マサラタウンに来てから数日、私は充実した日々を過ごしている。
顛末から言えば、シゲルくんの手で孵ったイーブイは、トレーナーの資格が得られる十歳になるまでナナミ名義のポケモンになった。ああ見えてナナミは優秀なコーディーネーターだから心配はしていない。
オーキド博士の研究を手伝いながら、度々様子を伺ってみたが順調に仲良くやっている。研究や勉強としてではなく、日常生活においてポケモンと初めて共生するシゲルくんには初々しさを感じた。物心がついた時からジラーチと暮らしていた私にとっても、人とポケモンが一緒に暮らし始める姿は興味深いものがあった。
(興味深いといえば、オーキド研究所もそうよね。まるで独自の生態系が築かれているような……)
なんでも、マサラタウンから旅立ったトレーナーから送られてくるポケモンの殆どを、
生まれ育った地方とは勝手が違う環境のはずだが、研究に協力してくれているポケモンたちは、ナナカマド博士に預けている私のポケモンたちと変わらないくらい快適に過ごしている。ポケモンは闘争心が高く縄張り意識も強いが、この研究所のポケモンたちは独自の秩序を築いていた。
彼らポケモンたちは知っているのだ。オーキド博士が暮らしやすい環境を疎かにしていないことを。縄張りを巡って争うことはあっても、ポケモンたちは何らかの秩序・矜恃をしっかり持っており、その起因はオーキド博士への敬意だと感じ取ることができた。
偉大だと思った。オーキド博士も、ポケモンたちも。オーキド研究所はポケモンと人間が共生する在り方の一つと言っても差し支えない。
人間もポケモンも互いの領域を侵さず、交流しに来たときは隣人として歓迎する。
言葉にすれば陳腐だけれど、オーキド博士が積み重ねてきたモノの大きさが如実に現れていた。
「すごいわねジラーチ。こんなに沢山のポケモンたちが仲良く暮らしているなんて」
ジラーチも驚きを隠せないのか、目を丸くしていた。元気一杯で素直なこの子でも、物珍しい光景を前にしては虚を
「もうすぐサマーキャンプを開催するからのう。人間に慣れているポケモン達以外は奥地に行ってしまっているのも一つの要因じゃな」
「まだ他にもポケモンがいるんですね」
「ナナカマド博士の現状はそこまで把握しておらんが、此処はマサラタウン出身のトレーナーがゲットしたポケモン達が送られてくるようになっておっての。研究に協力してくれるもよし、住み着くもよし、或いは旅立つポケモンもおるんじゃよ」
揚々と語るオーキド博士の声音には、我が事のように喜色が含まれていた。そして若干、懐古の色も垣間見える。
「マサラタウンは、街そのものが実家なんですね」
「その通り! 旅立ったトレーナーも、ゲットしたポケモンたちにとっても。安心して帰ることのできる家というのは、それだけで心の拠り所になるからのう」
オーキド博士の言葉を、一般的な道徳や倫理から来た言葉ではないと私は思った。
未練だ。取り返しのつかない何かを述懐するかのような未練が、オーキド博士の言葉に込められていた。今まさに未練に苛まれている私だから理解できた。
しかし後悔ではない。オーキド博士の心境に何ら軋轢がないことを、私の感覚が告げている。やるべきことをやり遂げたからこその、納得と心残りの狭間でオーキド博士の心は揺れていた。
「恥ずかしい話じゃが遠い昔、ワシがクロエ君くらいの頃に迷子になったことがあってな」
「迷子ですか?」
「そうとも。もはや遭難にも似た経験じゃ。なにせ、自力で帰る手段さえ完全に失ってしまったからのう。手元にはスケッチブックと親切な女性から頂いたパン、ワシと同じように旅に出て間もない相棒のポケモン一匹だけ。当時はひどく落ち込んだものじゃ」
「それは……かなり不味いですね」
「しかしの、世の中そう理不尽なことだらけではない。迷い込んだ先で色々と……そう、色々とあった。友人もできた。研究者となる夢も、その時の出会いが一つの要因じゃった。結局、こうしてワシが此処にいるように、友人やポケモンたちのおかげで帰ることもできた。だからこの研究所が出来たとき、安心して帰ることの出来る場所にしたいと思ったのじゃよ」
