皆さま、お久しぶりです。
投稿に一週間もかかってしまいました。展開にかなり悩みましたね、ええ。
なかなか序盤の描写などが思いつかず、思っていたよりも苦労しました。
追々文章を修正したりして、よりよいものに仕上げる予定です。
ノーチラスが抱えた
それでも、彼はその理不尽へ抗うことに決めた。本能が抱える当たり前の恐怖、死からの逃避をどうにかしたい。大切な人との約束の為に命を賭けられるようになりたいという願いの発露。それを胸にここまで歩んできたノーチラスの努力と想いを、キリトとユウキは無駄にしたくなかった。
その日の話し合いは、決して長くは続かなかった。解決案を模索している途中で、ノーチラスが唯一フレンド登録しているという件の大切な人からメッセージが届いたからだ。
「すまない、二人とも。彼女から呼び出されてしまった」
ノーチラスは申し訳なさそうに告げる。彼女という言葉が指す意味を察することができないほど、キリトたちは鈍くない。誰からのものかを理解した二人は笑って言葉を返した。
「気にしないで行ってこいよ、ノーチラス。俺とユウキで何とか出来ないか考えてみるから」
「そうだよ。ボクたちのことは気にしないで。まずは気分転換! 難しいことは後回しだよ!」
キリトとユウキの温かい言葉に、彼は有難そうに頭を下げた。
「……ありがとう。行ってくるよ」
そう言うと、飲みかけのお茶を飲み干す。席を立ち、玄関へと向かうと、ドアを開ける。
「そうだ。ノーチラス」
名を呼ばれ、ノーチラスはキリトの方へと振り返る。
「連絡用に俺とフレンド登録しておかないか? 何か用があった時に役に立つと思うからさ」
「それもそうだな。よろしく頼むよ、キリト」
慣れた操作でキリトがフレンド申請をノーチラスへ送る。届いた申請メッセージを受諾すると、お互いにリストを確認。登録できていることを確認すると、黒髪の剣士はもう一言だけ添える。
「大切な人、なんだろ? お節介だと思うけど、隠し事は止めておいた方がいいぜ。素直に相談してみてもいいんじゃないかなって俺は思う。俺なんか、ユウキに隠し事した時、酷い目に――」
「キーリートー?」
「イエ、ナンデモナイデス」
ジト目を向けられ、キリトは顔を反らす。どうやら完全に尻に敷かれている姿に、ノーチラスはおかしそうに笑う。とても仲が良いらしい。その距離感はまるで幼馴染にも見える。もしかすると、そうなのかもしれない。そんな考えが脳裏に過ぎった。ふいに、彼もまた、自身の幼馴染、重村悠那ことユナの姿が浮かぶ。これから会う彼女に、浮かない顔をする訳にもいかない。
「はは。ああ、そうだよな、そうしてみるよ。ありがとう、二人とも」
お礼を口にすると、ノーチラスはキリトたちの自宅から去っていった。
その後ろ姿を見送ると、二人は顔を見合わせ、そっと微笑む。ここへ連れてきた時の暗い表情に比べて、彼がすっかり明るい顔をするようになったことに、何よりも一安心したのだ。
「さてと。どうやって解決するかな」
「強い恐怖を感じると体が動かなくなってしまうFNCかぁ……一筋縄では行かなさそうだよね」
「だな。でも、ダイブが出来るということは致命的なものじゃない。何か解決策があるはずだ」
腕を組み、キリトとユウキはうーんと唸る。今のところ、これだという解決方法はまだ浮かんでいない。トライ&エラーで試せるなら、何度も付き合ってもらえれば、いくらでも検証できるが、この世界はそんなことを許してくれはしない。そもそも、いくらなんでも、ロクデナシすぎる。
「こういう時こそヒースクリフに相談してみるか……?」
「んー、多分今アスナたちが聞いてるんじゃないかなぁ」
「それもそうかぁ……そうだよなぁ……」
あの二人が気にしていないはずがない。特にミトはFNCでこそないが、恐怖によって、思わぬ行動を取りかけたことがある。彼に自分と近いものを感じていてもおかしくない。きっと今頃、アスナと一緒に、我が事のように真摯な対応をしてくれていることだろう。ヒースクリフも大事な部下のことで動かないはずがない。何かしら対策を練っているはずだ。それがなんであれ、確実に。
