個人的にはつい二、三週間前に投稿したばかりなような感覚があるのですが……おかしいですね……。
そんなことはともかく五話です。どうぞ。
霧峰がトラトレイターを倒してから数日後。ある留置場で篠崎がトラトレイターになっていた男に尋問をしていた。
「……それで我々をおびき出したというわけか」
そう言うなり彼は難しい表情を浮かべて溜め息を吐いた。
溜め息を吐いた原因は、目の前の男が供述した内容である。
「倒すためにデータを取る様に、か……」
幹部に命令されて仮面ライダーをおびき出した、という旨の供述は彼の頭を悩ませるのに十分すぎるものだ。
なにせ今に至るまで全くと言っていいほど組織立った行動を取ってこなかった敵対組織が、いきなり牙を向けてきたのだから。いずれはこうして標的になるということはわかってはいたが、いざこうして狙われていることがわかると面倒なことになったなという感想が沸いてしまうのも仕方がないだろう。
代わりと言ってはあれだが、彼らに襲われる前にレグルスに関する情報をいくつか仕入れることができたのは良かった。仮面ライダーの二人に気を付けるように忠告できるだけでもかなり違ってくる。
問題はレグルスの本拠地や幹部の素性など、ほとんどのことがわからないということだ。気をつけろと言っても素性がわからないのでは気をつけようがない。常に気を張っていろと言っているのも同然だ。
情報を仕入れることができたというのは確かに大きな収穫ではあるが、それでも以前に比べたらマシというレベルのものでしかない。本格的にレグルスを潰すには、まだまだ少なすぎるのである。
「ひとまず聞き取りは終わりだ。尋問じみたことをしてすまなかったが、こちらもレグルスを潰そうと必死なんでね。許してほしい」
そう言い残して篠崎は部屋を出て、そのまま留置場を去っていく。彼の鬱屈とした気分に同情するかのように、空は黒い雲に覆われていた。
▽▽▽▽▽
多くの学生が辞めたいだの行きたくないだの言いつつ、その大半がなんやかんやで行く場所、学校。
僕の隣を歩く伊月も多分に漏れず、その行きたくない側の生徒だ。
「マジで学校やめてえな~」
はぁ、と大きな溜め息を添えてそんなことを言い出す。特にイジメられているわけでもなく、勉強が苦手だからという訳でもない。ただ単純に学校に行きたくないだけというのが手に負えない。
これは発作みたいな物だ。僕にはどうしようもない。出来ることがあるとするなら苦言を呈することくらいだろうか。
「やめれるもんならやめてえなマジで」
「何のために授業内容を教えたかわかんなくなるからできればやめないでほしいかな~って思うんだよね、僕は」
「そう言うお前だってやめていいぞって言われたら喜んでやめるだろ?」
危うく当たり前だろ、と言いそうになって口を閉じる。ここでそれを言ってしまえば伊月は調子に乗ること間違い無しだ。
ならこの場合どう返すのが正解なのか。伊月とわりかし長い付き合いがある僕はそれを心得ている。
「そんなにやめたいんならやめたらいいじゃん。まあ結局いつも登校するんだろうけど」
こう返してしまえばいいのだ。一見伊月のやめたいという意見を雑に肯定しているように聞こえるだろうが、しかし彼にとっては話が違ってくる。
伊月は「それは確かにそうなんだけどさぁ」と言ってから路上に転がっていた石を蹴り飛ばした。
「んなこと家で言ってみろよ。兄さんとか父さんから「別に良いですけどこれからは自分で生活してもらいますからね。もちろん家からは出てもらいますよ」とか言われて追い出されること間違いなしだぜ」
お前だってわかってるだろ、そう付け加えて鼻を鳴らす。
これらは全て彼の妄想というわけでなく、経験に基づいた予想である。中学の頃にそんなようなことを言って追い出されたと僕の家に押しかけてきたことがあるのだ。
その時助けを求められた僕は突き放した。誰も彼も助ける博愛主義者じゃないのだ。
