ふたつの偶然が紡ぐ物語   作:天狼レイン

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 日付が変わる前に書き終わったので投稿です。
 今回からミトが登場します。口調とか間違っていたら申し訳ないです。
 感想、評価は受け付けていますので、送ってもらえると助かります。
 悪い点はご指摘いただけると気を付けることもできますので。
 モチベーションが保てている間は、頑張って書いていこうと思います。




2.星なき夜のアリアⅠ

 

 

 

 

 

 

 ゲーム開始から千七百人が死んだ。

 まだ一ヵ月が経たないかという三週間の間に、それだけのプレイヤーが脱落した。

 アインクラッドという名の《牢獄》から解放される気配は未だない。

 外部からのメッセージひとつ届くことなく、現状はひたすらに維持されている。

 脱出が出来ない。そのことを理解したプレイヤーたちのパニックは酷かったという。

 喚く者。泣きだす者。狂気に陥った者。現実を受け入れられずに壊れた者。

 中にはゲーム世界を破壊しようと石畳を掘り返そうとした者もいたという。

 その試みは、建築物が破壊不可能オブジェクトだった為に、結局は徒労に終わった。

 全てのプレイヤーが自身の方針を定めたのは、それから数日後のことだ。

 そうして、長い戦いの日々が始まった。

 

 戦いの中で、当然死亡者というものは出るものだ。

 その死者を弔うかのように、一層の《黒鉄宮》には、あるものが出現していた。

 金属製の巨大な碑である。そこには、一万人ものプレイヤー全員の名前が刻まれていた。

 ベータテストの時は《蘇生者の間》だった場所に出来た碑は、あるシステムが機能していた。

 死亡した者の名前に横線が引かれ、横には死亡した要因と日時が記録されるというものだ。

 そのシステムがチュートリアル後、最初に機能するまで、そう時間はかからなかった。

 

 打ち消し線を戴く栄誉を手にした者が現れたからだ。

 死因は《高所落下》。自殺だった。多くのギャラリーに見守られながらのことだったという。

 システムから切り離されれば、自動的に意識が回復するはずだという持論を検証したらしい。

 彼が現実世界に帰還できたかどうかは定かではない。確かめる術がないからだ。

 ただひとつ確実に言えることがあるとすれば、その試みは失敗したということだろう。

 彼が無事に生還できたのなら、今頃この地獄じみた事態は解決しているからだ。

 

 そういうことがあったという話が広まった頃、いち早く覚悟を決め、先へ進んでいた者がいた。

 多くの障害を乗り越え、誰よりも早く前へと進み、危険を知らせ、道を切り拓く。

 ベータテストの経験と、実際の世界を比べ、変更点を見つけ出し、その情報を知らせる。

 多くのベータテスターに嫌われることになろうとも、誰かの明日を守ると貫いた者。

 必ず家族の元へ戻る。あの日常へと帰還する。そう誓い、お互いの命を預け合った。

 出会ったばかりの友人との約束を守り、行く先々で出会った人々を助け続けた二人。

 

 彼らは、のちに――《アインクラッドの英雄》と呼ばれることになる。

 

 

 

 

 

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 ホルンカ村に到着し、《森の秘薬》クエストもクリアしたキリトとユウキは、ある場所にいた。

 第一層から第二層に上がる為に通過しなければならない迷宮区。

 その最寄りにある谷あいの、のどかな町《トールバーナ》だ。

 彼らは誰よりも早く到着していた。その二人でさえ、到達までに三週間を要した。

 ひたすら進み続けるだけなら、恐らく五日ほど早く辿り着いたかもしれない。

 それでも、キリトたちがそうしなかったのは、クラインとの約束があったからだ。

 勿論、それだけではない。ユウキの意思。それに、キリト自身の考えも含めての行動だ。

 二人は、誰かを見捨てることができなかった。

 誰にだって家族や大切な人がいる。その気持ちが、痛いほど理解できたからだ。

 道を切り拓く為に誰よりも先へと進んだが、ある程度進むと、情報を残す為に引き返した。

 その繰り返しをしていた為に、多少は攻略の速度が落ちていたのである。

 その行動で、果たしてどれほどのプレイヤーを救えたのかは判らない。

 それでも、二人は自分たちの身を守りながら、野武士面の男との約束を守り続けたのだった。

 そうして、次第に《トールバーナ》に到着する者が現れ、迷宮区の攻略が始まった頃。

 二人は今日の分の迷宮区攻略を終え、内部情報を町中に流したところで、休息を取っていた。

 