「取り敢えず、色々考えてみるしかなさそうだな」
「あとは、もっと具体的に色々聞いてみるしかなさそうだね」
「ああ、何か大事な情報があるかもしれないしな」
今ある情報ではこの辺りが限界か、と一度話を切り上げ、キリトはソファに体を預ける。
「ところでキリト」
「ん? どうしたんだ、ユウキ」
「今日は途中で迷宮区の攻略切り上げちゃったけど、この後どうするの?」
「あー……考えてなかったな。どうするか……」
本来であれば、今頃迷宮区内でボス部屋探しの為に歩き回っているところだ。それが偶然出会ったノーチラスのことで予定が変わってしまった以上、今からフロア攻略に戻る気分でもなかった。
「うーん……そうだなぁ……」
何か今日中に出来ることはないだろうか。キリトは思考しながら、窓の外を眺める。
光を反射する湖。澄み渡る空。天気はすごく良い。せっかくだから、こういう時は何かしたい。
「あ、そうだ!」
ユウキが何か思いついたように声を上げる。キリトはそちらの方へと向き直った。
「フロア巡りはどうかな! ギルドハウス探し!」
「お! それがあったな。ずっと考えてても仕方ないし、少し散歩がてら歩き回ってみるか」
ソファから腰を上げ、キリトは装備フィギュアを操作し、いつもの格好に着替える。
ユウキも同様に防具などを装備し直し、鞘に納まった愛用の直剣を左腰に吊るした。
「それじゃあ何処から行く?」
「《はじまりの街》……は、ちょっと大騒ぎになっちゃいそうだね」
「確かにそうだな……ディアベルたちに迷惑かけそうだ……」
「《ウルバス》辺りから見回ってみよう!」
この後、主街区《ウルバス》を始めとした各層の街や村がざわついたことは言うまでもない。
1
翌日、迷宮区の奥底でボス部屋が確認された。その情報は攻略組全体に伝わることになる。
予想されていたことだったが、やはりノーチラスはフロアボス攻略メンバーから外された。
宣告したのはミトだった。その表情は痛みに耐えるような辛いものだったという。
しかし、幸いだったのはノーチラスがそのことを事前に覚悟していたことであり、その言葉を受け止めてなお、逆に副団長補佐を気遣えるほど、精神的にもかなり安定していたことだった。
これには彼女が驚かされることになったが、その理由がキリトとユウキの言葉があったからだと知ると納得し、ボス攻略が終わった次層からFNCについて、より一層協力することを約束した。
キリトたちは、その話をノーチラス本人から直接聞かされることになる。
「お邪魔します」
「お、おお、お邪魔、しますっ……!」
「いらっしゃい、二人とも! さあさあ、入って入って!」
「来たか。早かったな」
第二十二層にあるキリトとユウキのマイホームに、二人の来客があった。ミトとアスナではない。彼女たちは、何とかして暇を作っては度々遊びにやってきて雑談をしたり、ごろごろと寛いだりするほどだが、今はフロアボス攻略メンバーの選出などで手一杯だ。今回は別の者たちである。
訪れたのは、朽葉色の髪をした少年と、ミルクティーのように薄い茶色の短い髪をした少女。
事前に、ノーチラスからフレンドメッセージで、紹介したい相手がいると伝えられていたキリトたちは、それなりに上達している《料理》スキルで簡単なデザートと飲み物を用意していた。
やってきた二人をユウキがソファまで案内し、目の前のテーブルにキリトが料理を置いていく。
ちょっとした理由からか緊張で慌てている女性を、ノーチラスが落ち着かせて腰を下ろさせる。
二人がソファに腰掛けたところで、キリトたちも彼らに向き合うようにソファへ座った。
「ノーチラス。調子はどうなんだ?」
「ああ、お蔭でスッキリしたよ。胸の奥のもやもやが少し晴れた」
「それはよかった」
「ボス攻略メンバーからは外されたけど、覚悟は出来ていたから気が楽になったよ」
「それじゃあ、あとは症状を克服するだけだね」
ノーチラスが頷くと、視線は隣に座っている女性へと向けられる。キリトとユウキも、そちらの方を見る。向き合う二人と目が合った少女は、みるみるうちに顔を赤くして戸惑っていた。
