黒耀の頂きを目指して   作:リン@ハーメルン

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第9話

 夢を見る。

 追憶のようなもので、将来のそれとは違う。

 マサラタウンからの旅立ちを明日に控えたサトシは、クロエが出場したシンオウのチャンピオンリーグの結末を思い出していた。

 テレビの前で食い入るように視聴していたサトシを、その時だけは母親であるハナコも苦笑して窘めることはなかった。

 

「さあ大詰めよルカリオ。メガシンカ!」

 

 シンオウ地方のチャンピオンマスターは、現状カントーで最も強いとされているワタルにも劣らないトレーナーで、エースと解説されたガブリアスが初手から大暴れした姿は印象深い。

 そんなポケモンリーグにおける頂上の一角を狙うのは、サトシと知己であるクロエだった。

 容姿も、バトルの時に見せる好戦的な笑みも、この姉妹は酷似しているとサトシは思った。

 シロナの手持ちは残り3体。そのうちの1匹であるルカリオと呼ばれるポケモンは、登場して早々に謎の光を纏って姿形を変えた。サトシが見たことのないポケモンが多く出場している中、メガシンカなる現象に興奮を覚えないわけがなかった。

 クロエの一番のパートナーであるジラーチは、3体目のポケモンとして『りゅうのまい』を積んだガブリアスと相打ち。

 過熱するフルバトルで残るクロエのポケモンは一体だけ。

 あのクロエさえ采配一つでこうも劣勢を強いられている事実が、チャンピオンリーグの険しさを物語っていた。

 

「まだよ! 私たちだって終わらせない! メガシンカ!」

 

 手持ちは1対3で絶望的な状況でも、クロエの笑みが途切れることはない。

 サトシは手に汗を握りながら羨ましいと思った。

 かつて手を繋いだ時に感じた暗澹たる感情など、今のクロエには見る影もない。ただ純粋にバトルを楽しむクロエの姿は、トレーナーとして旅立つことを嘱望するサトシにとって憧れそのものだ。

 掲げた腕輪から、クロエの繰り出したポケモンへと光が注がれていく。一方的な繋がりじゃない。クロエからポケモンへ、ポケモンからクロエへ。画面越しであっても、その光が結ばれた絆の強さであると、サトシは直感的に理解した。

 そしてポケモンの姿が変化する。

 ピンク色のスカートは豪奢なドレスとなり、下半身には燦然と輝く巨大なダイヤモンドが現れる。

 額の宝石もメガシンカ前より巨大化して、高まるフェアリータイプのエネルギーが渦巻くが如く、会場の光を乱反射させていた。

 ルカリオはタイプエネルギーで生成した骨のような棍棒を。

 クロエのポケモンは圧縮したダイヤでレイピアを生成する。

 単体戦力なら、これまでのガブリアスやジラーチにも匹敵するだろう。

 両者ともに獲物を構える姿は騎士道のような趣すら感じられる。

 後がないクロエは笑っていた。ピンチだろうと持ちうる全てを出し切って見せると、ひたすらにバトル相手であるシロナとルカリオから目を逸らさない。

 それは盲目的な執着ではなかった。

 最後の最後まで────敗北が過去となり、現在(いま)に至るまでの糧となるまで、決して諦めないという誓いの表れである。

 そうして、クロエのポケモンとルカリオが互いに吶喊し、形成した武器同士で鍔競り合いが起こった時。

 

「ボーンラッシュ!」

「ダイヤストーム!」

 

 画面の向こうで交錯する想いの波導を、サトシは確かに感じたのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「うわあああどいてくれー!」

 

 聞き覚えしかない大声をあげながら、傍らを誰かが通り抜けていった。

 私の肩にしがみ付くマコトのポッチャマも、ナナミばかり警戒していたからビクッと驚いてしまう。

 いざシゲル君とバトルを始めようとしていたマコトは、バトルフィールドに割り込まれて指示を続けることが出来ないでいた。同じく、周りにいるシゲル君のサポーター達も呆気にとられている。

