ふたつの偶然が紡ぐ物語   作:天狼レイン

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 年表を確認して方向決定。
 早速書いてみました。予定時間ギリギリで焦りました。
 
 


6.月夜の黒猫団Ⅰ

 

 

 

 

 

 

 キリトとユウキが彼らに出会ったのは、四月八日のことだった。

 SAOがデスゲームと化してから五か月ほどが経った春のこと。

 当時の最前線から十層も下にあるフロアの迷宮区に、二人は潜っていた。

 目的は、この階層でしか獲得できないアイテムの収集。

 第一層のフロアボス戦から知り合った戦友ディアベルの、パーティーメンバーが使う武器の強化素材を取ってくるという役を、余裕のある自分たちが申し出たことから始まった。

 

 二週間ほど前、《クォーター・ポイント》と呼ばれることになった第二十五層さえも安全に踏破することに成功したのだが、多くのトッププレイヤーは激戦の末に愛用した武器を失ったのだ。

 それによる攻略継続が少し厳しくなったことで、アインクラッドの最前線を征く最強プレイヤー集団《攻略組》は、致し方なく下の階層に素材集めをすることを強いられ、その情報は、事態の混乱防止の為に情報屋などから事前に伝達されることとなった。

 結果として、混乱などは防げたものの、強いプレイヤーが降りてきたことで、下層で戦うプレイヤーのリソースを奪ってしまうのではないかという懸念が残されてしまった。事実、トラブルが全くなかった訳ではない。それに対し、《攻略組》は一定のルールを定めることにもなった。

 ただしそれは、下層のプレイヤーたちに負担を強いるものではなく、余裕のある《攻略組》メンバーが少数のパーティーを組んで素材集めに奔走し、それに対して対価を支払うものであった。

 この形を取ったことにより、下層のトラブルは減少し、一定の秩序が保たれることに繋がった。

 

 当然、以前から人助けに精を出しつつ、最前線もしっかり攻略する、というあまりにも器用なことをしていたキリトとユウキに、素材を集めてきてほしいと願う者は多かった。

 ざっと計算するだけでも十数件。内容も内容で、作業量はかなりのものだった。

 これには、さしもの二人も希望日数までに全て集め切れるか判らなかったのもあり、《攻略組》として最前線を走るギルドのリーダーたちに相談を持ち掛けることになる。

 話し合ったこともあり、二人は一度最前線を降りつつ、休息を取りながら、依頼を熟す立場となった。攻略途中の迷宮区から長期間離れるのは、ゲーマーとしてやや寂しいものがあったが、フロアボス戦には参加してもらいたいらしく、その時はしっかり呼んでもらえるようだった。

 

 そうしたことがあってから、二週間が経った頃。

 迷宮区にて、モンスター狩りに励んでいたキリトとユウキは、敵を斃し終えたところだった。

 

「お疲れさま、ユウキ」

 

「お疲れさま、キリト!」

 

 ハイタッチを交わし、お互いを労わる。トッププレイヤー二人の表情はまだまだ疲れを感じさせない。常にコンビで戦い続けているのもあり、二人のレベルは恐ろしく高い。例えそれが最前線をソロで戦ったとしても問題を感じられない。

 それほどの力量を持つ以上は、この階層の敵など相手にもならない。遭遇するや否や、突進系ソードスキルで直接殴りこみ、あっという間に殲滅。次なる獲物を求め、探し回るほどだった。

 狩りを二時間ほど続けたキリトとユウキは、依頼された素材分をしっかり集め終わっていた。あとは迷宮区を抜けて、依頼主のディアベルにしっかりとアイテムを手渡すだけである。

 

「ふふんふふーん♪」

 

「上機嫌だな。何か嬉しいことでもあったのか?」

 

「実はね。ボク、夜にアスナと会う約束をしてるんだー」

 

「へえ、二人っきりでか?」

 

「うんっ! 《ウルバス》の《トレンブル・ショートケーキ》を久しぶりに食べに行くんだ!」

 

 ウルバスというのは、第二層主街区の名だ。五か月も前に攻略した第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が守っていた次の層への扉を超えた先にある大きな街で、暫くの間、トッププレイヤーたちが活動の拠点にした場所でもある。今でこそコンビだが、キリトとユウキの二人も、当時アスナとミトの両名を伴って、あの街でよく一緒に食事を取ったりしたものである。

