艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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まさかの100話目です。
本当はダイジェスト版を投稿するのがベターなのでしょうけど、100話目のメモリアルがダイジェスト版というのもなんか悔しいので高峰の外伝と参ります。

それでは、抜錨!



PREQUEL 02 防壁迷路の間に落ちて

 

 

 

 

「……司令官、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 

 そう言った私を私の司令官、高峰春斗少佐は半笑いの奥に答えをしまってしまう。細身の体にどこか不似合な制服に包まれた肩を竦めるようにしていつものように口を開くんです。

 

「……俺の防壁を抜けられたら教えてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高峰春斗少佐……26歳、男」

 

 私はぽつりとつぶやくと、案外部屋に響いてしまいました。

 

「北アメリカ連合ニューヨーク生まれ、父親はニューヨークにあるジャパンタウンのお寺の住職で日本人、母親は中国系アメリカ人だから日米連のダブル。国籍も当初は日本と北アメリカ連合の双方を取得していた。第三次世界大戦勃発と同時に戦火から逃れるように日本へ。通信制の大学で18歳にして学士認定を受ける。北アメリカ連合の国籍を返納して日本国外務省入省。その後は……出入国管理部? 怪しいのはここからですかねぇ」

「なに、青葉? 浮かない顔して」

 

 同室の衣笠が部屋に入ってきました。私はそれを椅子に座ったまま体を逸らして向田のですが、衣笠はどこか呆れた表情をしています。

 

「ほら、そんなだらしない恰好しないで、両足閉じる」

「いーじゃないですかぁ。男の人がいるわけじゃないんですからぁ」

 

 衣笠も言ってきかないことをわかってるのでしょう。それ以上は言ってきません。

 

「今度は何? またいらんことに首を突っ込むの?」

「いらんこととは失礼な。今の司令官の経歴です。聞いても聞いてもおしえてくれないんですよ」

「聞かれたくないことの一つや二つ誰にでもあるでしょ。なんでも掘り返そうとするのは悪い癖ってわかってるでしょう? だから上手くいかなくなって前線に出してもらえなく……」

「がっさ」

 

 少々トーンを落として言うと衣笠は「……ごめん」と謝ってきました。謝ってほしかった訳ではなかったんですけどね。

 

「でも、この司令官。それにしても変なんですよ」

「変ってなによ?」

「高峰少佐って経歴みるとスーパーエリートなんですよ。飛び級して18歳で学士、そのまま外務省入省。海大の成績も次席、しかも実戦をすでに経験してるし、電探の情報解析とかの索敵関連では史上最高点をマーク。そんな人物がどうして前線じゃない特調に、それも青葉みたいな落ちこぼれと組まされるのか。全く筋が通りません」

 

 そうなのです。そこが通らないんです。今の司令官のポストが低すぎる。だから怪しく見えてしまうんです。

 

「やっぱり潜るしかないのかなぁ……」

 

 カタログスペックを信じるなら高峰少佐の電脳はHAL2501型、パワー勝負ならとんとん。ですがどんな防壁が仕込まれているかは完全に未知数です。どうもカウンターハッキングスキルには自信があるみたいですし、潜るには少々リスクが大きいのは確かです。

 

 それでも、また知的好奇心に耐えきれなくなるんだろうなぁとも思いつつ、司令官の資料を閉じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決行日時は案外すぐにきました。

 

「身代わり防壁よーし。バックアップよーし」

 

 高峰少佐は残業でネットワークに接続しっぱなし。私だけが先に上がりました。なので今は高峰少佐の電脳に直接アクセスすることが可能です。

 

「……一応こっちのバックアップも通しておくかな」

 

 個人端末を一度迂回してからさらにネットに接続。その上で秘匿回線をいくつも用意しておく。ここまで用意するのはひさしぶりですねぇ。

 

「さて、潜りますか」

 

 ポニーテールにまとめているので髪が邪魔になることはないのですが、それでも少し髪を避けてQRSプラグを引き出して、ジャックに差し込みます。深呼吸を、一つ。

 意識は次の瞬間にネット上に引き出され、アバターを形成します。それはいくつも回線を経由し、高峰少佐のネットに飛び込んでいく。

 

――――案外、甘い?

