無茶苦茶投稿遅れてすみません。スイッチがなかなか入りませんでした。
何とか今年中に一本投稿出来てホッとしています。
もう一本投稿したいな……七時に投稿できるかトライしてみます。
西暦2024年2月23日。
現在の浮遊城アインクラッドは、デスゲーム開始当初よりも遥かに落ち着いていた。
その理由のひとつが、数百人程度存在する、かの最強プレイヤー集団《攻略組》の存在である。
第一層《イルファング・ザ・コボルドロード》を始めとした多くのボスエネミーを薙ぎ倒し、難関と言われた《クォーターポイント》すら犠牲者ゼロで踏破する姿は、多くのプレイヤーに希望の光を見せ、諦めていた者も多かった、この世界からの生還が現実味のあることだと考えさせた。
次なる階層が解放される度に人々は歓喜した。その勝利を祝い、功績を崇め、その名を謳った。
彼らのように自分もなりたいと、夢を見る者も増え、立ち上がった者たちは日々研鑽を積んだ。
俗に言う一軍メンバー、最前線を征くトッププレイヤーになるのは、容易なことではない。
けれど、大手ギルドに入ることは、そう難しいことではなくなっていた。
いくら《攻略組》とはいえ、最前線は何が起こるか解らない。死者が出ない訳ではないのだ。
その為、大きなギルドほど、多くの人員を求めている。非戦闘員も歓迎されているほどに。
中でも最大ギルド《
団長である《英雄ディアベル》のカリスマ性もあって、入団する者は後を絶たない。後進育成が充実しており、様々なノウハウを学べる機会が多いことからも、退団者はかなり少ないという。
とはいえ、新たに自分でギルドを立ち上げるという考えを抱く者もいるだろう。こういう時、大きな集団ほど退団する者を出したくないものだが、《龍星騎士団》はそれを咎めることはなく、むしろ、かつてのギルド仲間としての繋がりを保つことで連携を取り続ける方針を構築している。
しかしながら、ギルドというのは、基本としてそれなりの
そういったものに馴染めそうにない者たちも当然いる。元よりゲームスタイルというのは千差万別、人それぞれ。ソロを好む者もいれば、身内で楽しむ者もおり、多くの人と交流するのが好きなプレイヤーもいる。そこはその者の得意不得意がある為、何から何まで強制することはできない。
色んなプレイヤーと関わりたいが、同じ顔ぶればかりは何となく違う。そういう考えや自由でいたいという思いを抱いた者は、余程のことがない限り、ギルドに所属するという手を避けがちだ。
現在のアインクラッドは、大手中小問わずギルドに所属する者も多いが、やはりそれ以上に、何処にも所属していない者たちも多いという状態であった。死の危険性を避け、今でも第一層《はじまりの街》から出ないことを選んだプレイヤーを除いても、その総数が多い事には多いのだ。
そんな彼らが命綱にしているのは、《攻略組》を始めとした先駆者たちの残した情報である。
各層の主街区などに置かれ、配布される無料のガイドブックは、それそのものが生命線なのだ。
それがあるかないかで生存率が変わってしまうほどで、数か月前の最前線では、それを読まずにフィールド・ダンジョンに潜った命知らずがいたという話もあるほどだ。その者たちは無事に全員が救出されたのだが、読んで当然のものを読まない愚行に非難が殺到したことは言うまでもない。
そういった事例もあったことから、今では必ずと言っていいほど何度も読破してから主街区の外に足を運ぶのが常となっている。通い慣れた狩場を更新し、日々レベリングに励むなら尚更だ。
無論、ガイドブックは所詮ガイドブックであることも忘れてはならない。ところどころで助けてくれることに違いないが、いざとなった時、最後に役に立つのは、当人の実力と冷静さである。
情報を知識へと変えられるかは、そのプレイヤー次第。生かすも殺すもその人の問題なのだ。