「……疲れたぁ! 攻略お疲れさま、キリト!」

 

「ああ。お疲れ、ユウキ」

 

 ベッドの上に寝転び、ユウキはぐーっと大の字に体を伸ばす。

 部屋の中では、装備はほとんど解除され、簡単な室内着になっている。

 邪魔にならないよう、キリトは端に腰掛けると、ずいっと頭が差し出された。

 アホ毛がぴょこぴょこ動く頭部。それが近付けられる意味をよく知っている。

 

「はいはい。頑張ったな、ユウキ」

 

「えへへ」

 

 慣れた手つきで頭を軽く撫でると、褒められたユウキは頬を緩めた。

 浮遊城アインクラッド、もとい《ソードアート・オンライン》というこの世界に囚われる以前から、キリトはユウキを労わる時にこうやって頭を撫で、褒めていた。

 その習慣は、生きる世界が変わったとしても、決して変わらないまま。

 実の姉と両親を亡くしたユウキにとって、キリトの存在はとても大きなものだった。

 無論、直葉を含む桐ケ谷一家も大事なものだが、中でも桐ケ谷和人は特別らしい。

 義姉が羨むほどの兄妹仲は、今もこうして、お互いの精神を健全に保たせていた。

 

「ねえ、和人」

 

「ん? どうしたんだ、木綿季」

 

 和人。プレイヤーネームではなくユウキは本名を呼ぶが、キリトはそれを咎めない。

 二人っきりの時まで徹底するつもりがないからだろう。いつもの様子で話を伺う。

 

「今頃クラインさん、どの辺りまで来てるのかな」

 

「そうだな……前に連絡を取った時は、ホルンカ村まで来てるって言ってたはずだ。

 送った知識のお蔭で色々助かってるってメッセージも受け取ったし」

 

「ん、それなら《トールバーナ》よりもうちょっと前の村まで来てたりするかも?」

 

「そうだな。一回少し戻って様子を見てみるか?」

 

「賛成! 出発は明日にする?」

 

「そうするか。一応、あとでクラインたちにメッセージを飛ばして確認を取るよ。

 取り敢えず、今は今日のうちに、使ったポーションを買い揃えておこう」

 

「はーい!」

 

 ぴょーんと飛び跳ねて、ユウキは起き上がると、装備を身に纏い直す。

 使い慣れてきた《アニールブレード》が納まった鞘を腰に吊るして準備を済ませる。

 キリトもまた、待たせないように防具や武器を装備し直し、背中に鞘を吊るした。

 二人の装備は、誰よりも最前線を走っているだけあって、かなり充実したものだ。

 レアなドロップアイテムの確率などを探ることもある為、相応に敵を狩っている。

 そういった情報は、キリトの知り合いだった元ベータテスター《鼠》のアルゴに流れた。

 それもキリトたちが意図的に流したものだが、深追いは危険であるとも補足している。

 レアモンスターに釣られ、危険を冒し、引き際を見失って死亡しては意味がないからだ。

 その為、出没するレアモンスターには、情報ごとに危険度を付与することになっていた。

 これも他のプレイヤーを守る為の措置として、ユウキと相談して設けたものだ。

 それがどれほどの命を守れたのかは定かではないが、役立っていると二人は信じている。

 

「それじゃあ、外に出掛けるか」

 

「二手に分かれる?」

 

「んー、いや、一緒で大丈夫だ。急ぐ必要はないからな」

 

「それもそうだね。ついでに鍛冶屋さんに武器も研いでもらわないと」

 

 時刻は夕方。だんだん視界も悪くなってくる頃だ。

 町にいる為、最低限の光源は確保されているが、迷子にならないとも限らない。

 ちらりとユウキを見る。当人は不思議そうに小首を傾げているが、彼女は迷子になりやすい。

 俺がちゃんと見ておかないと……という兄としての自覚を強くし、キリトはその手を握る。

 握られた方は、驚いた様子もなく、そっと握り返し、いっそう御機嫌な様子を見せた。

 

