艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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前半は去年のホワイトデーのおまけ編、後半は書下ろしとなります。

それでは、抜錨


INTERVAL04 救いたいものがあります

□笹原の場合

 

 

「あー、タカ君は結構デスクワーク派だと思ってたのになぁ……」

「そりゃ司令官が悪いでしょ」

 

 背中を丸めて笹原は木に手をついていた。その横に飛び降りてきたのは川内である。木から木へ飛び移りながら逃げていた(もっとも高峰氏は笹原一人に狙いを定めていたためあまり意味はなかった)のだ。

 

「やっぱり“メンゴ☆メンゴ”が駄目だったかなぁ」

「それ以前の問題でしょうが」

 

 じとっとした目で睨めば笹原は頬を掻いた。

 

「まぁ、常識的に考えればホワイトデーの買い出しだよねぇ、青葉の口車に乗った時点で先は見えてるよ」

「よく言う。……わかっててやってたんでしょ?」

「さっすが……よく見ていらっしゃる、川内さんよ」

「本気でトレースすれば司令官なら見つかることなく行ったし、そもそも追いかけなかったでしょ?」

「まぁね。でも気になってたのは確かだよ」

 

 丸めた背を伸ばすと逆に伸びをする。

 

「さってと、後で詫びの酒でも持っていくかな。タカ君、昔の筋も使って最短で助けてくれたみたいだし」

「へぇ、司令官がお酒なんて珍しい」

「そう? けっこう好きだよ。でも私はあんまり強くないけどね。でも“仕事柄”お酒の味と良さぐらいは知ってないとダメだからね」

 

 そういう笹原の顔は川内にとっては見慣れない顔だ。“その顔”は川内の知らない仕事を語るときの顔だ。

 

「そうだ、川内。この後一杯付き合ってよ。君が持ってきてくれた呉鶴を空けようじゃないか」

「私飲んだことないよ?」

「艦娘のあんただから酔っても大丈夫でしょ。最悪修復材叩き込めばすぐ出撃できるようになるんだし」

 

 笹原はそう言って川内の肩に手を回した。

 

「こっちの世界の前哨戦、とでも言おうかな。まぁ話さなきゃいけないこともあるしね」

「無理矢理送り付けたチョコフォンデュのお返しに乾杯、かな?」

「そんな感じだ。委員長とあの子に、祝杯の前倒しといこう」

 

 これは最初からこのつもりだったな。川内はそう思って溜息をついた。それでも口角が上がる。まんざらでもない自分に少し驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆渡井の場合

 

 同刻、呉。

 

「た~いげい!」

 

 後ろから抱きつくようにして手を回してきた司令官に大鯨は冗談じゃなく10数センチ飛び上がった、

 

「ひやぁっ! わ、渡井提督っ! いきなり飛びつかないでくださいよっ!」

「仕事中じゃないから階級も敬称もなしって言ったよね?」

「……わかりましたからっ! 渡井さん、割烹着の中に手を入れようとするのやめてくださいっ!」

「はーい」

 

 普段は優秀な潜水隊司令なのだが、と大鯨は肩を落とす。

 

「それで、渡井さんはどうしたんです?」

「いやなに、今日、3/14は何の日かなぁって」

「……数学の日?」

「なんでそんなマイナー所が出てくるのかは聞かないでおくよ。普通はホワイトデーって言うんじゃないの?」

 

 渡井はそう言うとポケットから小さな箱を取り出した。

 

「じゃあ行くよ」

 

 そう言ってその箱を空中に放り投げ、落ちてきたそれをキャッチする。

 

「どっちだ?」

 

 大鯨の前には同じように握られた彼の両の手が差し出されていた。どちらに持っているか当ててみろと言うつもりらしい。

 

「……では、左で」

「―――――やっぱり大鯨にはかなわないなぁ」

 

 彼が左手を開くとそこには小さなコイン。それが立体の像を立ち上げると小さな箱が現れる。その箱が空中でくるくると回って、かぱっと開くと中から現れるのは……銀の指輪。

 

「よくできたホログラムですね」

「そう? そう言ってくれると嬉しいね」

 

 渡井はコインに触れてその像を消す。そのコインを大鯨に渡してその肩を叩いた。

 

「―――――こういうのは遊びでも男は本気だったりするんだよ?」

「え?」

 

 じゃぁ、しおいたちにもお礼を渡してこなきゃねと彼は去っていく。

 