「それが嫌ならちゃんと登校することだね」
「そんなことはわかってんだよ。でも文句くらいは言っても良いだろ別に」
「それを聞かされる身にもなりなよ」
呆れてそうとしか言えない。仮にも僕は真面目な生徒なのだ。こんなのの文句をずっと聞いていたら思考がそういう方面に支配されてしまう。まだ一年生なのに腐るわけにはいかないのだ。
そこからしばらく無言のまま歩く。話題がないから話さないというだけで、気分が悪くなったわけじゃない。
数十メートルほどだろうか。それくらい進んだときに伊月がおもむろに口を開く。
「そういえばお前さ」
「何?」
「仮面ライダーの噂って知ってるか?」
「かめっ……!?」
取り乱しそうになった。というか多分完全に取り乱した。
どうして噂になっているのか。それはいつから囁かれているのか。どこまでが噂になっていてどこからがまだなっていないのか。どこまで広まっているのか。
一気にそんな疑問たちが脳内を埋め尽くす。助けた人たちにはちゃんと黙っていてくれと頼んでいるはず。それにネットにそんな記事が投稿されても見れないようにされるらしいからそれも有り得ない。
思考が次々に回り始める。だが結局何も想像できないままで、僕には彼の言葉を待つことしかできなかった。
「俺らが襲われた時あったじゃん」
「あったね」
「あのときの二丁拳銃の人みてえなのを仮面ライダーって言うんだとさ」
「へ、へぇ~」
ぎこちない返事をしてしまうが仕方ないだろう。そんなことはもう既に知っている。それどころか僕は当事者だ。少なくともこいつが知っている以上のことを知っている。
そんなことを全く想像すらしないだろう伊月は、お前は知らないだろと言わんばかりに得意気に鼻を鳴らすと更に続ける。
「それに二刀流の奴もいるらしいぜ。すげえスピードでシュババッと怪人を斬り裂いていくんだってよ」
「そうなんだ……」
目の前にいる僕がその二刀流のライダーその人なんだよ。そう言わなかったことを雪村さんやら篠崎さん辺りに言えば、恐らく褒めてもらえるだろう。
いつ口を滑らせてしまうか不安で仕方ないから、本当にこの話を終わらせたい。終わらせたいのだが、それを察してくれるほど伊月は優しくないらしい。
「それにあの怪人共もなんかあのブレスレットみてえなのをばら撒いてんだとさ。ばら撒く奴のお眼鏡に叶ったら俺もああなれるわけだ」
「それは困るな」
もしそうなれば、僕は伊月を斬らなくてはならない。それは少し抵抗がある。
そんなことを考えてはみたが、実のところ彼がトレイターになる、というような光景は全くと言ってもいいほどに想像できない。
「お前には性格からしてあの化け物は似合わないよ」
「そりゃそうだろうな」
比較的優しい性格をしているこいつに、誰かを傷付けるようなことなどできないだろう。それにそんなことをしたら颯貴さんからそれはもう厳しい折檻をされるはずだ。
それらを抜きにしてもこいつがトレイターなんぞになるとは思えないのだが。
「それにあんなバケモンになってまでやりてえこともないし」
「……そうだ。颯貴さんに喧嘩で勝てるんじゃない?」
ふと思いついたことを口にしてみる。久留兄弟が殴り合いの喧嘩になると大抵負けるのは伊月の方──というかこいつが勝った事例を僕は知らない──で、その度に次はボコボコにしてやると零してくるのだ。
使う理由としては今までのお返し、みたいなところだろうか。理由としては十分だろう。だが伊月はそれが気に食わないらしく、チッチッチとうざったらしく口ずさみながら指を振った。
「わかってねえな。俺の手でボコボコにするのがいいんだよ。あんなんに頼ってフルボッコにしたところで嬉しかないね」
「そういうもんなの?」
よくわからない。それもそのはずで、姉さんと喧嘩したことはないし、それどころか言い合いだってした記憶すらないのだ。
