艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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どうも、本編も更新していきます。
大変お待たせしました。今回はかなりの問題会だとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。

それでは、抜錨!


ANECDOTE035 聞きたくないよ

 

 

 個人用端末が反応したことで笹原は微睡から叩き起こされた。あすかの女性用士官室は二人部屋だが現状で女性士官は笹原一人のため、個室として使っていた。そこに設置された二段ベッドの下段で通信を開く。

 

「あいあい、このタイミングで貴方から連絡ってことはよくない兆候かな?」

『君にとってはそうかもね。私にとってはどちらでもまぁいいんだけどさ。仮眠中だったのかい? 少々眠そうだけど』

「こっちも持久戦の様相を呈していてね、交代要員として休憩中よ。さっさと寝たいから用件をどうぞ。どうせオペレーション・グロリアーナ関連でしょう。このタイミングってことは」

 

 戦闘時に着用する濃紺の作業着の前のボタンを止めながらそう言う。仮眠のために脱ぎ散らかしたままのズボンをつま先で引き寄せる。

 

『ご名答、さすがスクラサス』

「心にもない称賛をどーも。で、何があったの?」

 

 電話の奥がくつくつと笑った。裏返ったままのズボンを元に戻しながら笹原は男の言葉を待つ。

 

『無線封鎖した一帯にアクセスしようとするラインがあるんだが、その出どころが妙なんだよ』

「……要領を得ないわね。簡潔にどうぞ?」

『セカンドドメインが.nv.unだった』

「……国連海軍の正式な命令系統でのアクセスが検知されたって言うの?」

 

 手が止まった。

 

『さぁ? でも.nv.unが使用できるのは国連海軍だけだ。国連海軍が発信したと見てほぼ間違いない』

「確かなんでしょうね、それ」

『高峰君も確認したらしいよ。非公開審議の上(クローズド)での判断ではあるが、極東方面隊が“正式に必要を認め”、オペレーション・ウォルシンガムの実行命令は“正当な手段で発動した”ということになる。それがどういうことか、スクラサス、君ならわかるだろう?』

 

 笹原は息を吐き切り、二秒間、呼吸を止める。頭が冴えてくる。

 

「オペレーション・ウォルシンガムは元々特設調査部が撒いた偽の作戦情報(フェイクカバー)。作戦内容はそれらしく取り繕われているけれど、到底許可が下りるような作戦じゃない。それを通常のセキュリティで撒くことでグラウコスを釣り出すことが目的だった」

『だが、その作戦は()()()()()()()()()()()()()認可され、動きだした。……オペレーション・グロリアーナの存在をを知らない誰かによって、ね』

 

 通信の奥の声を聞きながら情報をまとめていく。

 

「オペレーション・グロリアーナの概要は電子処理では追えないよう、徹底的にアナログに処理を行う事で秘匿されてきた。グラウコスがいくらネットの妖精であっても、電子空間に存在しなければ見つけられることは無い。しかし、それは逆に一般将校であってもその作戦を知りうる可能性は跳ね上がる。なにせ物理空間を命令書やら何やらが飛び交うし、電子通信を使わない以上、連絡員が頻繁に飛び交うことになる。その痕跡は容易に追いかけることができるから、どういう内容か推測するのも容易い。現に私が概要を掴んでいるわけだし」

『そうだね。でも、正式に許可を出したトンチンカンはそれを知らなかった。そこから導き出される可能性はただ一つじゃない?……対人で収まっている情報には疎く、電子空間の情報に頼り、国連海軍の正式な命令系統に組み込まれて、かなりの権限を得ている存在』

「……そして、些末な人員の動きを把握できるような下級士官ではない。ソレに報告があげられる段階でその人員の動きは省かれていなければそこから推測できるはずだ。それができなかったということは、上層部も上層部、極東方面隊総合司令本部(UNNFEGHQ)レベル」

 

 笹原は一瞬言葉を止めた。浮かぶ答えはただ一つだった。

 

「――――――中央戦略コンピュータ(CSC)

 

 口にした言葉の苦さに笹原は黙り込む。

 

『そういうことだね、そっちはスキュラの管轄だっけ?』

「一応私も噛んでるわよ。まったく、面倒なことになったわね。それで? 正式に命令が出たってことは動いているのは公的(オフィシャル)な部隊かな?」

 

 その問いに無線の奥はどこか上機嫌そうに笑う。

 

