仮面ライダーエクシズ   作:八咫ノ烏

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二ヶ月に一回投稿出来たら良いな、などと言っておきながら一年以上更新できませんでした。
本当にすいませんでした。更新ペース早めるんで許してつかあさい。

それでは3話目です。どうぞ。


ep.3 表す尻尾

 恵九味市のとある川にかかっている橋の下。そこである少年は何かに怯えながら立っていた。

 

「おい。こんなんじゃ足りねえじゃねえか」

 

 少年の目の前に立っていた、少年と同年代の男は手で少年から手渡された金銭を弄びながら少年を睨む。どうやら少年は不良たちから金を集られているようだ。不良たちのリーダー格である男は、少年に手のひらを差し出してもっと金を寄越せと要求する。

 しかし、中学生である少年にそんな金銭があるわけもない。

 

「五千円も出したんだよ……?」

 

 それ以上は出せない、と少年は暗に示した。中学生がそんな大金を持っているわけがないというのは、常識的に考えればすぐにわかる話である。

 だが不良たちがそれで納得することはなかった。それぞれ怒声を上げて少年を威嚇し、男は詰め寄って少年の胸倉を掴む。

 

「出せない、とか言うんじゃねえだろうな?」

「で、でも用意できるわけ……」

「出来ねえじゃなくてするんだよ!」

 

 激昂した男が少年を突き飛ばし、地面に倒れ込んだ少年を取り巻きが嘲笑う。少年は屈辱から拳を強く握り締めるが、それを不良たちに向けて振るうことはしなかった。

 男は蹲った少年の姿を見て満足したのか、

 

「ま、今日はこんなもんで良いわ。明日までに五つは用意しろよ」

 

 と言い残して踵を返しその場を去った。取り巻きもそれに続いて品性のない笑い声を上げながら去っていく。

 場に一人残された少年は、深いため息を吐いて座り込んだ。

 

「なんで僕はあんな奴らの言いなりに……」

 

 不満げに呟く。カツアゲされているのだから良い気はしないだろう。

 

「僕に力があれば……」

「やり返せるのに?」

「そんなことが出来たらいいね……」

 

 若干幼さを感じる声の主に言葉を返してから目を見開いた。さっきまで誰もいなかったはず。目の前にいるのは誰なんだ。

 時間は夜。こんな時間のこんな場所に来る人間などろくな人間じゃないだろう。怯えながら顔を上げ、視界に入ったものを認めると口から悲鳴を漏らした。

 

「ひっ……」

「びっくりした? ごめんね、顔は見せられないんだ」

 

 そこにいたのは幼さを感じる声には全く似つかわしくない人型の怪物だった。分厚い装甲に身を包み、暗闇で黄色い目を光らせるそれの姿は少年を怖がらせるには十分すぎるほどの威圧感を与えていた。

 すっかり怯え切った様子の少年を気に留めず、怪物は

 

「まあわかるよ。あいつらうざそうだし、金集られてたもんね。反撃出来るのならしたいに決まってる。でしょ?」

 

 と言って少年に共感を示し、ゴンという音を立てて担いでいたハンマーを地面に置いて少年に目を合わせた。

 少年はその音に再び悲鳴を上げ、顔を俯かせてから口を開く。

 

「反撃したいっていうか、やり返してやりたいっていうか……」

「そっか」

 

 怪物は頷いてから腰の辺りをゴソゴソと漁り、ぶら下げられていた袋の中から取り出した物を少年に差し出した。

 

「これは……?」

「ん〜……端的に説明するなら魔法の道具、みたいな物かな」

「魔法の道具……」

 

 訝しむような声音で、しかし手は怪物が差し出した物に吸い寄せられる。

 怪物が出したそれは腕輪のような物と赤いカード。少年がそれを受け取ったのを見ると怪物は満足そうに頷き、

 

「それを使えばあんな奴ら、蟻を潰すよりも簡単に殺せるよ。もしかしたらデコピンだけで殺せるかもね」

「そんなになんですか?」

「信じないなら返してよ。消耗品っちゃ消耗品だけど誰にでも渡してるわけじゃないんだから」

 

 全くその腕輪とカードの力を信じる気配のない少年に苛立ちを感じさせる声で返却を要求する。少年は少し考えると、その腕輪を自分の腕に着けてみせた。

 

「信じる。信じるよ」

 

 その様子を見た怪物は嬉しそうな声音で

 

「うん、君ならそうしてくれると思ってたよ。じゃ、頑張ってね」

 

 と言い残して悠々と去っていった。

 少年の視線は去っていく怪物ではなくたった今身につけた腕輪と手にしているカードに吸い寄せられる。喉から手が出るほど欲しかった、不良たちに抵抗出来る力を手にした彼は、何かを覚悟したような目をしてその場を後にした。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 月宮蒼樹がアストライアの一員になって一週間が経った。アストライアとレグルスの戦いの渦に飛び込んだとはいえ、普段の日常が大きく変わるかと問われればそれは否である。

 いくら特殊な組織に加入したからといえ学校を辞めるわけにもいかないし、それを理由に勉学から逃げることなど許されやしないのだ。

 

