よりも強い心を持つようになった。その心の強さは、まるで、姉の藍子が宿ったようだった。
両親の遺書には、桐ケ谷夫婦を頼るように書かれていた為、親戚は怒り心頭だったというが、桐ケ谷家は向こうからの嫌がらせにも屈さず、木綿季を養子として引き取った。
遺産や家は木綿季が引き継ぎ、将来的に彼女が管理できるように預かる形を取ることになった。
そういった事情の末、桐ケ谷家は、和人と直葉、木綿季の三人が家族として過ごしている。
それから二年ほどが経ち、家族でもあり、幼馴染でもある関係に慣れ切った現在。
世間同様、三人は共通の趣味であるゲームの話題、今は《SAO》で持ちきりだった。
「いいなぁ二人とも。サービス開始から遊べるなんて」
「まあまあ、スグも注文してる《ナーヴギア》が届くまでもう少しだろ? もうちょっと時間かかるだろうけど、ソフトだって再販されるし、それまでの辛抱だって」
「直葉が始めた時は、ボクと和人でしっかりレクチャーするから大丈夫だよ!」
「どんな感じなのか聞きたくなったら、いくらでも話すからさ。楽しみに待っててくれよ」
「むー……解った。今はそれで我慢する。そろそろ部活だけど、帰ったら聞かせてもらうね」
「おう、気を付けて行けよ」
「部活頑張ってね、直葉!」
「うん、頑張ってくる! それじゃあ、行ってくるね二人とも」
直葉が部活に行く為に出掛けると、二人もまた、流していたテレビを切る。
「それじゃあ、そろそろ準備しよっか」
「だな。向こうで会おうぜ、木綿季」
「うんっ! キリトでいいんだっけ?」
それは確認だった。向こうでどう名乗るのか、プレイヤーネームを把握する為に。
和人は、キリトと名乗る予定だった。その由来は、言うまでもないものである。
「おう、そっちは……そのままで良いのか?」
「大丈夫! ボクはそのままでいくよ」
「解った。インしたら俺が教えた場所があるはずだ。そこで待ち合わせしよう」
「はーい!」
元気よく木綿季が返事したのを見て、和人は自室へと戻っていく。
部屋の中は色々なものが見え、趣味にしている物が多くを占めている。
掃除はしっかりと行き届いていて、整理もされているからか広く感じるものだった。
テーブルの上に置いてあるヘルメットのようなそれに目を向ける。
これが《SAO》を遊ぶ為に欠かせない、専用ハードの《ナーヴギア》だ。
ヘッドギアである本体を装着し、顎下で固定アームをロック。あとは《リンク・スタート》という開始コマンドをひと言呟くだけ。それだけであの世界を遊べるのだ。
デジタル時計は既に開始一分前を示していた。慌ててヘッドギアを被り、ベッドで横になる。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせながら、和人は笑みを浮かべ、静かに目を閉じる。
「リンク・スタート!」
瞬間、あらゆるノイズは遠ざかった。視界は完全に暗闇に閉ざされる。
少しして視界が真っ白に染まり、中央には虹色で出来たリングが現れる。
それを潜ると、全てがデジタルデータで構成された世界へと切り替わった。
今頃、木綿季も同じものを見ていることだろう。細かな処理が進んでいく。
そうして、プレイヤーネームの決定が終わると、ついにその時が訪れる。
桐ケ谷和人――キリトは、剣と戦闘の世界へ、再びその足を踏み入れた。
2
ログインが完了し、視界を取り戻すと、真っ先に目に入ったのは懐かしい石畳だった。
二か月間、何度も見てきたあの場所の石畳。間違いない、ここは《はじまりの街》なのだ。
視界に映った両手を動かし、軽く握り、拳を作ってみる。
たったそれだけの動作だというのに、かつて感じた以上に思い通りに動く感覚がある。
ベータテストの後もしっかり改良し、快適性を底上げしていたのだと判ってしまう。
「戻ってきた、この世界に!」
ここがあの世界なのだという実感が強くなる。この場所に帰ってきたのだと喜ぶ。
それと同時に、キリトは、とても大事なこともちゃんと思い出した。
「そうだ。木綿季はもうあそこにいるのか? 早く迎えにいってやらないと」
同時にログインしたのなら、きっともうここにいるはずだと周囲を見渡す。
