仮面ライダーエクシズ   作:八咫ノ烏

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どうも。八咫です。無駄に長くなってしまいましたがお付き合いください。

さて、第二話の前書きでする話じゃないとは思うんですが、諸事情があって投稿ペースがめちゃくちゃ落ちます。
どれくらいかって言うと二ヶ月に一回投稿出来たら御の字ってくらいのペースになります。ホントにどうしようもない事情なんで許してヒヤシンス。

では第二話です。どうぞ。


ep.2 戦う覚悟

 恵九味駅の地下にあるアストライアの拠点。そこで目が覚めた蒼樹は一人の男と話していた。

 

「状況が掴めないというか現実味がないんですが…。でも全部本当に起きてることですもんね」

「現実だと認めたくないのは我々も同じなんだがね。しかし実際に被害者が出ている以上目を背けるわけにもいかん」

 

 苦笑いしながらそう言うのはアストライアの参謀である篠崎 大介。青木からレグルスについて聞かれたので説明していたところだ。

 とは言っても彼ら自身もレグルスが何を目的として動いているのかまでは把握しておらず、現状はただ見境なく暴れまわる頭のおかしい奴ら程度の認識でしかないため蒼樹に詳しい説明を出来たわけではないのだが。

 

「まるで特撮番組を見ているような感覚がします。人を襲う悪の組織がいて、それから人を守るヒーローがいる。これほどぴったりな設定はありませんよ」

 

 朗らかに笑い茶化した。蒼樹は自分は部外者であり、自分はこの戦いには全く関係ないと思っている。だからこそ他人事のような言葉を口にすることができるのだ。

 しかしそうは問屋が卸さない。

 

「えらく他人事だが君もその当事者になることはわかっているんだろうな」

「え?」

 

 篠崎の言葉に素っ頓狂な声をあげる蒼樹。何を言っているんですかとばかりに首を傾げる彼に篠崎はテーブルの上にエクシズギアを指さして説明し始める。

 

「君も知っての通り、エクシズになれる資格者はアストライアには一人もいない。いつかその資格を持つ者と相見えることができれば…。そんな思いを持ちながらそれは現れなかったんだ。アストライアを立ち上げてから君と出会うまでの数年間はね」

「と言うことは僕が初めての…」

 

 蒼樹はそれであの人は、と呟いた。彼を手当てした男性が驚いていた理由はこれだ。アストライアが立ち上がって早七年が経っているのにも関わらず、エクシズの資格者は誰一人として現れることはなく。ようやく現れたと思ったらただ巻き込まれてしまっただけの知らない少年なのだから驚くのも無理はない。

 篠崎はそれに頷くと言葉を続ける。

 

「そうだ。そのギアは君を使用者として認め、力を託した。そのことはレグルス側にも認知されているだろう。そうなれば少なからず君の私生活に影響は出てくる。奴らにとっての脅威は仮面ライダー…そのギアを使用する者だけだ。もしグリントとエクシズを潰すことができれば怖いものなど何もない。そうなれば大勢の人たちが為す術もなく殺されるだろう。そこでだ」

 

 そこで言葉を切って蒼樹の目を品定めするように真っ直ぐ見つめる。何を言われるか。蒼樹は篠崎の話から大体の検討はついていた。少し怯えつつ、篠崎の言葉を待つ。

 篠崎はしばらく蒼樹の目を見つめたあと、重い口を開けその言葉を蒼樹に言った。

 

「月宮蒼樹。君に頼みがある。我々アストライアと共にエクシズとしてレグルスを滅ぼすために戦ってほしい」

 

 彼が提示したのはアストライア加入の要請。そして、戦いへの片道切符。今のアストライアの状況を見れば当然の行為だ。例えその相手が高校生であろうと、そんなものを気にしていられる余裕はない。戦うための人員が現状一人しかいない今、エクシズになる資格を持つ蒼樹は喉から手が出るほど欲しい人材なのだ。

 

「そう来ますよね…」

 

 予想通りの言葉に腕を組んでしばし考え込む。予想していたとはいえ、それにすぐ了承するわけにもいかない。

 

(レグルスを倒すことができれば何も関係のない人たちを守ることができる…。でも、滅ぼすってことは相手の命を奪うことになる可能性が高い。いくら相手が悪いからといって殺していいわけがない…。それでも戦わなきゃ誰かがトレイターに苦しめられるかもしれない…でも戦うんだし命のやり取りをしなくちゃいけないわけで、殺意を向け合って、相手を殺すつもりで力を振るわなきゃいけない…。でもそうしないと誰かが…)

 

 心の中に生まれる葛藤。すでにカマキリと戦ったあとになんでこんなことを考えるのか、という疑問も浮かんでいたがあの時はそうしなければ死んでしまうような緊急事態だったのだから仕方ない。それとこれとは話が違うのだ。

 

「どうする」

 

 答えを急かすように篠崎は言った。篠崎は蒼樹から返ってくるであろう返答をなんとなく察していて、それでも真剣な眼差しで蒼樹を見つめる。

 蒼樹は何度か深呼吸して心を落ち着かせると、彼が出した答えをはっきり言う。

 

