ついに《星なき夜のアリア》編終幕です。
いやぁ長かった。次は《月夜の黒猫団》かな?
時系列をしっかり調べてから書くことにします。
翌日、午前十時。
全四十八名。ひとつのレイドに相当するプレイヤーが集合した。
この場に誰一人欠けることなく揃ったことにキリトは安堵する。
誰か一人くらいは、いなくなっているかもしれないと思っていた。
何せ情報源は全て元テスター。会議中も信頼するか悩ましい反応が多かった。
それがこうして集まっている。やはりディアベルの存在が特に大きかったのだろう。
極限状態のこの世界に現れた勇者。その心強さは言うまでもないものだ。
誰もがそう成れる訳ではない。彼にはその器があるということなのだ。
邪魔にならないよう、少し離れた場所でその姿を見ていると、肩をぽんぽんと叩かれた。
振り返ってみると、そこには、ここまで死線を共にしたいつものメンバーの姿がある。
「キーリトっ!」
メンバーのひとりが、がばっと背に抱きついてくる。誰よりも心の距離が近い相手、ユウキだ。
これから迷宮区を踏破し、その上でのボス戦だというのに、相変わらず緊張感のない顔をしている。いや、そういう風に振る舞っているのかもしれない。元気であろうとする彼女の頭を撫でる。
「どうしたんだ、ユウキ」
「えへへ、なんでもなーい!」
「なんでもないってお前なぁ」
仲の良い兄妹であることを偶然知ったミトとアスナは、二人の姿にそっと微笑む。
ミトは一人っ子だった。もしも兄弟、或いは姉妹がいたら、こんな感じなのだろうかと考える。
アスナには兄がいる。兄妹仲は良好で、この世界に来る前に偶然見てしまったホームサーバーには、その証拠に大量の写真が保存されていた。二人の姿を見ていると、懐かしくなってくる。
だからこそだろうか。二人は人の温もりが恋しくなる。この世界が例えデータで造られただけのものだとしても、そこにいる誰かは本物で、触れようと思えば触れられると解っているから。
「ほうほう、なるほど……?」
「なるほどですなぁ……?」
気付くと、キリトとユウキが何やら怪しげな視線を送っていた。目線の先は、ある一点。ミトとアスナもそれぞれその場所へと目を向けて、どうしてなのかを理解した。
無意識のうちに二人は手を握っていた。どちらが先に握ったのかは定かではない。
そのことを自覚すると、飛び退くように二人は手を離した。それから気まずそうな顔になる。
「み、ミト……い、いつの間に……」
「あ、アスナこそ……い、いつの間に握って……」
ミトは余裕がなさそうに、アスナも戸惑っているのが見て判るほどに動揺していた。
慌てて落としどころを探しているような姿に、キリトたちはニヤニヤしながら顔を見合わせる。
「仲がよろしいですなぁ?」
「よろしいですなぁ?」
「今のどう思いますか、ユウキさん」
「どう思いますか、キリトさん」
突然の小芝居が始まる。前夜のやり返しとばかりのそれに対し、ミトとアスナはいますぐ二人を黙らせることにした。キリトにはミトが、ユウキにはアスナが向かい、何が何でも止めさせようと襲い掛かる。この兄妹の仕返しを許してはいけないと実力行使に出たのだ。
キリトの襟元をがっしり掴み、ぶんぶんと揺らすミト。
ユウキの頬を引っ張り、悪いのはこの口かと摘まむアスナ。
それぞれの物理的反撃に、流石の二人もギブアップを宣言する。
「さて、段取りの確認しましょうか」
「お、おう……」
「あしゅなぁ……いひゃかったよぉ……」
「ご、ごめんねユウキ! ちょ、ちょっとやりすぎちゃった……!」
この世界には痛覚というものはないが、代わりに不快な感覚があるという。痛くないのに痛いと言ってしまうのと同じで、反射的にユウキは痛がっていたのだ。データとはいえ、頬が赤くなっているのもそれっぽく見える要因だろうか。ついついアスナも本気で心配してしまう。
出会ってからまだ日は浅いながらも、ユウキとアスナの仲はとても良好だ。それがどうしてなのか、キリトは何となくではあるが、その理由を悟っていた。