 

 そんなことが頭を過りますが、油断は禁物。第一レベルは甘くて当然なのですから。

 

 電脳の階層分けは何段階がありますが基本的に6段階に分けるのがふつう。

 第一段階“ロビー”。ここは誰でも通れる場所、電脳通信の受け取りなどはここ。

 第二段階“リビング”と第三段階“ルーム”までは許可があれば進入可能。リビングはともかくルームまで招くとなるとよっぽどの信頼関係がないと無理ですね。

 各段階に飛ぶときに防壁を突破するのですが、ルームと第四段階“マネッジ”の間の防壁が特に強固につくられることが多いのは定石です。“マネッジ”では文字通り体の動きをマネジメントする部分。私達みたいなアンドロイドやガイノイドは電脳キーがあればここまで潜られちゃうんですけどね。

 でそこから先の第五段階“レコレクション”では記憶を、最終段階にはバイタルコントロールと(ゴースト)たるPIXコードなどが記憶されているはず。まぁ第六段階まで潜ることはないんですけど。今回の目標はレコレクションへの侵入、マネッジからレコレクションの間にはゴーストラインと呼ばれる強力な防壁線を超えなければなりません。

 

 第二段階まではほぼ抵抗なく到達。できる限り手がかりになるような情報を消しながら進みます。無事に第三段階まで進入。ここまでは予想通り。高峰少佐の“ルーム”は両脇に酒が詰まった壁が並ぶ書斎のような部屋。お寺出身の人とは思えない配置です。そこに長居しては気づかれます。防壁破りを展開。ゆっくりと防壁を展開しつつさらに奥へ。

 

――――――案外、口だけ?

 

 防壁は無事解除され奥に踏み入れた時に見たのは……私の姿。

 

「――――――!?」

 

 鏡面防壁。防壁破りがリバースで跳ね返る。同時に周囲の活動が活発になりました。その鏡に投影された画像が像をむすばなくなった時、自らの防壁破りで私の電脳の防御は成り立たなくなってしまいます。急いで防壁破りを解除。間違いなくこれは――――――

 

「気づかれた!」

 

 ここからはパワー勝負。複数のデコイを展開。私の似姿が散らばっていくのを確認しながら目の前の防壁を強行突破します。デコイ03凍結(フリーズ)。最終バックアップをリロードし再試行。防壁の再構成の速度が速すぎる。デコイ01反応消滅、デコイ02フリーズ、リロードは……間に合わない!

 

「くあっ……!」

 

 身代わり防壁(アクティブプロテクト)を一つその場に残して無理矢理潜り抜けましたが……どこなんでしょうここ。

 

「“マネッジ”の上層部? “レコレクション”への直結通路に乗っちゃったかな?」

 

 あたりは一転、いきなりコンクリートとアスファルトに固められた人工物しか見えない空間。足元のアスファルトのマーキングからして……地下駐車場の入り口。

 

「高峰少佐の記憶野に入った……?」

 

 とりあえず奥へ向かいます。駐車場の発券機から“駐車券をお取り下さい”と日本語の合成音声が流れたからおそらく日本、……となると、第三次世界大戦期、もしくはそれ以降の記憶なんだろうと予測がつきます。さて、知りたかった本題に近づいてきましたよ。

 

「……。」

「―――――。…?」

 

 誰かの話声。地下の駐車場なので声が少し響きます。そこへ向かえば欧米人っぽい子供を連れた青い目の大男と日本人らしき東洋人……見たことのない顔です……が何やら話しています。

 

――――――ロシア語?

