艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、いよいよ提督の着任です。

それでは抜錨!

2014/09/28追記
言い回しや誤字修正、及び電の出撃シーケンスの描写などかなり変更しています。


第1話_司令・着任

 蒼い空を切り裂いて一機の航空機が駆けてゆく。ほぼ最大機速に近い速度。高い高度から緩降下しつつエンジンを全開、リアジェットが唸りを上げて機体を更に加速させる。

 

「間もなく敵制空権を超えます」

 

 パイロットが緊張した声でそういった。後方の座席に座った搭乗者はそれを聞いて少々安心したような顔を浮かべる。

 ウェーク島に向かう約1ヶ月ぶりの飛行機の搭乗者はパイロットを除くと三人。一昨日昇進したばかりの月刀航暉中佐。緊張した面持ちの六波羅夏海軍医大尉、制服に着られているといった雰囲気の伊波ハルカ特務少尉の三名である。

 

「もうすぐ到着ですねぇ……」

 

 窓際で落ち着かずにそわそわと大きすぎる制服からちょこんと覗く手を弄ぶのはハルカだ。光の反射によっては淡い赤にも見える不思議な色の長い髪を不安げに揺らし、ハルカは隣に座る夏海と通路を挟んで反対側に座る航暉を見上げた。

 

「お二人とも落ち着いていらっしゃるんですねぇ、わたしなんて飛行機なんて乗るの始めてですし、緊張しっぱなしで……」

「緊張してても仕方ないわよ伊波少尉。緊張してようがしていまいが、落されるときは落されるから。緊張するだけ無駄ね」

 

 夏海はそういって優しく微笑んだ。ショートに揃えた黒い髪が僅かに揺れる。セルロイドフレームのメガネの奥の糸目が更に細くなった。優しそうな顔をしているが、深いアルトは少々冷たい響きを持っている。

 

「そんなこといわれましても……」

 

 そのさらりとした言葉におろおろするハルカ。そんな会話を聞きながら、航暉は窓の外に広がる海をぼんやりと眺めていた。青い海は恐ろしいほどに澄み渡り、所々に雲の影を落す。飛行機の影もぽつんと小さく落ちていた。

 

「なにか見えますか? 月刀中佐」

「いや、海ばっかりだ。深海棲艦も船もいやしないね」

 

 窓に額を付けるようにして下を覗き込むハルカ。遠くに僅かな陸地が見えてくる。

 

「ウェークに向けて降下します。シートベルトを確認してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島をほぼいっぱいいっぱいに使った滑走路に降りた飛行機は駐機場に滑り込むと早々にエンジンをカットした。帰りの硫黄島までのフェリーフライト分の燃料はまだまだ余裕があるが、ただの駐機に燃料を喰っていても馬鹿馬鹿しいのである。機に備え付けの幅の狭い急なタラップを降りると南の島独特の暑い潮風が出迎えた。おまけに直射日光が暑い。

 

「さて、ウェーク島到着……“彼女”はいるかな?」

 

 この基地が目的の三人……航暉、夏海、ハルカの三人は背後にある大きな建物……ウェーク島基地の司令部を見やる。基本三階建て、L字型の鉄筋コンクリート製の建物でLの角の所からにょっきり航空管制塔が突き出している。建物の奥には港が広がっているはずだがここからは見えない。

 その建物の扉が勢いよく開いて、誰かが飛び出してくる。遠くから見ても小柄だとわかるその誰かは慌てたように猛ダッシュで三人の方に向かって来た。

 

「出迎えが遅れて申し訳ないのでしゅっ……!」

 

 そういいながら彼女はこちらに飛び込んで来たのだが、何かに躓いたのか走って来た勢いそのままにコンクリート製の駐機場に倒れ込む。

 

「そんな転けるほど慌てて来なくてもいいのに……」

 

 糸目を細めた夏海が彼女を抱き起こすが航暉が目を見開いて固まっているのを見ると怪訝な顔になった。

 