彼女が義妹の、亡くなった実姉である紺野藍子と似ている。きっとユウキは、アスナから実の姉と同じお日様の匂いを覚えているのだろう。何となく懐かしさに安心しているに違いない。
二人のやり取りを微笑ましくなっていたが、ミトも我に返ったのか、軽く咳払いする。
「わたしたちが有事の際以外ずっと相手にする《ルインコボルド・センチネル》は、ボスの取り巻きだけど、ただの雑魚じゃない。昨日も説明があったけど、頭と胴体の大部分を金属鎧でがっちり守ってる。ただ普通にソードスキルを打つだけじゃまともに通らないっていうのは覚えてる?」
「だいじょーぶ!」
「わたしも大丈夫だよ、ミト」
「で、貫けるのは喉元一点だ。基本はアスナの
「はーい!」
「解ったわ、キリト君」
「あとは――」
キリトがディアベルたちのいる方向を見る。彼らも準備は念入りにしてきているのがひと目で判るほど整えてきている。恐らく、不備はないはずだ。あるとすれば、それはただひとつ。
「非常時の前線交代、ね」
「ああ、ないに越したことはないけど、俺たちは備えておかないとな。あの時、会議で全員に伝えた武器ごとのソードスキルについて覚えてるか? 忘れたことがあったら言ってくれ」
「ボクは平気だよ」
「わたしもちゃんと覚えてるよ」
「こっちも問題なし」
「そうか。なら、あとは待つだけだな」
先に取っておくべき確認を済ませ、キリトたちは全員の準備が終わるのを待つ。皆も自分たちの部隊がやるべきことを綿密に確認しているようで、真剣な表情が横顔からでも窺える。
少しすると、打ち合わせを終えたのか、ある人物がこちらへとやってきた。青髪の騎士ディアベルだ。真っ直ぐ彼は歩いてくる。その先にいるのは、やはりキリト。
「キリトさん、そちらの準備は大丈夫かい?」
「ああ、こっちは問題ないよ」
「そうか。いざという時は頼むよ」
「いざという時が来ないようにするのがリーダーの役目だろ?」
「それもそうだね。オレはみんなの命を預かったんだ。当然のことだったな」
「ああ、死なないでくれよ、ディアベルさん。ボスには
その言葉に、ディアベルが一瞬。本当に一瞬だが驚いた顔を見せた。すぐにいつもの表情に戻るが、その隙を年齢以上に聡いキリトは見逃さなかった。決して見逃さなかったが――
「だから、必ず生きて帰ろう、ディアベルさん。騎士の誓いを破ったりするなよ?」
「破ったりしないさ。なんたってオレは、誓いを守る騎士なんだから」
茶化すように告げ、触れなかった。それに感謝するように彼は目を伏せ、爽やかに答える。一連のやり取りでキリトは騎士の正体が何者なのかを看破した。この英雄は元ベータテスターなのだ。
だから、LAボーナスという単語にリアクションがあった。アレは、そんなものがあるのか、という反応ではない。狙っていたのを見抜かれた、というものだ。
きっと彼はリーダーたるべく誰よりも強くあろうとしたのだろう。元ベータテスターである、という、ビギナーを置いてきてしまった罪悪感を覚えながら、失わせてしまった命に報いる為に。
ディアベルがその場を離れ、噴水の方へと戻っていく。その後ろ姿を見送ると、隣にいたミトがお互いにしか聞こえない程度の小さな声で尋ねてきた。
「キリト。今のは……」
「ああ、そういうことだったんだろうな」
「……この世界は世知辛いね」
「……まったくだな」
本当に、元ベータテスターが生きづらい世界だ。そう思いながら、キリトは天蓋を見る。
もうすぐ一か月が経とうというのに到達できていなかった第二層。それに今日、手が届くはずだ。いや、届く。必要な準備も覚悟も済ませてきたのだ。こんなところで負ける訳にはいかない。
噴水の縁にディアベルが立っている。耳慣れた美声を張り上げ、演説が始める。そこには強い決意があった。全員をこの先へ導いてみせるという強い意志だ。話す言葉は力強かった。
皆の歓声を抑え、右手を左腰に走らせる。銀色の長剣が引き抜かれ、真っ直ぐ掲げた。