もしかすると、入ってすぐに見えたもの全てに感動しているのかもしれない。
そう考えると、近場にいるのではないのかと思い、少しだけここで探してみる。
辺りにはたくさんのプレイヤーがいて、そう簡単に見つからなさそうな感じではあった。
「……流石にいないか?」
「いないって誰のこと?」
「ああ、ちょっと知り合いを探していて……ん?」
聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえたことに気付き、そちらへキリトは顔を向ける。
そこには、濡れ羽色と言うべき艶やかなパープルブラックがあった。思い出す限り、これはこのゲームで設定できる髪型の色だろう。
ゆっくりと目線を下げていくと、くりくりとした大きな瞳と目が合う。アメジストを思わせる輝きをした意志の強い瞳は、とても見慣れたもので――
「ん?」
もしかして、とキリトは首を傾げる。視界に映った少女もまた、同じように小首を傾げた。
そのまま少し睨めっこが続き、恐る恐る訊ねる。
「……もしかしてなんですが」
「うん」
「木綿季……さん?」
「うん、そうだよー。かず……間違えた。キリト、だよね?」
「あ、ああ……」
目の前にいた少女は、先程まで一緒にリビングでテレビを見ていた桐ケ谷木綿季だった。
ピンと立ったアホ毛がぴょこぴょこ揺れ、きょとんとした様子で見上げてくる。
小動物を思わせる仕草のひとつひとつが、我が幼馴染、もとい家族ながら末恐ろしい。
すぐ近くにいたことには驚いたが、それよりも驚かざるを得ないことがあった。
それは彼女の容姿だ。今そこにいる桐ケ谷木綿季は、現実世界と大して変わらないのだ。
髪型を始め、顔の細かなパーツに至るまで、現実の彼女とほとんど変わっていない。
お蔭で本人確認はスムーズだったが、これにはとても驚かされることになった。
……が、それも予想できていなかった訳では無かった。
「……そういえば、なるべく現実と一緒の姿で《SAO》がしたいって言ってたな」
「えへへ」
「まったく……探す手間が省けたけどさ。本当にそっくりでやるとは……」
満面に眩しいほどの笑みを浮かべた少女ユウキに、少し呆れつつもキリトは安心する。思っていたよりも合流はスムーズに終わり、あとは一緒に遊ぶだけとなった。
ユウキは興味深そうにキリトの顔を何度も眺める。じーっと顔を確認しているところを見ると、事前情報だけでなく、改めてしっかりと記憶しようとしているのだ。
キリトの容姿は、現実に近しいものだった。違いがあるとすれば、少し大人びた顔をしていることだろうか。実際の彼は、線の細い童顔の顔立ちをしているのだが。
「ふ~ん? やっぱりちょっと気にしてたんだね、キリト」
「……そこまでじゃないぞ? ちょっとだ。ちょっとだけだぞ」
「へぇー。ふふっ、かわいいなぁもう」
「かわいいってお前な……」
ジト目で睨むが、ユウキは気にすることなく、顔の確認を終えて、何度も頷いていた。
どうやら完全に覚えたようである。物事を覚えるのが得意な彼女らしい覚えの早さだった。
「さてと。そろそろ本格的に遊ぶか、ユウキ」
「うんっ! それじゃあ、キリト先生! レクチャーお願いします!」
「よろしい。早速例の場所に行こうか」
「はーい!」
「なら、まずはこれからだな」
早速ユウキにパーティーとフレンド申請を送る。ユウキはそれが何なのかすぐに把握し、早々に受諾した。これでお互い何処にいるのか把握することが出来るようになったのだ。
今度はそのまま、真っ先にあの場所へと案内する。
「こっちだ、ユウキ。この先に良い場所があってな」
「さっすがキリト。ベータテスト経験者は伊達じゃないね」
入り組んだ裏道を意気揚々と進んでいく。体の動かし方も、あっという間に理解したのか、ユウキの動きはベータテスターさながらのものだ。知識さえあれば勘違いされることだろう。
迷いなく二人が裏道を進むと、後方から声が聞こえた。どうやら、こちらを呼んでいるようだ。
その場に立ち止まって振り返ってみると、その人物は追いかけてきていた。
赤みがかった髪を額の悪趣味なバンダナで逆立た長身痩躯の男は、呼吸を整えると口を開く。
「なあ、あんたたち。その迷いのない動き、ベータテスターだよな?