一応平穏な関係を保っている僕ら姉弟に比べて、久留兄弟は本当に頻繁に言い合いをしているし喧嘩だって何度もしている。真逆のような関係だ。同じなのは仲が良いことくらいだろうか。
「それにどうせその仮面ライダーってのに負けたら結局は折檻を食らう……いや、折檻で済んだら良い方だな。最悪絶縁されてガチで家を追い出される」
「だったらならない方がマシ、ってことだね」
「そういうわけだ」
いかにも伊月らしい結論だ。わかっていた話ではあるが、彼と戦わずに済みそうでとても安心して胸を撫で下ろす。
当の伊月はいきなり首を捻ると、怪訝な表情を浮かべながらこう言った。
「……なんでこんな話になったんだっけか」
「さ、さぁ……?」
ボロを出さずに済んで良かったと安心してたのに話を戻そうとするなバカ。内心で彼を罵ってみる。なんとか話を逸らせたと思ったのになんで、という僕の思いが彼に通じることはなく。
「仮面ライダーやらの噂の話だったっけか。まあ噂じゃなくて本当のことなわけなんだが」
などと言いながら膝の辺りを摩る。いくらその噂に根拠がなくとも、実際に被害にあっているのだから噂を信じてしまうのも無理はない。
ただ、やはり事情を全く知らない人間にこの話をしても信じてもらえないらしい。
「でも兄さんにこの話をしても信じてくれねえんだよな」
「まあそうだろうね」
至極当然だ、と僕は首を縦に振った。そもそもトレイターなどという化け物と仮面ライダーが戦っている、などという特撮物でしかないような話を信じろというのは少々無理がありすぎる。
その話を聞かされた僕ですら状況を呑み込むのに少し時間がかかったのだ。ましてや颯貴さんはトレイターを直接見ていないのだ。信じてくれるわけがないだろう。
「そんな冗談言ってないで早く部屋片づけろ、って言われて話を聞く耳すら持ってくれねえんだよ」
「結局はまことしやかに囁かれてるってだけの噂に過ぎないわけだし……。というかお前まだ部屋片づけてなかったの?」
若干目を細めつつ伊月の顔を見る。するとどうだろうか。余計なことを口走ったと言わんばかりに目を逸らしてきた。
「お前さぁ……」
思わず溜め息を吐いて顏に手を当てる。よくもまあ片付けると言っておきながら今の今まで放置したものだ。颯貴さんが床にあるもの全て捨てると言いたくなるのもわかる。
純粋にイライラするから。
「違うんだよ。俺が悪いんじゃなくて兄さんが細かいんだ。ちょっと床に教科書置いてただけなんだ」
「そもそも床に物を置くなってことでしょ」
「そりゃそうかもしれんけどさ」
何を言っても悪手になるだけなのを悟ったのか、伊月は口を噤んで空を仰いだ。生憎と曇り空で、気分を晴らしてはくれなさそうだ。
しばしの間。僕はなんともなかったが、彼はとても気まずいものを感じたらしい。
「しかし仮面ライダーってどんなやつなんだろうな」
と言って話題を無理矢理変えてきた。僕は軽く首を捻り、知らない旨を示しておいてから
「意外と身近にいたりするかもよ」
と言ってみる。かも、というか彼の場合は今目の前で話している僕がその仮面ライダーなのだが、まさか話し相手が仮面ライダーだとは思いもしないらしい。
「身近な人物か……兄さんとかか?」
彼が挙げた人物は颯貴さんだった。絶妙にあり得るラインを突いてきたな、と思いつつ彼の続きを待つ。
「気に食わねえけど無駄に強いからなあの野郎」
「兄に対してそういう言い方はどうかと思うんだ」
「いやあれで仮面ライダーじゃなかったらあの強さマジで無駄だぞ」
しかも脳筋どころか頭めちゃくちゃ良いしよぉ、と言葉を付け加えて路上に転がっていた石ころを蹴り飛ばした。どう聞いても妬みや嫉みの類にしか聞こえないが、伊月の場合は純粋にそう考えているだけのことだろう。
妬み嫉みがあるのならあれほど仲良く接することができるとは思えない。
「あいつなら言いかねないぞ。私は人を守るために戦うんです、ってな」
兄弟だからと言うべきか、クオリティの高い物まねをしてみせた伊月。僕の脳裏にもそういうことを言って変身する颯貴さんの姿が浮かんだ。
