世界の終わりのその先で   作:デスイーター

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巡り合い、刃を取り立ち向かう

「じゃあ、土方さんは正真正銘見た目通りの年齢なんですね?」

「ああ、あの<声>を聴きながらも生き残ってしまった、数少ない老いぼれ共の一人だよ。何の因果か、今はギルドの支部長なんてやらせて貰ってはいるがね」

 

 ゼクスの問いに対し、老人────────────────土方は苦笑いと共にそう告げた。

 

 あの灰の日食の時、灰響の<声>を聴いてしまった者達の約半数は死に絶えた。

 

 その中でも40を超えた年配の人々の生存例は数えるほどで、凡そ一割程度しか生き残らなかったらしい。

 

 あれから5年の歳月が経過した今、生きている人間で最高齢の者は精々が44、5歳程度。

 

 故にこの世界で高齢の人間と出会う確率というのは、かなり低い。

 

 土方はそんなレアケース、その一人だったというワケだ。

 

「まあ、見ての通りただ歳を食っただけのジジイだ。そう畏まる必要はないよ。君のような若く才能のある者がこの街に来てくれたのは、素直に嬉しい。願わくば、此処が君の居場所になる事を望むよ」

「はい、ありがとうございます。こんな、身元の怪しい人間を迎え入れてくれるなんて」

「はは、灰猟者の殆どは何かしら事情のある者達ばかりだ。今のこの世界で逆に()()()()ではない者など、数える程度だろうよ」

 

 畏まるゼクスに、土方はそう言って肩を叩く。

 

 確かに、灰猟者はその殆どが何かしらの背景────────────────厄介な事情を抱えている事が多い。

 

 そうでなくとも、こんな世界だ。

 

 ただ生きているだけで厄介な事柄に首を突っ込んでしまう、もしくは巻き込まれてしまうケースなど腐る程ある。

 

 今更、身元が分からない程度で騒ぐような者では支部長などやっていられない、という事だろう。

 

「それに、フィーアくんが直接連れて来た人間だ。彼女の人を見る眼は確かなものだし、問題は無いだろう。私も、彼女には全幅の信頼を置いているのでね」

「過分な評価、痛み入ります」

 

 フィーアは、そう言って土方に頭を下げる。

 

 そんな彼女に土方はやれやれ、と肩を竦めた。

 

「だから、畏まる必要はないというのにね。君も中々、生真面目なものだ」

「そりゃあアンタ相手に畏まるな、っつう方がムズイだろうよ。何せ、かの<剣聖>相手だ。武芸者なら、崇敬の念を抱くのが普通だぜ」

「フォンさん」

「おう、無事帰ったようで何よりだぜ、フィーア。群響(ハウル)にカチ合って生き延びるたぁ、運が良い事じゃねーの」

 

 そう言って話に入って来た大柄な男は、がしがしとフィーアの肩を叩いた。

 

 そうして、事の成り行きを見守っていたゼクスに声をかける。

 

「よう、お前さんがウチの姫さんが連れて来た新人か。俺はフォン、フォン=リーシェイってモンだ。よろしくな」

「あ、はい、ゼクス=ルトレスと言います。よろしくお願いします」

 

 ゼクスは大柄な男、フォンの差し出した手を取り握手を交わす。

 

 今のやり取りで分かってはいたが、どうやら豪快で切符の良い性格らしい。

 

 周囲の彼を見る眼も暖かい為、どうやら相応に慕われているらしい。

 

 如何にもベテラン、といった空気を醸し出しているので、この支部の中心戦力の一人である事に間違いはあるまい。

 

「でも、剣聖って…………」

「ああ、このジイさんの異名だよ。<灰狩りの剣聖>っていやあ聴いた事もあんだろ」

「…………! あの、サイタマコロニーを巻き込んだ群響(ハウル)を撃退したという」

 

 話だけなら、聞いた事はある。

 

 サイタマコロニーを巻き込んで展開された、中規模の群響(ハウル)

 

 それを真っ向から撃退し、千の灰響を斬り捨てたという剣士。

 

 それが、<灰狩りの剣聖>

 

 3年が経過した今も尚語り継がれる、伝説の灰猟者である。

 

「そう、その剣聖さ。ったく、伝説の剣士相手に畏まるな、っつう方が無茶ってモンだろ? だってのにこのジイさんはよぉ」

「昔の事を、大袈裟に誇る趣味はないだけだ。それに、私が分不相応な渾名で呼ばれる事になった原因のあの事件とて、犠牲がなかったワケではない。あの日命を落とした者達を、悔やまない日はないのだ」

「それでも、アンタがいなけりゃサイタマコロニーは全滅してた。アンタの働きで救った命が大勢いた事は確かなんだから、自分の功績を少しくらい誇っても良いだろうがよ」

 

 フォンはそう言って、溜め息を吐いた。

 

 見た感じ、このやり取りは以前から続いていたものなのだろう。

 

 功績を誇らない剣聖と、それに苦言を呈するベテラン灰猟者。

 

 これは、この支部で続いている恒例行事のようなものだ。

 

 まあ、土方は見ての通り頑固なので折れた事は一度たりともないのだが。

 

