艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、演習がいよいよ幕を開けます。

それでは、抜錨!

(2015/11/29言い回しや誤字の修正を行いました)


第8話_演習・狼煙

 グアム、アプラ軍港。

 

 北マリアナ諸島の南端の島、グアム島の西にある昔ながらの軍港だ。今は国連海軍極東方面隊の主力部隊の一つ、第五三中部太平洋艦隊の本拠地となっている。ここを極東方面隊が管轄するか、米帝主体の南北アメリカ方面隊が管轄するかでひと悶着あったが、今は日本海軍主体の極東方面隊の拠点となっている。

 

「……とはいえ、英語ばかりねぇ……」

 

 そういいながら車窓を眺めるのは如月だ。サンゴ交じりの白いアスファルトで舗装された道を進む公用車の後席で窓ガラスに姉にあたる睦月と一緒に窓に張り付いているのだ。

 

「まぁここは帝政アメリカの直轄地だからね。実質日本海軍所属の俺たちにとっては“外国”だ」

 

 そんなことを言いながら白い詰襟に金の飾緒を下げた第二種軍装を纏った月刀航暉はほほえましげに二人を眺めた。制帽のつばには国連軍所属を示すメタリックブルーのラインが入り、普通の軍人ではないことを示していた。

 

「しれぇかーん、睦月ちょっと退屈ですぅ……」

「あれだけ窓にかじりついといてどの口が退屈だっていうんだ?」

「英語読むのも大変だし周りも柵と海と山ばかりで代わり映えしないんですもん」

 

 苦笑いしていると運転手を務めてくれている基地の伍長が笑いながら口を開いた。

 

「このあたりは異形の襲撃もありましたから、民家もなにもかも立ち退いてしまいましたからね、睦月特務官が退屈といわれるのも当然でありますな」

「そうなんですか?」

「えぇ、如月特務官。このあたりは大聖堂があったりした結構大きな住宅地で、結構にぎやかだったんですよ」

「……伍長はこちらの出身でしたか」

「私は日系三世にあたります、中佐殿。軍に志願する前は空港近くでホテルのボーイをしておりました」

 

 バックミラーに映る蒼い目が懐かしげに細められた。

 

「納得しました。道理で歩き方がさまになっているわけです。ホテル勤務ですか」

「はい、中佐。自分でいうのもなんですが、リゾートホテルとしても優秀で人気があるホテルです。もし休暇でグアムにいらっしゃることがございましたら、グアムミルキーウェイリゾート&スパにいらしてください。ボーイのディー・マツナガの紹介だと言えばいいサービスが受けられることを保証いたします」

 

 おどけた様子でそういって、伍長は人懐っこい笑顔で笑った。

 

「では、次来るときは外泊許可を取り付けてから演習にくるとしましょう」

「えぇ、ぜひ」

「如月も連れて行ってね?」

「そんな金があればね」

 

 すり寄ってくる如月を軽くあしらっていると柵が低くなり、視界が開けた。

 

「見えました。ようこそ、アプラ軍港へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月18日の正午の時点でアプラ・ネイバルハーバーの天気は快晴、雲量1、海上の風は南東から3ノット、波は湾の外で1メートル、港の中は0.5メートルもない。穏やかな演習日和となった。もっとも第551水雷戦隊に流れる空気は穏やかとはいいがたかったが。

 

 理由は単純。演習前のあいさつに出向いたときの相手将校のせいである。

 

「なんだあの横柄な態度!?」

 

 不穏な空気の根源は主に憤りっぱなしの天龍である。演習前の最終打ち合わせ(ブリーフィング)に使う部屋に戻ってもずっとこの調子だった。

 

「この部隊を車引きの集団だとか格下扱いしたうえで、相手の腕も見ないで腰抜けだぁ!? あんなのと戦わなきゃいけないって思っただけで反吐が出る!」

「天龍……少し落ち着いてくれ」

 

 航暉がそういうと、天龍はキッと彼を睨んだ。

 

「落ち着いてられるかよ。あいつは俺の部隊を馬鹿にしたんだぞ? それは俺を馬鹿にするのと同義だし、司令官を馬鹿にするのと同義だ。あそこまでコケに言われて何も思わないのかよ!?」

「格下の相手にしか強がれないんだよ、察してあげなよ、天龍。……もっとも」

 

 そういって航暉は肩をすくめ、折り畳みの長机に寄り掛かるように体重を預けた。

 

