九話です
レグルスの拠点の一角にある無機質な部屋。その部屋の主であるアズは大きく溜め息を吐き、天井を仰いでいた。
「ま~た新しいライダーが出てくるなんて……。面倒なことになったな~」
悩みの種はアカツキの誕生である。スペックや所持している武器など詳細なことは不明ではあるものの、しかし仮面ライダーアカツキという新たな敵が誕生したという事実だけでも、彼女たちレグルスに大きな衝撃を与えるのに十分であった。
なにせ彼女たちは基本的に戦力が整っていないのである。アストライアとは違って数こそそれなりにはいるが、雑魚は所詮雑魚である。初戦闘であったアカツキに三人がかりで挑んだにも関わらず、手も足も出ずに敗北を喫しているのが良い例だ。
こちらのギアの性能を上げるという手もあるが、それが行き渡る頃には向こうのギアがもう二手先を行っているに違いない。そういうことをできる人数があまりにも違うのだ。
「あのバカ共がマジでライダーぶっ飛ばしてたら今頃こんなことで悩む羽目には……。いやそれはそれでマズいけどさ」
はぁ、と再び大きな溜め息を吐く。彼女が抱える苦悩は、しかしレグルス内の誰にも共有するわけにもいかないものであるため相談することもできない。
「どうせ後を追わせてるんだろうけどどうしたもんかな~……」
ポツリと零した言葉は誰にも届くことなく虚空に消えた。
▽▽▽▽▽
アストライアの談話室。そこでは一人見ない顏が混じり、あれこれと話し合っていた。
「つまりあなた方はレグルスとかいう犯罪組織から市民を守っている秘密組織で、蒼樹くんはそれに協力しているだけ。そういうことですか?」
「概ねその解釈であっている」
颯貴さんのまとめに篠崎さんは首肯を返す。
僕らは今、颯貴さんにアストライアとレグルスという二つの組織の概要と関係について説明をしていたところだった。本来であれば他言無用で頼む、と軽く事情を話した上で金を積むらしいのだが今回は事情が事情だ。
そういうわけで颯貴さんを連れてアストライアの拠点に向かい、こうして詳しいことを教えているのである。
「確認しておきますが、蒼樹くんは強制的に戦わされているわけではないのですね?」
颯貴さんが目を僕にやって確認する。僕は頭を縦に振り、
「まあ一応その認識で良いと思います。一悶着はありましたけどね」
と肯定の意を示しつつ少しチクリと小言を言ってみた。途端、颯貴さんの目線が篠崎さんの方へと向いた。その視線はとても鋭くなっている。
それを受けて篠崎さんは少々眉を下げながら苦言を呈した。
「あまり余計なことは言うものじゃない。それで話が拗れたら困る」
「……その話はあまり追及しない方が良さそうですね。もう終わった話なのでしょうから」
苦笑しつつ、颯貴さんは引き下がった。少なくとも、今は僕自身の意思で戦っていることを理解してくれたのだろう。
そして僕らが言おうとしていることも察したらしい。
「で、貴方がたは私にも協力をしてほしい、そういう認識で合っていますかね?」
彼はそう言って出されたコーヒーを飲み下した。雪村さんが淹れたわけじゃないらしく、特に変な反応をすることはなかった。
僕と篠崎さんは彼の言葉に首肯を返し、歓迎の意を示す。
「私としてはぜひそうしてもらいたい。一人戦力がいるのといないのとでは大きな差があるのでね」
「僕も……。颯貴さんがいるなら心強いですから」
彼は僕と違って戦うことに関してはある程度の心得があるタイプの人間だ。強いことは伊月からの伝聞でも知っているし、なにより以前の戦闘で証明されている。僕が一人いるよりよほど頼りになるだろう。
そう期待を込めた目で颯貴さんを見ていると、彼は少し考える素振りを見せ、
「そうですね……。相手には借りがあることですし、貴方がたに協力するのもありかもしれませんね」
と返された。この日、アストライアの仲間が一人増えた。
▽▽▽▽▽
帰り道。ネックレスが入った紙袋を大事そうに抱える颯貴さんと並んで歩く。
「私としてはただ買い物に行くだけのつもりだったのですが……。まさかこんなことになるとは」
ふぅ、と軽く息を吐いて頭を掻いた。僕としても全くその通りで、もしもの時の想定こそしていたが颯貴さんがアカツキに変身するだなんてのは予想外だ。
できることなら巻き込みたくなかったが、事ここに至ってはもう何を思っても後の祭りにしかならない。今できることといえば、お互いに五体満足でこの戦いを終えることが出来るよういるのかもわからない神様に祈ることくらいだろうか。
