艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
本格的な執筆はできませんが、更新しないのもアレなので。この期間使って第三部ダイジェスト版を投稿します。
……伏線回収のためにいろいろ再構成しまくってダイジェストになってないんですけど。
まぁ、ダイジェストだけ読んでもストーリィとして完結させたかったのでいろいろ手を尽くしたのですが……話の順番が違ったりセリフの入れ替えなども行って、かなり別物になっています。大筋は変わりませんし、結論としては全く一緒なんですが……
ダイジェスト版は暴力描写などを極力避け、最短で第三部を駆け抜けたい方用です。なので第三部をすでに読まれている方は伏線とネタバレの焼き直しとなります。したがって読まなくても構いません。
正規版の文字数約16万3000字⇒ダイジェスト版6万字弱
それでも長ぇ!
なお、艦これの独自解釈のオンパレードとなりますのでご注意ください。
またこの物語はフィクションです。実在するいかなる個人・団体とは一切関係ありません。
……よろしいですか?
それではダイジェスト版、抜錨します!
Yokosuka Cluster Up-side-Down
横須賀鎮守府付属海軍横須賀病院。
義体化や電脳化、再生医療などの外科手術でトップクラスの実績を誇る病院は横須賀軍港の軍用地の端に位置する。15階建てという大規模な建物は軍人だけでなく民間病院から回されてきた重篤患者も含め常にパンク寸前の激務で業務を回していた。
そこの13階、軍専用フロアにある高官用個人病室1306号室には軍人にあまり見えない二人の少女の姿があった。
「ほら、しれーかん! あーん!」
「だから左手使えるから……」
「あーん!」
半ば強引に病院食を口に突っ込まれた航暉はゆっくりと咀嚼する。熱も下がったし粥から白米になって最初の食事だ。料理が乗ったベットテーブルを挟んで航暉の膝にまたがるようにした雷がスプーンを手に航暉に甲斐甲斐しく料理を運ぶ。
「美味しい?」
「旨いことは旨いが……そこまでしてくれなくてもいいんだがな……」
航暉はそう言って苦笑いを浮かべた。
「でも、私のせいみたいなものだし……」
「だから何度も言ってるだろう? あれは鬼龍院大尉のせいだ。お前のせいじゃない」
でも、と言いよどむ雷の頬を電が引っ張った。
「大丈夫なのですよ。司令官さんもお姉ちゃんたちも生きているのです。だから、大丈夫なのです」
電にまでそう言われてしまえば黙るしかない。
航暉がなぜ入院しているかといえば、約3週間前に発生した“ウェーク基地司令官射殺未遂事件”のせいである。その被害にあった航暉が右腕と右目にダメージを追っていた。他には司令官室のドアが吹っ飛んだり、血糊で染まった床の張替などでかなりのお値段が吹っ飛ぶらしい。まぁそれが航暉の財布から引き落とされる訳ではないのでそこまで痛くないのだが。
とにかくその時の無茶のせいで、航暉は右腕を義手にする必要にかられてしまった。そのために横須賀に来ているというわけである。電は先のヒメ事案への協力、雷は義制研への一時貸出ということで航暉についてきて早2週間以上が過ぎていた。
「それにしてもやっと普通の食事だもんね、しれーかんもたいへんねぇ」
「明日にはもう義手の装着、その後リハビリか。先は長いな。目の方はさっさと治ったからいいんだけどな」
そんなことを言いながら航暉は右肩をさする。義手接続用の手術の後であるべき手がそこにないというのは結構痛々しい。
そんな会話をしていると、コンコンとドアがノックされる。雷が飛び上ってベッドから飛び降りた。
「どうぞ」
入ってきたのは国連軍の制服を着た男性だった。年は60くらいだろうか、若い頃は体を鍛えてたのだろうとなんとなく想像がつく体は定規でも淹れたかのようにピンと背が伸びておりどこか風格を感じるものだった。髪は上品なグレーアッシュ、オールバックに固めたその姿は年相応の気品にあふれていた。
