艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
睦月のお話です。
これを聞くだけではっとされる方もいらっしゃると思いますが、この作品の舞台を考えればやらない訳にはいきません!
この話を共同立案してくださった東方魔術師様にはこの場を借りまして深くお礼申し上げます。
それでは……抜錨!
ウェーク島の奪還。
「……ウェーク島、かぁ……」
私の隣で如月はすこし憂鬱そうに笑った。
「大丈夫、如月?」
「大丈夫よ、少しジンクスはあるけど、それぐらい覆して見せるわ」
そう言って笑うすぐ下の妹……書類上私の方が姉となっているだけだから……妙な言い方ですがすぐ下の姉といった所でしょうか? まぁそんな関係の如月を見て、私も……睦月も笑ったのです。
「……波が高くなってきたわね」
夕張さんがそう無線越しにつぶやくのが聞こえます。
「でもまぁ今回は上陸部隊を上げなきゃいけない訳じゃないし、何とかなると思うわよ?」
こちらは如月の声、それを聞きながら私は背負った艤装を改めて確認。無事缶も指導してるから大丈夫だよね……?
「大丈夫? 睦月?」
「大丈夫、いっつも整備してるし」
そう答えてから少し唇を噛んだ。今回の駆逐隊のリーダーは私、それは皆を率いる立場にあるということです。だからこそ私はその不安も全部押し隠さなければならない。
「弥生も望月も大丈夫ー?」
小さく笑って私は波を超えるタイミングに合わせて後ろを振り返る。波の谷間を必死に超えていこうとする弥生や望月を見てわずかに笑みが浮かびます。
「大丈夫……です」
「こんな天気で砲雷撃戦なんて気が滅入るよねー」
いつも通りの答え、それを聞きながら私は再び視線を前に。前を進む神通さんが旗艦の537水雷戦隊を見ます。……夕立ちゃんも吹雪ちゃんも波を超えるのが大変そうです。ひとり神風型ながら夕立ちゃんたちを誘導する疾風ちゃんは私が見ていることに気がついて、ニコリと笑って波を超えていきました。……私よりも小柄なのに安定して波を超えていくところはさすが先輩だなぁと感心してしまいます。光の当たり具合によっては鳶色にも見える黒髪もこの薄暗い天気では黒ずんで見えます。それが逆にお気に入りだと言っていた錨のマークが入った髪留め(如月があれはバレッタっていうのよと教えてくれた)を目立たせていました。
そんなセーラー服姿の先輩を見ている間に私も波の谷間に向けて落ちていきます。このままでは波の谷間から上がる波に突っ込んで完全に海に飲まれてしまいます。タイミングを合わせてつま先を浮かせるような感覚で後方に荷重、加速度を体全体で受け止めるようにして波を登ります。一瞬コントロールが効かなくなる瞬間があったからもしかしたら一瞬だけブローチングに近いことにもなったのかもしれません。
「むー……難しいのです」
この嵐を超えればもうすぐウェーク島。この嵐を超えても緊張が続くことには変わりありません。気を引き締め直さなければ……。
「大丈夫、大丈夫だから……」
そう言い聞かせながら前へ進みます。嵐を抜けるまで後2時間程、波の飛沫を感じながらひたすらに前へ向かいます。
暗雲垂れ込めるとはこの時のためにあった言葉だと思いながら主砲弾を装填。
《こちら夕張。飛龍艦載機より入電、敵艦隊見ゆ。方位345、距離1万7千! 航空戦力確認、航空戦が私達より先に始まるわよ!対空対艦戦闘用意!》
所属する553水雷戦隊の旗艦の夕張さんからの報告を聞けば北北西微北から敵艦隊、私は対空機銃を背負った艤装の横から引っ張り出して左手に持ちます。対空戦のエリアに入るなら主砲弾の威力よりも弾数が必要になります。
《私が先頭に出るわ。輪形陣に移行、衝突の危険を考えて各艦
夕張さんが先頭で私と如月、弥生、望月の5隻で輪形陣。私は後続艦に発光信号を出してから左翼へ。
《あれ……わたしが中心?》
如月の声に笑う気配がする。夕張さんでしょうか?
