黒耀の頂きを目指して   作:リン@ハーメルン

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第5話

 事の発端はサトシ君と別れた時まで遡る。

 引率も一息ついて子供たちが休憩していた時のこと。手持ち無沙汰となった私へと幼馴染から連絡が届いていた。

 

『……つまりです。アタクシやシロナさんに何も告げず、後任すらリーグに丸投げして家出をしたと?』

「い、家出ってそんな大げさな────」

『大げさじゃないわ。貴女が引退宣言をしてから、リーグのみならずバトルフロンティアにまで問い合わせが殺到していますもの。フロンティアブレーンへの引き抜きなどと陰謀論者が嘯く始末……』

「ア、アハハ」

 

 立体映像として投影されながら溜息を付く彼女に、私は苦笑いを返すしかない。ジラーチへ助けを求めようと視線を逸らしたが、子供たちと遊んでいるあの子を巻き込む気にはなれなかった。

 この時期、アサギシティ付近にいる幼馴染は気づいたのだろう。彼女は私と同じサイキッカーだから……だなんて考えてみたけど、向こうに投影されている筈の立体映像で私の表情は丸分かり。幼い頃からやり取りをしている彼女にはテレパシーをするまでもなく、取り繕った私の心情なんて筒抜けだった。

 

「まあいつものことじゃない。フロンティアとリーグ、どちらが凄いだとかは今に始まったことじゃないのだし。ねっ、コクラン?」

『仰せの通り』

『コ・ク・ラ・ン! 私の代理たる貴方がそうやって甘やかすからダメなのよ! ……確かに貴女はシロナさんに負けました。けれど前回だってその敗北を糧とし、再び王座へと相見(あいまみ)えた。それがどうして、このようなエレガントに欠ける振る舞いをするの?』

「あちゃー。相変わらずカトレアは厳しいわね」

『もうクロエ!』

 

 サイコパワーで髪を逆立てながら、プンプンと頬を膨らませてカトレアは声を荒げる。まだ自身の力を制御しきれていないカトレアには申し訳ないが、可愛いなという感想しか浮かばなかった。口調も崩れて素のカトレアが出てきたのだから猶更だ。

 カトレアの背後で瀟洒に佇む執事のコクランへと視線を投げれば、彼は静かに首を振った。女同士のキャットファイトは不毛だから正しい判断である。まあ、子猫と親猫みたいなものだけど。

 

「後任に関してはキクノ先生に相談済み。メディアもそのうち飽きるでしょうし、気にしすぎても仕方ないわ。お祖母ちゃんにも、暫くは他の地方を回るって伝えてるから」

『……だとしても、です。シロナさんにはちゃんと伝えたの?』

「それは……」

 

 ズルイでしょう、と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。感情を発露していた妹分も、この時ばかりは心配そうに私を慮っていた。

 おずおずと切り出した言葉からして、私が口外せずに抑え込んでいるネガティブな感情を察しているらしい。幼いながらもバトルキャッスルのフロンティアブレーンとして、カトレアも多くのトレーナー達を目にしてきたはず。それこそ、四天王として挑戦者を迎えていた私と変わらないくらいには。

 だから返事に窮する私を見かねて、彼女は真剣な面持ちで、

 

『────まあ、シロナさんも察してはいたみたいね』

「ちょっと。私の葛藤を返してちょうだい」

 

 ……真剣っ()()()()()、表情の変化が薄い相好のままカトレアは暢気に(のたま)った。

 

『けれど心配していたのは本当……このアタクシも』

「ごめんなさい。でもホラ、そっちには()()()だっているでしょう?」

『残念ながら、今は不貞腐れてご機嫌斜めみたいね。どこかの誰かさんが黙ってシンオウを出て行ってしまったから』

「あ〜やっぱり?」

『分かってるなら連れて行ってあげて。今もホラ……この通りよ』

 