「僕は戦えません。命のやり取りをする覚悟なんて僕にはないですよ」

 

 蒼樹は戦うことを拒否した。誰かを守りたい気持ちはもちろんあるが、それ以上に誰かと命のやり取りをできるほど彼の精神は強くなかった。ヒーローになれるなどという幼稚な感情など持ち合わせているわけもなく、当然ながらエクシズになれる資格など彼にとっては必要のないゴミ程度のものでしかない。戦いたくないと言っている人間が持っていてもどうしようもないわけで。

 

「…予想外だな」

「はい?」

 

 篠崎の言葉に聞き返す蒼樹。篠崎はエクシズギアを手に持ちながら彼が予想していた答えを口にする。

 

「どういう経緯でこれを使うことになったのかは知らないが、こいつに認められた君なら戦ってくれると思っていたんだが」

 

 一度エクシズとして戦ったことがある以上、誰かを守りたいという意思があるのだと踏んでいたのだ。そうでなければ恐らくエクシズギアは使用することを認めない。蒼樹がそれに認められていることが誰かを守りたいという意思があることの何よりの証拠。

 しかし蒼樹は戦う道を選ぶことはしなかった。

 

「申し訳ないですけど、僕にはできません」

 

 命のやり取りをする覚悟。この街の人々の命を預かる責任。そして、戦う以上は人を殺すことになるかもしれないということに対する恐れに、全てが終わるまで付き纏う死への恐怖。どれも一人の高校生が背負うにはあまりにも重たすぎるものだった。

 篠崎はそうか、と一言口にしてエクシズギアを蒼樹に差し出す。

 

「…どういうつもりですか」

「我々と一緒に戦ってほしい。嫌なのは重々承知している。だが戦ってほしい。これ以上被害を増やさないためにも」

「しつこいですよ篠崎さん。僕は戦えないんだ。そんなこと言われても困ります」

「君の戦闘センスはかなり高い。その辺のトレイターに負けることはないだろう。それは俺が保証する」

「そういう問題じゃないんですよ」

 

 口論が始まってしまった。蒼樹は内心でこれ以上何か言われたら黙ってここを立ち去ろうなどと考えつつ、篠崎の言葉に言い返す。

 

「そんなに戦える人材が欲しいんなら自衛隊とか警察の人たちに片っ端から使えるかどうか検査すればいいじゃないですか。僕じゃないといけない道理なんてないですよ」

「既に試したさ。それでも見つからなかったのだから仕方ないだろう。君に頼る他ないんだ」

「そんなこと言われてはい戦いますだなんて言えるわけがないでしょう!?」

 

 机をバン!と叩いて立ち上がる蒼樹。口論が徐々にヒートアップしていく。どちらも一歩も譲らない平行線を行っているから終わる気配がまるでしない。

 どんどんうるさくなっていく部屋。そこに一人の女性が飲み物を二つ持って入ってくる。

 

「はい口論はここでストップ! コーヒーでも飲んで落ち着きなよ篠崎。蒼樹くんはコーヒー飲める?」

「えっ、いやまぁ飲めますけど」

 

 突然のことに困惑しながら差し出されたコーヒーカップを受け取る蒼樹。思えば目が覚めてから何も口にしていないな。そんなことを考えつつそのコーヒーを口にして、あまりの甘ったるさに咳き込んだ。

 

「うわ甘っ!! 砂糖どれだけ入れたんですか!?」

「四、五本は入れたかなぁ」

 

 女性はにこやかに笑いながら指を四本立ててみせた。それを見た蒼樹は目を細くして

 

「僕を糖尿病にするつもりですか?」

 

 と女性に抗議する。そんな量の糖分を摂っていてはいずれとんでもないことになってしまう。軍服のような服を着たその女性はふふっと笑って篠崎の隣に腰掛ける。

 

「突然ごめんね蒼樹くん。私は雪村藍梨。アストライアの代表をやってるお姉さんと思ってくれればいいから」

「……その代表さんがなんの用なんですか?」

 

 冷たい質問。こんなことを聞く前から何を言いに来たかなんて分かりきっていることだった。雪村はわかってるんでしょ?と言ってコーヒーを口に含み、優しい笑みを浮かべながら

 

「あなたには戦う意思はない。それで良いのね?」

 

 と蒼樹に問いかけた。再三そうだと言っただろう。そう思った蒼樹だが、ここで声を荒げても仕方がない。それに首肯を返して甘ったるいコーヒーを飲む。

 雪村は蒼樹の返答に頷きながらわかった、と言って真っ直ぐ蒼樹の目を見つめる。蒼樹も負けじと雪村の目を見返す。空気が少し、張り詰めたような気がした。

 

「私もそれが一番良い選択だと思うわ。無理に戦う必要なんてない」

 

 その張り詰めた空気を一気に緩めたのは雪村だった。雪村の言葉に蒼樹は驚いてえ、と声を出してしまった。戦わないという選択を否定せずに肯定し、あまつさえ支持したのだから当然だろう。

 しかし、篠崎は相当不満らしかった。

 

「何を悠長なことを言っているんだ雪村! ただでさえまともに戦える奴が霧峰しかいないんだぞ! あいつが折れたらどうするつもりなんだ!?」

 

