ふたつの偶然が紡ぐ物語   作:天狼レイン

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 二日に一本と考えていたノルマが崩れるほど書きづらかったです(直球)
 考えて書いた結果、どうしてもこの結末が今後にとって一番だと思いました。
 果たして、原作よりも良い結末なのか否か……正直どうなんでしょうねこれ。




7.月夜の黒猫団Ⅱ

 

 

 

 

 

 

「頼む、キリト。僕たちに、この先の戦い方を教えてくれないか」

 

 迷宮区で出会ったパーティーのリーダー・ケイタは、ふいに神妙な顔つきでそう言った。

 彼らからお礼ということで食事に参加していたキリトは、その言葉を聞いて少しばかり悩んだ。

 以前にも似たようなことを頼まれたことがある。教える側になることはそう珍しくない。

 教えることに抵抗はなかった。だからといって、安請け合いで応じるものではない。

 その時は、ユウキも同席していて、結論をすぐに出すことが出来た。二人はコンビであり、家族だ。常にしっかりと話し合い、方針を決定する。それが二人の間にある暗黙の了解とも言えた。

 

「少し時間をくれ。俺はコンビだから、勝手に決める訳にはいかないんだ。相棒にも聞いてみる」

 

 食事の手を止め、メニューを呼び出す。そこからフレンドリストを開き、メッセージを飛ばす為のウインドウへ移行。そこからホロキーボードを展開し、慣れた手つきで叩く。文章は最低限より少し多めに、それでいて解りやすいものとして組み立てる。打ち終えると、送信ボタンを押した。

 内容はこうだ。先程助けた彼らにコーチを頼まれた。ユウキはどうしたい?

 こう書いておけば、きっと内容が伝わるはずだろうと考え、返信を待つ。

 今頃、向こうは、副団長になったアスナと、あのショートケーキを食べながら盛り上がっていることだろう。その邪魔を一瞬でもしてしまうのは心苦しいが、今回ばかりは許してくれと念じる。

 返事を待つこと十秒ほど。ぽーんとメッセージが一件届く。送り主の名を確認すると、ちょうど返事が欲しかったユウキからだった。どうやら思っていた以上よりすぐに対応してくれたようだ。

 反応が早くて助かると感謝しながら内容に目を通す。

 

「えーっと、なになに……」

 

 どのような返事だったのか、固唾を呑んで見守るケイタたち。彼らにも聞こえるよう、キリトは届いたばかりのメッセージをしっかりとした発音と大きさで、その内容を読み上げる。

 

「ボクは問題ないよ、だってさ。確認も取れたし、俺の方も問題ないぜ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、一同は喜びの声を上げた。

 自分たちよりも強い誰かから教えを乞うことが出来るのは貴重だ。それもただの上層プレイヤーではない。あの《攻略組》に所属している人からだ。それだけでも充分すぎるほどのことだが、事態はそれだけに留まらない。なにしろ、あの異名持ちトッププレイヤーのコンビであるキリトとユウキの二人が、自分たちのコーチになってくれるのだ。こんな機会は恐らく二度とないだろう。

 一方、そこまで喜ばれると思っていなかったキリトは、自分たちの名前が既に大きなものになっていたことへの強い実感を持ちながら、同時にくすぐったさにも似た気恥ずかしさを感じていた。

 

「……こほん」

 

 気を紛らわせつつ、具体的な話をする為に一度咳払いする。

 

「先にみんなに理解しておいてほしいことがあるんだ。

 まず、コーチが出来る期間は長くない。俺とユウキは色々と頼まれてることがある。

 だから、一週間。その間ならコーチに集中できる。でも、その途中でフロアボス攻略の為に最前線へ戻ることもあると思う。そのことを最初に伝えておくよ」

 

 至極当然の話ながら、キリトとユウキは《攻略組》としての責務がある。フロアボス攻略はその際たるものだ。加えて、彼らは下層へと降り、誰かの命を救うことまでやろうとしている。