 残された大鯨は渡されたコインをまじまじと見て裏返した。息をのむ。

 

 

――――――いつか本物渡すから今はこれで勘弁。

 

 

「……もう、提督ったら」

 

 大鯨は小さく笑ってそれを強く握りしめた。金属のコインが自らと同じ体温になるまで、強く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■杉田の場合

 

「よう」

 

 開けっ放しのドアを律儀にノックして杉田は武蔵の部屋を覗き込んだ。

 

「開けっ放しとは不用心じゃねぇか」

「私がいるときにしか解放しないし、とられていいモノしかないのでね」

 

 それに、不届き者に負けるつもりもないしな。と武蔵は笑う。

 

「それでもお前は一応性別女だろうが」

「おや、兵器に性別を付けるのかい?」

「昔から英語圏では船の代名詞はSheと決まってるんだ」

 

 杉田はそう言うと背中側に隠し持ってた箱を取り出した。

 

「それに、兵器は上官に贈り物をしないし、送られた上官はお返しをしようなんて思わない」

「……なんだかんだ言って勝也は保守的だね」

「そうかい?」

 

 杉田はそう言って肩を竦めた。その反応がいかにも杉田らしいと思いながら武蔵は受け取る。

 

「……それで、勝也は何を贈ってくれるのかな?」

「開けてみろ」

 

 それなりにサイズのある箱を開ければ、中には小さなビンやランプ、キャンドルが詰まっていた。シンプルなデザインのそれらを見て武蔵は首を傾げた。

 

「……これは?」

「アロマランプ。知らんのか?」

「アロマ……香油を焚くのか?」

「そこからか……」

 

 武蔵の反応に頭を掻く杉田。

 

「しゃーない。使った方が早いな」

 

 杉田は武蔵の手からアロマランプを取り上げると武蔵の部屋の奥のベットサイドにある小さなローテーブルにそれを置いた。

 

「なぁ、武蔵。お前は兵器としての一面もあるだろう。それでも戦場を離れている間はそれだけじゃなくてもいいんだぜ?」

「……そんな気障なセリフ、どこから拾ってくるんだか」

「いいじゃねぇか。男の意地もあるんだよ」

 

 杉田はそう言うとアロマランプの天板に数滴オイルを垂らした。左手一本でアロマの入ったガラス瓶の蓋を閉じつつ、右手でマッチの箱を取り出した。それを器用に右手一本で擦った。その火をキャンドルに灯す。

 

「オイルはカモミール・ローマンだ。……って言ってもわからんか」

「まぁな」

「だろうな」

「わかってるなら聞かないでもいいだろう?」

「女としての云々というなら、ちゃんとそれなりに気を遣うさ」

 

 杉田は武蔵を手招くとベッドに座らせた。

 

「……リンゴのようなにおいがするんだな」

「カミツレ自体の語源が大地のリンゴだしな」

 

 横に腰掛けて杉田がそう言った。

 

「……香りを楽しむことなんて、なかったからな。なんだか新鮮だ」

「そうかい」

 

 杉田が僅かに笑った。その肩に武蔵が頭を預ける。僅かに驚いたような表情を杉田が浮かべれば、彼女は上目づかいでそれを見返す。

 

「……嫌、だったか?」

「すこし驚いただけだ。……清霜あたりが見たら腰抜かすぞ」

「戦場から離れている時は兵器じゃなくてもいいんだろう……?」

「……まったく、いつからそんな顔を覚えたんだか」

 

 その後は言葉もなかった。ゆっくりと夜が更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇高峰の場合

 

「うぅ……ひどい目にあいましたねぇ」

 

 青葉は疲れ切った顔で自分のデスクに戻ってきていた。

 

「笹原中佐が捕まるなんて予想外でした。これさえなければ今ごろ寝れたんですが……」

 

 笹原を解放するために他の案件を放り出して高峰が対処したため仕事が残っているのだ。高峰はそれを青葉が処理することを条件に不問に処すと言いつけた。

 

「まぁ、楽しいところ見れたんでいいですかね」

 

 青葉は目の前の仕事の量を見て笑った。……なんだかんだ言って自分の上官がある程度仕事を減らしていることに気がついたのだ。この量なら2時間もあれば終わる。

 

「……あれ?」

 

 仕事を片付けようとデスクの引き出しを開けると入れた覚えのないものが入っていた。

 

「全く、高峰さんったら」

 

