艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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そろそろ本当にダイジェストって何だっけな感じです。
それでもなんとか、抜錨!


Manila Clears Nightmare

 

「ふふ、きっと部屋は散らかってるのかしらね」

 

 鳳翔はマニラ湾ダニエロアチェンザ地区の国連軍パースに足を向ける。何とか帰ってきた。所用で横須賀に行っていた帰り、疲れ切っていたが気を抜けない。湾内とはいえ夜間で単独航行だ。何事もなければいいと思いながら進んでパースを見てほっとした。司令官室がある司令部棟にあかりがともっている。まだマニラ基地の司令官である浜地中佐は仕事中なんだろう。相変わらず多忙な司令官だ。

 艦娘専用の出撃ドックに進入、艤装を外して整備を担当してくれる特務技官と妖精たちに艤装を託すし陸に上がった。その足で司令官室に報告に向かう。ほぼ一カ月近く司令官には会えていなかった。気分が弾む。

 すでに常夜灯に切り替わっている時間。非常口の明かりが眩しい廊下を歩いて司令部に向かう。

 

「……!」

「……。……!」

 

 司令官室から何か話声がする。一つは皐月だと思うが、もう一つは誰だろう?

 

「浜地ていと……く!?」

 

 ゆっくりと中を覗いて慌てて飛び込んだ。中にいるのは目的だった浜地中佐とその秘書艦で、彼を守るように立つ駆逐艦皐月。向き合っているのは開襟の国連軍の制服を着た―――――女性左官。

 

「あ、あなたは……笹原中佐!?」

「あぁ、鳳翔さん。お騒がせして申し訳ない」

 

 そう言うと笹原は笑う。皐月はそんな彼女を睨んだままだ。

 

「だから、なんだっていうんだ! 司令官が悪いことをしたのか!?」

「悪いことだとは一言も言っていないよ、皐月。ただ、彼の記憶に少し用があるんだ。どうしても思い出してもらわないといけないことがある」

 

 終始笑顔の仮面の裏で、笹原がぞっとする声を出している。それを見た鳳翔は戸惑うだけだ。

 

「なにが、あったんですか。浜地司令に何か御用時でしょうか?」

「うん? 用事といえば用事よ。もっとも、軍の正規のお願いじゃないけどね」

「……正規の命令じゃない、個人的なお願いというわけですか?」

「理解が早くて助かるわ。でも外れ」

 

 そう言うと笹原は笑った。

 

「日本国の準法的機関からの協力要請、ってことにしといて」

「だっから、司令官をそんな怪しいことに―――――!」

「文月」

 

 その言いぐさに反感を抱いた皐月が前に出ようとする。それを小さな影が止める。

 

「――――――っ」

「いくら皐月ちゃんでも司令官に手を上げようとするのは許さないよ」

 

 茶色の長いポニーテールを揺らして、文月がそう言った。手に持っているのは――――――旧式のリボルバー、S&W M36レディスミス。両手で真正面に構えるその銃口は正確に皐月の右目を狙っていた。

 

「笹原中佐、あんた……! そんな小さな子に何を持たせてるんだ!?」

 

 それを見た浜地が激昂する。それをどこか優しい笑みで受けた笹原が腰に手を当てて俯く。

 

「そこに怒るのは非論理的だ。普段水上用自律兵装運用士官は艦娘たちに砲を持たせ、深海棲艦を排除するように命令を下している。使ってるのが銃か砲かの違いだ。普段の行動とどう違う?」

「だからって……!」

「だからって、なにかな? 人類を守るために化け物を排除するのは奨励し、実際に指示をだせるが、自己防衛のために銃を握らせることは下劣で許されざる行為とでも言う気かな?」

 

 そう言うとすうと目を細める笹原。

 

「その理論、深海棲艦が消えた後、艦娘たちに振りかざされる理論だって気がついてるよね? 化け物を殺すために人間は人間に従順な化け物を生み出そうとした。残されるのは化け物を殺せる化け物……その化け物を人間は野放しにできないだろう?」

 

 痛い沈黙が下りる。音がないと言うことがこれほど辛いことがあるのかと思いながら皐月は銃口を、正確にはその後ろにある文月の表情を忘れたような目を見つめた。

 笹原が溜息をつく。そうしてからあぁ文月、と声をかけた。

 

「もう銃は下ろしていいよ。ごめんね、友達に向けさせちゃって」

「司令官に必要なんでしょぉ? ならしょうがないよ」

「文月……」

 

 皐月がどこか慄いたような視線を送る。その先には屈託なく笑う文月の姿があった。

 

「それが人にものを頼む態度でしょうか、笹原中佐」

 

 鳳翔はそう言って浜地の隣に立った。

 

「私にはただの恫喝にしか見えないのですが、少なくともこちらの納得のいく事情を申し上げて頂けないことには、犯罪行為と判断せざるを得ません」

 

 鳳翔は一歩前へ。浜地を笹原の視線から守る位置に立つ。

 

「お話頂けないのであれば、どうぞ今夜はお引き取り下さい」

 

 それを聞いた笹原が口角を吊り上げた。

 

「―――――ライ麦計画(Program-R.Y.E.)、聞き覚えは?」

 

 浜地は答えない。正確には答えられない。鳳翔の後ろに立ったままの浜地の顔を見て笹原は答えを得たと笑った。

 

「答えたくても答えられない、なぜならそれを聞いたことがあるかどうかすらわからないから、そう言いたい表情ね」

「何を言いたいかさっぱりわからないよ。笹原中佐、ボクの司令官に何をしたいんだよ」

 