 農家の二階に取った部屋から階段を下り、住民のNPCに挨拶をして外へと出る。

 外はそこそこプレイヤーがいるのもあって、多少の賑やかさを感じ取ることが出来た。

 精々四十人ほどだろうか。今の段階で確認できるのは、きっとそれくらいだろう。

 いくらキリトたちが最前線の情報を流しているからと言って、これはデスゲームなのだ。

 《安全マージン》をしっかり取って、進んでいくのが当然の在り方なのである。

 その結果、攻略がゆっくりとしたものになろうと、それは致し方のないことだ。

 誰だって自分やパートナーの命は大事なのだから。

 

「店員さーん、このポーションをこれくらいください!」

 

「はいよー」

 

 隣ではユウキが、NPCの店員に必要な数を提示し、購入を開始していた。

 回復ポーション一本の値段というのは、序盤でもそれなりの価格だ。

 この先にもっと良質な回復アイテムがあるとはいえ、今後も要所でお世話になる。

 決して安くはないアイテムをユウキは可能な範囲で大量に購入していく。

 傍から見ると、その数は驚かれるものなのだが、救助などを行なう手前、多い方が良い。

 勿論、持ちすぎると、アイテムストレージが大変なことになる為、本数は見極めている。

 これまでも、あと僅かで死に瀕するプレイヤーを二人は救っていった。

 自分たちの持っているポーションを分け与えたりすることなどよくあることで、死への恐怖で心が不安定になったプレイヤーを、安全地帯まで送り届けることなど日常茶飯事だ。

 そのような時にポーションを切らしてしまわないよう、キリトたちは欠かさず補充している。

 当然、購入できなくならないよう、モンスターをよく狩り、レベリングしながら金策していた。

 なので、現在の所持金(コル)はかなりの額になっている。

 これを上手く使えば、恐らく一から強いプレイヤーを育成することも出来そうなほどに。

 

「キリトー、ポーション買い終わったよー」

 

「おう、宿に戻ったら分配しよう」

 

「解ったー。次、鍛冶屋さんだよね?」

 

「ああ。暗くなってきたから足元に気を付けろよ、ユウキ」

 

「心配しなくても大丈夫だってばー」

 

 まるでこの世界で生活しているかのような呑気な会話をしながら、二人は足を進める。

 手を繋ぎながら歩いて行くその姿は、他のプレイヤーたちにどう映っているのだろうか。

 当人たちは気にすることなく、通り過ぎていき、目的の鍛冶屋へと辿り着く。

 作業に集中しているらしいNPCを何とか呼び、愛用している武器を差し出す。

 耐久値が回復していく得物を眺めていると、ちょうど迷宮区から戻った人々の姿が見える。

 見た限りの様子では、まだボス部屋は見つかっていないのだろう。

 マップ攻略率はどれくらいになったのか、キリトは考える。

 《トールバーナ》に到着してから一週間が経過した。続々とプレイヤーが辿り着いた現在。

 迷宮区の探索も進み始めており、二人が躊躇いなく流したマップデータは皆が知っている。

 それを考慮すると、少なくとも六割は探索が進んだ頃だろうか。多くて八割あるかないか。

 そう考えると、もうじきボス部屋の扉は見つかる可能性が高い。

 相手のことをある程度知っているからこそ、キリトは最善の方法を考える。

 偵察戦を省く為に、ベータテスターであることを、どうやって明かすべきなのだろうかと。

 千七百人の犠牲者。そのうち三百から四百はベータテスター。この事実を知らせなければならない。そうでなければ、きっと他のテスターもタダでは済まない。

 否、それだけではなかった。

 自分の身も案じなければならない。今の自分はユウキの命を預かっているのだから。

 

「キーリト。ねえ、キリトってば」

 

「……ああ、悪い。少し考え事をしていた」

 

 ぐいぐいっと手を引っ張られ、意識が思考の海から戻ってくる。

 

「考え事? それって」

 

「ああ、今後のことだ。元テスターと非テスターの確執をどうすれば解決できるのかなって」

 

 一ヵ月で出た死亡者。その原因と責任は、全てベータテスターにある。

 完全に否定し切れない糾弾から、どうやって彼らを、自分を守るにはどうすればいいのか。

 考えることは山積みだ。最善の方法なんて簡単に思いついたりはしない。

 少しでもどうにか出来るようにとやってきた行ないも、果たして何処まで軽減できるのか。

 

「キリト」

 

 力強く名前を呼ばれる。引き寄せられるようにユウキの顔を見た。

 そこに浮かんでいるのは、心からの信頼と確信。真っ直ぐな意志が見て取れた。

 

