「出てきて、バンギラス」
「───……」
帰路についた二人と一匹を見送って、私はバンギラスをボールから出してあげた。
瞳には正気の色が戻っている。目下に深い隈が出来ていて、リーフィアから受けたダメージも抜けきっていない様子だった。何より、本来の気性は大人しいを通り越して臆病であることも、震える巨体から察することが出来る。正気となったバンギラスの瞳には、私への恐怖が色濃く映っていた。
「大丈夫、大丈夫だから。私は貴方の敵じゃないわ」
『かいふくのくすり』を片手に、私はバンギラスへと近づいていく。
木の幹に体を預けるバンギラスは、恐怖に身を震わせるばかり。一定の距離まで近づくと、目を瞑って体を丸めてしまう。これでは患部に薬を使うことができない。
「少し、貴方のことを教えてもらうわね」
目を瞑らない距離まで離れて、私はバンギラスと視線を交錯させた。サイコパワーで精神の表層だけをなぞり、決してその奥には立ち入らない。必要なのは解決策だけで、トラウマを刺激するような真似はポケモンとの信頼を失うことになる。
これはサイキッカーが心得るべき大原則だ。私たちが心を読めるように、本能に敏感な者は心を読み取られていることに気づくことができる。人間より本能に秀でたポケモンであれば尚更に。
「まさか、ボールが怖いの?」
「……」
私の言葉に、怯えるバンギラスは神妙な面持ちで頷いた。
トラウマまでは読み取っていないから確証はないが、この子も何かしらの被害者なのかもしれない。嫌な予感ほど当りやすいのだから人生とは不条理に過ぎる。サイキッカーであればこそ、現実と予知の乖離に悩まされることが多い。
「このボールは貴方にあげるわ。だからせめて、その傷の手当てだけはさせてほしいの。いい?」
握っていたボールをバンギラスの手元へと転がして敵意がないことを示す。私が出来るのはこうして誠意を見せるくらいしかない。
バンギラスは転がってきたボールと私を交互に見つめると、今度は深く頷いてくれた。心の表層に広がっていた不安の荒波も、今は凪のように落ち着いている。
患部に『かいふくのくすり』を吹きかけながら、事の顛末を回顧すると、何か作為的な介入があったように思えてならなかった。
けれど直感的に予知が訪れることはない。今すぐに事態の全容を把握できるような都合の良い展開にはならなかった。そこがまた、サイキッカーとは名ばかりだと痛感する。
「あなた、ここら辺のポケモンじゃないでしょ? 故郷を覚えているなら思い出してみて」
私の言葉を聞くと、バンギラスは静かに瞼を閉じて回想する。すかさず私も、薬を持たないもう片方の手でバンギラスに触れた。
思い出に感応し、頭の中にこの子の故郷が描き出される。あられが激しく吹き荒れ、険しい山が連なる場所だ。幼い頃の記憶なのだろう。目線は低く、自分の親であるバンギラスを見上げるような視点だった。
場面は移り変わる。親とはぐれ、山の麓まで迷い込んでしまうと待ち構えていたのは人間だった。ボールではなく機械と檻で無理やり捕らえられたことから、ポケモンハンターに間違いない。その後も過酷なバトルと檻の中での生活を強いられ、バンギラスに成長しても臆病な性格のままだったようだ。
そして────ブツン、と記憶は途切れてしまった。
「……?」
「大丈夫よ。ちょっとね」
不意に零れた私の涙を見て、バンギラスは不思議そうに首を傾げた。愛想笑いをして何とか取り繕おうとしたけれど、精神の感応は一方通行ではない。共感した私の悲しみはこの子に伝わってしまったはず。
だというのに、この子は何も言わず、瞑目したまま身を寄せてくれる。この子を信じたサトシ君は正しかった。
「ありがとう。必ずアナタをシロガネ山へと帰してみせるわ。それまでは私を……いえ、アナタを信じたサトシ君だけは信じてほしいの」
治療を終え、バンギラスの手元に転がしたモンスターボールを改めて拾った。そして真摯にバンギラスと向かい合うと、バンギラスはボールをまじまじと見つめてから頷いてくれる。
ボールのボタンを押すと一瞬だけ身を硬直させたものの、モンスターボールの光線を浴びてバンギラスはボールの中へと戻っていった。
(あとは、博士に報告するだけね。……あら?)