「前回の模擬戦では軽空母交じりとはいえこちらが勝ってんだ。そう簡単に格下扱いされる筋合いはないつもりだけどね」

「……目が怖いぜ、司令官」

「売り言葉に買い言葉で対応したんだ。本気で行かなきゃ失礼だろ?」

 

 航暉がそういうと龍田も笑う。

 

「“私の部下を根拠もなく馬鹿にするのも大概にして頂きたい。車引きの底力、実戦でお見せいたしましょう”……階級が二つも上の准将に対して言うセリフではないわねぇ……」

「この勝負、勝つのは難しいが、相手を苦しめることは十分にできるだろうと踏んでいる。みんな頼むぞ?」

「はいっ」

 

 そろった八つの声に満足げに頷いた航暉が書類を挟んだクリップボードに目を落とす。

 

「作戦は大きな変更なし、旗艦は電、以下天龍、龍田、暁、響、雷の6名で演習を行う。如月は緊急の交代要員として演習レンジ外で艤装装着の上で待機。睦月は俺の横で控えておいてほしい。出発前に話した通り、攻撃は天龍、龍田の二人を核に、特型4人でバックアップする形を基本とする。できる限り最速で相手の懐に飛び込んで乱戦に持ち込むように動くが艦載機の爆撃がほぼ間違いなくあるため、対空見張りを厳として接近する。接近した後は空母を優先して撃破してくれ。……状況に応じてこちらからも指示を出すが、回避運動は個々人に任せる。……質問はあるかい?」

「シンプル極まりない作戦でいいじゃねぇか。ちびっこどもは質問あるか?」

「大丈夫なのです」

「れでぃーの本領発揮ね」

「これならやれるさ、不死鳥の名は伊達じゃない」

「しれーかんの作戦だもの、大丈夫よ」

「龍田は?」

「質問はないし、やりたいことをやるだけよー?」

「……だそうだ。司令官、あとはあるかい?」

 

 天龍が不敵な笑みを浮かべると、似たような笑顔を向ける航暉。

 

「死なない程度に暴れてこい!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 敬礼を交わし、部屋をでる。そこには真っ青な空と海が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 演習の臨時の指揮官卓に座って航暉はそういった。首筋にはいつもとは違う移動式の中継器。地下の司令卓を使ってもいいのだが、演習レンジを見渡せる(さすがに端から端とは言わないが)塔があるのでその上で指揮を執ることにした。

 

《ふん。月刀君、改めて言うがこれは実戦そのものだと思って戦いたまえ》

「えぇ、存じ上げております」

《警告はしたぞ……?》

 

 どこかべっとりとまとわりつくような声が塔のスピーカーから流れる。秒単位で合わせた腕時計を見やり、部隊のチャンネルを開く。

 

「551TSq、各員状況報告」

《電、グリーンなのです》

《天龍、グリーン》

《龍田もグリーンよ~》

《暁、いつでもいいわ》

《響、いけるよ》

《雷、グリーンよ》

《如月、用意できてるわ》

 

 航暉が睦月の方を見やると彼女は笑顔で頷いた。

 

「状況開始まであと一分だ。演習だから、全員気楽にリラックスしていけ。大丈夫だ」

《なのです。司令官さん、もし勝ってきたらご褒美、お願いしてもいいですか?》

「ご褒美?」

《外泊許可を取ってグアムミルキーウェイリゾート&スパに行きたいのです》

「……如月か? 情報源は」

《みんなで行ったほうが楽しいかなって思ったの。提案は睦月の方よ?》

 

 この無線の奥で絶対にウィンクしているとわかる色で如月の声が弾む。盛大に溜息をつくと、隣で慌てた空気がする。

 

「えっと……あの、その……」

「……泊まるだけの金はないから、日帰りの食事と温泉で勘弁してくれ……」

《え? いいの!?》

《男に二言はないわよねぇ~?》

《……とてもいいね(хорошо)

《い、いなづまの本気を見るのです……っ!》

《妹になんてまけてられないわね、いっきまっすよー!》

「……即物的だなぁお前ら」

 

 頭を抱えると横に立つ睦月も苦笑いだ。

 

「ごめんなさい……」

「いいよ。司令官としていいとこ見せたいし。少しばかり財布に痛いがなんとかなるだろ。……気分を切り替えろ、状況開始10秒前」

 