 

「アスナの方も休み取れたのか。もう副団長なんだろ? 休み取るの大変だったんじゃないか?」

 

「そうでもないみたいだよ。ほら、ミトが副団長補佐だから、休みが欲しい時は交代で取れるんだって。二人とも休みたい時は一工夫必要みたいだけど。今は充電期間だから取りやすいとか」

 

「なるほどなぁ。しっかし、二人とも出世したよなぁ。今じゃ、あの《血盟騎士団》副団長とその補佐なんだぜ? ずっと一緒に戦ってきた仲間として誇らしいくらいだよな」

 

「だねー。ボス攻略会議の時もすっごく様になってた。アスナってあんなに紅白衣装が似合うんだって驚いたもん。今じゃトレードマークになってるんじゃないかな?」

 

「それに対して、ミトの戸惑い具合は面白……いや、すごかったよな。今はそこまで気にならないとはいえ、前までは格好が白に紫系だもんな。それが急に赤だからなぁ」

 

「今の言葉、録音クリスタルでしっかり押さえておいたからね、キリト」

 

「ちょ、それは勘弁。頼む、ユウキ。すぐ消してくれ! ミトに追いかけ回されるのはキツイ!」

 

「んー、じゃあ消す代わりに、今度ボクの食べたいもの作ってほしいな!」

 

「お、おう……あんまり期待するなよ……?」

 

 あれからキリトは料理スキルを習得していた。理由は言うまでもなく義妹の要望だ。

 家族との距離感を取り戻してから、リアルの方でも実はそれなりに料理が出来るようになっており、両親が忙しい時は、もうひとりの妹である直葉と共に作っていたほどだった。

 現実よりも遥かに簡単で、熟練度任せなこの世界では、そこまで苦労しないのもあって、問題点はスロットがひとつ減ることなのだが、そこはコンビの利点を活かし、補い合うことにしていた。

 元気よく「やったー!」と万歳しながら、ぴょんぴょん跳ねるユウキに、キリトは苦笑いする。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

「うんっ、帰ろうキリト!」

 

 そろそろ迷宮区を出ようと、出口のある方へと歩みを進める。先程よりも上機嫌な義妹を横で眺めて歩くこと数分。先の通路から五人のプレイヤーが飛び出してきた。いや、違う。慌てて撤退してきたのだ。彼らの目線が向かう先には、二人が散々狩っていた武装ゴブリンの一団がいた。

 下がってきたパーティーは、バランスの悪い構成だった。前衛が出来そうなのは、盾とメイスを持った男だけ。あとは短剣のみのシーフ型に、クォータースタッフを持った棍使い。長槍使いが二人だ。HPはまだ余裕があったが、途中で他のモンスター群に感知された時はその限りではない。

 それを目にしたキリトとユウキは、一瞬だけ目を合わせ、頷いたと同時に駆け出した。背や左腰に吊った鞘から片手直剣を抜き放ち、後退中のパーティーの後ろから飛び出す。

 流星の如く閃いた一筋の光に、そのプレイヤーたちは驚いた。直後には、嵐が過ぎ去ったように、自分たちを追い詰めてきたモンスターの群れが全滅し、そこには二人の剣士だけがいる。

 

「大丈夫ですか?」「大丈夫だった?」

 

 声を揃えて、キリトとユウキは五人の心配をする。彼らは暫くぽかーんとしていたが、すぐに助かったとばかりにその場に座り込んだ。気を張っていたのだろう。疲れた様子を見せていた。

 それからリーダーと思しき人物が立ち上がり、こちらへとやってくる。

 

「ありがとう! ちょっと危なかったところだったんだ。すごく助かったよ」

 

 見方に依れば獲物を横取りされたようにも見える光景であっても、その男は感謝した。それに対して「気にしないで」とユウキが返すと、握手を求められた。差し出された手を握り返す。

 

「出口まで送っていくよ。今のうちに、これで回復しておいてくれ」

 