ジラーチの頭を優しく撫でながら、オーキド博士はどこか遠くを見据えて言う。
博士の過去が、この研究所の在り方を成り立たせている……それだけではない。意図して私に聞かせるのは、詰まる所そういうことだ。
「君もまだ、トレーナーとして歩み始めたばかりじゃ。そしてワシも、ポケモン達からすればようやく最初の一歩を踏み出しただけ。まだまだ先は長い、ゆっくり世界を見ていけばいい。カントーに来たのは、君も何かを探しておるのだろう?」
「……はい。姉に勝つ為にも、世界を見て回ろうかと考えています」
「クロエ君は、シンオウ地方から出たことはないのじゃったか」
「姉の伝手でジョウトとイッシュには何度か。ただ、見て回ったと言うには程遠いです。まだまだ知らないポケモンも沢山いますし」
「うむ。ポケモンを知ることこそバトルの真髄じゃからの。おっと、クロエ君には今更であったかな」
「そんなことはありませんよ。博士の現役時代はよく知っていますから」
私の言葉に、博士は恥ずかしそうに頭をかいた。何かを言おうとして飲み込む姿から、飽くまでトレーナーからは引退していると言いたいのだろう。
「あー……君に言われてはワシも形無しじゃわい」
「何を仰っているんですか。キクノ先生から色々と───」
「おおっと! そろそろ見回りの時間じゃな! すまないが昔話はまた今度……」
「クスクス、あら残念」
思わぬ返しに痛いところを突かれ、慌てて博士は会話を打ち切った。私が見聞きしている以上に、オーキド青年はさぞかし波乱万丈な人生を歩んでいたのかもしれない。自転車でマサラタウンの市街地に繰り出す博士を見送り、私も戸締まりをした研究所から
研究所は博士一人で運営をしているから、私が手伝えることなど極僅か。博士が外回りをする時は研究所も戸締まりをし、私は暫し暇を持て余すこととなる。飽くまで私は客人、助手や研究員のような権限までは持っていないのだ。
とはいえ、博士が私を無下にしているなどと誤解はしていなかった。その理由は、これから私が尋ねる場所にこそある。
「さて、そろそろお勉強も終わった頃かしらね」
「ジィ……」
「大丈夫よジラーチ。お昼ごはんも皆で一緒に食べましょうか」
「ジラ!」
研究所から歩いて十数分後、私達の目の前には、表札に「オーキド」と刻まれた一軒家が建っていた。
マサラタウンの牧歌的な風景に溶け込む、至って普通な家屋の一つではあるが、ここに住む呑気なコーディーネーターを示唆するかのように、ポケモンのコンディションを整える為に様々な木々が庭に植えられている。
ポケモントリマーのみならず植物学者でも目指しているのだろうか、ここの住人は。ガーデニングの規模を超えているのだけれど……。
そんな私の困惑をよそに、ジラーチが小さな手でインターホンを押すと、見知った少年が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。待っていたよクロエさん」
「イブイ!」
あの出来事から数日。
シゲル君とイーブイは満ち溢れる自信を浮かべ、挑戦的な力強い眼光を、煌々と湛えていた。
◆◇◆
最近、変わったことがある。
マサラタウンの往来が増えた……これはまあ、いい。田舎町とはいえ、オーキド博士の研究所があるから繁忙期はそれなりに出入りがある。
もしくは、毎日のようにマサラタウンでポケモンバトルが繰り広げられるようになった……これもまあ、百歩譲っていいだろう。人の往来が増えたのだから、ポケモンバトルの一つや二つくらいあっても不思議じゃない。そう自分に言い聞かせる。
そして最後。そのポケモンバトルは、
さすがに見過ごせなかった。同い年、同じ街の出身。ポケモンを持つのは十歳からという決まりがあるにも関わらず、幼馴染だけがポケモンバトルをしている姿は、もともと我慢強くない