 

 その疑問を持ったタイミングで強力なフラッシュライトがその二人に向けて放たれました。

 

「!?」

「не двигайтесь! поместите оружие!」

 

 フラッシュライトと銃を構えて飛び出してきたのは高峰少佐で間違いない。その口からは流暢なロシア語が飛び出します。語調からして動くな!といった所でしょうか。

 そこで外国人風の大男が懐から銃を取り出し高峰少佐に向って引き金を引こうとしますがそれより早くフラッシュライトが相手のこめかみにヒット。反射で跳ね上がった銃口は明後日の方向に鉛玉を飛ばします。……ってか

 

「高峰少佐、強っ!」

 

 ライトを投げてその後ろを追うようにして走り込み相手の顎に掌底を叩き込むとかどんだけですか。もうひとりの東洋人が銃を取り出すと同時に相手の銃の横っ腹撃ちぬいて吹っ飛ばすし。明るくない地下駐車場でよくやりますねぇ。

 

「投降しろ。それとも朝鮮語で言わないとわからないか? 투항해라!」

 

 東洋人の人、銃もぎ取られた衝撃でおそらく手の骨軽くやられてそれどころじゃなさそうなんですけど。大男の方は伸びてますし。それを確認したのか周囲からスーツ姿の男たちがぞろぞろ出てきます。完全に囲んでから高峰少佐が突入した形でしょう。

 

「これで全部ですか、高峰審議官」

「だろうと思いますよ。……怖かったな、もう大丈……っと、Он в порядке? Мы приехали, чтобы помочь Вам」

 

 子どもと目線を合わせて高峰少佐……ここでは審議官と呼ばれているらしいですね……がにこやかに話しかけました。その時点で違和感に気がついたんです。

 

 その子供の姿に見覚えがある。どこだったっけ? あぁそうだ、今朝洗面所で鏡越しに見た顔によく似ている。その顔を幼く再構成したらこんな感じだろうなと見えて。

 

「……違う!」

 

 その少女は笑って何かを取り出し、それを高峰少佐に向けて、

 

 

 

 乾いた音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その音を遠くに聞いた私は地下駐車場に駆け込みました。今のは間違いなく銃声です。音は確かにこの中から響いてきました。“駐車券をお取り下さい”と流す発券機のバーを飛び越えると、やはり薄暗い駐車場の中でいくつもの発砲音が聞こえます。音からして拳銃、そこまで口径は大きくない。

 

「まったくなんなんですかもう!」

 

 銃撃戦の現場に行きつくとスーツ姿の高峰少佐が西洋人っぽい大男を掌底でのしている所でした。

 

 そしてその銃口がこちら(・・・)を向く。

 

「投降しろ。それとも朝鮮語で言わないとわからないか? 투항해라!」

 

 そして、それに違和感を覚えました。

 

 

 

――――――同じ言葉を聞いたことがある。

 

 

「これで全部ですか、高峰審議官」

「だろうと思いますよ。……後はあんただけだ。당신의 동료는 이제 항복했습니다. 당신도 항복해 주세요.」

 

 それを聞いて私はやっと理解しました。

 

 

 ここは……高峰少佐の記憶野ではなく(・・・・)――――

 

 

 

「防壁迷路の中!」

 

 

 

 おそらくこの銃撃も、そこに伏せている“私そっくりの子ども”も、全部まやかし。ただここでこの幻を見ている間にも私の防壁パターンが解析されているはず。急がなければ私は……

 

「꼼짝 마!」

 

 どこかに防壁迷路の出口があるはずです。そのカギはおそらく……。

 

「Не приезжайте!」

 

 私によく似た少女が怯えた顔で叫ぶ。来ないで……といったみたいです。詳しいことはわかりませんが。

 この場において私は第三勢力として認識されているらしい。高峰少佐たちから見ても大男たちからみても他人だから、そのカギとなっているらしい少女に近づけば、双方から反撃を受ける。だから少女に近づくのは難しい。だから、そこが……

 

「出口ですっ!」

 

 その少女に飛びつくと空気が一変した。暗い空気から水の中に浮いているような浮遊感に間隔が切り替えられます。

 

「……切り抜けた?」

 

 そんなはずがありません。記憶野にはまだたどり着いてないはず。もし記憶野だとしたら、高峰少佐は水面下(アンダーウォーター)の訓練経験者か人魚姫的な何かになってしまいます。

 

「それでも仕掛けてこないということは……上手いこと防壁と防壁の合間の未感知領域に落ち込みましたかね……」

 

 そういいながらわずかに移動してみます。本当に無重力のように移動できる空間みたいです。足元の方が明るいので一般的には逆さま状態にいるのでしょう。……まぁ、電脳空間には上下もなにもないのですけど。