ボールの中で安静にするバンギラスにホッとしたのも束の間、木に隠れて私を窺う視線に気づいた。
警戒心はない。けれど焦燥感が込められている。視線を辿ると、数刻ほど前に出会ったあのポケモンが私に声をかけるか悩ましそうにしていた。
(……ああ、そういうこと。流石にこれは予想外だったかも)
私は安心させるように微笑みながら、バンギラスにしたように視線を交錯させて記憶を読み取った。ポケモンも本能的に私のしていることを感じ取ったのか、じっと私と見つめ合う。
優しいポケモンだ。強い心も持っている。このポケモンならキャンプ場へと案内しても問題ないと確信できた。
「ガルゥ……」
「安心して、
私の言葉に悩むそぶりも見せず、目の前のガルーラ親子は力強く首を縦に振った。
◆◇◆
「おかわり!」
波乱に満ちたキャンプも終わりを告げようとしていた。
長いようで短い一日だったと思う。満腹感と倦怠感が眠気を齎すが、左隣でカレーを頬張るサトシの元気な声でセレナは現実へと引き戻された。
右隣のピチューはポケモンフーズを物珍しそうに見つめ、一度口に含んでからはガツガツと美味しそうに食事をしている。余程お腹が減っていたのか、その姿はサトシに少しだけ似ている気がしないでもない。
「ねえピチュー。アナタはこの辺りに住んでいるの?」
「ピチュ? ピチュ、ピチュピッチュ」
「うーん、やっぱりクロエさんがいないと分からないかも」
「ピチュ……」
「大丈夫、キャンプが終わるまでには帰ってくると思うわ。それにホラ、ほっぺにくっついてる」
ポケモンフーズを食べ慣れてないのか、或いは生まれたばかりなのか。まだ自分たちと同じようにピチューも子供なのかもしれない。セレナはちょっとだけ親近感が湧いた。
「でも不思議だよなー。確かピチューはピカチュウの進化前って、さっきオーキド博士から聞いたぜ。でもこの辺でピカチュウなんて見たことないし……ひょっとして迷子か?」
「ピチュピ! ピチュ!」
「ハハハ、そんな強がっても迷子は迷子だろ?」
「ピ~……チュウゥゥゥゥ!」
「うわあああ!?」
セレナが親近感を感じるなら、サトシとピチュー自身はそれ以上かもしれない。
調子の良さそうなサトシの物言いに、ピチューが不機嫌になって『でんきショック』をお見舞いする。すると丸焦げになったサトシと自分のワザで目を回すピチューの出来上がり。
喧嘩するほど仲が良いとはクロエの言。なるほど、こうして傍目で観察すれば、ピチューとサトシはやっぱり似た者同士だった。どっちも意固地になりやすい性格をしている。
「もうっ! サトシもピチューもいい加減仲良くしなきゃ」
「だってコイツが!」
「ピチュ!」
どっちも負けず嫌いで引こうとしない。
セレナも強くは言えず、フンっと顔を背けるサトシとピチューに困り顔をするしかなかった。
オーキド博士に頼ろうにも、迎えに来た親御さんに子供を送り出して忙しそうだ。このままではサトシかセレナ、どちらかの親が迎えに来るのも時間の問題である。
出来るなら、ピチューと少しは仲良くしてほしいのがセレナの本音だった。このまま別れるのは少し後味が悪い。
「まあまあ二人とも。喧嘩もいいけどそろそろお別れの時間よ。最後くらい仲良く終わってもいいんじゃないかしら?」
「クロエさん!」
思い悩むセレナの背後から、大きな体躯のポケモンを連れてクロエが声をかけた。
セレナは喜色を浮かべる。これで気苦労から解放された。情けないが、意固地となった彼らを諭すには年上のクロエが適任だった。
サトシも興味が移ったのか、嬉しそうに新たなポケモンを見上げていた。
「おかえりクロエさん。そのポケモンは?」
「ガルーラというポケモンよ。そのピチューの保護者といったところね」
「ピチューの?」
「ピチュピ!」
クロエが紹介し終えるよりも早く、ピチューはポケモンフーズを投げ出してガルーラへと抱き着いた。