「いつものやり取りはそこらへんにしてねー。それより、君の事が聞きたいなー? それと勿論、フィーアちゃんとの顛末もねー」

「アリエルさん」

「おかえりー、フィーアちゃん。群響(ハウル)に巻き込まれたって聞いて、肝を冷やしたよー?」

 

 ニコニコと笑いながら近付いて来たのは、胸元が大きく露出した服を着た白い肌の美人。

 

 金髪をウェーブにした髪型は彼女の陽気な雰囲気に似合っており、しなやかで且つ女性としての魅力に溢れた肢体は異性の眼を惹き付ける。

 

 事実、屈むようにして覗き込んで来た彼女の胸の谷間を正面から見てしまったゼクスは顔を真っ赤にしていた。

 

「え、えっと」

「うふふ、可愛い反応ねー。こりゃ、フィーアちゃんが一目惚れっちゃうのも分かるかなー?」

「アリエルさん、そういうのじゃないですから」

「あらあら、それにしてはさっきから彼に意識が釘付けじゃない? そういうの、大人には分かるモノなのよぉ?」

「~~~っ!」

 

 女性、アリエルのからかいの言葉にフィーアは頬を紅潮させながらぷいっとそっぽを向く。

 

 本気で怒っている、というワケではなさそうだが────────────────これ以上突っ込むと藪蛇になりそうなので、ゼクスは口を閉じた。

 

 それが賢い選択だったのかそうでないのかは別として、幸い彼女にこれ以上話を蒸し返す気はなさそうだ。

 

 ゼクスとしてはあの時の口移し(キス)の事とかまで知られてはたまらないので、ありがたいと言えばありがたい。

 

 もっとも、そんな彼の反応を見ていたフィーアがゼクスの内心を看破して微妙に顔を赤くしていたのだが、それを見逃すアリエルではない。

 

 どうやら、追及はあくまでこの場で終わっただけのようである。

 

「あ、ごめんなさいね。自己紹介がまだだったわ。アタシはアリエル、アリエル=ゼスティーアっていうの。年齢は、君の好きに想像して良いゾ」

「24歳でしょう、アリエルさん」

「もう、女の年齢の事を軽々しく言っちゃダメよぉ? そのうちきっと、後悔する時が来るわよぉ?」

 

 早速年齢をバラされた事でむすぅ、と年甲斐もなく頬を膨らませるアリエルに対し、フィーアははぁ、とため息を吐いた。

 

「それも、私がそういう年齢になるまで生き延びられればの話でしょう。今回だって、ゼクスくんがいなきゃそのまま死んでたワケですし、そういう心配をするような余裕は今のところありません」

「駄目よぉ、そんな後ろ向きな事言っちゃあ。こんな世界なんだし、せめて考え方だけでも前向きじゃなきゃ潰れちゃうわ」

「ああ、お前さんの生真面目さは美徳だが、ちぃと悲観的に過ぎる。こんな世界だからこそ、前を向く事を覚えるべきだな」

「……………………」

 

 自虐的なフィーアの言葉に大人二人が苦言を呈するが、それを受けた彼女は押し黙ったまま口を開かない。

 

 その反応にアリエルとフォンの二人はやれやれ、と肩を竦めてぽん、とフィーアの肩を叩いた。

 

「まあ、すぐに変われとは言わんさ。けど、お前さんは()()()経験をしたかもしれんがまだ子供だ。少しは我が儘くらい、言ってもバチは当たらないと思うぞ」

「そもそも、バチを当てる神様なんかいないでしょ。世界がこんなになっても、なーんもしてくれないくらいだしね」

「……………………そうですね。善処します」

 

 二人の言葉に、フィーアは重々しく頷いた。

 

 彼女のそんな態度に二人は思うところがあるようだが、それ以上踏み込んだりはしない。

 

 この世界に生きる灰猟者として、何より大人として、そういった一線は弁えているのだ。

 

「さて、まだ狩りから帰ってないのもいるけど簡単に歓迎会を開いちゃいましょう。折角の久しぶりの新人だもの、盛大に祝わなくちゃね」

「まあ、食糧には限度があるからあまり派手には出来んがね。坊主、酒はイケるクチか?」

「えっと、まだ飲んだ事なくて。というか未成年は飲んじゃいけないんじゃあ」

「こんな世界になって、そんな決まり事意味ねーっての。就任祝いだ。どれ、駆けつけ一杯────────」

 

 フォンはそう言ってゼクスと肩を組み、ニヤニヤと笑う。

 

 微妙に酒臭いので、少し酔っているのかもしれない。

 

 純粋な酒はこの世界では貴重品だが、灰猟者限定で飲める灰酒(グレイラガー)というものがある。

 

 これは灰柱(モノリス)灰の果実(アンブロシア)を生成する時に落とす<葉>を水に溶かして蒸留したものであり、灰柱さえ稼働していれば定期的に生成出来る代物だ。

 

 しかしその度数はかなり濃く、新陳代謝が異常発達した灰猟者でなければとてもではなければ飲めはしない。

 

 味自体はそこまで良くはないらしいが、安価で酔える酒として灰猟者の間では人気が高い。

 

