世界の終わりのその先で   作:デスイーター

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終わりの先で二人は出会う

「…………本当、ツイてない。まさか、群響(ハウル)にカチ合うなんてね」

 

 一面の砂漠。

 

 その一角の廃屋の影で身を休める、一人の少女がいた。

 

 色素の抜けた白髪に、瘦せ細った体躯。

 

 歳の頃は16、7程か。

 

 頭からすっぽり被った焦げ茶色のフードは所々破けており、その下には武骨な胸当てと奇妙な光沢を放つインナースーツが垣間見える。

 

 不健康そうな白い肌が破れたフードの隙間から垣間見えており、少女らしい丸みが服の上から確認出来るがお世辞にも体つきは豊かとは言えない。

 

 大きく溜め息を吐いた少女は赤い瞳を胡乱な様子で閉じ、灰色の空を見上げた。

 

「はぁ……………………世界、滅んじゃったんだもんなあ」

 

 ────────────────この世界は、既に滅んでいる。

 

 生き残りはあれど、とてもではないが復興だとかそういう事を考えられる状況にはない。

 

 あの日。

 

 太陽が灰に染まったあの時に、ヒトの生きる世界は滅んだのだから。

 

 灰の日蝕(グレイエクリプス)

 

 そう呼ばれる現象が、世界の滅びの合図だった。

 

 2052年、12月31日正午。

 

 これまで人々を照らしていた太陽は灰色に染まり、世界中に正体不明の怪物が溢れ返った。

 

 彼等の「声」を聴いた者達のうち約半数────────────────凡そ地球人口の半分が、灰の涙を流しながら息絶えた。

 

 灰色の空から生まれ落ちた、遍く全てに響き渡る咆哮をあげるモノ。

 

 故に、灰響(エコー)

 

 今や人類を霊長の座から引きずり落とし、我が物顔で星を闊歩する星の蹂躙者。

 

 生き残った人類が隠れ潜まざるを得なくなった、世界を滅ぼした元凶である。

 

 最初に灰響の声で死んだ者達、その中に各国の上層部がいたのが致命的だった。

 

 国の舵取りを行う者達が軒並み死んでしまった結果、世界は大混乱に陥ったのだ。

 

 要職が一人二人、死んだ程度ならば立て直しは聞いただろう。

 

 だが、政治を司る人間のほぼ全てが一斉に死んだとなると国の舵取りなど出来る筈もない。

 

 後から分かった事だが、灰響の声を聞いた者のうち40を超えた人間はその殆どが死んでいた。

 

 つまりベテランと呼べる人間が死に絶え、若手だけが辛うじて生き残った。

 

 年を経た人間は価値観が凝り固まって融通が効き難いという欠点があるが、同時に重ねた年月故に知識と経験は豊富だ。

 

 そのノウハウは紛れもない財産であり、彼等が何の前兆もなく死んでしまったのは国にとって致命傷に等しい。

 

 もっとも。

 

 彼等が生きていたとしても、滅びに抗えたかは疑問が残る。

 

 何せ、灰響(エコー)はあらゆる近代兵器が通じない。

 

 戦車砲だろうが爆弾だろうが、灰響に対して向けられた兵器は悉くその成果を挙げられなかった。

 

 何故なら、灰響に触れた瞬間全ての弾丸は灰と化し、爆発する事なく散っていったのだから。

 

 灰響はその手で触れたモノを、全て灰と化してしまう。

 

 建物だろうが、動植物だろうが、人間だろうが。

 

 彼等に触れられたモノは全て、灰となって崩れ落ちる。

 

 そうして、人類は抵抗すら許されず駆逐された。

 

 その結果出来上がったのが、灰色の砂で埋め尽くされた星の残骸。

 

 この、灰に染まった地球である。

 

 少女、フィーア=リトゥスはそんな星で生き残ったニンゲンの一人であり。

 

