世界の終わりのその先で   作:デスイーター

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相対し、災禍を穿つ

 ────────────────彼は、善良な人間だった。

 

 滅びたこの世界に在って尚失わぬ正義感と、仲間との深い絆。

 

 そのカリスマ性と類稀な指導者の資質により、センダイ支部を盛り立てて来た義の武人。

 

 それが、灰猟者協会(ギルド)長土方の一人息子────────────────土方龍雅という男だった。

 

 ギルドの者達からも慕われ、多くの者達の導標(しるべ)だった龍雅。

 

 そんな彼が()()()のは、コロニーの住民同士の抗争が原因だった。

 

 このセンダイコロニーは元々仙台市に住んでいた者達の数と比較して、受け入れられる人数が少ない。

 

 他の大都市コロニーと異なり利用できる地下区画が少なかった為、規模を縮小せざるを得なかった為だ。

 

 それでも、最初はなんとかやっていけた。

 

 災害時の避難所のように狭いスペースを効率良く用いて許容用限界まで使用し、少なくとも起きて寝る場所までは都合した。

 

 灰猟者協会のセンダイ支部も出来上がり、規模は小さかったが腕利きが揃っていた為灰柱(モノリス)を動かす為の灰核も生存に必要な数は確保出来ていた。

 

 少なくとも、()()()()事に関しての条件はギリギリながらも何とか工面出来ていたのだ。

 

 だが、それはあくまで最低限の環境を整えただけで、お世辞にも快適な暮らしとは言えなかった。

 

 タコ部屋同然で見ず知らずの人間とすぐ傍で寝起きし、娯楽も何もなくただ糊口をしのぐ為の灰の果実(アンブロシア)を口にして明日の展望すら分からない毎日を生き続ける。

 

 それは下手な拷問よりも、よほど住民の神経をすり減らしていった。

 

 だからこそ、当然の如くそれは起こった。

 

 即ち、住民同士の小競り合い────────────────快適な生活環境を確保する為の、()()を謳った暴走だ。

 

 センダイコロニーは規模は小さいが、保存食糧などの物資はある程度数が揃っていた。

 

 しかし、現在の住民の数を思えば全体に行き渡るような数は用意出来ない。

 

 その為下手に配給すれば争いの元となる為、住民たちの代表が話し合いいざという時の備えとして蓄える事となっていたのだが────────────────浅慮な若者が隠れてその物資に手を出した事で、タガが外れたのだ。

 

 自分たちはこんな生活で我慢をし続けているのに、一人だけ保存物資に手を出した。

 

 それは住民たちの怒りを買い、灰猟者達が事態を把握した時には既にその若者は私刑に遭い虫の息だった。

 

 当然コロニーの治安を守る役目も負っていた灰猟者達は制止に入ったが、一度火が点いた住民の不満は止まらなかった。

 

 住民同士が罵り合い、掴み合い、果ては武器を持った殺し合いにまで発展し、その暴動の熱は瞬く間にコロニー全体へ広がっていった。

 

 それからは、地獄だった。

 

 コロニーに住む住人たちは戦いを放棄し灰響に抗う力は失っていたが、その膂力だけは元の人類の規格から外れたものを持っていた。

 

 加えて、灰猟者の数はコロニーの住人の一割にも満たない。

 

 文字通り手が足りず、暴れる者達を一人一人殴り倒しても尚、暴動は止まる気配を見せなかった。

 

 そして、そんな狂騒の中で。

 

 龍雅は、見てしまったのだ。

 

 直美の。

 

 住民に嬲り殺された、無残な妹の姿を。

 

 その時響いた彼の()()は、コロニーにいた全員の耳に届いた。

 

 血を吐くような、それでいて哀しい。

 

 堕ちてしまった、彼の最期の慟哭を。

 

 灰猟者は限度を超えた負の感情を抱き、それに身を任せた時灰血が()()しヒトとしての意思を染め上げる。

 

 人類を守る防人から、ヒトを憎悪し鏖殺する<灰の意思>へと。

 

 灰堕ち(ヴァンピーア)として堕ちた龍雅は、怒りと憎悪の赴くまま住人を殺戮した。

 

 灰猟者達は当然止める為に戦ったが、彼等の中でも随一の使い手だった龍雅が灰堕ちとなって生存制約(リミッター)が解除された状態となっていた為その殆どが一蹴された。

 