「自己紹介。行きたいって言ったのはユナだろう?」
「そ、そうだけど……ちょっと緊張しちゃって……」
「仕方ないな……ほら、深呼吸」
ユナと呼ばれた人物はノーチラスに言われるがまま、ゆっくりと呼吸を整え始める。
吸って吐いてを繰り返し、少しすると落ち着いたのか、口を開く。メゾソプラノの声音が響く。
「初めまして、ユナです」
「俺はキリト。こっちが俺の相棒」
「ユウキだよ! よろしくね、ユナさん!」
ユウキがすっと手を差し出す。その手に、ユナは恐る恐る手を握り返す。まるですごいものに触れているような反応だ。その理由は明白だった。彼女の、二人を見る目は有名人を見るかのようなものだったからだ。先の緊張も、そういったところから来ているものだったのだろう。
「あの後、僕の症状のことをユナにも正直に話したんだ。それで、誰に協力してもらっているのかも聞かれてしまって……そしたら、どうしてもキリトたちに会ってみたいって」
「なるほどな。だからメッセージが来たのか」
「エー君がお世話になってるからお礼を言わなくちゃって」
「それはそれとして、本音は?」
「すごく会ってみたかった!」
「だと思ったよ……」
「ボクたちすっかり有名人だね、キリト」
「だな。昨日も大変だったし」
そこからは雑談が始まった。デザートを好きなように食べ、他愛ない会話を弾ませていく。だんだんと緊張の解れたユナが興味深々な様子であれやこれやを聞き出し始め、終始ノーチラスが心配そうな顔をする場面が多々あったが、ユウキは気に障った様子もなく、乗り気で答えていった。
夢中になって話をする二人をその場に置いて、キリトは彼を外に連れ出した。
「僕だけを呼んだ、ということは……」
「ああ、少し聞きたいことがあったんだ」
家から少しだけ離れた場所まで歩いたところで、キリトは尋ねておきたかったことを口にする。
「ノーチラス。君は、今の自分をどう思ってるんだ?」
「どう、思ってるか……」
「ああ、FNCを抱えている自分をどう思ってるのか、聞かせてくれ」
恐怖を覚えてしまうと動けなくなる弱い自分の姿がノーチラスの脳裏に浮かび上がる。
何度も動けと念じても動くことすら叶わない弱い自分。
恐怖を押し殺しても、機械によってそれを阻まれてしまう弱い自分。
その姿に、他ならぬ当人はどう思っているのか。キリトは彼自身の認識を確かめたかった。
「……憎いさ。悔しくて仕方がない。僕は恐怖になんか屈したりしてないんだ。それなのに……この体が、指一本すら動かなくなる。あんな機械ひとつに命を握られて、その上、戦う意志すら無視されている状況が……そんなものにすら勝てない
ノーチラスは決して恐怖に屈していた訳ではない。彼は恐怖を押し殺す強さを持っている。生存本能に何度も打ち勝っているのだ。ただそれがナーヴギアによって無視されてしまうだけなのだ。
何から何までノーチラス――後沢鋭二、彼自身のせいではない。
ぎりっと強く拳を握り締め、自分への憎悪と怒りを膨らませる姿に、キリトはついに告げる。
「弱いことは何も悪いことじゃないさ」
その言葉に、ノーチラスは目を見開く。
「弱いことが……悪いことじゃない……? そんなはずが……」
ないだろう、だってキリトは強いじゃないか。
そう言おうとして、その言葉を口にする前に、黒髪の剣士が遮った。
「いいや、自分が弱いと自覚できている奴は強いんだ、ノーチラス。自分の弱さに気づけているから、もっと強くなろうと思える。誰かの為に今の自分よりもさらに強くなれるんだ。それはきっと単純なレベルだけじゃない。誰かを想う心も成長できると俺は思ってる」
キリトは軽く自分の胸を叩く。それから何処か誇らしげに言葉を続ける。
「何だったら、俺やユウキだってまだまだ弱いんだぜ? ヒースクリフみたいに、ひとりでフロアボスと戦えるくらい強そうな訳でもなければ、他の誰かのことを考える余裕だってなかった。あくまで予感だけど、俺ひとりでこの世界に閉じ込められていたら、今頃向こうに生きて帰る為に卑怯者だとかクソ野郎だとか罵られながら、ずっとソロで足掻いてた気がするくらいだ」
