艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

104 / 159
まとめで一番苦戦したのがこの回でした。ほぼグロアクションなので書くことなくなるんじゃないかと思ったのがこの回です。この回はかなり別物になっています。

それでも、抜錨!


Si Vis Pacem, Para Bellum

 

 

 

「くそ、遅かったか!?」

「いや、まだだ! まだ間に合うはずだ!」

 

 原生林の真上を飛ぶティルトローターからどす黒い煙を上げる一帯を見下ろして杉田が歯噛みした。その横で諦めていないのは高峰だ。

 

「状況的にはイーブンだ。どちらにしろカズが建物に入るまではこちらも近づけないんだ。カズが扱う無人戦闘機(リーパー)が黙らないことにはな」

 

 高峰はそう言うとティルトローターに積まれたコンテナからショットガンを取り出した。

 

「なにがあるかはわからないし、自走爆弾にこちらが狙われる可能性も高い。気を抜くなよ」

 

 当然だと返した杉田が降下の準備に入る。

 

「嬢ちゃんたち、見えるか?」

 杉田が外を見てそう言った。

「あれが、あそこが月刀航暉の、お前たちの司令官の戦場だ。この煙と石油と鉄の匂いが混じったこの空気だ。これがアイツの風景だ。これがアイツの戦場だ。……ここはな、まともであろうとすればするほど気が狂う、文字通りクレイジーな場所だ」

 

 熱帯雨林を見下ろして杉田が辛そうな顔をした。

 

「この惨状を見るに、自走爆弾をもう50体は撃破して進んでいるはずだ。お前らと同じように子どもの個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)を元にした魂を積んだそれを50も壊して進んでる。……もう、お前らのこともこうとしか見えない可能性もある。それくらい狂っている可能性があるんだ」

 

 横に立つ二人の少女を見て、至極真面目な表情で二人の頭を撫でた。

 

「もしそこまでアイツが狂っていて、お前達の声すら届かないようなら……お前らは下がれ」

「杉田さん……」

「その時は俺がアイツを撃つ。いいな?」

 

 杉田はポンプアクションのショットガンの薬室を解放し、スラッグ弾のシェルを叩き込んだ。室内での取回しを意識して銃身切詰処理(ソウドオフ)したそれの薬室が改めて閉鎖され、鋭い金属音が響く。セーフティをオン。

 

「わかりました。でも、そんなことにはさせないのです。……そうですよね、お姉ちゃん?」

「当然よ。しれーかんは私達で止める」

 

 それを聞いた雷が振り返った。

 

「高峰さん、お願いがあるのです……」

「なんだい?」

「それを、貸してほしいのです」

 

 そういって指さした先には、拳銃が納まったホルスタがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? まだ続けるの?」

 

 足元の赤い土が不自然に踏み固められた。航暉の操るリーパーを何とかやり過ごそうとして、容赦ない爆撃の嵐に死にかけた直後の皐月はそこをキッと睨んだ。

 

「皐月ちゃん、悪いけどこれ以上は命の保証ができないと思うよ。わかったでしょう? 戦闘はカズ君がイニシアティブを握ってる。そして、皐月ちゃんがそこにいるとわかってて気化爆弾を使用した。……少しは遠慮してくれたみたいだけどね」

「だからなんなのさ、笹原中佐」

 

 その木の輪郭に向けて木の枝を投げつける。その木の枝がまるで誰かに掴まれたように空中に止まった。

 

「今更姿を隠す必要もないでしょ?」

「他の自走爆弾を集める可能性はあるんだけどね。ま、お望みなら」

 

 半透明だった影に色がつく。グレーの防水外套のような格好にゴーグル型のアイウェア、アイウェアからは顔の下半分を覆うように外套と同じ色の布が垂れている。

 

「……光学迷彩、か」

「軍用ホロの投影スクリーンよ。そこまで万能じゃないけどさ。結構蒸れるしね」

 

 顔の大部分を覆っていた布地を脇に払うとアイウェアを跳ねあげ整った顔を晒した。

 

「で、どうするの?」

「もちろん追いかけるさ。今目を放したら司令官は帰ってこない。そんな気がするんだ」

「そういう勘がいいのはいい兆候だよ、皐月ちゃん」

 

 笹原がくすりと笑えば皐月はその顔を睨む。

 

「……帰ってこないってわかってて送り出したの?」

「まあね、死にたがりの戦闘バカとそれについてくお人好しじゃ行く末は言わずもがなだよね」

「なんで止めないの?」

 

 笹原は笑みを深くする。

 

「ふたりとも機密保護や適正の補正の関係で記憶を操作されてる。でもそれは小手先の手段に過ぎないんだ。記憶や記録がなくたって、体と脳はそれを経験している。そこから齟齬が発生して体はエラーを叩きだす。そうなれば末路は二つに一つさ、体を壊すか脳が壊れるか。弱いほうが先にいかれる。……記憶中毒ってやつだね。カズ君はそれの中期、浜地君はその初期症状が出てる」

「記憶中毒?」

「覚えがないかなぁ。妙に疲れたような表情が増えたりしなかった? あとはワーカホリック気味になったり」

 

 皐月は黙り込んだ。

 

