ボス戦に行かなかった……!
前半真面目で、後半茶番(?)です。
温度差で風邪を引かないようにしてくださいね。
それにしても、このキリト君、かなり覚悟決まってるな……
ユウキを挟んで独自に解釈し直しただけなんだけど……
ひと悶着ありながらも始まった《第一層フロアボス攻略会議》は順調に進んだ。
どうやら、ディアベルたちは事前にボス部屋にいる住人の顔も拝んで来ていたらしく、ベータテストの時と同様、第一層のボスは《イルファング・ザ・コボルドロード》だったことが確定した。
身の丈が二メートルに及ぶ巨大なコボルドの王。周囲に《ルインコボルド・センチネル》三匹。
武器は曲刀カテゴリの骨斧。もう一方の手に革盾を装備した姿が確認できたという。
そのことを高らかに公表した時、ディアベルの目線はキリトへ向いた。それは、ベータの時も同じだったのかどうか確認を取るようにも見えた。視線を向けられた当人は頷き、それを肯定する。
キリトの反応を見て、青髪の騎士はあるものを取り出す。それは一冊の本だった。
その見た目はこれまで多くのプレイヤーがお世話になってきたガイドブックと同じもの。違いがあるとすれば、本のタイトルが現在最も必要とされるものになっていたことだ。
アルゴの攻略本・第一層ボス編。そう銘打たれたそれは、ベータ時代に集められた情報がぎっしりと書き記されていた。見事な情報量と言うしかない仕上がりになっており、主武装タルワールの間合と剣速、ダメージ量、使用してくるソードスキル、推定HPまでもが書き込んである。
そのどれもが、デスゲームと化したアインクラッドでは、命綱になる貴重なものだ。
それだけではない。取り巻きであるセンチネルの再出現条件、出現量。極め付きには、斃すべきボスであるコボルドロードの武器変更アクションまでもが記されている。
本来必要な偵察戦で得なければならないギミック情報までも、この時点で得られたのだ。
ディアベルが口頭で伝えた情報を、皆はしっかりと暗記するつもりで聞いていく。
本に書かれていた全てを通達し終えると、最後に騎士は念を押すように告げた。
「以上が、
この情報のお蔭で、オレたちは、死人を出すかもしれない一番危険な偵察戦をせずに済む。元テスターが集めた情報に感謝しよう」
そう、ベータテスト時の《イルファング・ザ・コボルドロード》に関する情報なのだ。
恐らくあの本には赤文字か何かで注意書きがあったのだろう。あくまでもこれはベータの時の情報なのだと。その文字をあのアルゴが書き忘れるとはキリトは毛ほども思わなかった。
当然、皆の命を預かろうとしているディアベルもその文言を見落とさなかったのだ。
その意図が全員に伝わるようにと、彼は再度念を押すように言う。
「みんなも留意しておいてほしい。これはあくまでベータの時に手に入った情報だ。
つまり、あの茅場昌彦が正式版で多少なりとも変更している可能性がない訳じゃない。
だから、ボス戦ではこれを頼りにしつつ、確かめながら戦っていくことになるだろう。
予想外の事態が起きるかもしれない。その時は、慌てずに行動するよう心掛けてほしい!」
忠告が皆に届く。空気が引き締まる。予想外の事態など起きない方が良い。
それでも、それが起きないと限らないのが世の常で、それはこの世界でも変わらない。
そのことをこの場の全員に再認識させると、ディアベルは一呼吸を挟み、口を開く。
「ボスの数値的なステータスは、オレたちが慢心さえしなければ乗り越えられる範囲だ。
SAOが普通のMMOと同じだったなら、みんなのレベルが少し低くても充分斃せたと思う。
だから、
その言葉に広場が湧き立った。盛大な拍手が続き、彼の宣言を称讃する声が上がる。
誰が見ようと、今のディアベルの姿は立派なリーダー、いや勇者そのものだ。この先の層でギルドを立ち上げることが出来るようになるが、間違いなく彼は巨大な攻略ギルドの長になるだろう。