「大丈夫だよ。ボクたちの行動は無駄になんてならない。きっとみんなに届いてる」

 

「……そうだな。ああ、きっとそうだ」

 

 その言葉はとても有難いものだった。不安に満ちていた心が落ち着いていく

 ユウキがいてくれてよかったと、心からキリトは思う。

 ひとりだったのなら、きっと不安に圧し潰されていたかもしれない。そんな気がしたのだ。

 

「ありがとな、ユウキ」

 

「こちらこそ、だよ。ボクはいつもキリトに助けてもらってるから」

 

 にーっと、彼女は頬を緩める。その笑みにつられ、笑顔になる。

 キリトが笑顔になったのを見て、いつの間にか受け取っていた武器を手渡す。

 

「はい、キリトのだよ」

 

「もう出来てたのか」

 

「キリトが考え事してる時にはもう終わってたよ」

 

「そうだったのか」

 

 手渡された《アニールブレード》を受け取り、装備し直す。馴染み深い重みが背中に加わる。

 

「それじゃ、帰ろっか」

 

「おう」

 

 

 

 

 

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 翌日、キリトとユウキは《トールバーナ》を後にしていた。

 目的は、少し前の村までの確認。クラインたちとの合流はまた今度となった。

 メッセージを送ったところ、どうやら、《リトルネペント》たちに苦戦しているらしい。

 

「情報があってもあいつらは危険だからな……」

 

「《実つき》は気を付けないといけないもんね」

 

「ああ。アレはここ一帯で最悪の罠だからな……」

 

 《実つき》というのは、丸い実をつけているネペントを表す言葉だ。

 ホルンカ村で受注できる《森の秘薬》の達成に必要な《胚珠》をドロップする《花つき》と同じ確率で出現し、戦闘中に攻撃してしまうと、巨大な音と共に実が破裂するのだ。

 破裂した実からは、嫌な臭いのする煙を撒き散らす。煙自体には毒性も腐食性もない。

 しかし、広範囲から仲間のネペントを呼び寄せるという非常に厄介な状態を起こすのだ。

 エリアのPOP――エネミー出現量が枯渇していれば大した数は寄って来ないが、ホルンカ村やその少し先に到着したばかりのプレイヤーには、とても捌き切れるような数ではない。

 事前に情報を流しておいた為、割ってしまうプレイヤーはかなり減っているはずだが、発動した《剣技(ソードスキル)》というのは、簡単に無理やりキャンセルできるものではない。

 全体を見渡した際に、狙った先のネペントの裏に《実つき》が存在していたことに気付かず、纏めて攻撃して斃してしまい、大量のネペントに囲まれる事態がないとは言い切れない。

 恐らく、情報を知っていたとしても、事故で割ってしまったことで、死亡した者もいるはずだ。

 第一層の中ではかなりの危険地帯である以上、此処こそ突破できた者の助けがいる場所だろう。

 

「《トールバーナ》に辿り着けた人たちが一度戻ったりしたら、どれくらい助けられるかな」

 

「どうだろうな……死に物狂いで来た奴もいるだろうし、呼びかけに応じる奴は少ないと思う」

 

「それもそっか……今日は、誰かを守れるかな……」

 

 数日前のことだ。

 迷宮区でマッピングをしていた時、攻略が楽しくなって先へ先へと進んでいたプレイヤーがいた。実力をつけたせいだろうか、無茶な挙動が見て取れたその人物は、ひたすらに進んだ。

 偶然、キリトとユウキは近くに居合わせ、気が緩み過ぎていることを注意しようとした。

 しかし、当人は忠告など無用とばかりに進んでしまったのだ。

 その後、その人を見失ってしまった二人が、次にその男と出会ったのは、最期の瞬間だった。

 《ルインコボルド・トルーパー》の群れに襲われていた。どうやら罠を踏んだらしい。

 武器は弾かれてしまったのか遠くに転がっており、無骨な手斧に叩かれ続け、死んだのだ。

 ちょうどその瞬間に出くわしてしまった二人は、弔い合戦とばかりにトルーパーを殲滅した。

 だが、そのプレイヤーが帰ってくる訳ではない。目前で助けられなかった命は、かなり堪えた。

 必死に助けを求める手に届かなかったのだ。一瞬、助かったかもしれないという顔をした彼の顔は、未だにキリトとユウキの頭から離れそうにない。

 そのことを思い出し、二人はよりいっそう此処に来た誰かを助けられることを祈っていた。

 