 そこへさらに、誰かを教える為の時間を取るのだ。本来なら負担でしかない。

 しかし、キリトの言葉にはそれを考えさせないように配慮さえされているようにも聞こえた。

 事実、ケイタたちはそれに気付かない――いや、ひとりだけ、気付いていたのかもしれない。

 その時、ふと目があったサチの心の闇に気付くことが出来ていたら、何か変わっただろうか。

 

 ユウキの承諾もあって、二人はギルド《月夜の黒猫団》の一週間限定コーチとなった。

 フロアボス攻略など、たくさんのやることがあるキリトたちの限界ギリギリ設定である。

 ケイタたちは、その限られた時間で無理のない範囲で技術や知識を吸収していった。

 キリトとユウキの教えは、ただ強くなる為のものとは酷く乖離している。

 彼らはまず、そのことを始めの二日で理解することとなった。

 事実、二人の戦いは、ソロでも充分以上に戦えるものだったが、基本は誰かと共に戦うことを前提――いや、正確には、お互いを心から信頼し、守り合う戦い方だったのだ。

 異名持ちとして知られるキリトとユウキのイメージからすると、それは意外なものであった。

 アインクラッド中の下層プレイヤーたちの印象では、一騎当千の存在に見えていたのだろう。

 《黒猫団》の面々もそうだったらしく、かなり意外だったようだ。

 ひとりで強い存在など、それこそ《神聖剣》ヒースクリフだけなのだと、キリトは告げた。

 《英雄》も《閃光》も《死鎌》でさえも。背を預け合う仲間の力があってこその存在だとも。

 その三人とも互いに命を任せあってきた二人は、その事実を胸を張って誇らしそうに言った。

 そんな彼らに、ケイタたちは改めて憧れたのだろう。この仲間たちでいつかきっと《攻略組》にまで手を届かせ、キリトたちのようになるのだ。その意志が根付いていた。

 しかし、いや、だからこそなのだろう。五人は――いや、四人は気付かなかったのだ。

 小さな、それでいて大きすぎる見落としを。光には闇が出来ることを。

 

 一週間が過ぎようとした頃だ。

 その日の夜、サチが行方を眩ませた。当然、大騒ぎになったのは言うまでもない。

 ギルドメンバーリストからでさえも追跡不可能だった為、ケイタたちは迷宮区にいるのだと考え、キリトとユウキの制止を待たずして飛び出していった。

 冷静さを失った彼らを放っておけず、数秒考えた末、キリトはそちらを追うことにした。

 

「ユウキ、サチのことは任せた。俺はケイタたちを追うよ。嫌な予感がするんだ」

 

「解った。四人のことは任せるね、キリト」

 

 そうして、急いでその後を追う。

 以前よりもレベルが上がり、強くなった彼らは主街区周辺などで手間取る者たちではない。

 そのことをよく知っているキリトは、真っ直ぐ迷宮区へと向かった。

 迷宮区内では、なかなか彼らに合流することはできなかった。酷く入り組んだ通路や、数の多いモンスター群は、彼が如何に異名持ちと言えど、少しの足止めをされてしまう。

 数秒にも満たないとはいえ、何度も積み重ねれば、それは思ったよりも長いものとなる。

 それでも、まったく焦ることなく、冷静そのもので、敵を薙ぎ倒しながら進んでいった。

 ケイタたちなら多少のことでは命を散らすことなどないはずだと信じていたのだ。

 事実、その程度のモンスターを相手に、彼らのHPがゼロになることはなかった。

 ただし――キリトの嫌な予感は当たってしまっていた。

 迷宮区内は、最前線に少しでも近付いたことで、それなりに難易度を増している。トッププレイヤーである二人は既にここを踏破しているのもあって、危険な場所も罠も全て把握していた。その知識は当然ケイタたちに授けてあり、わざわざ無用な危険を晒す必要はない状態にあった。

 だからこそ、彼らは最悪の事態を想定し、飛び込んでしまっていたのだ。

 

