世界の終わりのその先で   作:デスイーター

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二人は出会い、巡り合う

「この灰核は君が持って行って。今回は、助けられたしね」

「え、でも…………」

「いいから、貰っておきなさい。同業者を助けたら、灰核は救助者が確保するのが常識(ルール)よ」

 

 そう言ってフィーアは、蠍型の残骸があった場所から拾った灰色の立方体を差し出し、ゼクスに握らせた。

 

 この物体の名は、灰核(グレイハート)

 

 灰響を撃破した時に残る残留物であり、この世界で生きる上で必要な()()でもある。

 

 この世界は、<灰の日蝕>の時に文明圏が壊滅し、既存の資源はその殆どが無為と帰した。

 

 食料となる動植物はその殆どが死に絶え、工場等も当然その全てが灰化。

 

 地上に目立つ建造物でも作ろうものならすぐさま灰響に襲われ、文字通り灰塵と帰す。

 

 そんな世界で生き残った人々が餓死せずに済んでいるのは、灰の月蝕と共に世界各地に出現した正体不明のオブジェクト────────────────通称、灰柱(モノリス)と呼ばれる存在の恩恵に依るものだ。

 

 この灰柱は動力源となる灰核を組み込む事で、とある物資を生成する。

 

 それが、灰の果実(アンブロシア)

 

 一つ食べるだけで最低でも一週間以上は飢えを凌ぐ事が出来る、現在の人類の主食である。

 

 灰響の蹂躙から生き延びた人々は、食糧問題に直面していた。

 

 それを救ったこの果実は神話の実から名を取られてアンブロシアと呼ばれるようになり、多くの人類を餓死から救った。

 

 しかし、この果実を生み出す灰柱は何の動力もなしには稼働しない。

 

 その動力となるものが、灰響を倒す事でのみ得られるこの灰核(グレイハート)なのだ。

 

 フィーア達異人種(アルター)がわざわざ危険な砂漠(ちじょう)に出て、灰響狩りをするのもこの灰核を手に入れる為だ。

 

 要はこの灰核は異人種の生きる糧そのものであり、生き残った者達の都市拠点────────────────<コロニー>を維持する為に、彼等が不可欠な理由でもある。

 

 当然ながらこれを多く収めた者ほど厚遇を受けられる為、他者を蹴落としてでも灰核を手に入れようとする異人種も少なくない。

 

 もっとも、こういう形で助けられたケースだとその場で取得した灰核は救助者に渡すのが暗黙のマナーだ。

 

(おかしな子ね。さっきの動きを見る限り覚醒中途者(ドロッパー)でもないだろうし、普通の灰猟者(ディリゲント)ならそういう暗黙の了解(マナー)を知らない筈はないんだけど)

 

 フィーアは灰核の権利を主張しなかったゼクスを見て、疑問を抱く。

 

 群響(ハウル)に遭遇して消耗し、他の異人種(アルター)────────────────地上に出て灰響を狩る者、灰猟者(ディリゲント)に救助されるというケースはそう珍しくはない。

 

 大型の灰響、もしくは群響(ハウル)を相手にする場合灰血の使用は不可欠であり、まだ灰響狩りに慣れていない者であればペース配分を誤り消耗するといった事もある。

 

 また、今回のフィーアのように群響(ハウル)に遭遇した場合も同様だ。

 

 そうして消耗した灰猟者が生き残るには、他の灰猟者に救助して貰う他はない。

 

 そしてその場合、何にも代え難い命を救った対価としてその場で獲得した灰核は救助者に譲るのがマナーだ。

 

 どうしても灰核を譲りたくない場合は他の対価────────────────危険な依頼の手伝いや、救助対象者が女性であれば身体で払う場合も有り得るが、そちらの受け取りを拒んだ以上ゼクスには灰核を受け取る義務がある。

 

 このあたりをきちんとしなければ救助を前提とした無茶な行軍を行う者が増えてしまい、そうなると救助者側にメリットがなくなってしまう為に救助行為自体が減少してしまう危険がある。

 