 明るいほうに行ってみます。本当に海水面みたいな印象です。おそらくその水面が感知領域と未感知領域の境目でしょう。水面の向こうはおぼろげに透けて見えます。

 

「……だから、母さんを捨てたのか」

「捨ててなどいない。全部、お前のためだった」

 

 そんな会話が聞こえてきます。

 

「俺のため? 俺のためってなんだよ。母さんがチャイニーズアメリカンだったから? それが理由になるって言うのかよ!」

「あの時そうしなければ、お前はどんな扱いを受けてたか!」

「有難迷惑もいいところだ禿げ親父」

 

 男性同士の会話。若い方がおそらく高峰少佐、弱ったような声はおそらく……少佐のお父さんでしょう。

 

「親父はいつもいつも、俺の気持ちも考えず、大切なものを奪っていく。ニューヨークの友達も置いてきた、向こうの思い出も置いてきた。今度は母さんまで置いていくのか? いい加減にしてくれ!」

 

 その声は本当に悲しみに揺れていて。

 

「親父は俺のため俺のため言いながら、自分が安全圏に逃げているだけじゃないか! 俺はいつまでそれに付き合えばいい? 親父のわがままにどこまで黙っていればいい? 答えて見ろよ!」

 

 そう言う背中は小さく震えていて、誰かが支えなければいけないほどに危なっかしくて。思わずそれに手を伸ばし―――――

 

 

 世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あれ?」

「やっとお目覚めか、サーズデイ」

 

 そう言った男の声に驚いて私は慌てて体を起こしました。医務室……ではなさそうです。たくさんの本が並ぶ部屋のベッドに寝かされていたみたいです。私の寝ているベッドに頭を預けるようにして寝ている顔を見て首をかしげました。

 

「……衣笠?」

「お前の看病をずっとしてたんだ。今は寝かせてやれよ」

 

 ベッドの反対側の壁に備え付けられたデスクに座った男の人……高峰少佐が優しく笑いました。

 

「あの……ここは?」

「俺の私室、狭いけどな。ようこそ俺の城へ」

 

 おどけて笑った彼の手元には古い文庫本があった。

 

「わたしは……」

「衣笠が起きたらお礼言っとけ。お前が意識失ってるところを発見して連絡してくれたんだ」

「え……?」

身代わり防壁(アクティブプロテクト)いくつ使ったか知らないがかなり無茶したみたいじゃないか。電脳のセーフティが起動してオートで接続をカットしたんだよ」

 

 それを聞いてはっとする。そういえば、私は……。

 

「あの防壁迷路……」

「いい出来だろ? まさか2週目で見破られるとは思わなかったけどね。さすがに難易度設定簡単過ぎだったかな?」

「……あれ、一から組んだんですか」

「ループはオリジナルだが元ネタは存在するよ。それに“俺の本物の記憶を流し込んで”リアリティを上げてある」

「じゃぁあれは……」

「うん。間違いなく俺の記憶の一部さ」

 

 そう言うと高峰少佐は私の方に印刷資料(ハードコピー)を渡してきました。

 

「防壁を抜けられたら教えてやるって約束だったからね」

 

 その紙には少佐の写真が一緒に印刷された用紙で紙の左上には外務省の公印が押されています。

 

「日本国外務省条約審議部第一分室……?」

「表向きの名前だ。そこそこ詳しい人には“セクター4”と言った方が通じる」

 

 高峰少佐はどこか懐かしそうに目を細めました。

 

「非常にデリケートな事案、貿易相手国の高官が絡んでいて日本の警察や軍が動けないような場合に出動する公安組織だ。スパイのあぶり出しや工作員の確保などを行う。俺はそこのカウンターインテリジェンス部門に所属していた」

「カウンターインテリジェンス……」

「それも電脳系のね。特A級(ウィザードクラス)のハッカーを相手取り、こちらの機密事項を守り、そのハッカーを突き止め、生け捕りにする。そのためのあれやこれは一通り知ってるつもりだ」

 

 それを聞いて私はなぜか笑えてきました。つまり私は……電脳戦に長けたプロ相手に勝負を仕掛けた訳で。

 

