艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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サブタイだけでやりたいことはすべてです。

少し短いですが、抜錨!


第11話_休息・水着

 

 

 

「いやっふぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ちょ、雷! 飛び込んだら駄目だって!」

 

 目の前で水柱が一つ。それを咎める声があるがわずかに遅かった。

 

「……ぷはっ! きもちーわよ! 暁姉ぇも早くおいで!」

「も~!」

「すまない、司令官、妹を抑えきれなかった……」

「元気でいいんじゃないか? ほかのお客さんがいなかったから大目に見よう」

「司令官さんは甘いのです……」

「なら電ちゃんが注意すればいいんじゃないかにゃ~ん?」

 

 みんながみんな好き勝手にしゃべるここはプールサイド、恰好はもちろんプールにおける正装、水着である。

 

「……本当にこれるとは思ってなかったぜ」

「でも勝ったらって約束だったし、勝っちゃったから仕方ないわよねぇ?」

「まぁ、ね……」

 

 決して少なくない額が財布から消えた航暉は笑っていいのかなんなのかわからないまま、あいまいな表情をせざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで航暉たちがプールなんかに行くことができたのか。それにはもちろん理由がある。

 

 演習のはずだった戦闘―――後には下村艦隊電脳汚染事件とか下村艦隊演習緊急戦闘とか呼び名が付いた、その戦闘のせいで司令部が大混乱に陥ったからである。グアム駐留隊のトップが電脳麻薬を使用していたことが発覚し、彼がアクセスしていた情報システムを一時凍結、システム正常化に半日。その際に当直士官が使い物にならずに航暉が指揮を執ってシステム汚染を最小限に食い止めたのだが、越権行為だとして警邏隊の尋問を受けること1日。下村准将の部屋から電脳麻薬が飛び出して来たり、当時の状況がわかってきて、致し方ない行為だったと認められ、何とか解放されたときにはもうヘロヘロになっていた。しかし休む間もなく、今度は軍医からの招集がかかった。作戦指揮所のドアを開ける際に汚染された戦術コンピュータにアクセスしているため、電脳活性のチェックをしなければ軍務に復帰できないのである。そのために数時間にわたって機械に囲まれて検査を強いられた。

 

 そんなことを不憫に思ったのか、グアムの部隊が迷惑をかけたと申し訳なく思ったのかは知らないが、臨時で指揮官に押し上げられた副基地司令がウェークへの資源の追加輸送を申し出たのである。帰りは演習参加艦で長距離航海訓練がてら帰るだけだったのだが、そこに輸送船とタンカーを付ける海上護衛任務に切り替わったのだ。

 

 その輸送船とタンカー待ちでなにもやることのない1日ができてしまい、それならと外出許可がおりた。もちろん、ガイドという名の監視はつくが。その結果が“グアムミルキーウェイリゾート&スパ”での宿泊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泳がないのかい?」

「泳ぐ気になれないんだ、司令官」

 

 航暉はビーチパラソルの日かげの下でどこか暗い顔をしていた響に声をかけた。サイズのかなり大きい白いTシャツを着てデッキチェアに腰掛けていた彼女は司令官を軽く見てから、ついと視線を逸らした。視線を逸らした先ではド派手に水しぶきを上げながら水中追いかけっこをしていた。淡いピンクのフリルのついた水着を着こんだ電と色違いのグリーンを着た雷が協力して天龍をうまく巻いている。暁はそうそうに捕まったのかプールサイドで「の」を書くようにしていじけている。

 

「隣いいかい?」

「司令官は泳がないのかい?」

「泳ぎは苦手なんだ」

 

 テーブルを挟んで隣のデッキチェアに腰掛けた航暉はトロピカルな色合いのジュースを響の前に置いた。

 

「……司令官は怒らないんだね」

「怒らないといけないことなんてあったかい?」

「命令無視をしたじゃないか」

 

 暁とお揃いの帽子を目深にかぶりなおして、響はつぶやくようにそういった。

 

「響には響なりの理由があったんだろ?」

「……もう、誰かが沈むのは見たくないんだ」

 