いくら安全マージンを取っていても、この世界がデスゲームであることを忘れてはならない。
如何に冷静でいられるか。多くの経験を積めているか。咄嗟に対応し切れるか。
多くのプレイヤーが憧れる《攻略組》というのは、その三つを体に刻み込んでいる者たちだ。
それこそが、多くのプレイヤーと彼らとの間に絶対的な実力の壁を作っているのだった。
1
第三十五層北部には《迷いの森》と呼ばれる森林地帯がある。そこは有名なサブダンジョンだ。
何故有名なのか。それは、巨大な樹々がうっそうと立ち並ぶ森が、碁盤上に数百のエリアへ分割され、ひとつのエリアに踏み込んで一分経つと、東西南北の隣接エリアへの連結が完全ランダムに入れ替わってしまうという設定故だ。この仕組みが判明したのはかなり以前のことだが、その性質上、事前に対策を練っていないと、心底厄介で、悪辣なことに違いはない迷路マップである。
森を抜けるには、一分以内に次々とエリアを踏破して出口まで駆け抜けるゴリ押し戦法か、主街区の道具屋で販売している高価な地図アイテムを使って四方の連結を確認しながら進むしかない。
また、この場所で転移結晶を使っても街に飛ぶことは出来ず、ランダムで森の何処かに飛ばされてしまう為、初見殺しをされないよう、事前にその情報を頭に叩き込んでおく必要があった。
知る人ぞ知る情報だが、昨年のクリスマスイブにて、この場所で蘇生アイテムがボスからドロップするという話があった。実際《背教者ニコラス》なるボスから、件のものは手に入ったという。
現在そのアイテムが誰の手にあるのかは不明だが、恐らく《攻略組》の誰かが所持しているのではないかと言われているものの、その噂の真偽を確かめる方法は今のところないのであった。
そのような場所に、ひとりの少女が迷っていた。彼女の名は《シリカ》。中層では名の知れたハイレベルプレイヤーで《竜使い》という二つ名を戴くことになった者だ。その名の通り、シリカは《ビーストテイマー》なる特殊な存在で、傍に小動物型モンスターを飼い慣らしていた。
彼女の場合は、種族名《フェザーリドラ》という、全身をふわふわしたペールブルーの綿毛で包み、二本の大きな尾羽を伸ばした小さなドラゴンで、中でも非常にレアなモンスターでもあった。
その希少さたるや、初めてテイムに成功させたシリカを除いて、未だに成功例はないままだ。
それ故に、シリカという女性プレイヤーは、性別や年齢も相まって、多くのファンを持つ人気者となった。一種のアイドル的存在だったのだ。無論、彼女だけがアイドルだった訳ではない。
今でこそ下層中層での出没頻度が下がったとはいえ、以前は《歌姫ユナ》という、エクストラスキル《吟唱》を使うことが出来るプレイヤーもいたのだ。シリカは彼女の熱烈なファンであった。
今でも時々現れるユナの突発ライブを聞く為だけに駆け回ることもある。聞くところに依ると、歌姫は《攻略組》の有名な面々とも縁があるのだとか。また、大事な人がいるとかいないとか。
現時点で齢十三のシリカもそういう話には目がなく、自分もまた、そういう出会いが出来ればいいなと思わない訳ではなかった。そんな矢先に、彼女は致命的なトラブルに遭遇したのだった。
事の発端は、ある女性プレイヤーからの挑発だった。
帰還後のアイテム分配に関して、その人物は《フェザーリドラ》の《ピナ》をトカゲ呼ばわりした上に、主人への回復効果を持っているのだから回復結晶は必要ないんじゃないかと言い出した。
その言葉に、シリカはカチンと来たのもあって、即座に反撃した。ろくに前面で戦わずに後ろでちょろちょろしてるだけのあなたこそ、クリスタルなんか使わないんじゃないですかと。
結果、激しい口論となり、組んでいたパーティーのリーダーである盾剣士の仲裁も意味を為さず、頭に血が上ってしまい、つい彼女は、アイテムなんていらないなどと言い放ってしまった。
