楽しんでいただければ幸いです。それではどうぞ。
ep.1 始まりの絶叫
日本の
そんなことはともかく、そんな都市の、とある路地裏。一人の男が何かから必死に逃げ回っていた。
「うわぁぁ! や、やめっ……やめてくれ!」
男が腰を抜かして地面にへたり込み、必死に懇願するような声を出した。それもそのはず、今男の目の前にはトカゲのような見た目をした化け物が立っているのだ。
トカゲの化け物はその言葉を聴いて近くにあった室外機を殴り怒りをぶつけると、ヒィッと情けない声を出した男に向かって怨嗟を含めた怒声を発する。
「やめてくれだと!? 出来るわけないだろうが!! お前は僕の彼女を奪ったんだぞ!!」
ゆっくりと男に詰め寄る。その姿に底しれぬ恐怖を感じた男は、後ろに下がりながら待て、と言いたげに手を突き出して
「わかってる!! 俺が悪かった!! 謝るから!! 金なら出せるだけ出す!! だから命だけは助けてくれ!!」
と言って命乞いをした。当然だ。誰だって死にたくないのだから。しかし、どうやらこの命乞いは返ってトカゲの化け物の怒りを増幅させてしまったらしい。男の首根っこをがっちりと掴み、それを持ち上げて叫んだ。
「許せるわけないだろこんなの!! 今更謝ったって無駄なんだよ!! だからさぁ!!」
死んじまえよ、と叫ぼうとしたトカゲの化け物の背中に幾多の衝撃が走り火花が散る。その衝撃に思わず男の首を掴んでいた手を離して痛がり、後ろを振り向いた。しかし、誰もいない。訝しみながら首を傾げるトカゲの化け物の視界の上に、何者かの足が映る。
「おらよ!!」
「ガハッ!? アァァァ!?」
顔面を蹴られたことによる痛みに耐えられず、後ろに倒れ込んでのたうち回るトカゲの化け物。それを睥睨するように見る黒い装甲を纏い、黄緑色に光る目を持つ誰か。
「残念、上っすよ」
煽るようにそう言う誰か。それは男の声だった。黒い男は腰を抜かしている男を立たせて逃げるよう催促し、トカゲの化け物が男を襲わないようにそれを右足で踏みつける。
男がふらふらながらも走り逃げ去っていくのを確認した黒い男は咄嗟に地面を蹴って宙に浮いた。次の瞬間、先ほどまで黒い男のいた空間をトカゲの尻尾のようなものが横一線に薙ぎ払われる。
「不意打ちのつもりなんだろうけど全部わかってるんすよね」
「邪魔しやがって……何のつもりだ!」
トカゲの化け物が叫び、黒い男に向かって握った拳を突き出した。しかし男はこれもひらりと交わし、持っていたハンドマシンガンのような見た目をした銃を横腹に押し当てて引き金を容赦なく引いた。バララララ! という連続した炸裂音が辺りに響く。
「ウガァァ!? 痛い痛い痛い!?」
横腹を左手で押さえ喚くトカゲの化け物。反撃するという考えは無くなったようで、ひたすら痛みに叫び悶える。黒い男はそれを見てさーて、と言って腰にある四角いものに手をやり何やら操作をした。すると辺りに
《OK!! Glint!! OverDrive!!》
というこれまた男性の、しかし黒い男とは違う声がした。それと同時に銃口に光りが集まり、黒い男はそれを静かにトカゲの化け物に向けた。
「トドメだ」
一言。それだけ言って引き金を引いた。二つの銃口から絶大な威力を持つビームが発射され、それを遮るものは何もなく、トカゲの化け物に全て命中し、そしてそれはビームの威力に耐えきれなかったのか爆発し、中からひとりの青年が気絶した状態で転げ出てきた。
「これが今回の中身、か」
そう呟いた黒い男は再び腰にある四角いものを操作し装甲を解除して、転げ出た青年を注視する。近くには赤いカードのような物が落ちていた。その隣には粉々に砕け散った何かの残骸も散らばっている。男は赤いカードを見つけるやそれを拾い上げてを確認し、片手で握り潰してからスマホで誰かに電話をかける。
「こちらグリント。暴れていたトレイターの撃破に成功したっすよ。ブレスレットとカードも破砕したのも確認しました。あとのことはそっちに全部任せていいすか? 場所が場所なだけに被害がデカくなっちまって俺には手に負えないんすよ。……わかりました。とりあえずそっちに戻ります」
