前話の後書きに書いた通り、今回より新章のChapter1《Grievous Desire》開幕です。どうかお付き合いください。
ep.7 積もる疑問
レグルスの会議室。リーダーとアズが再び話し合っていた。
「私からすれば独断専行した挙句ライダーを逃がして帰ってきたわけだし、しばらく謹慎させた方が良いと思うけど」
議題は幹部二人──悠真と恭一の処罰である。アズは先ほど述べていた通り、独断専行した挙句仕留めきれなかったことを問題視している。敵にむざむざとこちらの最高戦力のうちの二つを見せつけてしまったうえに、中身がバレる危険性が増してしまった。
万一中身が相手にバレた場合、外を出歩かせるのは悪手である。警察に捕まり、ライダーと戦うことなく戦力が削られるなど最悪だ。
様々な可能性を頭の中で巡らせ、頭を抱えながら溜め息を吐いたアズ。それを横目にリーダーはボヤく。
「……勝てなかったはずがないんだけどな」
その発言は二人の実力に対する信頼の表れである。事実、あの二人が使っているギアはスペック的にもエクシズやグリントと比べても見劣りしないレベルのものであったし、結果的に逃げられただけで実際には圧倒していた。
しかし問題はそこではない。逃がしてしまったことだ。それをよく理解しているリーダーは
「ま、でも逃がしたことには変わりないし仕方ないか」
と言うと、テーブルの上に置いてあったワインを口に含んで舌鼓を打つ。謹慎させるというのは、結局のところ自ら戦力を落とすことに変わりないが、下手に出歩かれて警察に捕まるよりは圧倒的にマシである。
もしアストライアとの全面戦争に発展したら、その時はリーダー権限で謹慎を解けばいいだけの話だ。
そう結論づけたリーダーは、アズに
「では謹慎処分をあの二人に下す。私から言っておこう」
と言った。アズはそれに安堵の表情を浮かべてこう返した。
「頼んだよ。私から言ったらやいのやいの言われるだろうし」
はぁ、と最後に軽く溜め息を吐いた。アズは恭一や悠真──特に恭一から面倒くさがられているのだ。曰く、細かいだの慎重すぎるだの、彼らが言うには彼女の態度に問題があるらしいということである。
アズに言わせてみればあの二人──というより恭一がガサツで勢い任せに動くためにブレーキ役を買って出ているだけなのだが。
その事情を知っているリーダーは苦笑を浮かべ、
「その光景が簡単に目に浮かぶよ。まあ、恭一のやつは私が言ったとてうるさいだろうがな」
と返して部屋を出て行った。
一人残されたアズ。視線を彷徨わせ、深い深い溜め息を吐いた。
「……もう後戻り出来ない、か」
深い悔恨の念を感じさせる声がアズ独りとなった部屋に響く。顔を手で覆ったまま、彼女はしばらく動かなかった。
▽▽▽▽▽
レグルスの幹部であるという二人、清水悠真と五十嵐恭一に圧倒されてから数日が経ち、アストライアは忙しい日々を送っていた。
『まさか行方不明になっていた少年と長年追っていた人格破綻者が共にレグルスに入っていたとは……』
談話室に聞きなれない人物の声が響く。その声の主は恵九味市の警察署の署長を務めている人物だ。アストライア側が情報を共有したいと話を持ち掛けたため、合間を縫って通話をしている最中である。
本来であれば雪村が署長と情報共有を行うのだが、彼女は今ソファに腰かけて眠ってしまっているため篠崎がその代わりを務めている。
篠崎は彼の言葉に頷いて同意を示すと、今のところアストライア内で共有されている見方を話す。
「おそらく五十嵐やその他のメンバーに脅されているのだろう、というのが我々の見方だ。あなたたち警察から渡された悠真くんの資料を見てもレグルスに加担する理由が見当たらない」
そう。脅されている、というのがアストライアの面々では有力とされている説である。
清水悠真。数年前、突如として姿を消し、そこから現在に至るまで行方不明とされていた少年だ。
彼をよく知る周囲の人間の評判はかなり良く、概ね素直で賢い良い子で一致している。不良と絡んでいたということもなかったらしく、であれば自らレグルスに接触したとは考えにくいだろう。そもそもレグルスという存在を知っていた可能性も限りなく低い。