その姿をみて、真っ先に反応したのは航暉だった。右手がないことを思い出して、慌てて左手を額に上げる。ほぼ同時に電も敬礼。雷はきょとんとしていた。
「あなた、だれ?」
「自軍のトップぐらい覚えとけ! 山本五六元帥だ。国連海軍極東方面隊の総合司令長官!」
航暉の小声の早口にそう言われ、雷が真っ青になりながら敬礼。
「左手で申し訳ありません。また、部下が大変失礼いたしました。山本元帥」
「いやなに、突然の訪問だったからな。驚かせてしまったようですまなかった。月刀大佐はマニラでの観艦式の時に通信した時以来かな?」
「はっ、その通りです。その節は大変お世話になりました」
「通信一つであの場を押さえられるのならばいくらでもするさ。君が恐縮する理由は無い」
凛と澄んだバリトンは場を一気に引き締めた。その後ろには何やらブリーフケースを持った女性秘書が控えている。
「この度は災難だったな、月刀大佐」
スツールに腰掛けながら山本はそう言った。
「いえ、私も軍属の身、死の覚悟はしております。腕一本で生き長らえたのですから僥倖というものでしょう。……海軍元帥御自ら護衛を付けずにいらっしゃるとは、どのような要件でしょうか」
航暉がそう聞くと山本は朗らかに笑った。
「月刀大佐に少し用事があってな」
「私に……ですか?」
航暉は僅かに首をかしげると元帥は小さく頷いた。
「この度のキスカ島難民輸送作戦、及び北方棲姫、ヒメの拿捕、大変ご苦労であった。その厳しい状況下で死者ゼロ、喪失艦ゼロで作戦を成功させたという功績は近年稀に見る快挙だと司令部は考えている。また高等種の深海棲艦を拿捕するというのは世界中のどの軍を見ても前例がないほどの戦果だ」
そう言うと航暉はすまし顔を繕ったまま先を待った。横では電がどこか複雑そうな表情で元帥を見つめている。
「戦術中央コンピュータの試算によると、ヒメの拿捕によって戦争は最短であと3年、当初の試算より5年以上早く終結する可能性があると弾き出した。実際に何人を救ったかなど計算することに意味はないが、この戦果で億単位の市民が死を免れたかもしれん。それだけの功績を月刀大佐とその部隊が成したのだと極東方面隊司令部をはじめ、各上層部は認識している」
電はそこまで話が大きくなっているのかと驚いていた。
「まだ公表されていないが、この功績をたたえ、国連軍長官のドメック・ガルシア元帥より月刀航暉国連海軍大佐に殊勲十字章が贈られる」
航暉は眉を顰めた。
国連軍の殊勲十字章――――国連軍人が得ることができる勲章の中では名誉勲章に次ぐ第二位の勲章であり、国連軍が国連議会を通さずに送ることができる最上級の勲章でもある。軍務についている間、公式の場で最優先で敬礼を受ける権利を得る。
戸惑っていると元帥が先回りして口を開く。
「拒否されると、推薦した私と極東方面隊のメンツが潰れてしまうから受け取ってもらえると助かる。……頼む。お願いできないか」
元帥自らに頭を下げられ航暉は焦った。航暉は頭を上げてもらい、「わかりましたっ」と半ば叫ぶように言う。
「受勲するほどの格も戦果もないとは思いますが、作戦参加者の代表として受け取らせていただきます」
「正式な手続きに時間がかかるが3月の半期末には授賞式があるはずだ。とりあえずはこのまま話を進める。……そしてもう一つ、こちらが本題になる。DD-AK04、電、君にも関わる話だ」
「……ヒメ事案、ですね?」
航暉が声のトーンを落として聞き返した。山本が頷く。
「事態は急速に変化している。現在の軍組織では対処しきれない事態が今後予想される」
「予想されるのではなく、そういう戦略に切り替えるのでは?」
「月刀大佐は手厳しいね。その通りだ」
そう言うと山本は後ろで控えていた秘書を目で呼ぶと、ブリーフケースからホロ投影機を取り出した。
「本日、国連海軍総合司令部より第50太平洋即応打撃群の新設が認可された」
「第50……」
「……太平洋即応打撃群?」
電と雷が頭の上にはてなを浮かべる。航暉が呻くように口を開いた。