親子ともども、ガルーラはピチューを優しく抱き留める。見るからに違う種族のポケモンだというのに本当の親子のような絆があった。
喧嘩をしていたサトシでさえ、感動的な光景に息を飲んだ。あれだけ強がっていたピチューも、心のどこかで寂しさを紛らわそうとして強がっていたのかもしれない。そう思うと、ポケモンも人間も姿形が違うだけの同じような存在だと思えた。
「ガルゥ……」
「ピチュピ。ピチュー!」
ガルーラの子供と同じく、ピチューは親の腹袋に入れられる。
子供のガルーラとの兄弟のような関係性に、サトシだけでなくクロエやセレナも目が離せなかった。
ピチューはふと、そんな三人の姿に気づく。ガルーラ親子も名残惜しそうなピチューを一旦腹袋から出してあげると、サトシの目の前に降ろしてあげた。
「ほら、サトシくん」
「そうだよサトシ」
「あっ……う、うん」
「ガル?」
「ピチュ!? ピ、ピチュピ……」
気まずげなピチューとサトシは周りに背中を押され、腕が届く距離まで近づいた。
けれど両者ともに、いざ別れとなると言葉が思いつかない。
沈黙が流れること数秒。最初に切り出したのはピチューだった。顔を背けながら、小さな腕をサトシに差し出した。背けた顔も、視線だけは横目でサトシを捉えていた。
ハッとしたようにサトシは瞠目する。嬉しさ反面、ピチューが勇気を出して手を差し出したことに、これが本当の別れとなることを自覚してしまったから。
逡巡する。差し出された手を握れば、この時間が終わってしまう。
でもここで何もしなければ、ピチューとの思い出は永遠に完結しないままだった。
だからサトシは恐る恐る小さな掌に触れ、僅かな力を込めて握り返す。すると、ピチューもまた同じ力で返してくれた。
「……
「ピチュ」
名残惜しさがあったことは否定できない。だからサトシの言葉には願望も含まれていた。
しかしそれ以上に、このピチューとの縁は大切にしたいという思いが強かった。
ピチューもまたサトシの言葉に当然だと頷いた。ハンドシェイクをしながらも、サトシの潤んだ瞳を確かに見逃さなかった。
だからだろう。ピチューは握手する手を離さなかった。
「おい、そろそろ行くんだろ? 家族が待ってるじゃないか」
「……チュウゥゥゥゥ!」
「あばばばば!?」
サトシが疑問に思い始めた刹那、ピチューがニヤリと笑ったかと思えば『でんきショック』がサトシを襲った。
流石のサトシでさえ、別れの余韻に浸り無防備のまま直撃したこともあって、十分に効果が発揮されてしまう。
周りの観客もピチューの悪戯は想定内だったようで、苦笑いをしつつもこの二人
「ピチュピチュピ! ピッチュ~!」
「あんにゃろー! 待てー!」
あっかんべー、そしてお尻を叩いてサトシを挑発してから、ピチューは親ガルーラの腹袋へと潜り込んだ。
黒焦げになりつつもサトシはすぐに起き上がる。しかしクロエとセレナに止められ、ついぞサトシはやられっぱなしで負けてしまった。
今回ばかりはピチューの独り勝ち。『でんきショック』をしても気絶しなかったということは、この短期間でピチューが成長できた証でもある。その感謝の意に気付く事ができたのはクロエと親ガルーラだけだったが。
「アイツ~!」
「ま、まあサトシとピチューらしいお別れかも」
「ふふっ、そうね。
ピチューと一緒に面白がる子ガルーラに呆れつつ、親ガルーラはクロエと目礼を交わして、今度こそ森の奥地へと去っていった。これから群れに合流するのだろう。クロエは静かに頷き返した。
サトシも憤ってはいるものの、直前までこみ上げていた涙は既に引いていた。ピチューの『でんきショック』による餞別は効果抜群、しっかり効き目が表れている。
「さて、後はセレナちゃんたちの番ね」
ガルーラの後ろ姿を見送り、クロエは言った。視線の先にはオーキド博士と女性が二人、サトシたちに向かってくるのが見える。
