艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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ベトナムより投稿!

今回は過去話、お気に入り700件突破記念です。
ゲストキャラも登場しますよー

それでは、
抜錨!


PREQUEL 04 Die Walküre――馬鹿と鋏は使い様

 

 

 きっかけはほんの一言だった。

 

「俺たちから基地を守り切れたら、作戦参加者全員に焼肉おごってやる」

 

 その一言で本気になる程度、たかがその程度だが20代の男たちを鼓舞するには十分だった。

 

 

 

 

 これは特上カルビを賭けた、男たちの物語である――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……といっても、勝ち目ある訳? 実際さぁ」

 

 そう言ったのはこの対テロ演習に参加した紅一点、笹原ゆうだ。

 

「相手はあの訓練主任、空挺特科仕込みらしいじゃん。その主任が率いてくるのは日本国自衛陸軍の第13旅団、それもわざわざ伊丹から呼び寄せた第8普通科連隊の第一小隊。言っちゃ悪いけど市街地戦や室内戦闘のプロ相手にたった5人で何とかできるわけ?」

「相手はたったの12人だ。籠城戦だと攻め手は守り手の3倍の数が必要だと言われるだろ? そこから20%も少ないんだ、何とかなるさ」

 

 作業服の裾をブーツに入れ込みながら靴紐を締めあげるのは杉田だ。

 

「そりゃぁあんたは市街地戦経験者の前哨狙撃手(スカウトスナイパー)だからでしょうが。ここにいるうちの3人は民間出身なのよ?」

「そういうあんたは元々陸軍の予備士官じゃねぇか。2.5人だろ」

 

 笹原がそう言われると黙り込んだ。ケラケラと笑うのはすでに作業服をラフに着こなした渡井だ。

 

「もちろん僕はドンパチ要員に入ってないよね?」

「入ってたら動いてくれるんだな?」

「まっさか、SEにそんなことを聞かないでよ杉田クン?」

 

 そんな軽いやり取りに笹原は溜息をついた。そのまま待機室の壁際に流し目を送る。

 

「じゃ、もうひとりの軍人に聞いてみましょ。どう思う? 月刀航暉士官候補生?」

「やれるだけやるしかないだろうさ」

 

 濃紺の作業着に野球帽のような作業帽を目深に被った航暉がそう言った。

 

「要は自信なしってことでいいのかな?」

「馬鹿言え。勝算なくしてメンバーを集めたりはしないさ」

 

 航暉が笑みを送る。

 

「高峰」

「なんだ?」

「お前と渡井がカギだが特にお前がメインになる」

「……本当にアレやる気なのか?」

「問題が?」

「…………いや、いいよ。そろそろ天狗になった教官の鼻をへし折りたかった頃だしな」

 

 高峰が肩を竦めたタイミングでスピーカーにノイズが入った。

 

《特別訓練隊第5班、第一訓練棟中央ロビーへ出頭せよ》

「んじゃ、いくか」

「はいはい。ペイント弾塗れはやめてほしいんだけどなぁ」

「それはお前次第だろ笹原」

 

 彼らが消えた部屋には何も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国連海軍大学広島校―――――通称UNNStaC-Hiroshima

 深海棲艦の脅威に立ち向かうべく設置された国連海軍、その主力兵装たる艦娘――――水上用自律駆動兵装(IDrive-AWS)を司り、海を切り拓く責務を負う水上用自律駆動兵装運用士官(IDrive-AWS Officer)の養成機関である。

 

 一般兵装ではまともに太刀打ちできなかった深海棲艦への切り札である艦娘。それを統べる水上用自律駆動兵装運用士官という役職は全ての海軍に於いて唯一と言ってもいい花形だ。その登龍門たる国連海軍大学校、そこの水上用自律駆動兵装運用士官養成過程はとてつもなく狭き門となっている。登龍門を潜り抜けて晴れて候補生になったとしても毎年平均して3分の2がドロップアウトするような強力な篩いにかけられる。

 そうして残っていくのは強靭な精神と技術を高い次元で備えた猛者たちだ。その試練を潜り抜けてきたという自負と世界を背負って戦うという気概を持つ人材だ。――――――そうしてプライドを高くしていった人材である。軍は強固な階級制度に支えられ存続する。そこに過度なプライドに塗れた人間が紛れればどうなるか分かったものではない。

