今回は前回のラスト同様、蘭視点で話が進んでいきます。
それでは本編どうぞ。
柚月の家に泊めてもらった翌日、日曜日の朝、あたしはあれからゲームを続け、なだれ込み死んでいるかの様に眠ってしまっていた二人を起こさないように慎重に布団から起き上がり、朝の身支度を済ませていた。
何故か起きた時、柚月と手を繋いでいたけど恐らくはモカがあたし達が寝ている時にふざけて繋がせたと思う。
いつの間にか寝てしまっていたからか、手元にスマホが無く、探しても見つける事にが出来なかった。
また柚月の家には壁掛け様の時計がなかった。
目覚まし時計はあったけど、止まってしまっており、電池が抜かれていた。
それを見た時、あたしは分かってはいたけどやはりズボラなんだなと思ってしまった。
あたしの脳裏に浮かぶのは昨日の柚月とモカの会話……。
施設……今は改定されて呼び方が児童養護施設になっているけど、要するに孤児院って事かな……。
親に捨てられたってどういう事なんだろう……。
あたしにはその気はないけど柚月との距離は少しづつ、縮んで来ている……。
本人に聞く、と言う選択肢はあるが、やはりあたしはどこか距離を感じてしまっているので聞き出す事ははばかられてしまう……。
何よりあんな嘘をつくくらいだから本人も話したくないという意思があるのだろう。
そんな事を考えていた刹那、柚月の叫び声が聞こえてくる。
「わひゃああああ!!?……ってモカちゃーん……?」
「おはよ〜。ゆっづー起きた〜?」
「もー……せっかく気持ちよく寝てたのにー……こんな起こし方ある……?」
どうやら二人が起きた様だ。
あたしは洗面所を出て、二人がいるリビングに向かう。
「蘭起きてた〜。よ〜っす〜」
「んー……蘭、おはよー……」
「お、おはよ……」
「ゆっづーも起きて〜バイト遅れるよ〜」
「モカちゃんやめてー!くすぐらないでー!それにバイトは午後からだし……まだ九時じゃん!?」
モカはうつ伏せになっている柚月に馬乗りになり、くすぐっている。
当然だけど二人はあたしが会話を聞いてしまっていたとは知らないだろう。
そういえばモカは知っているのだろうか、二人はあたしが柚月と初めてあった時に知り合
ったらしいけど……。
出会ってそんな日を開けずにそこまで打ち明けられる関係になったのだろうか。
「ってモカちゃん!?何この画像!なんで私と蘭が手繋いで……えええ!?」
「にしし〜、ちょー可愛いと思いまして〜」
「は?え?画像……?モカ……あたしのスマホ知らない?」
「はいどうぞ〜」
モカはあたしの言葉にゲーム機に隠していたと思われるあたしのスマホを取り出し、手渡して来た。
受け取るとすかさず確認をする。
モカからLINEが届いており、そこには『二人はズッ友(*´艸`)』と言う文と共に、繋ぎあっているあたしと柚月の手元が写った画像が貼り付けられていた。
「モカ……何これ……」
「蘭が怒る〜、モカちゃん怖〜い!」
怒り心頭のあまり、体中がうち震えるかの様な感覚に包まれたあたしを見るなり、モカは今は座り込んでボーッとしている柚月を盾にする。
もはや怒りを通り越して呆れ果ててしまい、怒る気にもなれなかったあたしはふらっと座り込んでしまった。
呆れ、と言うよりも昨夜の事が頭から離れず戸惑ってしまっているのかも知れない。
二人はそんなあたしが疲れているからと思ってしまった様であり、心配の声をかけてくれたがあたしは一言、「大丈夫」と返した。
二人は顔を見合わせ、やはり心配そうにしている。
★☆★
そして二人も身支度を済ませ、朝ごはんの準備をしている。
モカは昨日の買ったやまぶきベーカリーの袋から、人気メニューの一つであるチョココロネを三つ程取り出し、柚月は珈琲の準備をしている。
……柚月の淹れる珈琲、あたしは少し飲むのが心配であった。
だがそれはモカも同じ気持ちの様だ。
「ゆっづー、珈琲淹れてるね〜大丈夫かな〜……」
「そ、そうだね……。あのさモカ……昨夜の事なんだけど、あたし……」
「ん〜昨夜〜?」
「お待たせー……って、それやまぶきベーカリーさんのチョココロネ!?おっひょー!すげー!実在したんだー!」
「そ〜だよ〜、奇跡的に三つだけ買えました〜」
「三つもあれば充分じゃない!?早く食べようよ!」
「チョココロネは逃げないから落ち着こ〜?」
柚月は珈琲の入ったカップを三つ、テーブルの上に置くと、嬉々として叫ぶ。