 最終的には住民の七割以上が殺された段階で外に出ていた土方が帰還し、変わり果てた息子を斬り伏せた事でその事件────────────────灰堕ちの暴走は、カタが付いた。

 

 結果として住民の数が激減し、当初の問題は片付いたと言えるがそれを歓迎した者は誰もいなかった。

 

 龍雅の暴走による殺戮によって狂騒から覚め、正気に戻った住人達は自分たちの暴動の責任を棚上げして龍雅を止められなかった灰猟者達を攻め立てた。

 

 お前たちがさっさとあの男を止めないから、こんな事になった。

 

 責任を取れ、俺たちは悪くない、と。

 

 そんな住民達の醜悪極まりない態度に呆れ果てた支部の者達は、一人、また一人とこのコロニーを去って行った。

 

 今支部に残っているのはその時出て行かなかった少数と、新たにこの都市に来たフィーアのような来訪者のみ。

 

 結果としてセンダイ支部は深刻な人手不足に陥り、それが今の危機的状況へと繋がっている。

 

 そんな時に現れたのが、灰血鬼(クドラク)と化した龍雅というのは────────────────些か、皮肉が利き過ぎている。

 

 重傷を負った龍雅は追撃を振り切り、砂漠へ消えたと聞いてはいた。

 

 だがまさか、こんな形で()()()来るなどと誰が予想出来ただろう。

 

『ウ、ア、アァ、アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………ッ!!』

 

 龍雅が、否。

 

 灰血鬼(クドラク)が、咆哮をあげる。

 

 それと、同時。

 

 空に、夥しい数の漆黒の槍が出現した。

 

「あれは…………っ!」

「龍雅の奴の、灰奏(ゾーロ)…………ッ! いや、それを元にした灰叫(レルム)か…………っ!」

 

 灰叫(レルム)

 

 灰猟者の灰奏(ゾーロ)と対を成す、上位の灰響だけが持ち得る特殊能力である。

 

 上位の灰響、とりわけ灰血鬼は通常の灰響としての能力とは別個に強力な()()を獲得する。

 

 蠍型(スコルピオ)の迷彩や猟犬型(ハウンド)の索敵能力はあくまでも生態機能の延長であるが、この灰響はそれらとは全く毛色の異なる強力無比な異能である。

 

 その効力は個体によって千差万別であるが、灰血鬼はその殆どがこの灰叫を獲得している。

 

 これは彼等がヒトであった頃に灰奏という下地があった為とも考えられるが、詳しい事は何も分かってはいない。

 

 重要なのは、一点。

 

 この攻撃は、本気で防がなければならない致死の攻撃であるという事だけだ。

 

「避けろ…………っ! この槍に、防御は意味が無い…………っ! ただひたすら、回避に徹しろ…………っ!」

「…………っ! 了解…………っ!」

 

 数百の槍が、流星のように墜ちてくる。

 

 その光景は、かつてから支部に在籍していた者達ならば誰しもが覚えのある────────────────そして、二度と遭遇する事がないと思っていたものでもあった。

 

 龍雅の灰装、血風穿槍(ケルトハル)

 

 その灰奏は、標的以外のあらゆる障害物の()()

 

 建物も、武具も、果ては地形すら。

 

 標的以外の一切の障害を無視して、対象のみを貫く無数の投槍。

 

 それが、一斉に降り注いだ。

 

 猟犬型と戦闘を繰り広げる灰猟者達、そのただ中へと。

 

「く…………っ!」

「ち…………っ!」

 

 フィーアとフォンは、戦っていた猟犬型の首を斬り飛ばしながら後退。

 

 降り注ぐ投槍を、間一髪で躱していく。

 

『5mk、5mk、h0p\、h0p\…………z!』

 

 その間にも、猟犬型は絶え間なく襲い掛かって来る。

 

 降り注ぐ槍を、意に介さず────────────────否。

 

 事実として無数の投槍は猟犬型を()()して、地面に降り注いでいる。

 

 これが、血風穿槍(ケルトハル)の灰奏の最大の利点。

 

 即ち、()()()()()である。

 

 血風穿槍は、標的以外の()()()()障害物を透過する。

 

 その障害物の認定は、あくまでも使用者本人の()()に依る。

 

 つまり、仲間を()()()と看做して攻撃対象から外す事が可能なのだ。

 