 

 だからこそ、適度にその鼻を折ってやる必要がある。そのために行われるのが5年目にしてすでに恒例行事となっている“対テロ特別演習”――――――通称“公認リンチ”。

 

 参加は任意、司令部が乗っ取られるという事態を想定した対人テロ演習だ。上手くいけばいつも怒鳴り散らしている訓練主任をぎゃふんと言わせることができるが、上手くいかなければ逆にぼこぼこにされる単純明快な構図。それでも反骨精神溢れるプライドの高い候補生が毎年挑んでは玉砕している。それでも訓練主任に勝ったという栄誉と、噂されている“勝ったら特上焼肉を訓練主任の財布で食い放題らしい”という条件につられて20代特有の若気の至りを尽くして訓練生は挑み続けている。その勝利条件が“らしい”と確証がないところに結果が見えるだろう。

 

 今年は27人が志願、すでに22人が玉砕している。そして最後の班が――――――主席から5位まで雁首揃えて志願した月刀班である。

 

「よう、委員長。ボロボロじゃねぇか。スコアは?」

「Aマイナスだってさ。あんたらにそそのかされて参加してみたらこれだ。全くやるもんじゃねぇよこんなの。教官が成績優秀なのを殴るのはといって手加減してもらってこれだ」

「これだと上位クラスじゃねぇの? さすが守りの東郷」

「守りというよりお守で鍛えられたからな」

 

 その皮肉を受けて高峰が遠慮なく大笑いしながらある男の肩を叩く。訓練服の所々に不健康そうな人口色の緑のペイント弾の後を染みにした東郷(かける)だ。委員長と呼ばれる几帳面さを持っている男だが、情に篤く融通が利くため仲間に引き込んで損はないとは高峰の談である。

 話を聞けばチームで最後まで残って司令室で籠城戦に入ったもののグレネードぶん投げられて終了だったらしい。それでも本格部隊相手に30分近く持ちこたえたのだからさすがのものである。

 

「成績優秀な奴を手加減してくれるならどこまでヌルゲーになるかなー」

「渡井笹原高峰杉田月刀、成績優秀以上に問題児が集まってどこまで手加減されるか楽しみだ。実力120%でくるに大盛券5枚」

 

 それを聞いて高峰がにやりと笑った。

 

「相手の100%がわからないから不成立とか言う気かな、委員長」

「……こういうことなら頭が回るのな」

「お前がお金の絡む賭け事に手を出すより太陽が西から上る確率の方が高いね」

 

 そう言うと高峰が右手を掲げた。

 

「お前の仇は俺がとってやるよ、委員長」

「当てにはしてないけどな」

 

 ハイタッチを交わして分かれる。東郷はその後ろ姿を見送った。

 

「まったく……何を考えてるんだか」

 

 袖口を気にしながら東郷は廊下を進み、男性用トイレに入る。迷うことなく個室に入り鍵を賭けると。袖口を振った。出てくるのは折りたたまれた白い紙。

 

 

 

―――――――焼肉を食べたくないか?

 

 

 

 その書き出しで始まった文章を見て苦笑を浮かべる。

 

「本当に、お前ら何を考えてるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練主任が訓練棟、今は模擬司令部棟のドアを開けると、夜闇の中でしんと静まり返っていた。

 あのガキども、どこから仕掛けてくる?

 主任はサブマシンガンを構えたまま吹き抜けになっている中央ロビーに入り込んだ。11人の部下も入り込み全周警戒を行う。人影見えず、ホールクリア。

 

「――――――ガキどもらしくないな」

 

 主任がつぶやくと部下のひとりが口を開いた。

 

「貴方をそこまで言わせる奴なので?」

「一人ひとりはそうでもないが、集まるとやることなすこと禄でもない奴らだ」

「ほう―――――陸軍出身二名込みでしたか?」

「油断す――――――っ!」

 

 カツンと何か物音がした、主任をはじめ皆が一斉に銃を振る。一瞬だけ影が動いた。

 

「――――――そこだっ!」

 

 主任が走りその後を追う。角に消えたその影を追おうとして角を曲がりこんだ直後、ガツンッ!という大きな音が響いた。同時に見えない壁にぶつかったように主任がしりもちをついた。思いっきり顔面をぶつけたのか押さえた鼻からは血が滲んでいた。