 声を荒げる。実際問題、組織のことのみを考えるのならここで蒼樹という貴重な戦力をみすみすと手放すわけにはいかない。彼は何も間違ったことは言っていない。だからあそこまで執拗に蒼樹という人材を引き込もうとしたのだ。

 雪村はうんうん、と頷いて篠崎の肩を叩く。

 

「落ち着いて篠崎。わかってるから」

「いいや、お前は何もわかっちゃいない。お前は楽観視しすぎなところが━━」

「いいからあなたは黙っていてもらえるかしら。今は私と彼で話をしているの」

 

 話の腰を折られたことに対する苛立ちを隠さずにギロッと鋭く睨む。篠崎はため息を吐き、その部屋を出ていった。力関係が現れているような気がして蒼樹は微笑んだ。しかし、割と屈強な見た目をしている篠崎でも逆らえないとなると少し怖さもある。バックに何か強い権力者でもいるんだろうか。

 雪村は蒼樹がそんなことを考えているとは知らず、ごめんねと言って話を再開した。

 

「仮にもアストライアって名乗ってる組織なんだから戦いたくないって言ってる子に戦うことを強要するわけいかないしね。そんなことしたら本物のアストライアーに断罪の雷を打たれちゃうから」

「本物のアストライアー?」

「この組織の名前はギリシャ神話の女神で乙女座になったアストライアーから取ってるの。神様の中で一番人間の中にある正義の心を信じていた女神様なんだけどね。私はレグルスの人たちにもまだ正義の心があると信じていたい。そう思ったから彼女の名前を借りたの」

 

 返すつもりはないけどね、と言ってクッキーを齧る。蒼樹は襲ってきたトレイターの様子を思い浮かべ、彼らに正義なんてあるのだろうかと疑問に思ったがそれを口にすることはしなかった。代わりに

 

「彼らにも信じる正義があると良いですね」

 

 とだけ言って甘ったるいコーヒーを飲み干した。嫌味っぽく聞こえたのは蒼樹が浮かべている疑問のせいだろう。雪村はそのことに関しては何も触れず話を戻す。

 

「さっき説明したように、私はあなたが戦いたくないのなら戦わなくていいと思ってる。あなたはまだ高校生で未来がある。それなのに望まない戦いを強いられていいはずがないからね。でもそれはあくまで私個人の感情であって組織の総意ではないの」

「組織の総意…」

「そう。私が代表者だからと言って私の好き勝手にしていたらこの組織は崩壊してしまう。みんなの意見をまとめて、私がそれに責任を持つ。それが私の役目だから」

 

 そう話す雪村の表情はどこか申し訳なさそうで、しかしそれはすぐに凛々しい表情に戻すと提案した。

 

「組織の総意としてはあなたに戦ってほしい。まともな戦力が一人しかいないのと二人いるのとではかなり差があるから」

「それでも僕は…」

 

 戦えませんよ。そう言おうとした蒼樹だったが、雪村がそれを遮る。

 

「君のその気持ちもわかってる。だから、三日間。よく考えてきてほしいの」

「三日間…ですか?」

「うん。それ以上は待てないから、その期間で戦うか否かをよく考えて。そこで出た結論を私は尊重する」

 

 雪村はテーブルの上に放ってあったエクシズギアを蒼樹に差し出した。使い手がアストライアにいない以上、彼らで持っていても宝の持ち腐れでしかない。それに篠崎が危惧していたように、彼がトレイターに襲われないとは限らない。その時にギアが彼の手元にあれば対抗はできる。

 雪村の考えを察したのか、蒼樹は渋々エクシズギアを受け取った。

 

「後悔しないよう、自分の心にしっかり問いかけること。良い? じゃあ話はこれで終わりだから、帰りたいのならこの部屋を出てすぐの大広間の先にある階段を上ってね。そしたら駅に入ってるパナケイアって喫茶店のスタッフルームに置いてあるロッカーから出れるから」

「ロッカーから…?」

「うん、ロッカーから。駅の裏口から出ることもできるけど多分迷っちゃうからやめた方がいいと思うよ」

 

 立ち上がりながら首を捻る蒼樹にそれじゃあね、と言って手を振る雪村。蒼樹は雪村に軽く会釈してその部屋を去っていく。

 雪村だけになった部屋。

 

「君の中にある正義を、私は信じるわ」

 

 期待を感じさせる声音でそう言った雪村。篠崎が飲まずに残していったコーヒーにシロップを二個ほどかけてそれを美味しそうに飲むのだった。

 

 

*****

 

 

 家に着くまでの帰り道。僕は夢ならさっさと醒めてくれと願いながら歩く。

 

「いきなりこんなことに巻き込まれて戦えって言われたって…」

 

 むちゃくちゃにも程があると思う。アストライアの人たちが僕に戦って欲しいと願う気持ちだってわかるけど、それでも結局僕は一人の高校生でしかないわけで。資格があるとか戦闘センスがあるとか言われても実感は湧かないしじゃあ戦おうという気にもならない。

 お前が怖がりなだけだ、と言われたら頷くしかないけど、それでも戦うことは怖かった。

 