 俯いた表情は航暉から見えなかったがTシャツの裾を握りこんだのが見える。

 

「司令官は私の船としての記憶を知っているかい?」

「響としてWWⅡを生き抜き、ソ連艦ヴェールヌイとして戦後を走り続け、標的艦デカブリストとして海に沈んだ……」

 

 頷く響。

 

「デカブリストとして沈んだとき、ああ、やっと終わるって思えたんだ。次の瞬間にはこんな体になっていて驚いたけどね」

「そりゃそうだろうな。船から少女だもんな」

 

 航暉がそういって軽く笑うと、黙り込む響。

 

「いろんなことを見てきたよ。いろんな船を沈めたし、仲間を看取ることも多かった。電も私の身代わりで沈んだようなものだった」

 

 心地よい風が吹いて、響の新雪のように軽い髪を持ち上げる。

 

「船はいつか沈むっていうことを知ってたし、戦いの中で沈むのは当たり前だったから、それに疑問を持ったことはなかった。だから……沈んだ船から助けた人がなぜ船を思って泣くのかわからなかったんだ。もしかしたら、悲しむということを理解できなかったのかもしれない。でも、持ち場を交代した直後、電が沈むのをみて、あぁ、こういうことかって思ったんだ。……思ってしまったんだ」

 

 淡々と、ただ淡々と言葉を紡ぐ響。

 

「それからは毎日がつらくて堪らなかった。沈むのを見るのはもういやになってしまって、この姿になってから、何度も船を沈めてきたけれど、そのたびに胃がねじ切れそうになる。……司令官、どうして兵器に感情なんてものを付けたんだろう? 魂なんてものがなければ、こんな気持ちになることなんてなかったのに」

 

「……響、君はもう艦娘だ。単に使われるだけの艦じゃない」

 

 言葉が見つからなくとも、それでも声をかけなければならない。

 

「君は優しくて、強い」

「そんなことないよ、司令官」

「いいや、そうだ。そうじゃなきゃ魚雷の前に飛び出すなんてできっこないだろう。でもね、響。視野が少し狭くなってるかな?」

「視野が、せまい?」

 

 航暉は頷いてその瞳を見つめた。

 

 

 

「君が感じた苦しみを、電たちに背負わせることを君はよしとするのかい?」

 

 

 

 返事は返ってこない。きっと、それが答えだった。

 

「生きるってことはそれだけで十分に苦行だ。時には死がとても甘美に思える時もある。俺だって何回もあった。……それでも生きててよかったと思えることが沢山あった。電たちに出会えたことだってそうだ。もちろん君に会えたのもそうだよ、響」

 

 デッキチェアから立ち上がって響の横にしゃがみ込む。そのまま響の頭を抱き込んだ。驚いたように体が震えたが、それを無視して抱きしめた。

 

「死に急いてくれるな。俺や電たちには信頼できる仲間が必要なんだ」

 

 そういうと腕の中でこくんと頷く気配がした。

 

「あーズルイ! しれーかんが響といちゃいちゃしてる!」

 

 プールの中から姦しい声が響く。そちらを見るとぴょんぴょんと跳ねながら顔を赤くして指をさしてくる雷とその横で目を丸くしてる電。

 

「とりあえず、謝りに行ったほうがよさそうだね、司令官?」

「……これで一緒に遊ぼうとかくるとなかなかハードだなぁ」

 

 響は航暉の腕の中から抜け出すとおもむろにTシャツを脱いだ。水着になるとなぜか暁が叫び声を上げる。妹分二人も顔を赤くした。

 

「く、黒のマイクロビキニ……!」

「大人っぽいのです……!」

「響がそんなオトナな水着を買ってたなんて……!」

「司令官、似合うかい?」

「え? あぁ、少し驚いたけど、似合ってるよ」

 

 しどろもどろになりながらそう返すと、響が初めて満面の笑みで笑った。……ような気がした。すぐにクールないつもの調子に戻ったが。

 暁と雷、電が互いに目配せをした後どこかに視線を集めた。航暉はその視線の追おうとしたが目線を上げる前に襟首をつかまれ引きずられる。タイル張りの床にすれてなかなか痛い。