 小さく笑いがこみ上げる。紙袋に入ったそれにシールで張られたメモには『休息と食事だけは抜くなよ』とだけ書かれている。中身を見れば裸のクッキー。一枚口に含むとホロホロと崩れて砂糖と小麦の素朴な味が広がった。

 

「なんだかんだでこういうところ、嫌いになれないんですよねぇ……」

 

 青葉はそう言って食べかけをさっくりと全部口に含んだ。

 

「さて、さっさと終わらせてゆっくりコーヒーでも飲みながら残りを頂きたいものです」

 

 青葉は1時間半で仕事を終わらせることを決意しながら目の前の書類に向き合った。そして、その通りに仕事が終わる。

 

「……連絡、入れなきゃなぁ」

 

 青葉は上官に通信回線を開こうとするが、発信前に顔をしかめた。

 

「……クッキーのお礼、なんて言おうかなぁ」

 

 そのあたりを考えながらコーヒーを啜る。横須賀の夜には少々熱すぎた。そろそろ春が近い。

 

「……仕方ない、艦娘は度胸ですね」

 

 音声、発信。ノータイムでオンラインになった、正直面食らう。

 

『どうした?』

『クッキーのレビューくらいさせてくださいよぅ、手作りのクッキーなんて手間かけたものが来て正直驚いてるんですよ?』

『手作りのケーキなんぞ渡しておいてよく言う』

『まぁマシュマロが帰ってくることも覚悟してましたしいいんですけどねぇ。ありがとうございました、クッキー。美味しくいただきましたよ』

 

 青葉の電脳に高峰の声が届く。

 

『そりゃぁよかった。……これからもよろしくな、青葉」

『それは、同僚としてですか?』

『ほかに何がある?』

『クッキーの意味、知らない訳ではないでしょう? ――――あなたとは友達でいい、明暗つけない答えですねぇ、高峰さん』

『……間諜同士の恋なんてろくなものじゃないし、万が一は互いに切り捨てられる状況じゃなきゃいけない以上、キャンディを渡すわけにはいかないのでね』

 

 その答えにクスリと青葉は笑みを浮かべる。

 

『……おおっとぉ、これは脈アリですかねぇ、手作りのラングドシャを作った甲斐がありましたかねぇ』

『知らん。……もしそう言う関係になりたいなら、海軍を『退社』してから考えな』

『ひどいですねぇ……水上用自律駆動兵装が退()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『……悪い』

『高峰さん、貴方が揺らがないでくださいよ』

 

 青葉がトーンを一気に変えた。その顔から笑みが消える。

 

『貴方まで揺らいだら、誰が私を公平に見れますか? 清濁併せ呑まざるを得ないこの世界で、貴方は毅然と正義を見つめた。青葉はそのあなたを高く評価しているつもりです。青葉の好きな貴方はそんな貴方です』

 

 無線の奥が沈黙した。

 

『こっちはそんな貴方となら、地獄の果て、それを超えた向こうまでお供する覚悟はとっくに決めてます。もっとも、我々にとっての地獄はひたすら生き地獄でしょうけどね』

『……確かに』

『だから貴方がぶれないでいてくださいね、青葉はその背中を追いかけますので、抜かされたくなければちゃっちゃと前に向けて走ってください』

 

 それじゃぁ青葉はお先に失礼、と言おうとして、緊急のメッセージが割り込んだ。高峰にも回ったらしい。

 

『……コード63とはただ事じゃぁなさそうですね』

『コンディション・オレンジ。状況はオンラインのままにしておけよ』

『了解です。どれぐらいで戻ってこられます?』

『カズのところに寄ってから行く、300秒くれ』

『了解、こちらも外泊パック用意しておきますねん』

『頼む』

 

 通信が切れる。コーヒーを飲み干し、青葉は笑った。

 

「……他の人には譲れませんねぇ」

 

 青葉は強硬渉外用武装(がいはく)パックを用意すべく、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△ただ前に向くために

 

 

 部屋のドアがノックされ、航暉はゆっくりと振り返る。部屋は暗く、廊下の明るさのせいで入ってきた人影の顔は黒く潰されている。

 

「よう、いま時間いいか?」

「お前にチョコを送った覚えも貰った覚えもないんだがな、高峰。なにがあった」

「男にチョコを送る趣味はない」

 

 どこか憮然とした態度で高峰が笑う。開襟の第一種制服の裾が揺れた。少々スラックスの裾が拠れていたり、シャツの襟首がルーズになっていたりしているのを見て航暉は、くつくつと喉を鳴らした。