 だからこそ、この出会いは必然だったのだろう。

 

「キリト! あれって!」

 

 ユウキが示す先。そこには明らかに砂煙などではない煙が見えた。

 風を伝って届いた臭いには覚えがある。これは間違いない。《実つき》が放つものだ。

 

「行くぞ、ユウキ!」

 

「うん! 行こう、キリト!」

 

 《アニールブレード》を抜き放つ。目指すは煙の出所。そこに助けるべき人たちがいる。

 死なせて堪るか。

 必ず助けてみせる。

 二つの思いを胸に、キリトとユウキは眼前に広がる森の中を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

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 鎌使いの少女ミトは後悔していた。

 事の発端は、あるレアモンスターの出現だった。

 《リトルネペント》狩りの最中に《スプリー・シュルーマン》というMobが現れた。

 この敵からは、あるレアアイテムが出るという情報を、ミトはベータ時代に知っていた。

 無論、それがベータ限定の情報ではないことも掴んでいる。

 誰かは判らないが、恐らく自分たちより先を行っているテスターが公開していたのだ。

 どんな無欲な奴なのか見てみたい。そのようなことを思いながら、情報を有難く貰っていた。

 その情報網にあったシュルーマンが今こうして現れたのである。

 あのモンスターからは、自分が使う訳ではないが、ある貴重な武器をドロップする。

 それを、どうしても無視できなかったのだ。

 そこで、実力も上がってきた仲間のアスナに一言告げ、別行動を取った。

 時間こそかかったものの、無事に討伐し、ミトは件のアイテムを入手し、合流する。

 彼女もネペントを難なく捌いており、このまま労せず、次の村へ辿り着けるはずだった。

 敵を片付けようと、アスナが単発突き攻撃《リニアー》を放つ、瞬間のことだった。

 斃そうとしたMobの後ろに、斃してはいけない《実つき》が隠れていたのだ。

 

「ダメッ! アスナッ!」

 

 咄嗟に制止するが遅かった。完全に立ち上がった《剣技(ソードスキル)》はもう簡単には止まらない。

 いや、例え無理やりキャンセルしたところで、大きな隙を生んでしまうだけだ。

 どうしようも、なかったのだ。

 目的の敵を斃し、止まることも出来ず、その奥に控えていた《実つき》すらもアスナは斃した。

 刹那、《実》は破裂し、無数のネペントが臭いと音に引き寄せられて迫る。

 ミトは外側から敵を排除し、アスナをどうにか救出しようと試みた。

 しかし、足場が崩れた。

 

「……ひゃあっ!?」

 

 咄嗟のことに対応できず、ミトは崖下へと落ちていく。

 落下が終わった時、何とか生きていた。危うく落下死するところであった。

 途中で何度か材木に引っかかったのが、今の生存に繋がったのだろう。

 崖上からアスナの声が響く。彼女はまだ無事であるようだった。

 

「……こっちは大丈夫! すぐに、戻るからっ!」

 

 HPは危険域(レッド)に達していた。回復ポーションを取り出し、急いで呷る。

 そのまま材木に飛び乗り、上へと登ろうとして、また、落下した。足場が悪かった。

 崩れ落ち、ダメージを負う。高さこそなかった為に無事だったが、この方法は危険すぎた。

 横の山道から戻るしかない。遠くはなるが、安全で確実に辿り着くにはそれしかなかった。

 急ぎ、そちらへと駆けだし――悍ましいものを見た。

 