 そもそも、灰猟者が砂漠に出るのは灰核を得る為であり、消耗した同業者を助けてもそれ自体にメリットは無い。

 

 慈善事業が出来る程、今の世界に余裕はないのだ。

 

 だからこそ、救助行為の()()の支払いは確たるものとしなければならない。

 

 故に比較的治安の良いコロニーならば灰猟者となる際にそのあたりを先達から教わるものなのだが、彼の様子を見る限りそういった常識が欠けているように思える。

 

(余程末期のコロニーにでもいたのか、それとも────────────────ううん、詮索し過ぎるのはマナー違反よね)

 

 もっとも、治安が極端に悪化したコロニーではそういったマナーなどを教わる機会などない。

 

 誰も彼も生きる事に必死であり、灰猟者の良心頼りの()()()()を当てにするくらいなら容赦なく見捨てて一つでも多くの灰核を狩り出す。

 

 そういったコロニーも、ないワケではない。

 

 無論の事そういった互助意識のないコロニーはどんどん灰猟者が減っていく為、そこまでいくと末期状態と言って差し支えない。

 

 ゼクスがそういった末期状態のコロニーから新天地を求めてやって来たのだとすれば、灰猟者間のマナーを知らなかったのも無理はない。

 

 しかし、灰猟者は()()()()が少なくない為、そういった事情を詮索するのはご法度だ。

 

 フィーア自身、何の事情もないというワケではないのだから。

 

「あなた、行くところはある?」

「えっと、実は…………」

「そう。なら、私の所属コロニーに来る? あなたみたいな手練れは、こちらとしても大歓迎よ」

 

 予想通りの反応に対し、フィーアは早速用件を切り出した。

 

 嘘は言っていない。

 

 彼女の所属コロニーは丁度灰猟者の喪失(ロスト)が続き、人手が不足している。

 

 先程の動きを見たところ、自分と同じ等級────────────────Aランク相当の力はありそうだ。

 

 灰核を狩れる灰猟者がいなくなったコロニーは滅ぶ以外に道はない為、頼りになる実力者を確保する事は急務に当たる。

 

 人柄も良さそうだし、知識不足な面が見えるがそれは自分が教えれば良いだけの話。

 

 率直に言って、こんな優良物件を逃す手はないのである。

 

「えっと、いいんですか? 勝手に僕みたいな不審者をスカウトして」

「それを言うなら、私ら灰猟者(ディリゲント)の8割以上が不審者よ。私のところは奇跡的にお行儀の良い連中が多いけど、話に聞くカガワコロニーやフクシマコロニーは随分ガラの悪い連中がたむろしてるって話だしね」

 

 それに、とフィーアは続ける。

 

「私みたいなA級灰猟者は、灰猟者のスカウトの権限を持ってるからね。規則上も問題は無いわ。貴方が来てくれなかったら、近場のコロニーまで交渉に行く予定もあったしね」

 

 彼女の言う通り、灰猟者の減少はコロニーの危機に直結する。

 

 故に灰猟者の損失が起きた場合には、他のコロニーからの引き抜きが行われる場合がある。

 

 無論コロニーの生命線である灰猟者を引き抜くのだから相応の対価が必要であり、場合によっては物資や()()を提供する場合もある。

 

 その場合矢面に立たされるのは当然フィーアのような女性灰猟者であり、出来れば避けたいと思うのが本音だ。

 

「だから、貴方が来てくれるととてもありがたいの。丁度最近灰猟者の多重喪失が起きたばかりで、早急に人手を確保する必要があったし。そういう意味でも、来てくれると嬉しいんだけど────────────────どうかな?」

 

 そういう意味で、ゼクスの存在は降って沸いた幸運に等しい。

 

 幸いこちらへの心証も悪くはなさそうだし、先程の()()()()もそういう意図が無いワケではないのだ。

 

 勿論、フィーアから見てこの上なく彼が好印象だった、という事情もある。

 

 童顔で押しに弱く、そして誠実。

 

 荒くれ者ばかりが幅を利かせるようになったこの世界で彼のような存在は希少であり、フィーアの眼にもとても新鮮に映ったのだ。

 