「ずるーい! 博士、なんでシゲルのやつはポケモンをもってるの? 俺も欲ーしーいー!」
「だー! 朝っぱらからやかましいわい! 何度も言っておるじゃろう。あのイーブイはナナミのポケモンじゃ!」
「イーブイでもゼニガメでもフシギダネでもヒトカゲでもいい! 俺にもポケモン譲ってよ。シゲルばっかりバトル出来るなんてエコヒーキじゃないか!」
「どこでそんな言葉を覚えたんじゃお主は……それよりも、シゲルがバトルじゃと? サトシ、お主には
サトシと呼ばれた少年は、自転車を押して歩くオーキド博士にしがみつく。
見回り中に食らいついてくるサトシに呆れながら、オーキド博士は広場で群がっている群衆を指差した。その先では、サトシの言葉通りシゲルがポケモンバトルをしている。
だが、その内容が問題だ。
「でもさー!」と往生際が悪いままオーキド博士に引き摺られてやって来てみれば、バトルは終盤に差し掛かっていた。
「イーブイ、『かげぶんしん』だ!」
「ブイ!」
シゲルの指示に可愛らしくも勇ましく鳴き声を返し、イーブイは2つに分身して相手へと突貫する。
対して、相手のポケモンはイーブイと殆ど変わらない大きさのポケモンだった。星型の頭に短冊が3つ垂れ下がり、フヨフヨと空中に浮かぶ可愛らしい見た目から、サトシは強さを全く想像できなかった。
サトシは知っている。シゲルは天才だ。
たとえポケモンバトルの日が浅くても、シゲルがそう簡単に負けるはずがない。いつもサトシの先を進むシゲルだからこそ、ライバル視していながら謎めいた信頼が生じていた。
「威力は込めなくていいわ。ジラーチ、分身2つに向かって『サイコショック』よ」
シゲルの相手となる少女は、サトシの知る旅立ったばかりの少年少女と変わらない年齢に見えた。相手が熟練のトレーナーならともかく、旅に出たばかりの子供ではシゲルには勝てないだろう……サトシはそう考えている。
ジラーチと呼ばれたポケモンは無数の念弾を飛ばし、イーブイが作り出した2つの影分身を全て掻き消した。するとどうしたことか、分身のどちらにもイーブイの本体が見当たらない。野次馬として集まった人々も困惑の声を上げる。
その時、サトシの横でオーキド博士は感心したかのように「ほう、やるの」と溢した。慌ててサトシがオーキド博士の視線を追うと、ジラーチの背後に回り込んだイーブイの姿があった。
「ああ!? やっぱりシゲルの勝ちだ!」
「まだまだじゃのサトシ。よく見ておれ」
オーキド博士が言い終わるや否や、背後を奪ったイーブイへとシゲルが指示を飛ばした。
「イーブイ、勢いのまま『でんこうせっか』!」
分身2つはフェイク、本命は背後を取るための電光石火なのだろう。シゲルの考えに至らなかったことが、サトシはたまらなく悔しかった。同時に、シゲルの勝利を確信したことへの安堵もしていた。
だがサトシも、野次馬も、勝負を見守っていた大多数がシゲルの勝利を確信している中で、イーブイの監督者であるナナミとオーキド博士は試合の結末を悟った。
才はあろうとトレーナーもポケモンも未熟。エスパータイプの虚を突くことの難しさを、二人はよく知っていた。
「今よジラーチ、『はめつのねがい』!」
ジラーチの背後に触れる寸前、跳躍したイーブイの電光石火は急停止する。宙に浮いたままのイーブイへと振り返ったジラーチは、両目を閉じていた。
決着は一瞬で、身動きの取れないイーブイはもがき続けたものの、そのままシゲルの下へと弾き飛ばされてしまう。大きな外傷は無かったが、足がふらつくほどの消耗で、まともに立つことさえ難しいようだった。
「イーブイ!?」
「そこまで! ……惜しかったわね〜シゲル」
シゲルは悲痛な叫びを上げながらイーブイを抱き上げ、目を回しているだけであることに安心しながらも、ジラーチと呼ばれたポケモンとそのトレーナーに悔しげな視線を投げる。
「博士、誰なのあの人?」