せめて森を脱出して街に着くまでは一緒に行こうと引き留めるリーダーの言葉にも耳を貸さず、シリカは五人と別れて枝道に飛び込み、ムシャクシャしたまま、適当に森の中を歩き続けた。
それなりに名が知れたハイレベルプレイヤーである為、ソロであっても、ピナのアシストまであるのだから、この程度のフロアモンスターなど強敵ではない。そんな自負と共に、彼女は主街区まで労せず到着できる――はずだったのだ。そう、ここがあの《迷いの森》でさえなければ。
率直に言えば迷ってしまったのだ。そうなると、例の地図を持たないシリカに残された手段は、一分以内にエリアを踏破して進み続けることか、偶然森の外のエリアに飛ばされることであった。
勿論、腕に覚えがあった彼女が取った選択は、実力行使によるゴリ押し突破だ。得物である短剣の熟練度も七割近くマスターし、レベルだって、この階層での安全マージンをそれなりに取れる44もあるのだから、一分以内に次のエリアにくらい苦戦せず行けるだろうと思っての行動だった。
しかし、見込みが甘かったのだ。確かにシリカという少女は、中層ではハイレベルプレイヤーで、実力もある存在だ。《ビーストテイマー》なのも相まって、下手なプレイヤーよりも強い。
ただし、それはあくまで中層の話。真の強者たる《攻略組》は別として、その背を追えるほどの力量も経験もないのだから《迷いの森》を一点突破できるほどの実力を持ち合わせるはずがない。
この場所は、一般的な中層を狩場にするプレイヤーがソロで無理やり攻略するには些か難しいのだ。そのことを、何度か踏破に失敗した段階で《竜使いシリカ》はまざまざと理解させられた。
この森からの脱出に失敗し続け、だんだん疲労が蓄積した彼女は、ついに次のエリアまで走って突破することを諦め、偶然森の端のエリアに飛んでくれることを期待して歩くことにした。
サブダンジョンである為、道中が安全な訳ではない。途中の道程では敵対Mobが当然湧く。それらをピナと共に倒す。レベル的には余裕があったが、周囲は次第に暗くなっていく。足場が見えづらくなり、小さなミスも増えた。使い魔の援護があっても、HPを全く減らすことなく戦い抜けるほど、シリカは強くない。ついにポーションだけでなく、非常用の回復結晶までも使い切る。
万事休す。このままでは死ぬかもしれない。その恐怖が込み上げてきた。それを必死に振り払い、出口付近のエリアへ飛ぶことを祈り続ける。お願いです神様。もう自分が特別だなんて思いません。調子にだって乗りません。だから、この森から出してください。そう何度も祈る。
そうして、次の転移がやってくる。祈ったまま飛び込み、広がっていたのは――鬱蒼とした森の樹々。そう易々と、少女の願いが叶えられるはずもなかった。唇を噛むと、ピナが心配してくる。
大丈夫だよ、と返そうとした時、敵の存在を知らせる鳴き声が発せられる。背後を振り返ると、そこには、この森で最強クラスとされるモンスター《ドランクエイプ》三匹の姿があった。
落ち着いていれば斃せないこともない。ソロで五匹以上のモンスター相手に回復無しで勝てることが中層プレイヤーの安全マージンだからだ。最強クラスの相手であるならば、それが三匹くらいになる。ちょうど今くらいだ。中層の中では、ハイレベルプレイヤーとしての名を知られるほどの実力なら持ち合わせているシリカであれば、このくらいなら苦戦せず倒し切れるはずなのだ。
が、そうもいかないのが、この残酷な世界だ。序盤は順調に事が運び、一匹目を斃し切れるところまで来ていたのだが、無理やりスイッチしてきた二匹目に遮られ、やむなくそちらを斃そうとする。その間、一匹目にも目を離さなかったシリカだったが、そのモンスターが自前で持ち込んでいた壺の中身を呷ったことで事態は悪化した。中身がどうやら回復効果のある飲み物だったのだ。