「君は――――――」

「中佐?」

「……いや。なんでもない……大丈夫?」

「え、あ、あぁ……」

 

 彼女は怯えた顔で航暉の方を見る。

 

「申し訳ないのですっ……!」

「あ、いや。遅れた事を咎めるつもりは無いし、君が謝らなければならない事は何も無いからとりあえず頭を上げてくれ。あと……できれば自己紹介を」

「は、はい! 本日付で第551水雷戦隊に配属となります、登録コード“DD-AK04”駆逐艦“電”です! ど、どうかよろしくお願いいたします」

 

 慌てた様子で敬礼をする姿はどこかぎこちない。それを見て目を細め、航暉も敬礼を返す。それを見て他の二人も敬礼の姿勢をとる。

 

「国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群、第551水雷戦隊司令の月刀航暉中佐だ。ウェーク島特根の指揮官も兼任することになる。これからよろしく頼むな」

「同じく艤装調整士の伊波ハルカ特務少尉です。よろしくお願いしますね、電ちゃん!」

「医務長、六波羅夏海軍医大尉よ。擦りむいた所見せて、消毒だけしとくから」

 

 夏海がウェストポーチから取り出した消毒液と滅菌ガーゼを手に改めて電の様子を見る。

 

「そんなことしなくても、大丈夫ですから、医務長さん……」

「だーめ、あなたはココの虎の子なんだからこんな小さなことで戦闘に響いたら泣くに泣けないわよ?」

 

 夏海が問答無用で怪我の手当てをすると、夏海がパンと手を叩いた。

 

「とりあえず中に入りましょうか。こんな可愛い子をずっと外に立たせておくのもかわいそうですし」

「そうだな、とりあえず飛行機から荷物を下ろして、基地の旅行といこうか。総員かかれ」

「りょーかい」

 

 袖から指先だけが覗く右腕を振ってハルカがそういった。

 

「じゃあ、基地の案内よろしく頼むね、電ちゃん!」

「が、頑張るのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの基地の確認が終わり、航暉、夏海、ハルカの三人は建物の最上階にある部屋……司令官室に集まっていた。

 

「ってことは、TCCは使えるんだな?」

「はい、電源を一度入れて確認していますし中継機の総取っ替えも問題なく終了しました。海底通信ケーブルも生きていますし問題なく稼働します」

 

 報告を上げているのは大振りなファイルを持ったハルカだ。

 

「とりあえず、戦術指揮所が使えるとなると安心ですね。少なくとも艦隊の誘導はできそうです」

「あとは艤装の修理ドックのうちまともに動くのが第二修繕ドックだけってのが心配か……」

「とりあえず今のところは一つ動けば十分なのでは? 後続の応援部隊が来るまでには補修もおわるでしょうし」

 

 ソファに腰掛けた夏海がそういった。どこから見つけて来たのか堅焼きのビスケットを摘んでいる。

 

「そうなんですが、もう一つ心配が……」

「心配?」

「ここの妖精さんたち、何かに怯えているような雰囲気で……。会話もできるし、仕事には問題ないんですけど、なんだか“人間の言う事には絶対忠誠!”みたいな感じがして、なんだか変なんです」

「フェアリィまでも、か……」

 

 航暉がそういうと、夏海も目をふせた。

 

「なにか、思い当たることがあるんですか?」

 

 腑に落ちてないのはハルカただ一人のようだ。

 

「ここの前の司令官のせいよ。……ほぼ間違いなくね」

「前の司令官……?」

「風見恒樹ウェーク島基地司令。現場最終階級は大佐だが殉職に伴い二階級特進で少将。急進派の急先鋒で自分の部隊の船を踏み台にして進撃することを繰り返し、敵陣地への切り込みを行っていた人物だ」

「自分の部隊の船を……踏み台に……?」

 

 ハルカの顔が青くなる。

 