 平静を保っていたのは私とナナミ、そしてシゲル君本人だった。

 私達はこの声を知っている。砂煙に紛れ、パジャマ姿に寝癖が跳ねていても、この快活な童顔を見間違えるはずがないのだから。

 

「いてて……」

「誰かと思えば……サートシ君、その間抜け面が相変わらずで安心したよ。まさか当日に遅刻なんて───」

「ブイ!」

「おっ、イーブイじゃないか。おはよ~いい朝だなぁ。俺、今日から旅に出るんだよ」

「───ってイーブイ! 何度も言ってるだろ、サトシの阿保が移るから離れるんだ」

 

 サトシ君から引き剝がされても、シゲル君のイーブイはニコニコと楽しそうにしている。ここら辺の純粋な感じは私のジラーチにそっくりかもしれない。

 彼らの近況はナナミから聞いていたけど、人懐こいイーブイはサトシ君とも良く遊んでいたようだ。

 イーブイを自分の手で(かえ)したシゲル君の気持は察せる。けれどイーブイの自信家な性格がシゲル君そっくりに育ったのは、紛れもなく一番のパートナーとして選ばれている証だ。

 傍目で見れば一目瞭然。まあ、そんな簡単に自分のことを客観視できるなら、人間もポケモンも苦労しないわけで……。

 

「阿呆ってなんだよ!」

「なら問おうか。旅の当日に遅刻したおバカさんはどこの誰だ?」

「そ、それは……」

「寝間着姿で旅立つとは流石の僕でも恐れ入るよ。参ったな、サートシ君の前衛的なファッションセンスには脱帽だ*1。あれ? いつものように帽子は被らないのか? そりゃあそうだろう、君のそれはただの寝坊だ」

「ぐっ……」

「全く、僕の自称ライバルが聞いて呆れる。お爺様も嘆き悲しむだろうね。こんな調子じゃ4番目のサートシ君がポケモンマスターなんて夢のまた夢……」

「そうだ、オーキド博士! 待ってろシゲル! すぐにポケモンを貰ってくるから、そしたら勝負だ!」

 

 揶揄うシゲル君を一蹴し、サトシ君はパジャマのままオーキド研究所へ駆けて行った。

 やれやれと頭を振るシゲル君はイーブイを引っ込める。おちょくりながらも安心したかのように嘆息する彼の心労は分かりやすい。自然と私も笑みが零れてしまった。

 自称ライバルだとサトシ君を揶揄っていた彼こそが、誰よりもサトシ君に期待しているのだから。

 

「……嵐のような奴ね」

 

 ポカーンと呆けていたマコトの第一声はそれだった。

 つい先ほどまで意地悪そうにしていたシゲル君が、困ったように額へ手を当てる。

 

「嵐よりも手が付けられない奴だよ。すまないがバトルはまた今度にしよう」

「ちょっとどういうこと? 私の方が先に───」

「約束していたのさ。お互いにポケモンをゲットしたらバトルをするってね」

 

 撫でられるイーブイは気持ちよさそうに目を細めていた。そんなイーブイへと柔らかく微笑んでから、シゲル君はオーキド研究所を仰ぎ見る。

 

「まっ、御覧の通り遅刻するような奴だから、約束をすっぽかされたと思ったのさ」

「この私を前座扱いだなんて、随分と舐めてくれるじゃない」

「人聞きが悪いな。君にはいないのか? 絶対に負けたくない相手、超えたいと思う壁は? サトシには負けられない。だからアイツとのバトルを諦めるなんて選択肢はないんだ」

 

 マコトへと問いかけながらも、シゲル君は私とジラーチにだけ分かるよう目で訴えかけてきた。

 私に敗れたトレーナー達と全く同じだ。

 シゲル君の悔しさと憧れが混然一体となって、名状しがたい情動が瞳の奥から私を射抜く。

 四天王だった時。世界各地を旅していた時。バトルに勝てば相手トレーナー達から貰っていたし、負けた時は私だってしていたかもしれない。

 そんな目をシゲル君がするようになったのは、彼がもう庇護される子供ではないことを物語っていた。

 イーブイが生まれてから旅立つ今日(こんにち)まで。

 一度としてシゲル君が勝てたことのない私というトレーナーは、彼にとって超えたい壁の一つとして立ち塞がっているのだろう。

 その事実に歓喜と、僅かばかりの気付きを得ることが出来た。

 シゲル君や、もしかしたらサトシ君にとってのクロエと言うトレーナーは────私にとってのお姉ちゃんなのかもしれない。

 