「で、ここはこいつとこいつで纏めれば公式に当てはめることができるから……」

「ああそうか。だから解説のこの部分がこんな数式になってんのか」

 

 彼は今、伊月の部屋で伊月に数学の問題を教えていた。

 

 彼はあの膝の怪我が祟って数日間入院することになった。当然だがその間にも授業は進んでいくわけで、その分の遅れを取り戻したいという伊月のお願いを蒼樹が承諾した形だ。もとより飲み込むのが早い伊月に教えるのは比較的楽だったらしく、昨日と今日の二日間で既に遅れを取り戻しかけている。

 

「にしてもあのバケモンってなんだったんだろうな」

 

 シャーペンとクルクルと回しながら伊月は呟いた。襲われた側として、あの蜘蛛怪人は一体何なのだろうと気になるのは至極当然である。彼はポケットの中からスマホを取り出し、検索履歴を蒼樹に見せびらかしながら言葉を続ける。

 

「一応それらしい情報が転がってねえか調べたんだけど嘘くせえのばっかで知りたいのがなくてよ」

 

 その履歴には「怪人 噂」や「怪人になる方法」などといった事情を知らない人間が見れば厨二病ではないかと疑ってしまうような文言がずらりと並んでいた。

 蒼樹はそれをマジマジと見つめると、少し苦笑いして伊月にこう指摘する。

 

「嘘くさいって言ったってあの状況も大概嘘くさいけどね」

 

 蒼樹の言う通りで、現実的に考えて蜘蛛のような見た目をした怪物に襲われた、なんていう話などあり得るわけがない。その証拠として、伊月が何度蜘蛛の怪人にやられて怪我したのだと説明してもそれを信じた者は誰一人としていない。無論その場に居合わせた挙句、仮面ライダーとなった蒼樹を除いて、の話だが。

 ただ、彼らが怪物に襲われたことに変わりはないし、それが夢でなく現実であることは伊月の膝にある傷跡と蒼樹が持っているエクシズギアが証明している。

 

「あれは夢じゃねえ。それだけは間違いないはずなんだ。なのに情報がないってのはどういうことなんだ?」

「さぁ……?」

 

 必死にとぼける蒼樹。蒼樹の本心としては彼の知り得る全ての情報を伊月に教えてあげたいのだが、生憎と雪村からどれほど信頼する人間であっても話すなと口止めされてしまっている。曰く、そんな噂が広まってしまったらパニックになってしまう可能性があるから、とのことらしい。

 いずれは隠し通せなくなる時が来るのだから今話しても良くないか、と思ったりもしているがルールはルールなのだから守るべきである。

 

「にしてもバカみてえな噂もあるもんだな。見ろよこれ、魔法使いを見たとか書いてあるぜ」

「うわびっくりするくらい嘘くさいね。僕らも人のこと言えないわけだけど」

「流石に魔法使いなんていないだろ。非科学的すぎるしな」

 

 蒼樹に見せたブログをそう一蹴してスマホをカバンに仕舞う。蒼樹はそんな伊月の様子を見て微笑を浮かべて手に持っていた教科書を閉じた。既に勉強しようという雰囲気などどこかへ消え去ってしまった。この状態でやろうとしても集中できずに終わるだけだと判断したのだろう。

 伊月もそれを察したのかノートを閉じてベッドの上目掛けて放り投げた。物を片付けるという習慣がないのか、彼の部屋には教科書から漫画、果ては重要そうなプリント類に至るまで様々な物が散乱してしまっている。相変わらず綺麗好きが見たら卒倒してしまいそうな部屋だな、と蒼樹は心の中で呟いた。

 

「良い加減片付けた方が良いんじゃないの?」

 

 諫めるようにそう言った。が、伊月は指を横に振りながら上から目線でそれを拒否する。

 

「あ〜、お前はわかってないね。何もわかってない。この状態が一番良いんだよ」

「これのどこが良いんだよ。散らかしたい放題じゃないか」

 

 物が散乱している床を指差しながら蒼樹は溜め息を吐く。辛うじて足の踏み場がある、という状態のどこが良いのだか蒼樹は理解に苦しんでいるのだ。だがその蒼樹の指摘ですらも伊月は無視。

 

「俺は今この部屋のどこに何があるかを大体把握してる。それを動かしてみろ、どこに何があるんだかわからなくなって最終的に失くす」

 

 手を大仰に手を広げてそんなことを宣ってみせた。呆れて何も言えず、思わず頭を抱える蒼樹を見て調子づいたのかさらに口を開いて言葉を続ける。

 

「それにここは俺の部屋であって俺が主だ。どうするかは俺が決めることだぞ」

「調子に乗るんじゃない」

「いっった!!!」

 

 そうして調子に乗っていた伊月の脳天に鋭い手刀が直撃する。頭を摩りながら後ろを見るとそこには菓子袋を手に持った男性が優しい笑みを浮かべながら立っていた。

 

「この部屋の領有権をお前にあげているのは爺ちゃんで、その爺ちゃんも片付けろと言っているのはどう説明するのですか?」

「それは……まぁ、うん。誤魔化せば良いんだよ誤魔化せば」

「伊月?」

 