サトシは面白くなかった。いつも小馬鹿にしてきては、競い合ってきたシゲルが、ここ数日ずっとバトルに明け暮れている。数日前に家族付き合いのあるナナミに聞いてみれば、家にイーブイという新しいポケモンも迎えている。自分だけ置いていかれるような気がしてならなかった。
「なんじゃサトシ、お主は四天王を知らんのか」
「四天王なら知ってるよ! この前、シバとキクコの試合もバッチリ録画したし!」
「オ、オッホン! 彼女達は我らがカントー地方の四天王じゃな。そしてシゲルと戦っていたトレーナーは、シンオウ地方の四天王のクロエじゃ」
「あの人が四天王!?」
「元、じゃがな」
「すっげー! じゃあカントーのジムリーダーや四天王よりも強いのかな! ねぇ博士、あの人とワタルはどっちが強いの?」
「そんなことよりも
博士の言葉に急かされて思い出したかのようにシゲルへと意識を戻すと、クロエという少女と姉であるナナミと共に帰路へ着く寸前だった。サトシは慌てて後を追う。
(やれやれ、上手くやっておくれよクロエ君)
こうなることが分かりきっていたオーキド博士は、大きく嘆息して見回りに戻る。あのサトシのことだから、シゲルに対抗心を燃やすのは予定調和と言えた。
「おーい、シゲル待てよー!」
そんなオーキド博士の気苦労もなんのその。サトシは若干の嫉妬と大きな期待を膨らませ、シゲルたち3人に追いついた。
「この声は……?」
「あらあら~、シゲルは相変わらずモテモテね〜」
「冗談はよしてくれよ姉さん……サ〜トシ君、キミは相変わらずデリカシーがないねぇ! 見てわからないかい? 僕達は今からランチタイムなんだ。レディー達の貴重な時間を奪わないでくれよ、もちろん僕の時間もね」
「な、なんだと〜!? さっきはバトルでボコボコに負けてたくせに! ランチだかなんだか知らないけど、パンチの練習でもした方が良いんじゃないのか!」
「おやおや、そんな幼稚な挑発には乗らないさ。それに知らないのかい? イーブイはパンチ系の技を覚えないんだ。もっと勉強して出直してくれたまえ。アデュー!」
いつものごとく、サトシなど眼中に無いと言わんばかりに前髪を掻き上げ、シゲルは背中を向けてしまった。
いつもならサトシが更に噛み付いて一悶着がお決まりだが、今日は此処に珍しく第三者……ナナミをカウントするのであれば第四者が居る。あっとサトシが息づく暇もなく踵を返すシゲルを追おうとした矢先、自分を観察していたクロエと目があった。
「始めまして、私はクロエです。君はシゲル君のお友達?」
「えっと、友達というか何というか……そう、ライバルなんだ!」
友達、だけでは物足りなかった。サトシ自身、ライバル心はあれど、シゲルと対等ではないことを心のどこかで理解していた。親友も違う。そして今しがた口にしたライバルという答えも、それだけに留まらない気がしていた。
そんな名状しがたいシゲルとの関係に逡巡する最中、背中を向けていたシゲルが突如としてサトシの元へと戻ってくる。
表情こそ普段からサトシを見下す小生意気さがあったが、先の敗北による悔しさを孕んだ瞳の色は、既に明るい輝きを取り戻していた。
「へぇ、君がライバルねぇ……。それで、連敗記録達成中のサトシ君は、僕に一度でも勝ったことがあったのかな? い〜や無いよねぇ」
「そ、それは……これから勝つんだよ!」
「やれやれ、君はいつも『これから』だとか『やってみなけば分からない』とか言うけど、もう今の時点で負けてるじゃないか」
「な、何が負けてるんだ?」
「僕にはこのイーブイがいる。君にはポケモンがいない。つまりだ、トレーナーとして先を行っているのが僕ということの証明に他ならないじゃないか」
「ぐ、ぐぬぬ……」
キザったらしいシゲルに言い返せず、サトシは悔しげに口を噤んだ。
今まで何度も負けては次を繰り返し、その度にシゲルが勝ち星を上げている。その事実に対して反論する材料を持ち合わせておらず、トレーナーの資格がなくとも、負けこそしたが先程のポケモンバトルはサトシから見ても様になっていたのだ。ぐうの音も出ない。
(青春ね〜)
(ナナミ、サトシ君とシゲル君はいつもこうなの?)