ならば、どういう経緯かはわからないがレグルスの構成員に出会ってしまい、そこから脅されてレグルスに加入して今まで行方を眩ませていたのだろうと考えるのが自然だ。
これがアストライアの見方である。
「でも蒼樹くんは違った意見持ってたっすよね」
ただ、今のところ悠真と言葉を交わした唯一の人間である蒼樹は別の見方を示していた。
「確か自分の意思で戦っているように見えた、と言っていたな」
『悠真くんが自らの意思でか?』
「少なくともエクシズの使用者はそう感じたらしい」
そうだと断定していたわけではないが、しかし蒼樹はそれが事実に限りなく近いだろうと確信していた。
理由としてはいくつかあるが、その中でも特に大きいのが悠真から向けられた目線と言動である。あのどす黒い、怒りと憎しみがごちゃまぜになったような目。もし脅されているのだとしたら、それを向けられるのは蒼樹たちではなく五十嵐たちレグルス側であるはずだ。ならどうして彼がそれを蒼樹に向けたのか。蒼樹が出した結論は簡単なものであり、悠真にとって蒼樹たちが自身を脅かす敵だったからだ。
何も根拠もなくその結論にたどり着いたわけではない。悠真が蒼樹に言い放った、僕の自由を奪うようなやつは死んでしまえという言葉が主な根拠である。脅されているのだとすれば、自由を奪っているのはどう考えてもレグルス側だ。その場合、そんな言葉を蒼樹に言うわけがないだろう。
だがもし自分の意志でレグルスに与しているのだとしたら。概ね全ての筋は繋がるだろう。もしレグルスに所属することで彼自身の自由が得られているというのなら、それを打倒しようとしているアストライアは彼の目には敵であり悪にしか映らないはずだ。であれば、あの敵対的な視線や言動にも説明がつく。
ここまでは蒼樹の説ももっともな感じがある。だが、彼の推測は残念ながらあまり推されていない。それには彼の推測では一つ、説明がつかない部分があったことに起因していた。
「しかし、だとすれば彼はどうしてレグルスなんぞに所属しているのかという問題が浮上するわけだが……」
そう。その重要な部分の説明がつかないのだ。周囲の人間からの良い子という評価を見るに、レグルスに入る理由が見当たらない。交友関係が悪かったという話もなく、また家を飛び出す癖があったわけでもない。
であればどこにレグルスに入る理由があるだろうか。まずその前提からして説明がついていない以上、その後に続く彼の説が正しいとはとても言い切れないのだ。それよりは、まだ脅されて戦っているのだという説の方がまだ信憑性は高い。
そのため、アストライアとしては脅されている説を支持している形になる。
それを聞いた署長はふむ、と少し考え込む様子を見せ、
『まあ、その辺りのことを調査するのは我々警察の仕事だから任せておきなさい』
と自信ありげに言った。それを聞いた篠崎は少々間を置き、
「期待せずに待っている。では」
とだけ返して電話を切ると不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「数年足取りを追って手がかり一つ掴めちゃいない奴らに何を任せろというんだ」
拭えない警察への不信感。悠真くんを追い始めてもう数年が経ち、しかしなかなかどこに行ったのかを掴むことが出来ていなかった。
もしあの時幹部として襲いかかってこなければ、もうあと半年は発見が遅れていたことだろう。何も警察が無能と言いたいわけではないが、少なくともトレイター周りのことはアストライアがどうにかするしかない。それが今の篠崎の思考であった。
「まあ犯人の逮捕と尋問くらいは任せられるんじゃないすか? 僕らと違ってプロなわけですし」
「逆に言えばそれくらいしか思い浮かばん。いや、まあ彼らも彼らなりに行動しているのはわかるんだが……」
「結局あいつらを倒さなくちゃいけないの僕らっすからねえ。あっちにアカツキギアを使える人がいれば多少は違ったんでしょうけど」
霧峰はそう言って小さく溜め息を吐く。あの後、アカツキギアをアストライア内で回したが使える人間はおらず、警察のレグルス関係の担当部署にも出てこなかったのだ。もし使い手が警察から一人出てくれればそれなりにアストライアの負担は軽くなったのだろうが、しかし現実は非情である。