 尚、噂では度数は200%を超えるらしく、灰猟者以外の者が口にすれば一発で昏倒するらしい。

 

 そうでなくとも、酒に弱い者にとっては匂いだけでも酩酊しかねない代物でもある。

 

 そんな灰酒の匂いをプンプンさえながら肩を組んで来たので、ゼクスはその酒の度数を薄々感じ取ったようであった。

 

「────────駄目です。健全な青少年に何をしようとしているんですか、貴方は」

「おいおい、いーじゃねーか少しくれぇ」

「貴方から漂うお酒の匂いだけでふらついてるような子に、灰酒は毒でしかないです。折角の支部就任を、泥酔させて終わらせるつもりですか」

 

 フィーアはそう言って、フォンからゼクスを引き剝がす。

 

 彼女の言い分も、分からなくはない。

 

 フォンから漂う酒の匂いだけで酩酊に近い状態になっていたゼクスでは、灰酒など呑んだ暁には冗談抜きでぶっ倒れる可能性が高い。

 

 灰猟者の新陳代謝なら二日酔いなど有り得ないが、それでも好き好んで倒れる人間はいない。

 

 フィーアは年長として、当然の責務を果たしただけである。

 

「優しいわねぇ、フィーアちゃん。でも気持ちも分かるわぁ。折角の歓迎会で、とうの本人が倒れたらイロイロ話せないものねぇ? ううん、イロイロ()()()()って言う方が正しいかしらぁ♪」

「アリエルさんっ!」

「あはは、ごめんごめん。でも、フォンも止めときなよ。これ以上、フィーアちゃんに雷落とされたくないっしょ?」

「あー、そうだな。ま、そっちが正論だししゃーねーわな」

 

 アリエルのからかいに顔を真っ赤にするフィーアを見て、フォンは肩を竦めて身を引いた。

 

 彼は酒癖はそこそこ悪いが、通りの通らない事まではしない。

 

 そういった一線だけは幾ら酔っても弁えているので、絡まれて苦言を呈する者はいても嫌われるまでは至っていないのだ。

 

 そもそも、酒に酔った程度で一線を超えるような輩が支部付きの灰猟者になるなど有り得ないのだが。

 

「じゃ、早速歓迎会といきましょうか。お酒がダメでも、こないだ手に入れたばっかりの保存飲料があってね。折角だからこっちを空けて────────」

「────────────────いや、歓迎会は生憎中止じゃ。どうやら、招かれざる()が来たらしい」

「…………!」

 

 和やかな空気。

 

 それは、土方の一言によって覆った。

 

 土方は先程の好好爺じみた笑みではなく、戦場に赴く兵士としての顔を。

 

 フォンとアリエルもまた、戦士としての顔を見せ。

 

 フィーアは、硬く唇を引き結び天井を睨みつけていた。

 

「上の響索器(ソナー)に反応があった。コロニーの近くに、群響(ハウル)が発生したらしい。下手をすれば、都市が()()されかねん。すまんが、君にも助力を頼みたい」

「勿論です」

 

 要請を受けたゼクスは、一も二もなく頷く。

 

 元より、この支部に身を置くと決めたのだ。

 

 これ程までに早く有事が訪れるとは思っていなかったが、この身が必要とされるなら是非もない。

 

 全力で、役割(きたい)に応えるだけだ。

 

「コロニー内に非常警報を発令、住民は奥の避難通路へ向かうよう徹底させろ。護衛としてC級を数名付けろ。駄々をこねる者がいれば多少強引でも構わん」

「了解したわ。聞いてたわね? 動きなさい」

 

 土方達の命令に、奥でたむろしていた者達が動き出す。

 

 この支部は少数ではあるが、準戦闘員であるC級灰猟者ならばそこそこの数がいる。

 

 灰響(エコー)単騎ならばともかく群響(ハウル)を相手にするには力不足な面々ではあるが、それでも頭数にはなる。

 

 適材適所、というやつだ。

 

「悪いが、戦力を温存する余裕はない。いつも通り、フォンと私が斬り込む。アリエルは後方支援、フィーアとゼクスは遊撃部隊として扱う。私の指示を聞き洩らすな────────────────出るぞ」

「「「「了解」」」」

 

 土方の指示に、四人は一斉に頷き駆け出した。

 

 地上へ目指し、そして。

 

 迫り来る脅威に、立ち向かう為に。

 

 

 

 

『あァ、ァ、アァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………ッ!』

 

 生命なき地上の砂漠。

 

 そこで、蠢く影があった。

 

 数十の不気味な灰色の巨体に埋もれるように動く、ヒトガタの影。

 

 ボロボロのローブを纏い、荒野を歩むその姿は一見すると灰猟者のものと見紛う。

 

 だが。

 

 その虚ろな眼窩、そして口らしきものから漏れる<声>は、生者のものとはとても呼べない。

 

 まるで死霊のような呻き声と共に、その影は進む。

 

 その周囲に蠢く数十の灰の影────────────────種別猟犬型(タイプ・ハウンド)群響(ハウル)と共に。

 

 影は蠢き、獲物を求めて歩を進めていた。

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