 グッと詰め寄る男性。口元には笑みを浮かべているが目は全く笑っておらず、問い詰められているわけでない蒼樹ですらも圧を感じるほどである。

 伊月は助けを求めるように目線を蒼樹でやるが、彼にそのつもりがないことを悟ると即座に両手を上げて降参の意を示す。

 

「俺が悪かったよ、うん。そのうち片付けるからさ」

「言いましたね? 明日の就寝までに片付けていなかったら床にあるもの全部捨てますから、覚悟しておいてください」

「ちょっと待て! それは流石にやめてくれよ兄さん」

 

 兄さんと呼ばれた男性はそれに対して「それは明日の伊月次第です」とだけ返して蒼樹の目の前に手にしていた袋を差し出した。

 

「ありがとうございます、蒼樹くん。こんなバカの面倒を見てもらって」

 

 バカ、と言ったタイミングで伊月の頭を再び小突く。「なんでまた叩いたんだよ!」と伊月が声を上げて抗議したが、彼はそれを完全に無視した。

 彼の名は颯貴。久留伊月の兄であり久留家の長男である。穏やかな口調で喋り、それに違わず性格も優しいのだがその反面喧嘩には滅法強いため伊月は彼に逆らえないのだ。

 

「で、勉強は捗っていますか? サボっているわけではないですよね?」

「疑いすぎだろ。もう明日の授業範囲まであとちょっとってところまでやったわ」

 

 口を尖らせて抗議する。実際もうあと数ページで授業の復習は終わるというところまで進んではいるのだが、普段の態度が悪いせいなのか信用されていないらしい。颯貴は懐疑的な目線を伊月に送り、その後蒼樹にそれを移す。

 蒼樹はふふっと笑い声を漏らすと

 

「結構真面目に本当ですよ。飲み込みが早くて助かります」

 

 と言って伊月を擁護する。すると颯貴が先程まで向けていた懐疑的な視線が嘘のように消え、柔和な目に戻った。

 

「蒼樹くんが言うのならそうなのでしょうね」

「なんで俺が言っても信用しなかった癖にこいつが言ったらすぐ信用するんだよ。おかしくない?」

「普段の態度が物を言うんですよ。わかったら普段からちゃんとしなさい」

「ちゃんとやってるだろうが。いつもだらけてるみたいな言い方やめてくれよ」

「ならなんですかこの部屋の有様は」

 

 やいのやいのと言い合いが始まり、部屋の中が一気に騒がしくなる。言い方こそ両方ともキツいが、喧嘩というよりはじゃれあっているというような印象を蒼樹は受けた。取っ組み合いの喧嘩に発展しないのは仲が良いからなのか、それとも伊月が颯貴に勝てないことを重々理解しているからなのか。

 そのどちらかは蒼樹にはわからないが、とにかくこの兄弟の仲が良いことだけは確かだろう。もしかすると自分と紅羽よりも仲が良いかもしれない。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えていた蒼樹のポケットが音を奏でながら震え出した。久留兄弟の視線が一気に自分に集まるのを感じながら震えているスマホを取り出し、画面を見て目を見開いた。

 

「篠崎さんから……?」

 

 電話をかけてきたのは篠崎だった。まさか彼がプライベートな事で電話をかけてくるはずがない。そうなると電話の用件は碌でもない物に違いない。一瞬でそう判断した蒼樹は思わず顔を顰めて溜め息を吐いた。

 

「どした?」

「あ〜、えっと……バ先から電話かかってきて……」

「お前バイトやってないってこの間言ってなかったっけ?」

「あはは……」

 

 明らかに怪しい。自分でもそう感じるほど苦しいが、そう言うことしかできない。電話がかかってきたタイミングが悪すぎるのだ。まさか二人の前でトレイターがどうのこうのなんていう話が出来るわけもなく、頼み込んでなんとか部屋の外へ出てもらうことにした。

 

「……なんですか篠崎さん?」

 

 会話を盗み聞きされないよう、声のボリュームを最小限まで落として蒼樹は電話に出る。篠崎もそれを感じ取ったのか声のボリュームを落とし、

 

『用件だけ簡潔に答える。明星橋に来て欲しい。西側で私と霧峰が待っている』

 

 と簡潔に伝えて通話を一方的に切った。必要最低限の情報だけ伝えられた蒼樹はあまりの短さに目をパチクリさせて呆然とする。

 5W1Hの大半が揃っていないというとんでもない情報ではあるが、蒼樹が今からどう動くべきなのかはわかる。兎にも角にも明星橋に向かえば良いのだ。その後は現地にいるという篠崎と霧峰から何かしらの指示があるだろう。

 そうと決まれば早速向かわねばならない。善は急げだ。そう心の中で呟いて部屋の扉を開ける。

 

「ごめん、ちょっと帰んなきゃいけなくなっちゃった」

 

 壁にもたれかかってスマホを操作していた伊月にそう話しかけた。伊月は蒼樹に目線をやるとスマホをポケットに仕舞い、

 

「マジか、えらく急だな」

 