 これは密集陣形の集団戦では明確なメリットであり、仲間を気にせず範囲攻撃を叩き込めるというのは想像以上にデカイのだ。

 

 かつて頼もしく思えた無数の槍は、今は自分たちに向けられ駆逐すべき外敵である灰響(エコー)を友軍として透過させている。

 

 その光景は、当時を知る者からすればあまりにも辛いものだ。

 

 だが、感傷に浸る暇などない。

 

 今も尚、漆黒の槍の雨は絶え間なく降り注いでいる。

 

 灰猟者ならば灰血切れという限界(リミット)があるが、灰血鬼(クドラク)と化した今の龍雅にそんな制限はない。

 

 群響(ハウル)と一体化した灰血鬼は、領域の展開中は無尽蔵に供給を受けられるのだ。

 

 その為領域を支配した灰血鬼には、()()()()が存在しない。

 

 彼等を屠る方法は、直接灰猟者が倒す事のみ。

 

 そうしなければ幾ら時間が経過しようと領域は解除されず、灰血鬼は暴れ続ける。

 

 加えて、無尽に沸き続ける灰響の相手までしなくてはならないのだ。

 

 これが、灰血鬼が恐れられる所以。

 

 「灰堕ちした同胞は速やかに排除せよ」という、灰猟者間の不文律が存在する理由でもある。

 

「く…………っ!」

「流石に保たねえぞ、こりゃ…………っ!」

 

 フィーアとフォンは何とか凌ぎ続けているが、どちらも限界が近い。

 

 狙撃手たるアリエルは回避に徹さざるを得ないこの状況では攻撃する余裕などなく、ゼクスも器用に攻撃を避け続けてはいるが事態の打開までは至れない。

 

 絶体絶命。

 

 絵に描いたような窮地に、フィーアは冷や汗を流しながら舌打ちする。

 

(灰奏を最大解放出来れば何とか出来るかもしれないけど、それが出来るだけの灰血はもうない…………っ! 今だって限界ギリギリなのを何とか誤魔化してるだけなのに、これ以上は…………っ!)

 

 状況的に、フィーアの()()()を使えば打開の芽はある。

 

 だが、既にそれが可能なだけの灰血は彼女には残されていない。

 

 ゼクスに救われた時とは、ワケが違うのだ。

 

 あの時は彼が万全で尚且つ戦闘自体は終わっていたからこそ、遠慮のない補給が出来た。

 

 しかし今は戦闘中であり、長時間戦闘で誰も彼も灰血は枯渇寸前の筈だ。

 

 仲間の残った灰血を強引にかき集めた所で、奥の手が使える程の量は採集出来ない。

 

「…………っ! 今更どうにもならないけど、せめて、灰血を使い切る前に気付いていればなんとかなったかもしれないのに…………っ!」

 

 それは、フィーアの口から思わず漏れた悔恨だった。

 

 最初から灰血鬼がいたと分かってさえいれば、仲間に露払いを任せて彼女の奥の手で仕留められていた可能性はあった。

 

 だが現実として彼女たちは消耗しきっており、最早力尽きるのも時間の問題。

 

 特殊な製法が必要な活性剤(アンプル)なんて高価な代物は持っていないし、以前使っていた()()()は彼女を案じた仲間の手で破棄されている。

 

(覚悟を、決めるしかないか)

 

 ちらりと、フィーアは自身の髪留めに意識を向ける。

 

 この髪留めには仲間にも秘匿して所持し続けていた劣化活性剤、その最後の一つが隠されている。

 

 これを使えば、強引に奥の手を使う事は可能化もしれない。

 

 無論、代償は大きい。

 

 粗悪品の活性剤(アンプル)は、使用者に重大な()()()を齎す。

 

 仲間に黙ってそれを使い続けていたフィーアの内臓はボロボロであり、その影響で彼女の子を宿す胎盤────────────────生殖機能は、永遠に失われた。

 

 そんな状態でも、騙し騙し身体を酷使してはいた。

 

 もし今の彼女がこの活性剤(アンプル)を使ってしまった場合、命に関わる危険すらある。

 

 それ程までに、この劣化活性剤の副作用は危険なのだ。

 

(けれど、此処で殺されるよりずっと良い。私の命が、次に繋がってくれるなら…………っ!)