 運悪く灰響(エコー)の無尽発生現象────────────────群響(ハウル)に遭遇して死に体となった、今や何処にでもありふれた生存者(サバイバー)に過ぎない。

 

『e.、e.。cb、e.。nz:q、nz:q、nz:q。nz:q333333333333!!』

 

「ち、見つかった…………っ!」

 

 その「声」を聴き、物陰で膝を突いていた少女は跳ね起きた。

 

 視線を向ける。

 

 その先には、巨大な灰色ののっぺらぼうのような怪物が眼窩のない目でこちらを捉えていた。

 

 この無貌の怪物こそ、灰響(エコー)

 

 種別巨人型(タイプ・タイタン)に属する、人類種の天敵である。

 

巨人型(タイタン)一体だけなら、まだ…………っ!」

 

 少女、フィーアは敵の()()が来る直前にその場から跳躍。

 

 人間では有り得ない跳躍力を以て、伸ばされた灰響の「腕」を掻い潜った。

 

 そして、天高く右腕を掲げ。

 

 その手に、漆黒の大鎌を形成。

 

 武器を手に取り、灰響と対峙した。

 

 ────────灰の日蝕で現れた、灰響(エコー)

 

 その「声」を聴いて生き残った者達は、全員が正しい意味で「無事」であったワケではない。

 

 「声」を聴いた者達の中で、年若い者を中心とした者達の身体が。

 

 文字通り、()()したのだ。

 

 変質の形は、個々人によって様々だった。

 

 五感のうち幾つかが鋭敏化し、膂力に至っては容易く首を捩じ切れる程のものとなった。

 

 そして一様に、灰響に対する()()()()を獲得した。

 

 それが彼女の権限させた武具、灰装(インストルメント)

 

 大鎌の形で振るわれる、彼女の変質の象徴。

 

 この世界で唯一灰響に対抗出来る、人類の────────────────否。

 

 人が変質した新たな種、異人種(アルター)の持ち得る抵抗手段。

 

 彼女をこの時まで生き残らせた、忌まわしくも強力な異能である。

 

『jw、jw、i:@.u、i:@.u、i:@.u…………!!』

 

 自身の攻撃を避けたフィーアを捕らえんと、灰響は腕を無数に分裂させ即座に振りかぶる。

 

 灰響の中でも巨人型(タイタン)は、蜘蛛型(アトラ)蠍型(スコルピオ)のような絡め手ではなく、その巨大質量と無数に分岐する腕での広範囲攻撃を特徴とする種だ。

 

 その巨大さ故に出現当時は無数の巨人型が都市に殺到し、その悉くを文字通り灰塵に帰した。

 

 いわば殲滅特化型の灰響であり、その真価は都市殲滅戦にこそ在る。

 

「────────」

 

 故に、灰装(インストルメント)を十全に扱える異人種(アルター)にとってはさして難しい相手ではない。

 

 ただ一点。

 

 巨大さ故に、倒す為にある程度の()()()()が必要な事を除けば。

 

 巨人型のサイズは、個体によって異なるが凡そ数百メートルから一千メートル級となる。

 

 当然ただ武具を突き刺す程度では倒れる事はなく、巨大さ故に「核」を正確に貫く事もまた現実的ではない。

 

 故に。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa…………っ!!

 

 少女の口から叫声が響く。

 

 フィーアは己の手に持つ大鎌に力を送り込み、同時にその刀身が赤黒く染まる。

 

 血色に染まる刀身から、奇妙な()が流れ出す。

 

 それはピアノの旋律のようでいて、呻き声のようでもいて。

 

 何かの「唄」であると、それを聞いた者は感じ取るだろう。

 

 唄を紡ぐ赤熱した鎌を携え、フィーアは咆哮する。

 

 そして。

 

 巨人型に向かって、己の武具を振り抜いた。

 

『t@z、g@z、t@333333333333333333333!!!』

 

 瞬間、大鎌から放たれた赤黒い斬線が巨大化。

 