 カトレアが抱えるように持ち上げたのは、私が彼女に預けているポケモンだった。

 植物のような耳と尻尾。通常種よりも色鮮やかな毛並みは、私が預けてからもしっかり手入されている。そもそも、この子は賢いしプライドが高くて、優れたブリーダーの下でないと暴れるから当然と言えば当然だけども。

 

「リーフィア、そっちはどう? コクランのポケモンフーズは美味しいでしょう?」

 

 私からの建前でしかない挨拶に、リーフィアはいじけたようにフイっと顔を逸らす。しかしピクピクと動く耳と尻尾が、プライドに隠れた嫉妬心を如実に表していた。

 

『この子、通話してからずっとこの調子。コクランが診ても特に問題なかったのだから、連れて行ってあげなさいな』

「分かったわ、分かったから。リーフィア、一緒に行く?」

『……フィッ!』

『あら。振られたみたい』

「あー……お願いリーフィア! 貴女の力が必要なの!」

『……フィア?』

「ええそうよ! 貴女がいない夜に何度涙したことかしら! 嗚呼リーフィア、一生のお願いよ。貴女と私はシンオウ様でも引き裂けない絆で結ばれているって信じてるわ!」

『フィ~……』

 

 我ながら拙い演技だと思っていたけど、どうやらリーフィアには満足いくものだったみたい。やれやれ仕方ないと自分からボールに入っていく様子とは裏腹に、葉っぱのような尻尾を嬉しそうにフリフリと揺らしていた。

 

『主演女優賞には程遠いわ。シロナさんに見せてあげたいくらい』

「お嬢様のご期待にお応えできず申し訳なかったわねっ!」

『ウフフ……じゃあそちらに送るわ』

 

 カトレアは意地悪く微笑むと、彼女のサイコパワーによるテレポートでリーフィアの入ったボールを渡してくれた……未だパワーを繊細にコントロールできないからか、カトレアの背後でコクランの眼鏡にヒビが入ったのは言わない方が良さそうね。決め顔の妹分が不憫だもの。

 数日ぶりに握るボールへ感慨深く感じ入っていると、ボールの中からリーフィアが勝手に飛び出してくる。ぶすーっとジト目で私を睨みつけながらも、ひんやりとする植物のような尻尾を私の手に絡ませてきた。

 

「ごめんなさいね。でも貴女だってコクランを認めてるでしょう?」

「フィアフィ!」

「そうだけどそうじゃない? 貴女ってそんなに哲学的だったっけ」

『アタクシに連絡せず、一人悩んで旅立った誰かさんそっくりね』

「……訂正。リーフィア、貴女はとてもフィロソフィカルなポケモンよ。私そっくりで誇らしいわ」

「フィー……」

 

 ホントに大丈夫? とリーフィアの視線は胡乱げなものに変わってしまう。横槍のせいで私のトレーナーとしての体裁が脅かされるなんて……全く妹分は反抗期なのかしら。そんなジョークが思いつくくらいには、私のネガティブな感情は払拭されていた。

 

「それじゃ行ってくるわね。次の地方に着いたらちゃんと連絡するから」

『アタクシだけでなくシロナさんにも、ね』

「……善処するわ」

 

 最後の言葉を皮切りに、携帯端末から投影されたホログラムを打ち切る。逃げるような私の物言いにカトレアがどんな顔をしていたのか知るのが怖くて、最後まで視線を交わすことはできなかった。

 キャンプ場でポケモンたちと遊ぶ子供を見ていると、自分がどれだけ卑小なんだろうと自嘲してしまう。嗚呼いけない、またネガティブな感情が湧いてきてしまった。

 思い返すと、別れる前にサトシ君が変な感じがしたと言っていたのは、落ち込んだ気持ちが私のサイコパワーで無意識に伝播してしまったのかも。だってサトシ君は、()()()()()()()()()()()()だもの。

 そんな葛藤に見舞われていると、尻尾を絡ませているリーフィアがクイクイと手を引いてくれた。

 

「……ありがとう。そうね、貴女たちがいるもの。もう大丈夫よ」

「……フィアッ」

 