モカはそんな柚月を落ち着かせる。
考えていても仕方ない、あたしもチョココロネにかじりつく二人を見て、同じ様に口にする。
チョコクリームの甘みが口に広がった所で恐る恐る、柚月の淹れた珈琲を飲みこむが……。
濁った味と妙に濃い味がする……恐らくは何も考えずにお湯を注ぎ、粉を多めにすればいいとでも思ったからだろう……。
同じ様に珈琲を飲んだモカも渋そうな顔をしている。
「うっ……ちょっと柚月……何これ……?」
「不味っ〜……」
「いやー……金曜はつぐさんが私が淹れた珈琲を飲んでくれた時に味が薄いって言われちゃって多めにしたらいいかなって思ってー……。てへっ……」
「全然精進してないじゃん……」
「面目ないです……」
わざとらしく舌を出し、頭の後ろを掻いている柚月にあたしは一緒にバイトした日にLINEで言った事を指摘したが、柚月は恥ずかしそうに俯くばかりであった。
するとチョココロネを貪り、食べ終わった柚月が突如としてあたしの顔を見つめてくると顔を近づけ、指を突き出してくる。
あたしは突然の事に、戸惑ってしまい、体中から鳥肌が立つ様な感覚に襲われた。
「ちょっ……なにっ……」
「クリーム、ほっぺについてたよ?」
「ク、クリーム……?」
柚月はあたしの頬についていたと思われるチョコクリームを指でそっと拭うと、指についたそれを口に運び、舐めとった。
案の定、その光景を見ていたモカからは冷やかしの声があがる。
「ひゅーひゅーお二人さん、やりますね〜」
「あーっ!モカちゃん!また撮ったでしょー!?」
二人はわーきゃーと喚き散らかしている……。
あたしは突然の事にきょとんとしてしまい、そんな二人を見つめるだけであった。
「蘭、疲れてるんじゃない?まだ家出るまで時間あるし、モカちゃんが悪さしない様に見張っててあげるからもう少し寝てれば?」
「むぅ〜悪さとは失礼な〜」
「蘭のスマホを隠したのはどこの誰かなー?」
「ゆっづーだってノリノリだったくせに〜」
「それは違うからね!?あれは深夜テンションって奴で……」
あたしはやはり疲れてしまっているのだろうか……。
バンドの練習がもそうだけど、父さんとの事……華道の修行……。
思い当たってしまう節はいくらでもある、だがそれだけではない……。
やはりあたしは明らかに動揺してしまっている。
柚月の事を初めはあれだけ嫌いだったのに、今でも多少なりともその気持ちがあるはずのに心のどこかでは、「親に捨てられてしまった」と言う境遇に同情し、心配してしまっている自分がいる……。
このまま黙ってしまっているのも悪いので声をかける事にした。
「あ、あたしは大丈夫……。それより柚月!今日のバイト、またヘマをしてつぐみを困らせたら絶対許さないから!」
「わ、分かってますよ……」
いつものあたしの調子に戻ってきた様で二人は少しだけホッとした様な顔をしている。
★☆★
それから支度も済み、あたし達は家を出てつぐみのお店に向かう事になった。
あたしの着替え等の荷物はモカのリュックサックに入れてある為にあたしは多少の手荷物はあれど、ほぼ身軽だ。
道中、やはりどこか心配そう顔のなモカがあたしの顔を覗き込む様にして話しかけてきた。
「蘭〜ほんとに大丈夫〜……?」
「大丈夫だって」
「ほんとに〜?」
「何、そんなに心配されるほど今のあたし変?」
「うん、変だと思う。だって朝からずっと上の空じゃん?」
「そんな事ないんだけど……」
「いーや、絶対そんな事ある!だから今日はもう帰って休んでなさい」
「休んでなさいって何……どこから目線……。ってあたしは本当に大丈夫だから!それに心配してるかも知れないのはあたしの方だし……」
「え?心配?……まさか今日のバイトの事かな……?」
「そ、そうだけど!?」
「分かってますってー……。今日はイヴちゃんもいないし私だって不安だけど、なんとかがんばりますからー……」
柚月はバツの悪そうに両手を頭の後ろに回しながらそう言った。
柚月はあたしの内情には気づいていない様だけど、モカは付き合いが長いからかあたしの気持ちに気づいてるかの様な目を向けてくる。
そうして歩いている内につぐみのお店にたどり着いた。
柚月はお店に入るや否や、裏手にある、更衣室に向かい、あたしとモカはつぐみの案内で席に座り、そのまま珈琲とモカが食べたがっていたご所望のチーズケーキを注文した。
「蘭〜……あたしには本当の事話してくれないかな……」