これにより、斃し切れなかった一匹目が戦線復帰。二匹目が弱ると三匹目が割って入り、それを繰り返す事態になった。回復することをシリカは知らなかった。パーティーで行動することが常だった為、そんなギミックがあるなど知る由もなかったのだ。歯噛みしている間に疲れが蓄積し、気付くとHPも減らされていた。良くない事態である。どうにか挽回しなければ。
急いで回復を――そう思い、ポーチに無意識に手を入れたところで、我に返る。もう残っていないのだ。その動揺が致命的になった。その隙を見逃さず、《ドランクエイプ》が攻撃を叩き込んだ。躱し切れず、背後の木にまで吹き飛ばされる。背中を強打し、呻き声を上げると、HPバーが真っ赤に染まる。このままでは本当に死ぬ。その瞬間、恐怖で体がひとつも動かなくなった。
何も考えられなくなり、この場から急いで逃走することも、転移結晶を使ってこの場からだけは離れることも、思考にはなかった。ひたすら死への恐怖で埋め尽くされてしまった。
そして、棍棒が振り下ろされ――ピナが死んだ。いつまでも衝撃がやって来ず、閉じてしまった目を開いた時、相棒の酷い姿が映っていた。致命的な一撃を受け、柔らかな体毛を散らした使い魔は、短く悲しげな声が上げて、消滅する。突然の死に、シリカは絶望した。同時に怒りもする。
大事なピナを奪ったモンスターだけは生かしておけないと。金縛りが解けたかのように、飛び上がり、短剣を手にし、無我夢中で攻撃を再開。意地でも殺してやると我武者羅に突撃し、あっという間に友達を殺した一匹を仕留め、そこで死を受け入れた。もう既にそこまで攻撃が迫っていた。
ピナと同じところに。そう考えたのも束の間、聞こえるはずのないモンスターの断末魔が立て続けに響いた。振り返る。そこには二人の剣士。男女だろうか。その二人はそれぞれ口を開いた。
「……ごめんね、君の友達を、助けられなかった」
「……悪い、遅くなって」
その言葉を聞いて、シリカは理解した。ああ、自分は、自分だけは、助かってしまったのだと。
涙が止まらない。疲れを思い出した体が崩れ落ちる。その場に座り込み、少女は泣き続けた。
1
キリトとユウキが間に合ったのは偶然だった。ある依頼を受け、三十五層に降りてきた二人が《迷いの森》を探索していると、戦闘音が聞こえたのだ。地図を仕舞い、数秒程度でエリアを踏破し、駆け抜けた彼らが見たのは、主人を守って使い魔が死ぬ、本来なら有り得ない光景だった。
自らモンスターに襲い掛かることをしない小さな彼らが、あの少女を守る為に飛び込んだのだ。その雄姿を、キリトたちは見ていた。当然、そんなものを見せられて、何もしない訳がない。せめてあの子だけは助けてみせると駆け出し、あと少しで死ぬところだった彼女は、生を掴み取った。
けれど、守り切れなかったのも事実。少女はビーストテイマーだ。使い魔を失うことは死に等しい。蘇生手段が見つかったとはいえ、それでも、悲しみは残るのだ。そのことを未然に防げなかったのは、全く以て仕方ないとはいえ、もう数秒早く、その事態に気付けなかったせいなのだから。
だからこそ、二人の口からは純粋な謝罪が送られた。
「……ごめんね、君の友達を、助けられなかった」
「……悪い、遅くなって」
少女が泣き叫ぶ姿を、キリトとユウキはモンスターから守ってあげることしか出来なかった。
ビーストテイマーが落ち着いたのは、それから少し経った頃だ。立ち上がった彼女が涙を収め、こちらを向いた。口を開き、そこから飛び出してきたのは、自分だけでも助けてもらったことへの感謝だった。遅れたことを責められる可能性も考えてきたが、どうやらそれは無用だったらしい。
「ありがとうございます……助けてくれて……」
その感謝に、キリトたちは首を横に振ったが、あることに気付いて近寄った。
「ねえ、君。その羽根にアイテム名が設定されたりしないかな?」