 そうでなければ、初対面の相手に唇まで許しはしない。

 

 先程は年上のお姉さんムーブをやらかしたが、あれだって衝動的なものだ。

 

 なんというか、ぶっちゃけゼクスの慌て顔にムラムラ来た、というのが正しい。

 

 なので、此処で受けて貰わないと困る。

 

 とても困る。

 

 場合によっては、色仕掛けも辞さない。

 

 そう決意を固めるフィーアの前で、ゼクスは。

 

「分かりました。そういう事であれば、ご厄介にならせて貰います」

「契約成立ね。追加報酬は、私との一晩でどう?」

「か、からかわないでくださいよ~」

 

 フィーアの言葉に、ゼクスは先程の口移し(キス)の感触を思い出したのか顔を真っ赤にする。

 

 可愛いなあ、とフィーアがほっこりしながらそんなゼクスの様子を眺め、ぱしっと彼の手を取った。

 

「じゃあ、行きましょうか。私の所属コロニー────────────────仙台コロニーに、ね」

 

 

 

 

「此処がコロニーの入り口よ。さあ、入って」

「はい」

 

 かつて仙台という都市があったその荒野、その一角。

 

 二人が砂漠を数時間程歩き、辿り着いたのは灰に埋もれた地下鉄の入り口だった。

 

 地上の建物が全て灰化して消えた今、人類の居住圏は地下へと推移した。

 

 有り体に言ってしまえば、灰化してなくなった都市の地下区画────────────────それを利用して作られたのが、現在の人類の居住圏であるコロニーだ。

 

 当然ながら地下区画のない場所にコロニーを作る事は出来ず、必然的にその場所はかつて大都市があった場所が中心となる。

 

「あれが、センダイモノリスですか」

「そうよ。私たちの生活を支える灰の柱、センダイモノリス。文字通り、私たちの生命線ね」

 

 そして、もう一つ。

 

 コロニーを作る為に、必要不可欠な存在。

 

 それが視界の先に聳え立つ、巨大な灰色の柱。

 

 灰の果実(アンブロシア)生成装置、灰柱(モノリス)

 

 多くが謎に包まれた、今の人類になくてはならない生命の樹。

 

 都市居住者の命を支える、無機質な恵みの柱である。

 

「大きいですね。僕のいたところのより、ずっと」

「この街も昔は人が一杯いたからね。世界がこうなっちゃう前は、東北でも随一の都市だったのよ? もう、見る影もないけどね」

 

 灰柱(モノリス)の大きさは、その都市に住んでいた住民の数に比例していると聞く。

 

 このセンダイコロニーのあった街、仙台市は世界が滅ぶ以前は多くの人々が住まう大都市だった。

 

 だからこそ、センダイモノリスのサイズは他の首都圏モノリスと比べても遜色ないものになっているのだ。

 

 そんなセンダイモノリスを見上げるゼクスの肩を叩き、フィーアはにこりと笑った。

 

「さ、早く入りましょう。灰猟者協会(ギルド)にも紹介しなくちゃいけないしね」

 

 

 

 

「此処が、センダイコロニーですか。なんというか…………」

「思った程広くはない、でしょ? 此処は他と違って、地下街がなくてね。地下鉄を利用して強引に居住区画を広げたのが、このコロニーってワケ」

 

 二人は階段を降り、センダイコロニーへと足を踏み入れていた。

 

 剥き出しの岩盤に、無数の配管。

 

 無秩序に広がる坑道と、そこかしこの壁をくり抜いて作られた居住スペース。

 

 それが、ゼクスの見たセンダイコロニーの姿だった。

 

 通常、コロニーはかつて存在した地下街と地下鉄の区画を利用して作られる。

 

 だが、仙台市には地下街がなかったのだ。

 

 その為地下鉄区画のみを利用せざるを得ず、当然ながら規模は他のコロニー程大きくはない。

 

 必然的に居住出来る人数にも限りがあり、かつてこの都市では居住圏を巡る争いが起きた。

 

 その争いの最中、灰血に呑まれ正気とヒトのカタチを失った灰猟者────────────────通称灰堕ち(ヴァンピーア)が出現し、都市は壊滅状態に陥った。

 

 都市を壊滅させた灰堕ちは何処かに消え、今このコロニーにいるのはその時の生き残りと、外から来た灰猟者だ。

 

知らない奴だ

こないだいなくなった奴の補充か

みすぼらしい恰好だな。どこぞの末期区画(スラム)で、股を開いて連れて来たのか?