「……私だって、いるよ。とってもバトルが強くて、口うるさくて。でも絶対に勝ちたいトレーナーが」

 

 ラプラスをボールに戻しながら、マコトは噛み締めるように吐露した。

 

「ポチャ!」

「ポッチャマ? どうしたの?」

 

 私の肩からポッチャマが飛び降りて、マコトの下へと戻っていった。

 マコトの想いをポッチャマは分かっている筈。

 シンオウではなくカントーを旅する原動力となった反抗心は、偉大な母親へのコンプレックスと、期待されることの苦しさから一時的に距離を置くため。

 それでも、ポケモンリーグの聖地と呼ばれるカントーへやってきたマコトに、目標から逃げているだなんて口が裂けても言えないだろう。

 マコトは私なんかよりもずっと強い子だって褒めていたのは、紛れもなく事実だ。

 目の前まで迫った頂点へ触れることが出来ず、四天王という自らの立場すら倦むようになって、虚無感と義務感へ陥ったままカントーへやってきた私とは動機が違い過ぎる。

 マコトは期待に押しつぶされそうになっても踏みとどまってきた。

 かつての私なんかと比べることすら烏滸がましいほど、彼女は強いトレーナーだ。

 

「ポチャポチャ、ポチャ!」

「……分かったよポッチャマ。シゲルって言ったっけ。なら次は私が予約するから首を洗って待ってなさい! それとポッチャマも今度は逃げないでよね」

「ポ、ポチャ……」

 

 シゲル君には勇ましい眼差しを、相棒であるポッチャマにはジト目を送ってから、マコトは私の隣へと戻ってきた。

 

「バトルは次回に持ち越し?」

「だってさ。なんでも、さっき転がり込んできたサトシって子が先約だからって。せっかくラプラスの初陣だったのに」

「じゃあ次はあの二人がバトルするってことかしら」

「そうじゃないの? ポケモンを貰ったらバトルなんて新人の特権だし」

 

 そうマコトが言いかけた時のこと。

 稲光がオーキド研究所から天に昇っていき、電撃音が辺り一帯に響き渡った。

 シゲル君のサポーターたちは悲鳴を上げる。

 マコトとポッチャマは揃って不快そうに両手で耳を閉ざし、眩しい雷の光芒へとシゲル君は目を眇めいた。

 

「サトシ君のパートナーは、やんちゃさんみたいね~」

「そうね……負けず劣らず、トレーナーそっくりってことかも」

 

 相も変わらず間延びした声音のナナミへ空返事をしながら、私は雷撃に既視感を覚えていた。

 あれほどの電気タイプエネルギーは()()()()()()

 果たして、オーキド研究所にあそこまで強力な電気タイプのポケモンがいただろうか。数年ぶりのマサラタウンでも、印象に残る電気タイプのポケモンは記憶にないから不思議に思ってしまう。

 

「ああ……サトシはアイツを選んだのか」

「シゲル君は知っているの?」

「僕も最初の一匹をお祖父様から貰っていてね。でも何故か今年だけ4()()もいたんだ。僕やサトシを含めて4人が旅立つからと最初は思っていたんだが……」

 

 歯切れが悪いシゲル君に、私やマコトは揃って首を傾げるしかなかった。

 苦々しいシゲル君の姿は新鮮かもしれない。尤も、その奥で依然としてニコニコとしているナナミには若干の恐怖すら感じてしまうが……彼女は祖父であるオーキド博士の事情を知っている。絶対に話してはくれないだろうけど。

 

「ちょっとだけ珍しいポケモンだったのよ~。まあシゲルには懐かなくて噛みつかれたのだけれどね」

「姉さん、噛みつかれたんじゃない。僕が寛大にも……そう、心の広い僕はアイツを許してやっただけさ。全く困った奴だよ、髪の毛がチリチリになるところだった」

 