そんなことを考えていると、颯貴さんは不意に僕の名前を呼んだ。どうしたのだろうか、と視線を彼に向けると彼は
「本当に強制されたわけではないのですね? あの場だったから嘘を吐いたというわけではないのですね?」
と真剣な顔で尋ねてきた。あの場では一応納得したような様子を見せていたが、やはり心配なのだろう。
僕はそれに対して首肯を返し、始まりの日を思い返しながら口を開く。
「本当に僕の意思ですよ。少し躊躇いはしましたけど」
「ではなぜ……?」
「やるべきだと思ったから、ですかね」
一言そう返すと、颯貴さんは目を丸くした。僕が争い事を嫌う質であることをよく知っているために、かなり驚いているのだろう。
ただ一つ思い当たる節があるようで、すぐに表情を戻すとこう言った。
「それは伊月を目の前で傷付けられたから、ですか?」
伊月が膝を怪我したとき、僕がその場に居合わせていたことを颯貴さんは知っている。ならそのお返しに、ということだろう。ついさっきの颯貴さんが似たようなことを言っていたから、きっと颯貴さんが戦うと決めた理由の内の一つなのだと思う。
でも僕はそうじゃない。
「別にレグルスの人たちが憎いだとか、全員殺してやりたいとか、そんな物騒な理由じゃないんです。ただ、人を助けたい。それだけなんです」
僕が戦うことで誰かを助ける事ができるのなら。それ以上に嬉しいことはない。もしかしたら姉を助ける事ができるかもしれないし、伊月だって守る事ができるかもしれない。
それに目の前で親しい人が傷付けられているのに何も出来ない、なんていう状況はもう二度とごめんだ。
「なるほど……。なかなかに決意が硬いようですね」
僕の戦う理由を聞いた颯貴さんはこう反応を返してきた。どこか感心しているような、それでいて心配しているような、声音からそんな複雑な心情が伝わってくる。
それでも彼は安心したかのように息を軽く吐き、空を見上げた。
「蒼樹くんはもしかすると脅されて嫌々戦っているのではないか、もしくは誘いを断り切れずに渋々あの組織に入ったのではないか。もしそうであった場合はどうしてやろうかと思っていたのですが、どうやら杞憂であったようですね」
ただただ僕の事が心配である。そんな気持ちがとても真っ直ぐ伝わってきて、僕は心配をかけた申し訳無さと心配してくれた嬉しさが心の中で綯い交ぜになった。どんな表情を浮かべたら良いのかわからなくなって、僕は地面を向く。
なんだか物騒なことを言っていたような気はするがそれは置いておくことにしよう。
「それにしても颯貴さんと一緒に戦うことになるだなんて思ってなかったですよ。凄い心強いです」
彼が味方になってくれるのならどれだけ心強い事か。それがアカツキとして戦っていた彼を見て感じたことだ。
全てにおいて僕の数倍上をいく。きっとギアのスペック自体は似たようなもののはずだ。なら違いはその中身。
喧嘩らしい喧嘩なんてしたことのない僕と違い、彼は少なくとも伊月との殴り合いの経験が何度もあるし、剣道をやっていたという話だって聞いている。この時点で、僕が敵う要素なんてどこにもない。
だからこそ心強い。人としても信頼出来るし、その上強い。これほど味方にいて嬉しい人なんてあまりいないだろう。
そう感じたからこその発言だったが、颯貴さんにやんわりと否定された。
「まさか。私はただ少し棒切れを振り回すのが上手いだけですから」
「えぇ? そんなことないでしょう」
「自分の力を過信するのは悪手です。それが身を滅ぼす原因になり得ますから」
殺し合いであれば尚更ですよ、と付け加えて優しく笑う。やはり颯貴さんは慎重な人だ。すぐ調子に乗って何かしらをしでかす伊月とは大違いである。
「伊月にそういう慎重なところ見習ってほしいですよ、ホントに」
「まあ無理でしょうね。昔っからああいう性格ですし、何よりあの子の良いところでもありますから」
「良いんですかねぇ」
「時と場合によりますがね」
こうして何気ない、くだらない会話を交わし続ける。本来であれば僕らが過ごすはずだった、穏やかな時間を取り返すように。
そうだ。元はと言えば紅羽姉さんのためにプレゼントを買いたい、という颯貴さんの要望に付き合うだけのはずだったのだ。何も戦うつもりなんてなかったし、ましてや颯貴さんを巻き込むつもりなんてこれっぽっちも無かった。