「覚えがあるみたいだね。ワーカホリック気味になるのはそれに没頭して考えない様にしようとするのもあるけど、あの二人の場合はCSCが記憶の補正を行うからよ。CSCに繋がることで機械により記憶の修正を受ける。……本人たちがあずかり知らぬうちにね。それを受けてる間は記憶と経験のコンフリクトが解消される。でも、記憶と経験のズレは大きくなるから依存症のような症状がでる。……これがカズ君と浜地中佐のワーカホリックの正体だ」

「……その中毒症状が」

「遅かれ早かれ二人はああなった。だから彼らが完全に狂う前に“ホールデン”についての切り札を得る必要にかられた。だから利用した。それだけの話よ」

 

 笹原はそう言うとアイウェアを戻す。ホログラムが起動し、その体が半透明になるように透けていく。

 

「追いかけるなら急ぎなさい。そろそろ私達も次の爆弾に捕捉されるわよ」

 

 そして彼女の姿は完全に空気に溶けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンカンに手をかけたマクベスはこんな気持ちだったのかね」

 

 そう呟きながら周囲の安全を確認した。もう襲ってくる相手はいない。少なくとも今所はいないことを確認して彼は残弾を確認する。心もとない量しかないことを改めて確認する。それはそれだけ撃ってきたと言うことで。

 彼は唇を噛んで再び走り出す。目標の部屋に飛び込んだ。部屋はおそらく義体用のパーツの保管庫だ。その中を目標目指して駆ける。オートメーション化された倉庫には人の気配はない。ひたすらに走っていく。目標の地点を見下ろして静かににやりとした。

 

「ビンゴ」

 

 そこに現れたラッタルに足を掛ける。その先には明かりが灯っている。

 

「そろそろだと思っていたよ、航暉」

 

 下りた先、現れた広い空間に不釣り合いな椅子が一つ、ポツンと置かれていた。

 

「……こんなところで会うとは、意外ですね。中路章人中将」

「先を急ぐとはわかっているが、少しだけ付き合ってほしい。この老害の懺悔の一つ、聞き届けてくれないか?」

 

 そこに座った“彼”がそう言う。彼は“彼”の方を見て皮肉げに笑った。彼は“彼”の姿を見て静かに笑った。“彼”の手元には黒の国連海軍の制帽があった。上級士官であることを示す鍔に入った金の桜花紋がどこかオレンジのきつい室内灯に照らされる。

 

「……言語能力を喪失したと聞いていたんだがな」

「スキュラのおかげさ。補助電脳のおかげで言語能力がある程度回復した。イメージから言語の変換に僅かにタイムラグがある。そこは許しておくれよ」

「それで?」

 

 彼は“彼”の前まで来るとわずかに笑った。

 

「俺に聞いてほしいと言うことはなんだ?」

「君の妹たちをこうしたのは、私だ」

 

 その告解に彼は静かに目を細めた。

 

「どういうことだ?」

 

 彼のその問いに“彼”は小さく項垂れた。

 

「自律駆動兵装の開発計画……その計画のために私は尽力した。誰も死なない、もう誰も死ぬことのない世界を作る、その手助けができると信じていた」

 

 要領を得ない答えに彼は静かに苛立つ。それでも“彼”の言葉の先を待った。

 

「出世欲がなかったとは言わない。下心がなかったとも言わない。でも、私は私なりの正義を持ってこの職務についてきた。……いつか、日本を再び平和な社会へと引き戻す。そのための礎となり、血の川を渡る、その覚悟を持ってやってきたつもりだ。自らの部下を守り、その部下はまた、その部下を守るだろう。軍を守り、その軍が守るべき日本の社会を守るためにはその鼠講の頂点、もしくはそのすぐ下にでもつく必要があった。だから私は力を欲した。そのために君のお父さんの暗殺とその後のクーデターを黙認した」

 

 そう言うと“彼”は自嘲するような笑みを口の端に浮かべた。噛み殺したような笑いが響く。

 

「そうしてのし上がっても、部下が死ぬところを何度も見てきた。その度に上に立つ必要性を感じた。そう言うタイミングで、そのチャンスがやってきてしまったんだ。次世代型無人兵装の開発プロジェクト、それの立ち上げメンバーとして関与しないか。高性能AIと高火力武装を積んだアンドロイドによる戦線、陸軍の計画を元に海上用に転用できないかという構想……実に魅力的だった。もうこれで部下が死ぬところを見なくて済むと、本気で歓喜した。これは次世代の防衛構想の根幹を担うプログラムだと思った。これの運用士官第一期生、いや、その教官として関わることになれば、それで成り上がれる。それで得た権力でさらに仲間を守れる。……そう考えて私はライ麦計画のプロジェクトチームに入った」

 

 あたりは地鳴りのような機械の駆動音がどこからともなく入り込んでいた。“彼”の言葉の余韻はそれの合間に消えてゆく。

 

「その時は、本気でその理想を信じていた。それを成せると信じていた。そのために予算獲得のための暗澹な会議に参加し、上がってくる報告を聞き、サインをし続けた。そのサインがどこでどういう使われ方をしてるか知らないままに。そして、私は……ただの傀儡と成り果てた」

 

“彼”の頭は完全に地面を向き、彼からはその口許すら見えなくなる。

 

「……“それ”に気がついたのは、その結果が艦娘となって帰って来た時だった。気がつくのにはあまりに遅すぎた。疑うきっかけはいくつもあった。それでも私は見ないふりをしてきた。そのツケが返ってきたんだ。兵器に載せられたのは拡張型AIではなく、子どもの魂だった。……絶望したよ。私のサインはそれのゴーサインだったんだ。子どもに銃を持たせ、戦場に送り出したのは他でもない、私だった」