 と驚く素振りを見せる。蒼樹はどうしても帰んなきゃいけなくて、と申し訳なさそうに謝って伊月に背を向けて玄関の方へ走り出した。それを止めることはせず、手を軽く振って別れの挨拶を口にする。

 

「また明日な〜」

「お〜う!! お邪魔しました〜!!」

 

 蒼樹はチラリと振り返って手を振り、伊月家の玄関から飛び出した。

 

 向かう先は明星橋の西側だ。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 日が傾き、空は夜のそれへと姿を変えつつある。いつもなら家でぐうたらしているはずの時間帯なのに、僕は今明星橋の近くに来ている。

 

「どこにいるんだろう、篠崎さんと霧峰さん……」

 

 五分近く彷徨っているが、僕をここに呼んだ人は未だに見つからない。思い返してみれば場所の情報も「明星橋の西側」とだけしか伝えれておらず、そんなざっくりとした指定ですぐに会えるはずがない。渋谷駅で待ち合わせね、としか言われていない二人組がすぐに会えるわけがないのと同じだ。いや渋谷駅に比べたらかなり会いやすいのだろうけど。

 こんなことになるのならもっと詳しく居場所を聞いておけばよかった、と今更押し寄せてくる後悔を噛み締めながら歩く。どこかですれ違ったりしていないだろうか、という不安すら湧いてきた。

 

「電話、してみようかなぁ……」

 

 少し気は引けるが、せっかく文明の利器があるのだから使うに越したことはない。早いところ合流して状況を確認しなければならない。もし合流する前に戦闘が始まったら後々少し面倒なことになる。

 小さい溜め息を一つ吐いてスマホを取り出した。電話をかけようと篠崎の電話番号を押そうとして、何度か躊躇する。悪い人ではないというのは知っているけれど、それはそれとして少し関わりづらいところがある。単に怖いというか、人を寄せ付けない何かがあるというか。

 

「取り敢えずかけてみよっかな……」

 

 うだうだしていても何も始まらない。意を決して電話をかけようとした。丁度その時に背後から誰かに話しかけられた。

 

「その必要はない」

「うわあぁっ!?」

 

 驚きすぎてスマホを放り投げそうになってしまった。僕に話しかけてきたその人である篠崎さんは少し傷ついたような表情を浮かべて肩を落とす。

 

「お前がなかなか来ないから探しに来てやったというのにお前ときたら……」

 

 どうやら心配されていたらしい。僕はそれに対して心の中で誰のせいで彷徨うことになったと思ってるんだ、と言い返す。それを口にしなかったのは、それを言うとさらに傷ついてしまうかなと思ったからだ。決して僕にそんなことを言う勇気がなかったからというわけではない。断じて違う。

 そんなことを考えていると、篠崎さんの背後からさらにもう一人姿を現した。彼は僕の内心を代弁するかのような発言をする。

 

「いきなり背後から話しかけるからびっくりされるんですよ。それに蒼樹君が迷ってたの絶対篠崎さんの伝え方の問題っすよ?」

「確かに明星橋の西側と伝えたはずなんだが……」

「そんなアバウトな伝え方したんすか!? そんなんでどこにいるかなんてわかるわけないに決まってるじゃないすか。ここ割と人通りあるんだから」

 

 そうだよねぇ、と付け加えて蒼樹の肩を優しく叩きながら呆れるように笑う霧峰さん。言いたいことを全部言ってくれた霧峰さんが一瞬だけ救世主のように見えた。

 これで構図としては二対一で篠崎さんが不利になった。場が悪くなったことを察したからなのか、篠崎さんは一つ咳払いをして話題を強引に変えてみせる。

 

「ひとまずそれは置いておいて、だ。取り敢えず詳細を話すぞ」

「う〜す」

 

 曰く、昨日の夕刻にこの辺りで大きな化け物を見たと通報があったらしい。幸いなことに人を襲って回ることはしなかったようだが、それでもかなり危険がある。

 その化け物が誰かに危害を加える前に早く排除してしまおう、ということらしい。もし見つけられなかったとしても、痕跡を発見することができたらレグルスに辿り着けるかもしれないということも考えているようだ。

 

「取り敢えずその化け物ってどんなやつなのか教えてほしいんすけど」

「伝えられた情報をまとめるとハンマーを担いでてイカつい鎧着てるとてもデカい奴、だそうだ。かなりざっくりしているから詳細はわからんが……」

「えっ」

 

 そんなアバウトな物が情報になり得るのだろうか。そう感じて思わず素っ頓狂な声を出してしまった。この情報を口にした篠崎さんもその気持ちはわかるらしく、大きな溜め息を吐いて頭を抱え始める。

 

「何がトレイターだと思うから一応探してきてね、だ。こんな断片的で不確実な情報ばっか寄越しやがってあの大馬鹿野郎……」

「本音漏れてるすよ」

「すまん、イライラが抑えきれなくてな。取り敢えず周囲を散策しつつトレイターを探すとしよう」

 

 頭を掻きむしって一回周りを見渡し、ふぅと溜め息を吐いてから歩き出した。僕は霧峰さんと顔を見合わせ、思わず笑い声を溢す。

 