 皐月がそう言うが皐月に目を向けないまま笹原が言葉を続ける。

 

「正確には貴方は聞いたことがあるはずよ。そして記憶を消された―――――貴方のすべての記憶と一緒に。違う?」

「な、なにを……?」

 

 驚いた顔で固まるのは皐月だ。鳳翔の声が震えた。

 

「て、提督……? 笹原中佐、あなたは何を……」

「母親の顔、生まれた町の風景、怒られたこと、友達とのくだらない喧嘩の理由。何か一つでも覚えてる?」

「……」

「そしてここにはそのカギがある」

 

 笹原は外部記憶装置(インフォメーションキューブ)を浜地に投げ渡した。

 

「司令官……ほんとうなの?」

 

 浜地は答えない、笹原をじっと睨んだまま時が過ぎる。

 

「協力の強制はしないわ。でもその記憶はそこの彼女と無関係じゃない。正確には彼女たちと無関係じゃないってのは覚えておいて」

「……そこまでする理由は何だ?」

 

 浜地のそんな声を聴いて笹原は笑った。

 

「人助け、かな? とりあえずその中の情報を見てから決めな。話はそれからだ」

「あなた……何者ですか?」

 

 鳳翔の声に笹原は笑った。

 

「笹原ゆう……まぁ今はスクラサスって呼んでよ。それ以上は知らない方がいいよ? 日本国内閣情報準備室(CIRO)工作員(ケースオフィサー)の身の上話なんて知らなくたって生きていけるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員そろったな。作戦会議を始めよう」

 

 高峰がそう言うと部屋の電気が落とされた。中央にホログラムスクリーンが立ち上がる。部屋には高峰のほかに、杉田、天龍、青葉、電。そして廃墟の電気店から救出された雷が詰めていた。

 

「とりあえずカズの今のバックが誰かってことだが、おそらく今は日本政府のサポートを受けているとみて間違いないだろう」

「お前の仕事の筋ってやつか」

 

 杉田がそう言うと高峰は頷いた。

 

「カズが“戦艦レ級迎撃戦”へのハッキングに使ったサーバーは内閣情報準備室(CIRO)のもとみて間違いない」

 

 そう言うと人事ファイルらしきものが表示される、顔写真が表示されるべきところにはただの空白が浮かぶだけだ。

 

「高坏澪、日本のインテリジェンスネットワークの中では重鎮クラスの諜報員だ。高度なハッキングスキルを持つ全身義体の婆さんで義体をとっかえひっかえ入れ替えながら作戦を行うことからついた異名は“怪物スキュラ”。どっかのスーパーコンピュータのAIじゃないかという説もあるが、おそらく人間だ。雷の証言と廃ビルに残されたハードディスクも彼女の関与を裏付けている」

「で、そのビルに司令官と雷は約一週間潜伏していたが、ハッキングの後、雷と司令官の国連海軍章を残して残りのメンバーが失踪、ほぼ丸一日たった今も行方不明……だな」

「そういうことだ」

 

 天龍の声に頷いた高峰の向かいで雷が俯いた。

 

「で、その現場に残されていたのが……」

 

 現場検証の時の映像が投影される。

 

「真っ赤なスプレー塗料でB-P……。Be Preparedの略ってことで本当にいいんかね?」

 

 杉田がそう言うと高峰は頭を掻いた。

 

「警戒せよって言われてもって感じだ。その対象を暗示してくれれば楽なんだけどね」

「B-Pだとボーイスカウトって線が出てきませんかね?」

 

 青葉の声に杉田が頷いた

 

「ボーイスカウトやベーデンパウエル卿関連だと。本って可能性もあるんじゃないか? 少年のための斥候術(スカウティング・フォア・ボーイズ)成功への旅路(ローバリング・トゥ・サクセス)って線もあるな」

「……杉田、詳しいな」

「小さい時にやってたんでな」

 

 杉田はそう言うとおどけた敬礼をした。肘を水平横に出す陸軍式の敬礼だが、三本指を広げた姿勢での敬礼だった。

 

「あっ……!」

「どうした電嬢?」

「その敬礼……夢で見た司令官さんと同じ敬礼だなって……」

 

 それを聞いた司令官二人が目を見開いた。

 

「三指の敬礼をした……?」

「月刀がボーイスカウト関係者ってことか?」

「電ちゃん、カズがそんな敬礼をしている所を見たことは?」

「な、ないのです……」

「だが、ありえなくはないぞ。雷嬢の話だと、月刀には電脳ウィルスが仕込まれていたって聞いている。記憶を短絡させて洗脳状態に置くなら一度大きな出来事を読みこむはずだ。それを電に共有してたとしたら」

「そんなこと、あり得るか?」

 

 高峰が胡乱な目を向ける。

 

「今更あり得るあり得ないなんて議論をする意義は無いだろうさ。確かめるべきだ」

「それはそうだが……カズの経歴をたどってもあてにならんぞ」

「なら骨格データなりPIXコードを使えばいいだろう」

「幼少期の骨格データなんてどこで手に入れる気だ?」

「予測を立てればいい」

 

 こともなげにそう言って杉田は笑った。

 

「おいおい、そんな技術を持つ人物に心当たりなんて無いぞ?」

「あ? 何だ高峰、知らなかったか?」

 

 くつくつと笑った杉田は肩を竦めた。

 