 

「追いかけっこは楽しかったか?」

「ああいうところを直してくれれば手放しでどこにでも推薦出せるんだがなぁ。しかしまぁ、彼女が生み出した事態もまた、その個体同様にそれの持つ遺伝子の表現型だと考えれば可愛くも思えるだろう」

「ドーキンスのあきれ顔が目に浮かぶな。ビーバーのダムと賭けの胴元を一緒にされたら困るんじゃないのか?」

「それこそ珊瑚虫の生み出すサンゴ礁って言ってやれよ。……電ちゃんは?」

「雷と一緒に出てったよ。明日はデイシフトだしな」

「そうか」

 

 高峰はそう言って肩を竦めた。

 

「万年筆とは高いものを送ったな」

「まぁな、どうしても渡しておきたかった」

「どうしても?」

「俺が俺でいられる保証がないからな。いつ俺が電たちを覚えていられなくなるか、わかったものじゃない」

「……記憶中毒か」

 

 高峰のどこか苦そうな声に航暉は笑う。ドアの上の明り取りのガラスから漏れ込む有機ELの明かりがその笑みを照らす。

 

「電脳化のツケさ。記憶の外部化が可能になってから、ヒトは自らの記憶、思い出すら改竄される危険性があることを、誰もが軽視している。俺もそうだ。そのツケさ」

 

 高峰は何と言葉を掛けていいかわからずにただその先を待った。しばらく待っていると、航暉がその口を開く。

 

「自分の主記憶装置(でんのう)が信じられない以上、自らが自らである記憶を外部記憶装置に託す他ない。役職を示す制服、名前を示すネームプレート、地位を示す階級章……。それらに自らの鱗片を捜し、補完するしかない」

「その鱗片を含む特製の万年筆を電ちゃんたちに送ることで、お前と電ちゃん雷ちゃんとの関係を外部保管しようとしたのか?」

「揮発性メモリなのさ、人間の記憶や思い出は。電力を失えば、消えてしまう」

 

 高峰はそれを聞いて頭を掻いた。

 

「人間はそこまで脆弱じゃないぜ、カズ。あれだけのことがあったがお前は今生きているじゃねぇか。お前がどんな自己喪失状態(アイデンティティ・クライシス)に置かれたとしても現実としての体とそれに悩む心はそこにあるじゃねぇか。全てを疑い、全てが不確かだとしても、その思考の主体たるお前は確かに存在するだろう」

「Ego cogito, ergo sum, sive existo.――――デカルト『方法序説』か」

「アンブローズ・ビアスと言ってくれ」

 

 そう言われ航暉は肩を揺らした。

 

「『我思うと我思う、故に我ありと我思う』か? とっさにそれが出てくるあたり、お前の思考回路も相当偏向しているが、お前にグロテスクアイロニーは似合わないぜ、高峰。……だが、同感だ。人間は長い歴史の中でこんな当たり前のことしか思いつかない愚かな生き物というわけだ」

「夏目漱石『吾輩は猫である』とは、どっちが偏向してるやら。だが生憎俺たちはその愚かな人間だ。お前の記憶がどうであっても、お前がお前自信を捨てようとしない限り、周りはお前のことを月刀航暉と認識し続けることができるはずだ」

「……だと、いいんだがな」

「何を不安がっている、カズ」

 

 天井を仰いだ航暉はそっと目を閉じた。

 

「いつまで俺は電と雷の上官でいられるだろうか。いつまであの子を俺の手で守ってやれるだろうか」

 

 その言葉に高峰は小さくため息をついた。

 

「……ほんと、似た者同士だよな、お前と電ちゃん。互いに不器用すぎる」

「なんだよ」

「恐れるなら対策を取れよ、カズ。お前の電脳は生きてるし、来月からも電ちゃんのトップには変わりない。最低でも数カ月の猶予はあるだろう。その間にできることを探しておきな、カズ」

 

 そう言って踵を返す高峰。

 

「お前、それを言いに来たのか?」

「……今お前が仕事できる状態だったら追加があったんだがな」

「なにがあった?」

六連星(むつらぼし)関連で動きがあったからな。青葉も俺も緊急招集だ。準備室と特調の二重所属は体に堪える」

「おいおい、これからお前はカチコミか?」

「場合によっては、な。9課の永野教官が出張るからまぁなんとかなるだろうが」

「……そうか」

「カズ、2週間後にはお前も前線復帰だ。最低限の心の整理と戻れるだけの体力は戻しておいてくれよ」

「わかっている」

「なら、いい」

 