「勝てない訳ですね……」

「それでも2週目でもうキーを見つけるあたり観察眼と発想はいい線いってると思うぜ?」

 

 そう言うと青葉から経歴の書類を取り上げてしまいます。

 

「お前が見たのは俺がそこでやった仕事の一部だ。戦争難民を日本が受け入れた時、日本経由で難民の人身売買のマーケットが発生した。そこにいくつかの国の高官が絡んでる可能性が出てきてね。その現場を押さえることが必要になった。その突入シーンの記憶を元に組んでる。だから防壁迷路にしては妙にリアリティがあるものに仕上がった」

「最初、記憶野に飛んだかと思いましたよ」

「そう言っていただけるとありがたいな。ま、もっとも今回のお前のランで脆弱性も視えたから組み直すけどね」

 

 書類を仕舞いながらそう言う高峰少佐の背中を眺めていると不意に振り返った。

 

「女性の経歴を覗くのはあれだと思ったが、見させてもらったよ。……前線で問題を起こしたことで戦闘要員から外されたと記載されているね。で、その内容は僚艦との関係の著しい悪化が複数回にわたって見られたから、具体的には相手のトラウマを聞きだしてその古傷を擦ったからってことになってる。……でも、そうじゃないよね?」

 

 高峰の目がすうっと冷えて、私を見ています。

 

「……もう、終わった話です」

「そうだね。君が本当にやろうとした。“司令官の資材横流しの告発”は握りつぶされて終わった」

 

 返す言葉を探しますがなんていえばいいかわかりません。

 

「で、お前についての悪い噂を流布してレッテルを張り、前線から遠ざける。意趣返しとしては微妙だし、ずさんだがね。よっぽど前の司令官はお前のことを恨んでたんだな」

 

 そう言うと高峰少佐はまた別の書類をひらつかせました。そのレイアウトには見覚えがありました。

 

「……残ってたんですね、その書類」

「正確には消されそうになってたものを押さえた。拝見したが、艦娘という制限された身分でよくここまでつかんだものだと思うよ。証拠集めも十分、そこから推察される情報も矛盾なく全容を浮かび上がらせるに足るものだ。おかげで横流しルートを一網打尽にできそうだよ」

「……恐縮です」

「そんなに警戒しないでよ」

 

 高峰少佐は微笑みながらそう言いました。

 

「重巡青葉、君には俺たちに似た素質がある」

「素質?」

 

 聞き返すと高峰少佐は冷えた目の色のまま笑みを深くする。

 

「狩人の嗅覚と電子空間への適応性の高さ。そして、感情のコントロール能力の高さ。君は前の司令官が流したレッテルを受け入れた。そうして輪から外れることで相手を告発できる機会を待ってたんだろ? レッテルを事実であるかのように演じながら相手を欺き懐に飛び込む機会を窺う……それには並外れた感情のコントロールが必要だ」

 

 そう言った高峰少佐は両手を広げました。

 

「こちらに来い、青葉。お前にしかできない仕事が待ってる」

 

 それを聞くとなぜか笑いが込みあがってきました。

 

「……そう言って協力者を得ようとしているスパイみたいにも見えますよ。高峰少佐?」

「かもな。だが、その感覚が本当かどうか確かめてみるのもまた一興だと思うよ?」

 

 そう返して高峰少佐はデスクに置いてあった文庫本を投げてよこしました。カバーが外された裸の本を慌ててキャッチ。

 

「……ロビンソン・クルーソーの生涯と奇しくも驚くべき冒険?」

「読んでみるといい。必要なエッセンスが詰まった本だ。頼むぞ」

 

 それが高峰少佐からもらった最初のものになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し感傷的過ぎますかねぇ……」

 

 出てきた文庫本を閉じて、私は浸っていた思い出を仕舞います。今はデスクの整理中、こんなことをしてる場合じゃないのは確かです。

 

「まぁ、電ちゃんがいろいろ大胆なことをしてたのも一因ですかねぇ」

 

 月刀大佐を電ちゃんが捕まえて早一週間。そろそろこの関係の書類を片付けないとまずい時期です。私にとっても大きい事件だったので少々感慨深いですが。

 