初めから期待などしていなかったが、しかしまあ実際に出てこないとなるとなかなか心に来るものがあるというものだ。
「そういやあれって結局どうするんすか? もう医療スタッフに預けるの無理っすよね?」
今まで所有者のいないギアは医療スタッフに預けていた。彼らは開発チームとは違って後ろに籠りっきりというわけでもなく、かといって前線に出ることは少なく基本後ろで軽く負傷者の手当をしていることもあって襲われる確率が低い。
適度に一般人と接触できるために資格を持つ人間を探すことができ、そのうえ比較的安全であるため彼らに預けていたのだが。
「一度バレてしまった以上は、な」
以前、後方を襲撃してきたカマキリの手によってエクシズギアが奪われる一歩手前まで行ったことがある。運良く蒼樹の手に収まり、そのまま彼が使用者として認められたため難は逃れたものの。
またレグルスが新型ギアを確保しようとなれば、医療スタッフを襲いに来ること間違いなしだ。であれば彼らに預けるのは悪手である。
「かと言って私や実動隊に持たせるのもマズい。とは思っていたんだがな……」
そこで言葉を切って溜め息を吐いた。彼の言動はもっともであり、アストライア内で最前線に出て戦う彼らに任せるのはまずい。もし仮に襲われた際、彼らには対抗する術がないため容易に奪われてしまうことだろう。
だが、篠崎の「思っていたんだが」という発言に霧峰は何か引っかかるものを覚えたらしい。
「なんかあったんすか?」
その問いかけに篠崎は再び深い溜め息を吐き、顔を手で覆い口を開いた。
「雪村のやつ、何を思ったかアカツキギアを蒼樹に渡しやがった」
「え」
霧峰は素っ頓狂な声を上げ、ソファに腰かけて寝ている雪村に視線を向ける。正気なのだろうか。霧峰はその言葉を喉元に押し留め、再び視線を篠崎に戻す。
「曰く流石にギアを二つも持ってるとは思わないでしょ、という理論らしいんだが……」
「まあそうかもしんないっすけど……いや大丈夫なんすかね?」
雪村の言うことにも一理ある、と一瞬だけ納得しかけた霧峰は頭を振ることで正気を取り戻した。普通に考えて、文字通り最前線で戦っている彼に渡すというのはあり得ないのではないだろうか。
おまけに先日幹部に負けてしまったばかりであり、そんな状況でいくら蒼樹が信用できる人間だからといって渡すのは無茶が過ぎる。
「大丈夫かどうかなんて知らん。俺が苦言を呈した時にはもう渡してしまったらしくてな。勢いだけで物事を決めるのがこいつの悪い癖だ」
ある種の諦観を湛えた笑みを浮かべ、残り少ないコーヒーを飲み干した。霧峰も篠崎の言葉には共感できるらしく、ゆっくりと溜め息を吐いてから口を開いた。
「こうなったらなんとかなることを祈るしかない感じっすかねえ」
「だな」
二人が何かを言って彼女を止められるのなら、今頃彼女を叩き起こして説教していることだろう。それが出来たら苦労しない、というのが二人の共通の見解だ。
当の本人は二人の諦めと若干の怒りに気付くことなくすやすやと寝ているわけだが。それを見て二人が再び溜め息を吐いたその時、警報音が鳴り響いて二人の溜め息をかき消した。
「うえっなになに? ついに誰かがキレた?」
その音で目を覚ましたのか、目を擦りながら雪村は呟いた。我慢の限界を少々超えた篠崎は、彼女の意識をはっきりさせるためだと言い訳してから雪村の頭を引っ叩く。
雪村はいきなり叩いてきた篠崎に非難の視線を送るが、彼はそれを受け流し、
「バカなこと言ってないで蒼樹に連絡しろ」
と言い残して霧峰と共に談話室を去っていった。おおよその事情を理解した雪村は警察から送られてきた情報を見て呟く。
「これ蒼樹くん
▽▽▽▽▽
トレイターが暴れていると通報のあった公園。普段は子供たちの朗らかな笑い声で満ちているはずなのだが、今は全く違う様子を見せていた。
「おいおいおい!! 前の強気な態度はどこ行ったんだよ、ええ!?」
「やめっ……やめてくれ!!」
熊のような見た目のトレイターが気の弱そうな少年を甚振っている。少年はなんとか逃げようと試みるが、足を掴まれて満足に動くことすらできない状態にある。
「お前、俺にずいぶんと痛い目を見せてくれたよなぁ!! だからこれはそのお礼だ!!」