多くのトッププレイヤーを率いて最前線を征く英雄ディアベルの姿を、キリトは想像できた。
だからこそ、キリトは決意する。彼をこんなところで死なせてはならないと。その命を奪う可能性を少しでも排除しなければならない。その為に出来ることをしよう。
そう思い、黒髪の剣士は立つ。
「少し発言いいか、ディアベルさん」
広場を包んでいた称賛の声と拍手が鳴り止む。
全員の目がディアベルからキリトへ向く。彼が再び立ったことで、周囲がざわついた。
何故なら、彼は元ベータテスターで、既に少なくない数のプレイヤーを救った人物だ。
その彼から新たな発言があるとなれば、ざわつくのも無理はない。
立ち上がったキリトに、ディアベルは何かあるんだなと確信した顔を見せた。
「遠慮なく発言してくれ、キリトさん。何か、あるんだろう?」
「ああ、もしかしたら役に立つかもしれない情報を今から話すよ」
「みんな、彼に注目してくれ! オレたちがより安全に戦えるようになるかもしれない!」
信用に足ると判断された剣士の言葉を聞き逃さないように騎士がサポートする。
話の続きを促されたキリトは、全員に届くように少し大きな声を出す。
「ベータ時代、俺は誰よりも最前線にいた。
だから、多くのソードスキルの間合、威力、予備動作も全部把握している。
今回のボスだけじゃない。十層までの、ソードスキルを使うモンスター全てだ」
その言葉に衝撃が走る。彼はただのベータテスターではなかった。
今でさえ最前線にいるというのに、完全に初見だった時代も最前線にいたというのだ。彼の口からそれが明言されるということは、まだ公開できていなかった――いや、公開するには早すぎた情報があったのだろう。
それをもしもに備えて、今ここで公表するというのだ。これほど有難い情報源はなかった。
「コボルドロードは最後のHPバーになると武器を変更する。これはもうみんなが知っている情報だ。そして、骨斧から変更された次の武器はタルワールになる。
ガイドブック通り、これがベータの時の情報だ。俺も実際に目にしたことがある」
《鼠のアルゴ》がガイドブックにした情報は決して間違っていないと強く保証する。
その上で、キリトはある自論を口にした。それは、前夜の宿にてユウキたちと議論したものだ。
「だからこそ、今回のボス戦は絶対に何か嫌な罠を仕掛けてくるはずだ。
その罠が、ボスギミックの武器変更にあると、俺と仲間たちは見ている。
そこで、全く違う得物から別のソードスキルが飛んできてもおかしくない」
「なるほど……確証はあるのかい?」
一呼吸挟み、キリトは続ける。
「確証は、一番信頼してる仲間の直感だ」
「ただの直感やと……!?」
話を大人しく聞いていたキバオウが、その言葉に噛みつく。ただの直感と言われたユウキがムスッとした顔になった。それを、アスナとミトが落ち着いてと傍で宥める。
「ああ、確かな証拠はない。そこまでHPを削り切って確認した訳じゃないからな。
けど、俺たちがこのゲームのGMだったとしたらどうするか。よく考えてくれ」
「オレたちがGMだったら…………っ! そうか! そういうことか!」
ディアベルがその言葉の意味を真っ先に把握する。
この世界にいるプレイヤーはコアなゲーマーが多い。様々なゲームを遊んだ百戦錬磨の者たち。その自分たちが、いざゲームマスターになったら、当然たくさんの経験を活かそうとするだろう。
面白かったゲームの長所を取り入れ、ベータテストを開催し、反応を窺い、そして――
「誰もが驚くようなサプライズを仕掛ける……」
「そうだ。俺たちなら、絶対何処かにサプライズを仕掛ける。
それが完全な初見殺しかもしれないし、何処かにヒントがあったものかもしれない。
だけど、前者はほとんど有り得ないだろう」
ほぼ全員が硬直する。初見殺しが有り得ない。そんな訳があるかという反応が出始める。
それに対し、キリトは両手を広げて告げた。