グリントと名乗った男は電話を切ってスマホをズボンにしまい、もう一度倒れている青年をチラリと見て
「レグルスはこんな優しそうなやつまでバケモンにするのか……許せないね」
と吐き捨てるように言ってその場を後にする。
翌日、青年が暴行罪で逮捕されたということと、路地裏で謎の爆発事故が起きたことの二つがニュースとして流れ、しかしグリントと名乗る男とトレイターと称された化け物の話は一切されることはなかった。
*****
恵九味市にある比較的大きなショッピングモールの入り口付近。
「おーい! 早くしろよー! 置いてっちまうぞ!」
「ちょっと待ってくれよ。僕は来たばっかりなんだぞ」
一人の少年が、手を振りながら叫ぶ少年、伊月にそう言い返して駆け寄った。
伊月という少年に駆け寄った彼の名は月宮 蒼樹。恵九味市に住む高校1年生の、将来の夢を探しながら日々を友人と共に楽しく過ごし、時に勉強に苦心しているなんの変哲もないただの少年だ。
彼らがここに何をしに来たのか、そこに関しては何もない。学校が休みということもあって遊びに来ただけなのだ。特にこれといって買いたい物があるわけではない。
「来たばっかなのは俺も同じだっての。時間は有限なんだし許される限り遊ばねえと損ってやつだろ?」
「だからってそんな急いでちゃ疲れるだけだろ。少しはゆっくり歩かないか」
あっちこっちに目をやってにかっと笑いながら言う伊月に蒼樹はそう返す。伊月は蒼樹の言葉にそれもそうだな、と頷き、しかし足を動かすスピードを緩めずにショッピングモールに入っていった。
蒼樹はせかせかしている伊月に思わず苦笑いしつつ、彼の後を追ってその中に入った。
元より入っている人が多く、さらに休日ということも手伝っていつにも増して中は混んでいた。さながら朝の通勤ラッシュのような人混みに、伊月に追いついた蒼樹は見失わないようにと伊月の服をがっちりと掴んだ。
「お? なんだなんだ俺の服掴んじゃって。あれか? これがいわゆるBLってやつか?」
「違うわ。お前ほっといたら勝手にあっちこっち行くだろ。そうさせないために繋ぎ止めてんだよ」
わかったらマジで勝手にあっちこっち行くのやめろよ、と釘を刺す。
伊月には行き先も言わず勝手にあっちこっちへ歩いて、結果迷うが自分が迷っていると自覚しないという悪癖があるのだ。彼と割と長い付き合いである蒼樹はそれをよく知っていて、おまけに何度も何度も探し回った挙句自分が迷子として呼び出されるという赤っ恥を何回かかいているのだ。そりゃあ釘も刺したくなるだろう。
それに、この人混みで迷子になられては見つけるのにいつも以上に苦労をするに違いない。それが面倒臭いからというのもあるのだろう。伊月は生返事ではいよーとだけ返し、目についた唐揚げ専門店に向かおうとして蒼樹に止められる。
「アホか伊月。お前に今勝手にふらつこうとすんなって言ったばっかだろうがよ」
「ふらつこうとしてねえじゃん俺。唐揚げ食いたくなったから買いに行こうとしただけじゃん」
伊月がそう言うと蒼樹はガシッと肩を掴み、伊月の目を真っ直ぐに見て
「どうせその後どっか行ってまた僕が探し回るはめになって最終的に迷子っつって僕が呼び出されんだろ? 頼むからやめてくれよマジで……な?」
半ば懇願するように言う蒼樹の顔にはどこか凄みを感じさせる物があり、伊月はカクカクと首を縦に振る。それにはぁ、とため息を吐くとどうせふらつくんだろうなお前はと諦めたような声音で呟く蒼樹。
そうして二人はショッピングモールの中で歩き出した。これだけ人が多いと走ろうにも走れないだろう。そう思っていた蒼樹だったが、伊月はそんなことお構いなしに人と人の合間を走り抜ける。
「待てって!! ぶつかるだろ伊月!!」
そう言いつつ蒼樹も人の少ないところ━━まぁ少ないと言っても誤差レベルだが━━を通り抜けて伊月を追いかける。人混みで蒼樹の視界から伊月の姿は見えなくなるが、しかし行き先の検討は大体付いていた。そこに向かえば無駄に探さずに済む。あわよくば先回りしてしまおう。