 こちらへと向かってくる《リトルネペント》の群れ。何体いるかさえ確認できなかった。

 絶望がそこにはあった。二度の落下でHPは厳しい状態。このまま突っ込めば間違いなく死ぬ。

 その事実が、まず足を竦ませた。

 畳みかけるようにもうひとつ、恐ろしい現実が襲い掛かる。

 パーティーメンバーのHPを示すバー。アスナのものまでも赤く染まっていた。

 友達が死ぬ。その事実はミトにとっては重すぎた。

 結城明日奈は、誘われたからこの世界に巻き込まれてしまった被害者だ。

 その原因を作ったのは、紛れもなく兎沢深澄、自分自身のせいであった。

 貴女を守る。危ない目には遭わせない。そう約束した、はずだったのに。

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 アスナが死ぬ。そんなところ、見たくなかった。

 心が、決意が、現実から逃げたがった。自分の命が失われるのも怖かった。

 見捨てれば自分だけは生き残れる。そのことが甘い囁きとなって脳裏に響く。

 死にたくない。

 見たくない。

 死にたくない。

 見たくない。

 死にたくない。

 見たくない

 二つの叫びが、頭の中で交互に繰り返される。

 気付くと、その手はメニューウインドウを開いていた。

 パーティー状態を操作する画面が広がり、ある一点に手が伸びていく。

 あとは押すだけ。それだけで、アスナのHPバーは一切見えなくなる。

 見たくないものから、目を背けることが出来る。

 ミトの心は、決意は、弱さに負けてしまっていた。指が伸び、画面に触れ――

 

 

 

 

 

「――――諦めるなッ!」

 

 

 

 

 

 一筋の流星が奔った。

 背後から右隣へ。そのまま前方へ。奔り抜けたそれは、ネペントの群れを切り裂いた。

 断ち切られた胴体が宙を舞い、無数の結晶体となって散っていく。

 その流星を、ミトは見たことがあった。こちらを一瞥するその男の姿を見たことがあった。

 

「ぁ……」

 

 ベータテスト最後の瞬間に見た、あのプレイヤーだと確信した。

 「諦めるな」と叫んだその男は、勇猛果敢にひとりで群れに切りかかっていた。

 どれほどいたのか判らなかったネペントたちが、みるみるうちに減っていく。

 その姿は、まるで――いや、紛うことなき《英雄(ヒーロー)》だった。

 

 希望に中てられ、我に返った。目の前に広がる、パーティー離脱まで秒読みの画面。

 恐怖を覚えた。もう少しで、友達を見捨てるところだったのだと理解して、怖くなった。

 メニューを急いで閉じる。直後に、吐き気に襲われた。自己嫌悪から来るものだった。

 それでも、弱さに負けた自分から、強い自分(ミト)を取り戻したことで、心に熱が灯った。

 回復ポーションを次々呷る。今、ストレージに残りがどれくらいあるかなんて気にしなかった。

 じわじわ回復するHPが疎ましく思えた。イエローまで回復するのを苛立ちながら待った。

 そうして、そこまで回復した時、ミトは《アイアン・サイズ》を手にして駆けだした。

 

「はぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 気力を振り絞り、《剣技(ソードスキル)》を奮う。恐怖を振り切ってネペントを切り殺していく。

 もう恐れるものはなかった。友達を見殺しにすることの方が、何よりも恐ろしかった。

 ミトの復帰に、救援にやってきた少年は安堵した。

 そのまま前方のネペントへ迫り、誰よりも早く、鋭く、《アニールブレード》を滑らせた。

 大量にいたネペントの群れが全滅するまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

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「アスナぁっ!」

 

「ミトぉっ!」

 

 お互いの名前を叫び、二人は再会した。

 どちらも生きていることを確かめるように抱き締め合う。

 

「ごめんっ! ごめんなさいアスナっ! わたし、わたし……っ!

 アスナのこと、見捨てようとした……! ひとりで逃げようとした……!」

 

 ミトは自らの過ちを口にした。結果的に見捨てなかったが、見捨てたも同義だったからだ。

 流星のように現れた男が「諦めるな」と言ってくれなければ、今頃はきっとひとりで。

 罪悪感に泣き叫ぶ少女を胸に抱き、アスナは見捨てられかけた現実を直視した。

 事実、突然現れた人たちがいなければ、今頃怪物に食い殺されていたのだから。

 食い散らかされ、自分が消えていく姿を幻視する。死への恐怖が強く込み上げる。

 それでも――

 

「ミトが……ミトが、無事でよかった……!」

 

「……っ!」

 

 彼女は優しかった。自分のこと以上に、友達想いだったからこそ、その告解を呑み込んだ。

 その言葉にミトは目を見開いて、よりいっそう泣き始めた。その涙は止まりそうになかった。

 

「……間に合ったな、ユウキ」

 

「……うん、間に合ったね、キリト」

 

 彼女らを見守りながら、二人は邪魔にならない場所で周囲の警戒を続けていた。

 今のところMobが湧く様子はない。先の罠で一度POP上限に達したのだろう。

 少女たちが泣き止むまで、キリトとユウキは不測の事態に備えて剣を抜き続けた。

 そうして、お互いに落ち着いたのか、二人はキリトたちの方を見た。

 