そのはずが、トレイターの襲撃に巻き込まれ、何故か颯貴さんがアカツキに変身して、その上僕らの仲間になって。少し今日という日の内容が濃すぎる。少し疲れてしまった。
「……疲れましたか?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。慌てて首を振って否定する。しかし颯貴さんに隠し事は通用しないようだ。
「無理はしなくて良いですからね。長いこと歩きましたし……そろそろ解散するのもありかもしれません」
優しい微笑みを浮かべ、彼はそう言った。多分僕に気を遣っての発言なのだろう。
けれど、僕は思わず気の抜けた声を出して疑問を返した。
「へ? でも家までだいぶ距離が……」
どうせお互いの家は近所で、別れると言ってもまだまだ歩いた先で良いはず。なのになぜ、こんな離れたところでそんなことを言い出したのだろうか。
そんな僕の疑問に、颯貴さんは視線を周囲に走らせながらこう答えた。
「少し寄らなければいけない場所があったのを今頃思い出しまして。さすがにそれにまで付き合わせるのは申し訳ないですから」
なるほど。最もらしい答えだ。別にそれに付き合っても問題は無いけれど、颯貴さん本人が申し訳ないと言うのなら仕方ない。無理についていっても気を遣わせるだけで終わるのなら、行かない方が良いだろう。
「それじゃあ先に帰ってますね」
少し手を振って一人歩き出す。ほんの少しだけ、寂しさを感じた。
▽▽▽▽▽
「さて……」
蒼樹の背を見送った久留颯貴は先ほどまで浮かべていた優し気な表情から一変、殺意をわずかに滲ませつつ周囲を見渡した。
特に変わり映えのしない住宅街の景色。彼はその中に一つ、違和感を掴んだ。手に持っていた袋を懐に仕舞い込むと、大きく声を上げる。
「わざわざ止まってあげたんです。出てきたらどうですか?」
蒼樹がこの場にいたならば、恐らく気の所為ですよと颯貴を宥めたことだろう。彼は一切気がついていなかった。
颯貴はずっとどこからか視線を感じていたのだ。それも明らかに敵意を多分に含んだもの。気の所為だろうと一蹴するには、その視線を感じる時間が長過ぎる。
よって颯貴は誰かに後をつけられているのだと判断し、蒼樹を一人で家に帰したのだ。
つまり、彼がここで立ち止まった理由はただ一つ。なんでもないただの一般人を長々と尾行するような危険人物を排除すること。
「……よくわかったな」
物陰から一人、男が姿を現した。彼が颯貴と蒼樹を尾行していた人間である。
彼は尾行していたことがバレたというのに焦る素振りを見せることなく、それどころかかなり大きな態度を取って颯貴に話しかける。
「いつからだ? いつからこの私の尾行に気がついていた?」
「……わざわざ教える必要がありますか?」
「いや、次の参考にしようかと思ってね。どうせ君はここで死ぬんだ。最期にこの私の役に立てるとあらば嬉しいだろう?」
男はトレイターになるための腕輪をチラつかせ、そうして颯貴を威嚇した。少なくとも自身が勝つことを信じて疑っていないことだけは見て取れる。
その様を、颯貴は一言も発さずに心底くだらないものを見るような蔑んだ目で眺めていた。
どうやら男はそれが気に障ったらしく、懐から赤いカードキーを取り出した。青筋を立て、鼻息を荒くしながらそのカードキーを腕輪に装填。カマキリトレイターへとその体を変貌させた。
「怖いか? その気になればお前を殺すことだってできるんだぞ?」
二振りの剣の先を颯貴に向けながら得意げに語るトレイター。颯貴はそれに対して大きな溜め息を吐くことで答えとし、アカツキギアを取り出した。
《EXCEED system stand by!! Make some noize!!》
「変身」
《OK!! Drive the EXCEED system!!》
静かに、ギアを起動して装甲に身を包んでゆく。赤の光が収まった後、そこに現れたのは侍を思わせる装いをした仮面ライダーアカツキである。
彼はゆっくりと刀を抜き、それを下段に構え口を開く。
《It breaks the night and heralds the dawn》
「そこまで時間があるわけではないですし……手短に終わらせましょうか」
それだけ言うと彼は黙った。文字通り全神経を尖らせ、カマキリの一挙手一投足を見逃さないように集中する。
「喰らえオラァ!!」