 分かればいいと言いたげにおすまし顔で私を引っ張てくれるリーフィアだけど、歩くたび小刻みに揺れる耳が相変わらずお茶目なままだった。この子は感情の機微を察することが得意でも、自分の感情を隠すのはあまり上手じゃない。まあ、そこが可愛い所でもあるのだけれど。

 

「クロエくん、そろそろ次の……おや。そやつはリーフィアじゃな?」

「ええ。リーグの後、友人に預けていましたが特に問題はないようでして。せっかくだからこの子も一緒にと。どうかしましたか?」

 

 リーフィアを連れたまま喧噪の中に戻ると、オーキド博士が浮かない顔でやってきた。

 リーフィアを見るや研究者らしく目が好奇の色に染まったものの、博士はハッとしたようにすぐさま表情を引き締める。

 

「それがな。もう移動する時間だというのにサトシと女の子が一人、まだ見当たらないんじゃよ。ここらのポケモンたちには子供が迷子になった時に助けるよう言っておるから、大事には至ってないと思うんじゃが……」

 

 物憂げな博士の言葉によって、私の背筋へと悪寒が走った。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「局地的な砂嵐、ですか?」

『うむ。ポケモンの癇癪でよくある現象じゃが、研究所のデータベースを参照しても今は砂嵐を使えるポケモンを預かっておらん。サトシたちの迷子に少なからず関係があるやもしれん』

「承知しました。ほかの子供たちは?」

『大丈夫じゃ、今は浅い湖で水ポケモンたちと遊んでおるし、迷子にならんよう森のポケモンたちもこっそり見張ってくれておる……君のせいではない。ワシの過失じゃ』

「そんなことは───」

『顔に出ておる。すまないが、君だけが頼りなんじゃ。どうか彼らを見つけてほしい』

「もちろんです。夜のカレー作りでは多めに作っておいてくださいね。サトシ君なら軽く3回はおかわりするでしょうから」

 

 通話を打ち切って私は周辺を見渡した。仄かに感じるサトシ君の波導が、数刻前まで此処にいたことを示している。

 空が橙色に染まっても、サトシ君たちの波導は明確に掴めていない。途中、出会ったキャンプ場のポケモンたちに尋ねたが首を横に振るばかりで進展はなし。かなりの奥地へと彼らは足を踏み入れてしまったのだと気づいた時には太陽が半身を沈めていた。

 焦りが増していく。博士はこちらを(おもんばか)ってああ言ってくれたものの、完全に私の失態だった。

 

「ジラーチ、そっちはどう?」

「ジィ……」

 

 ジラーチは申し訳なさそうに(かぶり)を振る。この子も私と同じでサトシ君を探知できていないようだった。サトシ君の少し()()()()()なら分かりやすいと思ったけれど、現実はそう簡単にいかないらしい。

 無闇にサイコパワーで探知をしようにも、その影響でポケモンたちが興奮状態になってしまえば事態は悪化する。よほど好条件でないと強引な力技で探し出すという手段も取れない。

 奥地へと足を踏み入れる最中、不穏なことに木々が根こそぎ倒れている拓けた場所もあった。そこでは多くのポケモンが傷ついて倒れており、中には群れ単位で目を回し気絶したポケモンたちもいる。

 中でも特に重症なのがガルーラの群れだった。幸い、亡くなっている個体はいないけれど、タイプエネルギーが枯渇してまともに動けないガルーラの親子もいた。

 本来なら野生のポケモン同士の縄張り争いに、人間が介入してはいけない不文律がある。偶然出くわしてポケモンを助けてしまうことはあるかもしれないが、今の私のように故意に自然保護区へと踏み入っている身の上で肩入れするのは倫理に反する行いだ。

 しかし目の前の()()はあまりに異常。単純な縄張り争いじゃない。なぎ倒された木々には、縄張り意識とはかけ離れた破壊衝動が感じ取れる。これはもう生存競争などではなく災害と何ら変わりはなかった。

 