《お守りしますよ、姫様?》
夕張さんの声に噴き出しかけた。右手に見える如月の
《あらあら……旗艦の夕張さんに代わって対空指示を出せってことかしら?》
《照れ隠しで毒吐くのやめようぜ如月ねーちゃん》
望月のどこか呆れたような声を聞きながら私も無線を繋いで、努めて明るい声で話しかけます。
「如月も頑張らないと、みんなで全部落としちゃうよ?」
《あらあら、ならもっと強く、美しく決めなきゃ、ね?》
その声はいつの通りの声に聞こえて―――――わずかに硬い。弥生や望月は……気がついてるだろうか? なんとなく気がついてない気がします。
(意識しないってこととの方が難しいもんね)
ウェーク島は“純粋な船だったころの如月”が沈んだところ。私のご先祖さま……って言っていいのかわからないけど、船としての“睦月”も参加したウェーク島攻略作戦。それを再現し、その上でウェーク島を奪取すること、これが今回の任務。私の記憶の奥底で何かが警鐘を鳴らしています。……如月や疾風ちゃんにとってはこの海域は因縁のある場所なのです。
「大丈夫、変えられる。今のみんななら変えられる」
《……そうだね。変えよう、みんなで今、歴史を変えにいこう》
無線に乗せてしまったらしくて、独り言に夕張からの答えが返ってきてしましました。少しだけ恥ずかしい。
《――――533飛龍より553、敵航空隊がそっちに向ってる。こっちも追いかけるけど到達前の迎撃は無理そう! ごめん!》
《553夕張了解! 対空電探コンタクト、こっちでも捉えたわ。この数なら何とかするわ。―――――ということよ。対空戦用意!》
対空機銃のセーフティを解除、送られてきた電探情報の方位に機銃を向ける。暗雲に紛れて姿は見えない。
でも!
「てぇえええええええぃっ!」
機銃の撃鉄を引く。機銃を横向きに構えて反動で銃口をスライドさせながら引金を引けば小口径の弾の帯ができる。ワンテンポ遅れて虚空に花が咲きました。
《ナイス睦月! この調子で行くわよ! 左舷対空戦開始! 弥生! 右舷警戒頼むわね!》
夕張さんの声が無線に乗る。夕張さんは今回換装可能な武装マウントには機銃を満載しているだけあって一段と濃い曳光弾の帯が走る。その曳光弾の帯の隙間を埋めるように鉛玉が駆けているはずです。
如月の弾幕も頭上を越えていきます。白い曳光弾が仄暗い雲を流れるほうき星のように……そんなことを考えて戦闘中にこんなことを考える余裕がある自分に驚きながら前進。空になった弾倉を落としつつ新しい弾倉を叩き込む……タクティカルリロード、もう体が馴染んだ動きで初弾を薬室に送り込み機銃を再度空に向けた時にはもう敵の艦載機を目視で確実に追える距離になっていました。この天気で見えるということはかなり近いことになります。
「いっけーっ!」
無我夢中で引き金を引きっぱなしにしたままスライド。無駄玉が多く出ても今は確実に落とすことを最優先にします。
《睦月、下がって!》
右から衝撃、敵の機銃を浴びたらしい。視線を追えば頭上を艦載機が駆けていきます。後を追うように機銃弾の帯を作れば火を噴いて爆散する。
「はぁ、はぁ……」
心拍数が上がる。……機械の体は適正な心拍と呼吸を保つはず。息が上がると言うことはそれだけの酸素を消費したと言うことで、体のどこかに無理が生じているということになるのですが……。
「今は、無理をしないと」
警報装置を解除。一時的に痛覚を切ります。カキンという金属の音と共に薬室を解放して止まった機銃をとっさに振りつつマガジンキャッチを押し込み弾倉を振り落し再装填。上空の空気を裂くように右舷側から機影が飛び込んできました、両翼端から細い雲を曳きながらインメルマンターンで反転するそれは―――――青2本の識別線を鈍色の空に光らせる、飛龍さんの零戦。
《こちら飛龍、上空支援に入る。遅くなってごめん。みんな無事だね?》
《こちら夕張、えぇ、助かったわ。……一度陣形を立て直して艦隊戦に持ち込みます。睦月ちゃん被弾大丈夫?》
「いくら紙装甲でも機銃ぐらいなら問題ないですよっ!」
改めて痛覚を入れるとわずかに違和感が残る程度、まったく問題なしとは言わないけど十分動けます。これなら大丈夫。
《無茶しないでよ、睦月》
「大丈夫だって、如月こそ無理しないでよ?」
如月の声に肩を竦めると、無線の奥でくすくすと笑う気配。
《睦月ねーちゃんが言っても説得力ないとおもうなー、航空機に向って距離を詰めるのはかなり無茶だからねー》
《たしかに一瞬、ドキッとしました……》