 

 その声はわずかに揺れ、それはすぐに収まる。

 

「そうして……君の妹たちもまた、その素体とされた。その書類も、私がサインをした。それがどんな書類かも知らずに……それが言い訳となるとも思ってないがね」

 

“彼”は両手を組んで額に当てた。……まるで祈りでも捧げるかのようなポーズだ。

 

「いわば、私の仇だ。いくら言葉を尽くしても、いくら君を守ってもそれは私の罪を薄めようとする自己満足的な贖罪に過ぎない。私にその意思があったかどうかは関係ない。事実として、君の妹たちをモルモットにしたのは紛れもなくこの私だ」

 

 彼はそれをただ静かに聞いていた。表情を忘れたような顔でただ“彼”を見下ろす。

 

「……こんなことを君に頼むのは、傲慢なのだろうと思う。だが、私は殺されるなら君にと決めていた。……航暉、頼む。私を殺してくれ」

 

 囁くような声がやけに響いた。

 

「君の人生をめちゃくちゃにした。家族も名前も奪い、その家族すらまともに弔えないまま君を戦場に追い立てた。その苦しみは私の貧弱な想像力をはるかに上回るだろうと思う。その罪は私の首一つで収まるものじゃないことは百も承知している。そして、私がこう話すことすら、もう傲慢であることも、把握してるつもりだ」

 

“彼”は顔を上げた。彼の知っている顔より幾分老けた顔だった。

 

「私が君と君の妹たちを知ったときには、もう君しか救えなかった。咎人の唯一の贖罪として、君を死なせないことをずっと……自らに課してきた。だが、もう私は君の力になれそうもない。だから……」

「中将」

 

 彼が口を開く。

 

「もう俺は“ゾンビー”なんですよ。あの日、砺波ジャンクションの事故で死に損なった、ただのゾンビーだ」

 

 レッグホルスタに手を伸ばしながら彼はそう言った。

 

「死ぬことも、生きることもできないまま、16年間過ごしてきた。……ねぇ中将? あなたにとって守りたいものってなんでした?」

「……部下だった。その部下ももう、戻ってこない」

「……俺は、家族だったよ、中将。それももう、戻ってこない」

 

 取り出したのはM93R、すでに薬室には9×19mmパラベラム弾が送り込まれていた。セレクタをセミオートにずらす。

 

「死ねないゾンビーの願いってわかりますか?」

「……死ぬこと、か」

「中将が死を望むように、俺もまた、死に場所を探してた。……死にたがり同士のよしみです」

 

 そうしてセーフティを解除、指を引金にかけた。その時。

 

「――――――そこまでだ、カズ。銃を置け」

 

 もう一つ声が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、皐月……?」

「司令官、動かないで」

 

 浜地の盾になる位置に立って皐月は振り返らずにそう言った。左腕には相手の銃弾が掠めた傷から赤い血が流れる。それを無視するように皐月は単装砲に次弾を装填する。

 

「……まだボクとやり合う気なの? かわいいね」

 

 両手に提げた単装砲を構えながら相手を見やる。

 

「さよならだ。ボクのそっくりさん」

 

 二発の砲弾を受けて金髪の義体が倒れる。それを確認して単装砲にロックをかけた。そこに来て、皐月は初めて浜地の方を振り返った。

 

「さて、司令官、ボクに言わなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」

「……す、すまん」

「それよりもいうべきことがあるでしょ!」

 

 どこか顔を赤くしながら叫ぶ皐月。浜地はその気配に気圧されながら、恐る恐る口を開く。

 

「……助かった。ありがとな」

「……どういたしまして」

 

 及第点、と言いたげな視線を向けて皐月はついと顔を逸らした。

 

「それで? この後どうする? ボクはこのまま撤退を強く強くつよく勧めるけど」

 

 さぁ、帰るよと言いたげに砲を振る皐月。

 

「悪いけど、まだ帰れない」

「……司令官はこういう場面に限って意固地だよね」

 

 それには答えず浜地は空薬莢の排出不良を起こしたショットガンをいじる。機関部の樹脂製のカバーを外して振ると歪んだプラスチックのシェルを取り出した。改めてカバーを閉じて、ポンピング。スラッグ弾が改めて入ったことを確認する。

 

「まさか、ここまで来てボクを置いていくとか言わないよね?」

「……まさか」

「その間は何なのさ……ボクが信用できない?」

「そんなんじゃない!……そんなんじゃないんだ」

 

 浜地は俯いた。

 

「ここは戦場だ。皐月たちが戦う戦場とはまた違った戦場なんだ。こんな戦場を、お前に見せたくなかった

「さっきみたいに誰かのそっくりさんが出てくるし?」

 

 黙り込む浜地。

 

「……スクラサスから聞いた。ここは艦娘の元になった人たちが集まる場所だって。ゴーストダビング? そのための施設だって」

「……」

「その結果生まれたのがボク達だってことも聞いた。それを壊そうとしていることも聞いた。それを壊すこと……ていうよりはこの施設のことを知らしめることで艦娘の扱いを変えようとしてるってことも聞いた」

 

 皐月は浜地の目を見つめる。今度こそ、彼に目を逸らすことを許さない。

 

「だから、もう隠さないで。ボクは何があっても司令官の味方になる。だから信じてほしいんだ」

 

 単装砲をベルトにひっかけ両手を空けた皐月は彼の頬に触れる。

 

「ボクは司令官のそばにいたい。言ったよね? そのためだったらボクは戦える。どんな相手だって戦える。ボクはボクの意志で戦える。司令官の見ているものを見て、一緒に考えて、一緒に戦って、そうしていたいから」

 

 司令官、と皐月は呼びかけた。

 

「だから、一緒にいさせてよ。あなたのそばにずっといたいんだ」

 

 皐月はそれを言ってから、しばらく経って顔を真っ赤にした。

 

 

 これって、遠回しな告白では?