「――勝とうぜ、みんな!」
巨大な鬨の声が湧き起こった。士気は上々。
デスゲームが始まり一か月ほど。ついに、この世界への反撃の狼煙が今上がる。
1
午前十一時、迷宮区到達。
午前十二時、最上階踏破。
予定よりも順調に進んだ。ディアベルの指示は的確であり、危なげなところもなかった。
参加したプレイヤーたちの士気も保たれ、エギルやキバオウは道中も大活躍だった。
道中の殿を努める立場にあったキリトたちは、それらしい活躍こそなかったが、あの会議でそれなりに信頼されたのもあるのか、誰もが迷宮区の中では背中を預けてくれていた。
それから少し経った頃。ついに全員の目の前には大扉が現れていた。間違いない。ディアベルたちが前日に発見したというボス部屋の入口だ。キリトとミトには見覚えがあった。灰色の石材表面には、恐ろしげな獣頭人身の怪物が絵画の如く刻まれていて、ボスの特徴を表している。
コボルド。他のMMOではゴブリンと並ぶ雑魚モンスターとよく知られる存在。
しかし、このSAOでは評価が異なる。武器を扱えるということ自体が、イコール、ソードスキルを振るうことが出来るという凶悪な強みになるからだ。プレイヤーが全力で使うだけで強大な力となるそれが相手にも使える事実は大きく、喰らうのは危険という、決して侮れないものとなる。
誰もがそれを理解している。特に仲間三人が非常に強いキリトにとっては、ベータの時以上にソードスキルの恐ろしさをどれほど自覚しているかなど言うまでもない。
そうして、全員の立ち位置を整理し終えたディアベルが、大扉の前に立つ。静かに剣を掲げ、大きく頷く。皆が頷きを返すと、扉の方へ振り向いた。
「――――行くぞ、みんな!」
短く一言だけ叫び、直後に扉は押し開かれた。
デスゲームの命運を分ける戦いが、ついに始まった。
2
ほぼ四か月ぶりに見た、第一層迷宮区ボス部屋は、とても広く感じるものだった。
ミトも同じものを感じたのか、内部の距離感を慎重に測っている。
奥に向かって伸びる長方形の空間は、奥の壁まで百メートルほど。左右はおよそ二十メートル。
嫌な距離だ。《転移結晶》がない低層のうちは、この長さが退却を苦労させる。
そのような思考が過ぎるが、すぐに、ほぼ暗闇に沈んでいたボス部屋の左右の壁が、ぼっと音を立て、粗雑な松明が燃え上がる。次々に入口から奥へ向かって数を増やし、部屋の明度を上げていく。内装は流石ボス部屋というべきもので、ひび割れた石床に壁。各所に飾られた大小無数の髑髏。不気味というしかない。そして、部屋の最奥部には巨大な玉座。そこに――奴はいた。
プレイヤーたちを認識すると、巨大なシルエットが飛ぶ。空中でぐるりと一回転し、地響きと共に着地。狼を思わせる顎をいっぱいに開き、吼える。
獣人コボルドの王《イルファング・ザ・コボルドロード》の外見は、キリトたち元ベータテスターの記憶と少し違っていた。分厚い毛皮を背に纏い、くすんだ青い兜を被り、腹には目を思わせる紋章が刻まれ、何よりもその体躯は鍛え上げられていた。ハッキリ言ってムキムキである。
この四か月の間にお前に何があったんだ、と言いそうになる。ミトも同様なのか、かつてのでっぷりとしたお腹が消え、より恐ろしい見た目になったコボルドロードに戸惑っていた。別人かと思いそうになるが、浮かび上がった名前に違いはない。ちょっとした変更だろう。
二メートルを超える逞しい巨体。血に飢えた赤金色の体色に、爛々と輝く赤い両眼。左肩に鋭利な肩当てが取り付けられ、右手に骨を削って作られた斧。左手には革を張りつけたバックラーを携え、腰には包帯の如く布を巻きつかせて刀身を隠した湾刀――――
「違う」
キリトは反射的に呟いた。ディアベルの目がこちらを向く。
「やっぱり、違う」
ユウキも声に出した。その言葉に全員が奴の腰から左右に伸びているものに注目する。