しかし、個人的に久留兄弟はこの戦いに巻き込まれてほしくない。伊月は言わずもがな、颯貴さんも基本的にはとても温厚で人情味に溢れる人なのだ。そんな人を戦わせたくない。
戦わせたくないはずなのだが、あの兄弟のどちらかと肩を並べて戦っている様子を想像するとどこか胸が躍るような気がした。
なぜそんな感覚がしたのか首を捻っていると、僕のズボンのポケットが音を立てて震えだす。
「……篠崎さんから?」
何か嫌な予感がする。怪訝な表情を浮かべながらメッセージアプリを起動して送られてきたそれを確認すると、僕は弾かれる様に駆け出してその場を後にした。
「あ、おいどこ行くんだよ!!」
「ごめんバイト遅れるから走る!! また明日!!」
状況を呑み込めていない伊月をその場に置いていったまま。
▽▽▽▽▽
蒼樹が伊月をその場に放置して駆け出すより少し前の時間。
「いんや~、これはちょ~っとマズいやつなんじゃないすかね篠崎さん」
「ちょっとで済めばいいがな」
篠崎や霧峰は大勢のトレイターに囲まれてしまっていた。
遡ること十数分前。トレイター出現の知らせを受けた彼らはいつものように現場に急行した。
以前のような罠ではなく本当に襲われている人がいたため、霧峰は急いで変身してその場にいたトレイターを片付けた。被害者の怪我が軽微なもので済んでいたのもあり、そこで一旦撤収するかという流れになったのだ。
そこまでは、本当に良かったのだ。
いざ帰ろうとしたとき、何者かが二人を一気に取り囲んだ。即座に警戒する二人をよそに襲撃者たちは一気にトレイターへと変貌し、そして今に至るというわけである。
「とりあえず蒼樹くんに連絡だけ……」
「今ちょうど送ったところだ」
「流石篠崎さんだ。頼りになる」
そう篠崎の対応を褒めつつ、彼を庇うように前に立った霧峰。即座にカードとギアを取り出し、流れるようにカードをギアに挿入した。
《Make some noise! Ready to drive The EXCEED system!》
「じゃ、篠崎さんは早いとこ離脱してくださいね。ここにいられても邪魔なんで」
腰にギアを当てながらそんなことを言う霧峰に、篠崎は思わず苦笑いを浮かべる。確かにトレイターと戦う能力を持ち合わせていない彼がいても足手まといにしかならないが、もう少し言い方というものがあるだろう。
しかしそんなことを考えていられるほどの余裕が今の霧峰にないことを悟ると、篠崎は黙って頷いた。一人対六人。クモになっている一人を除いて雑魚であるアリだが、それでも塵も積もれば山となるという諺が示すように数が多いとそれなりの戦力になりうるのだ。
だがそれを理由に後へ退くわけにもいかない。
「変身!!」
その二文字を叫び、彼は仮面ライダーへと変身する。
《Ok! Drive The EXCEED system! Its bullets pierce even the darkness》
黒い装甲に身を包んだ彼は、ホルスターから銃を抜き取るとサッと構えて一人のアリトレイターに向けてそれを乱射した。
銃撃を受けたトレイターがよろめいたところにグリントは飛び蹴りをお見舞いし、それを吹っ飛ばす。そして彼に殺到した二人のトレイターの顔面を、手に持っていた銃のストックの部分で殴打して押し倒した。
「篠崎さん、早く!!」
「すまない!!」
敵の包囲網に穴をブチ開けるや否やグリントは叫び、それに応えて篠崎はその穴から抜け出していった。これでグリントの負担になるものはなくなり、思考の全てを目の前のトレイターを倒すことに当てることができる。
「これからが本番だ!!」
威勢よく声を上げると押し倒していたトレイターの首をむんずと掴み、塊になっていた集団の方へ向けて放り投げた。
何人かのトレイターが投げられたトレイターのクッションになり地面に倒れ、倒れていない奴らはナイフを振りかざしてグリント目掛けて突進する。