 歩いているうちに僕の家が見えてくる。心の中に湧く安心感。帰ったら勉強するつもりだったけどやめだやめだ。こんな状態でやっても何も頭に入らないだろうし少し休憩することにしよう。

 

「ただいま〜」

 

 鍵を開けて家の中に入る。靴の数が少ないのは多分母親がどこかに出かけているからだろう。車も駐車場になかったし、買い物にでも行っているんだろうか。

 

「ん、誰かと思ったらあんたか。おかえり」

「ただいまって言ったじゃん姉さん。聞こえてなかったの?」

「寝てたから聞いてないわそんなの」

 

 リビングに入るなりそう言われたので思わず苦笑する。ソファに寝転びながらあくびしているのは僕の姉の紅羽。今は市外にある大学に通っていてあまり家にいるイメージはないけど、研究室が空いていなかったんだろうか。

 

「んで、その怪我は一体どうしたの? あんたのことだから喧嘩に巻き込まれたとかじゃないんでしょ?」

「あー…」

 

 言い淀む。去り際にトレイターとかアストライアのことについてあまり言い触らすなと言われているから詳しい説明はできないし、どう誤魔化したらいいんだろうか。

 目を逸らす僕を見て何か察したのか、「あぁそういうことね。ふーん大体わかったわ」 と言った紅羽姉さん。多分全部間違ってるし何もわかってないと思うよ。

 

「で、誰にやられたの。そいつがあんたに売った喧嘩なら喜んで買うけど」

 

 ほら見たことか。ほぼ全部間違ってるし何もわかってない。でも怪人に襲われたなんてことわかるわけないか。

 

「襲われたわけじゃないよ。出かけた先で爆発騒ぎがあってさ。逃げる時に転けて人にもみくちゃにされちゃって」

「爆発騒ぎ? ……そういやなんかニュースでやってたの見たわ。あんたあれに巻き込まれてたの?」

「うん。爆発するとこも見た」

 

 だいぶ苦しいけど誤魔化せるだろうか。姉さんは僕の不安をよそにへぇ、と言いながら立ち上がって伸びをするとテレビをつけた。緊急特番が組まれていて、僕と伊月が遊びに行ったショッピングモールの映像が映し出されていた。一応トレイターの存在は抹消されていて、暴動を起こした人がいるのと、爆発を起こしたことが大きく報道されている。

 

「うわ本当じゃん。よく死ななかったわねあんた。……そういや伊月君と遊びに行ったんじゃなかったっけ? あの子はどうしたの?」

「あいつは逃げる途中に誰かに突き飛ばされたせいで転けて膝がとんでもないことになって病院送りになった。今どうしてるのかはわからん」

「病院送り!?」

「病院送り」

 

 それを聞いた姉さんはうわぁ、と顔を引き攣らせて言った。病院送りになったこと以外は嘘なんだけど。前にどこかで嘘をつく時には若干の真実を混ぜ込むとバレにくくなると聞いたことがあるけど、どうもそれは本当らしい。少なくとも紅羽姉さんは信じ込んでいるから姉さんには通用する。

 

 すっかり騙されたまま大変だったわね、と言ってテレビを切る。

 

「……姉さんなら」

 

 僕がどうしたらいいのか、相談してもいいんじゃなかろうか。信頼できる人だし、僕のことをずっと気にかけてくれてるからバカみたいな相談でも親身になって乗ってくれるはずだ。

 

「私なら何って?」

 

 僕の呟きを耳が拾ったのかそう聞いてくる。そういや姉さんの耳は地獄耳だったな、と考えつつ僕は口を開く。

 

「いや別に何も? 相談に乗ってくれるかなって思っただけで」

「なんかあったの?」

 

 なんかどころの話じゃない。めちゃくちゃあった。そう言いたいのをグッと堪えて

 

「もし、もしさ。自分が急にヒーローみたいな力を手に入れて、悪役から誰かを守るために戦ってくれって言われたら姉さんならどうする?」

「何そのヒーロー系のラノベにありがちな展開。そういうの書くつもりなの?」

 

 そう茶化しつつ真剣に考え込む素振りを見せる。かなり難しそうな顔をしている辺り、きっと答えを出し辛いんだろう。

 

「うーん…。最終的にはあんたの判断に寄るんじゃない? 戦うことを強制されていいはずがないし、その力をどう使うかも結局はあんた次第なわけでさ。それを使って他人を攻撃することだってできるし、封印して何もしないこともできる」

「まぁ…そりゃそうなるだろうね」

「その力を持ってしまったのが偶然なのであれば、戦いから逃げたっていい。いきなり力があるから戦えなんて言われて納得できるもんでもないし」

 

 今の僕の状況。あんな力を持ちたいだなんて一度でも願ったことがあったか? あったのは幼稚園の頃、特撮番組を見ていた時くらいなものだ。物心が付いてからそんな力を欲したことなんて一度もない。エクシズギアは僕を資格者と認めたけど、全ては偶然の産物にしか過ぎないわけで。

 

「でも、誰かを助けることができる力があるのに目の前で苦しむ誰かを見捨てて逃げるのはきっと違うと思う。助けることができるのなら全力で手を伸ばすべきよ」

「手を伸ばす…」

「別に、誰かを傷つけたいわけじゃないんでしょ? 誰かを守りたい、そのために戦う。至極真っ当な理由だと思うけど」

 

