艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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観艦式の前夜祭!

抜錨です!


Chapter2-2 宴の夜は

 

 

 

 マニラの高層ビル、その三七階のパーティホールは祝賀ムードに覆われていた。

 

「だから俺が悪かったって、機嫌直してくれよ」

「ボクよりも美人でボインなおねーさんの方がいいんでしょ?」

「あれが楽しんでたように見えるか?」

「鼻の下伸びてた」

「うっ……」

 

 その一角に明らか場違いな痴話げんかモードの青年と少女、浜地中佐と駆逐艦娘“皐月”である。

 

「おねーさん好きなら、早く空母とか戦艦の指揮官になればいいんだ」

「んな訳ねーだろ」

 

 だめだ、完全にすねてる。浜地中佐は見事に頭を抱えた。髪を掻こうとして、慣れない整髪剤で髪を固めていたのを思い出す。第一種軍装にミニチュアメダルの勲章を下げた浜地中佐はそっぽを向いたまま顔を合せてくれない旗艦をなだめすかしにかかる。

 

「まあまあ、皐月も司令官をいじめるのはそれくらいにしときんさい。あれは男の本能じゃけぇ……すっごくしどろもどろになってたのは司令官らしいといえば司令官らしいいなぁ」

 

 そんあ皐月の横にセーラー服の少女が優しく笑いながら寄り添った。ペンネット付きのセーラーハットを青みの強い独特な色をした髪に乗せた彼女は“浦風”。彼の部隊に所属する艦艇でもある。

 

「……浦風もおっぱいでっかいくせに」

「それは……けど、さっきの人よりは小さいけん」

「大きいことは否定しないんだ……」

 

 普段は素直で屈託のない皐月だが、珍しく毒を吐いている。

 

「いいもんいいもん。睦月型でぺったんこ同盟組んでやるもん!」

「じゃあ、同盟第一号はわたしだね~」

 

 後ろから響く舌足らずな極甘ボイスに背筋を震わせる皐月。振り返る前に後ろから抱き着かれ薄い胸板が押し付けられる。

 

「えへへ~。おっぱいなんて戦闘にいらないもんね~。わかってくれる人がいてよかったよ~」

「ふ、文月、さん……?」

「さんづけなんていらないよぉ? 皐月のほうがお姉ちゃんなんだし。胸って揉めば大きくなるってホントかなぁ……」

 

 皐月の鳥肌が二重三重に立っていく中、文月は左手で皐月の首筋を押さえたまま、右手を優しく皐月のセーラー服の中に滑り込ませて……。

 

「~~~~~~~~っ!」

「~♪」

 

 無言での攻防戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「……止めなくていいの?」

「文月はあれでもちゃんと周りを見てる。ヤバくなる前にちゃんとやめるさ」

 

 騒動を遠目に眺めながらシャンパングラスに注がれたジンジャーエールを傾けるのは笹原ゆう中佐だ。街を見下ろす窓ガラスに背を向け、手すりに体重を預けたまま、強めの炭酸を味わう。開襟のジャケットに国連軍所属を示す水色の飾緒を右脇から垂らし、左胸に第二次日本海事変の時にもらった国連軍第二級勲章のメダルを下げた通常礼装だった。その横にいつも通りの恰好の軽巡“川内”がやってくる。手には子羊のローストの切れ端が乗った皿を持っている。

 

「夜なのにテンション低いじゃない、司令官」

「こーいう堅苦しいパーティは嫌いなの」

「やっぱり? あたしも……というより艦娘が軍主催のパーティ意外に参加するのも何気に初めてなんじゃない?」

 

 川内は笹原と同じように手すりに体重を預けながら子羊のローストを口にする。

 

「月刀大佐も大変だ。国連海軍の代表としてずっとお偉いさんの接待してなきゃいけないんだもん」

「カズ君ならそれぐらい慣れてるでしょ。ああ見えて一大軍閥“月の御三家”の筆頭、月刀家の人間だよ? それよりもその横で控えてなきゃいけない電ちゃんの方が心配かな?」

「あー、真面目ちゃんだから力を抜いてってできないか……」

 