 

 それでも、フィーアは劣化活性剤の使用の覚悟を決めてしまっていた。

 

 どの道、此処でやらなければ全員が────────────────否。

 

 このコロニー諸共、全てが消えてなくなる。

 

 それも、かつて土方達と共にこの都市を守っていた他ならぬ龍雅の手によって。

 

 フィーア自身は、龍雅本人と面識はない。

 

 彼女はその事件の後でやって来た外様であり、彼に関する話はフォン達から伝え聞いただけだ。

 

 けれど、それだけでも彼等が当時龍雅を慕っていた事は充分以上に察せられた。

 

 だからこそ、彼はなんとしてでも止めなければならない。

 

 それこそ、己が命を擲ってでも。

 

 こんな自分を受け入れてくれた、掛け替えのない仲間たちの為に。

 

 フィーアは髪留めに手を伸ばし、そして。

 

「────────フィーアさん、()()は駄目だよ。もっと、良い方法があるから」

「…………っ!」

 

 ────────────────その腕を、いつの間にか傍に来ていたゼクスの手で止められた。

 

 呆然とするフィーアの手を掻い潜り、ゼクスは髪留めから小型注射器────────────────劣化活性剤を抜き取る。

 

 予想通りの代物が出て来たのを見て、ゼクスはため息を吐きつつ槍を割ける為にフィーアを横抱きにして跳躍した。

 

「か、返して────────! それがないと、この局面は…………!」

「その代わりに、フィーアさんが取り返しのつかない事になる。粗悪品の活性剤(アンプル)()()()については、一応知っているしね」

「けど────────!」

 

 最後の逆転の手────────────────不可逆の代償を前提としたそれを取り上げられ、フィーアは抵抗する。

 

 確かに彼の言う通り使えばタダでは済まないが、この状況を潜り抜けられなければ全員が死ぬ。

 

 それを思えばたとえどんな代償があろうが、使うしかない。

 

 フィーアはそう言い募ろうとして。

 

「だから、手はあるんだって。えっと────────────────ごめんなさい」

「ん、む…………っ!!??」

 

 ────────────────その唇をゼクスのそれによって塞がれ、口内に血の味が広がった。

 

 突然の事で目を白黒させるフィーアは口内に広がる鉄の匂いで彼が何をしようとしているのかを悟り抵抗するが、ゼクスは構わず彼女をかき抱き舌で口内を蹂躙し自身の血液を呑み込ませていく。

 

 そして充分な────────────────どころか普通ならば危険な程の量の血を飲まされたフィーアは、ようやくゼクスの拘束から解放された。

 

 強引に多量の血液を、灰血を飲まされたフィーアは、それによって生じるゼクスの負担を鑑みて彼を睨みつけた。

 

「な、何を馬鹿な事を…………ッ! あんなに血を分けて、下手をしなくても命に────────」

「大丈夫。生憎、僕の身体は特別でね。僕に限って言えば、()()()()は起きないんだ」

「そんな事、あるワケ────────────────え?」

 

 フィーアは更に言い募ろうとして、ようやくゼクスの()()に気が付き呆然とした。

 

 灰猟者同士の灰血のやり取りは、ある程度動けるまでの最低縁の血液を提供するのが普通だ。

 

 少なくとも、戦闘能力に支障が出かねない量の血液を提供する事はまずない。

 

 灰血の不足は当人の継戦能力に直に影響する以上、必要以上の灰血を提供するなどといった事は有り得ない。

 

 何より、これだけの長時間戦闘を続けていたのだから他者に提供出来る程の灰血が残っている筈がないのだ。

 

 無理に自身の灰血を供すれば、文字通り命に関わる。

 

 だというのに、ゼクスの身体は健康体そのもの。

 

 灰血不足による機能低下も、その一切が見られなかった。

 

「ね? 言った通りでしょ?」

「~~~っ! 後で、しっかり説明して貰うからね…………っ!」

 

 しかし、追及している暇は無い。

 

 今も尚、戦闘は継続中。

 

 無人の黒槍も降り注ぎ続けているし、皆の状態を思えば一刻の猶予すらない。

 

「土方さん…………っ!」

「────────────────承知した」

 

 フィーアの奥の手、それを繰り出す為の一呼吸。

 

 それを稼ぐ為に土方に声をかけ、歴戦の老剣士はそれに即座に応じた。

 

「一切塵滅────────────────嘶け、灰狩り」

 

 土方の上位灰装、<灰狩り>の灰奏(ゾーロ)