そうしてスピードを上げてしまったからだろうか。
「うおっ!! ……ご、ごめんなさい!! お怪我はありませんか!?」
何かにぶつかってしまった。自分も派手に転けているというのに真っ先に相手の心配をして声をかける。ぶつかった相手はのっそりと立ち上がり、
「走っちゃだめだろ小僧」
と軽く注意をした。蒼樹は申し訳なさから肩をすくめ、深く頭を下げる。
「はい……すいません……」
「おいおいぶつかったのかよ。どんくさいな蒼樹」
「誰のせいだと思って……。なんだよそれ、お前そんなの持ってたか?」
伊月の胸ぐらを掴みかけた蒼樹は、伊月の持っている赤いカードを指差してそう尋ねた。こんな物を持っていただろうか。少なくとも彼の持っているカード類にそのような見た目をした物はないはずだ。
しかし、真っ先に反応したのは伊月ではなくぶつかった相手の男だった。
「それは俺の大事なものだ。返してもらいたい」
「ん? あぁ、いいぜ」
快く男にそのカードを返す伊月。男はそれを受け取ると少し安心したのかほっと胸を撫で下ろす。伊月は男に返したカードを鋭く睨みながら
「で、そのカードって何なんだ? ちょっとぶつかっただけで落ちるような場所に仕舞ってんだ。クレカじゃねえんだろ?」
と問い質す。触った感触からしてクレジットカードかと思ったが、個人情報の取り扱いが云々の文言が全く書いていないことに違和感を抱いたのだ。男は説明しづらいのか言葉に詰まり、それを見た伊月はそのカードは良からぬ物なのだと確信してさらに問い詰める。
「言葉に詰まるのは何でなんだ? どうせ何かヤベーのがあるんだろ? 教えてくれよ。それが何なのか」
「……勘の鋭いガキだな。時間帯も丁度いい」
腕時計を見て呟く男。伊月は蒼樹を後ろに下がらせ、何があっても良いように覚悟を決めて拳を握る。男は懐からブレスレットを取り出し、それを左腕に装着する。
「教えてやろう。世の中には知らない方がいいこともあるもんだ」
「ってことはそのカードは知られたらマズイ物なんですか?」
「さぁ、どうだかな!」
蒼樹の問いに大きくそう答えると、ブレスレットにある差し込み口のような穴に赤いカードをスラッシュした。
《Are you ready for resonance?》
ブレスレットから問いかけるような禍々しい音声。男はそれに頷き、再び伊月と蒼樹の二人を睨みつけると、叫んでカードを差し込み口に挿入した。
「実行!!」
カードが差し込み口に吸い込まれていく。そして完全に吸い込まれた時、再びブレスレットから歪んだ音声が鳴り響いた。
《Ok. Execute The R.C.system. Go on a rampage of twisted emotions and destruction》
その音声が鳴ったのと同時に男の体が何かに覆われていく。周囲にいた人たちがそれを見るや悲鳴を上げて逃げていき、その場は完全にパニック状態に陥ってしまった。
そんな中でも二人は男が人間ではない何かへと変わっていく様を注視する。信じられないという顔をして、しかしそれは紛れもない現実で。
「さて。お掃除の時間だ。覚悟しろよガキ共」
二人にそう言って指をポキポキと鳴らす、蜘蛛のような何かへと変貌を遂げたそれの名は、スパイダートレイター。
*****
「化け物だ……」
目の前の怪物を見て思わず僕は━━蒼樹は呟いた。幼い頃にテレビに齧り付いて見ていた特撮作品に似たような怪人が出ていたのを思い出すが、こんなことが現実であり得るのか。
驚愕と困惑で頭がいっぱいになったが、なにもやらなければなぶり殺されてしまう。直感でそう感じ、咄嗟に床に転がっていた誰かが買ったのであろう突っ張り棒を掴んで、戦うには頼りなさ過ぎるそれを突き出した。
しかし。
「お、折れた!? そんなバカな!?」
「何にも感じないなぁ? 今何をしたんだ? えぇ?」
突いた感覚が手のひらに伝わった瞬間中程からへし折れてしまった。当然っちゃ当然かもしれないが、いくら何でも硬すぎやしないか。
「どうやって抵抗すりゃいいんだよこんなの……」
