艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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何とか予告通りの雪風回!

それでは、抜錨!

(誤字・時刻表記ミス修正しました)


第18話_MI・前哨

 あまりに痛いと痛みをあまり感じなくなるらしい。

 

 

 ふわふわとした浮遊感の中で名を呼ばれた気がした。仲間に先立たれることは数あったが、先立つのは初めてだ。こんな気持ちだったのか。少し悔しいが、安堵もしていた。

 もう、誰かが沈むのを見なくてもいい。そう安堵しているのだ。

 海水の味も感じなくなった。鉛のような体も嘘のように軽くなった。でも、今更になって、少し悔しい。

 

 

 あぁ、せめて犬死になっていないことを祈るべきだろうか。そんなことを考えながら浮遊感に身を委ね――――

 

 

 

 

 

Medical Office / Anchorage of Wake-Island_

Sept.15 2082.1632UTC. (Sept.16. 0432WAKT.) _

 

 

 雪風は喉の強烈な違和感に目を覚ました。口の中に何か突っ込まれているのがかろうじて分かる。全身が火照っていてまともに動かないし、声を発することも口がふさがっててできないし、目の焦点が合わず周りが白いとしかわからない。

 

「あ、お目覚め?」

 

 女性の声が聞こえて右手が握られるのがわかる。暖かい。

 

「聞こえてたら二回手を握ってくれる?」

 

 言われた通りに二回握ると軽い笑い声が聞こえた。

 

「人工呼吸器気持ち悪いでしょ? 今外すわね」

 

 直後に喉から何かが引き抜かれる感覚がする。ものすごく気持ち悪いし、少し痛い。

 

「けほっ……うっ、あぁ……」

 

 自分の声じゃないようなガラガラとした声が出た。

 

「とりあえず、お水飲める?」

 

 背中を支えられるようにして体を起こすと目の前にコップが差し出された。程よく冷えてて喉に染み込んでいく。一気に飲み干すともう一杯差し出され、半分ほど飲んだ。

 

「……ぁの、ここは……」

「国連海軍ウェーク島基地。生還おめでとう。私はここで医師をしている六波羅夏海医務長よ」

 

 やっと目の焦点があってきた。ショートの髪にセルロイドフレームの眼鏡。白衣がよく似合う女医さんだ。

 

「起きてすぐで悪いけど、簡単な質問に答えてくれるかしら?」

 

 そういわれて頷く。

 

「質問その1.あなたの名前は?」

「雪風、です。DD-KG08」

「その2、所属は?」

「国連海軍極東方面隊西部太平洋第一作戦群第526水雷戦隊、です」

「その3、貴方の母港は?」

「呉鎮守府ですが、今の部隊になってからは横須賀に間借りしてます」

「いいわ。脳波も安定してるし、致命的な記憶の欠落もなさそうね。一応ここの司令官にあなたが目を覚ましたって報告しようと思うのだけれどいいかしら?」

「……はい、お願いします」

 

 頷くと六波羅医務長が部屋から出ていく。4人用の部屋らしいがここだけビニールのカーテンで隔離されているようだ。外は航海薄明……かろうじて水平線が判別できる明るさになっている。

 

「……また、生き残ってしまいました……」

「後悔してるかい?」

「!?」

 

 つぶやきに返事が返ってきて慌てて振り返ると白い軍装の士官が立っていた。慌てて敬礼をしようとすると右手で抑えられる。持ち上げたまま行き場を失った右手で、照れ隠しに首の後ろを掻いてみる。黒の短髪に鳶色の瞳、その瞳を細めて優しく微笑むとその士官はビニールの覆いを開けてベットの隣いのスツールに腰掛けた。

 

「はじめまして、だね。国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群、第551水雷戦隊司令官の月刀航暉中佐だ。前は中路のおっちゃんの部下だったこともある。よろしくな」

「DD-KG08雪風、です。どうぞ、よろしくお願いします」

「ん。……君の艤装は今うちの部隊が全力で修復中だ。今日の午後には一通り終わるらしい。まぁどうなるかは今後次第だが、とりあえず安心してくれ」

「ありがとうございます……」

 