「“明鏡”がいるじゃないか、第597潜水隊の渡井慧がいる。あいつは元々平菱電工……今の平菱インダストリアルのホロコーディネーター、ホログラムのプロだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事入国おめでとう、函南少尉」

「……やっぱりあんたか。スキュラの愛弟子ってのは」

 

 函南と呼ばれた航暉が車に乗り込むと運転席に座った女性がケラケラと笑う。

 

「丁稚みたいなもんだったんだけどね。さて、今はなんて呼ぶべきかな、カズ君? やっぱりガトー?」

「……好きに呼べ。そう言うお前はなんて呼べばいい? 笹原ゆう」

 

 それを聞かれた笹原が車を発進させた。

 

「笹原ゆうでもいいんだけどね。スクラサスって呼んでよ」

「……化物の娘はやっぱり化物か」

「娘じゃなくて孫ね。……まぁ、どっちでもいっしょか。あたしたち裏の人間に出自もへったくれもありゃしない」

 

 笹原は笑ってハンドルを左に切る。

 

「あんたもそうだったんだろう? パワーゲームに翻弄され、それでも自分で生き残らなければならなかった。その中で身に着けたのは、人脈と、資金力と、殺しの力」

 

 荒れた町並みにはどす黒い煙と白い炊事煙とが入り混じっている。航暉はそれを見ながらぼうっと話を聞いていた。

 

「あんたのことは調べてたからね。華渤戦争直前の泥沼お家騒動の後、いきなり現れた月刀家の次男坊。これまでは存在しなかったはずの存在、養子にとられたという記録すらなく実子として認可されていた月刀航暉は何者か……」

 

 道端で泣く子供たちを一瞥して笹原は車をそのまま走らせる。

 

「月刀家……月一族は軍事政権化してしまった日本国にとって強大な影響力を持つ。その力をまとめて月一族が日本の実権を握ろうと決起した……陸軍四・二六事件」

 

 ハンドルを握る笹原の顔は終始笑顔だった。

 

「……あんたが出てきたのは陸軍四・二六事件の直後だったわね。そして表舞台に出ることなく闇から闇へ」

 

 ハンドルを右に、葬儀の列に出くわしてブレーキをゆっくりと掛ける。

 

「その中で生きぬくことができただけであんたの有能性は証明される」

「……いろんなことを覚えて、鞭のように鋭い切れ者になったって、それで仕合せになれなかったら、一体何の甲斐があるんだろう」

「――――――J.D.サリンジャー、『フラニーとゾーイー』」

 

 つぶやいた一文に笹原はくすりと笑った。

 

「それでも、あんたは生き残らなきゃいけなかった。だからいろいろなことを覚えていった。誰かの敵にならない技術、それもアクティブなやつだ。そして敵になりそうなやつは……」

「消していった」

「違うね、消えていったんだ」

 

 しばらく沈黙が続く。

 

「ねぇ、カズ君。行くんでしょう? あの工場」

「あぁ」

「荷は何がいる?」

「タクティカルショットガン一丁とM93R二丁、サブマシンガン一丁、リーパー数機、マチェット二振り」

「リーパーはそろえるのに時間がかかる。3日待てる?」

「あぁ……」

 

 笹原はそれを聞いて上々と笑った。

 

「ねぇ、カズ君」

 

 答えはない。

 

「好きな人を捨てるって、どんな気持ち?」

「……何も」

「そっか。うん」

 

 その後しばらく間が空いて

 

「そうやってあんたもあたしも生き残ってきた、そうだね? 月刀航暉、いや――――――月詠航暉」

 

 寂しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いた! コイツだ!」

 

 渡井から届いた復元ホロの骨格データを照合し、一人の少年の姿が浮かび上がってきた。高峰が興奮気味にデータを読み上げる。部屋には高峰と青葉、杉田が詰めている。

 

「月詠航暉! 北陸州金沢出身、ボーイスカウト北陸支部に所属した経歴がある。享年12歳、行方不明からの死亡扱い。砺波ジャンクションでの交通事故に巻き込まれたとみて死亡扱いになってる」

「確かこの事故って……あぁ、そうだ」

 

 事故のデータを国交省の記録から呼び出した。

 

「化学薬品を積んだタンクローリーがジャンクション内でスリップ、ガードレールを突き破って下を走る道路に落下して大破炎上。死体すら強酸で溶けきったやつだ。現役の空将補が巻き込まれたんでテロだと週刊誌が騒ぎ立てた。これで月詠家の当主が死亡し、後継者もなくなったはずだった」

「だが、月詠家の長男は月刀航暉に名前を変え生き残った」

「三文小説もびっくりの展開ですね」

 

 青葉がそう言うと高峰は小さく頷いた。

 

「……これでカズの言葉の意味も分かった」

「え?」

「電に下に双子の妹がいると電ちゃんたちに話していた。月詠家は一男二女、長男航暉の6つ下に双子の姉妹がいる」

「この二人も行方不明からの死亡扱いか。……生きてる可能性も出てきたな」

 

 それを聞いた高峰は黙り込んだ。

 

「……問題は、だ」

「……なんで電はカズがボーイスカウトに所属していることを知ってたんだ?」

 

 重い沈黙が落ちる。

 杉田が踵を返した。

 

「どこに行く気だ?」

「前から気になってたことがある」

「なんだよ?」

「青葉」

「はい?」

 

 呼びかけられて青葉は首を傾げた。

 