にっと笑ってみせながら、堂々と弱い自分を曝け出す。俺は聖人君子なんかじゃない、ひとりだったら何も出来なかったし、自分のことしか考えられなかったんだと語る。今のキリトとは全く別人とも思える人物像に、聞かされたノーチラスはそんなキリトを欠片も想像できなかった。
「だから、さ。別にそういう弱いところがあるのは、何から何まで悪いことじゃないと思うんだよ。誰にだって弱いところはあるはずなんだ。それも自分の一部なんだって認めてやることも重要なんじゃないかな。その弱さを認めることが出来るのも、俺はひとつの強さだと思うぜ?」
「自分の弱さを認める強さ……」
考えたこともなかった。この世界は強さが全てだ。弱いままでは生き残れないし、守れない。
だから、時間をかけてでも強くなることだけを考えてきた。そうして今、攻略組で名を馳せる最強ギルド、あの《
そんな自分を認める強さ。果たして、そんなものを――
「僕は、持っているんだろうか……」
「――ノーチラスはもう持ってるよ、その強さを」
キリトは即答する。何故そう言えるだろうか、とノーチラスがその顔を見た。そこには自信満々な笑みがある。むしろ、なんで気付いてないんだという顔にも見える気がした。
「だって、FNCのことを相談できたんだろ?」
誰に相談できたのかは最早言うまでもない。ユナのことだ。その言葉でノーチラスは理解する。
ずっと言えなかったことを、昨日相談したことを思い出す。それが例えキリトに勧められたことだったとしても、自分から確かにずっと隠してきたことを告げることが出来ていたのだ。それは即ち、自分の弱さを秘めることなく、大事な人に知らせることが出来たということであった。
「だったら大丈夫だ。あとは自分を信じてやればいい」
根性論みたいな話になって悪い、と申し訳なさそうにキリトは言葉を締める。話を纏めると、結局は、気持ちの問題だと言われても仕方ない話だ。弱い自分を受け入れ、それでも信じる。たったそれだけのことしか言っていないからだ。それでこの問題を解決できるという保証はない。
しかし、不思議とノーチラスの胸には吸い込まれるように落ちた。ずっと足りなかったものがやっと見つかったような、そんな感覚が確かにそこにあったのだ。その言葉が燈火の如く根付く。
「いや、ありがとう、キリト。お蔭で目が醒めた。今なら乗り越えられる気がする」
何処となく気弱そうに見え続けていたノーチラスの顔が晴れた。道に迷った子供のような雰囲気はなくなっている。その顔つきは、彼を知る誰しもが逞しくなったと思えるほどだった。
「それじゃ、お互い生きて帰ろうぜ、向こうに。守れなかった、なんて言ったら許さないからな」
「そっちこそ、守れなかったとか言わないでくれよ?」
お互いの顔を見合わせると、キリトとノーチラスは微笑んだ。拳を軽くぶつけ合い、決意と約束を口にする。男同士の誓いだと言わんばかりのそれは、正しく男友達の友情であった。
「んじゃ、戻るか。いい加減ユウキたちが探しに来そうだしな」
「ああ。怒ってないといいな……もし怒ってたら、その時は一緒だぞ、キリト」
「うげっ、ユウキに詰め寄られたくないな……」
二人は来た道を駆け足で戻っていく。この後、彼らがどうなったかは言うまでもない。
2
それから二日後。とうとうフロアボス攻略が始動。キリトとユウキは他の攻略メンバーと共に迷宮区最上階のボス部屋前に移動した。ボス戦は苦戦を強いられると見越した《血盟騎士団》はフロア攻略でひとつ出るか出ないかという、非常に高価なドロップアイテムである《回廊結晶》を惜しみなく使用し、道中の消耗を防ぐ為に迷宮区そのものを大幅にショートカットすることを選んだ。
青い回廊の中に消えていく面々。最後に入ったのはキリトとユウキであった。二人は見送りに来ていたプレイヤーの中から、ノーチラスとユナを見つけ出し、手を振ってから飛び込んでいった。
そうして、四十層ボスを攻略するべく、攻略組一軍が《ジェイレウム》の街から去った後、ノーチラスとユナは、フィールド・ダンジョンに取り残され、全滅の危機を迎えた無知なパーティーの救援に向かうことになる。そこで行われた戦闘にて、リーダーを務めた彼は、フロアボス攻略に向かった仲間たちに負けず劣らず、獅子奮迅の大活躍を見せ、無事に救出を成し遂げるのだった。