 そういうと和んだ空気が一瞬で澄み渡る。中継器のリンク率を全員ミニマムからわずかに上昇させる。司令官の意識は全体を俯瞰するように、艦隊すべてを映し出した。

 

「3、2、1、……状況開始!」

《電より全艦へ、前進強速!先頭は天龍さんと龍田さんで複縦陣へ移行します!》

 

 電からの指揮が飛ぶ、艦隊は滑るように前進していく、陣形が組みなおされたころ、響の対空電探に影が映った。

 

《対空電探、航空隊捕捉。……2時方向距離4500高度3200、数1と……11時方向距離12000、高度1200、こっちはいっぱいだ》

「さっそく来たか。その高度だとフロートつき偵察機(ゲタ履き)と艦爆だな。対空戦闘用意」

《対空戦闘用意、私と暁お姉ちゃんが前に出ます!》

《暁の出番ね、見てなさい! 電、決めるわよ!》

 

 全速で艦載機の来る方向に飛び出す暁、その後方でバックアップに入る電。二人の武装のロックが解除される。模擬弾装填艤装を示す目が覚めるような水色のテープが張られた武装を11時方向上方に向ける。

 

《レーダー情報、リンクリクエスト》

 

 電の声が無線に乗る。その直後に個々の電探の情報が統合されてそれぞれの視界に投影された。リンク16――――目視圏内にいる僚艦との情報リンクシステムの応用だ。敵機が米粒大から豆粒大に変わるころ、レーダーでは射程を示した円の中に敵機のマーカーが飛び込んだ。

 

《暁お姉ちゃん!》

《ロサ弾、撃てっ!》

 

 暁の主砲ユニットに据えられた対空兵器――12センチ30連装噴進砲に火が入った。炎の尾を曳いて前に飛び出す砲弾の山。1.1秒で燃え尽きた推進剤だが、十分に初速のついた弾頭は優に1500もの高度を稼ぎ、敵機の頭上を捉える。慌てて散開しようとしてももう遅い。遅延信管が起爆し上空で60もの子弾を吐き出した。黄燐が発火し、燃えながら敵の飛行隊に降りかかる。

 

《どんなもんよ!》

《敵航空隊転進。一度海域を離れていくね。……対空電探、機影捕捉、3時方向距離3000!? 早いっ!》

 

 響の焦り声が聞こえる。高度は100を下回り、対空レーダーに映りにくかったのだ。

 

「艦攻隊だ。回避!」

《言われなくてもっ!》

 

 魚雷を放った後なのか、進路を変えて退避していく航空機。太陽に反射してきらりと光る。

 

《魚雷航跡数28!》

 

 航空魚雷は空気を推進剤として使用するため、明確な白い筋が海面を走る。射角は広くある程度ばらけるとはいえ28本は多かった。対空防衛のためにわずかに艦隊から離れた電と暁は射線から外れており、のこりの4隻に魚雷が殺到する。

 

「響!取り舵いっぱい!」

《だめだ司令官。天龍にあたる!》

《俺のことはいいから回避行動に入れバカ響っ!》

 

 天龍の声を無視して響は進路を維持、天龍の横に並ぶようにして雷撃に割り込んだ。

 1本目は二人の鼻先をかすめて飛び抜け、2本目は大きく射線を外す。3本目は後方に抜けた。

 

《耐衝撃体制!》

 

 響の声が無線に乗った直後、巨大な爆発音とともに水柱が立った(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「――――――――!」

 

 その時航暉は数瞬だが意識を手放した。脳を直接揺らすような衝撃に意識を手放し、身を焼くような痛みに覚醒した。

 

「そんな……まさか!」

 

 目を大きく見開いたまま睦月が硬直する。戦闘音が一瞬で止んでいた。付近を飛ぶ戦闘機の飛翔音と風切り音がやけに大きく響いている。

 

「響、無事か!?」

《……最悪だ(наихудший)。でも、なんとか生きてるよ》

 

 荒い息が聞こえる。とりあえず生きていることに安堵しつつ、響へのリンク率を高める。焼けるような痛みに脂汗が浮き出る。

 

「こちら551TSq、緊急事態発生、演習中止を要請します」

 

 相手の下村艦隊の司令部に通信をつなぎつつ響の艤装にアクセスする。右舷浸水部遮蔽、左舷側に注水、魚雷と爆雷に安全装置をかけて全弾投棄した。浸水と注水で失われた浮力でも沈まないように投棄できるものは投棄する。

