黒耀の頂きを目指して   作:リン@ハーメルン

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第4話

 駆ける。小さい体を跳ねるようにして、麓に向かって駆けていく。

 体にいくつもの傷を負いながらも、ピチューは一心不乱に走っていた。時には転んで土埃を身にまとい、泥が跳ねては体が汚れる。けれど、地を駆る手足の勢いが衰えることはなかった。

 回想するだけで身震いする。惨めにも、親代わりだったガルーラを置き去りにしたというのに、ピチューは彼方に置いてきた恐怖に囚われていた。事実は置き去りではなく逃がしてくれたのだが、それでも罪悪感がピチューを苛んでいる。

 兄のように仲良くしてくれたガルーラの子供も、ここにはいなかった。心細さから全てを投げ出したくもなった。けれど幸せだった思い出が、ピチューに使命を想起させてくれる。

 生まれた時から親を知らず、他のピチューやピカチュウの群れにも属さない自分を、親代わりのガルーラ達に受け入れてもらい今日日まで生きてきた。寂しさで空いた胸の穴も、幸せな日常で埋めることができた。しかし長くは続かず、突如として幸せは奪われてしまった。

 始まりは砂嵐だった。いつものようにオボンのみを収穫していた時のこと、辺り一帯を唐突に砂嵐が包み込んだ。

 ガルーラたちも群れを成しているし、そう簡単にやられるほど(やわ)ではない。彼らは周囲を警戒しつつも、その身にタイプエネルギーを宿らせて臨戦態勢を取っていた。

 だが一瞬で全てが無に帰してしまう。砂嵐で視界を封じられたまま、ガルーラたちでさえ太刀打ちが出来ないほど強力な攻撃が群れを襲ったのだ。

 最初に群れ全体を『じしん』で壊滅させられ、次に大地へと突き刺さるほど強力な『ストーンエッジ』によってガルーラ達は一匹ずつ倒れていく。最後に残ったのは、ピチューを腹袋に入れて養ってくれた親ガルーラとその子供だけ。親子らはピチューを遠くに放り投げると、痛む体に鞭を打って悪夢へと立ち向かっていった。

 ピチューは、木の根に隠れて悪夢が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。

 数刻前の出来事だから鮮明に思い出せる。砂嵐の奥で行われている戦いの衝撃で、砂嵐に隙間が生じることもあった。隙間の先には、ガルーラにも劣らない体躯をしたポケモンが、(まなこ)を血走らせて『はかいこうせん』を繰り出そうとしていた。

 その時、ピチューはガルーラ親子と目が合った。合ってしまった。逃げろと最後までピチューを想っていることを知ってしまったのだ。

 恐怖。罪悪感。良心の呵責と僅かばかりの勇気。しかしガルーラ親子はそのどれをもピチューには望んでおらず、無下にしてしまえばそれこそ不義だった。

 だから走った。砂嵐の向こうでギラリとした眼光がピチューを捉えたが、その恐怖すら押し殺してピチューは駆けだした。背後でドスンと何かが倒れ伏す音がしても、ピチューは涙をながして地を蹴った。

 それからの記憶は定かではない。転びもすれば木々にぶつかることもあったかもしれないし、泥に足をとられたこともあれば、茂みに突っ込んで擦り傷を負ったかもしれない。ただひたすらに、夜陰の中で灯りがチラつく方向へと一心不乱に走っていたのは確かだった。

 そうして、ピチューが意識を取り戻したのは地面に倒れてから。気絶する前に見た太陽は沈み切ってしまい、暗闇に包まれていても朦朧とした意識のせいで危機感が働かなかった。

 だが使命は覚えている。()()は異常だ。ポケモンどころか、人間にさえ害をなす災害そのもの。同じポケモンだからこそピチューは脅威をよく理解していた。

 クラクラと大きな耳を揺らしながら、必死に四肢へと力を込める。早く、早く、誰でもいいから伝えなければと食いしばって立ち上がろうとした時、

 

「うわっ!」

「サトシ!?」

 

 (ピチュー)は運命に出会った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「シゲルん()にはイーブイがいるんだよなー。俺もポケモンが欲しいのに、オーキド博士もママもトレーナーになってからって言うんだぜ」

「そうなんだ……」

「セレナはどうなんだ? カロス地方にも色んなポケモンがいるんだろ?」

「私の家にはサイホーンがいるわ。すっごく賢くて可愛いの!」

「サイホーンか! いいなー、サイホーンがいたら毎日背中に乗るのに」

 