 月刀と名乗った中佐は優しく笑って、少し視線を落とした。

 

「……中路中将は元気かい?」

「はい。金剛さんのティーパーティからどうやったら逃げられるか相談されました」

「根っからのコーヒー派だからなぁ、あの中将。毎日のように紅茶飲まされてはかなわないだろうな。俺がいた時もそうだった」

「月刀中佐は……」

「4カ月前まで522戦隊第一小隊の司令補佐官だった。毎日毎日紅茶の飲み比べが仕事だったね」

 

 おどけて彼が笑う。雪風も軽く笑った。

 

「雪風から見て中将はどんな人だった?」

「……すごく強い人だなって思います」

「……そっか。その中将から“すまなかった”って伝言を預かってる。きっとありがとうとも思ってるとは思うけど、本人に確認してあげてくれ」

 

 中佐はそういって微笑んで、表情をすっと引き締めた。

 

「よく生きて帰ってきた。ウェーク島に流れ着いた時はもう死んでるんじゃないかと思えるぐらいだったからね。俺からもお礼を言わせてくれ。よく生きて帰ってきた」

 

 唇を噛みしめる。

 

「……そんなに大層なものじゃないです。私がいない方が、艦隊だって……」

「……ミッドウェー攻略部隊のことかい?」

「月刀中佐は私の経歴を見ましたか?」

「あぁ、女性の経歴を覗くのはアレだと思ったが、見せてもらった」

「……怖くないんですか? 私がいた部隊では必ず轟沈艦が出てるんですよ?」

「それだけ君が優秀だったってことだ」

「私が死神だとしても、ですか?」

「死神、かっこいいじゃないか!」

 

 演技くさく両手を広げる中佐。笑顔を浮かべて雪風を見る。

 

「そんなのはね、君の実力や運へのあてつけに過ぎない。君はこれまでたくさんの部隊で死線を越えてきた歴戦の駆逐艦だ。一つや二つ呼び名ぐらいつくさ。気にしない方がいいよ」

「歴戦のなんて、私はそんな強くないです……」

 

 中佐が困ったような笑顔を浮かべた。

 

「それでも、君は生き残った。世界はそう優しくできてない。それは君に実力があったからだ。幸運も含めて、君に力があったからだ」

「でも、もう誰かが沈むのを見たくなかったんですっ!」

 

 シーツを握りこんで叫んだ。芽を閉じるとぱたぱたとシーツに滴が垂れる。閉じた瞼には迫りくる深海棲艦の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Point “Québec” / The offing of Ogawawara Islands_

Sept.12 2082. 2134UTC. (Sept.13. 0634JST.)

 

 

皮肉なほどのきれいな青空が広がっていた。

 

「そろそろ機嫌を直したらどうかしら?」

 

 艦隊の中心でそういったのは青い袴に弓を背負った女性……第5523航空戦隊に所属する正規空母“加賀”だ。声をかけられた女性がぷいっとそっぽを向く。

 

「別に、榛名は大丈夫ですけど……」

 

 千早をアレンジしたような服装の袖を揺らし、加賀の斜め後ろにつく榛名。その横では同じような恰好をした女性が眼鏡をくいと持ち上げた。

 

「中路提督の許可のない出撃ですからね。榛名姉さまがこうなるのは予測の範囲内です」

「そんな予測いつ使うんですか?」

 

 霧島が自慢げにそういうと加賀のとなりを進む赤城がくすくすと笑った。加賀とは対照的な赤袴が揺れる。

 

「まだ遠いとはいえ慢心してはだめよ? この辺りは硫黄島の艦隊が守ってくれてるとはいえ哨戒網をくぐってくることはあり得るんですから」

 

 赤城が振り返って榛名の方を見た。

 

「まぁ、中路提督ならこの作戦を許可したりしないでしょうけど、早い段階でミットウェーを手中に収める必要があるのも事実です。ここは北川少将を信頼してみませんか?」

「むぅ……」

 

 それを言われると言い返せないのが榛名である。

 

《……風が変わった》

「……それは報告? 報告なら明確になさい。天津風」

 