 二人の視線の先にはスールースルタン国海軍大将の階級章を付けた大男と表面上は楽しげに会話をする航暉の姿があった。笹原や浜地中佐と異なり、長く燕の尾が垂れた燕尾服に白い蝶ネクタイ、国連のマークに錨を重ねた国連海軍(U.N.N.)所属を示すバッジに笹原と同じ国連軍第二級勲章のメダルを下げている。セーラー服の電は周りを正装で着飾った男女の中では激しく浮いており、遠目にもかちんこちんに緊張しているのがわかる。

 

「……浜地中佐も大変だ」

「あー、さっき女性に言い寄られてたね。うまくかわしたみたいだけど」

「度胸ないよねー? みるからにセックススパイなんだから、適当にブラフを口にしておけば一晩ぐらいいい思いできただろうに」

「え……あの言い寄ってた女の人スパイなの?」

 

 くすくすと笑いながら笹原はその噂の彼を視界の端に捉えた。疲れ切った顔をして文月に襲われている皐月を庇っている。痴話げんかは収束したようだ。なによりなにより。

 

「浜地中佐が見るからに警戒してたから意味なかったけどね。皐月ちゃんにとってはしばらく赤いドレスはトラウマかな? 浜地中佐はそれどころじゃないだろうけどさ。……まぁ、低めの身長とちょっと童顔にみえるのも相まって現場慣れしてなさそうに見えちゃうだろうし、浜地中佐は災難だったね」

「月刀大佐は?」

「あれに声かけるのはある意味自殺行為よ。あたしが保証する」

「……どういう保証なのそれ?」

 

 笑いながらグラスを煽った笹原はグラスに残った口紅を少し気にしながら笑う。

 

「結構身持ちも堅いし、逆にスパイの方が身元割られる可能性も高い。……月の御三家の関係で“そういう事情”に詳しいんだよ。月刀家は配下に国内の兵器産業の一角を担う月岡コンツェルン、ポセイドンインダストリィ社があるし、月詠家は空軍に顔が利いた。月刀家に至っては今でも陸軍と太いパイプを持ってる……そんな環境で育てばそういう事情にも詳しくなるさ」

 

 川内は隣に立つ司令官のことがあまりよくわからなかった。夜戦好きという共通項もあるし、水雷戦隊の指揮能力に関しては絶対的な信頼を置くに値すると思っている。だが、時々なにを考えているのかわからないこともある。艦娘には見えないものが見えているんじゃないかって思えるのだ。部隊の要望を上層部に通す手腕は目を見張るものがあるし、川内にはわからない政治とやらのパワーバランスにも詳しい。そうかと思えば、朝は毎日のように寝坊してくるし、書類はミスだらけで綾波に怒られるのはほぼ日常の風景だ。

 

「司令官は、ここに来る前、何をやってたの?」

「んー? 一緒にいたじゃない。マニラ湾の地形確認して、襲撃ポイントの予測を立てて、フォーメーション確認して……」

「そう言うことを聞いてないのはわかってるくせに」

「……話したことなかったっけ? 軍の狗になる前」

「……聞いてない」

「――――That's so long ago, I don't remember.」

「なにそれ」

「“カサブランカ”って映画の科白よ。確か佐世保のライブラリにDVDがあったはずよ。今度一緒に見て見ない?」

 

 笹原はまた妖艶ともいえる笑みの向こうに答えを隠してしまう。

 

「……”なら今晩は会えるの?”」

「あっちゃー、川内さん意外に博識?――――I never make plans that far ahead.って答えておこうかな」

 

 笹原は額を手のひらで抑えてオーバーにしまったという表情をつくる。だがその裏から覗く目は好奇の色を混じらせていた。

 

「……司令官はさ、明日の観艦式はどうなると思う?」

「さぁ……といっても始まらないもんね。観艦式参加艦娘の代表、川内ちゃんには話といたほうがいいと思うし」

「それは、電ちゃんとかには話さなくていいの?」

「必要ならカズ君から聞かされるわよ。ほかの駆逐艦のみんなには話さなくていいかな……河岸を変えましょう。ここでできる話じゃない」

 