「邪魔だなぁ」
が、その突進の甲斐もなく。グリントは右手に持つ銃でナイフの斬撃を防ぎ、ついでとばかりにそのナイフをトレイターの手から弾き飛ばした。そしてその隙にもう片方の銃で銃撃を加えて後退りさせる。
「良い気になるなよッ!!」
いつの間にか電柱の上まで登っていたクモトレイターが糸を吐き、グリントの足を絡めとった。クモトレイターは素早くその糸を巻き取り、グリントは逆さの状態で宙にぶら下げられることになってしまう。
「おぉ、世界が上下反転してる」
あまりにも呑気な発言。仮面の奥でも笑顔を浮かべており、自分の置かれた状況がわかっているのかと聞きたくなるような状態だ。
一方でクモトレイターは自身に絶対の有利があることを確信しており、邪悪な笑みを浮かべながら
「このまま糸でぐるぐる巻きにして嬲り殺してやる!!」
と威勢の良い発言をする。実際この状況で有利なのは誰がどう見てもクモトレイター側だと答えるだろう。
しかしこの男は違う。
「勘違いもここまでいくと清々しいね」
「は?」
グリントの発言に思わず聞き返してしまうクモトレイター。グリントは銃口をクモトレイターの方へ向けながら声を荒げた。
「こんな程度で有利を取れただって? あんまり俺のこと舐めないでほしいな!!」
言い終えた瞬間にトリガーを引きクモトレイターの腹部に無数の弾丸を撃ち込んだ。思わずのたうち回るクモトレイター。グリントはそれに物理的に振り回されるが、しかし彼の狙いは正確無比。
痛みに耐えきれなくなったクモトレイターは思わず電柱から手を放し、重力に引かれて地面に落下していく。
「ちょっとちょっと!!」
咄嗟に足に巻き付いていた糸へ銃撃を加えて無理矢理切断し、頭から地面に激突したクモトレイターとは違ってちゃんとした体勢で着地した。
銃をくるりと回して得意気な表情を浮かべながら口を開く。
「あのくらいわけないよ」
もっとヤバい状況になったことなんていくらでもある。そう言葉を付け加えて振り向き、背後から斬りかかろうとしていたアリトレイターに弾丸をお見舞いした。
「これでも何年間も戦ってるからね。場数が違うんだよ場数が」
そんなことを言いつつトレイターの鳩尾に肘打ちを入れ、痛みに体を折ったそれの顔面に膝蹴りを食らわせる。
「とりあえず周りの雑魚から処理しようかな」
落下した時の衝撃で気を失っているクモトレイターの顔面を踏みつけ、クモの目が覚めた時に襲われないようにしつつギアを操作した。
《OK!! Glint!! OverDrive!!》
音声が辺りに響き、グリントの持つ銃にエネルギーが集まっていく。
それを見たアリトレイターたちは、何を思ったか手に持っていたナイフを一斉に投擲した。グリントはそれを体を捻ることで全てかわす。
「……そういうこと」
そう呟いたグリントの視界に自身との距離を一気に詰めてきているアリトレイターの群れが映る。
しかしそんな状況においても彼はいたって冷静であった。
「よく思いついたね」
後ろへ退きながら銃口をその群れへ向け、トリガーを引く。
銃口から凄まじい威力を持つエネルギーが発射され、その群れをまるごと吹き飛ばしてしまった。
「ん~、いっちょ上がりかな」
得意げに鼻を鳴らして銃をホルスターにしまうグリント。
彼の頭からはクモトレイターの存在などすっかり抜け落ちていた。
「なめ、るなァァァァ!!」
大声を上げながらグリントに突撃するクモトレイター。
グリントがアリトレイターに向けてトリガーを引いた頃辺りに意識が戻っていたのだ。
「あ、やべ」
グリントが足を彼の頭から離さなければ今こうして突撃されることはなかった。それを理解したグリントは仮面の奥で苦い表情を浮かべる。
しかし今さらそれを理解したところで後の祭りだ。
八本の腕を振るいながら突撃してきたトレイター。さすがに躱せるわけもなく、いくつか打撃を食らってしまう。