 キリトはストレージを開き、人数分の回復ポーションを差し出す。受け取れないという顔をする彼らに「まだたくさんあるから遠慮なく使ってくれ」と言って使用させる。全員のHPがしっかりと回復し切ると、彼らは一斉にキリトたちの前にやってきた。一様にお礼を言い、パーティーの紅一点、黒髪の槍使いは目に涙を浮かべてまで感謝した。怖かったと口にする彼女を見て、ユウキはキリトの方を向いて頷いた。それがどういう意味なのかは、もはや言うまでもない。

 キリトが先頭、ユウキが殿を努める形で迷宮区を進む。途中でモンスター群と遭遇こそしたが、流石に《攻略組》トップクラスの片手直剣使いである彼の敵ではない。その全てを返り討ちにし、この後の帰り道をそこらの誰よりも安全なものへと作り変えてしまう。

 

 そうして、迷宮区の外へ出た後も、ひとりの様子から主街区まで送り届けることに変更した。

 先程よりも道が広くなろうと、彼らを全員守り切れることに変わりはない。主街区へ辿り着いた時、五人はこちらを向いて頭を下げた。助けてもらっただけでなく、送り届けてもらった恩を強く感じたのだろう。お返しに一杯奢らせてほしいと言われ、キリトとユウキは時間を確認した。

 時刻は夕方。夕暮れが見える頃まで来ており、夜まではそう時間はない。

 少なくともユウキは、出掛ける準備をした方が良いだろう。お互いにそのことを理解しているのもあって、会話することなく、小さく頷き合うと、二人はそれぞれ返事をする。

 

「すぐに済む用事があるから、それが終わった後なら俺は大丈夫だ」

 

「ボクはこの後用事があるからごめんね」

 

 恩人両方にお礼が出来ないことに申し訳なさそうな顔をする彼らだったが、片方だけでもお返しが出来ることに喜ぶ。その辺りで、ユウキはアスナと出会う約束の為に一度別れていった。

 その後ろ姿を見送ると、五人はキリトを囲むように移動し、それぞれ自己紹介を始めた。

 名乗られた以上、キリトも名乗り返さなければならない。ごくごく自然に、その名前を告げる。

 

「俺はキリト。さっきの相棒はユウキだ」

 

 この場にもういないもう一人の名前も言う。特別個性的な自己紹介をした訳ではない。

 しかし、彼らの表情には信じられないものを見たという顔が浮かんでおり、尊敬の念が感じ取れる。果たして、俺は何か変なことをしただろうかとキリトは首を傾げた。彼は知らなかったのだ。

 

「き、きき……」

 

 ケイタと名乗ったリーダーの口から、何かの音が漏れ出る。ひたすら「き」を繰り返すその姿に、黒髪の剣士はどうしたんだという顔を見せる。サチという槍使いの女性に関しては、また涙が目尻に浮かんでいるようにさえ見えた。他の三人は揃って、口をぽかーんと開けたままである。

 そんな彼らの姿に、何かを忘れているような気を覚えたキリトは、少しばかり思考を巡らせ、考えてみる。数秒ほどじっくり時間をかけると、ひとつだけ思い当たった。思わず「あっ」という声を漏らし、ケイタたち以外の周囲の目を確認する。そこには、それなりに人だかりが出来ていた。

 どうしてそんな反応が取られたのだろうかという考えが明確な答えに至ったところで、キリトは恐る恐る「や、やあ……」と右手を挙げて、周囲に挨拶してみせる。

 すると、辺り一面からは、驚きの声と同時に歓声のようなものが響き渡った。彼は見誤っていたのだ。自分と相棒のプレイヤーネーム。それがもはや大きなものになっていたことを。

 既にこの時、キリトとユウキの名はアインクラッド内で有名になっていた。第一層の頃から既にクラインの思わぬ助力で少しずつ広まった名は、英雄ディアベルの名と共に轟いていたのだった。

 

 

 

 

 

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 第二層主街区《ウルバス》

 東西のメインストリートから細い道を北に折れ、さらに右、左と曲がった場所。

 そこには、とあるNPCレストランがあった。その店は、知る人ぞ知る名店であり、訪れた者であれば、必ず一度は口にしたいと願うほどの名物デザートが存在する。

 そのデザートとは、特産である巨大牛のミルクから作ったクリームをふんだんに使用したショートケーキである。味に比例してかなり高いのもあり、頻繁に食べることは出来ないが、蕩けるようなクリームのくちどけに、くどくもなく物足りなくもないギリギリの甘さは脅威的なものだ。