 確かにそれ自体は真っ当な理由だ。僕にだってそれくらいはわかる。でも、それで戦ったらトレイターになった人が痛がるわけで。

 

「あんたのことだから悪役ポジの奴らが痛がるしどうしようとか思ってるんだろうけどさ」

 

 図星を突かれて思わず吹き出してしまった。嘘を見破れないのになんで僕の心を読んでくるんだこの姉は。色々とおかしい気がする。

 

「よくわかったね」

「何年あんたの姉やってると思ってんの」

 

 なぜか誇らしそうにする姉さん。別に褒めたわけじゃないんだけどな…。

 

「話戻すけどさ。別に悪役のこと気にする必要ないんじゃない? だってそいつ人を襲おうとする犯罪者じゃん。犯罪者に情けかけてもどうにもならないでしょ」

「……それもそうか」

 

 正論だ。ぐうの音も出ないくらいに。だからと言って僕が彼らを殺していいのかと聞かれたら絶対に違うわけだけど。

 

「参考になった?」

「多少はね」

「何それ。そんなこと言うんならもう二度と相談に乗ってやんないから」

「ごめんってごめんって」

 

 ふざけながらそう返す。僕はどうするべきなのか。その答えがわかった気がした。

 

 

*****

 

 

 三日経って、とりあえず今はアストライアの拠点に向かうために駅に向かって歩いているところだ。

 僕がどうするべきなのか。その答えがわかった気がしたとは言っても、戦う覚悟があるかと言われたらそれはまた違うわけで。死ぬかもしれない恐怖に打ち勝つことはいまだにできていなかった。そこだけは、多分どうなっても取り除くことはできないと思う。

 

「死ぬのが怖いのは当たり前……それを乗り越えられる度胸が僕にあれば……」

 

 最後の一押しは誰かにやってもらうんじゃなくて僕自身がするべきだ。死への恐怖を乗り越えられる方法があれば、僕は多分戦える。

 

 僕がどうするべきか。僕の出した答えは戦うこと。そしてトレイターを、レグルスを倒す。できれば話し合いでどうにかなってくれればいいけど、そんな簡単にいくような相手じゃなさそうだから覚悟を決めるしかないのはわかってる。

 

「でも死ぬのは怖いなぁ」

 

 死ぬのが怖くない人なんていないに決まってる。神様が守ってくれるからとか死んだら極楽浄土に行けるとか、そういった類のものを信じていたとしても死ぬのは怖いんだと思う。死んだらそこで人生が終わってしまうんだから当然だけど。

 

 思案を巡らせながら街を歩く。平日の夕方というだけあって人の往来は多いように感じる。散歩しているおじいさんおばあさんとか犬とか、楽しそうに走り回る子供とか。不安と恐怖に染まりかけている僕の心に安らぎを与えてくれる。微笑ましい光景だ。ただの日常風景だけど、見ているととても安心できる。

 

「そういえば喉渇いたな…小腹も減ったし何か買おうかな」

 

 ふと目にスーパーが入ったのでそこに足を向けた。子連れの主婦さんがかなり多いように感じる店内で、手頃な菓子パンがないか物色する。飲み物はお茶にするとして何食べるかな…。

 

「メロンパンはデカいな…お、ロールパンあるじゃん。サイズもちょうどいいしこれにするかな」

 

 袋の中にいくつか入っているタイプだから食べきれなくても保存が効く。もしそうなったらアストライアの人たちに分けてあげればいいし。うん、これにしよう。

 ロールパンの袋を手に取ってレジに向かう。買う量も少ないし並んで店員さんにやってもらうよりはセルフレジで済ませた方が早そうだ。えっと財布財布…っと。忘れてたら洒落にならないからね。

 

 ピッピッと商品をスキャンさせている間、サービスカウンターのある方向から怒鳴り声が聞こえてきていた。店長を呼べ、なんて言っている辺りただの悪質クレーマーだ。店員さんも大変そうだ。

 

「聞いてるだけで気分悪くなってくるな…早く出よう」

 

 聞こえてくるのは店長を呼べの一点張りで、店員さんが困り尽くしているのが見て取れる。こんなやつに付き合わなくちゃいけないなんてかわいそうに。僕だったら絶対嫌だね。チラチラとその様子を見ながら会計を済ませる。小銭が増えて財布が太くなってしまったけど千円札しか入っていなかったんだから仕方ない。

 

 レジを出た僕の目の前を一人の男性が駆けて行った。向かう先はクレーマーのいるサービスカウンターで、多分店長さんなのだろう。これで解決したらいいんだけどな。

 そんなことを考える僕の視線はクレーマーの腕に吸い寄せられた。自分でも何が原因なのかわからないけれど、嫌な予感が背筋を走った気がする。

 

「あのクレーマーがなんだっていうんだ…」

 

 面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと店を出た方がいいのはわかっていた。でもなぜか僕の視線は男性の腕に吸い付いて離れない。脳が逃げろと危険信号を発している。なのに逃げる選択肢は取らなかった。取れなかったんだ。