口から吐き出すは絶望。当たり前だ。ただの一般庶民である僕があんな化け物とまともにやり合うだなんて無茶が過ぎる。こんなので死にたくはないが、相手がこれじゃ仕方ないだろう。
そう諦めているのは伊月も同じだと思っていたが、どうにも違ったらしい。
「うおぉぉぉ!!」
雄叫びを上げて蜘蛛怪人に突進した伊月。怪人はそれを軽々と受け止め、何をやっても無駄だとでも言いたげに嘲笑する。
「馬鹿じゃねえのかクソガキ。猪突猛進にも程があるだろう」
僕もそれに関しては完全に同意する。あのままじゃ怪人が何かやっても避けられる算段が無い。僕も口を開いて離れろ! と叫ぼうとしたが、それより前に鈍い音が響いて怪人の口からはうめくような声が聞こえた。
「いくらそんなゴツい見た目してても中身が人間の男なんだからよぉ。股間を思いっきり膝蹴りされちゃあ痛いに決まってるよなぁ?」
そう言ってしてやったりという笑みを浮かべる伊月の左膝からは血が流れていて、見えてはいけないものまで見えてしまっている。怪人の負ったダメージよりもこちらの方がよほど痛そうに見える。というかケガの程度で言えば確実に伊月の方が酷い。
「大丈夫なのかよその膝……」
「あぁ、まあ感覚は無いけど動くからオッケーだ。そいつがみっともなく股間押さえて痛がってる隙にさっさとずらかろうぜ。俺はこんなところで死にたかねえ」
やっぱり死ぬのは怖いのか、とか膝蹴りが効かなかったらどうするつもりだったんだ、とか。そんなことを考えながら彼に肩を貸してその場を後にしようとした。
だが、どうも神様は僕らをここで死なせるつもりらしい。
「逃がさんぞガキども!」
「━━ッ!?」
伊月に突き飛ばされ地面を転がる。離れた僕と伊月の間を白い何かが通り過ぎて行った。壁に激突した痛みに耐えながら蜘蛛怪人の方を見ると、左手の手のひらから白い糸のようなものが伸びていて。さっき通り過ぎたのはあの糸だろう。もし伊月が突き飛ばしてくれなかったら、なんてことは想像するだけで背中に悪寒が走る。
「立てるか伊月!」
左足の感覚がないとか言っていたが、あんな怪我を負った状態で立てるのだろうか。不安に駆られる僕に伊月は何度か力を込め、そして絶望し切った顔をして
「ヤバいかもしれん。左足が全然動かなくなっちまった言うこと聞いてくんねぇ」
そう言いながら匍匐前進して逃げようとした伊月。しかし、そんな状態で逃げられるはずもなく。
「逃がさないと言っただろう?」
再び蜘蛛怪人が糸を発射した。それは無慈悲にも逃げようと地面を這う伊月の右足に巻きつき、徐々に蜘蛛怪人の方へと戻っていく。
「なんッ!? んの野郎ざっけんな!! こんなところで死んでたまるかってんだよこんちくしょう!!」
叫んで近くにある柱を何とか掴み抵抗する。が、あまりにも力の差がありすぎた。いとも容易く引き剥がされ、床を滑っていく。
「伊月!!」
立ち上がって彼に駆け寄り、腰の辺りを掴んで踏ん張る。伊月は一瞬嬉しそうな顔をしたが、しかし蜘蛛怪人の方に引っ張られているのを見て俺の足をペシペシと叩いて言う。
「何やってんだ馬鹿野郎!! さっさと逃げろ!!」
「んなこと出来るわけあるか!!」
叫び返した。もしここで逃げたら友達を見殺しにしたクソ野郎になってしまう。それにこんなことで大事な友人を失いたくない。
「誰がなんと言おうとお前を死なせるわけにはいかないんだよ!! うおぉぉぉ!!」
雄叫びを上げ、全力で抵抗する。蜘蛛怪人はそれを聞いて鼻で笑い飛ばすと糸を引く速度を早めた。頬に汗が流れる。死神が鎌の刃を当てているんだろうか。首筋に冷たい感覚がする。
「ただの人間が俺たちの力に勝てるわけないだろう」
「知ったことかってなァァァ!!」
必死に抗うがそれも虚しく怪人は僕らを引き寄せていく。脳裏に浮かんだのは死。その一文字だった。こんなところで死なせないとかかなり大声で叫んだが、冷静になって考えてみるとあんな化け物相手に力で勝てるわけがない。無理無茶無謀にも程がある。
でも、例えそうだとしても。
(死にたくない……! 僕はまだ……まだ死にたくない! 生きていたいんだ!!)