ユウキの言葉に、少女はひとつだけ残った水色の羽根を見た。名前があるのかを確認しようとダブルクリックすると、浮き上がってきたウインドウには《ピナの心》とあった。その名にもう一度心が震え、悲しみが込み上げてきたのだろう。ビーストテイマーが泣きそうになったところで――
「まだ間に合う、と言ったら、君は立ち上がれるか?」
キリトは、まだ悲しむのは早いと告げた。その言葉に、驚いた顔をするのを見ながら、少女剣士は続ける。話したのは、ある事実だ。最近判明した、使い魔の蘇生手段について。その話に彼女は驚愕しながらも聞き続けていた。が、四十七層のダンジョンという言葉が聞こえ、肩を落とした。
その反応を見てキリトたちは理解する。レベルが足りないのだろう。この階層で戦えるとなると、ここでの安全マージンは取れるくらいなのだ。しかし、十二層も上の場所で戦えるほどは強くない。そういうことなのだと姿から読み取った。視線を地面に落とす少女に、ユウキが口を開く。
「それなら、ボクたちと一緒に行こう。使い魔を亡くした主人が同行しないと、蘇生アイテムが出現しないけど、君自身が一緒に来てくれるならその問題は解決するし、守り切るから安心して」
「え……」
ビーストテイマーはどうしてそこまでしてくれるのだろうという顔を見せる。対して、気にしなくていいよという顔で返すユウキに、幼馴染の姿にキリトが溜息を吐いた後、きちんと説明する。
「そういう性分なんだ、俺も相棒も。だから、遠慮なく頼ってくれていい」
「そうそう! ボクたち、アインクラッドのお助け屋さんみたいなものなんだ!」
アインクラッドのお助け屋さん。その言葉に、彼女は何か思い当たった様子だった。
しかし、まさかそんなはずがある訳がないと思う。彼らは攻略組でもトッププレイヤーで、確かに下層中層にも出没するが、こんな自分の元にまで現れるとは思いもしなかったのだ。
それでも、二人が悪い人ではないことだけは今ので判った。男女の組み合わせというのもあって、下心はないと判断できるし、何よりも、彼らはすごく親しい間柄だと感じ取れた。親友か、或いは家族か、もしかすると恋人か。それくらいこの世界でも強く結ばれた仲なのだろうと。
少女の向ける視線に、ユウキは気付かず、キリトは察した様子で、頬を掻く。少し勘違いされているかもしれない。何となくそう思った。そうしているうちに、相棒はメニューを操作していた。
横から確認すると、どうやらトレードウインドウのようだ。つまり、そういうことなのだろう。
「はい、まずはこれあげるね。これでレベルの底上げが出来るから使ってね」
送ったのは《シルバースレッド・アーマー》《イーボン・ダガー》といった、非売品のレアアイテム十種以上。この階層どころか暫くは戦い抜けるだろう、笑ってしまうほどのガチ装備だ。
送られた少女は思い切り戸惑っていて、口を開けたり閉じたりしている。そりゃそうだろう、とキリトは思う。突然現れた人からとんでもないアイテムを大量に渡されたら、そんな反応になるのも当然に決まっていると。満足げに胸を張る幼馴染ユウキの頭をぽんと叩き、フォローを入れる。
「最前線はまだまだ先だけど、四十層後半だからな。その装備があった方が安心できると思って」
「な、なるほど……」
「むぅ……ボクが言いたかったのにぃ」
「お前なぁ、突然渡されても困るに決まってるだろ」
「だって、受け取れないって言われそうなんだもん」
実際、対価もなしで受け取れるようなアイテムではない。全部が全部レアアイテムで、非売品と来た。ユウキにとってはいらないアイテムだが、オークションにだって賭けようと思えば賭けることだって出来る。それほどの代物ばかりだ。咄嗟に少女は受け取ってしまったようだが、本来なら受け取れませんと拒んでいても仕方がない。それを押し付ける形で少女剣士は送った訳だが。
「え、えっと……その……あ、ありがとうございます……すみません、何から何まで……」