 それを嘲笑うかのように続いているはずの廊下にアメコミ調のひょうきんなキャラクターが浮かんだ。それが笑ったようにひらひらと宙を舞う。

 

「ほ、ホログラムだと……!」

 

 その空間に手を伸ばせばただの壁があるだけだった。空間ホロで直線の廊下を90度まげて見せ、壁に向かって突っ込むように仕向けられたのだ。曲がり角に見えた壁の向こうに廊下が続いている。ゆっくりとホログラムを潜るも、見えたはずの影は姿かたちもない。

 

「舐めやがって……!」

 

 主任が突っ込んだ壁に投影されたキャラクターの満面の笑みが主任を苛立たせる。

 

「物音がした以上、トラップか本人のどちらかがあるぞ」

 

 ゆっくりとホログラムを潜る。その向こうの電気は落とされ、窓のない空間は闇に沈み込んでいた。

 

「さて、どこからく――――――」

 

 ゆっくりと足を前に踏み出した主任の姿が掻き消えた。

 

「た、隊ちょ―――――!?」

「あ、あいつらぁ……」

 

 足元を押さえてうずくまる主任。体が半分ホログラムに埋まっていた。床下の配管点検用のハッチが取り外され、そこにホロが仕込んであったのだ。開口部の縁にはクッションがはめられ、30センチほど落ち込んだ部分にはネットが張られており安全対策も万全だった。それがやたらと主任の頭に血を上らせた。

 

「……監視室!」

 

 ハッチから体を起こす頃には既に主任はお冠だった。

 

「あいつらの居場所掴んでるだろう!? 転送しろ!」

《し、しかし、それは……》

「いいからやれ!」

《……わかりま―――――――》

 

 いきなり無線に雑音が入る。同時に視界も一瞬ぶれた。

 

「で、電脳ウィルス!?」

《あ、害はないので安心してくださいね》

 

 軽いテンションでアナウンスが入った。

 

《監視室へのラインを開いたのは失策でしたね。建物内部の電波は建物内部のルーターを経由する。そうして、我々しかいない建物内部において無線を使うものなんて自分たちの使用帯を除けば全てあなたたちのラインと言うことになる。割り出しは一瞬ですよ、テロリストさん》

「……高峰、貴様」

《兵は詭道なり。内通者によってあなたたちが我々を無効化するつもりなら、こちらにも考えがある》

 

 そう言うと同時に視界を埋めるように“企業広告”が流れ始めた。

 

「んな……!?」

 

 視界を埋め尽くすいくつもの広告。ジュースにお酒にピザにおつまみ……中には描写するのが恥ずかしいような広告も混じっている。

 

《野郎でいっぱいの前線部隊ですからね、こういうのもアリかなあと思いまして》

 

 無線の奥の声はそう言って笑いをかみ殺す。

 

《おい、高峰! これ“本番”のものが一つもねぇじゃねえか!》

 

 そう怒声が無線に乗る。主任はその声を聴いてさらに眉を顰めた。そういう品に欠けるラフプレーが多いのが杉田の特長だったことを思い出したのだ。

 

《あ、確かに。それじゃこれでどう?》

 

 直後に“突撃一番”と書かれた箱の画像がバクでも起こしたかのように大量に現れ視界を覆った。無線の奥が大爆笑。

 

《ちょっとー、女性の存在忘れてない?》

 無線にさらに割り込んだのは笹原だ。もーやだーと言う声は訓練中とは思えないテンションの低さだ。

 

《んじゃ、少しでもマシなようにクラシックでも流す?》

 

 建物内のスピーカーの電源が入ったらしく、通信機以外にも音声が流れ始めた。

 

《なら気分転換でこういうのもいいかなと思います。皆様お聞きください。リヒャルト・ワーグナー作曲、オペラ『Die Walküre』より『ワルキューレの騎行』、指揮はゲオルグ・ショルティ、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏でお聞きください》

 

 そう言うと耳をつんざく大音量でオーケストラの壮大な音色が流れ出した。

 

「き、貴様らぁ! 教官の前でいい度胸だ、首あらって待ってろ!」

《やっと本気ですか、期待してますよ。主任殿》

 