待っている間、モカが口を開く。
その心配そうな顔を見ると、どうしてもないがしろにする気にもなれない。
だけど、どう、何を、伝えればいいと言うのだろう。
普通に「柚月とモカの話を聞いてしまった」とでも言えばいいのだろうか。
いつもモカと話をしているみたいに話すべきだとは思うけど何故だか今のあたしにはそれが出来なかった。
「実は昨日、また父さんにバンドやめろって言われて……。でも当然やめたくなんかなくて、起きてからずっとその事が頭をぐるぐるしてて……」
あたしは咄嗟に嘘をついた。
だけど、何もおかしい事はないはず。
流れとしても自然だと自分でも思う。
例え「身から出た錆」と言う結果になろうとも、どうしても本当の事を言う事は出来なかった。
「そ〜なんだ〜……」
「……別にあたしだって、華道を継ぐ事が嫌って訳じゃないんだけど。ここの所、どうしても思う様な結果が出せなくて、父さんにその原因が「いつまでもバンドなんかしてるからだ」って頭ごなしに比定されてさ。やめるのが一番いいのかも知れないけど、あたしはギターも音楽も中二の頃からずっと夢中でやってきたし今更手放したくないよ……」
「一回ちゃんと話して見ようよ〜?ライブとか練習の時にも呼んで見てもらってさ〜……。本当に蘭が「やりたい」って思ってるんだってパパに見せようよ〜……。そしたら蘭のパパだって絶対に分かってくれるよ……」
「モカ……」
あたしは真剣に相談に乗ってくれて親身になって話してくれるモカを見て胸が張り裂けそうな程に痛くなってしまった。
確かにあたしが今言った事は全てが全て嘘だって訳ではない、父さんとバンドの事もいつか解決しなくては行けない問題だとは思う。
そうだとしても……なんであたしはモカにこんな嘘をついてしまったのだろう……。
どうして柚月の問題でこんなにも悩まなくてはならないのだろう……。
あたしはモカとは違って柚月とはそこまで仲がいいつもりはない。
心配する意義だってないはずだ。
だけどモカのあの顔を見ていたらどうしても嘘をついてしまった自分が情けなく、どうしようもないほどに憎らしく思ってしまう。
「モカ……ごめん……本当の事なんだけど……」
「え……本当の事……?」
「蘭ちゃん、モカちゃん!お待たせー!」
つぐみが注文した品々を持ち、あたし達のテーブルに置いていく。
香ばしく湯気をたてた珈琲に、砕いたビスケットで作られたタルトにブルーベリーソースがかけられたチーズケーキ。
とりあえず話が遮られてしまったが、ケーキ用のフォークを手に取り、チーズケーキを口にする。
口の中に濃厚な味とブルーベリーの酸味が広がり、ビスケットのタルトが口の中で砕けてしまった。
すかさず珈琲を飲み、またケーキを口にする。
ケーキを食べる手が止まる事はなく、あたしもモカも夢中で食べてしまった。
「つぐさーん、豆を挽くリュウド?ってこれくらいで大丈夫なのかな……?」
「うーん……。もうちょっと砕いてくれた方が味が出ていいかなー……」
「あ、もうちょっとか……。分かりましたー」
「お願いするね!あっ、いらっしゃいませー!」
柚月は珈琲の淹れ方はまだ完全には熟知していないけれど、「ミル」と呼ばれる器具を使い豆を砕く、「グラインド」と言う作業は任されている様だ。
それでも出来上がった物をつぐみやイヴが状態を確認するまではとてもお客さんには出せないらしい……。
金曜日は珈琲の豆の分量を間違えて、薄めにしてしまい、お客さんに出してしまったが、この珈琲店に来るほとんどのお客さんは顔なじみであり、なおかつ柚月はまだ入ったばかりと言う事で昨日のお客さんは笑って許してくれて、事なきを得たらしい……。
それからあたしとモカは夢中でケーキを食べてしまい、珈琲も何杯かおかわりして、もう充分という事で会計を済ませ、店を後にした。
とりあえず家に帰ろうと、歩いてる時だった。モカが口を開く。
「蘭〜、「本当の事」ってさっきは何て言おうとしてたの〜……?」
「……いやなんでもない。昨日着た服の洗濯もしたいし……帰るよ」
「うん……」
あたしはそう言うとやはり浮かない顔をしているモカと共に家に帰る事にした。
やはりモカの口からじゃなくて、本人の口から直接聞こうとあたしは思ったから。
若干ネタバレになってしまうかも知れないけど、次回からはちゃんと柚月の視点に戻ります。
それではご閲覧ありがとうございました。