「その時のエー君ってば、すごかったんだよー。ずばーって、どかーんって。途中で出てきた、たくさんの怖いモンスターをひとりでみんな倒し切っちゃったの! かっこよかったなぁ!」
「ゆ、ユナっ! 雰囲気で酔ってないか!? お願いだから、水を飲んでくれ!」
第二十二層、キリトとユウキのマイホームにて。
その日の夜、第四十層フロアボス攻略完了の祝勝会が行われていた。苦戦を強いられると見ていたボス戦は、確かに厄介な攻撃に何度か見舞われたが前線が崩壊することは一度もなかった。
最強の男《神聖剣》ヒースクリフが恐ろしく強かったのもそうだが、キリトとユウキ、ミトにアスナ、ディアベルといった錚々たる面子がボスの攻撃を対処し切り、またしても、犠牲者をひとりとして出すことなくクリアへと導いたのだ。話は瞬く間に全フロアに伝わり、何処もかしこも宴会ムードとなっていた。快進撃止まることを知らず、攻略組に敵なしという言葉が謳われるほどに。
流石に誇張が過ぎるとキリトたちも思ったのだが、多くのプレイヤーが希望に満ちていることは確かだ。士気にも繋がる以上、それにわざわざ水を差す気にはなれなかった。
そんなキリトとユウキが祝勝会を身内で開いたのは、フロアボス攻略成功の名目こそあれど、理由は別のところにあった。ボス攻略という激闘の裏で、ノーチラスたちもまた、凄まじい救出劇を行なっていたことが判明したからである。しかもそれが、ただの救出作戦という訳ではなく、中ボス攻略戦にまで発展したというのだから、それを労わらない理由が二人にはなかった。
「へえ、そんなことがあったのか。帰って来た時にその話を聞いてびっくりしたぞ」
「ボクも帰って来た時、びっくりしちゃった。二人とも無事でよかったよ」
「まさか無料の攻略本も読まずに最前線に潜ろうとする人たちがいるなんて」
「攻略組全体でもっと注意喚起をしないといけないかもしれないね」
そう嘆くのは、ミトとアスナの二人だ。彼女らもこの祝勝会に招待されたメンバーである。これには、平団員のノーチラスや一般プレイヤーのユナも驚いていたが、二人がキリトたちと仲が良いことは知られていたこともあり、おかしなことではなかった。……なかったのだが、それでも、プライベートに遭遇できる機会など早々あることでもない為、ちょっと気まずいところではあった。
しかし、今はこの通り。ユナはお酒アイテムもあってすっかり場酔いし、吹っ切れてしまい、ノーチラスは彼女を落ち着かせるべく普段通りにならざるを得なくなってしまっていたのだった。
「ユナ、水だよ。一旦これを飲むんだ」
「んー、やだ」
「やだって……」
「楽しそうだな、二人とも」
「ねえねえ、ボクもお酒アイテム飲んでもいい?」
「ユウキはダメ。いくらこの世界じゃ酔わないからって場酔いするでしょう?」
「私もユウキが飲むのは賛成できないかなぁ……あの時のこともあるし……」
「二人とも酷い! ボク、そんなにお酒癖悪くないよ!」
「「お酒癖は悪くないんだけどね……」」
「いったい何があったんだ……」
自分の預かり知らぬところでお酒アイテムによるトラブルがあったらしいユウキに、キリトはジト目を向ける。ミトとアスナがあそこまでダメと言い切るのだから、何かがあったに違いない。
一方のユウキは膨れっ面でミトたちを恨めしげに見ており、ちびちびとジュースを飲んでいる。
じくじくとした罪悪感に苛まれながらも、ミトとアスナは聞き訳がいい彼女に安堵しつつ、お酒アイテムをしっかりと遠ざけていた。それだけユウキとはあまりよろしくない関係にあるらしい。
「ところで、ノーチラス。救出作戦中にFNCの症状は出なかったの?」
ミトが心配そうに尋ねる。先の救出劇において、安全に助ける為に中ボス討伐を選択していたノーチラスは、今こうして無事に帰還しているものの、以前は彼女の目の前で動けなくなっていた。聞けば、取り巻きも大量に出現したと言うし、死の危険性は非常に高かったと見て間違いない。その状況下で、FNCが再発しなかったのかは重要な問題であり、危惧すべき問題点だった。