「お前らのアイデンティティ・インフォメーション、どうやってできてるか知ってるか?」

「それは……前に存在した艦の記録を記憶に見立てたうえで個の情報を合成して……」

「なら微風は?」

「微風ちゃん、ですか……?」

「島風型二番艦の微風のアイデンティティ・インフォメーションは何からできている?」

「あ……」

 

 クルリと振り返った杉田は高峰を見た。

 

「微風の艦としての記憶は存在しない。島風型は島風一隻のワンオフだったからだ。艦の記憶を合成する理由は艦娘用の艤装システム、妖精(フェアリー)が開発した艤装を使うにはそうするしかなかったからだ。それを量産できるようになったとしてもそれは変わらなかったはずだ。なら、なぜ微風が存際するんだ?」

 

 高峰はそれに答えられない。

 

「水上用自律駆動兵装の開発には明らかに矛盾がある。艦娘の電脳に収められているのは艦の情報だけじゃない」

「――――――艦娘の個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)に“オリジナル”が存在する?」

「それなら、それが電の夢の理由なら、筋が通らないか?」

 

 杉田がドアを開けた。

 

「知ってそうなやつに心当たりがある。……手分けをしたい。高峰、お前は中路中将のところに行ってくれないか?」

「その根拠は?」

「中路中将は艦娘に最初期から関わっている。知っていてもおかしくない。……そうしろって囁くんだよ、俺の勘が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、CIROが今更俺にどうしろって言うんだ?」

 

 マニラのぼろアパートの一室で浜地がそう言うと笹原が振り返った。

 

「国連海軍の方針だと日本国の貴重な人材がすり減らされる。それに危機感を持ったって訳よ。そして」

「公になる前にライ麦計画を抹消したい、だろ?」

「ご名答。聡明なあなたのことだから気がついてるでしょ。ライ麦計画の裏、そしてサンセット作戦で確保されたスールースルタン国の基地で何をしていたか」

「……日本は、いや国連がスールースルタン国を利用したんだな?」

「そう言うことね。もっともフィリピン内乱は世界にとってはちょうどいい戦争になった。戦争の連続で荒れに荒れた世界規模の産業構造を修復するため、戦争による特需と、わかりやすい正義を必要としたんだよ。戦後の政権の正義を見せつけるための戦争。スールースルタン国は大量破壊兵器を作っている悪いやつらだ。だからみんなで剣を取って平和な世界を取り戻そう! 戦争で傷ついた人を助けるために、さぁ、みんなでパンを作ろうってね」

 

 それを聞いた浜地は似合わない皮肉な笑みを浮かべた。

 

「それを仕組んだのはお前らガバメントの奴らだろう」

「そうね。否定しないわ。戦争を終わらせるためという名目で大量の武器を持ち込んで戦場を泥沼化させる。同時に大量の食品などの支援物資を送ることで一般産業を活性化させ、お金を回す。日本を中心に数か国がフィリピンの内乱を使い捨ての独立戦争にした」

 

 酷い話よね? と笹原は笑った。

 

「そうやって東南アジアを利用してきたからこそ、今の日本は地位を占めている。だからこそ、この現状を変えなくちゃいけない」

「このシステムが公になった時のために、か?」

「そう。ライ麦計画はもう止めることのできないゲームになってしまった。だから本当に手を付けられなくなるまえに手綱を握らなければならない」

「ゲーム……だと?」

 

 浜地の手が強張った。

 

「そのゲームのせいで何人死んでいった? そのゲームのせいでどれだけの子供たちが戦うことを強いられていると思ってるんだ?」

「だからこそ、だよ? 今止めないと次から次へと新しい子どもたちが戦争に送られる」

「……、やっぱりお前はいかれてる。笹原ゆう、お前は、ひとでなしのくそ野郎だ」

 

 それを聞いた笹原は額に手を当てた。弾ける笑い声。彼女の首が触れ、顔は天井を向いた。

 

「いいね、いいねそれ! やっと本当のことを言ってくれる人がいたよ。そんな言葉を久しく聞いてなかった」

 

 手がのけられて戻ってきた笑みはぞっとするような狂気に満ちた笑みだった。

 

「それなら止めて見ろ、このクソッタレな現実とこの軍隊を止めて見ろ、浜地賢一。お前にはそのためのピースを持っているはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《どうなってる!?》

 

 高峰の電脳通信が響いた。青葉が焦った声を上げる。

 

《中路中将は病室から消えて、古鷹が、古鷹が……!》

 

 青葉の視線の先では古鷹が自分のこめかみに拳銃を突きつけ涙を流していた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「馬鹿野郎っ!」

 

 その怒声が響くと同時に高峰が青葉を押しのけるように飛び込んだ。そのまま高峰は古鷹の懐に飛び込むと肘鉄を叩き込み、彼女をベッドに叩きつける。うつ伏せに倒れ込んだ彼女に半ば馬乗りになる様に抑え込み後ろから頭を鷲掴みにするように抑え込んだ。

 

「な……何してるんですか!?」

「あんなん時間稼ぎだ! 殺す気ならとっくに死んでる!」

 

 左手で自分のうなじからQRSプラグを引き出すと彼女に直結する。

 

「古鷹の脳に誰が潜りこんでんのか、ここで確かめる!」

 

 そう言った次の瞬間に、高峰の意識は真っ黒なキューブの前に立っていた。

 

 

 