 

「おさわりは禁止されております♪」

「え? ちょ、龍田さん!? 俺泳ぐの苦手なんだって、ちょっとぉぉおおおお!?」

 

 特大の水柱が一つ。大の大人が一本投げの要領で投げられたらもちろんそうなるにきまっている。

 

「……ぐぁっ! ちょっ! いきなり! 投げるとか! あんまり!」

「……あれ、ほんとに泳げないのです?」

「だから! そういった! だろ!」

 

 電たちが互いに見つめあうこと数秒、それは状況を理解するのに必要な数秒だった。その間に、水を飲むようながばがばという音が空しく響いた。

 

「はわわわわっ!」

「しれーかーん!」

「お、おい大丈夫か!?」

「あらら~、うふふふふ」

 

 

 

 

 その一分後、プールサイドに力なく横たわる航暉の姿が見られた。

 

 

「お前あんなに水上戦闘の指揮がうまいのに泳げないのな……?」

「天龍、笑いたいなら笑えよ。笑いこらえて顔変なことになってるぞ」

 

 そういうと遠慮なく馬鹿笑いをし始める天龍。黒のビキニのフリルが揺れる。

 

「もー笑ったらかわいそうです」

 

 そういうのは白のワンピース型の水着を着た睦月だ。水色のセパレートを着た如月が彼の横に寄り添った。

 

「如月が泳ぎ方教えましょうか」

「いや……今度にしよう。今は休みたい」

「見事に溺れてたものね~」

「おい加害者」

 

 航暉が弱々しく睨むが龍田は涼しい顔だ。白のビキニにブラウンのパレオを巻いた龍田はにこりと笑った。

 

「純粋な子どもを抱き込んで何するつもりだったんですかね~」

「人聞きが悪いぜ龍田……」

 

 そろそろ息が元通りになってきた航暉が起き上がる。

 

「なぁ、響。その水着どこで買ったんだ?」

「みんなと同じホテルの売店。天龍さんも知ってると思うけど、それがどうしたの?」

 

 天龍の質問にさらっと無表情に答える響。布面積の極端に少ないマイクロビキニ……もう紐ビキニと言って差し支えないそれを着た彼女は皆の恰好を眺める。……すこしはしゃぎすぎただろうか。

 

「いや……暁のちんちくりんがなにか言いたげにお前を見てるから代弁しただけだが……」

 

 言われてみれば暁は響から距離を置いたまま顔を真っ赤にして口をパクパクしているだけだ。白を基調にしたセパレートの水着を纏った体がわなわな震えていた。

 

「な、なななな……なんで響のほうが先に大人な水着着てるのよー!」

 

 暁の中では大胆な服装ができる=オトナという図式ができているらしく、ネームシップとしての威厳だとかなんだとかがごちゃまぜになってオーバーヒートしたようだ。

 

「暁も着るんだから!」

「ちょ、姉さん?」

 

 そういって響に跳びかかる。どうやら響のものを奪ってでも着るつもりらしい。

 

「司令官さん! 見ちゃダメなのです!」

「ごふっ!」

「しれーかん!? ちょっと魚雷フルスイング電! なんでしれーかんをプールに叩き落としてるのよ!」

「ごめんなさいなのです! でもおっぱい魔神雷お姉ちゃん、そのあだ名は撤回してほしいのです!」

「なにおぅ!」

「あ、あの……早く司令官を助けないと……」

「まぁ、いいんじゃないかしら~」

「よくねぇ! おい月コンビ、手伝え!」

「……主砲も魚雷もあるんだよ?」

「おい睦月! 司令官を殺す気か!?」

「ここで看病すれば如月のそばにいてくれる……?」

「あぁもう、なんでこの部隊は馬鹿ばっか……!」

 

 

 

 結局航暉を助けたのは天龍ただ一人で、天龍の苦労人スタンスが確立したのである。

 

 

 




響って大胆な水着似合うと思うんだ(迫真)

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
今回の演習編はこれで一区切り、次のステップに入ります。

それでは次回お会いしましょう

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