「だってそうだろう。《リトルネペント》や罠の宝箱、それ以外のことだって、本来は俺たちベータテスターがビギナーのみんなにレクチャーしていたはずの情報なんだ」
そう、情報源は必ずあった。そのことを再びキリトは皆に知らせる。
「デスゲームになったせいで、その仕組みが正常に機能しなくなっただけで、必ず何処かにヒントになる情報源はあるんだ。そう思って、俺と仲間たちはボスに関する変更点が見つかったりしないか、改めてクエストを調べて回った!」
ボス部屋が発見されるまでの数日間、キリトたちは様々なクエストを受けていた。それ自体の攻略法を調べる目的ともうひとつ。この層のボスについての情報がないかどうかを。
「情報は出てこなかった」
でも、と続ける。
「今のこのゲームは死んで覚えるゲームじゃない。ゲームであっても遊びじゃないんだ。
だったら、何処かに必ずヒントがあるはずだ。
そのことを仲間内で議論した時、ある仮説が立ったんだ」
「ある仮説……だと?」
話を黙して聞いていたエギルまでもが声を出す。それだけ場が答えを求めている。
次の言葉を催促するように、皆の視線がキリトへ集まり続ける。
「情報が出てこなかったのは、もう既に何処かに情報があったからだ。
誰かがその情報を知っていて、みんなに伝えることを視野に入れていた。
だから、この第一層の何処にも情報がなかったんだ」
「そうか、だから君は」
「ああ、
騎士が、立ち上がった剣士を見て確信する。
確証が仲間の直感だと言ってみせたキリトの言葉の意味が何なのかを理解する。
そして、ディアベルが代弁した。
「情報はベータの時に出ていたんだ。もし違う得物が出てきても対応できるように」
こくりとキリトは頷き、告げる。
何故自分が最初にベータの時の話をしたのか。最前線にいたことを伝えたのかを。
「つまり、少なくとも
奴が抜き放つだろう武器と、その得物から放たれる凶悪なソードスキルを」
そこまで述べて言葉を一度切る。
理解の及んだ全員がキリトという存在から目が離せなくなる。
彼は最早、ビギナーを見捨てた只の
「俺が話したかったのはこれだ。今から俺が知っているソードスキルを全部話す。
どの得物から放たれるのか。ライトエフェクトはどの色なのか。必要な全てを教える。
だから、全員聞き逃さないようにしっかりと聞いていてくれ」
ユウキたちも含む全員がこくりと頷き、静かにその情報に耳を傾ける。
そこからは怒涛の猛解説だった。キリトは武器ごとにソードスキルの全貌を説明した。
その中には恐るべき武器のものまであった。特に一度受けたことがあるミトは嫌な顔をする。
ベータの時にプレイヤーが使うこともできなかったカタナ専用ソードスキル。
重範囲攻撃《
スキルコンボの開始技《
三連撃技《
直線遠距離技《
上下ランダム攻撃《
その発生速度。発生条件。威力。範囲。対処法。その全てをキリトは解説し尽くした。
果たして、この情報が今は無駄に終わればいいのだが。
そう思いながら、元ベータテスターたる彼は、出来る限りの知識を授けていった。
1
会議が終了したのは、日がすっかり落ちた頃だった。
ディアベルが解散を告げ、集まった者たちは得た情報を再確認しながら宿へ戻っていく。
次の集合は翌日の午前十時。解散前に組み分けたパーティーに、それぞれAからIのナンバリングが為され、リーダーであるディアベルを中心にボスを攻略する段取りである。
重装甲の壁部隊が三つ。高機動高火力の攻撃部隊が三つ。長モノ装備の支援部隊が二つ。そのうちの攻撃部隊のひとつが、キリト率いる、いつものメンバーとなった。
パーティーメンバーがそれぞれ別の部隊に散ることになるかもしれないとも想定していたキリトにとっては予想外のことだったが、それについては、リーダーから説明があった。
「最初はキリトさんたちを別々に分けることも確かに考えたよ。
でも、君たちを他のパーティーに分けるのは良くない気がしたんだ。
キリトさん、会議の時に仲間たちの話をする度に、彼女たちの方を見ていただろう?