 そして、それはただ美味しいだけではない。下層では貴重な《幸運判定ボーナス》が付与される特別なデザートなのである。《隠しパラメータ》のひとつである《幸運》は、なかなか貴重なもので、発生手段が限られている他、なかなか侮れない様々な恩恵を受けることが出来るのだ。

 そのショートケーキが注文できるNPCレストランの前に、ひとりの女性が立っていた。

 白と赤で彩られた騎士風の戦闘服に身を包んだその人物は、この絶望的な世界、アインクラッドで名を轟かせる希望のひとつとして広く知られ始めた存在だった。

 《攻略組》が誇るトップギルド《血盟騎士団》の副団長、アスナである。

 

「ふふんふふーん♪」

 

 ご機嫌そのもので鼻歌すら歌っている彼女は、ある人と待ち合わせをしていた。件の人物との約束の時間まであと五分ほど。リアルでも優等生のアスナは、その時間よりも早く来るほどきっちりした性格だが、それを相手に強いることはしていない。所謂、人気者になる優等生という気質だ。

 そういった雰囲気も相まってか、ギルド内外でも根強い人気があり、多くのプレイヤーたちの憧れの的なのだが、当の本人はちょっと抜けたところのある、そこそこ普通の女の子であった。

 

「ユウキと会うの少し久しぶりだなぁ」

 

 以前顔を合わせたのは、第二十五層ボス戦終了後の細かな状況把握会議だった。

 そこでは、キリトと一緒に、ユウキがギルドに所属していないトッププレイヤーたちの代表として参席し、状況報告をしてくれたものだ。第一層の頃から付き合いのある彼女は、今やこの世界で三人いる大親友のひとりである。ユウキの声は聞いていて元気が出るのもあり、疲れた時にその声を思い出すと、もうひと頑張り出来るような気さえする。《攻略組》に属する大手ギルド副団長という、多忙の立場を頑張ることができている要因のひとつと言っても過言ではなかった。

 今日も激務があったが、それをどうにか片付けたのも、(ひとえ)にユウキとゆっくり過ごす為である。

 

「はぁ……ユウキの声が聞きたいよぉ……」

 

 もう一週間半が経っているせいか、すっかりユウキ分なる栄養素(ミト談)が欠乏しかかっているアスナは、件の店前でぐったりしていた。座り込んだりはしないが、弱々しいのは間違いない。

 そうして待つこと。三分。予定した時間より少し早いくらいだろうか、こちらへやってくる人影が見えた。アスナはすぐにシャキッと体の向きを整え、(きた)る人物が何者かを確認しようとする。

 その人物は、とても見覚えのあるシルエットをしていた。夕方から夜になり、街灯の光でしかハッキリ確認できなくなってきたが、アスナはその姿を見間違えたりしなかった。

 

「アスナー!」

 

 元気溌剌とした声が聞こえる。向こうからは、手をぶんぶん振りながら、ひとりの少女がこっちに走ってくる。それこそが、この店の前で待ち合わせていた人、大親友のユウキだった。

 ユウキはやってくるや否や、アスナに向かって抱きつく。飛び込むようにやってきた彼女に、激務に疲れた副団長も抱き締め、欠乏しかかっていたユウキ分なる栄養素を早速補給し始める。

 まさか自分が謎の栄養素補給源となっているなど思いもしない当人は、にへらと笑い、うりうりと顔を擦りつけるように、これまた大親友の温もりを感じ取っていた。

 

「ユウキ、元気にしてた?」

 

「うんっ! ボクは元気だったよ、アスナ。そういうアスナは?」

 

「(すっかり)元気(になったところ)だよ」

 

「そっか! 遅れてごめんね! いっぱいの人に囲まれちゃって」

 

「あー……ユウキもすっかり有名人になっちゃったもんね。ほら、もう《絶剣》なんて呼ばれて」

 

「そういえばそうだった! そういうアスナも《閃光》だもんね!」

 

 第二十五層以前のボス戦において、ユウキは途轍もない活躍を見せたことがあった。無論、いつも恐ろしい戦果を挙げているのだが、特別すごかった時がある。その時につけられたのが《絶剣》という異名だ。由来は色々あるらしいが、その全てを統合した略称で今そのように呼ばれている。