 無線に乗った声に加賀がすぐに反応する。艦隊の前方で索敵艦(ピケッター)を務める天津風からの通信だ。

 

《こちら天津風、1時方向から本隊に向かって航空機と思われる飛翔物を確認》

「……さっそく来たわね。提督、どうされます?」

 

 赤城がデータリンクを開くと横須賀にいる少将の声が響く。

 

《……本隊転進、進路0-7-5、526TSqは進路そのまま、天津風と合流して本隊の安全圏まで避難できる時間を稼げ》

「こちら赤城、転進0-7-5了解。第一次攻撃隊の発艦を具申いたします」

《艦戦を優先的に上げろ。ミッドウェー攻略前に艦載機が尽きることは避けたい》

「了解。赤城、加賀、発艦作業にかかります」

 

 榛名の顔がゆがんだのを霧島は見逃さなかった。

 

「月刀さんや中路提督なら、こんな指揮はしない……!」

「無線に乗せなくても口は慎んだ方がいいですよ、榛名姉さま。全体の士気に関わります」

 

 艦列を離れていく第526水雷戦隊の面々を見ながら、霧島は目を伏せた。

 

「神通さんたちは優秀よ。私の分析通りなら競り負けたりしないわ」

「ほんとにそう思ってる……?」

「……はい。榛名姉さま」

 

 それ以降会話はなかった。撃ちだされた艦載機が艦よりも先行し水平線の向こうに溶けていく。戦闘前の緊張感の中で心が冷めていくのを榛名は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Medical Office / Anchorage of Wake-Island_

Sept.15 2082.1653UTC. (Sept.16. 0453WAKT.) _

 

「私は、神通さんたちと一緒にそのまま前進して天津風と合流、赤城さんたちの偵察機が敵艦隊を発見するまで前進を続けました。航空戦が行われて敵艦を一隻撃破して終わり、進路が本隊の方にむいていたのでそこに割り込むように艦隊を突っ込みました」

 

 ぽろぽろと涙が止まらないまま、話し続ける。

 

「敵艦隊を見たのは午前10時頃で、空母一隻と重巡を中心とした打撃部隊でした。赤城さんの偵察機がマークしてくれていたので丁字戦有利に持ち込めました。黒潮と初風は重巡の相手をしてて、私は天津風と一緒に空母を砲撃して潰すように言われて砲撃をしてました……。直撃弾も出ましたし、天津風も至近弾を出していました。神通さんは軽巡をさっさと沈めて重巡に単身突っ込んで撃破したりしてて、ほんとに強かったです」

 

「その作戦指揮は誰の提案だい?」

 

「神通さんです。北川少将は本隊の誘導に徹していました。霧島さんたちの支援砲撃が届いているうちはうまくいってたんですが、敵艦隊が接近してくると戦艦の射線に私たちも入ることになってピタリと砲撃がやみました。赤城さんたちが第二次攻撃の用意を進めてることがわかってたので空母さえ落としてしまえば勝ち目があるなってことになって、雪風と天津風で空母にさらに接近したんです」

 

 中佐は続きが語られるまでじっと待っていた。外はだいぶ明るくなっていて市民薄明の時間もそろそろ終わりを告げるのだろう。

 

 

「……その時右舷前方から被雷したんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Point “Atom” / The offing of Ogawawara Islands_

Sept.13 2082. 0132UTC. (1032JST.)_

 

 

「雪風っ!」

 

 隣で叫ぶ天津風の顔が見える。痛みで叫ぶこともままならないがそれでも被雷部位の隔壁遮断をすぐに行うだけの冷静さは保っていた。

 

「砲撃続けて! 目標・空母ヲ級!」

 

 天津風に向けて叫ぶ。何かをやらせておかないと取り乱してしまいそうな気がしたからだ。雪風自身も砲撃を加えつつ機関の回復を試みていた。

 

「ユッキー、大丈夫かいな!? うわっ!?」

「黒潮! よそ見しないで!こっちがやられるっ!」

 

 重巡二隻から追い回される僚艦をちらりと見るがそれに構っている余裕はなかった。機関再始動手順を試行、停止、再試行……

 