それで解ったんだ。君は誰よりも仲間思いだ。きっと仲間と一緒にいた方が動ける。
それに、君を見る仲間の目を見て気付いたよ。彼女たちは他ならぬ君に命を預けたんだ。
だったら、一番良い組み合わせはもう決まっていたも同然なんだよ」
真摯に向き合い告げたディアベルの言葉に、キリトは申し訳なさそうな顔を見せた。
その上で、その配慮に感謝しつつ、代わりに彼から大事な指示を受け取ることにした。
それは、前線崩壊時の足止め。殿としての役目だった。
情報は必要以上に集まっていたが、経験が足りない。その為、情報を活かし切れず、前線が崩れてしまった場合の備えが必要だったのだ。それを、キリトたちは引き受けることになった。
配慮したので代わりにやってくれというだけの等価交換ではない。ディアベルはキリトたちを信頼して任せたのだ。この人たちなら、いざという時にどんな状況もどうにかしてくれるはずだと。
そんな信頼を向けられて断れるほどキリトは薄情ではなかった。無論、ユウキたちもそうだ。具体的な理由を聞くと納得した様子で、同時に任せてという目線をリーダーに送るほどだった。
そうして、現在。ディアベルたちが広場を去った後。
キリトもまた、ユウキたち三人を連れて帰ることにした。夕食を買って宿のある東へと向かい、いつものように農夫一家に挨拶をして部屋に戻る。そのはずだった。
ぐいっとキリトの服が引っ張られた。振り返ると、ユウキが袖を握っていた。
「どうしたんだ、ユウキ」
「キリト。ボクから話があるんだ」
「話? それならここで……」
「ううん、外の景色を見ながら、二人っきりで」
「ん? ああ、別に構わないぞ……?」
「アスナとミトは部屋に戻ってて。鍵はボクが開けるから」
アスナたちは頷く。二人っきりでということは余程の大事な話なんだと理解して。
部屋の鍵をガチャリと解錠し、ドアを開くと、二人は先に部屋へ入っていく。
それを見届けた後、ユウキは無言でキリトの手を握って一階へ下り、引っ張るように外へ出る。
外気温は十二月に相応しい肌寒いものだった。夜が深まるごとにこの寒さは強くなるだろう。
白い息を吐き、ユウキは農家から少し離れた丘までキリトを連れて行った。二人以外の誰もいない場所。静けさをより実感できるところまで歩き続け、背を向けたまま、ぴたりと足を止めた。
「……和人」
名前を呼んだ。その呼ばれ方に、キリトは何を言われるのかを悟った。
その声は震えていた。恐れるような、怯えるような、いつか聞いた時と変わらないものだ。
それは、ユウキが事故で家族を失ったあの時と同じ声音。
「無理……しないでよ……」
「……悪い」
「すごく怖かったんだよ……」
「……ああ、心配かけた」
ユウキが振り返る。その目には涙。アメジストを思わせる瞳が揺れ、不安の色を浮かべる。
その眼差しと目が合う。僅かな時間ではあるが、お互いを見つめ合い、少しして限界だったと言わんばかりに、彼女は自らの顔を家族の胸に押し当てる。
「和人が無事でよかったよ……」
「…………」
二度に渡って、キリトは自らのことをあの場で話した。それは、ただ自分が元ベータテスターなのだと話す以上に危険な行為だった。誰よりも情報を持っているということは、このデスゲームにおいて強すぎるアドバンテージだ。少し秘匿することで、キバオウが言っていた通り、美味しい思いがいくらでも出来る。それが出来たということを、敢えてあの場で堂々と宣言したに等しい。
それを、これまでの在り方と行動に伴った説得力で辛うじて回避しただけで、本来なら致命傷になっていた行為だ。あの場で《処刑》されていたとしても仕方ないほどに。
家族を今度は目の前で失うかもしれない。その恐怖にユウキは怯えていたのだ。当然の反応だろう。それに対し、言い訳はしなかった。いつかと同じようにアホ毛の下がった頭をそっと撫でる。
「……俺は死なないよ、ユウキ。お前を残して死んだりしない」
「……うん……」
「……絶対にあの世界に一緒に帰るって約束したからな」
「…………うんっ……」
「……ずっと一緒にいる。こっちだけじゃない。向こうでもだ」
「……かず、とぉ…………」
縋るように抱き締める力を強めるユウキに、キリトも応える。いつもの調子に戻れるまで、じっと待つ。その体の震えが止まるまで、ずっと待ち続けた。
和人と呼び続ける涙声は暫く止まなかった。少しずつ、少しずつ。その声から悲しみが薄れていくのを感じ取るしかなかった。こういう時のユウキは少し時間がかかることをよく知っていた。