 

 それが、炸裂した。

 

 一振り。

 

 土方が愛刀である灰狩りを振り抜くと同時、周囲を凄まじい旋毛風が巻き起こる。

 

 その風は瞬く間に数百の猟犬型と黒槍を巻き込み、共に塵滅させる。

 

 これもまた、一時凌ぎ。

 

 幾ら灰響や黒槍を排除しても、無尽である以上ただの時間稼ぎにしかならない。

 

 だが。

 

 この場は、それで充分だった。

 

「────────────────灰血()を喰らえ、間隙天魔(アスモデル)。貴方の牙を、彼方の先へ届かせなさい」

 

 鈴のような、少女の声。

 

 それが合図となるかのように、彼女の灰装────────────────間隙天魔(アスモデル)が、禍々しい気配を帯びる。

 

 そして、大鎌の柄が鋭利な棘となってフィーアの腕を貫いた。

 

「…………っ!」

 

 苦悶を精神力で抑え込み、フィーアは突き立った棘に灰血を供していく。

 

 血管のように脈動する棘がフィーアの血を吸い上げ、それが送り込まれる度に大鎌はその刀身を脈動させていく。

 

 やがて刀身は一回り巨大化し、その先端からは灰色の液体が滴り落ちている。

 

 まるで生きた生物の顎のような気配を漂わせる大鎌を構え、フィーアは標的────────────────灰血鬼と化した同胞を、視認した。

 

「彼方を断て、間隙天魔(アスモデル)

 

 宣告と共に、フィーアは大鎌を振り上げる。

 

「灰は灰に」

 

 祝詞と共に、刃を構え。

 

「塵は、塵に…………っ!」

 

 己が武具を、振り下ろした。

 

『ア、ガ、ァァァァァァァアァァァァァァァァァァ…………ッ!!!』

 

 瞬間。

 

 遥か遠方、猟犬型の中心にいた灰血鬼・龍雅が。

 

 絶叫と共に、その身体を両断された。

 

 これこそが、フィーアの武具間隙天魔(アスモデル)の灰奏。

 

 巨人型相手に披露したものなど、比較にもならない。

 

 その真の力は────────────────空間同士の距離を0とし、狙った座標に斬撃の結果を()()させる事。

 

 この能力は振るった瞬間、指定座標への攻撃が確定────────────────即ち、使用と同時に結果が確定しあらゆる障害を無視して敵に斬撃を叩き込めるのだ。

 

 空間に結果を()()()するこの異能の前では防御も回避も意味を成さず、ただ()()()()()()()という結果のみを確定させる。

 

 その規格外の能力故に使用には膨大な灰血が必要となるが、一度放たれたが最後如何なる相手であろうとこの刃を防ぐ術はない。

 

 まさに、一撃必殺の秘奥。

 

 フィーアの持つ、奥の手。

 

 それが。

 

 敵を、灰血鬼を。

 

 一撃で、両断してみせたのだ。

 

『ア、ァ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああぁ…………っ!!』

 

 断末魔をあげる灰血鬼────────────────龍雅の虚ろな眼窩に一瞬、知性が宿る。

 

 それは、最期の時を迎えた灰血鬼の生態反応のようなものだったかもしれない。

 

 けれど。

 

 フィーアにはそれが、感謝の涙を流しているように見えて仕方なかった。

 

『────────が、とう』

 

 やがて、灰血鬼は────────────────龍雅は、全身が罅割れ灰と化して朽ち果てる。

 

 その、刹那。

 

 確かな意思と、小さな感謝の言葉を遺して。

 

 ───────e7q@0qdf6;f-@hfdiqhueg5qhueegweqeeqeeqeeqeeqee7q@e7q@iheihee7q@60lqhue60lqhue60lqh──────

 

 直後。

 

 不気味な断末魔(おと)が響き渡り、周囲を覆う霧が────────────────群響(ハウル)の領域が、晴れていく。

 

 灰血鬼が支配下に置いた群響は持続時間が無制限となるが、その領域の主が倒れた場合その運命を共にする。

 

 今、この領域を維持していた灰血鬼────────────────龍雅は、討滅された。

 

 それに伴い、眷域化していた群響も連鎖的に消滅。

 

 周囲を埋め尽くしていた猟犬型の群れは、領域の消滅と共に霧散した。

 

「や、った……………………倒せた、のね」

 