『聞いて驚けDD-MT01だそうだ』

「睦月ちゃん……なわけがないか。第零世代(プロトタイプ)のほうかな?」

『実行犯三人のうち二人がそれぞれ松型駆逐艦一番艦松とその二番艦竹の骨格データと合致したってさ。戦没したはずなんだけどねぇ。残ってたわけだ』

「白々しくない? あたしでも手に入るレベルの情報よ、それ。どんな任務に就いてるのかとかは知らないけどさ、朧げながら松型の天下り先は掴んでるわ」

『ほー』

「500特戦隊。設置経緯も不透明だし、最近は特戦隊のトップが独走してるのか、そこの上位組織がトチ狂ってるのか知らんけど、重要とは言い難いレベルの場所に投入されてる部隊ね。表向きは存在しないことになってるけどさ。貴方なら掴んでるんじゃないの? 井矢崎莞爾少将殿?」

『私も名前ぐらいってところかな』

「去年のグアムの電脳汚染事件で麻薬を売りさばいてたバイヤーを過剰なまでにぶっ叩いたのもあそこらしいってのは知ってる。血塗れの仕事(ウェットワークス)請け負い専門かと思えば、変な海域まで出しゃばってくるし、諜報もどきもやってるし、運用方針がよくわからない謎組織っていうのが内閣情報準備室(ウチ)の判断ね。警戒度もそこまで高くない。少数精鋭って言えば聞こえがいいけど、メインの構成要員は6+αしか確認されていないような小規模組織だ。有澤重工がなんか後ろにちらついてるけど、どれだけ装備を整えたところでオペレーターが家族経営レベルの人員規模じゃあ、オペレーターの能力を超えて機能不全になるわよ。そんな小さな組織でそこまで幅広くやろうとしたらいい様に使われてトカゲのしっぽにされて終わりじゃない?」

『手厳しいね。さすが同業者というところかな』

 

 ズボンに足を通しながら、笹原は鼻で笑った。

 

「喧嘩屋や殺し屋なら十分だけど、それ以上をやるには組織基盤が貧弱すぎるってことよ。小さい組織って言われてる内閣情報準備室(うち)だって300人態勢。協力者を含めると4000人以上の人員を抱えても人員不足がヤバい。人員一桁だとまともな作戦も実施できないレベルね。それこそ鉄砲玉としてどこかに送り込まれるか、お使い程度の実りの少ない仕事か。はたまたどこからも相手にされないから自由気ままに動けてるか……まぁ、そのあたりは知らないし知りたくはないわ。そんな規模の組織で現体制を揺るがすようなことは起こり得ないから必要ないわね」

『君は妙に貶すね。小規模組織ながら軍の裏仕事を任される程の人材だ。もっと評価があがっててもおかしくないと思ってたんだが』

「結構正当な評価だと思うけど? どんなに少数精鋭でも物量戦には勝てっこない。太平洋戦争でもそれは証明されたでしょ? それは物理戦でも情報戦でも一緒。玉石混交の情報を集めて、初めて使える情報(インテリジェンス)は生成される。情報不足だったら確証バイアスをはじくこともできはしない。量がなければ始まらないわ。それは貴方の方がよーくわかってるんじゃなくて?」

『なら、君が肩を持つ月刀准将はどうなんだい?』

 

 まるで用意していたかのようにすぐさま質問が飛び出してきた。

 

「月刀航暉は脅威となりうる。それは戦闘指揮の能力が突出しているからでもなく、戦果が華々しいからでもない。彼の真の脅威は陸海双方に繋がる人脈であり、月詠家の繋がりを考えれば潜在的に三軍すべてに影響力を与える可能性があることだ。厄介なことに彼はアジテーターとしての類稀なる才能を開花させてしまった。その結果として50を超える水上用自律駆動兵装を私兵化できるだけの影響力をもった。それは物量戦にも対抗しうるだけの頭数が揃ったことを意味する。そんな彼が牙を剥けば、国連海軍とその背後にいる日本国(われわれ)には無視できない損害が生じるだろう。それを看過はできない」

『やたらと饒舌じゃないかスクラサス。口数が増えるということはなにかを取り繕おうとしている証拠だ』

 

 通信の向こうで笑った気配。ズボンのベルトを締めて笹原は努めて言葉の色を抑えた。

 

「そうね、同族嫌悪とでも何でも思ってるといいわ」

 