「……『ねがいごと』で回復してあげて」

「ジラ?」

「ええ大丈夫よ。流石にこのまま捨て置くのは後味が悪いもの」

 

 いいの? と聞いてくるジラーチの問いかけも正しい。でも目の前で苦しんでいるポケモンを見捨てるほど、私は割り切れる人間ではなかった。まあ、だからこそウジウジと姉のことで悩んでいるわけだけども……。

 そうして何も収穫が無いまま空が暗くなりつつある頃。

 キャンプ場から離れた森の中を自分の脚で探索していると、今回の本命であるリーフィアが軽い身のこなしで私の下に帰ってきてくれた。

 

「見つかったの? ……って、それはまさか」

 

 リーフィアが口に咥えているのは麦わら帽子だった。間違いない、セレナちゃんの波導をうっすらと感じ取ることができる。

 けれどサトシ君ほど分かりやすい波導はしていないし、私自身そもそも波導の扱いにそこまで長けているわけではない。結局、頼れるのはリーフィアの嗅覚だけということになる。

 

「リーフィア、この帽子の女の子を追える?」

「フィ?」

「そう女の子よ。亜麻色の髪をして、ピンクのワンピースを着た可愛い女の子」

 

 私の言葉に少し考えるそぶりを見せたものの、最終的にリーフィアは帽子の匂いを嗅いで私達を先導してくれた。こんな時までマイペースなのは相変わらずだ。この子は極度の男嫌いだから、サトシ君の匂いなんて言おうものなら絶対に手伝ってくれない。

 リーフィアの後を追う最中、やはり破壊され尽くした場所がいくつもあった。もはや目の前に存在する全てが障害であると言わんばかりに、純粋な凶暴性が剝き出しとなっている。残留する思念に憎悪はなく、ひたすら破壊することに拘って活動していることは明白だった。

 そして太陽が完全に暮れた頃、終着点が見えてきた。

 森の中だというのに砂嵐が舞う超常の現象と、その中で活動する微弱な思念を確かに感じ取れた。

 思念は合計で四つ。一つは純粋な破壊衝動、二つは恐怖、最後の一つは……気を失っているのだろう。けれど僅かではあるが無念に苛まれていることだけは解った。

 すると、唐突に砂嵐の勢いが弱まったことで中の様子が露になる。

 砂嵐が弱まったのは、今回の主犯であるバンギラスが『れいとうパンチ』を繰り出そうと意識を()いたため。その標的には、どういう訳か傷だらけのピチューを抱えるサトシ君とセレナちゃんの姿があった。

 

「リーフィア、『リーフブレード』!」

 

 咄嗟に出した指示で繰り出される『リーフブレード』は、姉と戦った時と変わらず洗練されていた。数日程度で体の動きが衰えるはずもない。私と共に姉と戦ったこの子からすれば、視野狭窄に陥ったバンギラスなど容易く手玉にとれる。

 草タイプエネルギーを凝縮させた尻尾がバンギラスの胸に直撃した。不意をつかれたバンギラスは大きなうめき声をあげ、ダメージに顔をしかめながらたたらを踏んだ。その隙に私自身はサトシ君とセレナちゃんの前に飛び出して注意を引く。

 

「サトシくん、セレナちゃん! 私の後ろに!」

「この声は!」

「クロエさん!」

 

 二人の声を聴いて一安心するも、悠長にお話する暇はない。

 標的を私とリーフィアに定めたバンギラスは、尋常ではない興奮状態のまま血走った眼で雄叫びを上げた。その咆哮で空間が軋んだかのように錯覚してしまう。

 暴走するバンギラスのタイプエネルギーが地面へと浸透すると、地鳴りとともに大地から無数の岩が飛び出してきた。鋭くとがった岩に込められたエネルギーから察するにバンギラスの『ストーンエッジ』だ。それも通常の『ストーンエッジ』ではなく、何か凶悪な力が作用している。当たればリーフィアでも確実にダメージが通るほど。

 

「ジラーチは『まもる』で二人を守って。リーフィア、『つるぎのまい』で避けるのよ!」

 