「いいのいいの、気にしなくて大丈夫!」
「あ、あの、あたし、シリカっていいます」
ビーストテイマーシリカは、自らがまだ名乗っていないことに気付いた。慌てて自己紹介をし、これから助けてくれる二人に名を明かす。その名に、キリトたちは覚えがあったのか、「ああ、君が」という反応を返した。どうやら知っていたらしい。「同じ中層のプレイヤーなのかな?」という考えが彼女の中で湧くが、その見込みはどうしようもないほど甘いことを、今思い知らされる。
「俺はキリト」
「ボクはユウキ! よろしくね、シリカ!」
キリトとユウキ。その言葉に、シリカは青褪めた。途中で思い、そんなはずはないと考えていた人物たちの名を聞くとは思わなかったのだ。わなわなと震え出す少女の姿に、二人は察していたのか、苦笑いを浮かべる。お互いの顔を見合わせて慣れた様子で頷く。いつものことだなぁと。
迷いの森に、シリカの驚きがたんまりと詰まったその叫び声が響くのは、直後のことだった。
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三十五層主街区に戻ってきた三人は、早速シリカのファンたちに囲まれた。フリーになったことをもう知ったらしいのだ。熱烈な勧誘を受ける彼女は、自分から頼み込んだのだと言って何とか捌き切った。途中、キリトとユウキ――特にキリトの方にジト目の数々が向けられたが、見事に相棒が周囲を威嚇する。一見して強そうに見えない少年剣士は解っていることだが舐められやすい。
とはいえ、その名を知れば、皆が引いていくどころか今以上に集まってくる。なんたってあのキリトだ。攻略組の最上位プレイヤーで、常に英雄的活躍を見せる存在。憧れないはずがない。
それほどまでに、二つ名《夜空》を冠する彼は、《絶剣》ユウキほどではないが、有名なのだ。
「二人が来ていることを知ったら、大パニックになりますよね……?」
「う、うん……まあ、いつものことだから」
「キリトを見た目だけで判断しないでほしいなぁ、もー」
頬を膨らませるユウキに、キリトが宥める。本当に仲が良いと、隣で見ていたシリカは思う。
そんな時だった。一番見たくない顔が目に映る。真っ赤な髪を派手にカールさせた、あの女だ。
咄嗟に目が合ってしまい、どうしようもないことになったことを悟ると、なるべく距離を置こうとするが、向こうからずんずんと歩み寄ってくる。本当に性根の腐った人なのだとすぐに判る。
それはキリトたちも同じようで、特にユウキは嫌そうな顔を見せた。
「あら、シリカじゃない。森から脱出できたんだ。よかったわね」
「…………」
「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」
「要らないって言ったはずです! ――急ぎますから」
二人を連れて、その場を離れようとするシリカの耳に、嫌味の籠った声が発せられる。
「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」
解り切っているというのに、赤髪の女性ロザリアは言った。悔しさが思い返されるが、それでも負けたりなんかしないとシリカは睨みつけて言い放つ。そこには決意が籠っていた。
「死にました。でも! ピナは、絶対に生き返らせます!」
笑っていたロザリアの目が、僅かに見開かれ、不快そうな顔が浮かぶ。
「へえ、てことは、あそこに行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」
「できるよ。そこまで難しくないもん、あそこ」
割って入ったのは、ユウキだった。自信満々に、そう告げた彼女に、ロザリアは視線を向けた。
あからさまに二人を値踏みするような視線を見せると、嘲るような笑みを浮かべる。