しかし、元通りになった時の彼女は、前よりも強くなっている。きっといつかは、誰よりも強い心を持つ子に成長するだろうということさえも予感できるほどに。
すすり泣く声が止まった頃。ある疑問が投げかけられた。
「……ねえ、キリト」
「うん?」
「……どうして、あそこで無茶をしたの……?」
「あー、それは、だな」
「?」
「――――嫌な、予感がしたんだ」
「……嫌な、予感……?」
小さく頷く。
キリトは、あることを懸念していた。それは元テスターと非テスターの確執だ。
このことはユウキにも既に伝えていたが、あの会議で改めて感じたことがあった。
一度目で、自分がベータテスターだと明かしたキリトは、エギルからの思わぬ助力もあって、あの場において両者が協力できるよう足場を作ることが出来た。ユウキの不安を煽ったが、それでも、必要なことだったのは間違いない。むしろ、上手く行った方だった。
しかし、その後のことだ。
「何度も念押しされていたとはいえ、あの場で公表されたのはベータ時代の情報だ。知っている者にとっては間違いない話だが、それを証明できるのは俺たち元テスターしかいない」
「……そうだね」
「だからこそ、そこで致命的な亀裂が入る余地があったんだ」
「致命的な亀裂って……?」
「情報操作による虚偽だよ」
ベータ時代の情報をベータ時代の情報だと証明できるのは元テスターだけ。非テスターのビギナーには、それが真実かどうかを確かめる術はもうない。実際に自分の目で見る機会はなかったのだから仕方のないことだ。確かめようがない以上、それを信じて縋るしかない。
「つまり、俺たち元テスターは、これがベータ時代の情報だと嘘が吐けるんだ」
ユウキが顔を勢いよく上げた。目を見開く。そんなことする理由がないと言いたげな顔になる。
キリトもそれは同意だった。デスゲームとなった現在、わざわざそんなことをする理由なんて無いに等しい。最早、これは遊びではないのだから悪ふざけが許されるはずがない。
「でも、絶対に嘘を吐いていないと非テスターには判らないんだ。
もし、アルゴのガイドブックに書いていないことが本番のボス戦で起きたら、その時は」
「ボスを斃しても、亀裂が広がっちゃう……」
「ああ、それも、俺たち最前線にいた元テスターに見覚えがあったら、今度は言わなかったことを咎められる。それを言っていたら誰か死なずに済んだ、死にかけずに済んだってな」
どう考えても理不尽な話だ。書いていなければ嘘を吐いたことにされ、奇跡的に知っていたとしても言わなければ黙っていたことにされ、どちらにせよ元テスターは責められる八方塞がりに等しい状況だ。あのままボス戦に挑めば、ボスの変更次第ではどうなるか解ったものではない。
「だから」
キリトの目をしっかりと見て、理解したよと言わんばかりの表情で、ユウキは口を開いた。
「だから、教えたんだね。キリトが知ってるソードスキル全部」
「ああ、それでもまだ賭けだったけどな」
もしも奇跡的に知っていて、でも話さなければ黙っていたことになる。
だったら、話してしまえばいい。それがキリトの出した答えだった。
こうすれば、第一層では見たことがなくても、十層ボス前までのソードスキルが全体に伝わり、まったく知らなかったことにはならなくなる。既にベータテスターであることを明かしたキリトだからこそ取れた手段であった。間合や威力、剣速から対処法に至るまで全てを解説したことで、あとは経験さえあれば対処できるだろう。恐らく、本番ではエギルたち壁部隊が耐え凌ぐはずだ。
それでも、これが賭けであることに違いはない。
本当にキリトが知らないソードスキルが飛んできた時は、どうしようもなくなるからだ。
その時は死人が出るかもしれない。出なかったとしても、ボス戦が終わり次第、元テスターは――いや、黒髪の剣士キリトはまだ情報を隠していると思われるかもしれない。
そこまで来たら、キリトは茅場昌彦の悪辣さを恨みながら《処刑》されることになるだろう。
「(いや、そうでもないか)」
何となくだったが、キリトには、あの茅場昌彦が完全な初見殺しをしてくるとは思わなかったのだ。憧れで目が曇っているのかと思われてしまいそうだが、理由はそんなことではない。
ただの直感だった。それも、ユウキ仕込みの直感だ。ここ一番で信じられる一番のものである。
だからこそ、命を賭けられる。この命を賭けるに値するほどの信頼があった。
「俺はあの場にいた全員を――ディアベルを特に死なせたくなかった。彼の命が失われたら、元テスターと非テスターの融和は叶わなくなる気がしたんだ」