 そのまま巨人型の首を斬り裂き、頭部を失った灰響は断末魔の叫びと共に砂となって消え失せた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………っ!」

 

 巨大な灰響を仕留めてみせたフィーアは、地面に降りると同時に脂汗を流し荒い息を吐いた。

 

 事もなげに巨人型を倒したように見えるフィーアであるが、あれだけの攻撃を当然何のリスクもなく放てるワケもない。

 

 異人種(アルター)は己に流れる特殊な血液、灰血(グレイブラッド)を消費する事で武器の硬度や攻撃範囲の拡張を行う事が出来る。

 

 灰血は文字通り異人種の血液であり、それがなくなれば死に至る。

 

 強靭な異人種の肉体は以前の人類のように血液の半分を失ったところで死にはしないものの、当然身体機能は低下する。

 

 先程フィーアはよりにもよって大量の灰血を使わなければ倒し切れない巨人型(タイタン)群響(ハウル)に遭遇しており、数十体の灰響を倒す為に多くの血を消費していた。

 

 そこでトドメとばかりに、群響の追撃から逃れた彼女を追って来た今の灰響である。

 

 倒しはしたものの、既にフィーアは灰血の半分以上を消費してしまっている。

 

 身体はふらつき、まともに戦闘が行えるようなコンディションではない。

 

 この燃費の悪さこそが、異能を得て尚人類が灰響を駆逐し切れない一因である。

 

 異人種の灰血には限りがあるが、灰響は文字通り幾らでも沸いて来る。

 

 一体二体ならばまだしも、数十体の灰響が群れを成す群響(ハウル)などと遭遇してしまえば熟練の異人種(アルター)でさえ生き残れる芽は高くはない。

 

『eq、eq、bezq@、bezq@、b\c4、b\c4…………!!』

 

「…………!? 蠍型(スコルピオ)…………!」

 

 だからこそ、群響(ハウル)に遭遇した者の常として彼女もまた先人と同じ末路を辿ろうとしていた。

 

 地面から染み出すように、3つの影が出現する。

 

 灰で構成された、蠍の形をした灰響。

 

 種別、蠍型(スコルピオ)

 

 環境に溶け込む迷彩能力と、強力な毒尾を持つ砂漠の捕食者である。

 

 この蠍型は迷彩能力で隠れ潜み、弱った獲物を狩り出す事に長けた灰響だ。

 

 その体躯こそ数メートル程度と灰響の中でも小型であるが、その尾に刺されればどんな屈強な異人種であろうと死に至る。

 

 灰響の常として出現する時に独特の「声」を発する為不意打ちでやられる事こそ少ないものの、戦い続けて消耗した異人種にとっては文字通りの死神となる。

 

「く、ここまでか…………っ!」

 

 消耗しきったフィーアに、蠍型を撃退するだけの余力はない。

 

 灰血さえ残っていれば手足が千切れても再生可能な異人種であるが、蠍型の毒尾は文字通りの即死攻撃だ。

 

 一度でも受ければ、その時点で灰血を冒され死に至る。

 

 数多の異人種を葬って来た、砂漠の死神。

 

 その毒牙が、フィーアに及ぼうとしていた。

 

「ヤァァァァァァァァァァ…………ッ!」

 

 フィーアが迫り来る死を覚悟し目を閉じた、刹那。

 

 聞き覚えのない怒声と共に、一陣の風が吹き荒んだ。

 

 突如としてフィーアの前に飛び降りて来たその影は、手に持つ武具─────西洋剣を、滑らかな動作で振り抜き。

 

 獲物を前に沸き立っていた灰響達を、一太刀の下で薙ぎ払った。

 

「だ、大丈夫ですか…………?」

 

 そう言って声をかけて来たのは、年若い少年だった。

 

 顔立ちは童顔と言ってよく、歳の頃は14、5歳程度に見える。

 

 フィーアと同じような焦げ茶色のフードを被り、ボロボロの胸当てとインナースーツを纏っていた。

 