「怖い人に見えるけど案外そうでもないんだよね、篠崎さんって」

「なんとなくわかった気がします」

 

 態度がキツイのは、多分ただ単にアストライアの副リーダーとしての責任を果たそうとしているからというだけなのだろう。篠崎さんに対する見方がだいぶ変わったような気がした。

 

 その後、三人で少々歩いてトレイターらしき何かがいた痕跡を軽く探したが何も見つからなかった。そういうことに秀でた能力を僕含めて誰も持っていないので至極当然という結果である。三人揃って空を見上げて溜め息を吐いた。

 

「そりゃそうすよ。俺ら警察でもなければ探偵でもないんですもん。そんなんで見つけられるわきゃないんすよ」

「怪しそうな人物も無し。ヤンキーぶった連中ならいるがこれはうちの管轄外だし、別に犯罪やってるわけではなさそうだからこっちは無視。つまるところ完全に無駄足だったというわけだ」

「早く帰りたい……」

 

 三者三様の文句を口にする。こんな時間まで歩き回った挙句、何もこれといった成果も得られなかったというのは徒労感が凄まじい。夜風で少し体は冷えるし、もしかしたら母に怒られるかもしれない。お腹も空いてきた。悪いこと尽くしで良いことが何一つとして起きていない。なんのためにここまで来たんだろうかという疑問すら湧いてきてしまう。

 

「帰っていいですか?」

 

 おずおずと帰りたいという希望を出してみる。大人である二人と違ってまだ高校生であるという事情を加味すれば、僕はもう帰っても許されるはずだ。

 二人も僕の意図を察したようで、

 

「まぁいいんじゃないすか? これ以上付き合わせると彼のお母さんに怒られちゃいますよ」

「だな。私たちとは違って高校生なのだから」

 

 と帰ることを許してくれた。もう少し付き合ってくれと言われるのかと思っていたので内心胸を撫で下ろす。夜も七時を過ぎているし、これ以上外を出歩いていると母親からどデカい怒りの雷を落とされてしまう。

 篠崎さんたちはというと、万が一の時のことを考えてもう少しここに残るらしい。そう聞くとなんだか帰るのが申し訳なくなってくる。篠崎さんにそう伝えて本当に帰って良いのかと確認すると

 

「ここから先は大人である我々二人組に任せておけば良いんだ」

 

 と返され、ついでとばかりに頭を撫でられた。少しくすぐったいが、篠崎さんがそれで良いと言うのなら良いんだろう。

 好意を無駄にするのも良くないだろうし、と思い二人に頭を下げて先に帰ろうと背を向ける。

 

「うわァァァァ!!!!」

 

 辺りに響く叫び声。それを聞いた瞬間思わず顔が引き攣った。

 

「しつこいかもですけど……これ本当に帰って良いやつですか?」

 

 ゆっくりと後ろを振り返り、難しい表情を浮かべている篠崎さんにもう一度確認した。まさか悲鳴に限りなく近い叫び声を無視してスタスタと帰るわけにもいかない。

 篠崎さんは若干同情するかのような目線を僕に向けたあと、

 

「ダメかもしれないな」

 

 と言って僕の肩を掴んだ。まだ帰るなよと言う暗示だろう。少なくともどういう状況なのかを確認するまでは帰らせてくれないはずだ。薄々そうなるだろうと予想していたため僕は反対することはせずその指示に従う。

 もしこれがトレイターに襲われて出た悲鳴だとすれば僕たちの出番だ。

 

 ひとまず事態を確認するため、僕たちは悲鳴の聞こえた方向へ走り出した。数分もしないうちに、何人かの不良が口々に何か喚きながら逃げ惑っているところに遭遇した。

 

「あっちに行っちゃダメだ!! バケモンがいるぞ!!」

 

 その不良グループの内の一人が僕らを見るや忠告を発してくれた。それを聞いた篠崎さんの目線が一気に鋭くなり、その不良に目を合わせると口を開く。

 

「その化け物というのはどういう見た目だ?」

「見た目なんて覚えてねえよ……そんなのを確認してる余裕なんてなかったんだからよ……」

「その化け物は人間が変身した物なのか?」

「あ、あぁ……」

 

 不良のその答えを聞いた篠崎さんは僕らに軽く目配せをした。僕と霧峰さんは頷いてすぐさま不良が走ってきた方向へと駆け出す。

 

「ようやくトレイターのお出ましって感じみたいだね!!」

「みたいですね。出来ることなら出てきてほしくなかったですけど」

「確かにそうだね!!」

 

 確実にトレイターだ。今回はどんな人が変身しているのだろう。前の蜘蛛みたいに何かに恨みがある人なのだろうか、それともカマキリの時みたいに良くわからない人なのだろうか。

 そもそもトレイターになるためのリングは誰がどういう目的で配っているのだろう。レグルスは何を目的に動いているのだろう。なぜこんなことをするのだろう。

 

 浮かぶ疑問を巡らせながら走った先で。一人の青年──おそらく先程の不良グループの一味だろう──が大きな化け物の前で横たわっていた。おそらくは一番最初に彼が狙われたのだろう。他の仲間は自分が狙われていないのを良いことに彼を見捨てて逃げ出した。その逃げ出した先でたまたま僕らと出会ったということなのだろう。