一人はサトシの母親であるハナコ。もう一人は、クロエも受付の時に顔合わせしたセレナの母親であるサキだった。
「「ママ!」」
セレナとサトシの声が重なった。
各々の母親へと二人が同時に駆けだすのを見て、クロエはいつになく感傷に浸る。
両親と最後に会ったのは四天王の就任パーティー、以降は連絡こそ取っているが家族の時間を過ごしていなかった。
だから母親に抱きしめられるサトシとセレナを見て、クロエの表情には羨望が滲んでしまう。
「ジラ! ジラジー!」
「フィア」
「ええ。旅が終わったら会いに行きましょうか」
遠巻きでこちらを見守っていたリーフィアとジラーチに励まされ、クロエは微笑みながら相槌をうつと、オーキド博士の下へ赴いた。
「クロエくん、済まなかった。君には大きな借りが出来てしまったのう」
「借りだなんてそんな。重要なのは
「……うむ。やはり君にはお見通しのようじゃな」
「確信はありませんが、なんとなく」
オーキド博士は困ったように眉尻を下げる。
芳しくない反応に、クロエは言葉尻を濁らせた。
「色々と込み入った話をしたいのじゃが、今は……」
「あの子たちを、ですね」
「うむ」
母親と再会した二人を見やり、オーキド博士とクロエは胸を撫でおろす。
今は、無事に帰れたことを喜ぶべきだろう。
自責の念に苛まれながら、少し眩しく見える光景にクロエが目を細めていると、セレナの母親であるサキと視線が交錯した。
途端に、身体が引き締まる錯覚を覚える。サトシとセレナが暴走するバンギラスに襲われたことに負い目があったから、きっと容赦のない言葉を掛けられるかもしれない。そんな不安がクロエの脳裏を過った。
しかしクロエの不安とは裏腹に、サキは微かに目を見開いてから、穏やかな相好で微笑みを湛えるばかりだった。
◆◇◆
半日ぶりに出会った娘を見て、このキャンプへと参加させた甲斐があったと実感した。
「ママ!」
「あらあら。良い顔になったじゃない」
痣の出来た膝、ボサボサになった髪。随分とやんちゃをしてきたらしい。
らしくもなく小綺麗だった身なりが汚れていても、セレナが気にしている様子はなかった。
そんなセレナの小耳へと囁くように顔を近づける。
「それでどうだった? サトシくんとどこまで進んだの?」
「えぇっ!? へ、変なこと言わないでよ……!」
小声でやりとりをしながらセレナは初々しく顔を紅潮させた。
これはこれで、以前のセレナよりも可愛げがあるかもしれない。
慌てふためくセレナがチラチラと視線を右往左往させるのは、隣でガミガミと怒られるハナコさんの一人息子だった。
私と同じく子供を抱き留めるまでは一緒。その後、サトシ君の期待に満ちた目とは裏腹に、私から見ても若干天然気味なハナコさんは、予想に反してセレナと一緒にやんちゃしたサトシ君を叱っていた。
母は強し。セレナはおろか、私もちょっとあの二人の間に入るのは気が引ける。
そうして声をかけ
(あらまあ。受付の時とは別人みたい)
明朝に顔合わせした時よりも、少女は暗い表情をしていた。
セレナが巻き込まれたことに引け目を感じているのかもしれない。
私は不安を煽らないように微笑みながら、少女へと声をかけた。
「クロエちゃん。ごめんなさいね、セレナが迷惑をかけたみたいで」
「迷惑だなんて! セレナちゃんが危ない目にあったのは私の力不足が……」
クロエちゃんは申し訳なさそうに謝った。
律儀な子だ。事の次第はオーキド博士から聞いているけど、この子が責任を感じる必要はないはず。
当事者のセレナも心外そうにしていた。
「そんなことありません! 私とサトシが助かったのはクロエさんのおかげなんですから!」
「……ありがとう」
しゃんとしていた姿から一変して、クロエちゃんは儚げに表情を綻ばせる。