「“たとえ轟沈艦を出したとしても必ず戦果を上げよ。兵器としての勤めを全うし、海を啓開する刃たれ”……風見少将の言葉だ。彼女達を純粋な兵器として扱い、次から次へと轟沈艦をだしながらも数々の海域を切り開いた。……だが、内情は恐怖政治となんら変わらず、刃向かう艦の解体まで行っていたそうだ。最後はこのウェークで“艦娘の反乱”で殉職した。まさか少将が独立性の強いフェアリィまでもその手中に収めていたとは……。いやはや恐れ入る。もはや一種のカリスマだな」

 

 

 

 艦娘……正式名称は“水上用自律駆動兵装”。

 

 海を突然に支配した異形に対抗できる手段を探した最終型がそれだった。砲撃、雷撃、爆撃、電子戦、レーザー、メーザー、戦術核の投入まで行われ、お祓いや祈祷などオカルトチックなところまで足を突っ込んだ結果が、民間伝承かおとぎ話でしかないと思っていた“妖精”に頼るという結果に繋がったのである。

 ブラウニー、グレムリン、スパンデュール、ピクシー、コロボックル……呼び方はいろいろあるがまとめて“妖精(フェアリィ)”と呼ぶそのものたちに頼り、起死回生の切り札として“水上用自律駆動兵装”の開発が行われ、実用化した。

 これまで積極的に人間に関わろうとして来なかった“妖精”たちはごく稀な例外を除いて、限られた人物と最低限しか交流を持たない。

 

「そんなフェアリィすら脅して従えてたってなると……上層部は狂喜乱舞するんじゃない? 人間様のやりたいようにやれるって事だから効率よく海を奪還できるとかなんとか言って」

「んなことしても上手くいかないだろうに。一方的な支配関係で存続した国家がどれもすべからく崩壊してるのをまだ学ばないか」

 

 吐き捨てた航暉を見て僅かに微笑んだ夏海がクリップボードに目を落す。

 

「フェアリィとの信頼関係の回復は必要そうだけど、そもそもコンタクトを取れないわたしや司令官ではどうしようもないし、伊波少尉の働きに期待するしかないわね。……医務室は設備も十分だし、いつでも対応できるわ。……電も司令官への恐怖心が強い――――いや、人間への恐怖心が強いんでしょうね。話す機会があったらゆっくり話した方がいいでしょう。できれば早いうちに。なんとか心を開いていってくれるといいんだけど……」

「だな、とりあえず夜ご飯一緒に食べてみるか」

「それがよさそうね。今日は551水雷戦隊結成記念で少しはしゃぎましょう」

 

 そういうことを話していると遠慮がちに扉がノックされた。ここには妖精が幾人かと艦娘1人と人間三人しかいないのだからノックしてくる相手は自然に絞られる。

 

「どうぞー」

「失礼いたします……」

 

 おずおずと入って来た電を笑顔で出迎える3人。やはり電は緊張顔だ。それを隠そうとしているのか笑おうとして変な顔になっているところがいじらしく思える。

 

「えっと、あの……お呼びの用件はなんでありますでしょうか……」

「かしこまらなくていいよ。大丈夫」

「はい……」

 

 とりあえずそういって笑った航暉の顔をあまり見ずに俯く電。やはり、何かに怯えているような雰囲気だ。

 

「えっと、部屋の掃除とかしてくれてたのって電ちゃんだよね?」

 

 そんな中切り出したのはハルカだった。声をかけられたことに驚くように肩を少し跳ね上げてから頷く。

 

「ありがとう。わたし部屋の掃除とか苦手だったから助かったよー。一ヶ月以上司令官がいなかったっていうしどうなってるかなーって少し不安だったんだけど奇麗にしてくれてほんっと助かったー」

 

 そういいながら後ろから抱きつくようにして言葉をかけるハルカ。ハルカの身長はあまり電と変わらないため、姉妹がじゃれているようにも見える。いきなり抱きつかれたことや御礼を言われたことにドギマギしているのか、「えっと、あの。その……」と、言葉に詰まっていた。

 微笑ましく眺めながらも、航暉は軽くパンパンと手を叩いた。

 