ちょいと、序盤のコツってやつをレクチャーしてくれねぇか? 仮想世界は初めてでよ」
若武者風のその男は、己の見解と勘を信じて動いたのか、そう訊ね、お願いしてきた。
事実その考えはほとんど間違っていなかった。キリトは優秀なベータテスターであった。
間違っているとすれば、それはひとつ。
「ボク、ベータテスターじゃないよ?」
「え、マジ? てことは、あんたも……?」
ユウキにそう返され、男は思わず人違いをやらかしたのではないかと心配そうな顔になる。
それは、もし間違ってたら申し訳ない気持ちなどが綯い交ぜになったような顔だ。
あまりにも可哀想になってきたキリトは、考えが間違っていないことを苦笑気味に肯定する。
「俺はベータテスターだから安心してくれ。間違ってないよ、あんたの勘」
「よ、よかったぁ……これで勘違いだったら赤っ恥だったぜ……」
「はは、そうなったら、恥ずかしさで居た堪れない気持ちになるよな」
「いやぁ……勘が当たっててよかったぜまったく……」
若武者風の男は安心していたが、慌てて要件を思い出したのか気を取り直す。
手を合わせて「頼む」と言葉にし、真剣にお願いしてくる男に、キリトは少し悩む。
いきなり知らない相手から頼まれた経験はあまりない。断ることも出来るだろう。
何せ今は家族と一緒に遊ぼうとしているところだ。ユウキの気持ちだってあるはず。
けれど、相手が大真面目にお願いしてきているのもあってか無下にすることもできない。
少し悩んだ末に、キリトはユウキの方を向いて――
「ユウキ」「キリト」
その瞬間、お互いに考えが一緒だったのか、声が重なった。思わず微笑む。
どうやら、ユウキも同じことを考えていたらしい。こちらに向けられた目を見ても間違いない。
それならばとキリトは、その男に向かって返事をする。
「いいぜ、一緒にやろう。あんた、名前は?」
「マジで受けてくれんのか! いやぁ助かった! そっちの嬢ちゃんも良いのか?」
「うん、大丈夫だよ! 一緒に教えてもらおう! ボクはユウキ! よろしくね!」
「おう! オレはクライン!」
「キリトだ。よろしくな、クライン」
「キリトとユウキだな。よし、覚えた! 二人とも、よろしく頼むぜ!」
お互いに名乗り終えると、軽く握手を交わす。キリトは理解する。
このクラインという奴は間違いなく良い奴なのだと。もしかしたら長い付き合いになるかもしれない。そんな直感を覚えるほどに、この男は悪い気がしなかった。
「よし、それじゃあこの先の武器屋に行くぞ。安売りでお得なんだ」
「おー! 武器は何にしようかなー!」
「よっしゃあ! 何があんのか楽しみだぜ!」
3
キリトのレクチャーは順調すぎるほど上手くいっていた。
クラインは、最初こそ思わず笑ってしまうような状態を晒していたが、一度感覚を掴めばそのような姿は何処へやら。手慣れたように《剣技》を扱えるようになり、めきめきと上達していった。
《フレンジーボア》――青いイノシシをひとりでも倒せるまでになった彼を、最早ただの
「……キリトよぉ、オレもなかなかいい線いってんじゃねえかと思ってたんだけどよぉ……」
「……大丈夫だ、クライン。俺も同じことを思っている。正直ここまでだと思っていなかった」
二人の目線は、同じところへ向かっていた。視線の先には、ひとりの少女ユウキの姿がある。
キリトとクラインがこうして話している間も、彼女は青イノシシを相手に戦っていた。
ただ戦っていた訳ではない。突然ポップした三匹を相手に悠然と渡り合っていたのだ。
それも一度の被弾すらなく、である。三匹いたイノシシは既に二匹も倒れている。
これには、流石にベータテストで経験を積んでいたキリトも驚かざるを得なかった。
最初は助けに入ろうとしたのだが、ユウキの落ち着き様に手出しをしなかった。
その結果がこれだ。ユウキには、恐るべき才覚があったのだと、キリトは理解した。
攻め時を見落とさず、引き際を間違えず、体の動かし方ひとつですら格が違う。
「クライン……」
「どうした、キリト……」
名前を呼ばれ、クラインがキリトの顔を見る。そこには、驚き以上に歓喜が浮かんでいた。