 勿論、その相棒であるキリトも同じ異名持ちとなっており、その人気は留まることを知らない。

 《英雄(えいゆう)》ディアベル。

 《神聖剣(しんせいけん)》ヒースクリフ。

 《絶剣(ぜっけん)》ユウキ。

 《閃光(せんこう)》アスナ。

 《死鎌(しれん)》ミト。

 異名持ちとなったこの五人に並ぶのが、今のキリトなのだ。当然、家族や大親友のひとりが、とても高い評価を受けていることに嬉しいと感じないはずがなく、ユウキもアスナも誇らしかった。

 

「さて、そろそろお店に入ろっか、ユウキ」

 

「はーい!」

 

 元気よく返事をしたユウキを伴って、アスナは店内へと入っていく。店の中は、客がいなかった。寂しいような気もするが、二人の知名度を考えると、絶好のプライベート空間である。

 手頃な席に着くと、メニューを手に取る。ケーキが消えていないことを確認すると、揃って注文に入り、あとはゆっくりとデザートが来るまで待つだけになる。

 

「ねえ、ユウキ」

 

「なぁに、アスナ」

 

「キリト君は今なにしてるの?」

 

「んーとね」

 

 ユウキは先程までのことを話した。

 迷宮区で素材集めの依頼を熟していたこと。

 帰りにとあるパーティーとモンスターの一団に遭遇したこと。

 助ける為にモンスターを蹴散らし、その人たちに感謝されたこと。

 彼らを無事に主街区まで送り届けたこと。

 現在キリトはそのお礼を受けているだろうこと。

 それらを伝えると、アスナはいつも通りだなぁという反応を示した。

 

「二人とも相変わらずだね。この世界で人助けって大変なんだよ?」

 

「そうかな? 第一層の頃からずっとだから普通になってたかも」

 

「二人がそういうことし始めたのってあの日の約束が理由なんだっけ?」

 

「そうそう、クラインさんの一言がきっかけなんだー」

 

「クラインさんって《風林火山》の?」

 

「うん、その人。すっごく良い人だよ」

 

 その名前をしっかりと覚える。今度二人のことでお礼を言いに行こう。アスナはそう決めた。

 そうした雑談をしているうちに、件のデザートがお皿に乗せられて現れた。純白の巨峰と言うに相応しい姿をしたそれは、現実で食べようものなら糖分の暴力とさえ言えるだろう。

 かなりの量だが、お腹を空かせた二人には関係ない。以前は金額の問題で二皿を四人で仲良く分け合って食べたものだが、今の少女たちはあの頃とは稼ぐ金額も違っていた。

 少し大きめのフォークを手に、まずは一口と食べる。

 

「「んー! あまーい!」」

 

 あの時と変わらない美味しさと甘さに、ユウキとアスナは喜ぶ。手が止まらない。程よい甘さとくちどけが食欲を促進し、次から次へと食べ進められるように仕向ける。切り取られていくことで現れた断面からは、黄金色のスポンジケーキが姿を現す。スポンジ、イチゴ入りクリームを交互に繰り返した四層構造は、いつ見ても見事なものであった。

 満面の笑顔を浮かべる二人。そこへ、新たな来客がやってきた。

 一種のプライベート空間と化していた場所へ誰かが現れたことで、思わずユウキとアスナの両名は入口の方を見る。そこには、見慣れた紅白マントの人物が見えた。

 

「久しぶり、ユウキ。元気してた?」

 

「ミトだー! 久しぶり!」

 

 右手を挙げ、挨拶をしてきたのは、トップギルド《血盟騎士団》の副団長補佐、要するにアスナのサポートをしている、かつてのパーティメンバーであるミトだった。どうやら副団長の方はここに来ると思っていなかったらしく、フォークを銜えたまま、きょとんとしている。

 

「こらこらアスナ。いくらわたしたちしかいないとはいえ、だらしないよ」

 

「そ、そうだけど……ミト、あの仕事の方は?」

 

「全部片付けてきた。ちょっと二人を驚かせたかったし。ユウキの顔も見たかったから」

 

「驚かされちゃった! ボクもミトに久しぶりに会えて嬉しいな!」

 

「元気そうで何よりね。あ、ちょっと貰う」

 