「伊波少尉が掃除を苦手としているのは後々克服してもらうとして、これからしばらくはこの面子と後から到着するであろう増援部隊と一緒に行動をしていくことになる。だからお互いにルールを決めようと思う」

「ルール……ですか?」

 

 その声を聞きながら、航暉は電と目線を会わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「そうだ。自分が提案するルールはみっつ。ひとつめ、意見があるときはちゃんと言う、周りはそれを頭ごなしに否定してはならない」

 

 人差し指を立ててそういった航暉をまじまじと見つめる電。その前で中指を立てる。

 

「ふたつめ、無理はせず、できないと思ったことはできないとちゃんと言う。まわりは人命が関わるなどよほどの緊急事態では無い限り、これを無視してはならない」

 

 どこか驚いたような顔をする電の前でもう一本指を立てる。

 

「みっつめ、意見や言い分を通すために暴力を使ってはならない。周りはそれを看過してはならない。暴力にはもちろん不条理な上官命令も含まれる……どうだろうか?」

 

 しばし思案するようにゆっくりと目線を泳がせて、電は恐る恐る口を開いた。

 

「最後のは……もし、もしですよ、その、疑ってる訳ではないのですが……」

「もし、司令官が暴走したときはどうするのか、だね?」

 

 航暉が言葉を継ぐと間を置いてこくりと頷いた。

 

「当然看過することは許されない。ここの司令の上位機関にあたる連合司令部に陳情するか、武力による仲裁が必要だと判断されるときは撃ってもいいだろう。まぁ、そんな事態を引き起こした時点で司令官として失格だと思うけどね」

 

 そういってから航暉は夏海とハルカに視線を移した。

 

「六波羅医務長と伊波少尉はどうです?」

「意義無しです。……できれば、三時のおやつを許可してほしいです」

「業務に差し支えなければいいと思うけど、ここの酒保なんて皆無に等しいから嗜好品注文でなんとか済ませてね」

 

 ハルカの意見に苦笑いしつつそういうと夏海も笑う。

 

「それにしても中佐は面白い事いいますね。それ“艦娘に俺を撃ち殺すことを許可する”っていってるもんよ?」

「もっとも、殺されなきゃいけないような理由を作るつもりはないので問題無しです」

「あら、けっこう自信家?」

「これでも轟沈艦ゼロできているし、これから沈める予定も解体する予定も無いので」

「言うね〜中佐殿」

 

 ケラケラと笑っていると小さな声で「ありがとう……ございます……」と聞こえた。俯いて顔はほとんど見えないが反応からして彼女が言ったのだろう。それに笑顔で答える。

 

 

 その時、結構大きな音で電子音が鳴った。緊急通達を知らせるベル。航暉が司令官卓に戻り、通達内容を呼び出す。ハルカも個人用の端末を取り出すとそれを確認する。

 

 

「大規模通信障害……! 深海棲艦か!」

 

 詳細な内容をハルカが引き出す。

 

「海域ナンバ1エリアで通信障害が発生。ウェークレーダー、ボギーコンタクト、ボギーは中型以下と思われます。数不明!」

 

 所属不明艦(ボギー)……通信障害が発生している中で反応が出ると言う事は……

 

「波形照合出ました。深海棲艦の駆逐艦クラスないし軽巡と断定。現在1−3エリアをまっすぐ1-1へ向けて移動中。艦種は……え、CTCからSC命令です!」

 

 海軍極東方面隊の中央戦術コンピュータ(CTC)が緊急出撃せよと言って来ている。すでに作戦ナンバーが割り振られ、正式な出撃命令として処理されている。航暉はうなじに手をやり首の後ろから一本のコードを引き出した。それを司令デスクのジャックに差し込むと、わずかなタイムラグの後に電脳とコンピュータが接続される。音声入力装置をオン。

 

「CTCへ、こちらウェーク島基地第551水雷戦隊司令、月刀中佐。戦術コンピュータは本部隊の運用可能艦が駆逐艦一隻のみであることは把握しているか」

 