アレは湾刀なんかじゃない。飛んで一回転した際に、一瞬だけ背中が見えたそれは、明らかに刀身が長く細すぎる。飾り気がなく、そもそも、いつかのベータでは刀身が隠されてなどいなかった。あの形状にキリトとミトは心当たりがあった。アレは第十層の《千蛇城》で見たものだ。
あの階層はプレイヤーが決して使うことができなかった、ある武器種のソードスキルが見られた場所であり、それが示す意味は当然、ひとつしかなかった。アレの正体は、抜き身のカタナだ。
「ディアベルッ! あれはタルワールじゃない! カタナだ! 武器変更時に気を付けろッ!」
こんなところで看破できるとは思わなかったが、キリトは咄嗟に叫んだ。その言葉にディアベルが理解し、この先の予定をすぐさま組み替え、大声で伝達する。
「いつ武器が変更されても良いように動くんだ! カタナに持ち替えた時は、決して囲むんじゃない! A隊、B隊、C隊はいつでもスイッチできるよう防御準備! 生きて帰るぞ、みんな!」
突撃開始。
鉄板じみたヒーターシールドを掲げる戦槌使いのリーダーに率いられ、A隊が最前列を飛び出していく。その左斜め後方を、斧使いエギル率いるB隊が、続いて右斜め後方を壁部隊最後のC隊。
中央には、ディアベル率いるD隊と長身の両手剣使いのE隊。キバオウが先導する遊撃部隊のG隊と、長柄武器のH隊、I隊が続く。そのさらに後方、殿をキリトたちF隊が追う。
コボルドロードは迫り来る脅威に対し、右手の骨斧を振りかざし、A隊に向けて力任せに叩きつけた。分厚いシールドが受け止め、眩いライトエフェクトが散り、衝撃が空間を揺らす。
それと同時に、青い球体結晶が何処からともなく零れ落ち、それが《ルインコボルド・センチネル》へと変貌する。湧いたのは、ベータ情報通りの三体。ここはまだ変わっていなかった。
戦いの火蓋が切られる。
奴のHPゲージは四本。ベータ情報では三つ目までは武器が変わらない。骨斧と革盾を用いて戦い、最終的にタルワールに持ち替え、何から何まで戦闘パターンが変化する。
しかし、既に得物は違っていた。頼りになるのは、キリトが提供したベータ最前線の情報のみ。
いつ変化するか判らない攻撃パターンを前に備えながら、彼らは戦わなければならなかった。
それでも、プレイヤーたちは屈さない。恐れない。勇者がそこにいる。ディアベルがそこに在る。命を預けるに値する男がいる。ならば、やるべきことはただひとつだ。勝つ、それだけだ。
「行くぞ、ユウキ、ミト、アスナ!」
「了解!」「任せなさい!」「任せて!」
キリトたちも飛び出していく。キバオウたちは既にタゲを取り、交戦を開始していた。邪魔をしない程度に撃ち漏らしを斃し、最悪の状況に備える。それが四人に託された策だった。
コボルドロードとの戦闘は予想外の変更がありつつも、順調に進んでいた。
ディアベルたちD隊が一本目を、E隊が二本目を削り取ることに成功。AからCの壁部隊はHPを半減させることこそあれど、
取り巻きのセンチネルたちは、キバオウ率いるG隊とキリト率いるF隊だけで片付けられ、他のH隊とI隊は本体に合流。交代の間隔を短めにすることで、より安全に戦う方法が取られていた。
「「スイッチ!」」
キリトとミトの声を合図に、ユウキとアスナが飛び込む。武器を跳ね上げられ、隙を晒したセンチネルの喉元に鋭い刺突が襲い掛かる。アスナの奮戦も凄まじいものだったが、ユウキは特別驚異的だった。ソードスキルを使わずとも、刺突を即座に同じ場所へ二度見舞う姿は、キリトどころかミトも驚かされる。その強さは、もはや多くの元ベータテスターなど全く以て敵ではない。
最速で最効率を叩き出すが如く殲滅し終えると、四人には休息の時間が訪れた。キバオウたちも同様で、今は戦況を見守っている。状況は非常によろしいものだ。この後、何処で切り替わるか判らないカタナにさえ気を付けていれば、過度に恐れる必要などなかった。
「…………奴は何処で武器を切り替えてくるつもりだ」
そのタイミングを見逃さないよう、キリトは注視していた。前衛からでは見えないものがあったとしたら、それを伝えることが出来るのは自分たち後衛だけだからだ。