 それはそれで気になる話だ。髪の毛先を気にしながら話すシゲル君に、私の後ろに隠れてマコトはぷっと吹きだしていた。当然シゲル君には丸見えで不服そうな顔をする。

 最初ということもあって初心者向けのポケモンを揃えていると思っていたけど、どうやら地方によるらしい。そこら辺はポケモン博士によって方針が分かれるのかもしれない。

 シンオウ地方だってマコトのように、ポッチャマを最初のパートナーとしているトレーナーが多い。しかしポッチャマと言う種族はプライドが高く、お世辞にも初心者向けとは言い難いポケモンだ。

 シビアな現実を直視すれば、最初のパートナーであるポケモンと上手くいかなくて引退してしまう新人トレーナーは少なくない。トレーナーに年齢制限はないから、復帰して再挑戦することは出来るけど、大体は一緒に家業をするパートナーになることが殆どだ。それもまた、ポケモンと人間の在り方と言えるだろう。

 

「プクク……チリチリって……」

「僕も人のことを言えないかもしれないが、君も大概()()()()だな」

 

 シゲル君は大きく嘆息する。睨みつける先には、未だに笑いを堪えるマコトがいた。

 こういったやりとりを見ていると、二人は同世代のトレーナーだと実感する。私が旅立つのと同じくして、シンオウで旅を始めたナナミとの出会いも、雰囲気はこんな感じだったのを懐かしく思えた。

 

「はあ、はあ。待たせたなシゲル! 俺もポケモンを貰ってきたぜ!」

 

 ここで漸く、サトシ君が最初のパートナーを連れてオーキド研究所から戻ってきた。

 モンスターボールには収納せず、パートナーのポケモンと並んでやってくる。

 もの凄く嫌そうにしながら図太い顔立ちをしているそのポケモンを、私とジラーチはよく覚えていた。

 

「クロエさん! ほら、あの時のピチューだよ! コイツ、ピカチュウに進化したみたいでさ!」

「ピカァ? ピ~カ~……!」

「久しぶりねピカチュウ。元気にしてた?」

「ジラジーラ?」

 

 チリチリと頬の電気袋に帯電させ、威嚇するピカチュウは私とジラーチを視界に捉えた。

 目が合うこと数秒。ポカンとするジラーチと私に電気が飛んでくることはなく、ピカチュウは再びプイっと不機嫌そうに顔を背けてしまう。

 

「……ピカ」

「相変わらず不愛想な奴だな。悪戯してる時はあんなに笑ってるくせに」

 

 サトシ君が口を尖らせて言うが、私とジラーチには気恥ずかしさを隠そうとしているのは分かり切っていた。

 

「やっぱりかわいいわね~。このふっくら丸い感じがお饅頭みたい」

「お祖父(じい)さまも趣味が悪い。とんだ問題児じゃないか」

「うーん。可愛いけどなんか変なポケモンね。どうして嫌々しながらボールでゲットされてるのよ」

 

 ナナミ、シゲル君、マコトの順に言いたい放題である。

 ……うん、まあナナミは置いときましょう。シゲル君とマコトの言いたいことは分かる。

 人間不信で何かあるたびに噛みついたり電気を放つピカチュウなんて、新人トレーナーの手に余ると分かっているはず。とはいえ、ピカチュウ自体は珍しいポケモンだから、シゲル君が好奇心で近づいたのは容易に想像できるのだが……そこは彼のプライドの為に放っておこう。ナナミがニヤニヤしていた理由も察しがついてしまったし。

 ゲットされたのに嫌そうにするのは変というのも、マコトの感性は一般的なものである。原則、ボールでポケモンを縛ることなんて出来ない。コツを掴めばポケモンは自分でボールから出ることも可能だし、それこそ嫌なら逃げ出せばいい。けれどピカチュウはサトシ君の隣で不機嫌そうにツーンと顔を背けるばかり。

 思わず私とジラーチは互いに顔を見合って吹きだしてしまった。ナナミも釣られてクスクスと笑いを零す。

 胡乱げに小首を傾げる新人トレーナー三人組にはまだ分からないだろう。

 そうしてトレーナー同士でやり取りをしている最中のこと。

 