「……だめだ、右舷の機関が死んでる。雪風から神通さんへ、ごめんなさい被雷しました。船速維持困難です!」

《わかりました。本隊の離脱を確認。第二次攻撃隊到着まであと25分、……これより海域を離脱します。転進0-8-7! 雪風は出せるだけ速度を出してください。雪風を中心とした輪形陣に移行して速度を雪風に合わせます》

 

 左翼にいた天津風がいつの間にか右舷側に回っている。空母ヲ級の間に立つ形だ。

 

「連装砲くん! お願い、少しだけ耐えて!」

 

 自走式連装機銃の試験機……天津風が連装砲君と呼んだ小さな砲が海面に下ろされる。自分の意思をもって動き回るその砲は空母ヲ級に砲撃を加えつつ大きく回り込んでいく。

 

「逃げるよ雪風!」

 

 無理やり腕をつかんで引っ張られて、空母から引き離される。喫水以下の形が変形したことと出力が半減したので速度が上がらない。せいぜい18ノットが限界だった。生き残った重巡が追いかけてくる。追っ手は空母ヲ級1、重巡リ級2、軽巡ホ級2。おそらく相手は25ノット以上出ている。まだこらに魚雷が残っているためうかつに寄ってくることはないだろうが、このままではどうしようもないことはわかっていた。輪形陣が完成したタイミングで連装砲くんが帰ってきた。弾薬の7割を消費していた。

 

「神通さん……このままじゃジリ貧ですよ」

《雪風はダメージコントロールに専念してください、周りは皆が固めます》

 

 殿艦を務めつつ神通はそういった。いつもと変わらない落ち着いた声。それを聞いて、雪風はわずかに笑った。それを見て天津風が怪訝な顔をする。

 

 

 

 

「雪風より、北川少将へ、これ以上の損害を避けるため雪風の単騎反転を意見具申いたしますっ!」

 

 

 

「なっ……!?」

「雪風なにを!?」

「右舷からの浸水が完全には止まりません、速度がさらに落ちることが予想されます。この状態では態のいい的ですし、ミッドウェーまでの艦隊護衛も困難ですっ!なら!」

 

 

 せめて囮として貢献させてください! そう叫んだ。

 

 

「何を言ってるの! こんな敵、妙高ねぇさんに比べればどうってこと……」

「これが最後の戦いならそうでしょうけど、まだ作戦海域にも達していないんですよ。ここで総力戦を行ってはいけないんです。最高の戦力を戦力を減らすことなくミッドウェーに届ける、それが526の任務なら、これが最善のはずです!」

 

 先頭を牽く初風にそう返して、雪風は振り返った。殿艦の神通の顔は俯いていて、見えなかった。

 

「北川提督、ご英断を!」

《……雪風の単騎突撃を許可する》

 

 天津風が何か言う前に手を振りほどき、左舷の主機の出力を最大に、重心を右に倒すようにしてくるりとその場で旋回する。神通がなにか言ったようだが、すぐ横に着弾した重巡の砲弾が立てた轟音にかき消された。

 神通が腕を伸ばしてくるそれを避けるようにして横をすり抜ける。……神通が泣きそうな顔しているのを初めて見た気がした。

 

「神通さん、ごめんなさい。神通さんと戦えて光栄でした」

《雪風……っ!》

《雪風を除く526水雷戦隊は進路を維持し全力前進、重巡の射程から避難せよ。雪風の英断を無駄にするな》

《……雪風! あと15分で第二次攻撃隊が来る! それまで生き残って! お願い!》

 

 英断、無線から届いた単語にくすりと笑う。そんなに大層な決断をしたつもりはないのだが、傍から見たらそう見えるのだろうか? 神通の慌て具合からみると英断というよりは蛮勇というべきか。

 

「あーぁ、かっこつけちゃいました。ゆきかぜには似合わないでしょうか」

 

 爆装した敵の艦載機が落ちてくる。まだ舵が利く。取り舵一杯、手に持った主砲を真上に向けて砲弾を撃ちだすと自分の真上で艦載機が弾けた。まともに狙ってないのにあたるとはどうしてなかなか運がいい。まだ幸運の女神に見捨てられてはないようだ。全力前進17ノット……相手との速度差は40ノットを超える。全力が出せなくてももう艦隊が見えてきた。

