艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは第0話、どうぞ!
2014/09/28追記
言い回し及び誤字を修正しています。
第0話_少佐・出立
パサリと書類が滑る。横柄な態度で投げ渡された書類を彼は受け取った。
「君に異動命令が出たよ。今月末付で
「ウェーク、ですか……」
「大鳥島といった方がわかるか? まぁ、そんな渋い顔をせんでもいい」
昼間なので全ての電気が落された部屋で中路中将は苦笑いを浮かべた。
「前代未聞の殉職理由ができたところだからな、そりゃあ心配になるのもわかる。……もっとも、その場に留まれる状態の艦娘がもういなくて駆逐艦一隻しか残っていない」
そんな状況でなにができるだろうと思案するのは野暮だということを彼は――月刀
ウェーク島……日本名は大鳥島。太平洋のど真ん中、どんなに近い陸地でも三桁キロは離れた絶海の孤島だ。2082年現在、書類上は帝政アメリカが領有しているが、国連軍の軍用地として全島を租借している……そんな情報を電脳の奥底から引きずり出しながら、目の前の上官から言われたことを反芻する。
「中将、水雷“戦隊”ということは新しく艦の配備を行うのでしょうか」
「そのように今調整中だ。……あまり君向きの任務ではないのはわかっているが……」
「大丈夫です、中将。第551水雷戦隊司令官及びウェーク島基地司令、拝命いたします」
そういって航暉は敬礼をした。それを中路中将が重い動作で答礼を返す。
「航暉……わかってんだろう? ウェーク島に配属になるというのがどういう事か」
「大丈夫ですよ章人さん」
「第一五次反攻作戦が辛勝……いや、戦術的敗北と言った方がいいか、それが終わってからウェークはなんとか基地の体裁を整えているに過ぎなかった。その中で“あの事件”だ。基地機能が壊滅しているんだぞ。そこにたかだか中佐を送り込むという無茶がどういうことかわからないわけではあるまい」
「だとしても、行かないという選択肢はないのでしょう?」
航暉はそういって笑った。それを何処か悲しそうな顔で中路中将は彼を見つめた。
「……そうだな。野暮な事を言った。忘れてくれ。退出してよろしい」
「月刀少佐、退出いたします」
敬礼を交わし月刀は踵を返す。
「航暉!」
部屋を出る直前、呼び止められた。振り返ると中路中将が立ち上がっていた
「死ぬなよ」
そういわれ自然に右手がこめかみまで上がった。もう一度踵を返し、重厚な木の扉を開ける。
「やっぱり何処かに行っちゃうですカ……?」
部屋の外、扉の脇に控えるようにしていた少女が悲しげな声を出した。巫女服が原型であろう袖が別れた千早に、チャコールグレーのミニスカート、日本人らしくない鼻筋が通った顔立ちはどことなく異国の風を感じるものだ。その彼女の僅かに碧が混じる瞳が寂しげに揺れた。
「あぁ、今月末付でウェーク島の基地司令兼基地所属艦の水雷戦隊の司令官だとさ」
「Wake island……ですカ……」
「なーに不安そうな顔してんだ」
柔らかい髪を優しくかきあげてから並んで歩く。空襲対策でテーピングされた窓からはこの戦時下でも緑に保たれた中庭が見える。蝶が数匹舞っているようだ。
「だってウェークアイランドいえば……」
どこか咎めるような顔を向けた彼女……航暉の担当艦、戦艦“金剛”は彼の腕を掴んだ。
「大丈夫だ金剛、俺は死なないし、死ぬつもりもない。それに一介の“中佐”がこんな大役を担うんだ。やっと自分の実力が認められたってものだろ?」
「無茶してそんなこと言わなくてもいいデス。カズキテートクは権力と出世とか……そういう事を嫌っていたでしょー?」
袖を掴んでいた手がきゅっと握り込まれる。金剛が頭を彼の肩に預けた。
たった、たった1年だ。航暉が金剛の所属する戦隊の司令官補佐として着任してから。まだ1年しか経っていないのだ。
他人でいるにはあまりに長く、それ以上の関係にはあまりに短い、一年という期間。
「……生きて帰ってきますよネ」
「……確約はできんがな」
「ダメ! 絶ッ対、生きて帰ってくるんデス! 約束してくださイ!」
付いて行けたらどれだけ良いだろう? 金剛に対する移動命令は出ていないし、出ているならもう通知が来ているはずだ。駆逐や軽巡ならともかく、高速戦艦を異動させるとなればもっと早い段階で連絡がくる。
乾く。なのに目から涙が浮かぶ。
駄々っ子のように首を横に降りながら金剛は航暉の腕を締め上げた。その反応に苦笑いして航暉は口を開く。
「生きて帰るさ。死んでたまるか」
「……わかりました。信じてますからネ、テートク。貴方を護る艦として金剛は待っていますからネ、忘れちゃイヤです」
小さく鼻をすする音がした。航暉は聞かなかった事にした。
「……といっても、月末までかなりあるからしばらくは一緒だが。頼むよ、第二戦隊旗艦様?」
「ハイ……! テートクの為ならたとえ火の中水の中ネー!」
無理矢理わらって顔を上げると、金剛は彼が寂しそうにしながらも笑い返してくれるのを見る。
(あぁ、だから彼は……)
金剛は目を閉じる。腕をまだ彼の腕に絡めているのをいいことに、さらにその腕を抱きしめた。
(どうか、武運長久を。ワタシの提督に幸あらんことを)
――――そして、生きて私の所に帰って来てくれることを。ただ、願う。
「テートク。ウェークに行ったとしても、Love Letterは許さないからネー!」
事務的な通達だけがきた。
《DD-AK04“電”にウェーク島基地第551水雷戦隊所属を命ず》
今や高価な代物になったというプリンタから吐き出された命令書を見て、何も言わずに彼女はそれを懐にしまった。
がらんとした建物の中で、彼女は窓から見える蒼く抜ける空を見上げた。スコールがやってきそうな入道雲が見える。あの日もそうだったなんて考えかけて、すぐに頭を振って追い払った。
(とにかく、新しい司令官さんが着任できるように、準備しないといけないのです)
何せこの1ヶ月ほど司令官室にはだれも出入りしていなかったのだ。掃除をしないと行けないだろうし、艦隊運用に使う中継機などの確認もしなければ行けない。日付は月末、あと2週間ほどあるから急ぐ必要はないが、何か仕事をしていたかった。久々に“ちゃんとした理由がある仕事”ができる。
「さて、頑張るのです! 新生ウェーク基地の第一歩です!」
空元気だとわかっていたが、何も言わずにやるよりマシだ。
駆逐艦“電”はそう考えて、制服のセーラーを揺らしバケツと雑巾を取りにいった。
「水雷戦隊ってことは他にも艦娘の人が来るはずなのです。……駆逐艦のフロアと軽巡のフロアも掃除した方が良さそうです。今日から少し忙しそうです。頑張りましょう、えいえいおー!」
青空を見上げて電は僅かに笑い、そして願った。
(新しい司令官さんがいい人でありますように……!)
電に、金剛……すごくヒロイン体質だと思います。はい。
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それでは第一話でお会いしましょう。
(評価してくれると、それはとってもうれしいなって)