(面白いでしょう? サトシ君だけだもの、シゲルといつも張り合っているのは。一途よね〜)
(……貴女、やっぱりいい性格してるわね)
普段、シゲルにバトルの手ほどきをしていたクロエは、こうも感情的なシゲルを見るのは初めてだった。オーキド博士の孫だと期待される聡明な姿も、ライバル視されて満更でもない年相応の姿も、どちらもオーキド・シゲルという少年の本質だった。
素直に面白いと思った。表面上は対立していても、サトシはシゲルという少年の天才性が努力によってなされていると知っており、シゲルもまたサトシの並々ならぬライバル視に期待をしている。
サトシがクロエに抱いていた僅かな嫉妬心も、シゲルにとってのライバルが自分ではなくクロエに移ってしまうことへの恐怖からだ。
「そ、そんなに自信があるなら勝負しろ! 明後日、オーキド博士のサマーキャンプで、どっちがポケモンを多く見つけられるか勝負だ!」
「明後日? ……ああ、残念だけど無理だ」
「ん? なんで?」
「なんでって……君、忘れたのかい? 明後日は旅行が重なるからサマーキャンプには行けないと、ついこの間教えてやったじゃないか」
少し天然気味なサトシに呆れながら、シゲルは大きく溜息を吐く。その哀愁漂う姿は、祖父であるオーキド博士に似ているかもしれないとクロエは思った。
「……まっ、何をしても僕の勝ちだろうからね。君は精々、僕と勝負になりそうなことを考えといてくれよ」
「な、なに~!?」
そうして今度こそシゲルは、気持ちよさそうに腕の中で眠るイーブイを抱えて帰っていった。
完敗である。そして、トレーナーとして確実に一歩先を進んでいることを知ってしまった。ポケモンの有無だけでなく、実際にバトルをこなせる手腕を、サトシは黙して認めることしかできなかった。
「くっ、絶対に追いついてやるからなー! クロエさん、俺にもポケモン貸してよ〜」
「そうしてあげたいのは山々だけど、私のジラーチもお腹が空きすぎて動けないのよね」
クロエは苦笑いしながら、ぐで~と力なく浮遊するジラーチを見せる。ポケモンバトルには自信があるジラーチでも、迫りくる空腹には耐えきれない。フヨフヨと宙を漂う軌道も若干ふらついていた。
「ナナミさんは? 他にポケモン持ってない?」
「コイキングならウチの池にもいるわよ〜」
「流石にコイキングじゃ無理かな……」
ナナミの気の抜けた答えに、さしものサトシも憤りが消沈して落胆した。やってみなければ分からないと普段なら息巻くが、ジラーチとイーブイのバトルを見て、コイキングで挑むほどサトシも無謀ではない。
関わった手前、年下の少年が気を落としているのを不憫に思ったクロエは提案する。サマーキャンプはオーキド博士が主催するイベントで、クロエも引率に協力する予定だった。
サトシ自身にトレーナーの資格が無いから、クロエがゲットしてすぐ譲渡は出来ない。けれどシゲルとイーブイのように、サトシが
「なら、明後日は一緒にポケモンを探してみる? 私もサマーキャンプに参加する予定なの」
「えっ、そうなの!?」
「シゲルくんにはまだ、野生のポケモンの見つけ方は教えてないのよね。だからちょっとだけ、サトシくんにもコツを教えてあげられるかも」
「やったぜ! 今度こそ、シゲルの奴にっ……!」
シゲルをダシにすればサトシは簡単に食らいついてしまう。その危うさが、かつて姉に憧れを募らせてばかりの頃のクロエ自身に見えた。クロエにとっての姉と同じくらい、サトシとシゲルは互いに意識しあっているのだろう。
「それじゃサトシ君、明後日また会いましょう」
「じゃあね〜。お土産期待しててね〜」
「ナナミさーん、クロエさーん。バイバーイ! よーし、燃えてきたぜ!」
希望に満ち溢れるサトシの瞳が、クロエの褪せた銀の瞳には眩しく映る。脱力したジラーチと一緒に手を振る相好こそ怜悧なれど、双眸は本人でさえ言い表し難い寂寥感を孕んでいた。