集中し、全体を見極める。ユウキたちもそれに倣い、休息を取りながらも警戒を怠らずにいた。その張り詰めた空気感に、キバオウたちは余計なことをする訳にはいかないと思い知らされた。
そうして、ついに三本目のHPバーが半分削れた。その時だ。
《イルファング・ザ・コボルドロード》が、手にしていた骨斧と革盾を外し、投げたその先には――ある男の姿があった。ディアベルだ。奴は司令官を狙い撃ちにしたのだ。
「避けろディアベルッ!」
「ッ!」
キリトが叫ぶ。後衛から届いたかは定かではないが、青髪の騎士が反応したように見えた。
猛スピードで飛来する障害物に、彼は辛うじて回避を成功させる。急ぎボスの方へと目を向け、戦況を把握。今の一瞬だけ意識が引き剥がされたせいで、コボルドロードは既に武器を交換し終えていた。その手に握るはカタナ。粗雑な鋳鉄のテクスチャではない。鍛え上げられ、研ぎ澄まされた鋼鉄の色合い。ボス戦開始前にキリトが看破した通り、あの武器はタルワールではなかった。
すかさず一閃。剣風が吹き荒れ、前線に立っていたH隊を跳ね飛ばそうとカタナで薙ぐ。そこになんとかA隊がスイッチし、攻撃を受け止めるが、その威力は恐ろしいもの。一気にHPがぐーんと削られ、グリーンからイエローへと落とされる。ディアベルがすぐさま一時退却を指示し、彼らは後方へ撤退する。その隙間を埋めるようにE隊が飛び込み、動きだそうとする。
その時だ。全員が信じられない行動を目にする。コボルドロードは突如前進。わざと周囲に敵が来るよう囲まれる形を取り――ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
全プレイヤーの血の気が引く。これはまずい。洒落になっていない。奴は自ら得意技を放てる位置に移動したのだ。つまり、これから飛んでくるソードスキルはアレしかない。
「ぜ、全員ッ! 急速後退ッ! 間合の外に逃げろォッ!」
ディアベルの悲痛な叫びが響く。直後、それを掻き消すようにコボルドの王は、どんっと地を蹴り、床を揺らがせ、垂直に飛んだ。空中でゼンマイの如く体を捻り、武器に威力を溜める。血のような赤いライトエフェクトが刀身を包み、落下すると共にその全てが解放される。
軌道、水平。攻撃角度、三百六十度。
カタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《
迸るライトエフェクトは血柱の如く炸裂し、多くの部隊のHP平均値ゲージが、一気に五割を下回ってイエローへと落とされる。特にディアベルの部隊の被害は甚大だった。誰よりも他の隊を優先し、逃げ遅れた彼らは
多くのメンバーが巻き込まれたことで、スタンしてしまったディアベルたちとコボルドロードの間に割り込める者は近くにいない。このままでは彼らの命が危うかった。A隊は難を逃れたが、回復が間に合っておらず、飛び込める状態ではない。
硬直を終えた奴が、次なる一撃を見舞おうと動き出す。狙われるのは当然ディアベルだ。彼を斃せば部隊が崩れる。そう考えたのだろうか、悪辣なまでの思考回路だ。スキルコンボ開始技《
その瞬間、青髪の騎士は悔しそうに唇を噛み、死を覚悟した。アレを受ければ、他のソードスキルに繋がり、命を刈り取られることを情報として伝えられていたからだ。最大防御姿勢も取ることはできるだろうが、奴の執念は予想以上。万が一にでも耐えきれるか怪しかった。
野太刀が迫る。死神が、今か今かと待ち構える。そうして致命の一撃がやってくる――――
「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁあああああッ!」
異なるライトエフェクトが、流星の如く、突き抜けた。
激しい衝突音を鳴らし、コボルドの王が後方へと後退る。