 最後のその声はこの問題児集団を束ねる男の声。―――――月刀航暉が主任の切れてはいけない線を叩き切った。

 

「全員電脳を自閉モードへ変更! トラッシュボムはオフラインにすれば消えるはずだ!」

 

 主任が叫んで小銃に新しい弾倉を叩き込んだ。通信を取りやめれば一気に視界がクリアになる。

 杉田の指摘に広告の塊はすぐに反応した。それはその広告のコントロールが手動で調整されていることを意味する。

 

「隊を二つに分けるがそれ以上の隊の分断は厳禁。必ず集団で対象を撃破しろ!」

「了解っ!」

「連絡は通信機を使用。コード16で暗号化。コードブックは相手の手に入ってないはずだ。電脳回線は開くな、また乗っ取られるぞ」

 

 オーケストラの演奏を前に怒鳴らなければ意思疎通も困難だ。無線機を使うしかない。最低限度の連携はとれるが、傍聴されていると見るべきだろう。

 

(くそ、やってくれる……)

 

 電脳ウィルスで電脳通信を、無線の盗聴で音声無線を、ホログラムで視界を潰し、チームとしての連携を一瞬で瓦解させた。これでは数の利で押し通すことも難しい。それでも負けるわけにはいかないのだ。

 

 主任が一気に班一つを率いて飛び出した。その視界の先で大量のホログラムが浮遊し、空間自体を歪めて見せる。

 

―――――Fair is foul, and foul is fair, However through the fog and filthy air.

 

 そう高らかに笑って見せるホログラムにセミオートの弾丸を一発撃ちこんでみた。当然のことながら弾丸はすり抜けホログラムは依然宙を舞い続ける。主任は壁にある機材―――――そのプラスチックの保護板を叩き割り中のスイッチを叩き込んだ。同時に天井に設置されたスプリンクラーが水を撒き散らす。湿度が上がり、水滴に光が乱反射すれば、空間投影型のホログラムは像をおぼろげにし、文字通りの霧となって霧散した。

 

「行くぞ」

 

 主任がそう呟いて廊下をかけた。

 

「大本の通信回線を掌握するにはその大本のところに枝を付けるいかない。だとしたら少なくとも一人は地下の電信管理区画にいるはずだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、第一フェーズは完了だね」

 

 スプリンクラーで霧散するホログラムを確認して渡井が笑って見せる。高峰はそれを見て肩を竦めた。

 

「それで、本当によかったの? 火災報知機をテストモードにすればもっと長くホロを使えたよ」

「それをしたら第二フェーズができなくなる。銃器をまともに入手できない俺たちが完全防備の奴らを相手にするには道具が必要だ」

 

 高峰が防災情報を呼び出した。火災警報器が始動した結果として建物内の消火栓を示すすべてのマークが黄色―――――使用可(STBY)を示していた。

 

「だが、武器を使うには相手を見つけなければならない訳だが……」

「6人目の班員の登場というわけだ」

 

 渡井がそういいながら外部通信を一つオープンした。彼が高峰にキューを出すと高峰が口を開く。

 

「さて、聞こえてるかな、委員長」

《一体どんな手品を使ってやがる。なんで演習域から秘匿回線が繋がるんだ》

「それは企業秘密だ。そっちは今?」

《焼肉好きの若者が俺含めて10人》

「案外少ないな。まあいい……監視カメラの画像、乗ってるか?」

《スプリンクラーで視界悪いが確認してる》

 

 それを聞いた高峰が笑った。

 

「単純作業で済まないが、テロリストがどこで何をしているかをモニタリングしてくれ。その状況を見て各個撃破する」

《自信の程は?》

「五分五分だが、負けはしないさ」

 

 高峰はそう言って頼むぞ、と言って無線を渡井に取り次いだ。

 

「さて、第二フェーズだ。まやかしはここで終わりにしよう――――――いけ、笹原」

《あいあいー》

 

 第二段階がスタートする。高峰が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚物は……消毒だぁぁぁぁぁあああああああっ!」

 

 そう叫んで消火栓のホースを振るう笹原。実に楽しそうである。廊下の角ではその放水で足止めを喰らっている教官たちの姿があった。

 消火栓の強力な放水能力は教官たちをその場にくぎ付けにすると同時に相手に攻撃を許さない。顔を出すことすら許さないのである。めくら撃ちでどうにかなる問題ではない。そもそも論として廊下の角から動けないのだ。