「特設艦隊を創設する気ですか?」
「極東方面隊総司令部直属、最優先ラインの作戦部隊だ。海軍だけでなく、空軍、陸軍の作戦ユニットも参加する統合作戦群。真の意味での攻勢部隊として設立される」
そう言うとホロスクリーンに組織図などの部隊概要が現れる。
「作戦カテゴリⅣ以上の重要作戦に投入される海域の枠にとらわれない精鋭部隊だ。権限は既存艦隊と同等、作戦行動中は兵站・情報・支援などあらゆる面において最優先で処理されるという面では既存艦隊よりも上位としてあつかわれる」
「……海域防衛に関わらない攻勢組織の設立。それによる海域の奪還及び深海棲艦の制圧を主任務とする、そんなことろですか?」
「近いようで遠いな。正確には深海棲艦への武力交渉の実働部隊といった所だ」
そう言うと山本が手を組んだ。
「ヒメの確保によって人類は深海棲艦と交渉するという可能性を得た。だが、交渉をするためには相手に交渉のテーブルについてくれなければ話ができない。だから、相手のトップを会議室まで連れてくる。それが新設部隊の目標だ」
「なるほど、そうなるとその部隊は深海棲艦との接触がこれまで以上に多くなる。もちろんヒメの情報も必要になる。できることなら平和的に交渉、無理なら実力行使で連れてこい。そういうことですか?」
「その通りだ」
山本元帥はそう言って笑って見せる。
「だから、電をその部隊にというお話ですか」
「正確には打撃群旗艦を任せるつもりだ」
「わ、わたしが……艦隊旗艦っなの、ですっ!?」
それに頷く元帥に航暉も雷電姉妹も言葉を失った。
「それって……どの艦隊旗艦よりも優先順位上ってことですよね?」
「その通りだよ、DD-AK03雷」
「あの長門さんよりも、ですよね?」
「北方艦隊旗艦BB-NT01長門と平時は同等の扱いだが、作戦実施中に相反する要請が出された場合は打撃群旗艦の要請が優先的に実施される」
雷の質問にさらっと返って来て、雷はどこかふらふらと壁にもたれた。
「電が……連合艦隊旗艦より上になるなんて……」
件の電は状況が読みこめていないのか、口をパクパクとさせている。
「事態を飲み込んでもらえたようで何よりだ。ヒメの手綱を握れるのは現状DD-AK04電のみだ。勿論、深海棲艦とのネゴシエーターを彼女ひとりに任せるつもりもないし、個人と個人の関係性に世界を預けるつもりもない。だが、それを待ってもいられない状況だ」
そう言うとホロが切り替わる。暗闇の中で何かが燃えている映像が映し出された。
「南米のサントス軍港が壊滅した。……深海棲艦との戦いで唯一拮抗できているのは極東方面隊だけ。このままでは深海棲艦の攻撃でどこかの大陸を放棄しなければならなくなるのも時間の問題だ。南アメリカの民間人をまとめて避難させる計画も始動したとも聞く。南北アメリカ方面隊は南アメリカまでカバーしきれる戦力をもう持っていない。後1年もしないうちに南アメリカを放棄する決断を迫られる可能性もある」
だから、と山本は言って、電を見た。
「和平交渉を急ぐしかない。太平洋一帯で停戦条約が発効すれば南北アメリカ方面隊は大西洋に専念できる。その交渉をする相手を是が非でも交渉テーブルに引き出さなければもう後がないんだ。そのためには、DD-AK04電、君の力が必要だ」
沈黙が下りる。誰もが次の言葉を探していた。
「……いなづまには、少し荷が重いのです」
そうつぶやくように言った。
「今でも、結構いっぱいいっぱいなのです。自分の一言が、世界を壊しちゃうかもしれないんだって結構いっぱいいっぱいなのですよ?」
震えた声は航暉の耳朶を打った。
「司令官さん」
「……あぁ、なんだ?」
航暉は電の方を見る。電は今にも崩れ落ちそうなほどに震えていた。
「私に、出来るっていってくれませんか? いなづまなら大丈夫だって言ってくれませんか?」
そう言って電は航暉の目を見返した。