 

 

「……ぷっ」

 

 その様子を見て浜地は小さく噴き出した。

 

「な、笑うだなんて酷いじゃないか!」

「悪い悪い、俺の負けだ」

 

 浜地は黒いグローブに包まれた手を握りしめる皐月に向けた。

 

「皐月、一緒に来てくれるか?」

 

 その問いかけに、皐月は笑って―――――満面の笑みで笑って拳を重ねる。

 

「まっかせてよ、司令官っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――そこまでだ、カズ。銃を置け」

「……撃つなら撃てよ、中佐」

 

 航暉が高峰を認めるとそう言った。

 

「カズ……」

「ただし、その時点から敵同士だ」

 

 高峰は僅かに口の端を持ち上げた。

 

「なら今は味方か?」

「まさか」

 

 航暉はゆっくりと左手に拳銃を持ち替え、右手を空けると背負ったショットガンを右手に持った。

 

「ただの他人だ」

「そうかい。そこまで薄情だとは思ってなかったよ、月刀。それとも月詠と呼ぶべきかな、それともガトー?」

 

 茶化すような軽い口調で杉田が笑う。航暉は軽く溜息をついた。

 

「調べたのか」

「一通りな。で、あんたがここに何をしにきたのかも知ってる」

「ほう? で? 君たちは俺の味方なのか? それとも止めに来たのか?」

「……両方だと言ったら?」

「排反事象だ。それは」

 

 航暉がそれを鼻で笑う。

 

「……それは違うのです」

 

 凛と澄んだ声で電がその会話に割り込んだ。

 

「司令官さん。もう抱え込まなくても大丈夫なのです。一人でいようとしなくていいのです」

 

 電はそう言って一歩前に出る。

 

「司令官さんがするべきなのは敵討ちでも、あきらめることでもないのです。だから、ここでこんなことをしなくてもいいのです」

「……何がわかる」

「わからないからこそわかりたいと思う。それは間違ってないと思うのです。司令官さん、あなたは妹さんたちを守りたかった。大切な家族だった。だから守りたかった。なのに守れなかった」

「黙れよ……」

「黙りません。司令官さんがいなづまのことを見てくれるまでは、こちらも黙れないのです」

 

 電はそう言ってさらにもう一歩、前へ。

 

「守れなかった、だから強くなりたかった。違いますか?」

「黙れって言ってんだよ!」

 

 その叫びを銃声がたち切った。

 

「……いい加減にしろ、カズ」

 

 火を噴いたFN FiveseveNを構えて高峰がそう言った。

 

「そうして、仲間にすら手を上げて、お前は何を守る? そこまでして通すべき筋があるか?」

「……俺がやらんで、誰がやる」

 

 小さく呟き、航暉は俯いた。その手元にはM93R自動拳銃が納まっている、

 

「雪音や琴音になんの罪があった。どうして死なねばならなかった。どうして死んだ後も、この狂ったシステムに取り込まれなければならなかった」

 

 もはや誰に向けて話しているのかわからないようなおぼろげな声で彼は続ける。

 

「終わりにするしかない。ここで終わらせるしかないんだ。雪音たちを飲み込んだこの名前のない怪物を、このシステムを終わらせなければならない。そうでなければ」

「誰も救われない。お前も、お前の妹も、か……。そのために、お前を信じる子たちを置いていくのか? カズ」

 

 高峰の言葉を航暉は鼻で笑った。

 

「さあね、その解釈は残されたものに任すさ。死者にはもう関係ない話さ。俺にはもう関係ない」

 

 それを聞いた杉田がホルスタからFN FiveseveNを引き出した。それを両手で構える。

 

「月刀、正直お前の口からは聞きたくなかったよ。それだけは」

 

 コッキング、わずかな金属音が響いた。

 

「俺の知ってるお前は、もっと格好良かった。女だったら惚れたかも知れねぇと思えるぐらいだった。痛みを痛みとして受け止めること。それを知っているからこそ、優秀な指揮官として部下からの信頼を集める。そういう奴だった。俺には関係ないなんて、絶対に言わなかったよ……!」

 

 照星越しのその瞳にはただ悲しみの色が浮かんでいた。

 

「月刀、最後に1つだけ教えてくれ。……16年間、満足したか?」

 

 引き金に指がかかる。答えは無かった。

 

「……もうこれ以上、あの子たちを泣かせるなよ、月刀」

 

 そして、撃鉄が落ちる―――――その刹那。

 

「――――――ダメです!」

 

 電が二人の間に割り込んだ。彼女の耳の横を拳銃の弾が通過した。

 

「まだ、終わらせちゃダメなのです」

 