「久々かしら、高峰君」

「―――――怪物スキュラ、やっぱりあんたか」

「あんたとは失礼ね、私を呼び捨てにする貫禄を何処で拾ったの?」

「世話になりこそしたが、病院を爆破したり、仲間の脳をハッキングしたりするヤツにつける敬称なんてあるかよ」

「あ、やっぱりばれてたんだ。あの病院の自走爆弾を送り込んだのが私だって」

「カズの病室に入ってから天龍の骨格に仕込まれた爆弾が爆発するまでの時間が長すぎる。あんな殺す気のない爆発だとカズを軍から引き離すのが目的としか思えない。そうだな?」

 

 真っ黒なキューブがくるくると空中で回る。音声はそこから聞こえていた。

 

「あら、わかってたんだ。まぁ当然か」

 

 キューブが回転をやめた。ピタリと止まった後、上がぱかりと開く。周囲の色合いが変化した。同時に何人もの姿が投影される。

 

「え、なに!?」

「お、お姉ちゃん……?」

 

 投映されたのは雷電姉妹に天龍、青葉だ。

 

「……見事に枝を付けてたってわけだ」

「御足労頂いて悪かったわね。そしてライちゃんは2日ぶりかしら?」

「その声……スキュラね?」

「そうよ。会えてうれしいわ」

 

 キューブがくるくると回る。それを雷は胡乱な目で見ていた。

 

「しれーかんは今一緒にいるの?」

「あぁ、そうか。ライちゃんは視覚情報まで完全にロック掛けてたんだもんね、見えてないか。ガトーならもう日本にいないよ。昨日の夜無事出国したわ」

「それならどこにいるのです?」

「まぁそう話を焦らなくてもいいだろう、デンちゃん。あんたの司令官は少なくともあと二日は行動を起こせない。向こうでの武器を手に入れられないからね」

 

 キューブが半回転して空中を滑っていく。付いて来いという気らしい。

 

「さて、君たちはガトー……月刀航暉という人間についてどこまで知ってるかな?」

 

 キューブはそう言うと裏返る様に一度展開し、すぐに立方体に戻る。正確には裏返ったのだ。黒かったキューブの色が今度は白に切り替わる。

 

「……カズは元々月刀家の傍系、月詠家の人間だった。下には双子の妹が二人、家族全員が砺波ジャンクションの交通事故で死亡したはずだった。だが、カズは生きていた」

 

 まあ及第点かなというと周囲の白一色の空間が歪んだ。カメラがパンするように映像が切り替わる。

 

「ガトーの脳から抽出した記憶にクリーニングをかけたものだ」

 

 濡れ羽黒の髪をした和服の女性に連れられた少女が二人、年齢的には5歳か6歳ぐらいだろうか? 一人の女の子はすでに半泣きであり、もう一人の女の子の方もどこか悲しそうにしている。その二人の前にしゃがみ込む少年の姿も見える。

 

「あれ、この風景って……!」

 

 電の声を無視するように少年は少女の二人の頭を撫でて立ちあがる。

 

「ごめんな、すぐ帰ってくるから。ちゃんといい子にしてろよ?」

 

 オレンジ色のネッカチーフを締めた少年がいう。離れようとした少年を引き留めるように半泣きの方の少女がその袖を引いた。

 

「やだ、いかないで。置いてかないで」

 

 もうひとりの少女も頷く。それを見た和服の女性が苦笑いをした。

 

「弱ったなぁ……、僕はそろそろいかないといけないんだけど……。そうだ、帰ってきたら一緒にソフトクリームを食べに行こう」

「ソフトクリーム?」

 

 少年は腰をかがめて本格的に泣き出した少女の頬に触れる。ピクリと全身を震わせた少女を見て少年は頬の涙の跡を親指でぬぐった。

 

「好きだったろ? 牛乳ソフト。街にでてさ、本屋さんとか回って、ソフトクリームを食べにいこう」

「うん。……うん!」

「あたしも!」

「わかったわかった、俺と雪音と琴音の三人で行こう。俺が帰ってくるまでいい子にしてろよ?」

 

 そう言うと、皆が笑った。……この場にいないはずの高峰たちの表情が険しくなっていく。

 

「うん!……やくそく」

「やくそく!」

「約束だ」

 

 直後、明転。その風景が消え去る。宙に浮いたキューブが上機嫌そうに笑う。

 

「どうだい、デンちゃん、ライちゃん。見覚えはないかい?」

「なんだか電ちゃんたちがカズの妹だったって言いだけだな」

 

 そう言うとキューブが一段と早く回った。

 

「だとしたら、どうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水上用自律駆動兵装開発計画(PROJECT-IDA)なら少佐以上の権限があれば閲覧可能だったと思うが、わざわざ私に聞くことかね?」

 

 山本元帥がそう言ってレンズの小さな老眼鏡を外した。執務机を挟んで立つ杉田を見据える。

 

「申し上げたはずです。私が聞きたいのはライ麦計画の裏で進められていた方の水上用自律駆動兵装計画です」

 

 窓から差し込む光は日が沈んだことで消え去り、暗めの室内灯だけが灯っていた。

 

「話が見えないね。ライ麦計画といえば……」

「日本国自衛軍の教育プログラムの一つ、予備青年士官教育プログラム(Program of Resaved Youngster-officer Education)。だがそんなちゃちなもんじゃなかった。違いますか?」

 

 目の前の元帥は顔の前で手を組んだ。

 

「ライ麦計画は極秘裏に進められた。理由は未成年の優秀な人材を青田刈りし、それを優秀な士官に育て上げるという手法ゆえ、ジュネーブ条約に触れる可能性があったから……そうですね?」