 

《どうかしたかね?》

「下村准将……どういうつもりか説明して頂きたい。なぜ演習に実弾が使われているのです?」

 

 響の感覚がフィードバックされ、焼けつくような感覚に眉をしかめつつ、言葉を絞り出した。浮力が足りない、防弾板も投棄する。

 

《言ったはずだよ月刀君……“これは実戦そのものだ”》

 

 航暉の目がすっと冷えた。

 

「相手を沈めるのが演習ですか? これは訓練規定違反行為だ」

《訓練じゃないんだよ月刀君、何度も言わせないでくれ。……君、邪魔なんだよ》

「……野郎」

 

 如月に暗号スクリプトを送信する。艦隊と合流し、響をバックアップせよ。

 

《まあいい。君の置かれてる状況を認識してくれたようで何よりだ。では続けようか》

《待ってください提督!》

 

 通信に割り込む女性の声、航暉には聞き覚えがあった。対戦相手の旗艦、伊勢型戦艦1番艦BB-IS01“伊勢”だ。

 

《月刀中佐の言う通りです。これは訓練規定違反です。これ以上の戦闘は……》

《伊勢……言ったはずだぞ。“これは実戦そのものだ”。お前は私の武器で目の前のやつらは敵だ》

《同じ軍隊の仲間だろう。敵じゃない》

《敵だ、日向。お前らの仕事は敵を沈めてくることだ。……これ以上抗命するようなら“不適格”とみなすが……そんなに解体されたいか?》

 

 含み笑いが無線に乗る。だれも何も言わなかった。言えなかったのだ。

 

「……551TSq、響以外に損害を受けたものはいるか?」

《……余波を軽くもらったがなんら問題ねぇ。ちびどもも龍田もみんなうまく避けた。……司令官》

「わかってるさ、天龍……電」

《はい》

「旗艦として、電はどうしたい?」

 

 無線が沈黙する。数刹那の沈黙ののちに改めて無線が開く。

 

《……私は……。私は、伊勢さんたちも助けたいです。こんな嫌な状況から、助けたいです。司令官さん、お願いします》

 

 電はそういった。それを聞いて改めて無線に呼びかける。

 

「下村准将、あなたが行っていることは軍規則違反だ。演習を中止し武装解除してください」

《演習じゃないと何度言ったらわかる?》

「ならば作戦行動を中止し武装解除してください。これは進言でも助言でもありません。軍規則に基づいた明確な命令です」

《ほう?……断ったら?》

「できれば断らないでいただきたい」

《……車引きの腰抜けが我が艦隊を突破できると》

 

 

 

「―――――できないとでも(・・・・・・・)? ほざくなよ三下が」

 

 

 

 スイッチを切り替えたように航暉の声が冷えた。相手に発言することも許さず、共通無線に向けて高らかに宣言する。

 

「黙って聞いてればグダグダと、俺の部下を馬鹿にするなといったはずだ。何度も言わせるな」

《うっわ……》

《司令官、さん……?》

 

 あきれ顔の天龍と戸惑いを隠せない電、その横では何も言わずに龍田が笑みを深めた。

 

「第五五一水雷戦隊司令、月刀中佐より全艦へ通達。下村准将の独断による戦闘行為に重大な軍規違反が含まれている可能性があると判断されるため、国連軍行動規約に基づき、下村准将の身柄を拘束する。全武装の安全装置を解除。最大限戦闘を避けてもらうが、戦闘回避が不可能な場合は各自の判断で戦闘に突入して構わない。ただし、作戦参加艦全艦必ず生きて帰還せよ。繰り返す、作戦参加艦は必ず生きて帰還せよ。……下村准将、てめぇは俺が直接迎えに行く。首でも洗って待ってろ」

《無茶を言ってくれる司令官だ》

 

 半ばあきれたような声を出す天龍だが、その眼は爛々と輝いた。

 

「いくぞ、第五五一水雷戦隊、状況開始」

 

 昼下がりのアプラ軍港、絶好の演習日和に命がけのチキンレースが始まった。

 




やっと飛龍さんに改二が来た……っ!
我が鎮守府の初の正規空母にして、うちの主力空母、飛龍さん。なんと凛々しく立派になられて……!

演習のキャンセルも実装されましたし、安心して部隊の運用ができそうです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は思いっきりバトル回。
電たちの初の艦隊戦です!

それでは次回お会いしましょう!

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