 向こうはそれには答えずに話題を戻した。苦々しいのを見越したような含み笑い、それを聞いて笹原は小さく舌打ちした。

 

『それで、どうするんだい』

「別に何も? 捕まえられるかどうかは別として、クリリスクには永野大佐が出張ってるわけだし、とりあえずは何とかなるんじゃない?」

 

 ベッドから腰を上げて笹原はそういう。

 

『案外楽観的なんだね? 合田少佐の命や阿武隈とかも危ないかもしれないのに』

「戦略的な重要度で言えば合田少佐はそこまで重要な人材じゃない。だからこそ疑似餌もどきを容認してるわけだしね。阿武隈を失うのは避けたいけど、向こうには神通とかも出張ってるわけだし、なんとかなるでしょ。……もういいかしら?」

 

 そういって一方的に通信を切る。笹原は一人溜息。

 

「さて……と。井矢崎少将も人が悪い。わざとホールデンに聞かせたな?」

 

 電子的に処理されてはならない内容を井矢崎少将は電脳通信で報告してきた。ついうっかりというわけではあるまい。

 

「食えない人だよねぇ。本気でホールデンの味方になる気はないくせに」

 

 笹原は頭を掻きながら部屋を出る。

 

「ま、どっちでもいいか。永野教官がなんとかするでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き千切らんと飛び出してきた鉤爪を青葉は重心を後ろにずらすことで避ける。その爪が裂いた空気が前髪を数本散らす。

 

「……どうも分が悪いですねぇ」

 

 いつもの笑みは消えていた。手にしたサブマシンガンのセレクタはオートで固定したまま、2~3発ずつ連射。目の前の獲物は牽制のように放たれたそれを四足でひらりひらりと躱していく。

 

「いつものようにはいかないようですね」

「そりゃあ、普段四足の獣となんて相対することなんてありませんからね」

 

 神通の声に青葉はそう淡々と返した。互いの射線を潰さないようにほぼ横並びで銃を放つ。執拗に青葉をつけ狙う相手に神通は歯噛みした。

 

「獣の心、でしょうかね」

「難易度の低いほうからってことでしょうかね。強敵(メインディッシュ)認定おめでとうございます、神通さん。数分かもしれないですけど青葉よりは長生きできそうですよ」

「死ぬ気はさらさらないくせに」

「当然」

 

 そのタイミングで一度距離を取っていた相手が飛び込んできた。青葉に頭突きをかますように突っ込んできたそれを青葉は左に飛ぶようにして避ける。

 

「くぁっ……!」

 

 右足を抑えて青葉が蹲る。少し体を引っかけただけでかなりの部位を持っていかれる。

 

「青葉っ!」

「動いちゃダメですっ!」

 

 とっさに青葉を守るように飛び込もうとした神通を言葉で止める。その鼻先を黒い影が走った。あのまま飛び込めば神通の上半身が消し飛んでいたはずだ。だが、神通はそれを喜ぶことはしなかった。その黒い影は青葉めがけて突っ込んでいるのだ。青葉は左腕をかざす。そこに向けてソレが突っ込んだ。

 青葉の体がアスファルトの上を滑る。生身の身体ならありえないような火花が青葉とアスファルトの間で散った。青葉の左腕を噛みちぎらんと咥えたまま、猛スピードで青葉を引きずっているのだ。

 

「―――――ああああああああああああああああっ!」

 

 青葉が叫ぶ。右手のマシガンを捨て、その手を相手の首の後ろに回し、叩きつけた。

直後、青葉が振り落とされるような形で地面を転がった。

 

「……まったく、猛獣相手は苦労しますね」

 

 アスファルトのヤスリで服などを削り取られて痛々しい姿の青葉がゆっくりと体を起こす。その横に神通が並んだ。

 

「無茶しすぎですよ、青葉。―――――何をしたんです?」

「人間の頭は四足で行動するようにはできてないんですよ。四つ足に人間の頭は重すぎる。首が細すぎて支えられない。あの速度で行動するのはどだい無理な話、いくら外部骨格でサポートできるとはいえ、どうしても無理が生じる」

 

 そういって青葉はセーラー服の襟ぐりから手を差し入れた。そこから拳銃が顔を出す。

 

「高速移動中に頭を振るような急激な動作をすれば、強烈な負荷が首にかかる。だから頭を無理矢理振らせました。……神通さん」

「なんでしょう?」

「一瞬でいい。アレの動きを止めてください」

「無茶言ってくれますね……っ!」

 