 少年はたった今灰響を両断した剣を腰の鞘に納めて、こちらに手を差し伸べている。

 

 逡巡した後フィーアはその手を取り、人の良さそうな少年を見て乾いた笑みを浮かべた。

 

「あ、ありがとう。えっと、毒尾は受けてないけど────────────────ちょっと、灰血()が足りないかな」

「えっと、それは…………」

 

 フィーアの言わんとするところを察して、少年は頬を赤らめる。

 

 そんな初々しい反応を見て何処か微笑ましくなったフィーアは、悪いと思いながらも生き残る為に少年に懇願する事とした。

 

 灰血を半分以上失っている現在、生きて戻る為にはそうするしかないのだから。

 

「申し訳ないんだけど、血をくれると嬉しい。勿論、対価はなんでも払うよ。胎盤(はら)はとっくに役立たずになってるけど、女として使う分には問題ないから」

「そ、そんな事しなくていいですよ。えっと……………………じゃあ、どうぞ」

 

 少年はフィーアの握力のない手を握って事態の緊急性を把握し、フードをまくって首筋を差し出した。

 

 異人種の灰血は時間経過でしか回復しないが、例外として他の異人種から()()する事が出来る。

 

 大抵の場合その接種は発達した犬歯を突き立てる事によって行われ、さながらフィクションの吸血鬼のように相手の灰血を啜るのだ。

 

 こうして群響(ハウル)と遭遇して消耗し、動く事もままならない状態から生きて帰るには必須と言って良い処置であり、場所によっては異人種の血液を保存したアンプルもあるが高価である為少なくともフィーアは持っていない。

 

 よって、運良く助けに来てくれた少年から接種する以外生きる道はない。

 

 こうして緊急避難的に血を提供する事はそう珍しい事ではなく、大抵の場合は手首に噛みついて行われる。

 

 首を差し出すのは身内か余程親しい人間でもなければやらないものであるが、少年は無警戒に首を曝け出している。

 

 その底抜けの人の良さに気分が良くなったフィーアは、お礼として。

 

 少年を抱き寄せ、その唇を奪った。

 

「んん…………っ!?」

 

 まさかキスされるなんて思いもしていなかった少年は目を白黒させながら、少女の体温と口内に入って来た舌の感触に陶然となる。

 

 カリ、と舌を噛まれ血が流れ出た時も快感の方が強く、口を塞がれたままこくりこくりと自分の血液を呑み込んでいくフィーアにされるがままとなっていた。

 

 ぎゅう、と抱き着きながら血を啜っている為、少女の柔らかな肢体が思い切り少年に押し付けられ思わず身体が反応してしまう。

 

「ふふ、ありがと」

「あ、あぅあぅ…………」

 

 充分な量の血を啜ったフィーアはようやく少年を離し、いきなりの事に混乱する少年は顔を真っ赤にしながらあたふたしている。

 

 灰血を接種した事により、身体は万全とは言わずともある程度戦闘行為が行える程度には回復していた。

 

 これも全ては、異性との想定外の接触で慌てている目の前の少年のお陰だ。

 

 そんな少年を可愛らしく思っていたフィーアは、暫く使っていなかった表情筋を精一杯動かして笑顔を作る。

 

「ありがとう。そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私はフィーア、フィーア=フィレル。あなたは?」

「えっと、ぼくはゼクス、ゼクス=ルトレスって言います。よろしくお願いします、フィーアさん」

「こちらこそ、ゼクスくん。私の事は、フィーアお姉さんって呼んでね」

「はい、フィーアお姉さん」

 

 まさか本当に呼ぶとは、とフィーアは苦笑しつつ、改めてゼクスの手を取った。

 

 これが、ファーストコンタクト。

 

 この終わった世界の先で生きる二人の少年少女の、始まりの一歩。

 

 比翼連理のパートナーを得たその日の、忘れ得ぬ一幕であった。

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