 陽が沈みかけている時分、私とサトシは手を繋いで歩いている。

 豊かな自然の中でポケモンたちが伸び伸びと暮らしている姿を見ていたら、私の鬱屈した気持ちや劣等感は既に晴れていた。

 サトシと出会った時に現れたニョロモ、ヨチヨチとたどたどしく匍匐(ほふく)するキャタピー、群れを成して毛繕いをするポッポたち……カロスで見かけるポケモンたちでも自然体でいる姿は新鮮だった。

 そんなポケモンたちを見つけては、サトシと一緒に指をさして名前を言い合ってみると、2人きりの道のりも楽しい時間になった。

 それからは私とサトシ、カントー地方とカロス地方の話に移っていく。有名なトレーナーから始まり、よく見かける野生のポケモンのお話。そして身近にいるポケモンの話になっていった。

 

「カロスはサイホーンレースがメジャーで、私のママもサイホーンレーサーをしてるのよ」

「ポケモンのレースか~。ってことは、セレナもサイホーンレーサーを目指してるのか?」

「えっ!? ま、まあそうなるのかな……」

 

 キラキラした瞳のサトシに、私は少しどもってしまった。

 ここで迷っているだなんて口にしたら幻滅されるかもしれない。そんな考えが頭によぎる。

 サイホーンは好きだ。サイホーンレースも嫌いじゃない。でも、私の行く道がそれだけだとはどうしても思えなかった。だからこうしてサトシと並んで歩いてみたはいいものの、いざ本人から聞かれると、本音を口にする勇気が出なかった。

 

「そ、それよりも! そのシゲルって人はどんな人なの?」

 

 話題を変えようととっさに出た言葉だったが、これはこれで気になる質問ではあった。

 

「んーなんというか、すっごいキザなやつだな」

「キザ?」

「嫌味で、目立ちたがりで、いつも馬鹿にしてくるんだよ。『サ~トシくん』とか言ってさー」

 

 サトシは口をとがらせて言う。しかし表情は晴れやかだった。仲が良い証拠だろう。幼馴染らしい関係だと察すると同時に、私の胸がチクりとした。

 

「でもすごい奴なんだ。誰よりもポケモンのことを勉強してるし、もうバトルだって出来るんだぜ」

 

 シゲルと言う幼馴染の存在が、サトシにはとても大きな存在なのかもしれない。そう考える度に、チクリと痛みの走る胸の奥が締め付けられる気がした。

 サトシの目指す先には、まだ会ったこともない誰かがいる。話からすると、私やサトシと同年代のはずだ。彼の瞳には、まだ私が映ってないのだと実感してしまう。

 

 ────でも、いつか私だって……!

 

 ふんす、と気合をいれようとした時のことだった。

 

「うわっ!」

「サトシ!?」

 

 隣で歩くサトシが何かに躓いた。慌てて後退するサトシの足元では、小さい何かがうごめいている。

 黄色い体、黒い輪郭の大きい耳。可愛らしい身体は土汚れに(まみ)れていて、数々の擦り傷が生々しく残っており、丸い頬っぺたからはチリチリと小さな電気が迸っている。

 見たことのないポケモンだった。故郷のカロスは勿論、このキャンプ場でも初めて見る。

 私だけじゃなく、ポケモンを踏みつけたサトシも物珍しそうに観察していた。サトシの反応からするに彼も初めて見るのかもしれない。

 

「ピチュピー!」

「なんだこのポケモあばばばば!」

「きゃあっ!」

 

 ポケモンが不機嫌そうな顔をしたのも束の間、丸い模様の頬から迸る電気がサトシを襲う。暗闇の中で弾ける閃光に私は瞼を閉じてしまった。

 サトシの悲鳴が終わると同時に、瞼から透ける電気の光が落ち着いていく。チカチカとする意識のまま瞼を上げると、サトシだけでなく小さなポケモンも目を回して一緒に倒れていた。

 

「何すんだよ! ってあれ? コイツどうしたんだ?」

「チュー……」

「もしかして、自分でも上手くコントロール出来ないのかな?」

「ピチュ!? ピチュピチュピ!」

 

 私のふとしたつぶやきに、ポケモンは不本意そうに鳴き声を上げた。体の傷もそこまで深刻ではないみたい。ちょっとだけ安堵した私がいる。

 

「そんなことないだって? そんな状態じゃ説得力無いじゃないか」

「チュー!」

「あばばばば! だからそれ辞めろって!」

「サ、サトシ! もう駄目じゃない。ほらこの子も怖がってるし」

「ヂュウウウ!」

「怖がるどころか怒ってるじゃん……」

 