 しかしパワーだけだ。バンギラスから放たれた『ストーンエッジ』も、私のリーフィアには演出のための舞台装置にしかならない。

 一直線に向かってくる岩塊へと飛び移り、大地に突き刺さった岩があればそこへ飛び降りる。一息つけばまた岩塊へと飛び移って剣舞を踊ってみせた。感情を読み取るのが得意なリーフィアに直情的な攻撃は通用しない。

 

「すごい……」

 

 零れ落ちたセレナちゃんの言葉に、私の口角が微かに上がってしまう。かつて旅の寄り道で鍛えたパフォーマンスを、こんな形とはいえ披露することが出来たのは素直に嬉しかった。

 『ストーンエッジ』が意味を為さないことに苛立ったのか、バンギラスは強硬手段に出る。口元に膨大なエネルギーが集い、『はかいこうせん』で何もかもを破壊せんと血走る目がリーフィアを捉えた、捉えようとした時だった。

 

「今よリーフィア! もう一度『リーフブレード』!」

 

 尻尾へと研ぎ澄まされたタイプエネルギーを凝固し、剣舞のリズムをはるかに超えたスピードでリーフィアがバンギラスの懐へと潜り込む。

 リズムを崩されたことで驚愕のあまり大きく目を見開くバンギラスに、リーフィアは先ほどの傷をなぞるようにして『リーフブレード』を繰り出した。『つるぎのまい』で強化されたタイプエネルギーも相まって、バンギラスの巨体を彼方まで突き飛ばすほどの威力を発揮する。ひこう技ではないというのに、衝撃で発生したソニックブームが辺り一帯に暴風を生み出した。

 

「さて、と」

 

 流石のバンギラスと言えど、これだけのダメージを与えればまともに立てるはずがない。しかし油断は禁物。バンギラスが消えていった闇夜へと私は目を凝らした。

 

「ガ、ググゥ……!」

「ア、アイツまだやる気なのか!?」

 

 サトシ君の驚きも無理はない。気絶してもおかしくないダメージを受けてなお、バンギラスは重い足取りでこちらに向かってくる。その姿は恐ろしさよりも痛々しくて、セレナちゃんも恐怖ではなく悲壮な表情を浮かべるほど。

 破壊だけが自らのアイデンティティとでも言うかのように、敵意だけが浮かぶ悲しい瞳は、私とリーフィアしか視界に捉えてはいなかった。きっとこのままでは、力尽きるまで破壊を繰り返すかもしれない。

 

「ジラーチ、そのまま二人を守っていてちょうだい。リーフィア、()()をやるわよ」

「ま、待ってくれクロエさん!」

「サトシ君?」

 

 ジラーチの『まもる』に阻まれながら、サトシ君がドンドンとジラーチのバリアを叩いて悲痛に叫んだ。

 

「アイツだってポケモンだ! 落ち着かせればきっと話し合えるに決まってる!」

「サトシ……」

 

 どうやら私がいない間に二人の仲が進展していたようだ。自分たちが襲われて、手元にいるピチューが傷だらけになったというのに、サトシ君は元凶であるはずのバンギラスを心配していた。そしてセレナちゃんも、そんなサトシ君に全幅の信頼を置くようになったのか、彼の優しさと現実の非情さをよく理解している。

 そんな二人に、私は安心させるよう微笑むだけ。お喋りの時間はこの後たっぷりとある。

 

「決めるわよリーフィア」

「やめてくれー!」

「────『あくび』」

 

 悲痛に叫ぶサトシ君が「へ?」と呆けた声を発するのと同時に、リーフィアの口元からシャボン玉のようなエネルギーが飛び出すと、覚束ない足取りのバンギラスの眼前でポンと弾けた。

 散らばったエネルギーがバンギラスの鼻孔へと入り込む。途端に凶悪な目つきがトロンと緩み、鼻をムズムズさせると次第に微睡へと飲み込まれていった。

 