「大丈夫でしたよ。怖くなかったと言えば嘘になりますが、キリトの言葉もあったので」
「キリトの言葉……?」
じーっとミトがキリトの方を見る。当人は顔を反らし、口笛を吹き始めた。気恥ずかしいのか、頬が赤い。どうやら先んじて何か手を打ってくれていたらしいと、副団長補佐は理解する。
「……何となく解ったわ。一応今後も経過観察をするけれど、救出の際の活躍は聞いてるから、次の攻略からは一軍への復帰は間違いなしね。ヒースクリフ団長にも掛け合っておくわ」
「! ありがとうございます!」
「やったな、ノーチラス」
「ああ!」
差し出された拳に対し、ノーチラスは拳を突き合わせる形で返す。男の友情というものを目の前で見せられ、ユウキたちは微笑ましそうに見る。何となく羨ましいような感慨に耽っていると、それを見ていたユナがムスッとした顔で彼に寄りかかった。
「エー君は私のだもん(?)」
「「「「「え」」」」」
五人の声が重なる。特に驚いていたのはノーチラスだ。その言葉の意味への理解に少々時間がかかっていたが、把握できているからか、顔はすごく赤い。場酔いしているユナ自身は無意識なのか気にする素振りもないが、その反応はまるで、以前から人並み以上に執着がある証左であった。彼女のことを誰よりも大切に思っている彼からすれば、嬉しいにも程があることだろう。
「ゆ、ユナ……? 今のって……」
「んー……?」
きょとんとした顔でユナは小首を傾げる。その反応に、ノーチラスは自分が振り回されていることを再三理解し、困ったような顔を見せる。どうやら、まだまだ先は長く、大変そうである。
その姿を見せられ、キリトもまた、ちょっとした思考に入っていた。それは今まで何とか隠し通してきた、とある感情である。平静を保ちつつも、なるべく表に出さないようにしてきたもの。
「…………」
ちらっとユウキを見る。楽しげに笑い、元気いっぱいの彼女の姿。ずっと見守ってきた大事な家族で幼馴染。それでいて、この世界で誰よりも守り通したい大切な人。今の自分を作ってくれた心の恩人。この浮遊城アインクラッドでずっと一緒にいたからこそ、秘めた想いは強くなっていた。
「どうしたの、キリト?」
「いや、なんでもない。ユウキがお酒を飲んだ時ってどんな感じなんだろうって思ってただけさ」
「そっか。ねえねえアスナ。やっぱりお酒飲んじゃダメ?」
「だ、ダメ! 飲んじゃダメだからね、ユウキ!」
「むー。ボクも飲みたーい」
完全にユウキの意識が反れたことで、キリトは内心ホッとする。彼女は鋭い。あれ以上、勘繰られていたら、隠している気持ちを見抜かれてしまいかねない。危ないところだったと思ったところで、ふいにミトと目があった。その表情は何やらニヤついたもので、こちらを興味深そうに眺めている。面白そうな玩具を見つけたような顔だ。しまったとキリトは後悔するがもう遅い。
「(……頼む。内緒にしててくれ)」
アイコンタクトを送り、キリトはお願いする。ミトは仕方ないなという反応を見せた。どうやら黙っててくれるようである。何とか漏れる恐れを回避したところで、ユナが席を突如として立つ。
「よーし! せっかくだから歌っちゃうよー!」
「ゆ、ユナ!?」
「「「「おー」」」」
気分が高揚し切っていたユナは、全員の視線を集められる位置に移動すると、グラスをマイク代わりにして元気よく歌い始めた。何の曲かは不明だったが、明るく楽しい曲だということは判る。
祝勝会の一幕を飾るに相応しい、美しい声だった。メゾソプラノの美声を響かせる彼女の声に、キリトたちはいつの間にか体を揺らしたり、瞼を閉じたりして聞き入る。その歌は明日への希望を感じさせるような良い歌だった。《吟唱》スキルを持つユナに与えられた《歌エンチャンター》の名に相応しい《ホープフル・チャント》とでも言うべきか、場を盛り上げるにはぴったりだ。
そうして、第四十層フロアボス攻略完了と、救出作戦成功の祝勝会は、夜遅くまで開催された。
次回、夜空と絶剣Ⅰ(予定)