「高々中佐程度の権限でよく調べたね。その通りだ」

「嘘だ。なぜならばライ麦計画の本来の目的は優秀な人材を集める隠れ蓑に過ぎないからだ」

 

 言葉遣いが粗雑なものに切り替わる。杉田は片足に体重をかけ姿勢を崩した。

 

「俺はもっと早く気がつくべきだった。月刀と俺は硫黄島のあの司令部で気がつくチャンスがあった。そして高峰も気がつくチャンスは平等にあったんだ」

「ほう、なににかね?」

「銀弓作戦やマニラの観艦式で問題となった通信システムの脆弱性とそこに仕組まれたバックドア。あれは意図的に残されたもので、そこから俺たちの通信パターンが盗まれどこかに転送されていた」

「転送先はどこだかわかるかね?」

「フィリピンのルソン島山間部やキスカ、……違うか?」

 

 山本はニヤリと笑う。

 

「だからどうしたというのかね? ……非公開ラインがあったところで軍規には反していまい?」

「あぁそうだな。軍規には反していない。だがそれをあんたの口から利けるとは思ってなかったよ“ホールデン”!」

 

 “彼”が笑った。その額に銃口が向けられる。

 

「Program-R.Y.E.……もっと早く気がつくべきだった。J.D.サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』――――――ライ麦畑でつかまえて。ライ麦計画の本当の目的は自律駆動兵装(こども)を救う指揮官(ホールデン)の養成にあった、違うか!?」

 

 “彼”が肩を揺らす。だんだんと振れ幅が大きくなり、最後には大声で笑いだした。

 

「――――――おめでとう杉田中佐。君はやっと答えに行きついた訳だ」

「……こんなことは信じたくなかったがな」

「行きつくとしたら君か月刀君だと思っていたよ。君は中路の元に長いこといたからね。ライ麦計画について知っているならわかってるでしょ? 中路がなぜ月刀君に固執するのか」

「……罪滅ぼし」

「その通り、笑っちゃうよね。高々一枚の書類にサインしただけなのにさ」

「そこまで欲しかったのか、月刀の頭脳が」

「正確には彼じゃない。本当に用があったのは彼の妹たちのほうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに驚くことかなぁ、これ」

 

 キューブは笑う。

 

「おかしいとは思わなかったの? どうして水上用自律駆動兵装なんて兵器に感情なんてつけたのか。兵器は兵器だ、そこに感情なんて機能を入れてしまえば、その兵器の運用者は兵器に情が湧く。それは明らかに不利なはずだ。理由は単純、機能を付けたんじゃない、排除できなかったんだ」

 

 キューブはくるくると回る、再び反転、今度は黒だ。

 

「自律駆動兵装って名前はね、艦娘が生まれる前、まだ深海棲艦が生まれる前から存在していた。戦争なんて機械にやらせて人間サマはそれを遠くで高みの見物ってわけね。その構想は20世紀から生まれていた。それを推し進めた発展形、それが自律駆動兵装だ」

 

 キューブがクルリと回れば周りの風景が変わる。今度は白い部屋だ。

 

「高峰君は見覚えあるんじゃない? これと同じのがキスカにあったから」

「日本国の電脳実験施設……」

「そうね。笑えるでしょう? こんなものを国外にいくつも作ってたんだから。日本の札付き(タイド)ODAに使う物資ってことで持ち込んだものがこんな形で使われてたんだから」

「違法人体実験用の施設か、笑えねぇな」

「そうね。電脳化によって生じる弊害を洗い出し、その抗体(ワクチン)を作成すること。普通ならそうだった。でも自律駆動兵装開発においてはちがう。何せ必要ななのは人命ではなく、人間のようにその場で判断し、行動しできる都合のいい歩兵、いわば生きた人形を欲していた。だから高性能AIを欲していた。人間のような判断力を持ちながら死を恐れず戦うことを可能にするAIを。そのために“人間の脳を丸々コピーしようとした”」

「ゴーストダビング……」

 

 高峰がなんとかそれだけをつぶやいた。

 

 ゴーストダビングは個人の個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)を大量複写して魂の入っていないものに乗せることで自らの分身を作るという構想の下生み出された技術だ。ただ、元の脳がそれに耐えきれず破壊されることから人間での使用は国際法で禁止されている。

 

「人間の脳の情報をコピーしてそれから必要のない要素を抜き取ればいい。そのために大量の人間が消費された」

「消費って……」

 

 戦慄したような声を上げるのは青葉だ。

 

「消費よ。“敵国の兵士”なんて隊長クラスより下は情報的価値も薄い。だからせめて有効に使おうとしてそうなったわけ。まぁそれも大きな戦争が終わればできなくなるんだけどね。華渤戦争中はそれでよかった、それでも研究は終わらない。だから次の場所が必要になったそれが……」

「――――――フィリピンか!」

「フィリピン共和国とスールースルタン国の内乱。ちょうどいい規模で泥沼になってくれたから研究ははかどったみたいよ? もっとも、使われたのは敵兵だけじゃなかったみたいだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、自律駆動兵装に向いてる脳と向いてない脳があるが誰彼かまわず使う訳にもいかない。私達は軍隊であって蛮族ではないからね」

 

 杉田の銃口の先で“彼”が笑う。

 