 キリトは迷宮区をかなり進み続けた先で、思わぬ方向から悲鳴を聞くことになった。

 悲鳴にこそ聞き覚えはなかったが、その声音には覚えがあった。この声は確か。

 

「まずいッ!」

 

 急いでキリトは来た道を引き返し、悲鳴が聞こえた場所へと駆けだす。トッププレイヤーに登り詰めた実力をフルに発揮し、そのステータスが出せる限りの最高速度で疾駆した。

 向かったのは、迷宮区の端に設けられた大きな部屋だ。そこには、特別何かレアなアイテムが入った宝箱があるだとか、下手すれば即死級の極悪トラップがあるという訳ではない。

 ただし、その部屋はある特徴があった。キリトたちが既にギミックを特定し、情報屋にも流し、さらには《黒猫団》の四人にも伝えたことだが、その部屋は異様なほどMobの湧く速度が早いのだ。故に、レベル差が大きくついているならともかく、少しの差では危険なことに違いなかった。

 その部屋がある方向から悲鳴が聞こえる。それはつまり、あの部屋に入ってしまった可能性が高いということだ。こればかりは、キリトも予想していなかった。どれほど彼らが冷静さを失っていようと、あの場所にだけは近付かないだろうと、少し甘く見ていたのだ。

 敵の群れを一掃しながら駆けること二分。キリトは件の場所に辿り着いた。

 頼むからそこにはいないでくれ。そう祈りながら、見たものは想像を絶するものだ。

 見渡す限りがモンスターの海。その中心に、恐怖に陥ったケイタたち四人の姿があった。

 

「みんな!」

 

 こちらが外側から呼びかけると、彼らは気付いた。その顔は救いを求めている。助けてくれ、死にたくない。それがまざまざと浮かんだ表情だ。四人の持った武器は酷く傷ついており、耐久度をかなり減らしているのが見て判った。論ずるまでもなく、これは非常事態だ。

 

「転移結晶を使え!」

 

 最も確実に助かる手段をまず叫ぶ。

 しかし、彼らの反応は良くないものだった。

 誰も青いクリスタルを取り出そうとしないのだ。

 その意味を、キリトは理解する。彼らは慌てる余り、渡したものを持ち出すのを忘れたのだ。

 

「……ッ! 待ってろッ! 今助けるッ!」

 

 キリトは上位ソードスキルを惜しまず使い、モンスターの群れを切り拓いていく。その姿にケイタたちは助かったのだと安堵する。確かに、それは安堵しても仕方のない状況だった。

 何しろ、助けに来たのは最強クラスのプレイヤー・剣士キリト。《攻略組》に属し、異名さえも持つ、この世界における希望のひとつなのだ。安心しないはずがなかった。

 だから、油断した。よりにもよって、ケイタが隙を見せたことで、背後からそのモンスター、助けた時に遭遇したゴブリンの上位種に殴られたのだ。その場に倒れ伏すリーダーの姿に、メイサーのテツオが動揺、命の危機をこれまで以上に感じ取り、発狂した。状況が悪化したのだ。

 

 キリトたちが教えた通りにすらソードスキルを振るえなくなり、彼らは滅茶苦茶に放ち、危機に瀕したリーダーを助けようとする。そのせいで、仲間同士に攻撃が命中し、ダメージこそ入ったりしなかったが、発動が阻害され、動きが止まり続けた。

 何とかケイタを助けるが、下手なことをしたが為に武器は砕け散る。抵抗する手段も失うと、より狂気は伝播した。どうにかしてゴブリンたちから逃れようと足掻き、無茶なことを試みた。HPバーがどんどん削れ、色が変わっていく。思わぬトラブルに、キリトですら焦るしかなかった。

 早くモンスターを全滅させなければ、彼らの命が危ない。その焦りが動きを鈍らせた。

 

 それでも、キリトは強かった。被弾など大したことではない。自分の精神力を使い果たしてしまうことなど厭わず、ソードスキルを続け様に繰り出し、冷却時間が済んだものから放っていった。