 杉田と向き合うように立ち、両手を横に広げ通せんぼする。航暉からはセーラーの後ろ襟とバレッタが見える。その姿はまるで……航暉を守ろうとするかのようだ。

 

「高峰さんも、銃を下ろして」

「雷……」

「しれーかんが始めたことよ、幕を引くのも、しれーかんじゃないと」

 

 そうよね? と雷が訊けば、電は頷いて振り返る。電はセーラーのスカートのポケットに右手を差し込みながら、航暉の方に向き直った。

 

「司令官、私を誰だと思っているのか、いなづまにはわからないのです。それでも、ずっと会いたいと思ってたのです(、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 そう言うと小さく笑う。

 

「おかしいですね。私も私が誰だか、もうわからないのです。会いたいと言っているのはいなづまなのか、月詠雪音の記憶なのか、指揮官を求めるように組み込まれたDD-AK04のプログラムが反応しているだけなのか。わからないのです。……それでも、私は司令官に、あなたに会いたいと思っていた。本当に夜も寝れないほどに思っていたのです」

 

 電はそう言って目を細める。

 

「ここでこうして会えた。それでもう私は満足しちゃってたりします。だって司令官はなにも言わずに行っちゃうから、とってもとっても、心配したのです。その気持ちは、きっと作り物じゃないと、私は思います」

 

 少し俯いてから、再び顔を上げる電。

 

「司令官、私は誰に見えますか? あなたは誰だと思いますか?」

「……っ」

 

 航暉が拳銃を抜いた。同時に高峰と杉田が航暉の電脳に狙いを付ける。

 

「……今更俺になにをしろと言うんだ」

 

 航暉の顔が一瞬歪んだ。

 

「もう、止まれないんだよ。16年間、俺はこのためだけに生きてきた。雪音と琴音を助け出す。死の連鎖から救い出す。ただそれだけを願って生きてきた。そのためにどんなことだってしてきた。電脳化もした、銃の使い方も、ナイフの使い方も全部覚えた。なのに今更、今更、お前が止めるのか、雪音(いなづま)!」

 

 それを見た彼女が笑う。

 

「……もう、大丈夫なのです」

 

 スカートのポケットから出てきたのはベレッタM93R――――航暉の愛銃だった。それで幾人も撃ってきた銃が、彼女の小ぶりな手に収まっていた。

 

「それ、はっ……!」

「もう、いいのです。16年間、あなたは一人で戦ってきた。その“あなた”が終わらせたいと言うのなら終わらせましょう」

 

 拳銃のスライドをゆっくりと引き、放す。

 

「やめ、やめろ……」

「きっとあなたは間違ってなかった。だれもこんな顛末を望んでなかったと思うのです。それでも、こうなってしまった。それ以上の意味はきっとないのです」

「やめるんだ……」

 

 電は緩慢とも思える速度でゆっくりと右腕を上げていく。

 

 

 

「だから、今ここで、私と終わりにしましょう」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!」

 

 

 

 銃声が二発分響いた。

 

 航暉が膝をつく。電も煽られて数歩下がった。電は肩を押さえるが、そこから血が流れることはなかった。弾丸は電の服にあたって動きを止めていた。それが落ちると同時に電の背後が揺らぐ。……何もない空間から現れるように、電の背負った艤装が姿を現した。―――――渡井謹製の空間ホロを解除した瞬間だった。

 

 航暉は呆然とそれを見る。電脳に何かがぶち当たった感触はあった。それでもわずかに血が滲むだけで、まだ生きている。そこに拳銃を投げ捨てた電が飛びついた。そのまま航暉を押し倒す。

 

「……これで、二人とも死んだのです。“月詠航暉”も“ガトー”も死んだのです。もう、ゾンビなんてどこにもいないのです。司令官さん」

 

 彼に馬乗りになったまま、電はそう言った。ゆっくりと

 

「あなたは“わたし”を殺した、わたしは“月詠航暉”と“ガトー”を殺した。だからここには月刀航暉司令官といなづまが残ったのです。……雷お姉ちゃんも、きっと今の銃撃で……」

「そうね、私がしたことって撃たれただけじゃないかしら?」

 

 雷が肩を竦めて笑った。

 

「もう大丈夫よ、しれーかん。もう、復讐に走らなくていい。誰かを殺そうとしなくていい。私が、私達がいるじゃない。私達があなたを、助けるわ」

「船は一人では進めない。目的地に着くためには羅針盤と灯台が必要なのです。もし司令官さんの羅針盤が狂ってしまったら、私達が灯台になるのです。私達の羅針盤が狂った時は司令官さんが灯台になってください」

 

 電はそう言って彼を抱きしめた。その眼尻に珠を浮かべて。

 

「もう、離さないのです。司令官さん」

「電……」

「ふふっ、やっと私を見てくれたのです」

 

 電は笑ってからもう少しだけきつく抱きしめた。

 

「おかえりなさい、司令官さん」

「……ごめんな、電。ただいま」

 

 彼の手からM93Rが落ちる。それを見て杉田と高峰も笑みを浮かべた。

 

「賭けは電の勝ちか」

 

 地面に落ちた電が撃った拳銃を高峰が拾い上げる。チェンバーをスライドすると、中から出てきたのは―――――真っ青な弾頭、模擬弾だ。

 