存外にナイーブな性格なのかもしれない。10歳でトップトレーナーになったこの子も、まだ年端もいかない子供だ。子を持つ親として、クロエちゃんの気丈な立ち振る舞いは、周囲だけでなく自分自身を鼓舞するものだと理解できた。
難儀なものだと思う。なまじ聡明過ぎるのも重荷になるだけだ。
「いいことクロエちゃん」
「はい?」
私は人差し指を立てて忠告をする。
「あまり自分を責めないようにね。事実として貴方はセレナを助けてくれたんだもの。胸を張っていいわ」
「でも、私がもっと早く気づいていれば」
「ストップ。時に過ぎた謙遜は、貴女が救ったものを疎かにもしてしまうの。今回の件で誰か不幸になった?」
「それは……そうですが」
「セレナやサトシ君、ポケモンたちも。みんなが貴女に感謝しているはずよ。もちろん私もね。だからこの話は終わり!」
そうやって強引に打ち切ると、釈然としない様子ではあるがクロエちゃんは頷いた。
セレナの母親である私に対して引け目があるというのに、その本人から謝るなと言われて感情の行き先を見失っているのかもしれない。
しかし、だ。このキャンプにセレナを参加させたのは、なにも反抗期な娘を戒める為だけではない。野生のポケモンとの出会いを通じて得られたものは確かにあったはず。
自然の厳しさ。人間とポケモンの共生。私たち人間とポケモンの関係を、漠然とでもセレナが考えるきっかけになればそれに越したことはない。このサマーキャンプはそれだけでも収穫と言えた。
「ウチのじゃじゃ馬娘の面倒を見るのは大変だったでしょ? いや~私も毎日手を焼かされて───」
「ママったらやめてよっ」
セレナを揶揄えば、辛気臭い雰囲気も元通り。
トップトレーナーだろうと、クロエちゃんはまだ子供だ。気丈な振る舞いも、自分の弱さを克服しようともがく姿も、大人になった私だからこそ見抜くことが出来る。
彼女は強い子だ。でなければ四天王という栄誉を掴むことはできないはず。私も初めて顔合わせした時は驚いたものだ。
けれど同時に、この子とてまだ大人になりきれない子供でもある。誰しもが暴走するポケモンとの鉢合わせを責められないというのに、この子自身が誰よりも己を許すことが出来ないでいる。
破滅的な若さだ。厳しく言えば青臭い。クロエちゃんのどこか生き急いでいる姿は、盲目的に
(博士の仰っていた通りね。ちょっと危ないかも)
思い返すのは、送り迎えの際にオーキド博士から世間話程度に伺ったクロエちゃんのことだ。
彼女が元四天王であることや、今は博士のお手伝いをしていること。そして本人は隠しているつもりだが、チャンピオンである姉とのバトルに連敗続きで気落ちしているといったことまで。
思春期と一言で片づけることは出来ても、こうして縁が出来たのなら力になってあげたい。そう思わされるくらい、彼女の危うさに庇護欲を掻き立てられた。
「じゃあ私達はカロスに戻るけど……クロエちゃん、ちょっといい?」
「はい?」
「────今日よりも大変なことがあるかもしれない。でもその中で楽しかったこと、嬉しかったことだってあるはず。だから偶には、振り返ってみるのも悪くないかもね」
セレナには聞こえないように耳元で囁くと、クロエちゃんは目を丸くしてハッとした。
私が送れる言葉はこれくらい。前へ前へと生き急ぐクロエちゃんを諫めるだけ。
四天王になるまで。そしてチャンピオンである姉へと挑戦するまでに歩んだクロエちゃんの道のりを私は知らない。
ただ、クロエちゃん自身が、過去を振り返ることにネガティブな印象を覚えていたのは確かだったようだ。
過去に囚われることへの忌避感だけでなく、積み重ねてきたものが今に繋がっていると気づいてくれたのなら、クロエちゃんの目に映る世界はもっと素晴らしいものになるはず。
彼女の周りにはポケモンたちがいる。ジラーチとリーフィアも、クロエちゃんを励ますように身を寄せ合っていた。
「……はい!」
受付で出会って以来、クロエちゃんは初めて年相応にはにかんだ。