望月の声に続いて弥生の声。……そこまで無茶したかなぁ。
《ふふっ……私を守ろうとしてくれたのかしら?》
そのタイミングで聞こえた如月の声にドキッとしました。
「べ、別に如月だけを守ろうとしたわけじゃないよ? 艦隊みんなを守るなら攻撃できる時間が長い方がいいから……」
《でもちゃんと陣形は守ってね? 前進していくから見ているこっちはちょっとヒヤッとしたのよ?》
「ごめんなさい……」
《でもありがとうね。おかげでこっちでも助かった》
夕張の声を聞いて少し顔がゆるむのがわかります。役に立てたならよかった……。
《ふふふ……私からもありがとう。睦月お姉ちゃんの姿、かっこよかったわよ?》
「もうっ! 茶化さないでよ!」
《あら、茶化してなんかないわよ?》
うふふふふと続く笑い声に言い返すけど、それが互いに照れ隠しなのは暗黙の了解です。
《さて、もう一度気を引き締めて行くよ、右舷艦隊戦用意!》
そこからの艦隊戦自体はこちらに有利に進んで、川内さんや那珂さんが上手いこと相手の頭を押さえてくれて挟撃できたのが功を奏しました。
《これで……終わりかしら?》
「かなぁ……」
如月の声が無線に乗る。案外あっけなく終わってしまったというのが正直な気持ちだったり。
《……ごめん、こちら蒼龍。天気がさすがに危険域だから航空隊を撤退させます》
《こちら537神通、了解しました。無理を言っての航空支援でしたし、ここまで航空支援をしていただいて感謝しています》
《こちら553夕張、こちらも了解です。帰還時もどうぞご武運を》
周囲は次第に強くなる雨に強風で波が優に3メートルほど、僚艦を覆い隠してしまうほどの波だから結構怖い。
《周囲の海域クリアを確認したわ……これでピーコック岬側も大丈夫そうね》
夕張さんの無線にほっとして如月の方を振り返って……全身が凍りつく感覚を覚えました。
「きさら―――――――!」
叫んで手を伸ばしても手が届かない距離。如月の頭上で反転する艦爆機。機銃の銃撃も間に合わない。
なぜ、なぜ気がつけなかった!
爆音と同時に暗い雨に紅色の柱が反射します。
「そんな、なんで、なんで…………!」
真正面からの波がもどかしい。その波を最速で駆け上がり、頂点に立った瞬間、一瞬、如月の笑みが見えた気がして、直後、如月が波に呑まれる。
「き、如月――――――――――っ!」
「……なんてこともあったわねぇ」
咸臨丸の船内で笑みを浮かべる如月の前で、私も苦笑い。何もこのタイミングで思い出さなくてもと思うのは正直ナイショです。基地を放棄しての撤退戦をした直後で思うところがあるのはわかるけど、出撃終わったタイミングでなんで自分が沈み“かけた”話をするんだろう……?
「またウェーク島攻略作戦があることになるのね。同じ島を三回も攻略しなきゃいけないってなると何かの縁を感じるわね」
「今度こそちゃんと沈まずに完遂させないとね。あんなドキドキ感もう懲り懲りなんだからね?」
「わかってるわよ」
如月は優しく笑みを浮かべながら小声で言った。そしてその笑みが、どこか心に引っかかりました。
「如月……本当にあの時、あれだけだったの?」
「……何が?」
「今だからわかるんだけど……如月の損傷で無事にウェーク島の砂浜に押し流されて助かったっていうのは、少し無理があるように思うのね」
そう言うと一瞬如月の目が揺れました。
「……そうよね。睦月なら気がつくわね。対潜のために潮流の流れや水温まで考えてソナーを使える睦月なら」
「あの時の風向きは南からだし、あの時の波はウェーク島から離れる方向だったよね? なら動力喪失で漂うしかない如月があの海岸につくには……」
それを聞けば如月がクスリと笑いました。
「私がみんなに見つけてもらえるまでの間……何も覚えていないって話したの覚えているかしら?」
ゆっくりと頷くと如月は笑みを深くした。
「あれは半分本当で半分嘘。自分でもはっきりとは覚えてないから幻覚か何かだろうって思ってたんだけど……電ちゃんがヒメちゃんを助けてから、なんとなくあれが本当のことだったんじゃないかって思えるようになっちゃってね」
「あれって……?」
如月は少し躊躇うように口を噤んで、そっと囁いた。
「懐かしい子に……あった気がしたの」
「懐かしい子?」
「夕月……覚えてるでしょ?」
それを聞いてはっとしました。だいぶ前にいなくなってしまった人懐っこい笑顔を思い出して、自然にしゅんと目線が落ちてしまいました。
「忘れるわけ……ないよ」