「私は、この世界が平和な世界だといいなって、思ってます。いまはそうじゃなくて戦時中だってこともわかってます。だから、早く平時にしたいのです。それが私にできるかもしれないって思うと、私はそれをするべきだと思うのです」
元帥に目で詫びてから、航暉はベッドから起き上がる、まだ少しふらつくが電の前まで行くと片手でそっと肩を抱いた。
「大丈夫だ、電。お前ひとりで戦ってるわけじゃない。お前ひとりが頑張ってどうにかなる問題でもない。だから、無理するな。怖いままでいろ、辛い時はつらいって言え、出来ない時はできないって言え」
航暉は笑って見せる。
「なぁ、電。最初にウェーク島基地に俺が赴任した時、ルール作ったの覚えてるか?」
ゆっくり頷く電。
「ちゃんと周りに耳を傾け、自分の意見も言って、チームとして乗り越えていく。黙っていたらだれもわからない。聞かなければ理解もできない。それじゃあ、相手を疑って戦うしかできない」
航暉は電の肩を叩いた。
「電、お前が行きたいなら、行って来い。電の実力は俺が保証する。お前は全くもって手放すのが惜しいぐらいの実力者だ」
「……ありがとう、なのです」
そう言って背中を押した後航暉は振り返った。雷は彼の顔にどこか悪戯じみた笑みが浮かんでいるのを見る。
「……って感動的に終わればいいんでしょうけど、そこの指揮官は誰を想定しています?」
航暉は山本にそう言って笑った。
「さすが五期の黒烏筆頭だと思えばいいかね?」
「この話、電には命令と言うことで配置転換命令書を一枚交付するだけで済みます。そこに私にそれを説明する必要なない。ですよね?」
山本が笑った。
「月刀航暉君、君には第50太平洋即応打撃群の前線指揮官を務めてもらう。来年の4月1日の部隊発足を持って月刀大佐は一階級特進、准将として任についてもらうことになる予定だ」
それを聞いて電は航暉の顔を見上げた。どこか寂しそうな、嬉しそうな複雑な表情だった。
「そのための殊勲十字章の受勲もあるんでしょう?」
「この部隊は深海棲艦との交渉という任を帯びる、だからこそ過去に接触した経験を持ち、かつ、説得に成功した経験者を配置する必要がある。DD-AK04電はそれを成し、それを管制したのは月刀大佐だ。これからの活躍を期待するよ」
そう言うと山本は立ち上がる。
「私も忙しい身でね、そろそろいかないとならん。……正式発表があるまではくれぐれも他言無用で頼むよ、月刀大佐。水上用自律駆動兵装の配置などで意見を聞くこともあると思う、その時は協力を期待する」
「はっ!」
航暉は左腕の敬礼で山本を見送った。
「……まっさかこんなことになるとはなぁ」
「……なのです」
「……まったく、台風みたいに過ぎ去って行ったわね」
残された三人がへたり込む。元帥の前で極度の緊張を強いられた上に内容が内容だった。さすがに疲弊する。
「とりあえずはこれからもよろしくってことになるのかな?」
「なのですね……」
今は12月初頭で4月頭に部隊設立なので、少なくともあと4カ月はウェーク島基地の司令官を続投することが確定したのである。
「それでも、四月までかぁ……」
「ウェーク島基地司令も1年弱しかやらない訳か、癒着を防ぐために頻繁に異動するとはいえ短いな」
「というよりその期間で中佐から准将とか聞いたことないわよ?」
雷の声に航暉は頭を掻いた。
「俺もびっくりだよ。昇進じゃなくて特進扱いで無理矢理階級上げてる感じだもんな」
「それだけ司令官が優秀ってことなのです」
「部下に恵まれたからだと思うがなぁ……」
そんなことないのですっ!という電が航暉に半ば抱きつくように寄り添った。それを見て雷は僅かに青筋を立てた。
航暉の異動が確定した以上、新設部隊に異動にならない限り航暉の部下ではいられない。現状確定しているのは電のみ。
なんとなく、腹立たしい。
「しれーかーん! ご飯の途中だったもんね、お腹すいてるでしょ! この雷が食べさせてあげるわ!」
「え、ちょ、なにいきなり……ふごっ!」
「お姉ちゃん! そんなにいっぱいご飯詰めたら窒息しちゃうのです!」
わいわいと昼下がりが過ぎていく。