「それで何万の味方兵士が救われる。意味ある死だと思うよ。倫理に悖ると言われても倫理なんて時と場所に左右されるものだしね」

「……人間の所業じゃねえな。聞いてるこっちが罪の意識で潰されそうだ」

「そんなもんかな。まぁ“僕”は人間じゃないんだけどさ」

「ならお前は何者だ?」

 

 杉田がそう言うと“彼”は笑みを深くした。

 

「あるじゃない、常にすべての艦娘の出撃を監視し、その行く末を見守ってきたものがあるよね?」

 

 “彼”は手を横に広げた。

 

 

「人は“僕”を中央戦略コンピュータ(CSC)と呼んでいるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第九師団特殊殲滅部隊(ネーム・ノウェム)に配属になった彼が陸軍時代に最後に戦ったのが“サンセット作戦”。これは公になっている通りスールースルタン国が開発した大量破壊兵器工場を押さえることが目的だった。その大量破壊兵器というのは……」

「……自走爆弾、だな」

 

 キューブは高峰の答えを聞いて上機嫌に回った。

 

「それも……ゴーストダビングで劣化した(ゴースト)を注ぎ込まれた人型の自走爆弾、質が落ちることを承知で大量複写した魂を持たされ、人間社会に溶け込んでいく自走爆弾。そのうち自らが爆弾であることを忘れ、ある日司令が来たときに指示の場所で指定された時間に爆発する。……そう言う爆弾を作っていた」

「……ひでぇな」

「天龍ちゃんはそう思う訳だ。でも作った人にとってはそんなこと些細な問題だっただろうね。なにせその魂の出どころは自律駆動兵装開発計画やその指揮官たる人物を生み出そうとしたライ麦計画からドロップアウトした人物の脳を使うんだ。無駄をなくして口封じもできる一石二鳥の方法ってわけさ。そもそもこの作戦は、内戦を泥沼化させるために日本軍が作った施設を、日本軍が襲うって滑稽な茶番だ。失敗したところで内乱の起爆剤になればそれでよかった」

 

 キューブは回転をやめる。

 

「ここまで言えばわかるんじゃない? 勘のいいあなたたちなら」

「まさか……」

 

 天龍が震えた声を出した。

 

「まさか、そこで司令官は妹に会ったのか?」

「正確には月詠姉妹のゴーストダビングで生まれた自走爆弾のテストモデル。この段階でまだ月詠姉妹由来のAIを搭載した自走爆弾は量産されていない。理由は単純、ゴーストダビングの後、ダビング前のオリジナルがその自我を保っていたから、研究材料としての価値が上がったから」

「そんな事例聞いたことないぞ」

 

 高峰がそう言うとキューブはどこか落胆したように揺れた。

 

「ごくまれにそう言うことがあるのよ。……貴重な事例だったんでしょうね、それから観察に当てられた。姉妹両方ともが生き残ったことでその遺伝子に特徴があるのではないかと予測がたち、今度はガトーにも白羽の矢がたった。ライ麦計画へのご招待だ」

「……」

「そこから先については私も知らない。予測は付くけどね。そして、彼はその後、国連海軍大学広島校に入校するまでのほぼ10年間の記録は存在しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「琴音・雪音姉妹はゴーストダビングに耐えた数少ない個体だった。だからこそ、コピーを温存した。一種の鍵だったからね。そしてそのカギを使わざるを得なくなった」

「……深海棲艦の登場か」

 

 杉田の声に“彼”は笑う。

 

「そのまま流用って訳にもいかなかったけどね。ゴーストダビングで劣化した部分を補う必要があった。そのために用意されたのが“昔存在した艦の記憶から合成した疑似記憶”だ。これを過去に経験した思い出と見立てそれを合成、戦いの経験を持つ極めて

優秀な兵器として水上用自律駆動兵装は生まれてきた。もっとも定期的に記憶を修正しないといけないんだけどね」

 

“彼”は笑って見せる。

 

「でも、個体として優秀と兵器として優秀というのは別だというのはすぐわかった。二回目のゴーストダビングにも耐えて見せた月詠姉妹だが、それを元にして生まれた特Ⅲ型後期ロットはそこまで突出した特性は出さなかった。それどころかDD-AK04に至っては兵器としては最低クラス。そこで再調整ができないかと調整員を最適と判断された僚艦をパッケージングして送り込んだ」

「それがウェーク島か」

「そう。万が一にもDD-AK04が暴走を起こした時にでも重要な他施設に危害を与えることがない場所として適切だったんだ。……そして、それに失敗する」

 

 肩を竦めて“彼”は続ける。

 

「失敗も失敗、大失敗。こちらは優秀な指揮官を一人失った。ま、調整員の方は腕はいいが少しばかり狂ってたのも一因としてあるのかもしれないけど、そこらへんの分析は後回しにしたままだ。それよりもなぜ高いポテンシャルを持つはずのDD-AK04が成果を上げられないのか突き止める必要があった。そして最後の手段を使った」

「……月刀航暉の派遣」

「元々兄妹で似たような個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)を持つ二人だ。なんらかの共鳴が起きるかもと期待したら予想以上の結果を出してくれた。とても興味深い結果が出た。このまま動かせればよかったんだけどね。邪魔が入ったんだ」

「邪魔だと?」

「中路章人中将……ライ麦計画の全貌を知る人物であり、DD-AK03とDD-AK04が月刀航暉の妹を元にした個体であることを知っている。彼の思考は論理的じゃないんだけどね、月刀航暉大佐とDD-AK03、DD-AK04をセットにして軍の指揮下から外そうと考えたらしい。そのためにいろいろ仕組んだみたいだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中路中将は君たちの絶対的な保護者であろうとしたのさ」