先に動いたのはカマキリの方であった。手に持つ剣二つを力任せに横に薙ぎ払う。
アカツキは冷静に後ろへ下がって間合いから外れる。カマキリの剣は空を切り、僅かに隙を晒した。
それをアカツキが見逃すはずもない。一気にカマキリへ肉薄し、鋭い息を吐いて逆袈裟に斬った。そこから素早く刀を返して袈裟斬りをお見舞いする。
カマキリは火花を散らしてたたらを踏んだ。頭を左右に振って意識をはっきりさせ、再びアカツキへと斬り掛かる。
袈裟斬りの形で振り下ろされたそれを。
「甘いですね」
アカツキは一言呟き、左手でガッチリと受け止めてみせた。白刃取りされるとは露程も思っていなかったカマキリは、思わず目を丸くして固まった。
そんなカマキリの剣の片方を、力尽くで奪い取って後方へ投げ捨てる。そこでようやく動き出そうとしたカマキリの腹へ、一切の容赦もなく全力で二度も膝蹴りを入れた。
カマキリは思わず体をくの字に折り、空気を求めて嗚咽する。
そんなカマキリの頭をアカツキは掴んで持ち上げ、無慈悲にもその右頬に鋭い左ストレートを打ち放った。
吹き飛んでゆくカマキリ。地面を何度か転がり、そのまま起き上がることはなかった。
変身こそ解除されてはいないが、実質的には既に勝負はついたことになるだろう。
「さて」
短く呟くとアカツキはおもむろに地面に横になっているカマキリへ馬乗りになると、それの顔面の真隣へ刀を勢いよく突き刺した。
ひぃと短い悲鳴を上げるカマキリに対し、アカツキはいくつか言葉を投げかける。
「私たちを追った理由、あなた方レグルス……でしたっけ? その行動目的。それらを教えていただきましょうか」
「い、言うわけがないだろう……?」
拒否の言葉を口にしたカマキリ。拘束から逃れようともがいたが、すぐさまアカツキが胸板に拳を振り下ろして黙らせた。
「言いたくないのであれば別に良いですよ。まぁその場合、私にも考えがありますが」
仮面の奥で目を細めた。その声に乗った感情は限りなく薄い。
そんな彼にカマキリは少しの恐怖を抱いた。この男なら本当に自分を殺すかもしれない、と。何の躊躇いもなく自身の首を刎ねるだろう、と。
一度死への恐怖を抱いてしまった以上、カマキリに残された道は一つしかなかった。
「わかったよ、話す。あんたのスペックを調べるよう言われたんだ。ついでに出来るのなら殺してこい、とも」
戦う前までの威勢は何処へやら、話すその様はまるで命乞いである。しかしながらアカツキはその様子を見ても一切の憐憫を感じることはないようだ。
なるほど、と淡泊な返事をして追求を始める。
「では組織の目的の一つに、私たちアストライアの抹殺があることは間違いなさそうですね。まぁ敵対組織なのですから当たり前ではあるのでしょうが……。ではなぜ今に至るまで総攻撃を行わなかったのですか? 拠点がわかっておらずとも、囮作戦でおびき出して、圧倒的な戦力差を以て轢き潰すことくらい出来たでしょう?」
「わ、私が知るかそんなこと!! ただ……噂じゃあ、幹部の内の一人がずっと反対していたと聞いている」
「……反対していた? どうしてそんなことを……? 反対なんてしたところで何も利益なんてないはずでしょう?」
「それこそ知るか!! 本人に聞け本人に!!」
「……なるほど」
顎に手を当て思案を巡らせる。その幹部が何を考えているかは知らないが、アカツキには意味の無いことをしているようにしか思えなかった。どうせお互いに敵対組織で、何れは真っ向からぶつかって潰し合う運命にあるのだ。
いくら反対したところで、その結末は変わらない。
ならば、戦力が整っていなかったであろう初期……それこそ蒼樹がエクシズの資格者になる前に事を仕掛けるに越したことはないはずだった。
いくらギアの性能の差があるとはいえ、霧峰一人で大勢を対処するのは困難であろう。それこそ数十人単位で襲撃して全てを終わらせることも出来たはず。
なのにそれをしなかった理由は何なのだろうか。アカツキにはその理由がわからなかった。
「……まぁ、何れは相対することになるでしょうし、その時に尋ねれば良いですかね」
どうせここで考えたところでわからない。そう結論付けた彼は思考を切り替える。恐らくこの男から絞ることが出来る情報はこれ以上無い。
ならば、もう用済みだ。
「クソッ……クソがァ!!」