恨み言を吐き出しながら青年を弄ぶ。
今襲われている原因自体は、襲われている少年にある。彼は以前、ハチトレイターとなって不良たちを襲っていた少年その人だ。目の前のクマトレイターはその襲われていた不良であり、あの時の報復という名目で少年を襲っているのである。
それを良く理解している少年は、クマトレイターの言葉に言い返すことが出来ずに押し黙った。死ぬのは怖いが、こうして甚振られても仕方のないことをやってしまった自分が悪い。彼の頭にあるのはそういった内罰的な思考であった。
「待ってください!!」
公園に突如として響く闖入者の声。
その闖入者──月宮蒼樹は鋭くクマトレイターを睨みつけた。家から走って来たということあって、肩を動かして息を荒げてさえいなければもう少し恰好はついたことだろう。
彼は自身の呼吸を少し整え、叫ぶ。
「なんでそんなことするんですか!!」
「っるせえなテメエ……」
クマトレイターは視線を蒼樹の方へ向け、苛立ちまぎれに少年の頬を引っぱたいた。トレイターにしてみれば軽く叩いただけであるが、少年は脳を揺さぶられたことによる脳震盪を発症して意識を失ってしまった。
その様子を見た蒼樹は義憤を露わにしてすぐさまエクシズギアを取り出し、カードを装填して腰に当てた。
《EXCEED system stand by!! Make some noise!! Ready to drive The EXCEED system!!》
「止められなかったか……変身ッ!!」
《Ok! Drive The EXCEED system!! Defeat the enemy and open a path of life》
装甲を身に纏い、勢いよく駆け出したエクシズ。拳を強く握り締めてクマトレイターの顔面を殴りつけた。
エクシズの頭の片隅に以前の幹部戦の苦い記憶が蘇り、もしかすると効かないのではないかと危惧したがそんなことはなかったらしい。クマは数歩よろめき、目の前のエクシズを鋭く睨みつけると耳を塞ぎたくなるような声量で咆哮を上げた。
エクシズは仮面の奥で顔をしかめた。うるさい。そう声に出さなかっただけ偉いだろう。
「邪魔すんじゃねえよクソッたれがァァァ!!!!」
お返しを邪魔された怒りを口から吐き出してエクシズに突進してきた。エクシズはそのタックルを横に転がることでなんとか躱し、クマが木に激突してたたらを踏んでいるのを横目に攻略法を頭の中で組み立てていく。
確実にタックルは食らわないよう立ち回らなくてはいけない。いくらエクシズに変身しているとはいえ、あの体格でタックルされたら吹っ飛ばされてしまうだろう。
攻撃は通用していたから、ヒットアンドアウェイ戦法を取るか一瞬で終わらせるかの二択が最善策か。出来ることなら被害が拡大する前に方を付けたいが、ただ一瞬で終わらせるには少し元気過ぎる。
「決まりだ……」
抜刀し、次のクマのタックルに備え息を整える。少しでもあのタックルに当たれば終わりだ。一瞬たりとも気を抜くことはできない。
一方クマはというと、今の彼の頭にあるのは目の前の邪魔者を排除することのみ。とうに冷静さというものなど失われていた。
クマは再び声を荒げ、ドスドスと音を立てながらタックルを繰り出す。エクシズは冷静に剣を構え、少しだけ体を横にずらす。
それを見越していたクマはその鋭い爪で裂こうと横一文字に振るった。エクシズは体を低くすることでそれを躱し、カウンターとしてすれ違いざまに二つ斬撃を振るう。
振るわれた剣はクマの脇腹を裂き、大きな火花を散らす。
クマは少々よろけたが、しかし決定打にはなりえなかったようでくるりと振り向くと恨み節を吐く。
「事情も知らねえで邪魔しやがって鬱陶しい!! すっこんでろクソが!!」
それを正面から受け止めたエクシズは間髪入れずに返す。
「あなたがどんな理由であの人を襲っていようと関係ありません。あなたが誰かを襲っていたんだから、僕はそれを止めなくちゃいけない」
誰にも傷ついてほしくない。何があったとしても、その力をもって誰かを痛めつける行為を彼は容認できない。だからトレイターを倒す。たとえ、トレイターになった理由がどれだけ悲痛なものだとしても。
それがエクシズを突き動かす信条であった。