だがグリントがそれで怯むわけもない。
「でやぁぁぁ!!!!」
雄叫びを上げて拳を数度胸板に叩き込み、よろけたトレイターの顔面に全力の右ストレートを食らわせる。
クモトレイターは数歩後退り、一瞬遠退きかけた意識を無理やり引き戻した。
「クソが……っ!!」
怨嗟を吐くトレイター。それを浴びせられたグリントは彼へ目をやると、口から笑い声を漏らして腕を組んだ。
「さすがにもう限界でしょ。降参した方が良いんじゃない?」
「な、なめやがって貴様!!」
グリントの煽るような発言に激昂するトレイター。数歩だけふらふらした足取りで歩き、そこから一気にエンジンをかけてグリントに接近した。
それを見たグリントは少し溜め息を吐いてギアを操作する。
《OK!! Glint!! OverDrive!!》
「見てられないね」
右手を固く握り締めて構え、グリントも地面を力強く蹴った。
トレイターは自暴自棄気味に拳を突き出してきたが、グリントはそれをあっさりとかわしてカウンターの拳を鳩尾に叩き込んだ。
「これで終わりだよ」
そう言ってクモトレイターから離れたグリント。直後、爆風が彼を襲う。
「あんなになってまで殺そうとしなくても良いのに」
憐憫を含んだ発言をしながら変身を解き、爆風の中から転げ出てきた青年を引っ張り上げる。どうしてあそこまで必死に倒しに来たのだろうか。別に霧峰がこの青年に何か危害を加えたというわけでもなく、恨みを買うような真似もした覚えがない。
「ここに来る前に篠崎さんが言ってたデータ取りのための捨て駒、ってことなのかな? あまり気分は良くないね」
ふぅと軽く息を吐き、やってきた実動隊員に青年の身柄を引き渡した。その後ろに、息を荒げながらヘロヘロと走ってきている人物の姿が目に入る。
「す、すいませ……ん。遅れま、し……」
その人物は謝罪を言い終える直前にせき込み始めた。その様子を見た霧峰は彼の背中を摩りながら思わず苦笑いを浮かべる。
呼吸が乱れているのは月宮蒼樹。伊月と別れた地点からこの現場までの間、およそ三キロメートルを全力疾走していたのだ。いくら体力が付いてきたといえども、その距離をずっとハイペースで走っていればヘロヘロになるのも当然だろう。
「と、とりあえず呼吸を整えようか。もう敵はいないし落ち着いて大丈夫だから」
優し気な口調で蒼樹を落ち着かせる霧峰。その言葉に安心したのか、徐々に呼吸が安定していった。
「連絡をもらった地点が少し遠くて……」
「バイクとか車運転できないし仕方ないよ」
なんのための仮面ライダーという単語なのか、という疑問が蒼樹の脳裏に一瞬だけ浮かんだが、気にしても無駄だろうと忘れることにした。
どうせ蒼樹の年齢で運転できるバイクとなれば原付だけである。変身した状態でそれに乗って走ったところで仮面ライダーとしての威厳などゼロに等しいだろう。そもそも今の蒼樹に威厳があるのかどうかすら怪しいところではあるが。
「無茶を言ってすまなかったな。だがこちらも必死だったんだ」
いつの間にか現場に戻ってきていた篠崎が蒼樹に謝罪した。蒼樹は顔と手を横に振って気にしないでほしいというジェスチャーを篠崎に返す。
そのやり取りを見てから霧峰は何か思い出したのか、手を叩いて二人の意識を自分の方へ向けさせた。
「そういえばあの話、蒼樹くんにしたんすか?」
その発言に蒼樹は首を捻り、篠崎はそういえば、と呟いた。なんの話かと身構える蒼樹に、篠崎は尋問で判明した事実を蒼樹に伝える。
「どうもレグルスは我々を本気で潰しに来ているらしい。急に活発になったのも君たちを潰すためのデータ取りなんだそうだ。だからいつか君たちが襲われるかもしれない」
だから、と続けようとした篠崎の言葉を遮り蒼樹が口を開いた。
「だから気を付けておいてくれ、ということですか?」
「そうだ。詳しいことは本部で話す」