 それぞれ左右に一歩ステップ。その間を相手が突き抜ける。

 

「……っ」

 

 神通が呻く。

 

「なるほど、尻尾はマイクログラスファイバーですか」

「あの速度で掠ると腕はぱっくり切り裂かれる訳ですね。まだ戦えますか神通さん?」

「戦えないと言ったら?」

「逃げますね」

 

 左上腕から流れ出した赤く着色されたマイクロマシン溶液の流れが止まる。魚雷発射管を赤く染め、神通はそれを気にするような動きを見せた。青葉はそれを目の端で捉えつつ、戻ってきた敵に向けて引き金を引く。それを気にせずに敵は前進。

 

「なら逃げるぐらいの時間は稼ぎましょうか」

 

 青葉の前に出るように神通が前進、左手に持った短刀の鞘を前に突きだす。相手の尾はそれを難なく切り裂いて、神通の額を貫かんと加速する。

 

「甘い」

 

 軽く顎を引き。首をひねるようにしてそれを躱す神通。その鉢金を止める海松色の鉢巻をすり抜ける。蝶結びにした鉢巻を神通が一気に引き絞れば、蝶の羽をなす輪を貫通した相手の尾を引き止めた。

 相手が驚いたような気配。まさか尾の動きを止められるとは思わなかったのだろう。水上用自律駆動兵装の装甲となる専用戦闘服ならばある程度の衝撃には十分耐えられる。あまりに細い刃や針のようなものに対して効果は薄いが、それでも数刹那は保つことはできることを相手は計算に入れなかったらしい。だが、それを説明してやるほど神通はお人よしではなかった。

 魚雷発射管を作動。四足の間に落とす。相手の尾を小刀で両断、跳躍。相手の背に乗った直後、魚雷が爆裂。

 

『――――――っ!』

 

 相手の悲鳴のような音が聞こえたが神通はそのまま右手の刃を反し、相手の首筋に突き刺す。

 

「これでも通りませんか」

 

 装甲に刺さって抜けなくなった小刀を諦め距離を取る。青葉が呆れたような表情で立っていた。

 

「普通魚雷を手榴弾替わりにしたら真っ先に逃げましょうよ。貴女が盾にしたそれはロデオマシーンじゃないんですから」

「あれだけ装甲が厚ければ十分遮蔽物になります。下手に距離取るより安全でしょう。それに動きを止めろと言ったのは貴方ですよ」

「破片で顔中切り傷まみれにしていいますかそれ」

「想像以上に破片が飛んできて驚きました。銃撃で一切ダメージが入らないような装甲とあの機動性は両立できるはずがない。必ずどこかに装甲が薄いところが存在する。だとしたら四足で守られた腹部だと思ったのですが、案外厚みがありましたね。ある程度刺さると思ったのですが」

 

 神通は軽く笑って右腕に付けた砲門を稼働させた。

 

「ですが、装甲は抜けなくてもその衝撃は装甲を抜けて内部に抜ける。あの装甲の中で苦悶に顔を歪めてるはずですよ」

「そうじゃなければ困ります。―――――そろそろ、ケリをつけますか」

 

 青葉もリロードを終え拳銃を構え直した。

 

「もう一度問いますね。投降しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声を桃は装甲の中で息を荒くしながら聞いていた。

 

 バカにされた。イライラする。むしゃくしゃする。痛い。辛い。

 

『負けたくないのはわかりますが、これ以上抗っても無駄ですよ。すでに勝負はつきました。脱出することもできないでしょう』

 

 二水戦、神通の声。どこか諭すような声色が神経を逆なでする。

 

『まぁ、この子を置いていくなら別ですけどね』

 

 顔を上げた、首筋が痛い。装甲で止まったはずだが痛みが残っている。なぜだ。QRSコネクタの近くを狙われたからか。それでも顔を上げた。息が止まる。

 

 

 

―――――松おねーちゃん?