「見たトコそんなに強そうじゃないけど。あんたたちでどうにかなるの?」
「問題ないさ。あんたより俺たちは弱くない」
明らかに喧嘩を売る言葉で、キリトは堂々と告げた。畳みかけるようにユウキが続く。
「そうそう。ボクたち、自分の実力はしっかりと把握してるから」
まるで――いや、確実に、実力を把握できてない人だと言われたロザリアの顔に怒りの色が浮かぶ。自分が舐められていると判った途端、余裕を崩す姿に、キリトたちは呆れた顔を見せた。
「この……!」
「行こう、シリカ。ボクたち、暇じゃないもん」
「は、はい!」
暇人扱いされ、今にも飛び掛かってきそうな相手を無視し、ユウキはシリカの手を握って歩き出した。キリトも背後に一応意識を向けながら、それに続いていく。結局、ロザリアが襲い掛かってくることはなかったのだが、彼女の姿が見えなくなったところで、相棒はスッキリした顔をする。
「ナイス煽りだよ、キリト!」
「そっちもな、ユウキ」
「あ、あの、ありがとうございました」
「いいのいいの。ボクたちも不愉快だったから気にしないで」
鼻歌交じりで歩くユウキに、シリカは微笑む。本当にすごい人たちだ。あの程度の嫌がらせは大したことじゃないのだろう。その上、口にした言葉は全部本当のことで、そこに驕りは一切ない。
彼らみたいに強くなれたらいいなと少女は思う。レベルはどれくらい離れているのだろう。
純粋な疑問が湧いたが、それはマナー違反だ。聞いていいはずがない。特に今の状況だと二人の実力を疑うようなものだ。それでも、彼らのレベルをある程度察することは出来そうだった。
そんなことを考えているうちに、《風見鶏亭》に辿り着いていた。まだ場所も言ってなかったのに、ユウキはその場所へ歩いていたのだ。驚いた顔をしていると、彼女はニっと笑う。
「ここでしょ、シリカ」
「な、なんで判ったんですか……?」
「なんとなく、だよ!」
「気にしない方がいいぞ、シリカ。ユウキのこういう先読みは俺なんか相手にならないからな」
そう言って、二人は店内へと入っていく。シリカも置いて行かれないよう、入口を潜ると、彼らは人が少ない場所に席を取っていて、そこで手招きしてくれていた。そこまで歩き、椅子に座ると、ユウキが元気よく手を上げて、ウェイターを呼んだ。もう料理を注文するつもりらしい。
「えーっと、ここからここまで全部で!」
「えっ!?」
「……やると思った」
キリトが顔に手を遣るのを見て、シリカは察した。ユウキは大食漢なのだと。NPCだからこそ驚く様子もないが、プレイヤーであったら驚愕していたことだろう。最終的なお会計も馬鹿にならないはずだ。それを堂々とするということは、それだけコルに余裕があるということなのだろう。
「いつものことだからな。気にしないでくれ。それより、ほら、飲み物だ」
「ありがとうございます。えっと、これは?」
「《ルビー・イコール》ってアイテムだ。カップ一杯で敏捷力の最大値がプラス1」
「そ、そんな貴重なものを飲んでいいんですか!?」
「気にしない気にしない。これくらいは大したことじゃないし、明日は大事な戦いだ。こういうところでも、今のうちに力をつけておくのも悪いことじゃないだろう? ささ、飲んでくれ」
そう言われ、シリカは飲む。甘酸っぱい味わいだった。思わず、ぐいぐい飲んでしまうと、キリトたちは良い飲みっぷりに嬉しそうな顔をする。二人も後から飲んでいくと料理が到着していた。
そうして、三人は談話しながら料理を食べていく。普段よりも会話が弾んでいるとシリカは感じた。この人たちと一緒にいるのはとても楽しい。この時間がもっと続けばいいのにと思う。
食事はあっという間に終わる。三人は宿を取る為、チェックインを済ませ、二階へと向かった。
その後、シリカは知ることになる。二人は幼馴染で、いつも一緒の部屋で寝ているのだと。
次回、夜空と絶剣Ⅱ