 

 魚雷管作動。8条の雷跡が伸びる。自動再装填装置を作動させ、次の魚雷の装填を急ぐ。重巡の砲弾の至近弾の風圧に弾き飛ばされるが、転覆せずに済んだ。右舷浸水速度微増、右舷側の浮力がそろそろ厳しくなってきた。

 

「それでも、私は……!」

 

 皮肉なものだと思う。こうして死に向かって全力疾走を続けているのに弾は当たらない。今目の前で空母ヲ級の足元で水柱が立った。ゆっくりと倒れて沈んでいく。それを見つつもう一度魚雷を斉射する。

 

 

「わたしは、ゆきかぜは沈みませんっ!」

 

 

 せめて神通たちが脱出するまでは、ミッドウェー攻略部隊が逃げ切れるまでは。近づくにつれて弾幕が濃くなっていく。電探を掠めてリ級の砲弾がすり抜けた。付近の海域の情報が全く入らなくなった。それでも十分だ。目視で狙える位置に敵艦はそろっている。

 それにこの戦闘が終われば、自分もきっと生きて帰ることはできまい。捜索に出ることを北川少将は渋るだろう。ここで時間をかけてはグアムからの艦隊との合流が遅くなる。勝機を逃すような選択はしないはずだ。付近に島もない。海流は中部太平洋に向けた流れだからきっと陸地を見ることもないだろう。

 

 主砲を立て続けに連射する。撃ちながら距離測定儀を動かし、修正しつつ撃ちまくる。軽巡ホ級の喫水線に命中弾を叩きこんで、左へ転舵。重巡部隊の中心に向けて全力で機関を回す。14ノットが限界だった。

 

「不沈艦の名は、伊達じゃないのですっ!」

 

 魚雷発射管を敵の砲弾が貫いた。全弾撃ちきっていたから誘爆はしないものの、その衝撃で意識が飛びかける。倒れこむ前になんとかたたらをふんで、バランスを取り戻し、その勢いを殺さずに前へ。

 乱射し続けた主砲が沈黙する。慌ててエラーを確認すると弾が切れたことを告げていた。目の前に敵艦隊が迫っているのに主な攻撃手段がなくなった。

 

「――――!」

 

 右肩に砲弾を喰らう。どうやら今日は右舷側が鬼門だ。

 それでも何とか一隻の重巡に取り付いた。対戦装備として載せてあった機雷投射機が作動する。起動深度がごく浅くセットされたそれがいくつも起爆し、敵の横っ腹を叩き、砕いていく。360度全方位に撒き散らされる海水交じりの爆風は雪風自身にも平等に降り注ぎ、ソナーを打ち砕き、右舷の浸水を加速させた。どこか遠くで風切り音が聞こえた、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Medical Office / Anchorage of Wake-Island_

Sept.15 2082.1741UTC. (Sept.16. 0541WAKT.) _

 

 

 夜は明けきってしっかりと日が昇っていた。部屋の中は通夜でもあったかのように静まり返っていた。

 

「……それでも、私は死ねないんですね」

 

 ベッドの上でぽつりとそう言った。

 

「私が望んでしたことなのに、そうしたことなのに。なんだか、悲しいんです」

 

 雪風は十分に泣いて赤くなった目をさらに濡らして俯いた。航暉はそれを黙って眺める。

 

「誰かがついてきてくれたら、止めてくれたらって思ってる自分がいて、それが嫌になってしまって……。ゆきかぜは、ゆきかぜは……っ」

「間違ってないよ」

 

 答えは意外に遠いところから帰ってきた。ドアの枠に寄り掛かるようにしていた小さな人影が静かに声をかけたのだ。

 

「……盗み聞きとは趣味が悪いな、響」

「そろそろ朝なのに休憩室にも執務室にもいない司令官を探しに来たんだ。私室にもいなかったみたいだからもしかしたらって思ってね」

 

 響はそういって笑いかけ、体を振ってドアから離れると雪風の隣にやってきた。

 