 

「確かにトレイターだね、あれは」

「見た感じ話に聞いてたやつじゃなさそうですけどね」

 

 確かにトレイターではあるが、どうにも篠崎さんから聞かされた情報と一致しない。あれは鎧を着てるデカいやつというよりは蜂怪人と形容した方が正しいだろう。ハンマーも持っていないのを見ると、僕らが探していたトレイターらしき物とは違うようだ。

 だが、それでもあの蜂がトレイターであることには変わりない。

 

「倒さなきゃ、だね」

「ですね」

 

 顔を見合わせ頷いてほぼ同時にギアを取り出し、やはり同時にカードをギアに挿入した。

 

《EXCEED system stand by!!》

 

 その音で蜂怪人は僕らの存在に気がついたらしい。顔をこちらへ向けると驚いたような声を出して、手に持っていた針らしき物の先端を向けて威嚇してきた。

 

「じゃ、邪魔しないでくれますか?」

「随分と弱気な頼み方っすね。もっと威圧してくるかと思ったのに」

 

 拍子抜けしたのか、苦笑いしながら霧峰さんはギアを腰に当てる。僕も腰にギアを当てて構えを取り、右側にあるボタンを押す。

 

《Make some noise! Ready to drive The EXCEED system!》

 

 流れ出す待機音。それに次いで霧峰さんも右側にあるボタンを押し、全く同じ待機音が流れ出した。どうやら外見や操作方法は僕の物と全く同じらしい。

 

「あなたがその変身を解いてくれるのなら邪魔はしませんけど……。僕だってどうせなら戦わずに済ませたいですし」

「い、嫌だ!! ようやくやり返せるんだ……解いてたまるか!!」

 

 諭すように提案したそれも蹴られてしまった。錯乱しているのかなんなのかはわからないが、何を言っても戦うことは避けられないようだ。

 こうなったら斬って黙らせるしかない。霧峰さんも僕と同じ結論を出したようで、

 

「気にしたって仕方ないよ。こういうのは殴って黙らせるのが一番なんだからさ」

 

 と言って笑ってみせた。戦いが眼前に迫っているのに笑えるなんて凄い胆力の持ち主だな、と僕は内心舌を巻く。

 きっと僕は今苦い表情を浮かべているのだろう。出来れば戦いたくないというのも本心だ。しかし逃げるわけにはいかない。それでも戦うのだと覚悟を決めたのだ。

 

「変身!!」

 

 そう叫んで左のスイッチを押し込んだ。それからほんの少しだけ遅れて霧峰さんも

 

「変身」

 

 と言ってスイッチを押し込む。二人の周りを光が浮遊し、それぞれの体にくっついていく。やがて装甲と化し、二つの音声が鳴り響いた。

 

《Ok! Drive The EXCEED system! Defeat the enemy and open a path of life》

《Ok! Drive The EXCEED system! Its bullets pierce even the darkness》

 

 光が収まり仮面ライダーが二人、夜の暗闇を目の光で照らし出す。考えてみれば初めての共闘だ。隣に立つ霧峰さんことグリントがとても頼もしく見えてくる。

 

「さ、早いところ片付けて家に帰らなきゃだね!!」

「ですね」

 

 短い言葉を交わして蜂怪人に対峙する。蜂怪人は僕らを見て少々怖気付いているようで、彼の持っている針の切先はプルプルと震えていた。

 

「何……!? なんなんですかあなた達は……!?」

「俺たちは仮面ライダー。君たちみたいなのから一般市民を守るためにここにいる」

 

 霧峰さんは毅然と言い返し、腰にあるホルスターから銃を抜き取ってそれを構える。僕も腰から筒を引き抜き、光剣と化したそれの先を蜂怪人に向け構えを取った。

 二対一という構図。どう考えても不利なのは蜂怪人であり、彼自身それを悟っているのだろう。

 

「僕の邪魔をしないでください……!!」

 

 半ば自暴自棄になりながら手に持っていた針を振り回してきた。僕は何歩か後退って攻撃を交わし、彼の手が止まったタイミングを見計らって剣を振るい袈裟斬りにする。

 蜂怪人は少しよろけたが、それで倒れてくれるはずもない。

 

「うわあああ!!」

 

 と必死に叫び声を上げて針を勢いよく前に突き出してきた。咄嗟に剣で防ごうとしたが間に合わず、胸の装甲に突き刺さり火花を散らす。

 痛みで顔を歪めそうになるのをなんとか堪え、僕はお返しとばかりに剣を前に突き出した。これを回避することができなかったらしく、手のひらに確実に何かに刺さった感覚が伝わってくる。

 

「ぐあっ!?」

 

 苦悶の声を上げて転がっていく。その様を見ながら息を整えて距離を詰め、トドメの一撃を叩き込もうとした時。

 

「ま、待って……!! わかった、やめる!! だからこれ以上は……!!」

 