 フォークを手に取ると、ミトはさくっとアスナのケーキから一口貰う。「あっ!」という声が上げ、むすっとし始める副団長の姿を気にせず堪能し、続けてユウキのケーキからも一口。奪われた両名は揃って彼女の方を見るが、当人は美味しそうにショートケーキを味わっていた。

 本来なら少し咎めるところだが、ミトが急いで仕事を片付けてきたのを察した二人は、それくらいのことは許しつつ、仲良く《トレンブル・ショートケーキ》を食べていった。

 そうして食べ終わった頃。すっかり味わい尽くした三人は、のんびりと雑談に移行していた。

 

「たくさん素材集め依頼受けてたけど、進捗はどんな感じ?」

 

「順調だよ。今日はディアベルさんたちの分を終わらせてきたんだ」

 

「へえ、《龍星騎士団(KoD)》の」

 

 アインクラッドでは現在ふたつの大きなギルドが《攻略組》の大多数を占めている。

 ひとつは、アスナやミトが所属する《血盟騎士団》だ。こちらは元々新進気鋭のギルドで、団長のヒースクリフがひとりひとり声をかけていったことで誕生したという。

 そして、もうひとつが《龍星騎士団》だ。こちらは初期から存在するギルドで、第一層をクリアし、現在も《英雄》と呼ばれ続けるディアベルが団長の、巨大な組織である。

 どちらも《騎士団》という名がついているが、不思議と混同されることはない。当初はギスギスしていたのだが、団長同士の取り決めもあって、今はそれらしいトラブルもほとんどない。

 この間の第二十五層では、お互いに大きな被害を出しかけたが、ゲームクリアを目指す同志がいつも以上に協力し合ったことで、何とか死亡者ゼロを達成したのである。

 それ以来、両ギルドの関係は以前よりも良くなり、積極的に交流が行なわれているとか。

 

「ディアベルさん元気だった?」

 

「うん、元気だったよ。キバオウさんとリンドさんも元気そうだった」

 

「すごい精神力ね……よくあの規模を保ってるわね……」

 

 副団長補佐になってから部下が出来たりしたミトは、相手の身になって考えた途端、同情するように顔を顰めた。それを見ていると、彼女も彼女で本当に気苦労が多そうである。

 

「それにしても、あのギルドの命名にキリトが関わってるのってすごいよね」

 

 ミトが懐かしむように言う。

 すると、当時のことを思い出してユウキとアスナがくすくす笑う。

 

「駆け付けるキリト君の姿が《流れ星》のように見えたから、っていうのが理由なんだっけ?」

 

「で、リンドさんたちの意見もあって《流》の部分だけ変えたのが名前になったんだって」

 

「それを知った時のキリトの慌て様はすごく面白かった」

 

 まさか自分が間接的に関わっているなど露ほども思わなかったキリトは、ディアベルに由来を聞いた時、そのことを知って大慌てだったのだ。「いやいや、もっと他に名前があったんじゃないか!?」とは当時の彼が戸惑った末に放った言葉だ。結局押し切られ、今の形になっている。

 それから暫くの間、キリトは三人から散々弄られることになったのである。

 流石に今は慣れてしまったのもあり、弄ってもとびきり面白い反応が返ってくる訳ではない。

 

「ところで、キリトは?」

 

「あ、それはね」

 

 あとからやってきたミトにも事情を説明すると、やっぱりかという顔が返ってきた。

 今頃キリトもきっと楽しんでいる頃だろう。助けたプレイヤーからお礼をされるのは今回が初めてではない。これまでにも何度かあったのだ。その時はユウキも同席していたが、思えば今日はひとりっきりである。ふと、果たして彼は大丈夫だろうかと、義妹は少し考えるも、キリトなら大丈夫だと結論づけた。心配していない訳ではないが、誰よりも彼のことを信頼しているのだ。

 その辺りで、アスナとミトが顔を見合わせ、軽く頷いた。

 

「ねえ、ユウキ」

 

「んー? どうしたの二人とも」

 

「ユウキはさ、ギルドに入る気はないの?」

 

「あー」

 