騒いだことで看護師に怒られながら、電も雷も思うのだ。
――――――こんな日常が続けばいいのに。
航暉の部隊は仲がよくて安心できる。それが来年の3月でおしまいかと思うと少し寂しいのだ。
「そういえば、司令官さんのご家族の話って聞いたことないのです」
「俺か?」
「あ、あたしも聞きたーい!」
話題を振られて航暉は少し笑った。何とかご飯は飲みこめた形だ。
「あんまり面白くないぞ? 大家族っていえば大家族だけどな。親父におふくろ、姉1人に兄1人、妹が3人。あと使用人数人」
「使用人!?」
雷が驚いた顔をする。航暉は苦笑いだ。
「月刀家は軍関係に顔が広くてね。家も結構広いから家族だけじゃ仕事が回らないのさ。だから執事にハウスメイドがいる」
「ってことは……しれーかんってかなりお坊ちゃま?」
「かもな」
「す、すごいのです……」
なんだか目をキラキラさせている部下二人に苦笑いで返す。
「もっとも、最近は実家とも疎遠になって、ていうか大ゲンカして家を飛び出したもんだから最近会ってない」
「ご家族とは仲悪かったのです?」
「下の双子の妹とは仲良かったけどね、あと執事の虎爺、今では連絡も取ってない。アイツら今どうしてるやら……」
「……おかしい」
高峰は小さく呟いた。隣のデスクに座っていた青葉が彼のデスクを覗き込んだ。
「どうしたんです?」
「いや……なんでもない」
「そんなことないですね? 青葉にはわかりますよ?」
青葉がどこか目の色を輝かせながらそう言った。高峰は一番知られたくないヤツに知られたと頭を抱えた。
「その野次馬根性は認めるが好奇心猫を殺すって故事を知らんのか?」
「それ故事なんですか? まぁでも私が知りたがりと言うことは知ってますよね?」
「……」
高峰は諦めたように首の後ろからQRSプラグを引き出した。青葉に渡すとそれを彼女は自分の首筋に差し込んだ。
『ウェークの司令官射殺未遂事件、どう見る?』
『高峰中佐は管轄外ですよね』
『なんだよ、友達の安否を気遣うのに理由がいるか?』
『理由云々じゃないですよー。それって三課の仕事なんですから六課の青葉たちが首突っ込んだらなんて言われるか……』
それを聞いて高峰は笑った。
『首を突っ込むつもりはねぇよ。三課も優秀だ、うまくやるさ。俺が聞きたいのは個人的な見解、感想、その他噂程度の話。青葉、お前はどう見る?』
そういいながら高峰は胸ポケットから箱を取り出す。ここで話していてもあれだ。河岸を変えようとコードを回収した。
「青葉」
「少し休憩ですか? ご一緒しますよ?」
「ヤニを吸ってくるだけだぞ?」
「それでもですよ」
この流れでしっかりやりたいことを汲んでくれる青葉は優秀だ。そう思いつつ8階建ての横須賀国連合同庁舎の屋上へ向かう。屋上からはは青く海が見えていた。屋上の喫煙コーナーはまばらに人がいる程度だった。真っ黒の紙箱から煙草を取り出すとフリントライターで火をつける。
「青葉……
「ライ麦計画……? たぶんないと思いますけど」
「俺も名前ぐらいしか知らん、というより名前しか出てこない」
煙草を口の端に咥えたまま高峰は空を仰ぐ。
「予備青年士官教育プログラム……。ここまでは出てくるんだ。だがその先の一切の情報がロックされてる」
「教育ってことは後方支援部のプログラムですか?」
「それも不明……だが、これに関わったと思われる人物が何人か割れた。ごく最近になってな」
それを聞いた青葉がどこか胡散臭げな目を向けた。
「……なーんか嫌な予感するんですけど」
「俺も見た時はしたよ。……一人目、風見恒樹元大佐」
「ウェーク基地の元司令官……ですよね?」
「あぁ、二人目、合田直樹元中将」
「……元北方第二作戦群司令」
「三人目……中路章人中将」
「……元西部太平洋第一作戦群司令……高峰さん、すごくヤな予感するんですけど」
「今、ライ麦計画に関わったって思われる人物が死亡もしくは証言能力不能に陥ってる。……明らかに証拠隠滅を図ってるんだよなぁ」
高峰は一度煙草から口を放し、青葉の方を見た。