それと同時に、次々とソードスキルが炸裂した。大鎌に胴を三度切り裂かれ、細剣に貫かれ、片手直剣がⅤの字に切り開く。最高速の大技を直撃させられたコボルドロードは、腹を反射的に抑え、邪魔をした者たちを睨みつける。そこには四人のプレイヤー。
「間に、合ったな……」
キリトがいた。ユウキがいた。ミトがいた。アスナがいた。F隊が駆け付けていた。
彼らは《旋車》が炸裂する直前、既に駆け出していたのだ。キバオウたちは、そのことに遅れて気付いた。後衛から前衛へ。あっという間の移動だった。四人は得物を構える。
「ディアベル、スタン回復まであと何秒ある……!?」
「あと三秒……!」
「解った、全力で時間を稼ぐ! 部隊の再編を頼む!」
告げるや否やキリトが駆け出す。続けてユウキ、ミト、アスナも追随。《イルファング・ザ・コボルドロード》へ急襲を開始する。体勢を崩された王に、ソードスキルが連続で命中する。
片手剣基本突進技《レイジスパイク》が二度。そこから無理やり連続で片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》が二度。その冷却時間の隙を繋ぐように、細剣単発突き《リニアー》が一度。締めに大鎌スキルコンボ開始技《ファーストペイン》が炸裂。高火力中射程、しかし隙が大きく設定された特殊武器だからこそ許された二連撃技《セカンドペイン》が続け様にヒット。連続攻撃でHPゲージを大きく削り取り、四本目へと移行する。減少により、センチネルが急に八体出現するが、その頃には、ディアベルたちのスタンが解け、全員回復ポーションを飲み終えていた。
迎撃準備は既に整っている。指揮官たる青髪の騎士は状況を確認すると、大きく声を上げた。
「前線交代! F隊、B隊でボスを! 他は交代しながらセンチネルを叩く! あとは任せた!」
「おう!」「おっけー!」「任された!」「はい!」
事前に伝達していた緊急事態時の対応が為される。HPが怪しいものは再びPOT開始。ある程度戻った者はセンチネル討伐へ動きだし、ディアベルに率いられていく。キバオウたちも役割を把握し行動再開。回復が途中のB隊は一度下がり、キリトたちF隊のサポートに回る準備を進める。
「行くぞ、みんな!」
キリトの言葉を合図に、三人は駆け抜ける。迫る怨敵を前にし、コボルドの王はすぐさまソードスキルを発動。放たれようとしているのはカタナ直線遠距離技《
僅かな隙にアスナが突進技《シューティングスター》で追撃。そこにキリトとユウキも合わせる形で《ソニックリープ》を叩き込む。硬直が解け次第、バックステップで下がり、様子を窺う。
ボスのHPバー四本目は残り六割まで減少していた。先程から直撃させているのが、大きなダメージとして入っているのだろう。今のところ攻防は順調そのものだが、それ故に恐ろしい。
何故なら奴は予想もしない行動に出るのだ。先程のマッチポンプ《旋車》などその例であり、あんなものいきなり予想できるものではない。別パターンでやってこようものなら厳しいだろう。
キリトの思考を読んだかのように、コボルドロードが獰猛な笑みを浮かべ、次なる手へと走る。
猛ダッシュでこちらへと駆け付けようとしたのだ。先程の悪趣味な一撃が脳裏に過ぎる。後方へと下がりたいが、下手なことをすれば、ディアベルたちに被害が及ぶ。そのことを理解しているキリトたちは距離を取れない。
敢えて迎え撃つように直進し、先に体勢を崩させようと、キリトとミトが攻撃を仕掛ける。
囲まないように細心の注意を払ったそれは確かに《旋車》にはならなかった。
しかし、当然別のソードスキルがやってくる。僅かなディレイを生み出すその技の名は《
「「しまっ……!?」」
「させんッ! ぬぉぉぉぉぉおおおおおッ!」
二人の前にひとりの男が割り込む。その大きな背中には覚えがある。間違いない。B隊リーダーのエギルだ。軌道が確定した《幻月》の一撃に対し、ソードスキル《ワールウィンド》を挟み込んで相殺。大きく武器が跳ねあがった両者の間に、ユウキとアスナが滑り込む。
「「せぁぁぁぁあああああッ!」」