 

「ちっ。なんとか抜けないのか?」

「抜けたかったら出てきたらいーじゃん!」

 

 笹原がわざわざ声を張り上げた。相手はそれを聞いて苦虫を1ダースほど噛みしめたような顔をした。今の声の音量で笹原に呟きが聞こえるはずがない。それでも答えが帰ってきたと言うことは、秘匿通信のパターンが解析されている。

 

「およ?」

 

 いきなり水圧が弱くなった。拍子抜けするほどに弱くなった。―――――――建物にある複数の消火栓を同時に使用することはできない。それは使用する大本のポンプの出力に限界があるからだ。どこかでスプリンクラーが追加で始動したか、もしくはどこかが破損したか。

 

 その隙を見逃さず笹原を捉えようと相手は一気に廊下に飛び出し、そこで間違いを犯したことを知る。銃の真下に低い姿勢で大男が飛び込んだのだ。

 

 なぜ気がつかなかったのだろうと思わなくもない。

 

 消火栓は常に複数人で使用するものだ。建物についているあの消火栓はポンプの操作弁は壁にあり、ホースを構えた状態では操作できないものだ。

 

 すなわち、笹原のほかに最低一人いることはわかるはずだった。

 

 その後悔を噛みしめながら相手のアッパーを銃で受けようとし、それを掴まれた。そのまま強引に体勢を崩され、足を刈られる。あっけなく大男に吹っ飛ばされた彼は、味方の射線を塞ぐ形でたたらを踏んだ。その彼に容赦なくペイント弾が乱射された。それを受けて教官たちは呆然とその姿を見上げた。その乱射は男たちのどこかしらに命中弾を叩き込んでいた。

 

「あ……!」

「狙撃兵に接近戦で負ける奴がどこにいるんだ? ちょっとは困らせろよ」

「ス、スティンガーキラー……杉田一曹……!」

 

 杉田の姿を認め自衛陸軍所属の男たちは青ざめた。

 

 日本国自衛陸軍第一師団第一偵察隊第二小隊所属、杉田勝也一曹。最前線に飛び込んで、敵の情報を人知れず収集し、正確に相手を叩く技術を叩き込まれた前哨狙撃手。通常の狙撃のみならず、砲の着弾観測やミサイルの終末誘導、EEEIの元となる画像情報(IMINT)の収集などを行うため、砲術や情報術も習得した異端の狙撃手。

 

 仙台で過熱した在日外国人排斥運動。暴徒化した民衆と、それを扇動する反政府武装組織。その構図の中で反政府武装組織を叩くためにはたくさんの情報と脅威判定が必要になる。その最前線に立ったのが杉田だ。彼がスティンガーを持ち出したゲリラを迅速に叩いたことによっていくつものヘリが命拾いした。その成果は作戦参加者の間ではスティンガーキラーの名と共に知れ渡っていた。

 

「残念だったな。一気に6人確保だ」

 

 杉田の勝利宣言を前に男たちは降伏するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、無事に親玉を確保したわけだ」

「その代償に隊員オフィスが“台風”の後になってるわけね」

 

 背中に手を回して縛られた主任を前に笹原が肩を竦めた。月刀高峰ペアが主任率いるチームと接触、戦闘になったらしい。その主戦場になった隊員オフィスが足の踏み場もないんじゃないかと思えるほどに荒れていた。

 

「マジできつかったんだぞこれ」

 

 高峰が腕を振りながら笑った。いくつかの場所が青痣になっている。それはそうである。スプリンクラーで濡れて光る床をキャスター付の椅子やらワゴンやらが疾走し横に倒されたデスクを防弾板替わりにしての撃ち合い、空のリングファイルを投げと新兵教育の後も真っ青な状況になっていた。その代償が打ち身程度で済んだのだから良しだろう。

 

「さて、そろそろ起きてもらおうか、主任に」

 

 航暉はそう言うとしゃがみ込み、主任の肩を叩いて目覚めさせた。最終的に手刀を叩き込んで黙らせた結果だ。もうこの時点でこの演習は成功している。だが、それでは“まだ”足りない。

 