 間髪置かずに戦術コンピュータの返答が画面に表示される。それを同時に処理しつつ、基地の現状を電脳経由でザッピングしていく。

 

[CTCより月刀中佐、把握している]

 

「月刀中佐よりCTC、その状況で部隊を出す意味がわかっているのか」

 

[CTCより月刀中佐、質問の意図が理解不能]

 

 下唇を噛み締める。

 新首都に設定された長野に置かれた中央戦術コンピュータは、非常時に迅速な対応を取るべくセットされた巨大なスーパーコンピュータだ。くだらない縄張り争いや出世争いなどに左右されず、迅速な展開と救命のために的確な判断を最速で叩き出すため、融通なんて効くはずも無い。そうこうしている間にも敵の位置が特定されていく。進路はまっすぐウェーク島の近海を目指している。ウェークの領海まで、約30分。

 

 目の前で不安そうな少女を見つめた。

 

「いきなりで済まない。出られるかい?」

「……でます」

 

 彼女は不安げに瞳を揺らしながらも気丈に頷いた。

 

「……月刀中佐よりCTC、質問を取り下げ、迎撃に入る」

 

 通信を切る。

 

「必ず生きて帰還すること、いいね?」

「はい!」

「よろしい、第551水雷戦隊は準備でき次第出撃し近海に発生した深海棲艦を捕捉、これを撃退する。総員かかれ」

 

 それが合図になったかのように司令官室にいた人々が一気に動き出した。航暉が部屋の隅にある滑り棒を掴み、三階から一気に地下二階へ滑り降りる。それにハルカも続く。地下二階のドアはすでに開いていた。TCC―――戦術指揮所は階段状のフロアに管制卓が7つ、航暉が部屋に入ると足下から重い駆動音が響き出し、ブラックアウトしていたスクリーンが息を吹き返す。

 

「基地司令よりウェーク島戦術コンピュータ(WTC)、セルフモニタを即時実行し問題が無ければTCCを第一種警戒態勢に移行、TCC閉鎖、CTCとの通信ラインをオープンで維持せよ」

[DE WTC SELFCHECK-CMPL / TCC CND-RED / CLOSED-TTC / CTC-ONLINE]

 

 高速で画面に文字が表示されて、問題なくシステムが起動したことを告げる。TCCの電気が落され、スクリーンの青白い光が辺りを照らすに切りかわる。戦術指揮所に繋がるルートに隔壁が下ろされ外界とは電子的なつながりと放射線物質除去フィルターまで完備した通気用ダクト以外なくなったことになる。

 必要なデータがスクリーンに表示されていく。航暉はスクリーンの灯りを頼りにフロアの最上部にある総合司令官用の管制卓へ向かう。ヘッドレスト部にあるQRSプラグを引き出して自分のうなじに差し込んだ。カチンという音がして接続部がロックされる。

 艦娘を指揮する人間……“自律駆動兵装運用士官”はこの“接続(ログイン)”を嫌うものが多い。なにせ、マイクロマシン経由とはいえ、脳に直接コンピュータから伸びたケーブルを接続するのである。少しでもノイズが混じれば痛みに代わる。しかしこれが無ければ、部下が戦う現場を指揮することは愚か、見ることすら叶わないのである。

 

「少尉、管制システム接続シークエンスを開始、電の用意が整い次第接続する」

「了解っ!」

 

 司令官席の後方にある通信卓に飛び込んだハルカがインカムを耳に掛けつつ返事をした。

 

 

 

 

 

 地下二階の作戦指揮所でそんな指示が飛んでいるころ、電は急な滑り台のようなシューターに足を突っ込み、体を振り入れていた。こうなったら時間がない。シューターですぐに半地下の防空掩体となっている出撃ドックに到達する。光る非常灯、緊急出撃を知らせるサイレンが無機質極まりない出撃ドックに鳴り響く。目の端では妖精さんが大慌てで出撃用意を進めている。

 

《スクランブル、スクランブル、01ホット、01ホット。DD-AK04スタンバイドック1》

 