 

「あの腕輪、どこかで見たことがある、ような…」

 

 言っている間にクレーマーは赤いカードを取り出して、それを見て僕は全神経がゾワリとするのを感じた。どこかで見たことがある、既視感の正体がわかった。カウンターに向かってゆっくり歩み寄り、懐からエクシズギアを取り出してカードを挿入する。

 

《EXCEED system stand by!!》

 

 もしただの思い過ごしだったらいいけど、あのブレスレットと赤いカードには嫌な思い出がある。つい四日前、あのショッピングモールで見たものとほぼ同じもので。

 

「お宅らのせいでうちの家内は…」

《Are you ready for resonance?》

 

 恨みを込めた目線で店長を見据えるクレーマー。この時点でこの人はトレイターってことが確定してしまったわけだ。

 

「今すぐその人から逃げて!!」

 

 叫んで走り出す。多分理解はされないと思うけど、何も言わないよりはマシだ。案の定何を言っているんだお前は、というような目線が僕に集まったが、そんなことを気にしている余裕なんてどこにもない。

 

「いいから早く!! 死にたくないなら逃げて!!」

 

 もう一度叫ぶ。とにかくあの人から逃げてもらわないと無駄な犠牲が増えるだけだ。

 トレイターになる前にと思って必死に叫んだけど、それは届かなかったらしい。頭のおかしいやつを見るような冷たい目線で見てくる。しかしその目の前ではクレーマーがブレスレットにカードを挿入し終えていた。

 

「絶対に許さない……実行!!!」

《Ok. Execute The R.C.system. Go on a rampage of twisted emotions and destruction》

 

 みるみるうちにクレーマーの体が蜘蛛の化け物へと変化していく。こいつこの間散々やってくれたやつか!! そういやグリントさんが逃げられてしまったって言っていたな…。

 それを見た人たちは叫び声を上げてどこかへ逃げようと走り出した。店長さんらしき男性もそれに違わず逃げ出そうとトレイターに背を向ける。

 

「貴様だけは逃がさない!」

 

 トレイターは男性の方へ手を向けた。伊月に対してやったのと同じように糸を発射して捕らえるつもりなのだろう。並の人間が捕らえられてしまったんじゃどうにもならない。だったらやることは一つ。

 

「させない!」

 

 男性を庇うように腕を広げた。トレイターから発射された糸は僕の左腕に巻きついて、すぐに引き寄せられてしまった。

 

「何だ小僧邪魔しやがって……どっかで見たことあると思ったらあの時のガキの片割れか」

「また会うことになるとは思いませんでしたよ、えぇ」

 

 不敵な笑みを浮かべて挑発する。こいつの意識が僕に向いている時間が長ければ避難も進むだろう。

 

「あの時は邪魔が入ったから始末できなかったからいい機会だ。今殺して楽にしてやろう」

「あぁ怖い怖い。怖すぎて腰抜けそう」

 

 腰が抜けそうなのは事実だ。こんな化け物相手に怖くないわけがない。殺されるかもしれないという恐怖を感じているんだから当たり前だ。

 

「なんでこんなことをするんだ!」

 

 何とか口論することで時間を引き伸ばそうと試みる。トレイターはそれを聞くと冥土の土産に教えてやるよ、と言ってそれに乗ってきた。

 

「こいつらが生きててもどうしようもないクズだからだよ。俺の家内を死なせておいてなんの責任も取らないクズばかり…そんな奴ら生かしておいても意味はない」

「だから殺すとでも?」

「よくわかったな。その通りだ。邪魔する奴も関係あるなしに関わらずに殺す」

 

 さも当然のようにそんなことを言い放つトレイター。確かに奥さんが死んで悲しいのはわかるし、責任を取らないことに対する怒るのは当然のことだ。そこに対して僕はあれこれ言う権利なんてない。

 だけど、だけどだから人を殺す? 邪魔なやつは無関係だとしても殺す?

 

「そんなの許せるわけないでしょう」

 

 心の底からふつふつと怒りが湧いてくる。そんな所業が許されていいはずがない。空いている右手でエクシズギアを腰に当ててベルトを装着した。

 トレイターは僕をじっと見つめて

 

「だったらなんだ。お前も邪魔するというのか?」

 

 と問う。僕はそれに対して大きく頷き、

 

「当たり前だ!」

 

 と叫んで蹴り上げようと足を動かした。トレイターは嫌な予感を感じたのか僕の左手を拘束している糸を解いて突き飛ばしてくる。

 狙い通りだ。床を何度か転がりながらしてやったりという笑みを浮かべる。前に遭遇した時に伊月が股間に膝蹴りを喰らわせてかなり痛がっていたから、同じような動きをすれば距離を離そうとするはずだと思ったんだ。考えが単純で扱いやすい。

 

「僕はあなたを倒す。誰も殺させはしない!」

 

 宣言し、ギアのボタンを押す。流れ出す音声。

 

《Make some noise! Ready to drive The EXCEED system!》

 

 戦うのは怖い。死ぬのも怖い。出来ることならここから逃げ出したい。

 それでも、放っておくわけにはいかないから。

 