「雪風も私も長いこと生き残ったから、どことなくシンパシーを感じる。だから、雪風の沈むのを見たくないって気持ちもよくわかる」

「……ほんとにわかるんですか?」

「わかるさ。ここの軽巡を庇って被雷してひどいことになったからね」

 

 響は苦笑いを浮かべながら航暉の方をちらりとみた。航暉も似たような笑顔を浮かべる。

 

「誰かを守って誰も沈むところを見ることなく自分も沈めたら……私もそう思ってたよ。ごく1ヶ月前までね。ここには姉妹艦もいたしどうもたがが外れてた……でも、今は、『それは違うな』って思えるんだ」

 

 ベッドに腰掛け、雪風の頭に手を乗せる。

 

「死に急ぐ必要はないんだ、雪風。そんな風に自分から傷つかなくても、君のことを必要としてくれる人がいる。……私も不死鳥だとか呼ばれたけれど、恨まれもしたし妬まれもした。それでも、“今”こうして生きてる。まわりには姉妹がいて、居場所がある。……中路中将も優しい指揮官なんだろう?」

 

 雪風は少し間をおいて頷いた。

 

「なら、大丈夫だ。もし怖くなったらそこの中佐を頼るといい。きっと力になってくれるさ」

「おいおい、勝手に話を進めるなよ」

「司令官は断る気なんてないんだろう?」

「断る理由がないからな。そんな事態になる前に中路中将が黙ってないと思うが」

 

 響は雪風の髪の感触を楽しみつつ笑みを浮かべた。

 

「響さんは、大人ですね……」

「ほとんどが受け売りだからそうでもないよ。……それより司令官、そろそろ総員起こしの時間だけど、いいのかい?」

「今更寝たふりをしろっていうのも癪だしいいさ。それにうちの艦は優秀だし、ね!」

 

 航暉はそういうと何かを放り投げた。ドアの向こうに吸い込まれ“はうっ!”という悲鳴が届く。

 

「バレバレだ、電、雷、暁。反対側には睦月と如月もいるだろ?」

「はうぅぅ……なんでわかったのです?」

 

 おでこをさすりながら出てきたのは電である。どうやら飴玉を投げたらしく、電の手のひらにはいちご味の飴玉が乗っていた。その後ろから出てきたのはバツが悪そうな雷と暁、なんでわかったのかわからないと頭をひねっているのは睦月だ。

 

「暁たちは電気がどこにあるか確認しとけ。影でまるわかりだ。睦月たちは動きすぎ、気配でばれる。……みんな、雪風を心配してたんだ。まだ死に急ぐ必要はないよ」

 

 雪風の髪をくしゃくしゃと掻き上げて、航暉が立ち亜がる。

 

「今はしっかり休んでおくといい。暁たちも無理させるなよ」

「はーい!」

 

 雷が返事をするのを横目に航暉は部屋の外に出る。

 

 

 

 

「……司令官」

「わかってるよ、龍田」

 

 廊下の角で待っていた龍田が薄く笑った。

 

「第551水雷戦隊は0600時を以て第三種警戒態勢(コンディション・イェロー)に移行する。3日前に小笠原諸島沖ってことはそろそろミッドウェーだ。無茶言うかもしれんが、頼むぞ」

「司令官の命令なら喜んで」

 

 スカートをつまみ一礼する龍田。廊下の端の窓からは青を取り戻した海が見えていた。

 

 

 

 




戦闘描写ってやっぱり難しい!
初風がまだいないのでキャラがあまりつかめてないです。……書いたら出るってホントですかね?

少しばかり時系列について補足を。
今回の作戦は司令部が横須賀(とグアム)、作戦海域がミッドウェー、雪風が流れ着いたのがウェークと地球上の位置が大きくずれています。したがってその場所場所の時間もずれることになります。
今回の作戦では時間を国際標準時(UTC)表記しています。現地での時間はそのあとの(かっこ)の中に書いてます。日本標準時(JST)、ウェーク島時間(WAKT)、グアムのチャモロ時間(ChST)、ミッドウェー島時間(SST)……タイムゾーンって難しいですね。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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