「キリト……」
「勿論、ユウキは当然として、アスナやミトは絶対に死なせないさ。死んでも守る、じゃない。俺だって生きて帰る。お前と約束したからな」
ユウキの頭を撫でる。安心させるように丁寧に。それで以て、二っと笑ってみせる。
すっかり安堵したのか、闇色の髪をした剣士はいつもの通りに元気よく頷く。
「うんっ! 約束破ったら許さないよ!」
「おう、俺が約束破ることなんかあったか?」
「なーい!」
えへへとユウキが頬を緩める。やっといつもの調子に戻ったなとキリトはホッとする。いつまでも浮かない顔をしている彼女を見たくなかったのだ。やっぱり笑っている方が似合っている。
「さてと。そろそろ戻るか。アスナとミトも心配してる頃だろ?」
「あっ、そうだね。そろそろ戻らないと」
「帰ったら、まず風呂だな。流石に体が冷えてきた感じがするし、先に入っていいぞ」
「はーい!」
丘を下り、宿の方へと歩みを進める。道中では他愛のない話をした。
例えば、幼い頃の話だ。風呂繋がりで、昔は一緒に入ったとかなんとかの話をされ、冗談か本気なのか、ユウキが「一緒に入る?」と言い出し、キリトは赤面させられることになった。直後に「冗談だってばー」と言われたものの、思わず「この野郎」という声が漏れ出るほどだった。
この場にアスナとミトが一緒にいれば、それはそれは怪しげな目で見られたことだろう。いや、それ以上に二人は家族なのかと聞かれるかもしれない。ミトはこの手のゲームに精通している為、マナーとしてリアルの話は避けるかもしれないが、好奇心に勝てるかどうか怪しいところである。
いざ聞かれてそこまで困ることかと言われれば微妙なところだが、弄られることには違いない。
この場に二人がいなくてよかった……と、安心しようとして――――。
「…………」
「どうしたの、キリト」
「いや、その、だな」
「?」
「なーんか見覚えのある鎌が見えるんだが?」
敢えて大きめの声でそう言うと、近くの木が僅かに揺れた。
それを見逃さず、すぐさま、その木へ飛び掛かるかの如く接近する。
そのまま透かさず、ぐるっと木の裏を確認すると、見慣れた顔が二つ並んでいた。
「……なにやってるのかな、お二人さん」
「あ、え、えっと……」
「え、えーっと……」
そこには、ミトとアスナが隠れていた。二人揃って冷や汗を流しながら、何か誤魔化す方法がないかという顔をしている。いや、顔にそう書いてあった。都合が悪いのか、必死に目を合わせようとしない二人に、キリトはそれはそれは綺麗な笑顔を浮かべながら問う。
「何処から話を盗み聞きしてたのか、聞かせてもらおうじゃないか」
「え、いや、その……なんでここにわたしたちがいることに気付いたの……?」
「何となくだ。カマかけたんだよ。いなかったら赤っ恥ものだけどな。それだけの話だ。
それよりも……いったい何処から俺たちの話を聞いてたんだ?」
「えっと、何も聞いてな……」
「んー?」
「…………お風呂の
「……ユウキとキリト君が一緒に入ってた頃の話を聞いてました」
二人揃って容易く自白する。遅れてやってきたユウキは、その自白内容を耳にして顔を赤くし、キリトの後ろに隠れた。どうやら、家族を揶揄うのはともかく、流石に友人に把握されるのは恥ずかしかったらしい。背中からは、ぷしゅーっと湯気を出したかのような音が聞こえてくるようだ。
「まったく……こいつは」
大きめに溜息を吐くと、ユウキを怒るのは後回しにして、原因の二人に集中する。
じーっと、ミトとアスナを見事なジト目で睨み、逃がさないよう退路を断つ準備も済ませた。
油断からリアル情報の――かなりディープな部分を漏らしたのはこちらの責任だ。なので、責めるのはそこだけにしようと決め、キリトは二人に必ず内緒にすることを誓わせることにする。
流石にこの手の話が漏れるのは危険だ。流れないよう、しっかりと押さえておかなければ。
既に二人はいつもと違うキリトの姿に、恐れを成しているようだった。
カタカタと震えている。余程、彼が浮かべている笑顔が怖いのだろう。
お互いに縋るように、ぴったりと体をくっつけている様は、流石仲良しと言えた。
両方とも、最早言い逃れが出来そうにないことを覚悟しているようにも見える。
「「お、お手柔らかに……」」
叶うはずもないことを口にしながら、二人は説教を受けることになった。
今日の夜は、いつもより少し長くなりそうだった。
次回、星なき夜のアリアⅣ