そう思い、一層踏ん張る力を強めた瞬間、僕の横を黒い疾風が吹いた。
そして僕らを引っ張る力が無くなり、踏ん張っていた僕は支えを失って盛大に後ろに倒れてしまう。
「なんだお前は!?」
蜘蛛怪人の驚愕する声。僕はところどころ痛む体を起こしてその方向を見る。
「あんな高校生くらいの子を好き放題痛ぶるなんて信じられない!! 俺はもう怒ったよ!!」
黒い見た目をした、まるで黒い装甲を纏った人が二丁の銃を構えて怪人に対峙していた。いつの間にか伊月を捉えていたはずの糸は引きちぎれている。
一体何が起きているのか。多分助けにきてくれた人ということで間違いはない。その事実に思わず胸を撫で下ろす。まさに正義のヒーローここに参上と言ったところだろうか。その最中、プロテクターを各所に着けている人たちが素早く僕らを囲んだ。
「大丈夫か二人とも……って何だこの膝の状態は!? 救護班! ストレッチャーを用意しろ! 病院に緊急搬送した方がいい!」
「了解です! もう一人の子は大丈夫なんですか!?」
「わからんが多分打撲程度で済んでると思う! ちょいと失礼……骨折は無い! こっちは大丈夫だ!」
「わかりました!」
目まぐるしく状況が動いていく。あれよあれよという間に伊月はストレッチャーに乗せられてどこかに行ってしまった。気づけば僕も怪人と黒い人の交戦場所から少し離れた場所に移され、擦りむいたところの消毒をしてもらっていた。
「あの。この状況を説明していただいてもよろしいでしょうか? あの怪人とか黒い人はなんなんです?」
おずおずと質問する。こんな訳のわからないことになっているんだ。説明くらい聞いてもバチはあたらないだろう。
「まず、あの怪人はトレイターって言って、そいつらは自分たちの集団のことをレグルスって言ってる。すげえ噛み砕いて言うと頭がトチ狂ったやべー奴らだ」
僕の腕に出来た擦り傷に白いガーゼを貼りながらそう答える男の人。僕はそれになるほど、確かにあれは頭が狂ってるなと頷いて続きを促す。
「んで、俺たちはアストライア。レグルスの対抗組織だと思って貰えばいい。さっき君らを助けた黒いのがグリントっつう俺たちの中で唯一トレイターとタイマン出来るつよつよおじさんだと思ってくれりゃいい。本来ならエクシズってのもいるはずだったんだがな」
そこで言葉を切って苦虫を潰したような顔をする男性。僕ははずだったという言葉に疑問を感じた。どこかへ行ってしまったんだろうか。
「そのエクシズさん? はどうしたんですか?」
「エクシズになれるやつが見つからねえんだ。ギアならあるんだがなぁ」
男性はそう言って近くにあるアタッシュケースをポンと叩く。そこにエクシズになるための何かがあるんだろう。じっとそれを見つめていると、背後から誰かの声がした。
「へぇ、そこに君らの使うギアがあるんだね」
君らの、という言葉に違和感を抱く。君らの、と呼んでいる時点でアストライアの人ではないのは確実だ。誰なんだと後ろを見て驚愕する。
「トレイター!? いつの間に!?」
全身緑色の、カマキリを想起させる姿をしたトレイターがそこに立っていた。後ろから回り込まれたのだろうか。話を聞く限り、トレイターと唯一まともにやりあえるらしいグリントさんは別の場所で戦っていて、今ここに戦うことができる人はいない。かなりまずい状況な気がする。
気を張り詰める僕らに、トレイターは
「はぁい、トレイターさんですよっと。んで、君らのギアはそれなんだよね? 回収して上に持っていったらいいことありそうだし、使う人いないんならもらっちゃうね」
と言いながらアタッシュケースに手を伸ばした。しかし、それがケースに届くよりも先にケースを手に取る人がいた。
「お前たちにこいつは渡せん! 何が何でもだ!」
僕に治療を施してくれた男性だ。片手でアタッシュケースを抱え、もう片方で拳銃のようなものを持ちその銃口を真っ直ぐにトレイターの方向へと向ける。
トレイターは銃口を向けられているというのに怖気付く様子はなく、むしろ興味深そうに嘆息を漏らした。
「……へぇ。そんな豆鉄砲如きで僕を止められるとでも思ってるのかい?」
「わからないだろ。通用するかしないかなんて」
「じゃあ撃ってみるといい」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらう!!」
男性は躊躇なく引き金を引いた。一回、二回。そして三、四回。全てトレイターに命中している。が、全く痛がる気配はない。トレイターは男性の肩に手をポンと置き、
「……ほら、君は今四発も撃ったのに僕は何も痛くない。つまりそれは効かないってことなんだよ!」
「グゥッ!?」
そう言って男性に平手打ちをした。男性が持っていたはずのアタッシュケースは宙を舞い、何かの拍子でケースが開いてしまい中身をバラけさせる。そしてその中身は何の因果か僕の手に収まってしまった。緑色のカードに、何かよくわからない四角いもの。
「さて。僕はアストライアに無関係な人間を痛ぶりたくないんだ。大人しく渡してくれたら何もしない。さぁ、それを僕に渡すんだ」
そう言って僕に手のひらを差し出すトレイター。要求通りにここで渡せば、ひとまずの安全は確保できるかもしれない。無駄に抵抗することもないというのも、確かにそれはそうかもしれない。渡さなければ一方的に殴られてしまうのもわかっている。