「電ちゃんは月刀大佐を捕まえて、か……」

 

 私達が兵器として扱われることに慣れていたせいか、それがどこか悪いことのように思えてしまいます。でもきっと間違っているのは私の方で、先入観に囚われているんだろうなとか思ってしまいます。手に持っていた文庫本の背表紙をなぞっていると少しだけ落ち着いてきました。

 

 ロビンソン・クルーソー、その作者ダニエル・デフォーはイギリス・ステュアート朝最後の女王、アンの下でスパイマスターを務めるほどにインテリジェンスに造形が深い人でした。それを知った時、初めて高峰中佐がこの本を渡してきた意味を知りました。

 ロビンソン・クルーソーは28年間の無人島での生活を描く物語。その筋書きは異国でスパイを続ける影を重ねることもできるように思えてきます。

 

 スパイを追うスパイ。スパイをあぶり出して捕らえるためにはスパイの手口を知る必要がある。そうして高峰中佐にもこの影の匂いが染みついたように見えます。

 

 そしてその影を支えるもう一つの影が。

 

「フライデー……か」

 

 スパイとは孤独なモノでしょう。自らを隠し、仮面をかぶりただ愚直に与えられた仕事をこなす。スパイを狩り出すスパイである高峰中佐もまた、孤独であることを強いられる。仲間はいても、時に孤独にならねば相手に追いついけない時もある。

 

 防壁迷路の間に落ちて、私が彼の記憶を知ったことを、私は話していません。彼がそのことを知っているかどうかは私にはわかりません。

 彼は孤独を知っている。仲間や家族から切り離される恐怖を知っている。それでも彼はこの仕事を選んだ。なぜかはわからないけれど、孤独と向き合わねばならないこの仕事を選んだ。

 時々。本当に時々、あの時見た記憶のかけらが今の高峰中佐に被るときがあります。月刀大佐が関わるときはいつもそうで。それでも、彼は弱音を見せようとしません。

 

 

 

 私に、その彼を支えられるでしょうか。

 

 

 

「青葉」

 

 後ろから声がかかりました。もう3年も一緒に働いている上官ですから声だけでわかります。

 

「仕事ですね?」

「あぁ、12分前に呉ローカルでシーン16。ピーピングトムは黄色だ」

 

 それだけである程度の事態は把握できます。呉の基地内LANから違法アクセス感知、容疑者の絞り込みは完了しているものの証拠は無し。

 

「対象は?」

「メインサーバーのアクセスキーを探っているらしい。ランクAAにアタックをかけてるところからして狙いはおそらく」

「基地セキュリティシステムの解除キー、ですか?」

「おそらくは」

 

 高峰中佐は私の隣のデスクにつくとQRSプラグを引き出して準備を進めていきます。それを見ながら潜入用のデコイを確認したり、バックアップ用のハードを起動したりとこちらも用意。

 

「行けるか、フライデー」

 

 そう言われると少しうれしい気がします。

 

「はい、いつでも行けますよ!」

「嬉しいことでもあったか?」

「いえいえ」

 

 文庫本の背表紙を撫でて深呼吸。

 

「では、取材に伺いますか、マスター」

「それじゃ、ついて来いフライデー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 願わくは、貴方(ロビンソン)を支えるフライデーであることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の意識はあっという間にネットの海へと飛び出しました。

 

 

 

 






……いかがでしたでしょうか?
高峰のかっこいい活躍を描きたいのですがなかなか難しいですね

以前の笹原の過去話でオリジナルキャラにはテーマソングを決めているという話をしたことがあったと思います。
高峰はSchool Food PunishmentのHow to goだったりします。
これの歌詞にたくさん泣いて生まれ変わる的な歌詞があるんですが、啓開の鏑矢に出てくる司令官たちは基本的に泣きません。というより泣くことをよしとしていないところがあります。高峰もまた、泣かない人間です。
その彼の心に気がつける存在があればいいと思いながらこの曲を聞いています。



感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
ダイジェスト版を投稿したら第4部に入ります。

それでは次回お会いしましょう。

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