汚らわしいわ。早く行ってくれないかしら

 

 当然、そのような経緯がある為コロニーの人間が灰猟者を見る目は冷ややかだ。

 

 彼等住民は異人種(アルター)ではあるが、フィーア達灰猟者ように戦う術を持たない。

 

 異人種は一様に人間離れした能力を獲得するが、その力は覚醒して一定期間使用しなければ失われる。

 

 そうやって戦う力を失った異人種を覚醒廃棄者(フォールダー)と呼び、能力使用開始時期が遅く成長が中途半端な者を覚醒中途者(ドロッパー)と呼ぶ。

 

 覚醒廃棄者が持つのはかつての人類よりやや発達した五感程度であり、それ以外は以前の人類と変わらない。

 

 今の人類は、この覚醒廃棄者が七割以上を占める。

 

 それも当然だ。

 

 幾ら異能の力を持ったとはいえ、それで戦う覚悟を持てるかどうかはまた話が別だ。

 

 彼等は当然のように戦いを恐れ、拒み。

 

 そして、自ら生きる術を失った。

 

 だからこそ、戦う事を選んだ異人種────────────────灰猟者は、様々な意味で特別視される。

 

 この都市ではその割合が崇敬や感謝よりも、畏怖や蔑視の方が格段に多いというだけの話。

 

 今や世界の何処でも珍しくはない、灰猟者の現状がそこにはあった。

 

「なんか、これ…………」

「ごめんね、嫌な気分にさせちゃって。でも、同業者に良い奴が多いのは本当だから安心して。きっと、ゼクスくんも仲良くなれると思うから」

 

 二人を見る住人たちの冷たい視線にゼクスが眉を顰める中、フィーアは努めて笑顔を浮かべて彼の手を引いた。

 

 逃げるように。

 

 住民たちの視線から、彼を隠すように。

 

 コロニーの奥へ、走り出した。

 

 

 

 

「さあ、此処が灰猟者協会(ギルド)のセンダイ支部よ。入って」

 

 そうやってゼクスが連れて来られたのは、灰柱(モノリス)の地下区画の傍にある灰色の建物だった。

 

 元は、地下鉄のホームだったのだろう。

 

 建物は線路の上に建てられており、手前にはホームの白線が見える。

 

 建物に窓はなく、入り口には灰猟者協会センダイ支部というボロボロの看板が立てかけられている。

 

「行くわよ」

「あ、はい」

 

 ぼーっと建物を眺めるゼクスに業を煮やし、フィーアは彼の手を取って軽いノックの後中へ入った。

 

 中は場末のバーのような作りであり、幾つかあるテーブルに座る男女は彼女の来訪に気付き視線を向ける。

 

協会長(マスター)、新人拾って来たわ。登録お願い」

「おいおい、随分性急じゃないか。まずはお帰りの一言でも言ったらどうなんだい?」

 

 そんな中、前に進み出たのは細身の()()だった。

 

 有り得ない事に、年齢は70代ほどに見える。

 

 その外見に驚いているゼクスを見て、老人はにこりと笑って手を差し出した。

 

「初めまして。君が、フィーアくんがスカウトして来た子かな? 私は土方重蔵(ひじかたじゅうぞう)という。僭越ながら、このセンダイ支部の協会長をやらせて貰っている男だよ」

 

 老人、土方はそう言ってゼクスの手を取り、握手を交わした。

 

 その間ゼクスは茫然としながら頷き、その様を横で見ていたフィーアは笑い出す。

 

 みんな、最初は同じ反応するんだよねと。

 

 そんな事を言われ、ようやく正気を取り戻したゼクスであった。

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