それがどういう感情なのか、全てを推し量ることは出来ない。
しかし、断言できることがひとつあった。
「キリト、おめぇ……喜んでんだな……」
「……ああ。ベータ経験の有無なんて大したことじゃないかもしれない」
家族の――幼馴染の才能を見せられ、キリトは負けられないと奮起していた。
数日もしたら、きっと俺はユウキに追いつかれる。彼には、その確信があった。
厳密に勝負するならば、まだまだ勝ち目は多々ある。知識は暫く勝ち続けるだろう。
しかし、腕っぷしだけの実力なら、そうも言っていられない。
間違いない、桐ケ谷木綿季は――ユウキは、俺以上にこの仮想世界を自由に動き回れる。
たった一時間ほどのレクチャーで、キリトはそのことを実感した。
「俺たちも負けられないな……クライン」
「……おうよ!」
勝負事になると燃えるのが男の性だ。
見せつけられてやる気が出ないほど、二人は控えめな性格ではない。
ユウキの邪魔だけはしないよう、他の《フレンジーボア》に切りかかっていく。
ターゲットになった青イノシシが次々に「ぷぎー」という悲鳴を上げて消滅する。
勝手に勝負しているつもりになった男連中はなかなか止まらない。
最後の一匹を仕留めたところで休憩しようと、二人の方を見たユウキは苦笑いを浮かべる。
「まったくもー……キリトもクラインさんも負けず嫌いだなぁ。キリトは昔からだけど」
変わらないなぁと口にすると、ユウキは周囲を確認してから腰を下ろす。
キリトの――和人の負けん気が強いところは、家族になる前からよく知っていた。
今でこそ落ち着いていたが、和人は木綿季とよく勝負をした。木綿季がいわゆる女の子っぽくないのもあったのだろう。幼馴染で遠慮の要らない相手だったのも起因し、喧嘩にならない程度によく競い合っていた。どちらが多く勝ったなどには拘らなかったが、一進一退だったはずだ。
そういったものは、すっかり鳴りを潜めていたが、やっぱり残っているようだった。
直葉と一緒に出掛けると、姉妹に間違えられると嘆いていた彼の顔は、今見てみると、そうは思えないほどに男らしく見えた。本人は気にしていたが、かっこいいのだ。ユウキはそっと微笑む。
「ボク、和人のそういうところも好きだよ」
「ん? なにか言ったか、ユウキ」
「なんでもなーい!」
そっと呟いた言葉を胸に仕舞い直し、戻ってきたキリトたちをユウキは出迎える。
次から次へと思いっきり暴れ回った二人は、それなりに疲れた様子を見せていた。
「うへぇ……やっぱ、ユウキちゃんすげぇな……オレ、二匹も相手にしてられねぇわ」
「えへへー。実は、何処に何があるのかを把握したら簡単だよ、クラインさん」
「みたいだな。俺もそんな気がしてやってみたら、少し戦いやすくなった」
「ほへぇ……今度からオレもそうしてみっかぁ。アドバイス助かるぜ、二人とも」
すっかり初心者から脱した二人を連れ、キリトは途中で会話を挟みつつエネミーを倒し続けた。
《はじまりの街》近くのフィールドから少しずつ離れるように進んでいく。
ゲーム内でも夕暮れが見られる頃には、近くに深い森がある草原の端まで来ていた。
そこで三人は休憩がてら、呑気に夕焼けを眺めながら、談笑に耽っていたのだ。
「いやぁ、初日の数時間だってのに、すっかり遊んじまったなぁ」
「だな。最初はレクチャーだけに専念するはずだったのに、ここまで来られるなんて。二人の覚えが良かったからだろうな。正直詰め込みすぎかと思ってたから驚いたよ」
「えへへー。ボクはまだまだいけるよー、なんてね」
「ユウキちゃんはすげぇなぁ……オレちょっと覚え切れてるか不安だわ」
「自信持っていいぞクライン。流石は別ゲーでギルドリーダーしてただけはあるよ」
「へへっ、そう言われると照れるぜ」
「こっちでもその人たちと遊ぶ予定なの?」
「おうよ。またこっちでもギルド作ろうと思っててな」
夕陽を見ながらの会話は思いのほか弾んでいた。この数時間で仲良くなったお蔭だろう。
三人はお互いがどういう人物なのかをざっくり把握するほどになった。