「主任、おはようございます」

「……なんで俺を縛ってやがる」

「実はまだ生き残りが抵抗を続けていましてね。どうかあなたの声で敗北宣言をしてほしいわけです」

 

 無線機を目の前に置いて航暉が笑う。その笑みを見て苦々しい顔をした主任が吐き捨てた。

 

「武力で押さえなければ意味がないんじゃないのか?」

「戦わずに済むならそれに越したことはない。だからこうしているわけですが、一言《我々の負けだ。作戦参加者に焼肉をおごる》と言ってくれればいいだけです」

 

 簡単でしょう?と航暉が演技臭く笑えば主任が黙り込んだ。

 

「……ささ、どうぞ」

「……ノーだ」

 

 その答えを聞いて航暉は至極悲しそうな顔をした。

 

「それは残念」

 

 航暉はそう言うとごそごそと何かを取り出した。暗い部屋に反射するのは……コンパクトナイフ。主任のヘルメットを外してにたりと笑った。

 

「もう一度聞きますよ? 敗北宣言をしてほしいわけですが、どうします?」

「ノ、ノーだっ!」

「やっぱり残念」

 

 折り畳みのナイフの刃をゆっくりと思わせぶりに開いて見せて。鉄兜を避けた先にある髪をわずかに撫ぜる。

 

「ま、まさか……」

「女性の髪は女の命といいますが、クルーカットが主体の男にとってはそうでもないでしょうね?」

「や、やめ……っ!」

「ではいきますよー」

 

 主任の細く長い髪は天頂部の皮膚を守ろうとしていたが、その楼閣をはがし、その根元にナイフを入れた。

 

「~~~~~~っ!」

「とりあえず根元から行きますね~」

「やめろぉぉぉぉおおおおおおおおっ!」

 

 雄牛のような絶叫がこだました。その抵抗もむなしく。ナイフの刃はすべり、その髪を切り取った。

 

「いっそのことバーコードから脱却して河童にした方がいいかと思うんだけどなぁ」

 

 航暉は至極楽しそうにそう言って。どんどんナイフを入れていく。

 

「わ、わかった! 俺の負けだ! 月刀班の防衛成功を認める! 総員状況終了! だから頼むから! 頼むから髪だけはっ!」

「勝利の副賞は?」

「作戦参加者全員に焼肉をおごるっ!」

「ごちそうさまです」

 

 ナイフを仕舞い、縛るのに使っていたバンドを切ると班員全員がハイタッチした、

 

「では、15人分、楽しみにしていますよ」

「は?」

「監視室のログを視れば誰が参加しているかわかると思うので。楽しみにしていいますよ。訓練主任!」

 

 渡井がそう言って部屋を出ていった。スピーカーの音が止んだ。大音量でずっと女神の嘲笑を聞き続けたせいか静寂が耳に痛い。

 

「それじゃ美味しい夕食と洒落込もう。さっさと濡れた作業着脱ぎたいし」

「だよな、濡れて重いし真っ黒だもんねー」

「濡れ烏ってか?」

「濡れてカラスの羽も艶やかに、闇夜に溶けて消えてゆくってか?」

 

 渡井がそう言うと高峰が笑った。

 

「そんな歌あったかな?」

「今適当に作ったよ。あー腹減った」

 

 渡井が伸びをする。建物の外に出ようとして肩を掴まれた。息を荒くし恨みがましい目で5人を睨む主任だ。

 

「遊んだら片づける。子どもでも知っていることだな? うん?」

 

 しばらくはまだ演習は続くらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、焼肉「は」主任の財布で作戦参加者に振る舞われた。5人の濡れ烏はもちろん、“委員長”こと東郷が集めたメンバーも舌鼓を打った。

 

 

 

 

 

 それ以上に高い酒類の請求が回って来て、上位5人が東郷を含む他のメンツから怒りのグーパンを喰らったのは完全な余談である。

 

 

 

 

 





委員長こと東郷さんはエーデリカ先生の『艦隊これくしょん~鶴の慟哭~』より参戦です。過去編で先に参戦になるとは思ってなかったなぁ……。

目指したのはギャグタッチの戦闘シーン。そうなってればいいんですが……。
またいつかこういうの書きたいですね。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から次の作戦『オペレーション・ウェヌス・ウェルティコルディア』を開始します。

それでは次回お会いしましょう。

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