「クロエさん、これは一体……」

「『あくび』は相手を眠らせる技なの。バトルは何も、ダメージを与えるだけが全てじゃないわ。眠らせればバトルで有利になるのは勿論、ポケモンをゲットしやすくもなるのよ。こんなふうにね」

 

 戸惑うサトシ君へと笑いかけてから、私はバンギラスへと歩み寄る。私の隣にピッタリとくっつくリーフィアに若干ほだされつつ、眠りこけるバンギラスへと、空のモンスターボールを投げるのではなく押し当てた。

 一回、二回、そして三回。モンスターボールの揺れが収まりカチッと音が鳴ればゲット成功。腰のホルダーにボールを収めた頃にはバンギラスの砂嵐も晴れた。隠されていた空が澄み渡り、綺麗な星々が私達を見下ろしている。

 

「フィ」

「あっ、私の帽子……ありがとう」

 

 ゲットした途端に私から離れたと思えば、リーフィアは麦わら帽子をセレナちゃんへと渡していた。初めて見るポケモンへと恐縮しながらも、はにかむセレナちゃんに少しだけ安堵した私がいる。トラウマにでもなっていたら親御さんに合わせる顔が無かった。

 そんな感傷に浸っていると、サトシ君がウキウキした顔でリーフィアへと歩み寄る。あっ不味いと気づいた時には手遅れだった。

 

「リーフィアって言ったっけ。ありがとな、お前ってあんな大きなポケモンも────」

「フィアッ!」

「いてっ!? な、なにすんだよー!」

「えっ!? ど、どうしたの?」

 

 サトシ君としては初めて見るポケモンということもあって、友達になれるかもと期待していたのかもしれない。けれどリーフィアのお眼鏡には適わなかったようだ。しゃがみ込むサトシ君の顔に『にどげり』をお見舞いすると、そっぽを向いてセレナちゃんにぴとっとくっついてしまう。渦中にいるセレナちゃんが困惑するのも仕方ない。

 

「ごめんなさいねサトシ君。この子、大の男嫌いなのよ」

「えぇ……なんて面倒臭い奴なんだ」

「面白いでしょ? 今はこんな感じでも進化する前は───」

「フィー!」

「……まあ色々あったわけよ」

 

 耳を大きく張ってやめろと意思表示するリーフィア。先ほどのバトルで見た凛々しさから一転してコミカルな姿に、セレナちゃんはクスっと吹き出してしまう。

 私とジラーチも、リーフィアの性格に慣れているから肩を竦めるのがお約束である。それを見て更にヒートアップするリーフィアと、納得いかない様子のサトシ君。もう張り詰めた空気は霧散していた。

 

「さて、それじゃあキャンプ場に戻りましょうか。そこで吞気に居眠りしているピチューも診てあげないといけないものね」

 

 私の宣言に、目くばせをするサトシ君とセレナちゃんは互いに見つめ合って「ピチュー?」と同時に小首をかしげる。そんな彼らの腕の中で、気絶した()()をしているピチューの大きな耳がピクリと動いたことに、ジラーチと私はクスリと悪戯めいて笑ってみせた。

 

 

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

 

 

「チュー!」

「ぐっ、もうお前の電気技なんて慣れたぜ! 大人しくしてくれないと手当できないだろ!」

「ヂュウウウウ!」

「あだだだだ!?」

「フフ、随分と仲が良さそうね。サトシ君が見つけたの?」

「あれって喧嘩してるんじゃ……」

「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない。セレナちゃんとサトシ君も最初はあんな感じだったもの」

「そ、それは忘れてください! あのピチューは倒れてたんです。そこにあのバンギラス? というポケモンがやって来て」

「……なるほどね。リーフィア、ジラーチ。この子たちをキャンプ場まで連れてってあげて」

「フィー」

「ジラ!」

「こんにゃろ! ……クロエさんはどこ行くの?」

「そうですよ。もう夜だし……」

「少し調べたいことがあるの。安心して、リーフィアとジラーチは私のパートナーなのよ? 私もすぐ追いつくから」

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