その過程で、キリトとユウキが家族だということも伝わった際には、家族水入らずだったところを邪魔して悪いと思ったクラインを安心させたりという出来事も発生した。
また、どうにもクラインが明らかに年上だったことを知った時には、二人が敬語を使おうとして、本人から今のままで良いと言われたりすることもあり、三人の距離感は縮まっていった。
「お、そうだ。すっかり忘れてた」
「忘れてたってなにをだ、クライン?」
「ボクたち、何か忘れてたっけ?」
「フレンド登録だよ、フレンド登録。オレたち、おめぇらとこんなに色々話して知り合ったのに、まだやってねぇなと思ってよぉ。どうだ? 登録しねぇ?」
「そうだな。これだけ話しているのにただの知り合いで済ませるのも変だしな」
「だね。ボクからもフレンド登録送っておくね」
「いやぁ、ありがてぇ! また一緒に狩りに行きてぇなと思ってたんだ」
フレンド登録を済ませ、三人は再び談笑に戻るが、それはそう長く続かなかった。
クラインの目線がちらっと右方向を動くと、大事なことを思い出したのか、口を開く。
「うぉっ! 時間がやべぇ! もうこんな時間か!」
「何か用事――いや、この時間っていうと、夕飯の時間か」
「そうなんだよ。そろそろ一度落ちてメシ食わねぇと。ピザの配達、五時半に指定してっからよ」
「準備万端だね、クラインさん」
「でよ、二人とも。そのあと、他のゲームで知り合いだった連中と《はじまりの街》で落ち合う約束してんだが……どうだ、紹介すっから、あいつらとも遊んでみねぇか?」
クラインからそんな提案が投げられる。ユウキのお蔭であって、他人との交流に抵抗がなくなっていたキリトは、思わず頷きそうになるが、ここで大事なことを思い出した。
もちろん、夕飯の後もユウキと一緒に《SAO》をするつもりはあった。
しかし、それよりも先に、部活から帰宅した妹のスグに、本格的な仮想世界はどんな感じだったのか、改めて所感を伝える約束をしていたのだ。
ユウキもそのことを覚えていたのか、うーんと唸ったのちに答える。
「ごめんね、クラインさん。ボクたち、まだ一緒に遊べない他の家族に、それそれどんな感じだったのかを教える約束をしてるんだ
だから、クラインさんがその人たちと合流している時も一緒に遊べるか約束できないかな」
「あー、そりゃそうか……」
「……悪いなクライン。別の機会で良ければ紹介してくれないか?」
「謝らなくて大丈夫だぜ、二人とも。むしろ、礼を言いてぇくらいだ。おめぇらのお蔭ですっげぇ助かったからよ。この礼はそのうちちゃんとすっからさ、精神的に」
にかっと笑うと、クラインはもう一度時間を確認する。
流石に落ちないと厳しくなったのか、最後にもう一度二人を見る。
「ほんじゃ、ここで一度落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト、ユウキちゃん。これからもよろしく頼むぜ」
ぐいっと右手が突き出される。それを、躊躇うことなくキリトは握り返す。
続けてユウキも握り返し、お互いに別れの挨拶を済ませる。
そうして手を離すと、クラインは一歩退いて、ログアウトへと動き出した。
ソードアート・オンラインという名の世界が、楽しいだけの《ゲーム》であったのは、正しくこの瞬間までだったことを、全プレイヤーはまだ知る由もなかった。
全てはここから。本当のソードアート・オンラインが、鐘の音と共に今、幕を開ける――
当作品でのキリト、ユウキは作中の通りになっています。
ユウキ:出産の際にHIVに罹らず、事故で家族を失うが、キリトに心を救われる。
キリト:他人との距離感を見失うが、ユウキに救われ、SAO前には悩みを克服する。
作中で話に入り込みやすいよう、どういう間柄なのかも早く書くことにしました。
結果は、キリユウになっていると嬉しいなぁという不安定な状態になっています。
予定では、サブヒロインは出来ない形になると思います。ご了承ください。
次回はあのチュートリアルです。最新の映画に倣って、ミトを出すか悩み中です。
もう一度映画を見てから、よく考えようと思います。