「ったく。手間かけさせやがって、カズ」

「全くだ。こちとらマチェットのせいで義手一本おしゃかだ」

 

 そう言った二人が航暉を立ち上がらせた。そのまま航暉の武装を取り上げる。

 

「今から自害されると死体の処理がめんどくさいからな。……それじゃ、行くか」

「行くってどこへ?」

「なんでここまで来たのか忘れたのか? ―――――死者は弔わなけりゃ成仏できないんだぜ? ここまで来たなら墓参りぐらいしてもばちは当たらんだろう」

 

 杉田は笑ってから航暉の肩を叩いた。そのまま置くへと向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その奥、地下深くにあるいくつもの生体維持装置の前で中路がコンソールをタイプする。その音が高い天井に反響した。

 

「……君たちのお兄さんを連れてくるのに、ここまで時間がかかってしまったね。寂しかっただろう。いま、代わるよ」

 

 中路が操作盤の前を空けると航暉を呼んだ。ゆっくりとその前に立つとのぞき窓の奥に記憶にあった顔が浮かんでいた。中路がマイクを渡す。

 

「……久しぶり、だな。琴音、雪音」

――――うん、久しぶり、カズにぃはずっと雪音に首ったけだったけどね/ No.023_

――――お久しぶりなのです、カズにぃ/ No.024_

 

 声はなく、画面に文字列が現れる。名前が表示される訳じゃないがどっちがどっちかわかる。

 

「元気にしてたか、なんて聞くのも変だな。……だめだな、言いたいことはたくさんあるのにな。今更何を言えばいいかもわからない」

――――無理に話さなくてもいいのです。カズにぃはカズにぃだもん。カズにぃの考えてることなんてわかるもん、ね?/ No.024_

――――そうね、雪音もわたしもずっとカズにぃのそばにいたんだもん/ No.023

「そっか……そうだな」

 

 航暉は操作盤に触れる。

 

「……なぁ、雪音、琴音」

――――なに?/ No.023_

「俺は、間違ってたかな」

 

 現れる文字列を指でなぞる。声は聞こえないが、それでも確かにそのトーンがわかる。

 

「どこから、俺は間違えたんだろう。どこから俺たちは間違えてたんだろうな」

――――きっと間違えてなかったと思うよ。カズにぃは/ No023_

――――私もそう思うのです/ No.024_

「優しいな、お前たちは。それでも、きっとどこかで、何かを間違えた。だからこそ、お前たちはこの独房に囚われ、俺はただの殺人鬼と成り果てた」

 

 航暉はそう言うとゆっくりと目を閉じた。

 

「間違えてなかったなら、こうなるべくしてなったのかな? それだとすこし、寂しい気がするよ」

「司令官さん……?」

 

 航暉の横に来た電が彼の袖に触れる。

 

「電、安心しろ。全部をここでなかったことになってしないから」

――――そっか、電ちゃんもいるのです?/ No.024_

「あぁ、いるよ。話すかい?」

――――少しだけいい?/No.024_

「もちろん。雷もいるからね。ちょっと待って」

 

 航暉は一歩下がって電と雷を操作盤の前に呼んだ。

 

――――直接会うのは二回目なんだけど、きっと覚えてないよね。月詠琴音です/ No.023_

――――月詠雪音なのです/ No.024_

 

 画面にそのように連続して文字列が浮かんだ。

 

――――兄がご迷惑をかけたみたいで申し訳ないのです/ No.024_

「いえ、そんなことないのです……雪音さん、でいいのです?」

――――どんなふうに呼んでもいいですよ/ No.024_

「しれーかんの妹さんよね?」

――――そうよ、うちの馬鹿兄の騒動に付き合わされちゃって大変だったでしょう?/ No.023

「「まぁ、はい」」

「……自覚はしてるが即答されるといろいろ思うところがあるな」

――――カズにぃは黙ってる!/ No.023_

――――少しは反省するのです!/No.024_

 

 妹たちの反応に航暉は肩を竦めた。

 

「でも、嬉しかったんじゃない?」

 

 雷がマイクを取った。

 

「16年間も、あなたたちのことを忘れずにいてくれた。あなたたちのことを考えてくれた」

――――もちろんよ? 私たちが生きていたことを覚えていてくれる。私たちがどうなったか、知っていてくれる。カズにぃがいたから、私達はここで耐えられた。カズにぃが生きてるってわかってたから私達はこうしていることができた/ No.023_

――――もう一度、カズにぃに会いたかったのです。だから生き残ったのかもしれないですね/ No.024_

「琴音、雪音……」

――――でも、でもだよカズにぃ/ No.023_

「?」

 

 航暉が疑問符を浮かべると、新たな文字列が現れる。

 

――――もう私達だけを見なくていいの。そろそろカズにぃは自由になっていいと思うの/ No.023_

――――電ちゃんに雷ちゃんがいるのです。もう私達がついていなくてもいいと思うのです。カズにぃ、私達ももう大丈夫です。だから、カズにぃも自由になっていいのです/ No,024_

 

 それを聞いて航暉は一歩前に出た。

 

「戦術リンクに繋ぐたび、俺はどこかお前たちの影を感じてた。やっぱり……」

――――そっか、気がついてくれてたんだ/ No.023_

「気がつかないと思ったか? 俺はお前らの兄だぞ?」

――――それもそっか/ No.023_

 

 その文字列にどこかもの悲しさを感じるのは、間違っているだろうか?