「覚悟しろこの蜘蛛野郎!!」

 

 僕が戦うことで誰かを守れるのなら。痛みと恐怖を我慢するだけで命が助かるのなら。

 僕は戦う。もう迷わない。

 

「変身!!」

 

 叫び、ギアのスイッチを押し込んだ。

 

《Ok! Drive The EXCEED system!!》

 

 辺りに響く音声。パッと光が僕の周りを浮遊して全身に着いていき、それは硬い装甲へ変化する。

 その光が全て着いたか着いていないかくらいのタイミングで僕は地面を強く蹴ってトレイターとの距離を詰めた。

 

「何っ!?」

「くらえ!!」

 

 急に距離を詰められたことに驚いたトレイターの顎に掌底を突き出す。いきなりのことで防御するという選択肢が頭に浮かばなかったのかそれをもろに食らったトレイター。何歩か後ろにたたらを踏んで顎を手で押さえる。

 

《Defeat the enemy and open a path of life》

 

 その音声を聞いて何かを思い出したのか「その音声は…」と痛みに悶えながら呟くトレイター。

 

「この間邪魔してきた黒い野郎の使っていた武装から聞こえた声と同じ…まさか奴とグルだったのか」

「グルってわけじゃない…いや、今からあの人の仲間になるからグルっちゃグルだけど」

 

 そう言いながら腰を落とす。トレイターは僕の出方を見るつもりなのか攻撃してくる気配はない。

 ここで斬りかかってもいいけど、そうしたらこの店は少なくない損害を受けることになる。必要最低限の被害だけで済むように動かなくちゃいけない。そうなればやるべきことは一つだ。

 タックルをして相手の体をガッチリと掴む。トレイターはそれから逃れようと何度が僕の背中を殴りつけるけど、大して痛みは感じない。せいぜい姉さんにおふざけで叩かれたとき程度のものでしかなくて、そんなもので怯むわけもない。

 

「ここから出てけ!!」

 

 店外に向かって押し出していく。カウンターから割と近い位置にドアがあったこともあって外に追い出すのにさして苦労はしなかった。

 

「小僧貴様…なぜ俺の邪魔をする!」

「自分の心に聞いてみてくださいよ。どうせ僕が言っても今のあなたには分かりはしないんだ」

 

 トレイターの言葉にそれだけ返すと僕は腰から二つの筒を引き抜いた。純白の刃が発振し、二振りの剣と化したそれの切先をトレイターに向ける。

 

「俺の心に聞けだと? なら答えはこうだな」

 

 トレイターはそう言うと僕の方に手のひらを向けるとこう言った。

 

「お前もどうしようもないクズだから俺の邪魔をするんだ! だったら殺すしかないな!」

 

 話している最中に糸を発射してきた。僕は剣でそれを切り捨てるとため息を吐く。結局この人の心は腐りきってるんだ。話して分かり合えるとかそんな次元じゃない。

 

「ならもう容赦はしない! 全力で行かせてもらいます!」

 

 再び地面を蹴ってトレイターの懐に飛び込み、二つの剣をほぼ同時に振り上げる。トレイターはそれを腕で防ぐと背中から六本もの腕を出してそれを僕に突き出してきた。先が針のように尖っていて刺さったらとんでもないことになりそうだ。胸板にヤクザキックをかまして無理矢理距離を取る。

 

「こっちは二刀流なのに八本も腕あるの卑怯でしょ」

「知ったことか。悔しければ腕をあと六本増やしてくるんだな」

「人間辞めろって言ってるのと同じですよそれ」

 

 会話しつつ頭の中で対策を練る。一番良いのは下手に接近せず遠くから攻撃することなんだろうけど、残念なことにこの剣以外に武装はないらしい。そうなるとヒットアンドアウェイで行くしかないだろう。無茶に接近戦を繰り広げたところで手数に押されて負けるだけだ。

 

 大きく息を吸ってもう一度地面を蹴り、トレイターが突き出した腕を身を捩ることで回避しすれ違いざまに一撃。そのまま距離を取って息を整え、また地面を蹴ってトレイターに接近する。

 

「ヒットアンドアウェイというわけか。考えることがわかれば対処することなんて容易いものだ」

 

 トレイターはそう呟くと自分の目の前に糸を吐き散らかした。その地面を踏んだのなら、僕は多分動けなくなっていただろう。粘着性のあるその糸ならヒットアンドアウェイ戦法を取る時に必要になる機動力を大幅に削ぐことが出来る。それに足を取られている間にご自慢の腕で滅多刺しにすればいいんだから、対処するが簡単だと言った理由もわかりやすい。

 

 そして、僕がトレイターがそうしてくる可能性を予測していないわけがない。

 

「よっと!!」

 

 そんな掛け声と共にトレイターの頭上を飛び越えて彼の背後に降り立つ。糸が目の前にしか吐かれていないのなら背後に回り込めばいい。それだけのことだ。

 

「隙あり!」

「ガッ!!」

 

 振り向きざまに剣を振るう。流石に後ろに回り込まれては腕が何本あろうと意味がない。というかその腕に遮られて僕の姿が見えてないのだからむしろ邪魔でしかないだろう。

 

「ヤァァァァ!!!」

 