アカツキがギアに手を伸ばしたのを見て、トドメを刺される事を察知したのだろう。カマキリは咄嗟にアカツキの顔面目掛けて頭突きを食らわせ、怯んだところを突き飛ばした。
「この私がタダで終わってたまるかァ!!」
そう吠えて手元に残っていた一本の剣を掴み、アカツキの方へと駆け出した。
一方アカツキは冷静にギアを操作し、刀を構える。
《OK!! Akatsuki!! OverDrive!!》
刀身に光が宿る。圧倒的なエネルギーが集まっていく。
それでカマキリが怯えることは無かった。奇声を発しながらアカツキへと接近し、剣の間合いの中に入った途端、迷いなくその刃を振り下ろそうとする。
しかしそれがアカツキを害することは無かった。
カマキリの剣が僅かに動き始めたその刹那、アカツキは既に刀身をカマキリの腹に当てていた。
その斬撃がアカツキの体へ届くよりも早く、アカツキがカマキリを撫で斬ったのだ。
あまりに素早い一閃。カマキリが自身が斬られたことに気が付くのは、彼が爆発を起こした後であった。
「……ふぅ」
残心を解き、小さく息を吐いて変身を解除した颯貴。その表情を普段浮かべている柔和なものへ戻し、ゆっくり後ろを振り返った。
「来ていたのなら助太刀してくださっても良かったのではないですか?」
「いやぁ、来た時にはもう颯貴くんが馬乗りになってたからね……」
突き当りの影から現れた霧峰。困ったような表情を浮かべながら頬を掻いた。通報があって駆け付けはしたが、彼が言うには到着した時には既に勝負が決していたようなものであったのだという。
そんなときに助太刀に入る必要などないだろう。それを理解した颯貴は一言「それは失礼しました」と詫びを入れ、続いて頼み事を残す。
「……あれの後処理は任せました。何分どうすれば良いのかわからないので」
「もちろん。そのための実動隊だから」
「助かります」
礼を言い、その場を後にしようとする。
が、すぐに立ち止まり、霧峰の方へと向き直った。
「……幹部に一人、穏健派と呼ぶべき人間がいる可能性があります。なんでもアストライアに対する総攻撃案に反対し続けたという噂があるのだとか」
「……へぇ」
霧峰は先程の尋問の様子を見ていた。だがその内容までは聞こえていなかったようだ。少しだけ目を丸くし、颯貴へ質問を返す。
「その目的は?」
「申し訳無いですがそこまでは」
「さすがにか……。まぁそうだよねぇ……」
顎に手を当て思案を巡らせる。組織が一枚岩でないことは容易に想像出来ていた。しかし、まさかそのような穏健派のような人間がいることまでは想定外であった。
なぜそのような人間があのような犯罪組織に所属して、それも幹部という位の高いポジションにまで漕ぎ着けたのか。また、総攻撃に反対するメリットとは何なのか。
そこまで巡らせはしたが、しかし霧峰にもその理由はわからなかった。その幹部の人物像が不明な上に、そもそも噂に過ぎない可能性だってあるのだ。
ここで考えたところで正解に近い結論など出しようがない。
「誰か幹部を捕まえたときに色々聞いてみるとしようか」
ふぅ、と溜め息を吐いてそう言った。その選択が一番早く確実である。
その返答は颯貴にとっては概ね予想通りのものであった。そうですね、と賛同の意を示して彼に背を向ける。
「それではこの辺りで帰らせていただきます」
とだけ言い、今度こそその場を後にした。
「……彼、強いな」
小さくなっていく颯貴の背を見送りながら、霧峰はポツリと呟いた。
実のところ、彼は颯貴がカマキリに馬乗りになる少し前……もっと言えばちょうど戦いが始まったタイミングで現着していたのだ。姿を現さなかったのは、颯貴が戦う様子を見てみたかったからという単純な理由。
戦い慣れていないようであれば助太刀することも考えていたが、その必要は全くなかった。
彼が振るう刃には全く躊躇いがなく、一切憐憫といった類いの情が乗っていない。殺しても良いと一言言ってしまえば、彼はほんの少しの迷いもなく首を断ち切ってしまうだろう。
形容するならば戦闘マシーンだろうか。霧峰は淡々と敵を処理していく様にそういった感想を抱いた。
「あれは確かに頼もしいね」
戦力不足に喘いでいたアストライアにはこれ以上ない人材だろう。これでまた一歩前進したというわけだ。
「首を洗って待ってなよ、レグルス。前はしてやられたけど、今度はそうはいかないからな」
決意を新たに空を見上げる。夜の帳が下り切った空には、一番星が瞬いていた。
次回→わからないことだらけ