「保護者、だと?」

「思い出してごらん? “ホールデン”の名前が出てくるとき、その状況は必ず“水上用自律駆動兵装”の想定外の事項に限られているはずだ。マニラ湾観艦式では対人戦闘を余儀なくされた。その後の銀弓作戦ではCSCとのリンクが途絶えた。そして、北方棲姫を拿捕した時は謎のイージス艦に攻撃された」

 

 キューブはそう言ってゆっくりと旋回する。

 

「観艦式の時、武装勢力に月刀航暉と浜地賢一中佐、笹原少佐が捕まれば、殺されることなくそのままどこかに連れていかれて行方不明になるはずだった。そう言う手筈にするように中路中将は“私に頼んできたのさ”」

「……ならあの時のハッカーは」

「そう、私だよ。ホールデンを騙って武装集団に襲撃させる。そこでライちゃんとデンちゃんも一緒に回収、というより司令官を引き連れて逃走したら艦娘もついてくるだろうからね。そうして一緒に持って帰るつもりだった。でもこれは月刀航暉が上手く処理しちゃって残念な結果になった。そして次の銀弓作戦で司令部ごと通信遮断して完全スタンドアロンにしたのは中路中将、そうしなければあそこで何人も戦術リンクで焼き殺されてた」

「そんな……」

「具体的には合田少佐、高峰君、杉田中佐、渡井大佐、このあたりが殺されてたよ。月刀航暉の周りでCSCの真実に気がつきそうな人物、かつそれを月刀航暉に伝えそうな人物で今後の重要度が比較的低いと判断された人ね。こういうのを過剰同調事故に見せかけて殺すってのはよくあるのよ。水上用自律駆動兵装運用士官で事故死してるのはこれがメインね。ネオMI作戦、月刀航暉が救援に向かったあの時の北川少将はこの手口で殺されてる」

 

 さらりとキューブが告げてゆらゆらと旋回。

 

「なんとか月刀航暉が指揮官不適格と判定させればその時点で彼が管制卓につくことはなくなる。それを狙ったものの、すぐに復帰。そして目を付けたのが……」

「華僑民国、イージス艦に拿捕させて国連海軍の指揮下から追い出そうとした……? これも……」

「中路中将の筋書よ。もっとも杉田中佐がおじゃんにしたけど。どれも目指すべき帰着点は雷と電が一緒にいる状況で軍の指揮下を外れること。そのためにいろいろな手を尽くしてきた。その結果、CSCによって言語能力を奪われた。そして近々CSCに取り込まれる算段が組まれた。勿論表向きは脳死状態ってことになるけどね。そうして彼もまた“ホールデン”の仲間入りってわけさ」

 

 皮肉なもんだよね、とキューブは乾いた声色でそういった。

 

「中路中将は月刀航暉を助けようとした。それを全部全部、あんたたちが潰してきたんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中路中将のおかげでこっちはスケジュールが狂っててんてこ舞いさ。2回のゴーストダビングに耐えた月詠姉妹は、“僕”とひとつになった。そのことを知った月刀航暉は、月詠姉妹を解放しようとそのもとへ向かっている」

「……フィリピンか」

 

 苦々しげな声に“彼”は嬉しそうに声を弾ませる。

 

「さて、杉田中佐。君に仕事だ」

「仕事だぁ?」

「お門違いなのはわかっているがね、いまCSCが危機に瀕している、人間の手によってCSCを破壊しようとする動きが進行中だ。これを排除し世界の平和を守ってくれたまえ」

「貴っ様ァツ!」

 

“彼”の胸倉を掴み引き上げる。

 

「電嬢のチューンナップが終わったらもう月刀は用済みか!? テメェらが壊した人間をただ使い潰すそれがお前の正義か!?」

「君の怒りは非論理的だ。人類全体の危機に勝る個人の危機は存在しない。そして最大多数の最大幸福を優先すべきであるのは国連軍の性質からして自明の理だろう?」

 

 どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる“彼”はつき付けられた銃口など気にせず続ける。

 

「確かに月刀航暉の能力は惜しい。でも“代わりが無いわけじゃない”。もう彼の生体パーツは生成済みだ。彼を元にしたバイオロイドが用意できてる」

「人造人間はオリジナルじゃない! 今彼を殺せば二度と返ってこない! 電嬢もそれに気がつくだろう、月刀航暉が別人にすり替わったことに気がつけば、こんどこそ電は使い物にならなくなるぞ!」

「DD-AK04の記憶自体を書き換えるからね。軍の管理下にある限り問題ない」

「月刀で上手くいかなかったのにか!?」

「勿論フィードバックはしてあるさ。月刀航暉が死ぬことと、今国連海軍の全水上用自律駆動兵装を統括している中央戦略コンピュータ(ぼくたち)が機能を停止することを天秤にかければどっちが重いかはわかるよね?」

 

 どこぞのB級映画だ、と杉田は吐き捨てた。世界か個人か、そんな選択を強いられるなんてそんな安っぽい展開。一昔前のハリウッド映画のようじゃないか。

 

「―――――やらせねぇよ。そんなこと」

 

 その答えを聞いて“彼”は口角を吊り上げた。

 

「期待してるよ、杉田君」

 

 

 

 

 

 

 

 




伏線のオンパレードをまとめたこの回まさかの1万6千字、最長記録更新です。おうふ。
これで大体時系列通りです。まる。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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