 咄嗟にポケモンを抱き上げてしまったけど、相変わらずこの子はサトシを睨んでいた。踏みつけられたことが余程気に食わなかったみたい。痛みはないけれど、抱き上げている私の腕がこの子の発する電気で痙攣を起こしてしまう。

 すると私の腕が痙攣したことで、この子自身も抱き上げられていることに気づいたのか、ハッとした表情で私の腕から飛び出すと一目散に森の小道へと駆けていってしまった。

 

「ピチュ!」

「おい! そんな傷だらけでどこ行く気なんだよ!」

「待って! サトシ、何か聞こえない?」

 

 ポケモンを追おうとするサトシを制し、私は耳を澄ます。

 最初に風が吹いた。森の木々が不穏な音を立てて揺れ始めると、次第に砂が宙を舞う。おかしい、森の中は土ばかりだから砂なんてあるはずがない。

 そしてドスン、ドスンと重厚な音が段々と近づいてくるのが分かる。奇しくも、その方角はあの子が消えていった小道の先からだった。

 

「サトシ、あれって」

「……セレナは逃げてくれ。灯りの方角は覚えてるだろ? 俺はアイツを追う」

「危険よ!」

「でもあんな傷だらけで放っておけないだろ!」

 

 口論になりかけても、サトシは絶対に引かないと私も薄々分かってはいた。

 けれど既に太陽が沈みきっていて、しかも不可解な砂嵐でよく見えないのだから無茶が過ぎる。サトシがあの子を見過ごせない性格なのは理解していても、それ以上の危険が待っているのは確かだった。黙って私だけ逃げ出すことなんて出来るはずがない。

 そんな私達を危険が待ってくれるはずもなく、ドスンという音は刻一刻と迫ってくる。もう砂嵐の先に巨大な影が見えるくらいだった。薄暗さに慣れた瞳が、すぐそこまで危険が迫っていることを知らせている。

 そんな時だった。さっきサトシに踏みつけられたポケモンが、砂嵐の奥から放物線を描いて私たちの前に吹き飛ばされてきたのは。

 

「チュー……」

「おい、どうしたんだ。しっかりしろ!」

「その子を連れて逃げないと!」

「はやく博士とクロエさんに────」

 

 そう言いかけてサトシの言葉は途切れてしまう。どうしたのだろうと不思議に思って、私は硬直したサトシの視線を追った。追ってしまった。

 

「グウゥゥゥ……!」

 

 砂嵐を纏い、2メートルを優に超える巨体が私達を見下ろしている。強靭な手足、鋭い爪や牙を震わせながら、充血した目は確かに私達を捉え、周囲を取り巻く砂嵐が逃がすまいと意思を持つかのように吹き荒れた。

 当時の私たちは知る由もない。バンギラスと呼ばれるこのポケモンは、野生としてマサラタウンに生息するはずがないのだと。

 明確に敵愾心を向けられていることから、人間慣れしているトレーナーのポケモンではないことも明らか。だって今まさに、氷のタイプエネルギーをパンチに込めて、『れいとうパンチ』を繰り出そうとしているのだから。

 時が止まった。ような気がした。

 まるで走馬灯のように、傷だらけのポケモンを介抱する私とサトシは、迫る恐怖をただ眺めることしか出来なかった。サトシのように強い意思があっても、彼のようになりたいと私が憧れても。現実は理不尽で救いようのないものかも()()()()。そう誤認した刹那────

 

「リーフィア、『リーフブレード』!」

 

 迫りくる巨体に、高速で飛来する新緑の一閃が刻まれた。

 

「────!?」

 

 バンギラスが顔を歪め、苦悶に満ちた表情を浮かべながら、圧倒的な存在感を放つ巨体をグラリと揺らす。その胸には緑色の光……後に教えられた草タイプエネルギーが残滓として粒子を放っていた。

 

「サトシくん、セレナちゃん! 私の後ろに!」

「この声は!」

「クロエさん!」

 

 隣を何かが疾風のように駆け抜けると、頼もしい声が私達に届く。

 銀糸のような髪と闇夜に映える銀の瞳。数刻前に別れたきりのクロエさんが、私達の前に身を挺して躍り出た。

 相対していた筈のバンギラスでさえも、クロエさんの背中にいれば不思議と驚異を感じない。気づけばクロエさんのジラーチが、私とサトシ、そして腕の中のポケモンを不思議な光*1で癒してくれた。

 ならばバンギラスへと一太刀入れたポケモンは何者だろうと、サトシと私は視線を移す。

 そこには初めて見るポケモンが植物みたいな耳をピンと逆立てて、澄ました眼差しでバンギラスを見据えていた。

 

*1
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