 

――――カズにぃ、私はまだ私かなぁ/ No.024_

「当然だ。お前はお前だよ、雪音。お前らはお前らだ。お前らは俺のたった二人の妹だ。それを否定ることは俺が許さんよ。お前らがお前らを否定することも許すつもりはない」

――――あは、やっぱりカズにぃはカズにぃだ。そういう強引なところ小学生のころから変わらないね/ No.023_

「そういう琴音たちは、大人になったな。いつの間にか、大人になった」

――――そうでもないのです。カズにぃに追いつきたくて背伸びして、手を伸ばしているだけなのです/ No.024_

 

 小さく笑った航暉はゆっくりと手を前へ。二人の納まるその箱の前へ。

 

「……見えるかい、雪音、琴音。やっと迎えに来た」

――――うん、見える。でも、手を伸ばしても、もう届かないかな/ No.023_

「そっか。……じゃあ、どうすれば届く?」

 

 航暉の問いにわずかに時間が開いた。

 

――――雪音、いい?/ No.023_

――――もう大丈夫なのです/ No.024

 

 ふたりで何かを確認するような会話があって。

 

 

 

――――カズにぃ、私達の生命維持装置を停止させてほしいのです/ No.024_

 

 

 

 そう、表示された。

 

「……やっぱりそうなるか」

 

 航暉は苦笑いを浮かべて、操作盤に触れた。

 

「似た者同士か、“俺”もお前たちも」

 

 操作盤にバーチャルキーボードが表示された、それをタイピングしていく。それを見て高峰が拳銃を構える。

 

「おいカズ、お前なにを――――――!」

――――警告 高峰春斗中佐 CSC内部でのこれ以上の武力行動は許可しない。強行介入開始/ No.023_

 

 高峰の視界にその言葉が表示されると同時、その姿勢のまま動きが固まる。電脳の一部にロックがかけられている。体の制御権が乗っ取られた。

 

「くそっ!」

「高峰、大丈夫だ。全部をここで止める気はない。この二人を止めるだけだ」

――――高峰さん、大丈夫なのです。“月刀航暉”を信じてあげてほしいのです/ No.024_

 

 高峰の視界にはそう表示される。その先では画面をひたすらタイプする航暉の姿があった。

 

「……これで終わる訳じゃない、解かってるだろ?」

――――もちろん。でもこれがきっと“これ”をとめる最初の鏑矢になるわ/ No.023_

「鏑矢なんて言葉、どこで覚えてくるんだか」

 

 航暉はひたすらにキーを叩き続けた。

 

「なぁ、一つだけ聞いていい?」

――――なぁに? カズにぃ/ No.023_

――――なんなのです?/ No.024_

「幸せだったか?」

 

 そう問いながら航暉は“ホールデン”維持管理システムにアクセスしていく。管理用のセキュリティパスはNo.023が解除していた。一度もとがめられることなく潜りこむ。

 

――――なぁんだ、そんなこと?/ No.023_

 

 笑っているのだろうか、その声は。

 

――――当たり前なのです/ No.024_

――――こんなに意地っ張りで、強引で/No.023_

――――誰よりも強くて、誰よりも優しいお兄ちゃんは世界中どこを探してもいないのです。カズにぃは世界一の私達のお兄ちゃんです。そんなお兄ちゃんを持てた私達が幸せじゃないはずないのです/ No.024_

――――私達は幸せよ。だからカズにぃも幸せにならなきゃ/ No.023_

 

 その表示を見て航暉は笑った。

 

「……妹たちにこう言われたんじゃ、そう簡単に死ねないじゃないか」

――――当然。私達の分もしっかり生きて/ No.023_

――――お土産話はたくさん欲しいのです/ No.024_

「いつか、もう聞きたくないってぐらい聞かせてやるよ」

 

 航暉の手が止まる。

 

――――ねぇ、カズにぃ/ No.024_

「どうした?」

――――小さい時に読んでくれた本、まだ覚えてるのです?/ No.024_

「どの本だい?」

 

 そう問いかければ少しだけ間をおいて文字列が現れる。

 

――――“ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ”/ No.024_

「……“だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑ってるように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ。”……サンテグジュペリ、『星の王子様』か、そういえば寝る前にちょっとずつ読んでたっけ」

――――うん。大好きだったの。あの本/ No.024_

「そっか。俺も好きだった」

――――“だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花がすきだったら、その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、しあわせになれるんだ。”私たちのこと、好きでいてくれる? まだ、覚えててくれる?/ No.023_

「当たり前だ、バカ」

 

 航暉がそう言って俯いた。

 

「……スキュラ、どうせ見てるんだろ?」

 

 航暉がぽつりと呟くと、電脳通信がつながった。それもその場にいる全員に同時に繋がった。

 

《えぇ、ちゃんと眼に乗ってるわよ。で? どうするの?》

「CSCを3秒だけオフラインにしろ。このシステムを設計したプログラマーはお前だ。どうせバックドアの一つや二つ残してるな?」

《まったく、最後のバックドアをこんなことに使う気? 次にハードアタックする機会があったとしても、その時はもう私に提供できる切り札は無いわよ?》

「合図を送ったらオフラインにしてくれ」

《……おまけで4秒、有効に使いなさい》

 

 航暉は首の後ろからQRSプラグを引き出した。制御卓にはジャックポートが顔を出している。

 