 そう言うと腰を振って手すりから離れるとパーティ会場を後にする。ボーイにチップと一緒にグラスを返してドアガールに会釈しながら扉をくぐる。

 

《……どこに行く気だ、笹原》

《お花摘みよ。いくらカズ君でもガールズの秘密の花園に首を突っ込まないでね》

 

 航暉が飛ばしてきた電脳通信を強制的に切って廊下に出ると、人気のいない方へと歩く。暴漢に襲われることも考えられたが、脇には護衛用の小型拳銃も吊っているし、川内もいる。

 廊下の窓から眺める外は暗く沈み込んでいた。ところどころ赤く光っているが、黒い煙も同時に立ち上がっているところをみると街の明かりというわけではなさそうだ。

 

「……今回の作戦、艦娘を前線に押し出しての戦闘というのは現実的じゃないというのが司令部の考えよ」

「司令部っていうのは司令官と、月刀大佐たち?」

「それプラス極東方面隊総合司令部の考え。理由は単純、外からの攻撃では国王の確実な暗殺というのがほぼ不可能だからよ」

 

 その表情はパーティ会場で見せていた余裕のある表情とは変わっていた。

 

「指導者暗殺のメリットってわかる?」

「……トップがいなくなって混乱させること?」

「まぁ、そうだね。トップを消すだけの力があるぞってことと、お前らが信じてた英雄はもういないぞってことを示したいわけだ。……暗殺で消さなきゃいけないものって実は命じゃないってわかる?」

「どーゆーこと?」

「消さなきゃいけないのは、命そのものじゃない。そいつが着ている肩書や権力だ。だから命を消しても、その人を騙る人物が出てきたらそれはそれで暗殺失敗なわけ。つまり替え玉を使って“奇跡の生還!”とかやられてしまうと逆効果ってわけ。おけ?」

「……なんとなく」

 

 笹原はその答えに満足げに頷いた。

 

「なら次に行こう。暗殺する側にとって重要なことは殺した相手の死を隠されないようにすることだ。つまりは、死体を晒すこと。相手に言い逃れができない状況で殺すこと。たとえば演説の最中やパレードの最中の殺害は周りに無関係な民間人が沢山いて隠し通すことは難しい」

 

 パーティ会場にサーブしに行くのだろう、赤いジュレをガラスの器に盛った涼しげなデザートを片手にボーイが目の前を横切る。廊下の角に消えてから笹原は改めて口を開いた。

 

「そろそろ現状に話を落とし込もう。今回の観艦式では国王はスールースルタン国海軍のイージス巡洋艦リカルテ級1番艦“リカルテ”に座上する。この艦は軍用艦で民間人はほとんど乗っていない。だから一般群衆の中での暗殺は前提条件からして無理だ。だけど一つだけ例外がある」

 

 しばらく沈黙が続いたが、川内はあることを思い出した。

 

「……報道陣?」

「そうだ。夜になって調子が出てきたね? 船にはプレス関係者も乗船する。カメラが回っている間に国王の頭が吹き飛べば暗殺は成功だ。じゃあ質問。その算段になって艦娘ができることってなーんだ?」

 

 意地悪な笑みを浮かべて笹原は川内を見る。

 

「……わかんない」

「それでいいのだ。その算段になってしまっては“艦娘の出る幕はない”。水上で航行中の艦娘にできることは外からやってくる敵を追い払うことだもん。内部に敵が言う状況下での戦闘マニュアルなんてないし、君たちが艦の中の反乱因子を気にする必要はないからね」

「つまり……」

「うん。今回航海が始まってから敵が船に乗り移ろうとわらわらやってくるって可能性はかなり低い。あり得るとしたら陽動。もしくは生存者が確実にゼロにできる方法での攻撃法を持っている場合のみだ」

「具体的には?」

「そうね……気化弾頭を使った空間攻撃とかかしら。水深が十分にあるところで かつ、船内から避難できない状況にしたうえで船ごと沈めれば目的は成功ね。もっともそんな空間攻撃をしてくる場合はおそらくミサイルか戦闘機を使ってくるから艦娘ができることはあまりないかな」

 

 笹原は笑った。

 