それでも。
「僕もこれはあなたには渡せない。これが何なのかよくわからないけど、少なくともあなたたちに渡していいものじゃないと思う」
「何だと?」
聞き返してきたトレイターに、僕はカードと四角いものを胸に抱えながら、はっきりと拒絶する。
「これはあなたたちには渡せない! グリントって人が来るまで僕が守り抜く!」
こんな一般庶民にできるのかわからないけれど。それでも、目の前の化け物にすんなり渡すのは出来なかった。こんな化け物を生み出してしまうような組織に渡してしまえば、恐らく悪用されてしまうだろう。それで大勢の犠牲者が出てしまうくらいなら、僕が体を張ってでも守り抜いた方がいい。
僕の命一つだけで他の大勢の命が救われるなら。知らない誰かの未来を守ることができるのなら。
「命に変えても守ってやる……死んでもお前なんかに渡してたまるか!」
「貴様ァ! ふざけたことを抜かしやがって!」
トレイターは激昂して拳を握り、僕に向かってそれを振り上げる。思わず目を瞑って痛みと衝撃に備えた。
しかし、いつになっても衝撃は来なかった。手足の感覚はちゃんとあるから、即死したわけじゃない。
「ウッ……前が見えない!? 何だこの光は!?」
トレイターのうめく声。恐る恐る目を見開くと、手に持っていた緑色のカードが鮮やかに発光していた。これが急に光り出したおかげで間接的に目潰しを出来たのだろう。一体何が起きているんだ。困惑する僕を他所にそのカードの発光はなりを潜める。
《Authentication completed》
何も書いていなかったはずのカードの隅に小さくその文字が現れていて、僕は首を捻った。カードが光ったのと何か関係はあるのだろうか。
「これって何なんです? なんか急に浮かんできたんですけど」
男性にそのカードを近づけてその文字を見せる。何かが完了したという意味なのはわかるけど、その前にある単語の意味がわからない。わからないことは素直に聞いた方がいい。
「認証完了だと!? まさかお前は……」
「はい?」
倒れていた男性はその文字を見るや驚愕するような声を出して、さらに僕は首を捻る。僕が一体なんだって言うんだ。
困惑する僕に、男性はすごい勢いで捲し立てた。
「エクシズギアにある細い穴があるだろ!? そこにそのカードを差し込め!!」
「は、はい!」
あまりの男性の剣幕に聞き返すこともせず、彼の言う通りにエクシズギアと言うらしい四角い物体に空いている細い穴を探し、見つけるやすぐに緑色のカードを差し込んだ。
《EXCEED system stand by!!》
「エクシード、システム……」
ギアから鳴った音声をおうむのように返してじっとギアを見つめる。男性はその言葉を聞いた瞬間にわかにガッツポーズをしたように見えた。
「そんでそれを腰に当てるんだ! 早く!」
「わかりました!」
すぐさまギアを腰に当てた。するとなんということだろうか。どこからともなくベルトが現れ、僕の腰に巻き付いたじゃないか。思わず驚いてウオッという声を出すのも仕方ないだろう。
「次はギアの右にあるエンターキーっぽいボタンを押すんだ!」
僕は男性の言う通りのそのボタンを押した。するとギアから急に
《Make some noise! Ready to drive The EXCEED system!》
そんな音声が何度も何度も鳴り響き始めた。止まる気配はない。男性は何かを確信したかのように頷くと、最後に一つ。
「最後にギアの左にあるそのスイッチを押し込め!」
と言った。僕は何が起こるかわからない不安からほんの一瞬だけためらって、その不安を吹き飛ばすかのように叫んでそのスイッチを押し込んだ。
「うわぁァァァァ!!!!!!」
悲鳴にも似た絶叫。そしてその影でギアからこんな音声が鳴る。
《Ok! Drive The EXCEED system!》
それが鳴るのとほぼ同時にパァっと光る何かが現れて僕の周りを浮遊し、足に、胸に、手に。全身に着いていく。
《Defeat the enemy and open a path of life》
浮遊していた光が全て僕の体に着いたか着いていないかくらい。そんな音声が流れた。
「これが……エクシズ」
全ての光が全身に着いたのを確認するや自分の体を見回した。全体的に白い装甲で覆われているらしい。アクセントとしてか、全身にピンク色に光る線が走っている。グリントという人とはかなりデザインが違うな、などと呑気なことを考えていると。
「上の人に持っていくはずのエクシズギアを……。この野郎!!」
「あっぶね!?」
カマキリの姿をしたトレイターが殴りかかってきた。僕はその拳を反射的に左手で受け止め、襲ってくるはずの痛みに備えて、しかし痛みが来ないことに首を傾げる。確かに僕はトレイターの拳を受け止めている。でも、
「痛く……ない?」
さっきまでとは全然違う。この白い装甲はパワードスーツみたいなものなんだろうか。圧倒的なはずだったトレイターの力に並ぶ力を、今の僕は手にしているらしい。全能感。圧倒的な力を持ったことによって生まれたそれが僕を包んでいく。今の僕ならこいつ相手でも何とかやれるんじゃないか?