 合成音声でがなるアナウンスを聞きながら足元の赤い太い帯をたどるように走る。電はそのラインの先、出撃ドッグが並んだ場所の一番手前、第一出撃ドックに飛び込んだ。直後に今飛び込んで来たドック後方の隔壁がオートメーションで閉鎖される。天井からクレーンで吊られた電の艤装――ポセイドンインダストリー製の特Ⅲ型駆逐兵装ユニットだ――が収められたキャニスターが降りてくる。キャニスタークレーンが稼働中であることを示す黄色い回転灯が無機質なドック内を黄色く映し出す。

 

 妖精さんたちの誘導でキャニスターが開けられ、軍艦色に塗られた艤装を電の背中に接続する。接続と同時に電と艤装の同期が始まる。ドック前方のディスプレイには電の登録番号と換装可能兵装の詳細が表示された。10センチ高角砲一門、二門設置された61センチ三連装魚雷発射管には全て九三式酸酸素魚雷の3型が装填されている。

 外部電源装置が接続されていることを確認してから革靴を模した推進力場出力機の稼働テストを実施。反応がノーマルであることを確認して、警告灯の確認、エラー表示が一瞬瞬いて消える。武装管制装置オフ、航法管制装置、戦術リンクなど主要なシステムがオフになっているのを確かめると声を張り上げる。

 

「缶を始動するのです!」

 

 外部電源をスターターに接続、コンプレッサーが缶を外側から稼働させる。万が一に備えて妖精さんが全員安全域に退避したことを確認して燃料となる水素を送り込む。ドンッ!という衝撃と共に缶が始動、電力供給を開始する。稼働率33%、アイドル域で落ち着いたことを確認してから外部電源を切り離す。キャニスターから伸びた電源ケーブルがずるずるとキャニスターに引きこまれたら、キャニスターがクレーンに吊られてドックから引き出されていく。

 

「動力系統システムチェック、マスターアーム、ロック、チェック」

 

 キャニスタークレーンの回転灯に照らされながら、電は声に出しながら始動シークエンスを進めていく。主砲への給弾システムがロックされてることを確認して主砲を一度稼働させる。レスポンスノーマル、正常駆動する。対空電探、アクティブ・パッシブソナーの正常起動確認、慣性航法システム(INS)が緯度経度の入力を求めてきたのでウェーク島のデータを入力、自律待機(アライン)を確認。

 

「第一出撃ドック、電よりウェークTCC、チェックインなのです」

 

 出撃用意完了(チェックイン)を告げるとすぐに返答が帰ってくる。

 

《司令部より電、中継機と同期させるぞ》

「は、はいなのです!」

 

 慌てた返事に笑う気配がしながら、無線が繋がる。

 

《時間合わせ、1621、5、4、3、2、1、マーク》

 

 直後一瞬軽い頭痛のような痛みが走る、それは刹那で消え去り、体がきもち軽くなったかのように思える。

 

 

(あれ、司令官さんとのリンクってこんなに気持ちいいものでしたっけ……)

 

 

《リンク確認。システムグリーンライト。電……いけるかい?》

「はい! いつでも大丈夫なのですっ!」

《作戦ナンバEMD0820501003Aを開始する、CTC出撃承認、戦術リンクの開始》

「戦術リンク確認です!」

 

 電の頭の中に作戦用の航路や転進ポイントなどの情報が流れ込んでくる。それを感じながら電は静かに深呼吸をした。

 

《司令部了解、第一出撃ドック注水開始》

 

 大量の海水が流れ込んで来て体が水に浮いていく。足下の力場もしっかりと効いている。

 

《前門開け! 第551水雷戦隊、抜錨!》

 

 差し込んでくる日光に目を射られ目を細める。それでも前に力を入れ、滑るように海へと飛び出していく。目の前の海原へと小さな少女が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「駆逐艦“電”、出撃です!」

 

 

 




どこからともなく漂う攻殻機動隊臭。

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次回は戦闘回。よろしくお願いします!

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