 以前から《攻略組》の内外で議論されていることがある。

 それはキリトとユウキの両名はギルドに所属するのかどうかというものだ。

 《血盟騎士団》や《龍星騎士団》を始め、《攻略組》に属するギルドは、この問題を重要視していた。というのも、この二人は非常に強力なトッププレイヤーで、攻略された全階層にいるプレイヤーの人気を博している。注目度だって特に高い。異名持ちとして名を馳せているのもあって、どのギルドも喉から手が出るほど欲しい人材なのだ。是非ともウチに欲しいと思わないはずがない。

 その為、以前から二人に対し、勧誘する声が後を絶たなかった。

 

「んー、ギルドかぁ……」

 

 キリトもユウキも、これまでの勧誘は全て断ってきた。

 断っている原因は多く、そのうちのひとつが、行動の自由度である。ギルドに所属すると、そこでの動きが主となり、いつものように気の向くまま下層に降りて人助けをすることが難しくなる。

 今までそうすることで助けることが出来てきた命を取りこぼしてしまうのではないか。その不安と懸念が、二人をギルドに所属させなかったのだと誰もが理解している。

 それでも、この二人を欲しいと思うのは何処も同じであり、対策を模索しているとかなんとか。

 そのことを大親友の二人からも問われ、ユウキはうーんと唸る。

 それから少し考えて、やはり、この答えを返した。

 

「今のところ入るつもりはないかなぁ……」

 

「そっかぁ」

 

「やっぱりか」

 

「ごめんね、二人とも」

 

「ううん、気にしないで」

 

「ユウキが気にすることじゃないよ。キリト君も悩んでるだろうし」

 

 大ギルドに所属すれば、きっと二人は隊長クラスは余裕で熟せるだろう。

 それだけの実力を持っているし、咄嗟の機転も効く。事実、キリトとユウキを上回っているとすれば、それは恐らくユニークスキル持ちのヒースクリフだけだろう。

 

「あ」

 

 ふいに、ミトが思いついたように声を出した。

 ユウキとアスナがどうしたのかなと話を聞く態勢に入る。

 すると、彼女の口から飛び出したのは、意外な提案だった。

 

「それなら二人がギルドを作ればいいんじゃない?」

 

「あ、確かに。それなら二人とも自由に動けないかな?」

 

「なるほどぉ……」

 

 その提案はまだされたことがなかったと、ユウキが感心する。

 確かにその手があったと思わざるを得ない。そうすることで《攻略組》にも大きなメリットが得られることだろう。二人の元に様々なプレイヤーが集まるに違いないからだ。

 そう言われ、ユウキは少しばかり考える。きっとキリトと自分は団長、副団長になることだろう。職務とか大丈夫かな、と。二人はいわゆる《脳筋》の類いだった。その為、そういったことに疎い傾向にある。アスナやミトのような敏腕秘書じみた仲間が入ってくれることを祈るしかない。

 真剣に悩みつつも、流石にキャパオーバーを起こしたのか、ぐったりとユウキが力尽きる。

 

「うぅ……頭痛いよぉ……」

 

「ご、ごめんねユウキ」

 

「ごめん、突然こんなこと言って」

 

「ううん、だいじょーぶ……」

 

 水を飲んでユウキは頭を落ち着かせながら考える。果たして、キリトならどうするだろうか。

 意外にも賛成して、ギルドを立ち上げ、大きな組織を作り出すかもしれない。そういう可能性もあり得るだろう。或いは、反対するかもしれない。ユウキが一緒にいなければ、キリトはひとりだったかもしれないのだ。パーティーは大丈夫でも大人数は苦手だったりする可能性だってある。

 こればかりは家族として近い距離にいるユウキも測り兼ねていた。

 

「ん、よし! 取り敢えず、キリトにも相談してみるね」

 

「よろしく」

 

「立ち上げた時はいっぱい協力させてもらうね」

 

「はーい!」

 

 話の落としどころが見つかったところで、次は何を話そうかと三人が考える。

 そこへ、ぽーんという音を立てて、ひとつのメッセージが届いた。ユウキ宛てである。

 誰からだろうと考え、ユウキは早速その場で開く。アスナとミトも様子を見守る。

 送り主はキリトだった。内容は――

 

「えーっと……彼らにコーチを頼まれた。ユウキはどうしたい? だって」

 

 

 

 

 









 次回、月夜の黒猫団Ⅱ




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