 全霊を振り絞ったフィーアは崩れ落ちそうになるが、それをゼクスが抱き留める。

 

 ゼクスの腕の中で一息ついたフィーアは、自身を抱き上げる彼の顔を見てにこりと微笑んだ。

 

「色々気になる事はあるけど、ありがとう。貴方がいなかったら、私はきっと此処で終わってたわ」

 

 でも、とフィーアは神妙な面持ちで顔を上げる。

 

「あなた、もしかして()()()()()の────────」

「無事っ!? フィーアちゃんっ!」

 

 ゼクスを問いかけようとした、矢先。

 

 血相を変えたアリエルが慌てた様子でフィーアに飛びつき、脈やら顔色やらを図り始めた。

 

 服に隠れている部分にも異常はないかとゼクスの目の前であるにも関わらず衣服をまくり上げ始めたので彼は目を背けたのだが。

 

 一先ず異常はない事を確認してアリエルは安堵の息を吐き、同時に真剣な眼でフィーアを睨みつけた。

 

「フィーアちゃん、言ったわよね? 劣化活性剤(アンプル)はあれで全部だって? だってのに、一つだけ隠し持ってたとかどういう事?」

「それは俺も聞いておきてぇなぁ。散々人の事を決まり事にルーズだとかぬかしといて、当の本人が約束破りするのは正直どうよ?」

「えっと、その────────────────ごめんなさい」

 

 アリエルとフォンに詰め寄られ、フィーアは観念して謝罪する。

 

 頭を下げたフィーアを見て二人はため息を吐き、共に肩を叩いた。

 

「ま、今回はお前さんのお陰で助かったのは事実だ。このくらいにしてやるよ」

「ええ、お礼にさっきのあつーいベーゼの感想なんかも聞かせてくれると助かるわあ。修羅場の中何やってるのかしらぁ、って思いながら見てたんだからねー」

「あ、あぅ…………」

「はは、そのあたりで許してあげたまえ────────────────まあ、他に()()()がないか念を置く必要はありそうだが」

 

 フィーアを揶揄する二人に続いて、土方がにこりと笑って近寄って来る。

 

 そして、フィーアとゼクスの二人を見て大きく頷いた。

 

「すまないな。不肖の馬鹿息子の()()()を、君たちに頼る事になってしまって。全てはこの老いぼれの不始末が原因だ。感謝はし尽くしてもし足りないよ」

「いえ、そんな」

「僕はただ、血を提供しただけですし。大した事はしていません」

「それでもだ。龍雅(あいつ)に代わって、礼を言う。息子を終わらせてくれて────────────────本当に、ありがとう」

 

 土方はそう言って、深々と頭を下げた。

 

 その様子にどう応えていいか分からなくなった二人は顔を見合わせ、同時に背中をバジン、と叩かれた。

 

 無論、フォンとアリエルの手によって。

 

「ま、若ぇ奴等に送って貰えて龍雅の兄貴も本望だっただろうぜ。本音を言えば、その役は俺が果たしたかったところだがな」

「でも、これで良かったと思う。龍雅さんの事はずっと心残りだったから、こうして最期を見届ける事が出来て幸いだったと思うしかないわ」

「ああ、龍雅も向こうで喜んでいるだろう。災厄を撒き散らす骸と成り果てたあいつを、ようやく終わらせてやれたんだからな」

 

 ふぅ、と土方はらしくもなく溜め息を吐いた。

 

 息子の成れの果ての最期に、色々思うところがあったのだろう。

 

 だが、流石は歴戦の剣士。

 

 すぐに気を持ち直し、二人に笑いかけた。

 

「散々な経過だったが、君は支部に着任して初の仕事を無事やり終えた────────────────改めて、君を歓迎しよう。センダイ支部へようこそ、ゼクスくん。今日から私たちは君の仲間であり、家族。剣の向きを揃える同胞として、今後ともよろしく頼むよ。無論、フィーアくん共々ね」

「はいっ!」

「ええ」

 

 土方の改めての歓迎の言葉にゼクスは喜色を浮かべ、フィーアは穏やかな顔で頷いた。

 

 これが、ゼクスがセンダイ支部に着任して初めての任務。

 

 灰血鬼の迎撃は、幕を閉じた。

 

 これが、始まり。

 

 この終わった先の世界で紡がれる、少年少女の物語の幕開けだった。


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