「ポチャ、ポッチャマ!」

「ピカ? ピカ、ピカチュウ」

「ジラ!」

 

 ポッチャマとジラーチの挨拶をピカチュウは素直に受け入れた。

 どうやら人間にだけ敵愾心が強いようで、ポケモンとのコミュニケーションについては何ら問題無いようである。

 そして此処には、ボールから出ているポケモンがもう一匹いる。

 ピカチュウはテクテクと二足歩行でイーブイの下まで歩み寄ると、サトシ君に向けていた嫌そうな表情が嘘のように、気さくな感じで挨拶をした。

 

「ピカ、ピカチュウ」

「……ブイッ!」

「ピカ!?」

「ポチャ!?」

「ジラ!?」

 

 するとどうしたことか。

 今度はイーブイがツーンと顔を背けてピカチュウから離れてしまった。

 これにはジラーチとポッチャマも啞然とする他ない。

 とうのイーブイはシゲル君の下へと戻っていく。

 残されたピカチュウは、メラメラと怒りの炎を燃やしていた。袖にされたことが余程気に食わなかったらしい。

 

「ピカ~……!」

「ふん、やっぱり問題児じゃないか。四番目のサートシ君にはお似合いだね」

「何が四番目だ! 旅に一番も四番も関係ないだろ! それに、今のはシゲルのイーブイが悪いじゃないか。いくらイーブイだからってそこは譲らないからな!」

 

 いつものようにシゲル君が煽れば、サトシ君がムキになって反論する。

 しかし今日は彼らだけではない。ピカチュウとイーブイの対立構造も、まさしくトレーナーとポケモンが映し鏡となっていた。

 上から目線で貶すシゲル君と自信ありげに見下すイーブイ。対するは憤慨するサトシ君とピカチュウ。

 こうもトレーナーとポケモンが似た者同士だと見ごたえのあるバトルになるかもしれない。

 

「あら。バトルの約束をしているなら丁度いいわね~」

「ええ、絶好のタイミングだわ」

「こんなノリでバトルするの? 男って単純すぎない?」

 

 おっとりしたナナミだけど私には分かった。彼女は私以上に今の状況を楽しんでいる。

 マコトはまだトレーナーのノリと言うのに慣れていないらしい。さっきまでシゲル君に煽られてバトルを申し込んでいたのは何処の誰なのかしら。

 とはいえ熱中して我を失うお茶目な部分は、マコトのチャームポイントでもあるからツッコミを入れたりはしない。後々イジる話のネタになるだろうしね。

 

「なら示してみなよ。君だってもうポケモントレーナーだ。単純明快、一対一でケリをつけようじゃないか」

「言われなくてもやってやる! 行くぞピカチュウ、シゲルとイーブイに目にモノ見せてやろうぜ」

「ピカ!」

 

 ピカチュウとイーブイの間であたふたするジラーチを胸に抱きとめて、私は事の成り行きを静観する。

 ジラーチは喧嘩の「け」の字も使ったことがない子だから、少し気の毒だった。抱きしめてあげたのは、二人のバトルを止めなかった罪悪感があるからその贖罪でもある。

 ジラーチも理解はしているはず。

 シゲル君の手でイーブイが孵った時。ピチューとサトシ君が出会った時。私と一緒の光景を見てきたこの子なら、二人の因縁について殊更に語る必要はない。

 サトシ君とピカチュウの初バトルが、シゲル君とイーブイなのは必然だ。逆もまた然り。

 そう思えばこそ、私とジラーチはこのバトルを見守るのが道理である。

 

「ピカチュウ、『でんきショック』!」

「……ピカ!」

「ああっ!? 言うことを聞いてくれよ!」

 

 サトシ君の勇ましい指示を受けて、ピカチュウが繰り出したのは『たいあたり』だった。

 瞬発力は素晴らしい。初めてのポケモンバトルにしては物怖じしない胆力も目を見張るものがある。

 けれどポケモンの自己判断だけで勝てるほどポケモンバトルは甘くはない。

 ましてや相手はイーブイとシゲル君だ。トレーナーとして旅立つ前から一緒に生活していた彼らが、独断でバトルをするピカチュウに遅れを取るわけがなかった。

 