その信条を告げられたクマは、当然それに納得することなく。
「くっせえセリフ吐きやがって!!」
それどころか怒りのボルテージを上げてエクシズに飛び掛かった。
エクシズは咄嗟に剣を手放してクマの拳を受け止めて背中から倒れ込み、それに追従して覆いかぶさってきたクマの腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
クマは少し地面を転がると、たたらを踏みつつ立ち上がる。その目は怒りに染まっており、もはや報復していたという元の理由など忘却の彼方に押しやっている。
「殺してやる……!!」
怨嗟を吐き出し、再びエクシズに襲い掛かる。一方エクシズは酷く冷静にそれを見つめ、こちらも剣を構え地面を蹴った。
近づく二人。先に攻撃を加えたのはクマの方であった。その鋭い爪を振り下ろし、エクシズの胸を裂かんとする。エクシズは片方の剣でそれを弾き、もう片方でクマの胸元を横一文字に斬った。
クマは火花を散らしながらよろめき、しかし攻撃の手を止めることなく次の一手として拳をエクシズの顔目掛けて突き出した。
しかしそれがエクシズの頭を捉えることはなかった。エクシズは宙へ飛び上がり、クマの背後に着地すると彼の背中を袈裟斬りにした。
追い打ちとして大きな背中に蹴りを入れると、クマは姿勢を崩して地面に倒れ込んでしまう。
それを見たエクシズに決め所はここだと彼の勘が囁き、それに導かれるがままにギアを操作した。
《OK! Exceeds!! Over Drive!!》
彼の持つ剣が眩い光を発し始める。クマはそれを見てこの場に留まるのは危険だと判断したのか、急いで起き上がるとエクシズに背を向けて走り去ろうとした。
それをみすみすと見逃すほど、彼は甘くない。
「これでトドメだッ!!」
力の限り地面を蹴り、一気にクマの背に肉薄する。クマはエクシズに追いつかれたことに気がつき、恐怖の眼差しを彼に向けた。
エクシズはそんなものを向けられたくらいで止まるわけもなく、強大なエネルギーを持った刃を勢いよく振るい、残心。
クマは残心しているエクシズの背で爆発を起こし撃破され、中から不良が一人転がり出た。
エクシズは警戒しつつ彼のそばに近寄り、破壊された腕輪を回収する。
「撃破完了、と」
そのまましばらく経ち、いくら待っても他のトレイターが襲ってくる気配がないことに安心したのか彼は変身を解除した。
倒れている不良と気を失ったままの青年に目をやり、ひとまずは青年の方に駆け寄った。大きな外傷があれば応急処置くらいはしなければならない。医療班が到着するまでそのまま放置というのは悪手だろうし、何より蒼樹の心が痛む。
不良の方は自業自得だ、と割り切ることで意識から消した。
「切り傷が多い……。血は止まってるけど砂が結構入っちゃってるし洗い流さなきゃヤバいよな……」
ペタペタと全身を触りつつ、青年の体を持ち上げようとした。しかし変身した後ならまだしも、素の状態の彼はいわゆるもやし人間、悲しくなるほど非力である。残念ながら、60キロほどの人間を持ち上げられるような力など持ち合わせていない。
何度か持ち上げようと試み、その度に失敗して項垂れていると救いの手が彼に差し伸べられた。
「お待たせ蒼樹くん!! もう終わった感じ?」
霧峰とその後ろから出てくる実動隊員である。ようやく現場に到着したのだ。
実動隊員は蒼樹の足元に横たわる青年を見るや、あれよあれよという間にストレッチャーでどこかに運んでいってしまった。その様子を見た蒼樹は流石だ、と感嘆の息を吐く。
それを見て微笑を浮かべた霧峰は、蒼樹の肩に置いて
「さて、お仕事は終わったわけだしアストライアに帰投しよっか。色々聞きたいこともあるし」
と言った。今回の戦闘行為の経緯に加え、雪村から渡されたアカツキギアのこともある。何も蒼樹が悪いわけではないが、しかし後者については雪村を交えてきちんとした話し合いをしなくてはならない。
蒼樹は何があるのかと内心びくびくしながら車に向かっていく。
その背を。
「伊月の化け物の話、嘘だと思っていましたがまさか本当にいたとは……。おまけに蒼樹くんがそれに関係しているなんて……」
久留颯貴が影から眺めていた。