 蜂怪人はまるで命乞いでもするかのように両手を上げた。降参の意思表示だろうか。その証拠に蜂怪人は変身を解除して、ブレスレットを僕らの方に突き出してきた。

 思わぬ急展開に僕はどうすれば良いのかわからなくなって霧峰さんの方向を見て指示を仰いだ。霧峰さんも頭を掻く仕草をしながら困った様子で近づいてくる。

 

「こんなのは初めてだからなぁ……。取り敢えず知ってる情報を教えてもらおうかな?」

 

 蜂怪人の中身であった少年はそれに首が取れてしまうんじゃないかと思うくらいガクガクと頷いた。

 

「まずはそのブレスレットを渡してきた人の情報を……」

 

 霧峰さんがそう言いかけたとき、どこかから歪んだ音声が聞こえてきた。辺りを見渡して、僕は近づいてくるいくつかの人影を認める。

 

「霧峰さん、あれ……」

「見るからに怪しいね」

 

 その人影達は一斉に何かを操作した。暗がりで何をやったのかかなり見えづらかったが、再び聞こえてきた歪んだ音声で何をやったのか一瞬で理解した。

 

《Ok. Execute The R.C.system. Go on a rampage of twisted emotions and destruction》

 

 一つではなく複数重なって聞こえてきた。こんなタイミングで何人も一気に来るというのは偶然で済ませるにしては奇妙過ぎる。となると組織立った計画的な襲撃である可能性が限りなく高い。

 そうなると今の僕らは……。

 

「ハメられた……!?」

「それか口封じってところかな」

 

 霧峰さんがそう言って銃口を音のした方へ向けトリガーに指を掛けた。僕も剣を構え、現れるであろうトレイターからの反撃に備える。

 

「かかれ」

 

 主犯格であろう人影の指示でトレイターたちは一気に姿を現して距離を詰めてきた。見たところ蟻のようだ。暗がりの中に黒い装甲で身を包んでいたのだからそりゃ姿が見づらいわけだ。

 妙に冷静な頭で彼らのことを分析する僕の隣で、霧峰さんはトリガーを引いて大量の弾丸をトレイターたちに向けてばら撒いた。何人かはそれで足止めを食らったが、それでもすり抜けてくるやつもいた。彼らは一直線に少年の方へと向かっていく。

 それを目で追ったのだろう霧峰さんは、すり抜けていないトレイターたちの前に立ち塞がって僕に指示を飛ばす。

 

「狙いは俺たちじゃなくて口封じか!! ここは抑えとくから抜けてった分は頼んだよ!!」

「はい!!」

 

 返事するより先に体が動いていた。少年を庇うように立ち、突撃してきたトレイター二体をそれぞれ斬り飛ばす。

 トレイターたちは先に僕を排除するということで意見を合わせたらしく、体の向きを僕の方に変えて持っていたナイフらしきものを手に持った。

 

「あの子に指一本すら触れさせませんから」

 

 そこを退け、と言われる前に拒絶しておく。もし退いた場合あの子が殺されてしまうだろうと想像するのは容易だ。そんなことにさせてはいけない。

 

「なら排除するだけだ!!」

 

 二人一気に飛び出して襲いかかってくる。僕は若干先行していた方のトレイターの首へと手を伸ばし、それをむんずと引っ掴んで後ろの方にいたトレイターとの間に引きずった。流石に仲間を攻撃するとは思えない。盾にはうってつけだ。

 その狙いが通用したのか、肉壁に突っ込んできたもののそれ以上の攻撃はしてこない。

 

「おらっ!!」

 

 僕の手から離れようともがくトレイターから手を離し、思いっきり鳩尾に蹴りを入れてぶつかったトレイターごと後ろへ吹っ飛ばした。

 さらに追撃を加えようと地面を蹴り、立ち上がろうとしていたトレイターの顔面を踏みつける。その勢いを利用して空中に飛び上がり、踏みつけなかった方のトレイター目掛けて足を突き出した。位置エネルギーも込みのキックを喰らったトレイターは地に沈んでいく。

 

「戦い慣れてないガキだと聞いたが……。どうやら違うらしいな……!!」

「舐めてもらっちゃ困る!!」

 

 誰からの情報なんだか知らないが、舐められていたというのもなんだか癪に障る。これでもアストライアに入ってから毎日トレーニングを重ねてきたのだ。エクシズギアの力込みで、という条件付きにはなるが戦いに慣れていないトレイターに負けることはないだろう。

 剣の柄を握り直し息を整えようとしたが、トレイターはそんな暇は与えんとばかりにナイフを振るってきた。ギリギリのところで回避し、剣を振るってそれを弾き飛ばす。

 

「そんなのを食らうか!!」

 

 得物をどこかへ飛ばされたトレイターは軽く舌打ちをして拳を強く握ると、一斉に殴りかかってきた。どちらかは防げてもどちらかは当たるだろうという魂胆なのだろうか。

 その考えの通り、どちらかをかわしても必ずもう片方に当たる軌道になっていた。ならば。

 

「攻撃が最大の防御!!」

 

 拳が当たるよりも先に敵を斬ればいい。脳筋戦法だ。一歩前に踏み出し、グッと腰を捻って剣を横に一閃する。それをもろに喰らったトレイターたちは火花を散らしながら後退する。