「つまり、今回私たちは“蚊帳の外でおろおろ騒いでろ”ってことよ。要は噛ませ犬ってこと。それを極東方面隊総合司令部が指示をしてきた」

「……意味わかんない」

「今回の暗殺は人間同士の戦いに終始するでしょうね。文字通り艦娘の出る幕じゃないのよ。人間同士の時代錯誤な縄張り争いに付き合う理由はないし、君たちの敵は深海棲艦であって、人間じゃない。“だからこそ”国連海軍はこの作戦に乗った」

 

 雲の隙間から半月が覗くが明るい廊下ではあまり目立たない。それを見て目を細めながら笹原はどこか卑下するような笑みを浮かべた。

 

「“艦娘は対人戦闘では役に立たない”……そういう結果を報道陣の前で示すこと。これが月刀大佐に示された本当の任務よ。艦娘は対深海棲艦用に特化した兵器であることを人民に再認識させ、深海棲艦との戦争が終了した後、ほぼ確実に再発するであろう人間同士の戦いにあんたらが巻き込まれるリスクを減少させる。ある意味、君たちの未来のために彼は泥をかぶる訳だ。それがわかっててああやって将校と談笑できる彼の気がしれないね。もしかしたら“起こるべくして起こった失態”のせいで物理的に首を切られるかもしれないってのにさ」

 

 どうしてそこまで艦娘のために身を粉にできるやら、と笹原は笑った。

 

「……どうしてそんな重要なことをみんなに言わないの?」

「だからあんたにはことが始まる前に言ったじゃん、川内」

「だって、わざと護衛に失敗しろって言ってきてるんだよ。昨日今日とみんなで航海してきたけど、月刀大佐の部隊のみんなは心から彼を信頼してる。月刀大佐は将来的にみんなを守るかもしれないけど、今の信頼も実績も全部パーにしろってことでしょ? 国連海軍の恥を晒した将校ってことでずっとその汚名を着続けなくちゃいけなくなる」

「そうね」

 

 川内はだんだん腹が立ってきた。そんな作戦をさも当然のように隠してきた司令部に。そんなことをおくびにも出さずに指揮を執ってきた目の前の指揮官に。そしてなによりも目の前のこの女を論破できない自分自身に。

 

「納得できない! なんでそれでも司令官はずっと笑ってられるの!」

 

 卑下したような笑みの向こうに一瞬だけ感情が横ぎった気がした。だが、それすらもなかったことのように仮面に隠してしまう。

 

 そこに来て、浜地中佐が妙に緊張していた理由もわかった。パーティ慣れしてない訳でも、臆病な訳でもない。一番の理由は――――――

 

 

 

――――――醜態を晒せという任務によって皐月たちが傷つくのを恐れているのだ。

 

 

 

 川内はまだ浜地中佐にあってからの時間は少ない。だが、その言動から根が優しく、軍人としては失格であるほどの人格者であることぐらいわかっている。ことが起きれば司令部の失態だと主張するのだろう。それでも、世に公表されるのは人間に対して艦娘は弱いという結果であろう。そのきっかけとなった艦娘がどのような目で見られるか、わからないわけではあるまい。

 

 司令部でどんな会話が交わされたのかはわからない。だが、この司令部の面々が素直にはいそうですかと鵜呑みにしたとは思えない。何重にも手を尽くして、それでもこうするのがベストなのだろう。

 

「それで、その結果月刀大佐はどうなるの? 浜地中佐はどうなるの? あんたは、司令官はどうなるのよ! 公式の国の行事で恥かいて、何も知らないで参加した駆逐艦の子たちを傷つけて! その責任を取らされて退役させられるのがオチじゃない! 部下は何も知らないで誤解したままほかの司令官のところで戦うの!? それで司令官たちは何を得るの!?」

「それでも、月刀大佐や浜地中佐はやるよ、きっとね。それが結果として“あなたたちを守ることになるのなら”」

「……司令官、あんたは……卑怯だ」

 

 睨んだ目頭が熱い。それでも、笹原は笑ったままだった。

 