 

 

 

 青葉が笑うその隣に見覚えのある女の姿があった。後ろ手に縛られていて目はガラス玉のようで、どこにもピントが合っていないようだ。

 

『さっき言いましたよね、スナイパーさんをこちらが押さえたって。今更何を驚くんですか?』

 

 痛みが残る体を引き起こす。助けなきゃ。

 

『おや、まだ抵抗しますか。抵抗しないなら営倉にぶち込んだ後の待遇の改善も考えたんですけどねぇ』

 

 青葉が笑う。その顔に向けて飛びかかる。お前らさえいなければ。お前らさえいなければ。

 

「――――――――――――――――っ!」

 

 獣の雄叫びで自らの心を奮い立たせる。そのまま跳躍。

 

 

 

 松おねーちゃんにこんなことにするような悪いやつは――――――死んじゃえ。

 

 

 

 青葉が逃げようとするがもう遅い。その首を容赦なく弾き飛ばす。その場に残った首が膝をつく。それから気がついた。あぁ、不要な殺傷は避けるようおにーちゃんに言われてたんだっけ。

 

「――――死んじゃったかな」

『なるほど、貴女からは青葉が死んだように見えるんですね』

 

 吹き飛んだ生首が笑った。

 

『でも、殺したのはだれなんでしょうね』

 

 全身義体なら電脳を破壊されない限り死なないことも多く、電脳通信ならば意志を伝えられる場合も多い。だから桃はそれに注意を払っていなかった。―――――その顔が松のそれに切り替わるまでは。

 

「え、な、なん……でっ!?」

『どうしました? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 青葉の声がするが、青葉の姿はない。神通は声すらしない。代わりに松の義体だけが地面に転がっている。その生首が笑い、言葉を紡ぐ。声すらも松のものに切り替わっていく。

 

「え、あ、ああっ」

『――――――幼いですね。この程度で我を失うとは。意思が弱すぎますよ、桃』

 

 どこか諭すような声が響く。

 

「ちがう、そんなはずじゃ……なんで、なんで……っ!」

 

 青葉の姿を探して首を振る。何処にいる。

 

「松おねーちゃんを、おねーちゃんを返して……」

『返しても何も、私の首を跳ね飛ばしたのは桃でしょう?』

「ちがう、私じゃない! 私じゃない……私じゃ……」

『でも、あなたが跳ね飛ばした』

「違う、コレは松おねーちゃんじゃない……私じゃない……違う……!」

『わかりますよ。私のことを不気味に思っている。目の前に倒れているのが誰なのかわからないでいる。ただ不気味で、怖い。目の前に転がっているものが、本当に生きているのか死んでいるのかわからないでいる』

 

 横になった生首が起き上がり――――桃を見て微笑んだ。

 

『外見上は生きているように見えるものが本当に生きているのかという疑惑、その逆に生のないものが本当は生きているのではないかという疑惑。……人形の不気味さはどこから来るのかといえば、人形は人間のひな形であり、それは人間自身に他ならないからです。人間が簡単な仕組みと物質に還元されてしまうのではないかという恐怖。それ即ち人間というものの属性が本来虚無に属しているのではないかという恐怖。生命というものを認識しようとした科学もこの恐怖の醸成に一役かうことになった。自然現象が簡単な法則の集合体であるということを証明することは人間もまた簡単な法則の集合体であることであることを証明することと同義だからです』

「なにを、言ってるの……わかんないよ……!」

 

 声がどんどん機械的なノイズに塗れていく。目の前のソレは……アレは……彼女は……誰だ?

 

『人体は自ら発条を巻く機械であり、永久機関の生きた見本である――――18世紀の人間機械論は電脳化と義体化によって再び蘇りました。我々水上用自律駆動兵装はその一つの終末の形。生身の人間が我々を人間だと認めようとしないのは、それを認めた段階で自らも機械であると認めることに他ならない――――誰かが人形と見るからこそ、私も、あなたも、ここにいることができる』

「違うよ……! おにーちゃんもおとーさんもそんなこと言わない……!」

『言わないだけで、思っていない証拠はどこにもないでしょう?』

「もう、聞きたくない……聞きたくないよ……どうして、松ねーちゃん……」

 

 答えの出ない問いに桃は膝を折った。

 どうすればいいのかわからない。ただ、考えることをやめたかった。

 

 私は、松は、あの人は……。

 

「もう、聞きたくないよ、何も……」

 

 それでも、思考はどうにも止まってくれなかった。

 

 

 

 

 外部制御で装甲を解放すると中からは汗だくの少女が出てきた。

 

「……骨格照合完了。やはり零世代の松型“桃”ですね」

 

 神通はその子を抱きかかえるようにして装甲の外に出した。その顔を覗きこんでどこか暗い顔をする神通。

 