アスナが最も鍛え上げた《リニアー》がコボルドの王に突き刺さる。続けて、ユウキの《シャープネイル》が叩き込まれ、さらにHPが削られていく。B隊のメンバーが駆け付け、キリトとミトは一度後方へ下がる。相殺に成功しているが、同時に気力はかなり使わされているからだ。
二人の一時離脱を支えるように、エギルたちがユウキと協力し、前線の状態を保つ。それを後方で見ながら、黒髪の剣士は鎌使いに声をかけ直す。
「いけるか、ミト」
「ええ、まだまだいける」
《イルファング・ザ・コボルドロード》のHPは残り3割を切っていた。
つまり、ここが攻め時だ。ここからは全力でラッシュに持ち込むしかない。
僅かな休息を終えると、キリトたちは飛び出す。ちょうどエギルたちが攻撃を防いだところに突っ込み、頭蓋に向けてソードスキルを一緒に叩き込む。ぐらりと巨体が揺らぎ、崩された体勢を整えるのに膝をつく。押し切るならここだった。
「全員――
「う……オォォォォオオオオオッ!」
エギルら六人がここまでガードばかりを専念させられた鬱憤を晴らすべく、ソードスキルを次々と放つ。上から下へと叩きつける強力な一撃が放たれ、色とりどりのライトエフェクトを撒き散らす。ハンマー、メイス、斧たちが爆撃の如く炸裂し、がりがりとHPを削り取る。残るは一割。
そこに助走をつけた四人がラストスパートをかける。一番馴染んだ《リニアー》をアスナが、高火力なニ連撃を放てる《バーチカル・アーク》をユウキが、《ファーストペイン》から《セカンドペイン》を連続でミトが続け様に放ち、もがくコボルドロードを貫き、切り刻む。
そして――――
「これで、終わりだッ!!!」
キリトが王の首に向けて、ユウキと同じ《バーチカル・アーク》を叩き込む。一撃目で喉元まで断ち切られ、続く二撃目は首を切断した。本来狙えないだろう急所は、クリティカルヒットしやすい。HPが多い時に出来る芸当ではないが、残った生命力を吸い取るように入った最後の一撃は、それだけのことを可能にした。胴と泣き別れをした首が宙を舞い、ピシリとヒビが入る。
両手が緩み、野太刀が床に転がった。そのまま巨躯は床に倒れ伏し、その体は無数の硝子片へと変わり、盛大に爆散した。全身全霊をかけて放った一撃で疲れを覚えさせられたキリトは、天井を向いたまま動かない。視界にはLAを取ったことを知らせる紫色のメッセージがある。
周囲の景色がガラリと変わり、薄暗くなる。残っていたセンチネルたちもまた、後を追うようにその体を無数のポリゴンへと変えて消滅。多くのプレイヤーが静けさの中で硬直した。
しかし、その沈黙を破ったのは、やはりこの男だった。勇者ディアベル。彼はボスたちが復活する様子がないことを悟ると、ボロボロになった剣を掲げ、叫んだ。
「オレたちの――勝利だッ!!!」
瞬間、一気に歓声が湧いた。空間を震わせるほどの鬨の声。誰もが勝利したことを理解し、歓喜した。俺たちはついにボスを斃してみせたんだと。絶望のデスゲームに一矢報いたんだと。
皆の目の前に、獲得経験値とアイテム、コルが表示され、天井付近には決着を知らせるメッセージが浮かんでいる。これは決してただのまやかしなどではないのだと理解させてくれる。
疲れ切った体をどうしたものかとキリトが考えたところに、何かがぶつかってくる感覚があった。抵抗することもできず、そのまま押し倒される。こんなことをする奴はひとりしかいない。
「やったっ! やったよ、キリトっ! ボクたち勝ったよ!」
お腹の上に馬乗りになった少女の姿を視界が捉え、苦笑する。嬉しそうに万歳を始める姿は、向こうで高難易度のクエストをクリアした時と本当に変わらない。こういう時は好きにさせておくのが一番だと考え、キリトはぐったりと脱力する。流石に体が重い。何度も何度も相殺し、ソードスキルを叩き込んだ疲れが出ていた。少しばかり休息が必要そうだ。集中し過ぎて頭が痛い。