試しに右手で顔を思いっきりぶん殴ってみると、面白いくらい軽く吹っ飛んでいってしまった。
「おぉ……! これなら本当に……」
何とかなるかもしれない。もしかしたら倒すことすら……いや、それは流石に高望みしすぎだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「今だけ、この瞬間だけ! この力を使わせてもらう!」
拳を握りしめてトレイターに殴りかかる。トレイターはその拳をパシッと受け止め、ガラ空きだった僕の腹にヤクザ蹴りを入れる。
その衝撃で僕は少し地面を転がったが、すぐに起き上がり拳を構え直す。
「エクシズギアを返せ! それは僕が上層部に持っていくはずだったものだ!」
トレイターは腰に懸架していた片刃の剣を二振り引き抜いて僕に斬りかかってくる。さっきまでなら絶望していたはずだ。しかし、今なら特段脅威があるようには感じない。
「誰がお前なんかに渡すか!!」
僕は叫び返して本能的に左腰に手を伸ばし、そこにぶら下げてあったピンクの筒を引き抜いてそれをトレイターの剣に向かって振り抜いた。キィン! という鳴るはずのない金属音がしてトレイターが振り下ろした片方の剣は弾かれ、離れた場所に落ちて地面に突き刺さる。
「何ッ!? いつの間にそんな武装を!?」
トレイターは自分の剣が弾かれたことではなく、僕が使用した筒状の武装に驚き狼狽する。
それもそのはず、さっきまでただの筒だったはずの物の先には純白の光を放つ刀身が現れているのだから。驚くのも無理はない。何てったって……。
「こんな武器があるだなんて……。このギアといいあんたらトレイターといい、一体どんな技術を使ってるんだ?」
使った僕自身、全く知らなかったのだから。初めてこのギアを使うのだから当然っちゃ当然なのだが。右腰にも同じようにぶら下がっていたのでそれも引き抜き、二刀の切先をトレイターに向ける。
トレイターは舌打ちして怒りを表に出し、再び斬りかかってきた。今度は片方の剣で相手の刃を受け流し、もう片方の剣ですれ違いざまに脇腹を斬りつける。
「クソ! たまたまギアが使えたからって調子に乗るなよ!」
火花を散らして大きくよろけたトレイターだったが、しかしすぐに立て直して僕に斬りかかってくる。
「ヤァァァ!!」
僕は片方の剣を使って刃を受け止め、もう片方をその刃の横腹に叩き付けた。衝撃に耐えきれなかったのか、バキィン! というやかましい金属音を放って砕け散る。
トレイターはそれを見て唖然とし、何度か折れた剣と地面に落ちた残骸とに目線を往復させ、気を取り戻したのか激昂して
「お前なんかに負けてなるものか!!」
と言いながら拳を振るってきた。僕はそれを横に動いて回避し、ガラ空きになっている背中に二つの剣を同時に振り下ろす。
「あァァァ!!」
悲鳴を上げながら膝から崩れ落ちるトレイター。油断を誘っているのか、それとも本当に痛がっているのか。後者だとしたら罪悪感が湧いてくるが、今はそんなことを気にしていられる余裕は僕にはない。
出来るとすれば早いところトドメを刺すことくらいだ。しかし……。
「トドメを刺すったってどうしたらいいんだ? こういうのは決まってもう一度ボタンを押すだったりするもんだよな」
第六感に従ってエクシズになるときに押したボタンをもう一度押し込んだ。すると予想通りと言うべきだろうか。ギアから
《OK!! Exceeds!! OverDrive!!》
と言う音声が鳴り、持っている剣が一層眩く光り始める。いかにも今から必殺技を撃ちますよといった状態だ。僕はそれを見てニヤリと笑い、いつの間にか立ち上がっていたトレイターに向き直って腰を落とす。
「エクシズギアを……そのギアを返せ!!」
「これはアストライアの人たちの物だ!! 僕の物でも無ければあなたの物でも無い!!」