「そうだ。忘れるところだった。雪音、琴音」

――――なんなのです?/ No.024_

――――どうしたの?/ No.023_

「帰ったらソフトクリーム食べにいこうって約束、破っちゃってごめんな。またいつか」

――――いいよ、気にしてないわ/ No.023_

――――次会った時に、です/ No.024_

「そうだな。次会った時に。正直、もうこの世で会うことがないことを願うよ。俺はもう少しこっちで頑張る。だから向こうで元気でいてほしい。不甲斐ない兄からの最後のお願いだ」

 

 航暉はジャックポートにジャックをあてがった。

 

――――約束なのです。カズにぃも元気で頑張って/ No.024_

――――約束したからね? カズにぃ、元気で/ No.023_

「あぁ、元気でな」

 

 航暉は笑ってから目を閉じる。

 

「スキュラ、3カウントでいくぞ」

《了解、いつでも》

「3、2、1……」

 

 ゼロのカウントと同時にジャックにQRSプラグが叩き込まれた。同時に膨大な量のコマンドが制御卓のスクリーンを流れていく。

 音は無かった。きっちり4秒で航暉はコードを引き抜いた。

 

「……気が済んだか、月刀」

 

 杉田の声が響いた。

 

「CSCは復旧、いまリアルタイムで接続していた端末にはエラーが返されただろうが、もう問題ないはずだ」

 

 航暉は淡々と答えた。高峰がふっと力を抜く。体の制御が戻ってくる。

 

「月詠姉妹は?」

「どこかに消えたよ」

 

 航暉はそう言ってゆっくりと膝をつく。

 

「司令官さん!」

「大丈夫だ、大丈夫だから……」

 

 航暉はそういいながら俯いた。

 

「……ぜんぜん大丈夫じゃねぇよ。どうして俺は3回も妹に死なれなきゃいけなかったんだよ。どうしてだよ、畜生……」

 

 床に水滴が落ちる。

 

 

 

「大好きだったよ。お前らが大好きだったんだよ。なんでお前らを殺さなきゃいけなかったんだよ畜生――――――っ!」

 

 

 

 航暉の絶叫がこだまする。その背中を雷がさすった。電が彼の頭を抱く。

 

「泣きたい時は、泣いていいのです」

「……電、雷」

「はい」

「どうしたの、しれーかん」

 

 航暉の声が揺れる。

 

「約束してくれ。命令でもいい。解釈は任せる。……絶対に生き残れ」

 

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「お前たちが琴音や雪音じゃないことはわかってる。お前たちは電であり、雷だ。でも、今だけは、今だけは許してくれ。もう、これ以上妹たちを失うのは、もう無理だ。4回目はもう、耐えられない」

 

 電にすがるようにその肩を抱く。震える両手は確かに血が通っていた。

 

「絶対に俺より長く生き延びろ。無茶なこと言ってるかもしれない。それでも、生き残ってくれ、頼む」

 

 なんと残酷な願いだろう。自らが見てきた、耐え切れないような思いを相手に強いる。それを航暉は是としない、だとしてもそう言わなければ耐えられなかったのだ。

 

「……ひとりはもう、いやだよ」

 

 その震えた呟きに、電は目を細めた。その拍子に目じりから水滴が落ちる。

 

「大丈夫なのです。司令官さん。私はここにいます」

「そうそう、しれーかん、私がいるじゃない!」

 

 答えはなかった。ただ嗚咽が響くだけだ。ただ、それだけの時間が続いた。

 

「……すまんな、迷惑かけた」

 

 どれだけの時間が経っただろう。互いの腫らした目を見てどこかバツの悪い表情をしながら航暉が立ち上がった。

 

「……もう大丈夫か? カズ」

「あぁ、もう大丈夫だ」

 

 航暉は小さく笑った。

 

「……俺のM93R、今高峰が持ってるのか?」

「あぁ、それが?」

「ここに置いていくよ。もう、必要ない。あの子たちはもういないし、もうそれにこだわる必要もない」

「……そっか。ほら」

 

 高峰から銃を渡され。それを制御卓の脇に置いた。

 

「今度こそ、いこうか」

「なのです」

「うん」

 

 電と雷が頷く。天龍が笑って航暉の方に近づいて来る。そのまま肩を叩いた。

 

「もう勝手にいなくなるんじゃねぇぞ、俺たちが待ってる。そこに帰ってこい、司令官」

「あぁ、そうするよ」

 

 航暉は頷いた。

 

「航暉」

 

 その彼に一つ、声がかかった。中路だ。

 

「……お前には、もうこっちがいいだろう」

 

 中路が彼の頭に帽子をかぶせた。黒の制帽、国連海軍の上級士官用の制帽だった。

 

「私はおそらく予備役に落とされることになる。私の電脳も限界が近い。……みんなのことを頼む」

 

 中路が敬礼の姿勢をとる。航暉はそれに答礼を返した。

 

「さて、帰ろうか」

「あぁ、行こう」

 

 一丁の拳銃を置いて去っていく。それが一人と二人の墓標の代わりとして、置いていく。

 

 

 

――――Bon Voyage._

 

 

 

 制御卓にはただそう表示されていた。

 

 

 

 




アクションがないと締まらないですね。もっと文章を上手く練れればればいいのですが……。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回で一通りダイジェスト版は終了です。

それでは次回お会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。