「青葉、聞きますけどやりすぎではないですか?」

「これでもちゃんと加減してますよ。特調六課謹製の防壁迷路のストックの中ではある意味一番ソフトなものを組んでます」

「……思いっきり目の焦点が合ってないですし、息が上がるようなプログラムが一番ソフトなんですか?」

「思考がループするだけで良くも悪くも死ねないように作ってますからね。これで情報を引き出せなければレベルを上げていくことになるんですが、まぁ今は動きだけを封じれればいいのでここで止めといていいでしょう。自殺されないように後ろ手に拘束してQRSプラグのあたりを確認してくださいね。自分で脳を焼き切られたらことです。ボディチェックで全部ひん剥きたいところですが、捕虜とはいえ少女を外で裸にするのはやめておきましょう」

 

 そう言ってポケットから結束バンドを取り出そうとして青葉は眉をしかめた。その様子を見て神通は苦笑いだ。

 

「……その傷だと電脳以外総とっかえかもしれませんね」

「神通さんも似たようなものじゃないですか。左腕繋がってるのが奇跡でしょう?」

「……青葉も右半身ズタズタですからね」

 

 そう苦笑いをしたタイミングで路地からひょっこり影が顔を出した。

 

「終わりましたか?」

「永野大佐が応援に来てくれないから、青葉、もうボロボロじゃないですかぁ」

「君たちで辛勝がやっとの相手でしょう? 私ではどうにもなりませんよ」

 

 永野大佐が杖をつきながら寄ってくる。両手と両足の親指を拘束され正座状態で拘束させられた桃を見て眉をひそめた。

 

「防壁迷路でバッドトリップ中ですか? 青葉、ルートは?」

「チャーリー011です」

「……それで効果がここまで出るとは、いやはや。仲間への信頼がよっぽど強いのか、ガラスのハートなのか、少々判断に困りますね」

 

 後ろから追いついた阿武隈が青葉たちの様子を見て「うわっ」と悲鳴じみた声を発した。横を歩いてきた正一郎もどこか顔が青い。

 

「どうされました?」

「どうされましたもなにも、ひどい怪我ですけど……」

 

 正一郎の声に神通は軽く笑った。

 

「大丈夫ですよ。義体の大部分は交換になるかもしれませんが、電脳に問題は無いので大丈夫です」

「やっとこの義体も使い込んで慣れてきたのに、フィッティングからやり直しですねぇ」

 

 青葉はそう言うが、阿武隈達の顔は晴れない

 

「……それ大丈夫なの……?」

「まぁ一過性のヤバさはあります。痛覚遮断してないと気絶しそうになるくらいにはヤバイですよ。……その犯人はバッドトリップの最中ですが」

「……何をしてるの?」

 

 青葉はどこか苦笑いだ。

 

「物理戦では勝てそうになかったので電脳ハックさせてもらいました。相手のオートの攻勢防壁でこちらも焼き殺されかけましたけどね。なんとか防壁迷路に誘導して、幻影噛ませてるので今こんなことになってます」

「相手に引きずられて右半身をヤスリ掛けされながら、よくQRSプラグにアダプタかませましたね」

「付けてしまえばこっちのもんですからね、装甲(ドレス)の背中チャックは降ろせない。四足で背中に手が回らないなら尚更です」

 

 神通の感嘆に青葉はどこか胸を張る。それを見た永野が軽く笑った。

 

「青葉、疲れてるところ悪いが、とりあえず防壁迷路を解除してください。これだけ効いてるなら解除しても暴れないでしょう。阿武隈、エイム」

 

 永野の声に阿武隈が主砲を構える、それを見て青葉が有線で桃につながった。――――その直後。

 

「――――――テメェら桃から離れろっ!」

 

 大きな鎌が至近距離で振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見た時、竹は息が止まるかと思った。

 

「―――――桃っ!」

 

 後ろ手に縛られ、座らされた桃の姿。その目はきつく開かれたまま、まるで酸素不足の金魚のように口を動かしていた。

 光学迷彩を展開したまま駆けだす。体はもう限界が近かったが、そんなことはもう関係なかった。全力で駈け、大鎌を振りかぶる。

 

「テメェら桃から離れろっ!」

 