「イーブイ、『リフレクター』で受け止めろ」

「イブイ……!」

 

 半透明の壁を生成して、イーブイは正面からピカチュウの『たいあたり』を受け止めた。

 完全には勢いを殺しきれない。しかし生身で受けるダメージを半減した結果、冷や汗一つかくことなくイーブイは不敵な笑みを浮かべて健在だった。

 これには技を繰り出したピカチュウ自身も驚き、その僅かな瞬間が隙となってしまう。

 

「ピカチュウ落ち着け! 今度こそ『でんきショック』だ!」

「やれやれ、話にならないな。イーブイ、『めざめるパワー』」

 

 たとえピカチュウがサトシ君の言うことを聞いていたとしても、この瞬間に行われた指示の応酬はシゲル君に軍配が上がるだろう。

 イーブイは間合いを理解していた。ピカチュウの『たいあたり』をリフレクターで受け止めた時から、シゲル君の指示にいつでも対応できるようにタイプエネルギーを高めており、『めざめるパワー』をタイムラグ無く繰り出すことに成功する。

 対して、驚きのあまり頬の電気袋へ蓄電していなかったピカチュウは、サトシ君の指示通りに『でんきショック』をしようにも間に合わなかったはずだ。

 ピカチュウはイーブイの『めざめるパワー』を至近距離でくらう。そのままサトシ君の下へと弧を描いて吹き飛ばされ、地面に倒れ伏した時には目を回して戦闘不能となっていた。

 ライバル同士の初バトルは、実に呆気なく幕が降ろされた。

 

「そこまで! ピカチュウ戦闘不能、イーブイの勝ちね」

「まっ、当然さ。よくやったぞイーブイ」

「ブイ!」

「そ、そんな……ピカチュウ、大丈夫か?」

「チュウ~……」

 

 深い傷はない。オボンのみを与えればすぐに目を覚ます程度のダメージだ。

 ピカチュウへと申し訳なさそうにしながら、サトシ君は悔しさを顕わにしてシゲル君とイーブイを見やった。

 長い耳ごと気持ちよさそうに撫でられるイーブイと、勝利してはしゃぐわけでもなく穏やかに微笑むシゲル君の姿は、一人前のトレーナー然としていた。バトルの勝利をポケモンとトレーナーが分かち合う光景にマコトでさえ黙して見守っている。

 

「なってない、全くもってなってないな」

「な、なんだと!」

「サートシ君はただ技を命令するだけ。そのピカチュウは自分よがりなバトルをするだけ。君たちは誰と戦っているんだ? パートナーの足を引っ張り合うばかりで見るに堪えなかったよ」

「クッ……」

 

 気取った言い方だが事実だ。腕に抱いたピカチュウにオボンのみをやりながら、サトシ君は食いしばった形相のまま押し黙るしかない。

 サトシ君はいつも先を行くシゲル君へ目にモノを見せてやると意気込み、ピカチュウはツンと気取ったイーブイが気に入らないから一泡吹かせようとした。どちらも自分本位のプライドが先行して盲目となってしまった。だから勝てなかったとシゲル君は指摘する。

 

「シゲル、けっこうズバズバ言うんだね」

「二人はいつもああなのよ。そこが面白いのだけれど」

「クロエ姉とシロナさんみたい」

「……そうかしら?」

 

 シゲル君とサトシ君のやりとりを見ながら、マコトがふと零した言葉に私は首を傾げる。

 あの二人ほど姉とは……お姉ちゃんとはいがみ合った記憶なんてない。寧ろ、私がお姉ちゃんに挑むまでは、姉妹の仲はかなり良好だった記憶がある。

 黒歴史というほどでもないけど、昔の私は少々やんちゃだった。そんな私に構ってくれたのはお姉ちゃんだけだったから、旅に出る前の私はお姉ちゃん子だったはず。思い返すと少し体が火照ってしまった。

 