 結果として、ケイタたちは、誰一人欠けることなく救出に成功した。彼らのHPバーは赤く染まりはしたが、ギリギリ間に合ったのだ。四人に駆け寄り、部屋から即座に離脱させる。

 

 全員が帰還した頃、ユウキが無事にサチを発見し、連れ帰っていた。宿へ戻ったところで、五人は感動の再会をするはずだった。そこで悲劇が起こる。ケイタたちは恐怖に染まった瞳で、漸く落ち着いていたという彼女を見つめ続け、酷い言葉を投げ続けた。いや、実際は当然の反応だった。

 サチが危ないところに迷い込んでいるかもしれない。そう思い、覚悟を決めて向かったあの部屋で、四人は危うく死にかけた。キリトが嫌な予感を覚えて、すぐに追わなければ、誰かひとりは死んでいたかもしれない。否、確実にひとりは死んでいた。この世界から消え去っていた。

 彼らが感じた恐怖は当然のものだ。かつてミトが覚えたものと同じ、強い恐怖。それは思わぬ行動を取らせてしまう。彼らは同じ高校のパソコン研究会メンバーで、特にケイタとサチは幼馴染に等しい関係。仲良しだった為に、酷い言葉など今まで言わなかったのだ。

 それが、今、堰を切ったように溢れ出し、その全てを吐き切る頃には、サチは崩れ落ちていた。

 キリトとユウキの制止すら意味を為さず、そこで――彼らは終わってしまった。

 全員が再起不能となり、それでも死にたくないが為に《はじまりの街》へと帰っていった。

 その姿を、キリトたちは見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

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 後日、第二十六層フロアボス攻略が行なわれ、誰も失うことなく踏破した。

 その戦場において、キリトとユウキの両名は変わらぬ活躍を見せ、希望の光となってみせた。

 危ないところを見せた仲間たちの代わりにヘイトを稼ぎ、攻撃を集め、最後まで守り抜いた。

 しかし、ミトたちは見逃さなかった。二人の心に、先の出来事が影を落としていたことを。

 その日の夕方のことだ。キリトとユウキは、ミトとアスナに外へ連れ出されていた。

 何事かと思いながらも、黙ってついてきなさいと言う二人に押し切られる。

 そうして、とある階層の隠れ家的スポットだというNPCレストランに四人はやってきた。

 席に着かされたところで、キリトたちはここまで来た理由を問う。

 

「……なあ、どうしてこんなところに?」

 

「気分転換よ、気分転換」

 

「気分転換……」

 

「うん、二人には必要だと思って」

 

 アスナの言葉に、二人は反論できなかった。特に何か言うまでもなく、ただ黙り込む。

 注文のひとつも出来そうにないほど参っていた彼らに、ミトは次々と注文を進める。

 その待ち時間に、紅白マントの鎌使いは躊躇うことなく事情を聞いた。

 いつもなら止めるアスナも制止することなく同様に尋ね、キリトとユウキはゆっくりと話した。

 《月夜の黒猫団》にコーチを頼まれ、一週間だけと承諾したこと。

 自分たちが教えられることをしっかりと教えてきたこと。

 一週間を迎えようかというところで、ひとりが行方を眩ませたこと。

 その結果、四人が死にかけ、恐怖に呑まれて、彼らの絆が絶たれたこと。

 その全てを話すと、場は静寂に包まれた。アスナはどう返せばいいのか解らなかったのだ。

 しかし、少ししてミトは冷静に言い放った。

 

「馬鹿じゃないの」

 

 その言葉にキリトたちは目を見開いた。彼らは悪くないはずなのだ。馬鹿だと罵るミトに食ってかかるつもりで、二人は席から立ち上がろうとして、アスナがそれを止める。

 まだ話は終わっていないと落ち着かせ、副団長補佐の言葉を待った。

 

「二人は人が良すぎる。これは貴方たちのせいじゃない。全部彼らの問題よ」

 

「俺たちのせい、じゃない……? そんな訳、あるか」

 

「そんな訳、ないよ……ボクたちは、あの場にいて、何も……」

 