「……ありがとう、貴方たちのお蔭で、アスナが助かった……」

 

「わたしからも、お礼を言わせてください……ミトを助けてくれてありがとう……」

 

 ミトとアスナはそれぞれお礼を口にする。かなり泣いたのか、目の周りが赤い。

 救援に駆け付けた二人は、周囲の警戒を止め、漸く剣を鞘に納める。

 

「気にしないでくれ。大したことはしてない」

 

「そうそう。お姉さんたちが無事でよかったよ」

 

 まるで聖人君子のようなことを言うキリトたちに、ミトたちは驚いた様子を見せる。

 それから互いの顔を見合わせて、少しして笑う。おかしなことを言ったかと二人は首を傾げる。

 

「ごめんごめん、あんまりにもかっこいいこと言うから驚いて」

 

「そうか……? だとしたら、ユウキに影響されたのかな……」

 

「キーリートー?」

 

「ナンデモナイデス」

 

 全員がそれぞれおかしくなって、ぷっと吹きだす。

 少しばかり笑い合うと、場が和む。

 

「そうだ。恩人に名乗らないのは失礼よね。わたしはミト」

 

「そうだね。アスナです」

 

「俺はキリトだ」

 

「ボクはユウキ。よろしくね」

 

「キリト君にユウキちゃんだね」

 

「ユウキでいいよ、アスナ!」

 

「そう? それならユウキって呼ぶね」

 

 軽く自己紹介を済ませると、キリトとユウキはストレージを操作する。

 ウインドウを開き、少しすると、仕舞ってあった回復ポーションが大量に出現した。

 

「これを使ってくれ。手持ちが少なくなってるだろう?」

 

「遠慮なく使ってくれていいよ。ボクたち、まだいっぱい持ってるから」

 

「そ、そうなのね……わ、解った。それじゃあ遠慮なく……」

 

「これなら安全に戻れそうかな……」

 

「二人は前の村に戻る帰り道だったの?」

 

 アスナの一言に、ユウキが反応する。

 それに対し、ミトが答える。

 

「ううん、次の町――《トールバーナ》に行こうとしてたの」

 

「それなら俺たちと一緒に戻らないか?」

 

「戻る……? 戻るってまさか、《トールバーナ》から来てたの?」

 

「そうだけど……」

 

 それを聞いて、ミトは驚いた顔を見せた。

 余程の理由がない限り、わざわざ前の町などに戻ることなど早々ないからだ。

 

「一先ず《トールバーナ》まで行くか。ついてきてくれ」

 

「殿はボクに任せていいよ。これでもボク、キリトくらい強いから!」

 

 言われるがまま、ミトとアスナは森の中を案内される。

 その道中、救援に来た二人と会話をしていたミトは驚きの連続に遭った。

 

「まさかとは思ってたけど、誰よりも最前線を行ってた人たちだったのね……」

 

「まあな。ベータの時と違うところがないか偵察してたんだ」

 

「色々調べたよね、キリト。レアアイテムのドロップ率とか」

 

「アレ結構大変だったけど、楽しかったな」

 

「楽しかったって、よく楽しめたわね……」

 

 ドロップ率を調べるというのは、それなりにストレスの溜まることだ。

 このデスゲームでそれすら楽しめる精神力は見習うべきかと、ミトたちは少しだけ思った。

 

「そういえば、二人は《トールバーナ》で宿を取るんだよな?」

 

 ふいにキリトがそんなことを言うと、ミトは――特にアスナは大事なことを思い出したかのような顔をした。何処に行くにせよ、宿というものは大切なのだ。安心感が違う。

 

「宿……宿かぁ……お風呂入りたいなぁ……」

 

「……あぁ……お風呂は入りたいのは解るなぁ……」

 

「でも、この世界ってお風呂を見たことないわ……」

 

「上の階層ならあるの知ってるんだけど……」

 

 大量のMobと戦ったミトたちは、ぐったりと疲弊した様子で愚痴を言う。

 現実世界なら、とっくに汗でびっしょりと濡れていておかしくない戦闘だったのだ。

 湯船に浸かって、ゆっくりと体を休めたい。その気持ちは容易く察することが出来た。

 そんな折、ユウキが小首を傾げながら言った。

 

 

 

 

 

「お風呂ならあるよ、ボクたちの借りてるところに」

 

「「今すぐ貸して!」」

 

 

 

 

 










 次回、星なき夜のアリアⅡ




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