 光学迷彩解除、桃に砲を向けていた阿武隈に向けて振り下ろす。甲高い金属音が響く。同時に砲撃の音。とっさに左主砲の基部で鎌を受けた阿武隈が眉をひそめながらも拮抗していた。右の主砲からは煙が立ち上っている。竹は左の脇腹に強烈な痛みを感じながらも鎌の切っ先を押し込む。

 

「テメェら桃に何をしたっ!?」

「襲ってきたあなたたちがそれを聞きますかっ?」

 

 阿武隈がそう言って左腕を引いた。金属がすれる嫌な音が響く。お互いが弾き合うように距離を取った直後―――――竹の膝が崩れた。

 

「―――――ナイスショットです、扶桑、五月雨」

 

 そう言って永野が前に出る。彼に向けて鎌を振り上げた直後、再び銃声。鎌が明後日の方向にはじけ飛ぶ。

 

「一応言っておくと桃ちゃんは一時的に義体の機能をロックさせてもらっています。数日は混乱が残るだろうが別状はないでしょう。――――変なことを考えない方がいいですよ。青葉が桃とリンクしています。言ってる意味がわからないはずがないでしょう?」

 

 それは桃の精神を青葉が握っているということだ。攻勢防壁でも流されたら桃の意識が戻った時に、竹たちが知っている桃である保証はない。

 

「……悪党が」

「悪党で結構。別に聖人君子になりに来たわけではありませんから。……あなた方には聞きたいことが山ほどあります。洗いざらい吐いてもらいましょう」

「誰が……」

 

 反射的に噛みつこうとした直後、永野が軽く手をあげた。それを青葉が見ている。それだけで竹は口を噤まざるをえない。

 

「……わかった。あたしが全て話す。桃は関係ない」

「青葉、攻勢防壁解除」

「了解」

 

 青葉はそう言ってQRSプラグを引き抜いた。

 

「利口な判断です。桃の身柄の安全は保障しましょう。貴女が協力的である限りはね。……とりあえずこれで作戦は終了ですかね。合田君、囮役を押し付けて申し訳なかった」

「いえ、阿武隈が守ってくれましたから。……彼女たちに聞きたいことがあるのですが、質問しても?」

 

 永野は肩を竦めてから軽く避けた。竹に正対するように立ち、正一郎は彼女たちを睨んだ。

 

「……去年の9月19日、合田直樹中将を射殺したのは、あなたたちか?」

 

 その問いに、阿武隈は息を飲んだ。正一郎を睨むように見つめて竹はゆっくりと言葉を選んだ。

 

「……そう。あたしたちが撃った」

「ホールデンの指示に従ってか」

「そう。あたしがスポッターで、松姉が撃った」

 

 それを聞いて正一郎はしばらく動きを止めていたが、ゆっくりと腰に右手を伸ばした。

 

「正一郎さん……」

 

 拳銃を取り出しながら正一郎は言葉を続けた。

 

「……あなたたちは、ホールデンという存在を疑わなかったのか?」

「疑ったと言ったら、あんたはそれを信じる訳? 疑わなかったと言ったら、あんたはそれで納得するっての?」

 

 質問に質問で返して竹は笑った。

 

「理由は何であれ、あたしらがあんたの親の仇であることにはかわりない。それを言い逃れる気はないよ。あんただけは、あたしらに復讐する正当な権利がある」

 

 そう言って竹は目を細めた。

 

「……男の子だろう? どうするかは、自分で決めな」

 

 正一郎は拳銃のセーフティに触れることなく、ホルスタに戻した。

 

「……目には目を歯には歯を、では無法が過ぎるから」

「あたしたちを許すと?」

「まさか」

 

 そう言ってどこか寂しげな笑みを浮かべる。

 

「許せるわけがない。でもあなたを殺したら、誰かがどこかで泣くんでしょ。さすがにそれで殺されたくないからね」

 

 そう言って正一郎は真正面から竹を見下ろした。

 

「……全部話してもらいます。なぜ父が殺されなければならなかったのか、知っていること、洗いざらい全部。それがあなたにできる、唯一の贖罪だ」

 

 そう言って正一郎は言葉を待つ。

 

 燃え盛っていた車の煙が薄くなり、クリリスクを覆うスモッグに溶けて消えていった。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?

これにてクリリスク市街地攻防戦は終了です。こんなやりすぎなコラボを快諾してくれたMk-IV先生に最大の感謝を。ありがとうございます。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回からはAL/MIに戻ります。さて、笹原さんたちMI組が動きだしますよー

それでは次回お会いしましょう。

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