 そうだ、あの場にいて何も出来なかったのは俺たちなのだとキリトたちは言う。

 ケイタたちが恐怖に呑まれる前に助けられなかったのは自分たちのせいで、サチが行方を眩ませるほど気に病んでいたことに気付けなかったのは、自分たちの落ち度なのだと。

 それに対し、ミトは立ち上がり、近くに駆け寄ると、二人の胸倉を掴んだ。

 

「何を勘違いしてるの……なんでもかんでも出来る神様にでもなったつもり!? ふざけんな!」

 

 怒りに満ちた表情で、ミトは吼える。その顔を、キリトたちは見たことが一度もなかった。あまりのことに、何も言うことが出来ないままになる。彼女は続けて言う。

 

「守れるものには限度がある! 俺たちは万能じゃないって言ったのは何処のどいつだ!」

 

「……!」

 

 キリトが息を呑む。それは、かつて第一層フロアボス攻略会議で言った言葉だった。

 あの時は救える命に関して言ったもので、今の状況とは意味合いが多少違っている。

 しかし、何から何まで違う訳ではない。

 守れるものには限度がある。その意味は何も間違っていないからだ。

 

「貴方たちはその人たちの命を守った! それだけで充分すぎるのよ!

 この世界で誰かの命を守ることは簡単なことじゃない! 向こうで何でも出来る方だって自負してた……ゲームなら誰にも負けないって思ってたわたしにだってそうできることじゃない!

 むしろ……むしろっ!」

 

 今にも泣きそうな顔で、体を震わせた。

 浮かんでいたのは強い後悔。未だに拭い切れていない激しい罪の自覚だ。

 胸の奥の酷い痛みに耐えながら、自分を呪うようにミトは叫ぶ。

 

「わたしは、アスナを見捨てかけたくらいなんだ……!」

 

「っ!」

 

「ミト……」

 

 ユウキが息を呑み、その言葉の重みを思い知らされる。

 かつてのミトは、自分の命と、アスナの命が失われる可能性を前にし、強い恐怖の前に一度は屈した。あともう少しでパーティーを解散し、アスナを見殺しにするところだった。その後悔は、アスナが赦してくれた今も深く残り続けている。これからも背負っていく、大きすぎる罪だ。

 今もずっと気にしているミトの姿に、アスナは大事に思われていることを再認識する。

 

「……五人も命を助けた上に、その人たちの心までついでに救おうとするのは傲慢よ。

 そこから先は当人の問題……罪も、後悔も、その人たちが背負うべきこと。

 物のついでに出来ることなんて限られてる。心まで救うのは無茶が過ぎるの。

 自分をもっと大事にしてよ! 誰かの心を守っても、貴方たちの心が傷付いたら意味がない!

 だって、二人はただの人間……」

 

 声を震わせ、ミトは続ける。

 その瞳は既に潤み、落ち着きのある表情は、怒りたいような泣きたいような感情に歪んでいた。

 

「……ただの……ゲームが好きな、わたしの親友よ……お願いだから自分まで責めないでよ……」

 

 ずるりと、キリトとユウキの胸倉から手が滑り落ち、ミトは項垂れた。

 親友の沈痛な面持ちに、二人は耐え切れず涙を流す。

 何も出来なかったのではない。何もしなかった訳でもない。どうしようもなかっただけなのだ。

 心を苛む痛みが少しでも薄れていく。その言葉に、心が確かに軽くなる。

 

「…………ありがとう、ミト……少し、楽になった……」

 

「……ミト、怒ってくれてありがとう……」

 

 キリトたちは静かに感謝した。その目からは拭い切れない涙があった。

 その言葉を聞き、ミトも落ち着いたのか、アスナに支えられながら席へと戻る。

 そこからはいつもの調子だった。安心したのか、ユウキがお腹を鳴らしたのだ。

 重たい空気は一瞬にして消えた。恥ずかしそうに頬を染める彼女に、三人は微笑ましくなる。

 料理が届くと、食事が始まった。ミトたちがオススメするだけあって、そのお店の料理はなかなかに美味しいものであった。キリトもユウキも舌鼓を打つ。特にユウキは健啖家だった。見ていて気持ちがいいほど、よく食べていく。適当に注文していたミトは、何でもおいしそうに食べる姿に、ついつい甘やかしそうになりかけた。結局それは、アスナによって阻止されることになる。