「うん、私も覚えてる。“前の戦争”だと私達の中で最後まで生き残ってたあの子が、真っ先にいなくなっちゃうなんて、信じたくなかったから……」
如月の声もどこか悲し気で、なおさら視線が落ちてしまいます。そうして見えてしまった睦月型バッチと呼んでいるピンバッチを見て、もっと胸が締め付けられました。金色の三日月型のバッチを作ったのも、夕月がいなくなったのがきっかけで作ったものです。私たちが姉妹艦であることを忘れないように、いなくなってしまった姉妹を忘れないように、“いつか自分が沈んだ時に”忘れないでいてくれるように。
「あの子にあった気がしたの。……仲間を守ろうって気持ちは人一倍だったあの子だから、もしかしたら私のことを覚えててくれたんじゃないかって、そんな気がしてね」
如月の言っていることを信じるなら、如月を助けたのは深海棲艦と言うことになります。これを言ったのが如月じゃなかったら私も信じなかったかもしれないし、ヒメちゃんを電ちゃんが助けてなければ、気のせいの一言で済んだかもしれません。
「沈んだ艦娘が深海棲艦になるって噂、……信じたくなくて、私もあれは幻だって思ってたんだけどね。なんだか、それもあり得るのかなぁって思えるようになっちゃった」
そう言うと如月はそっと私の肩に手を乗せてそのままそっと抱きついてきました。
「ねぇ、睦月。私達、何と戦ってるのかしら? ヒメちゃんを電ちゃんが助けてから、余計なことばっかり考えちゃって……、私を助けてくれたのが深海棲艦なら、わたしたちが戦う相手は……」
ゆっくりと抱き返す。如月の体は少しだけ震えていました。声をかけていいのか、悪いのか……わからないけど、それでもきっといいんだと思いたい。
「……私たち、沈んだら深海棲艦になっちゃうのかなぁ。深海棲艦になって、みんなを襲うのかなぁ」
「大丈夫だよ。沈まなければいいだけの話だもん。ちゃんとみんなで乗り越えていけばいいだけの話だもん」
ゆっくり抱きしめる。やっとあの時のことを如月が話せるようになったんだろう。今はそれだけできっと大丈夫なのです。
「怖かったね。大丈夫、お姉ちゃんがついてる。今度こそ、みんなで乗り越えていこう? 如月は私が守るから」
「うん……うん……!」
怖くて怖くてたまらなかったんだと思う。誰かを怖がらせたくなくて、誰かに嫌われたくなくて、その恐怖を吐きだすことも出来ないままずっとこうしてきたのかもしれない。
「大丈夫だよ。私は如月を信じるし、ぜったいに味方になるよ。だから大丈夫」
如月の肩に回した手をポンポンと叩きながらそういえば、如月の頭が上下しました。頷いたらしい……きっともう声に出す余裕もないんだと思います。
噛み殺した泣き声が、二人しかいない船室に響きます。私も少しだけもらい泣き。
「大丈夫、大丈夫だよ。大丈夫」
ひたすらにそれを繰り返すしかできないけれど、それで如月が少しでも楽になるのなら、きっとそれに意味があるんだと思う。
「大丈夫、睦月がついてるから……今度こそ、みんなで乗り越えよう?」
今度こそ、守り抜く。“みんなで”生き残る。
そう思いながら如月の背中を叩き続けました。きっと今はこれでいいんだと思います。
……はい、アニメ3話を受けての過去話でした。
一番最後の場面は咸臨丸が出てきているのでおわかりになられてる方もいらっしゃると思いますが、第三部のウェーク・ウィークポイント編直後です。
睦月はかなり背伸びをしている子だと思います。
彼女はネームシップ、その記憶を引き継いでいます。特型ロットが出てきてからあっという間に時代に置いていかれてしまった睦月型、それでも前線で戦い続けた睦月型。そんな姉妹を率いるのが睦月です。睦月型と呼ばれるから、紙装甲だったり火力が低かったり燃費が良かったりする睦月型の長女、そうしてそういうレッテルを妹たちに押し付けてしまう立場のようにも思えます。だからこそ睦月は、誰よりも明るく、頼られようと背伸びを続けてしまう。そんな危うさがあるように思うのです。
睦月とケッコンカッコカリをするとその一面が見れるかと……自分も早く生で聞きたいです。
なんだかいろいろ語ってしまいましたね。
でも、睦月はこの作品だと準ヒロイン級だからしかたないね!
アニメでも準主役級だししかたないね!
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次回からはいよいよ第4部の開始と参ります。どうぞこれからもよろしくお願いします。
それでは次回、お会いしましょう。