「そうだよ。クロエ姉ってバトルが絡まないとシロナさんにベッタリじゃん」

「え、ええ!? そそそ、そんなことは……ないような……あるような……」

「私のママも言ってたよ。二人が揃ってる時に写真を撮ると絶対にコンビになるって。シロナさんのチャンピオン就任の時だって、当時のクロエ姉が無理やり割り込もうとしたのは有名だし」

「待って、それには深いわけが────」

 

 だなんて、下らないやり取りをしていたら、いつの間にかシゲル君はオープンカーへと乗り込む最中だった。

 ピカチュウを抱きかかえたままのサトシ君は、何も言えないでいる。そんな彼をシゲル君は尻目に見て、次いで私とマコトに視線を移してから、ふっとキザに笑ってマサラタウンを旅立ってしまった。

 

「うわー……本当にあんな笑い方をする人がいるんだ」

「マコトの挑戦を受けてやる、っていうことかもね」

「なによそれ。そこは私がシゲルの奴の挑戦を受けてやる……ってなるはずでしょ。ねっ、ポッチャマ」

「ポチャ!」

 

 サポーターの大群がシゲル君を追って消えたからいいものの、マコトの言い分を彼らが聞けばどうなっていたことか。

 私は苦笑しつつ、シゲル君の後ろ姿を最後まで見送っていたサトシ君の下へと歩み寄った。

 

「ほらサトシ君。これから旅に出るんだから切り替えないと」

「でも……」

「でも?」

「やっぱり────悔しいよ。他の誰でもない、シゲルに負けるのがとっても悔しいんだ。バトルにすらならなかった。ライバルだと思ってたのに、シゲルの奴はずっとずっと前を歩いてる」

 

 涙は無かった。

 悔しさは己の無力さから湧いて、怒りはピカチュウを蔑ろにした自分に向かう。

 けれど、心が泣いていた。サトシ君にとっては超えるべきライバルなのに、シゲル君から見た彼はそこらにいる新人トレーナーの一人に過ぎないのかもしれない。そんな不安がサトシ君の胸中を苛んでいるようだった。

 その感情を私は知っている。

 最初は、憧れだった。同じ土俵に立ってからは、敗北で劣等感を刻まれてしまう。追いかけ続ける内に焦りが生じて、不安へと転じてからは自らの卑小さに押しつぶされそうになる。目標としていた相手にとっての特別でありたいと願ってしまう。

 そうした自分の賤しさを虚しく思って、自己嫌悪のサイクルに嵌ってしまうのだ。

 

「な〜に言ってるのよ。貴方、初バトルだったんでしょ? なら勝てないのも仕方ないじゃない」

「そんなのっ! ……君は?」

「私はマコト。こっちは相棒のポッチャマよ。それで、サトシはあのいけすかないシゲルに負けたからって諦めるの?」

 

 返す言葉に窮する私を見かねて、マコトはサトシ君へと呆れを滲ませながら問いかけた。

 

「そんなわけないだろ! 次は絶対に勝つ! 次も負けたら、その次に必ず勝つ! 勝つまでずっとずっと、追いつくまで追い続ける! シゲルは俺の……ライバルだから」

「なら、落ち込むのは終わり。ほらピカチュウも目が覚めたみたいだし、これから特訓あるのみだよ」

 

 同世代ということもあって、諍いなく打ち解けた二人がやり取りを終える。

 ピカチュウの回していた目が元に戻り、サトシ君の腕から飛び出すと吞気に大欠伸をかき始めた。

 

「ゴメンなピカチュウ。次は絶対に勝とうぜ!」

「……ピッ」

「おい! そこは仲直りするところだろ!」

 

 サトシ君の誓いも虚しく、ピカチュウは相変わらずそっぽを向いて応じない。

 しかしギャーギャーと叫ぶサトシ君や、呆れているマコトとポッチャマには見えないように、ピカチュウは隠しきれない悔しさを浮かべている。

 たった一度のバトルですぐ仲良しこよしとはいかない。

 けれどシゲル君とイーブイに刻まれた敗北こそが、サトシ君とピカチュウの始まりであることに、言い知れぬ運命を感じる私がいた。

 

*1
帽子だけに

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