 勢いのまま剣を振るった。背中にある腕が斬れてどこかへ飛んでいくのを見て、それならと腕の付け根を狙って剣を突き立てた。バズン!という音を立てて切り落とされる腕。少しグロい光景だけど、勝つためだしそもそも人間には存在しない器官なんだから痛覚なんかありはしないだろう。それがあってもコラテラルダメージってことで許してほしい。犯罪者に情けをかけたって仕方ないわけで。

 そもそもトレイターなんかにならなかったら戦うこと自体無かったんだから自業自得としか言いようがない。頭の中でそう割り切って痛みに襲われているのかうずくまっているトレイターを蹴り飛ばす。

 

「邪魔なんだよクソッタレが!! 俺は妻の仇を討つまでは止まれないんだ!! わかったらさっさと失せろ!!」

「知ったことか!! だからって人を殺していい道理がないでしょう!!」

 

 言い返してギアのスイッチを押し込み、剣を握り直して腰を落とした。

 

《OK!! Exceeds!! OverDrive!!》

 

 辺りに電子音声が響いて、剣がいっそう眩く光り出す。トレイターはそれを見て何か感じ取ったのだろうか。近くにあった電柱に糸を発射して逃げようとした。

 そんなことをさせるはずがない。

 

「逃がすか!!」

 

 左手で持っている剣を投げつけてトレイターが伸ばしている糸を断ち切った。体を支えるものを失ったトレイターは地面に落下していく。

 

「━━ッ!!」

 

 無言の気合を発して落下地点に駆ける。どうもトレイターは背中から地面に落ちたようで立ち上がり背中を摩っていた。しかし接近してくる僕の姿を認めるとすぐさま手をこちらに向けて糸を何度も発射してくる。

 

 だがそんなものは障壁になどなりはしない。手に持つ剣で糸を斬り払い、目と鼻の先まで接近した。

 

「あァァァァ!!!!!!」

 

 叫びながらトレイターの横腹に剣を宛てがい、全力で振り抜いた。前のカマキリのようにもう一度斬る必要があるのかと思い振り向いたが、どうにも耐えきれなかったらしく爆散していった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 バクバクとうるさい心臓を落ち着かせるように深呼吸して、ギアからカードを引き抜いて変身を解除する。今更だけど変身することで僕の体に何かしらの害があるなんてことはあり得るんだろうか。あとで聞いてみよう。

 

「なぁ……小僧」

 

 地面に仰向けになって転がった男性。顔だけ僕の方に向けて聞いてくる。

 

「俺は何が間違っていたんだろうな」

「……さぁ」

 

 そんなこと、僕にわかるわけがない。それでも無視するのは良くないだろう。僕なりの答えを言い淀んで、何とか考えをまとめて口を開こうとした時、戦っていた駐車場に猛スピードで車が突っ込んできた。さっとギアを懐に仕舞ってその車を注視する。少なくとも警察車両じゃない。

 

「総員突撃! 負傷者を見つけたらここに運んでこい!」

「「「了解!!」」」

 

 中から出てきたのは黒いプロテクターをつけた人たち。アストライアの人たちだ。突っ立っている僕を見るやすぐに駆け寄ってきた。

 

「君は確か資格者だとかいうあの子か!!」

「どうにも認められちゃったみたいですね」

 

 そう言いながらエクシズギアを見せると隊員さんは目を丸くして車に向けて叫んだ。

 

「篠崎さん! 月宮君がいます!」

 

 それが聞こえたのか、男の人が車からひょこっと顔を出して僕の顔をじっと見つめてくる。頭を少し下げると篠崎さんは手招きをして車の中に戻った。こっちに来いということなんだろうか。

 躊躇う必要は特にない。隊員さんにトレイターはもういませんよ、とだけ伝えて車の中に乗り込んだ。

 

 

*****

 

 

「へぇ、また巻き込まれちゃったのね」

「怪我人が一人もいなかっただけ良い方ですよ」

 

 あのスーパーから移動して今はアストライアの拠点にいる。目の前で美味しそうにコーヒーを飲む雪村さん。それで?とニコニコしながら聞いてくる。

 

「戦うかどうか。決まった?」

「僕がどう言うかわかっているんでしょう? 聞く必要なんてないでしょうに」

 

 僕はそう返してコーヒーを飲む。前みたいに砂糖をドバドバ入れられてるわけじゃないからかなり飲みやすい。

 

「私が意地悪してるみたいな言い方やめてくれないかな。一応君の言葉で聞いておかないといけないから」

 

 笑顔を絶やさずにそう言ってくる雪村さん。僕がどうするか、それをもうすでに知っているかのような口ぶりに僕は思わず苦笑いする。

 だけど、聞かれたのなら答えるのが筋だ。ゆっくりと口を開いて

 

「戦いますよ。アストライアの人たちと一緒に」

 

 と僕の出した答えを伝える。

 

「…そう」

 

 僕の出した答えを聞いて満足そうに頷いた雪村さんは、僕の方へゆっくりと手を差し伸べた。迷うことなくその手を握る。

 

「これからよろしく頼むわね。月宮蒼樹くん」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 ここから僕の戦いは始まった。




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