呼吸を整えながら、同じように相殺し続けたミトへと向ける。彼女もまた、アスナに抱き締められ、労わられていた。お互いに凄まじい無茶をしたものだと、ついつい笑ってしまう。
そこへひとりの男性がやってきた。ウェーブした青髪のその人物は彼だった。
「お疲れさま、キリトさん」
「……ああ、お疲れさま、ディアベルさん」
ユウキが飛び退き、キリトの体を起こす。ディアベルはその場に軽く座り、視線を合わせてくれる。差し出された手を握ると、爽やかな笑顔を向けられた。
「本当に助かったよ。あともう少しで死ぬところだった。本当にありがとう」
「……どういたしまして……なんて言えそうにないな。あんたのお蔭で、初見殺しを対策できた」
「アレは酷かったね。まさかマッチポンプみたいなことをしてくるなんて」
「本当だよ。ボクも流石に意地悪いと思ったなぁ」
疲れの滲んだ表情を浮かべながらも、楽しげに笑い合う。ボス攻略おめでとう会が開かれようものなら、ハイライトは正しくあのクソ攻撃だ。よくもやってくれたな、この野郎と茅場昌彦に向かって愚痴ることに違いない。奴に憧れていたキリトも、あればかりはフォローできそうにない。
「ああ、そうだ。ディアベルさん」
「ディアベルでいいよ、キリトさん」
「じゃあ、こっちもキリトでいいよ。えっと、それで、だ」
ストレージを操作する。取り出したのは、真っ黒なコート。
アイテム名《コード・オブ・ミッドナイト》――先のボスから手に入ったLAだった。
「これをあんたに。本来ならそっちが手に入れてたものだろう?」
ぐいっとその手をディアベルに向ける。差し出された彼は、驚く顔をした後、首を横に振った。
「最初に言ったじゃないか。アイテムは《ドロップした人のもの》だって。
だから、このアイテムは君のものだ。君が使ってくれ。その方が良い」
「そう、なのか……?」
「ああ、それにね、キリト」
ディアベルは苦笑しながら告げた。
「コートじゃ勇者っぽくないじゃないか」
そう言われ、キリトは思わず吹き出した。
「それもそうだな。勇者には、もっと似合うものがありそうだ」
「だろう?」
互いに笑い合うと、キリトはディアベルの手を借りながら立ち上がる。
ユウキに支えられながら、アイテムを羽織り、装備すると、それはそれはよく似合っていた。
「キリト、真っ黒になったね」
「なんか渾名つけられそうだな……」
「《ブラッキー》なんてどうかな?」
茶化すようにディアベルに言われ、勘弁してくれとキリトは苦笑いを浮かべる。
そこへ、新たなプレイヤー、エギルがやってきた。
「見事な戦いぶりだった。そして、それ以上に見事な剣技だったよ。コングラチュレーション」
「ああ、あの時は助かったよ、エギルさん」
「オレのことはエギルでいいぞ。こっちもキリトと呼ばせてもらってもいいか?」
「ああ、構わない。これからもよろしくな、エギル」
「こっちこそよろしく頼む」
握手を済ませると、エギルは仲間たちの方へと合流していった。
交代とばかりに、今度はミトとアスナがやってくる。四人は向き合うと、揃って微笑んだ。
「お疲れ、二人とも」
「お疲れさま!」
「お疲れさま」
「お疲れさま、キリト君、ユウキ」
挨拶を交わし、軽い雑談をする。程なくして、ディアベルの声が響き渡る。内容は単純なもの、一度帰還しようというものだった。このまま第二層の《主街区》がある場所まで向かう手もあったが、ボス戦で全員それ相応に疲弊している。新しいMobを相手にするには難しそうだったのだ。
次の転移門はボスの消滅から二時間後に自動で開く仕様になっている。その為、無理をする必要がないのだ。だからこその、この判断なのだろう。今回ばかりはキリトたちも、このまま最前線を征く元気はなかった。最後のラッシュで気力を使い果たしていたからだ。
「帰るか……」
「うん、帰ろっか」
「そうしましょう」
「そうだね」
十二月三日。ついに第一層が攻略された。この日を境に、階層攻略は活発化していく。
この日《はじまりの街》に《英雄ディアベル》の名が轟いた。
次回、月夜の黒猫団Ⅰ(予定)