トレイターにそう言い返した。そんなにこのギアが欲しいんだろうか。上に上層部にと言っている辺り、よほどレグルスという組織はこのギアを必要としているらしい。もしくは戦力を削ぐためか、このトレイターが上層部に気に入られようとしているか。
何にせよ、どういう理由であれ渡すわけにはいかない。
「うるさい!! それは僕の物なんだ!! いいからそれを返せェェェェ!!!!!!」
癇癪を起こした子供のように叫んで突っ込んでくるトレイター。僕も負けじと二刀の剣を振りかざし、全力で地面を蹴る。蹴った地面が抉れたのが足裏から伝わってそれほどまでに自分の力が強化されていることに少し恐怖を抱き、しかしそんな物はすぐに吹き飛んでしまった。
「ハァァァァ!!!!!」
叫び、二刀をトレイターの腹に向けて振り抜く。それは二つの紫電を放ち、容赦無くトレイターの体を引き裂いていった。
「ガッ……こんなところで、倒れるわけにはァ……!! 己!! おのれオノレオノレ!!」
限界が近いのか、トレイターが全身から火花をバチバチと散らしながら、しかし倒れずに僕に再び襲いかかってくる。殴るとか蹴るとかじゃなくて。弱った獲物を見つけた肉食動物が思わず飛びかかるような、そんな動き。
すごい執着心というか信念だな。呑気にそんなことを考えられるほど僕の心に焦りはなく、妙に冷静だった。
「これで……」
落ち着いて剣を構え一歩踏み込み、ダンッ! という大きな音を辺りに響かせた。
「終わりだァァァ!!」
気合と共に心なしか光量が増した気がする剣を振り上げ、トレイターの肩から腰まで全力で袈裟斬りする。
空中でバランスを崩し、まともに受け身も取らずに地面に落ちていくトレイター。ゴッという鈍い音を響かせて地面に衝突し、何度か地面を転がると僕の方を真っ直ぐに見て、
「覚えていろよ貴様ァ! いずれ仲間が……同胞が貴様を惨殺するだろう! その時まで震えて待っていろァァァ!!」
と怨嗟を吐いたのを最後に爆発を起こしてしまった。装甲越しでも熱い爆風に思わず手で顔を遮る。
「中から人が……」
爆発したところに近づくと、ひとりの青年が気絶した状態で横たわっていた。近くには破壊されたブレスレットとへし折れた赤いカードが転がっている。
これを僕がやったって言うのか。衝撃的すぎてあまり現実味がない。……そもそもトレイターとかいう化け物がいる時点で現実味もクソもないわけだけど。
「すいませんしくじったっす! スパイダートレイターに逃げられちゃって……ってなんすかあんた!?」
横たわる青年を静かに見下ろし続ける僕の後ろから誰かが近づいてきた。声からしてあの黒いグリントという人で間違いないだろう。
僕はその人の方を振り向こうとして、でも体が言うことを聞いてくれなかった。前にふらつき、視界がぐわんと下に動いて地面を映す。
「おいおい大丈夫っすか!? というかこのギア、まさかこの子……!!」
駆け寄ってきたグリントさんに受け止められたものの、僕の視界はそこで真っ暗になってしまった。
ここからどうなったのか僕はわからない。すぐにに運ばれたのか、それともその場で軽い治療を受けてから運ばれたのか。
「知らない天井だ……。そりゃそうか」
目を覚ました時には全く知らない部屋のソファに寝かされていた。全く知らない部屋にいるのはまだわかるけどなぜベッドでなくソファに寝かされているのか、とかそもそも病室じゃないのはなんでなんだ、とか。疑問点を挙げればキリがない。
「お、目を覚ましたか少年」
目の前でソファに座り、何かの小説を読んでいた男性が話しかけてきた。僕はそれに一言も返さずに部屋を見渡してここがどこなのか教えてくれと目で訴えかける。
男性は読んでいた小説にしおりを挟んで机に置くと、手を広げて言った。
「ここは恵九味駅の地下で俺たちの拠点さ。つまりようこそアストライアの拠点へってわけだな。あまり歓迎される入り方じゃないだろうけど」
と。
次回→戦う覚悟