 高峰はそう言って部屋のドアを開けた。

 

「個体が作り上げたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型たりえる。お前が何を成し、電ちゃんが何を成すか。それがお前らの関係性を示していくんだろう」

 

 半身だけ振り返って、暗い部屋にいる航暉を見る。

 

「だから、恐れてくれるな。どれだけ形が変わっても、どれだけ歪であっても、それはお前ら自身を否定するものじゃない。だから、恐れてくれるな。戻ってこい、カズ」

「……あぁ」

 

 高峰は頷き、ドアを閉めた。

 

「もう、やったらめったら難しい会話してますねぇ。言葉の難解さでごまかしてますけど、思春期ちゃんの自信喪失みたいなもんでしょう?」

 

 部屋の外で待っていた青葉がニコニコ笑顔で高峰の後ろをついて歩く。

 

「言ってやるなよ青葉。カズもそれを承知だ。それでもそうでもしないとやってられないのさ」

「妹さんを3回も失うのは想像を絶する辛さなのはわかりますけど、あそこまで意気消沈するものですか?」

 

 月刀大佐らしくない、と青葉は続け、高峰は肩を竦めた。

 

「普通の人間ならとっくに廃人レベルで狂ってるさ。電ちゃんがいなければカズも楽に狂えただろうが……。良くも悪くも電ちゃんと雷ちゃんがそれを引き止めてる。気が狂いそうなストレスをアレは抱え込んでいるのさ。……それでも、立ってもらわねばならない」

「戦争を終わらせるために、ですか?」

 

 そんなところだな、と青葉に答え、高峰は肩を竦める。

 

「ねぇ、高峰さん」

「ん?」

「カチコミに行く前に教えてくださいよ。……高峰さんはどうしてそこまで月刀大佐の肩を持つんです?」

「仲間だからと言ったら?」

「その仲間の腹を探るのが高峰さんと青葉の仕事ですよぅ?」

 

 青葉の目が細められ、後ろを歩いていた位置から真横に並ぶ位置に立った。

 

「……パンドラの箱を開けることができる人間だからだ」

「パンドラの箱?」

 

 青葉は首をかしげるがそれを気にしないように高峰は進み続けた。それ以上答える気がないのか、高峰は答えない。

 

「……禁忌と知りながら、それを暴くことができる人材、ですか?」

「それがパンドラの箱だと知っていても、パンドラの箱を開けなければ希望が見えないことが往々にしてある。同時にいくつもの厄災を振りまくとしても、その厄災のリスクを知った上でも、パンドラの箱の封印を解かねばならないことがある」

「……高峰さんは水上用自律駆動兵装の出自について話してます? それとも、既に一線を踏み越えた電ちゃんと月刀大佐の関係について話してます?」

「さぁ、どうだろう」

 

 高峰は僅かに肩を竦めて廊下を曲がった。階段を下ればもう建物の外だ。

 

「俺にはそれができなかった。保身と見栄と……そんなものに拘っていてな。最終的には臆病者なのさ」

「蛮勇よりはマシでしょう?」

「蛮勇と豪傑は生きて帰るかどうかだと、杉田は言ったっけな」

 

 高峰がそう言って青葉から制帽を受けとった。それを被る。

 

「……さぁ、仕事の時間だ」

「やれやれ、高峰()()は切り替えが早すぎますよ? 周りもついていけませんって」

「付いて行けない奴は置いていくだけさ。……這い上がってもこれないやつに、掛けてやる言葉はない」

「……ダブルスタンダードって言いません?」

「いや。あいつは這い上がってくるさ。足掻き、血反吐を吐きながら前に進む。それがどんな結果になろうとも、前に進むやつだ。まだあいつに――――倒れてもらうわけにはいかない」

 

 感情を押さえ、思考をフラットに戻すように息を深く吸い、2秒、息を止める。高峰が帽子の鍔を押さえ目深に直した。その眼光に鋭さが戻る。

 

「さぁ――――状況を始めよう」

「了解、大佐」

 

 青葉と高峰が夜の空の元に飛び出した。

 

 

 

 




本当は高峰と青葉の砂糖を吐くような話になる予定だったり、いつか書きたいなぁ、それ。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは、次回お会いしましょう。

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