 

 

 

 

 

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 食事を済ませると、四人はレストランを出た。外はすっかり暗くなり、夜の帳が落ちている。

 季節設定は春の為、以前よりは寒くなかった。夜空の下を、キリトたちは歩く。

 

「おいしかったぁ!」

 

「ああ、二人が勧めるだけ美味かったな」

 

「ミト、こういう穴場を見つけるの前より上手になったよね」

 

「いつかの貸しを返しただけよ。息抜きになったでしょ?」

 

「ああ、お蔭でスッキリした」

 

「うん、すごく助かった。アスナもありがとう!」

 

「ううん、わたしは特に何もしてないよ」

 

「なんて言うけど、二人を一番心配して食事に誘うことにしたの、アスナなんだけどね」

 

「ちょ、ちょっとミト!?」

 

「「へぇー」」

 

 にやにやと頬を緩める二人と、意地悪く笑う大親友に、アスナはムスッとした顔になる。

 

「わたしだって、二人の様子がおかしいことにちゃんと気付くし、心配するんだからね?」

 

「わーい、ありがとう、アースナっ!」

 

 元気よくアスナに向かってダイブするユウキ。慌ててアスナは受け止める。変わらない笑顔を浮かべる彼女の姿に「甘えん坊の妹が出来たみたい」と言って微笑むと、キリトは誇らしげに「俺の自慢の妹だ」と胸を張る。時々こうして兄バカになるのだが、それは同時にいつもの調子に戻り切ったことを表していた。その反応からもう大丈夫そうだと確認が取れたミトは安堵する。

 

「そうだ、二人とも。受けてる依頼の方はあとどれくらい残ってる?」

 

「ん? ああ、確かあと五件だな。一週間もあれば終わるくらいだ」

 

「だね。上手く行けば五日で終わると思うよ」

 

 大量の強化素材を求める五件もの依頼を五日で終わらせることも出来るという二人に、本来なら驚いて然るべきだというのに、尋ねた本人であるミトは驚くこともない。当然、よりにもよって彼らに毒されてしまったアスナも、目を丸くすることなく、話を聞いていた。

 

「それなら今度一緒にクエスト行こう。キリトたちと一緒なら、それだけで充分すぎるくらいの理由にもなるし、無理やりにでも都合をつけられる。それに、アスナも連れ出せるから一石二鳥ね」

 

「仕事サボって抜け出す気満々だな……?」

 

「息抜きよ、息抜き。いくらデスゲームとはいえ、本来の醍醐味を忘れるのもどうかと思うのよ」

 

 如何にもそれらしい理由を述べ、適度にサボろうとするミトに、キリトは苦笑する。

 現時点で彼は知らないが、ミト――兎沢深澄という女の子は、リアルでは成績がアスナ以上のトップでありながら、日頃からゲーセン通いの生粋のゲーマー。息抜きの達人なのである。

 そんな彼女に言わせれば、醍醐味を忘れることなど以ての外であった。

 

「クエストかぁ……最近楽しく行けてないなぁ……」

 

「ほらね。アスナなんか、部下のレベリングに駆り出されたりして、あっちこっち走らされてるの。心身共にすごく強くなってるけど、ちゃんと気晴らしさせてあげないと潰れちゃいそうよ」

 

「そこまで限界な訳じゃないよ……? 疲れた時はユウキがいるし」

 

「ほえ? ボクがどうしたの?」

 

「……アスナ。今度真剣に休みを取りに行きましょう……」

 

 ユウキ分(ミト談)頼りのハードワークをこれからまた送ろうとしている親友の姿に、ミトがストップをかける。流石のキリトもそれには同意しているのか、副団長補佐の隣で何度も頷く。