「風見元大佐と合田元中将は殺害、中路中将は電脳自殺に失敗して言語能力喪失。偶然にしてはできすぎてる気が……」
「青葉もそう思うよな。それにもう一つ、32分前に入ってきた情報だ」
高峰がコードを差し出してくる。青葉は受け取ると、それを首の後ろに差し込み、うえっ、といって引きぬいた。
「予告なしになんてもん見せるんですか!?」
「声がでかい。……風見元大佐をよく知る鬼龍院彰久特務大尉が自殺した。自殺に見せかけた他殺の可能性もあるそうだから今四課が動いてる。個人的にはカズに風穴開けてくれやがった人物だから複雑な気分だ」
「月刀大佐に……ってこれ!?」
「気がついた? 死んでる人物をたどるとなんらかの形で月刀航暉に行き着くんだよ」
高峰はフィルター直前まで燃えた煙草を灰皿に落とすと溜息をついた。
「こうなってくるとカズ自身が怪しく見えてくるんだよなぁ。そんなはずはないってフィルターをかけてる俺でさえそう見えてくる。まぁ、あんまりに露骨だからパフォーマンスって線が出てくるけどな」
「これ……どうするんですか?」
「どうするもこうするもないだろ」
高峰は溜息をつく。
「ライ麦計画について少し探りを入れるよ。裏に誰がいるにしろ、ここまで上級将校を殺しているとなると性質が悪すぎる」
「探りって言っても、ロックかかってるんですよね。探りってどこから……?」
「青葉、お前どれだけこの仕事やってるんだ? いくら情報を潰しても必ずどこから顔を出す。人の口に戸は立てられぬって言ってな、そこからいけば結構いけるもんさ」
「内部スパイをするつもりです?」
「まさか。ただのHUMINTだよ」
対人諜報活動――――それを聞いた青葉がニヤリと笑う。
諜報員と聞くとスパイを真っ先に思い浮かべることが多いが実はそうではない。スパイは非合法に諜報活動を行う人物のことを指す。諜報活動のために非合法なことをせざるを得ないことがあるのは事実だが、それだけではなく合法的に諜報活動を行う集団も数多く存在する。
国連海軍特別調査部――――“特調”もその一つだ。人を相手取った組織のため、対深海棲艦戦争と化している今の戦争では優先順位は下がるものの、重要な任を担うことには変わりはない。国連軍に反感を持つ国家の折衝や各種下地交渉を行う一課から始まり、全部で九つの課が稼働している諜報組織。その一つのチームに高峰は所属していた。
高峰の専門は
「直接動くのは苦手なんだけどね、しかたない。身内の電脳に潜って攻勢防壁に焼かれましたとか笑えんし、地道にいくぞ……ん?」
いきなり届いた通信に高峰は眉を顰めた。
「カズ宛ての通信のBCC?」
今や少なくなったEメール式の通信だ。メッセージ欄にはただB-Pとあるだけだ。通信の送り主は不明。
「B-P?……なんじゃこりゃ?」
訝しんでいると腹に響くようなずんとした空気の振動が走った。数瞬遅れて爆発音。高峰は弾かれたように振り返る。青葉が慄いたように声を震わせた。
「あ、あの建物は……!」
「――――――クソッタレ!」
踵を返して高峰が全力疾走で階段室に駆け込んだ。慌てて追いかけた青葉が階段を2段飛ばしで駆け下りている最中に緊急の警告文が電脳に叩き込まれる。横須賀病院13階にて火災発生。付近職員は避難してください。
「高峰さん、どこ行く気ですか!?」
「あれがただの火災なわけあるかっ!? 爆破テロだ! しかもその標的は十中八九、月刀航暉だ!」
青葉が高峰に追いつくのとほぼ同時、外に飛び出した二人が見上げたビルでは轟々と炎が猛っていた。助けに行くことなど不可能なのは遠目にもわかっていた。
「生きてろよ、馬鹿野郎」
高峰の噛み殺した叫びは炎の音にかき消された。
こんな感じで大体各章ごとにまとめて投稿していきます。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はウェーク・ウィークポイント編のダイジェストをお送りします。
それでは、次回お会いしましょう。