 

「そろそろ……」

 

 終わりにしよう。そう心の中で呟きながらギアを操作する。

 

《OK!! Exceeds!! OverDrive!!》

 

 二振りの光剣が一層眩い光を放ち始める。トレイター二人は流石にマズいと感じたのかジリジリと後退していく。

 僕が一歩前へ踏み出すと、トレイター二人はいよいよ背を向けて脱兎の如く逃げ出した。

 

「逃がさないッ!!」

 

 もう一歩前へ踏み出し、地面が抉れるほどのパワーで蹴り抜いた。爆発的な加速でトレイターの背に追いつくと、僕は迷うことなく剣を振り抜く。仕留めたと確信できる感触が手に伝わってきて、しかし油断してはならないと残心を取る。

 

 しかし、圧倒的なエネルギーはトレイターたちを倒すのに充分過ぎたらしい。

 

「まさかこんなガキに……あぁぁぁ!!!」

「クソぉぉぉぉ!!!」

 

 同じような怨嗟を吐きながら爆発していった。ちょうど同じくらいのタイミングで霧峰さんのいる方向からも何回か爆発音が聞こえ、そちらに目線をやると霧峰さんが何かを蹴り抜いたかのような姿勢で残心していた。

 

「ふぅ……」

 

 戦いに勝てたという安堵から一つ息を吐き、腰からギアを外して変身を解く。霧峰さんもこれ以上戦闘が続く可能性はないと判断したようで、同じようにギアを外して変身を解くと僕の方へ駆け寄ってきた。

 

「なんとかなったね」

「はい……。まさかこんな風に集団で襲ってくるなんて思いませんでしたよ」

「全くだ」

 

 そう言って目線を気絶している蟻トレイターの中身だった男性達の方へ向ける。

 

「まさかレグルスの連中が自分から手を出してくるなんて……」

「こういうのって初めてなんですか?」

 

 そう聞き返すと霧峰さんは首を縦に振ってそれを肯定した。話によると普段はこういった戦いに介入してくることはなく、それどころかあのカマキリトレイターのように襲いかかってくるというのも数少ないのだという。

 

「口封じかと思ってたけどそれだとなんで今まで介入してこなかったんだって話になるから、多分他に意図があるんだと思う。そこで気絶してる連中から少しはレグルスの情報を聞き出せたら良いんだけどね」

「ですね」

 

 そんな会話をしていると、戦闘が終わったことを察知したのかどこからかプロテクターを体の各所に着けた人たちが現れてせっせと気絶していた連中をどこかへ運んで行ってしまった。一体どこに運ぶのだろうか。まさか拷問でもして情報を吐かせるつもりなのだろうか。

 そんなことを考えているとその様子を見ながら霧峰さんはいやあ、と呟いた。どうかしたのだろうかと首を捻ると、

 

「いつも実動隊の人たちには後片付けとかで世話になってるから言わないようにしてるんだけどさ。こういうの見てるとまるで餌を見つけた蟻みたいだなって思ってね」

 

 などと言い出した。僕は返答に困って苦笑いを顔に張り付かせたまま押し黙る。実動隊の方達に救われた経験がある身故、その意見に同意することは申し訳なくて絶対にできない。できないのだが、それに共感している自分がいるのも確かだ。

 苦笑いをしたまま霧峰さんから視線をズラすと、ちょうどその先に篠崎さんがいた。彼は呆れたように溜め息を一つ吐くと、

 

「そういう表現は不躾だぞ霧峰」

「おっと聞かれてたか」

「無線付けっぱなしなのを忘れているのかお前は」

 

 再び深い溜め息を吐いて僕に視線を送る。その次に時計に視線を送ると、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「時間、大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないかもです……」

 

 篠崎さんの言葉を聞いてスマホを取り出すと、そこには母親から心配のメールが何件か来ていた。サァっと顔から血の気が引いていくのがわかる。

 帰りが遅くなることで怒られはしないだろう。だが、どうしてこんなに遅くなったのか聞かれた時にどうするかが問題だ。伊月の家に遊びに行くと言ってはあるが、もし伊月の家に電話されていたらどうにもならない。

 

 思わず頭を抱えて唸っていると、それを見かねたのか篠崎さんが頭をぽりぽりと搔きながら口を開いた。

 

「家まで送っていくこともできるがどうする?」

「良いんですか!?」

 

 助け舟だ、と僕は歓喜の表情で顔を綻ばせる。ここから歩いて三十分はかかるところを車があれば十分ほどで済ませられるのだ。乗せてもらわない手はないだろう。

 

「お願いします!!」

 

 腰を九十度に曲げてお願いする。篠崎さんは快くその願いを了承すると、

 

「では後のことは頼むぞ霧峰」

 

 と言って霧峰さんに全て押し付けてその場を去っていく。霧峰さんはそれを嫌がる素振りを見せることはなく、僕に手を振って別れの挨拶をしてくれた。

 僕は霧峰さんや実動隊の皆さんに向けて深くお辞儀をして、小さくなっている篠崎さんの背に追いつくために駆け出した。




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