 その二人の姿に、アスナも自分がかなり重症化だと気付いたのか、肩を落とす。

 ユウキも大親友の勤務状況を心配して、今だけでもよしよしとその頭を撫でていた。

 

「ああ、そうだ。ユウキ。少し良いか?」

 

 キリトがふいに何かを思い出した様子で口を開いた。

 呼ばれた当人は、アスナから一度離れると、彼の方へと向かっていく。

 少しの間、二人は何かを話し合っていた。外野のミトとアスナは首を傾げる。

 果たして何を話しているのだろうか。いくらか内容を推理してみたものの見当もつかなかった。

 それから少しして、二人がこちらを向く。話し合いは終わったようだ。

 

「悪い、ちょっと大事な話をしてた。せっかくだから聞いてくれ」

 

「う、うん、解った……」

 

 何か大事な報告があるらしい二人に、ミトとアスナは聞き逃さないように構える。

 彼らが言う大事な話というのは、本当に大事なことなのだ。第一層フロアボス攻略会議の時のような、戦況などに大きく関わるものを始めとした重要事項と言っても過言ではない。

 恐らく、今回もその例に漏れないのだろうと、副団長とその補佐は考えていた。

 

「そうそう、ボクたちね」

 

「うん」

 

「ギルド作ることにしたんだ」

 

「へぇ、ギルド作るんだ。おめで、と……うん……?」

 

 ミトとアスナが顔を見合わせる。次の瞬間には「えっ!?」という声が上がっていた。

 確かに一週間と少し前、そのことについてユウキに問い、触れたことがあった。あの時はまだキリトに相談なども出来ていないことや、色々な理由が重なって決め切れていなかったようだが、それが今こうして結成宣言を受けることになっている。アスナは勿論、ミトもこれには驚かされる。

 

「とうとうギルドに……それも、一から作ることにしたんだ?」

 

「ああ、ミトたちに言われてから考えてたんだ。さっきまで決め切れずにいたんだけどな」

 

「さっきまで……ああ、そういうことか」

 

 ミトはその言葉で納得した。彼らは先の出来事を前にしたせいで、決断が鈍っていたのだろう。

 それをあのような形とはいえ怒られたことで、改めて考えることにし、今ここで決めたのだと。

 自分たちが誰かを率いていいのだろうかという迷い。導いていいのかという悩み。

 それに対して、しっかりと区切りをつけ、答えを出すことができたのだ。

 二人の表情からは決意のようなものが感じ取れ、想いが読み取れるかのようであった。

 

「ふーん? それじゃあギルド名も決まってると見ていい?」

 

「ああ、それもさっき決めたから大丈夫だ」

 

「けっこう自信あるんだー!」

 

「そうなんだ。それじゃあミトと最初に聞かせてもらおうかな?」

 

 興味津々という様子でアスナが食いつく。ミトも興味があるのか、名前を催促している。

 二人の反応に、ユウキは告げる。

 

 

 

 

 

「ギルド名は《絶世心意》――《インカーネイト・ワン》だよ」

 

 

 

 

 

 斯くして、アインクラッドに新たなギルドが誕生した。

 《心意》という言葉に《具現化》を意味する言葉を当て嵌めたそのギルド名は、あの二人のファンを始めとした、多くのプレイヤーによって様々な解釈が為されることになった。

 その中のひとつが《想いを形にする》という解釈だったが、それが正解だと知る者は多くない。

 何より、《心意(インカーネイト)》という言葉が、どれほどの大きな意味と力を持っていたのか、ギルドとしての名に選んだこの時のキリトたちですら知る由もなかったのだ。

 何はともあれ。団長にキリトを、副団長にユウキを据えた、現状たった二人だけのギルド。

 その存在は、情報が届くや否や、アインクラッドを希望と歓声に湧かせた。

 それはこの世界が崩壊した後も、生き抜いた者たちによって長く語り継がれることになる。

 

 

 

 

 









 次回、希望の吟唱Ⅰ(予定)




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