蒼樹の言葉に首肯を返し、背中を向けて車のある方向へと歩いて行った。霧峰と蒼樹はどこか険しい表情を浮かべながら篠崎の後ろについていくのだった。
▽▽▽▽▽
ある白い無機質な場所。数人が集まって話し合いをしていた。
「エクシズはあまり体力はないらしいよ。どっかから走ってきたの見たけど肩で息してた」
少年がそう発言し、蒼樹が肩で息をしている様子を捉えた写真をスクリーンに映し出す。それを一瞥した男は鼻で笑い、
「こんなガキに苦戦させられてるのかよ、あの雑魚共は」
と一向にエクシズに勝てる気配のない構成員たちを嘲笑う。彼らの構成員が仮面ライダーたちに勝てないのはギアの質の差による部分がかなり大きいのだが、それを指摘する人間は今この場にいなかった。
「データも十分に集まった。俺たちが負けるわけねえのはよくわかっただろ」
くひひ、と邪悪な笑みを零しながら彼は懐からレバーが付いている箱のようなものを取り出した。
それに触発されたのか、少年も絞り出すように
「……僕もやるべきだと思う。いつまでもグダグダしていられない」
と言って男の意見に賛同する。仮面ライダーを放置しておけば、いずれ彼らレグルスが倒せる範疇を超えてしまうかもしれない。そうなってしまう前にさっさと始末してしまおうというのが少年の主張である。
それらを聞いたリーダーらしき人物は、顎に手を当てて少しの間考え出した。
「決めてくれよリーダー」
「この子が言う通り、いつまでも後回しにするのは危険だ。始末しよう」
リーダーが出した結論はゴーサイン。それを聞いた男はニタリと獰猛な笑みを浮かべ、
「あぁ、始末してやるさ!! あいつらを殺すときが楽しみだ!!」
とエクシズたちと戦えることに対して喜びを爆発させた。今までは戦うことを禁止されていたのだから、彼にしてみればようやく戦えるという感覚なのだろう。
それを見たリーダーは数回首を縦に振ると、
「頼もしいな。では明日、よろしく頼むぞ」
と言い席を立つ。その背に男はおーうと雑な返事をして机に置いてあった炭酸を喉に流し込んだ。
一方少年の方は少し難しい表情を浮かべながらリーダーを呼び止め、おずおずと問いかける。
「アズさんには言わないで良いの?」
「アズ……。そういえば来てないのか」
アズ、という名の人物。今日はこの話し合いには来ていなかったようだ。仮面ライダー討伐の決行、という極めて重要な情報。共有しないのは悪手であるはずだ。
だがリーダーは静かに首を振る。
「あの子は慎重過ぎるから伝えなくていい。きっと反対してくる」
アズという人物はどうやらレグルス内でブレーキ役を務めているらしい。半ば勢いで襲うことを決めた、などということを話そうものなら凄い剣幕で反対されることだろう。
それだけ粗があることを自覚していることの現れでもあるが、しかし粗を無くそうと躍起になって肝心の向こうが強くなっていったらキリがない。そんなことで時間を浪費するくらいなら粗くても倒せる可能性に賭けた方がマシだ、という判断らしい。
「まあ小言は言われるだろうけど倒せば全部が丸く収まるから」
そう。倒してしまえばいいのだ。倒してしまえば何を言われても倒せたからと言い返して黙らせることができる。
それを聞かされた少年は思わず眉をひそめたが、男は何度も頷いてリーダーの発言に同意を示した。
「そういうことだな。じゃ、一応どうするかだけ計画立てとくか」
「二人が良いんなら良いんだろうけど……」
少々困惑気味に返して納得する少年。それで良いのかと思うところがないわけではないが、彼に拒否権などない。二人……この場にいないアズを含めると三人に従うのみである。
「それで僕の自由が守れるのなら」
さきほどの心配そうな表情とは打って変わってキリっとした表情を浮かべてそう宣言する少年。
もうこの場に仮面ライダーと直接事を交えることに対して異を唱えるものはいない。
魔の手が着々と、アストライアに迫っていた。
ゼロワンのアズとは全く関係ありません。念のため。
次回→???