「よく言われるよ。……それで、あなたはどうするの。みんなに話す? それとも参加しないでどこかに逃げる?」

「……やっぱり卑怯だ。司令官たちが覚悟決めてるのに、話せるわけないじゃん……!」

 

 笹原が彼女の頭を抱き込んだ。勲章のメダルが少し痛かったが、川内はされるがままに腕に収まる。

 

「やっぱりあんたはあたしが知ってる部下で一番優秀だ、川内。……みんなのこと、頼むよ、国連海軍派遣団旗艦“川内”。司令部でかわしきれなくなった時は、あんたがみんなを守るんだ」

「……悲しいこと言わないで」

「ごめんごめん。でも、頼むね」

「……わかった」

「これでヒミツを共有した共犯者ってわけだ。“ルイ、美しい友情の始りだな”」

「高跳びでもする気?」

「それもいいかもね。これが終わったっら雲隠れでもしてみようか?」

 

 胸に抱き込んだままあやすようにぽんぽんと頭を叩く。そうしながら電脳通信をオープンにする。

 

《カズ君、川内に話した》

《お花摘みに行ったんじゃなかったのか? ……状況は?》

《グリーン2-3、反応はまずまず。最悪の場合のリスクヘッジはできそうね》

《そうか……》

《電ちゃんには話すの?》

《いや、俺の場合は話したところで自己満足にしかならない。黙っておくよ》

《そう、わかった。川内が泣いちゃってるから落ち着いてから戻るよ》

《了解》

 

 無線を切った。川内の頭を抱いたまま、目線だけを動かし、まだらな赤に染まった街を見下ろした。明日は戦いになる。

 

 司令官の命かけた戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スポーツドリンクを煽って浜地中佐は堅苦しいジャケットを脱ぎ捨てた。

 

「……皐月も今日は疲れたもんな。ごめんな、あんまりかまってやれなくて」

 

 当の皐月は部屋にいない。駆逐艦たちが休んでるテントに睦月たちと一緒に寝かせてきたからだ。臨時の司令室のデスクに腰掛け、ネクタイを緩めていく。

 

「感慨深いなぁ……明日ここに戻ってこられるかわからないもんな」

 

 国連海軍派遣団が乗船するのは国王が乗る船と同じだ。暗殺の巻き添えになるリスクだってほかの人よりも高い。その中で、何ができるだろう。帰ってこれたとしても、皐月に愛想をつかされていない保証はどこにもないのだ。

 

 そう言う意味では今日の晩餐会は皮肉なものだ。パンとワインを振舞って盛大に行われた最後の晩餐。裏切り者にもその食事は振る舞われるのだ。

 

「ごめんな、皐月」

 

 ここでの日々は大変だったが、それでも何とかやってこれた。それは皐月たちがいたからだ。その信頼をほぼ間違いなく、明日裏切る。

 彼女の笑顔も、怒った顔も、背伸びしたがる言動も、もう見れないかもしれない。それがこんなにも苦しい。

 

 

「ごめんな……ごめんな」

 

 司令官の苦悩など、彼女たちは知らなくていい。どういう理由があろうとも、彼女たちを裏切る事実に違いはない。お前たちの未来のためだ、など歯の浮くような言い訳を連ねるつもりはさらさらなかった。

 

「明日、か……」

 

 制服を脱いでハンガーに吊るしながら、彼は静かに溜息をついた。視線の先には写真立てに飾られた写真、ここのメンバーそろってとった唯一の写真だった。写真の彼の横では皐月が屈託なく笑っていた。

 

 

 

 

「お前がお前たちが背負うのは栄光だけでいいんだ、皐月」

 

 

 

 

 写真立てをデスクに伏せて、彼はそっと部屋を出た。

 

 




話の核心に近い話を前半に公開する作者ってどうなの?

次回は観艦式当日に話が移ります。
艦娘の、司令官の、国連海軍の、スールースルタン国の、テロリストの……それぞれの目指すハッピーエンドは違います。それぞれがそれぞれ糸を引き、ひとつの航海へと向かいます。さて、航海はどうなるのでしょうか……

話は変わって、お気に入り250件突破、2万UA突破ありがとうございます。
文字数も20万超えたんですね。驚きです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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