艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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また一週間ほど更新が空いてしまいました。お待たせしました!

それでは、抜錨!


Chapter4-8 鎖を絶ち

《大和、左舷3-5-6度!》

 

 武蔵の声に大和の副砲が反応する。その方向から飛び出してこようとした駆逐艦を跡形もなく消し飛ばした。

 

「なかなか、数が多い……!」

 

 大和は歯噛みしつつも速度を上げる。出力リミッターがもどかしい、もう非常事態ということで勝手に解除してしまおうか。

 

 敵の水雷戦隊が先行して接近、エアカバーはまだ拮抗しているが、敵空母の上では発艦準備中の機が何機か残っている。すなわち、このままでは制空権を取られかねない。当然だ。向こうは正規空母3隻。こちらは装甲空母の大鳳と軽空母三隻、そのうち龍鳳が第三班のカバーにあたっているから正規空母一隻と軽空2隻がこちらの正味の航空戦力になる。数は向こうの方が上だ。これ以上相手が上がってきたら航空戦で押し切られる。主砲の照準を合わせていく。鷹の目がまだ復旧しないのが痛い。昔ながらの試射を重ねての着弾観測砲撃に頼らざるを得ない。だが、制空権は拮抗、下手すれば不利に傾きかねない。……その状況で水観を出せるか。無理だ。

 だからこそ前に出たのだ。目視での攻撃圏内に相手を捉え、戦艦の中でももっとも重い砲弾を相手に高速で叩き込むために。

 

「第一・第二主砲、徹甲弾装填! 砲管制システムをマニュアルへ電探情報リンクリクエスト!」

 

 電探の情報、測定儀の情報を統合、敵の艦影を見極め砲の角度を調整する。鷹の目ほどの精度は望めない。それでも撃たなければならない。

 

「――――撃てっ!」

 

 爆炎がほとばしり、衝撃波を伴った徹甲弾が超音速で飛び出していく。着弾まで約20秒、再装填間隔はどんなに短縮しても25秒、実質30秒。約40秒に一斉射が限度だろうか。その間にも敵の航空隊に水雷戦隊も相手にしなければならない。再装填を急ぎながら砲弾の行方を追う。

 

(……近・近と言うところでしょうかね)

 

 副砲を回し大和を迂回して戦闘に向かおうとしている水雷戦隊の鼻先へ砲弾を撃ち付ける。左舷側を大きく回り込むように動いていた敵の水雷戦隊は先頭を曳いていた軽巡の進路がぶれたことにより陣形を崩していく。あそこまで行けば武蔵と大鳳がいれば瞬殺できよう。

 そのうちに水柱が立つ。真っ白の水柱が4本、相手との間にカーテンを引くように水柱が立つ。それを割るように飛び向けた砲弾が水色の水柱を立てる。

 

「……武蔵ですか」

《いいとこを全て姉に持っていかれるのは癪なのでな。アイツの無茶な砲さばきで慣れたさ》

 

 かなり後方に位置する武蔵だがしっかり計算を合せてくる。妹ながらいい腕をしている。

 

 再装填完了、角度をわずかに増加させ発砲、同時に首の後ろがちりりとするような感覚、はっとして上を見上げれば敵の艦爆がダイブブレーキを開いて飛び込んでくるところだった。時間が引き伸ばされたように感じる、急いで左へ舵を切りつつ機銃掃射。あっという間に蜂の巣になった航空機、曳光弾が爆弾にヒットしたのか空中、至近距離で爆弾が破裂した。

 

《大和っ!?》

「大丈夫です! 砲撃続行!」

 

 直撃したわけではない。缶をはじめとした推進部や武装管制システムなど基幹機能は無事だ。だが対空電探が完全に沈黙し、水上電探もノイズまみれになったのがつらいところではある。それでも距離測定儀は生きているし砲もまわる。戦闘は続行できる。和傘を模した電探アンテナが使い物にならなくなってしまっていた。爆風避けの足しにもなればと振りかざしたから当然ではあるが。それを適当な敵機に向けてやり投げの要領でかっ飛ばすと慌てて距離を取っていく。

 

(武蔵や大鳳たちにも攻撃が向いているのは少々面白くないですね。私を無視しても海上に浮かんでいられると思っているのでしょうか……)

 

 そう思った直後に体を直に揺さぶられた。足に軽い痛みが走る。

 

「……魚雷?」

 

 ダメージコントロールシーケンスを開始する。痛みは左足、左舷からの雷撃だ。あの水雷戦隊が目標をこちらに変えたのだろうか? 上等上等、まとめて相手にしてやる。

 

《大和、無茶するな!》

「わかってますとも」

 

 武蔵の声に笑って大和は空を見る。何機かがこちらとの距離を窺うように飛び回っていた。三式弾で追っ払ってしまおうか。

 どこか状況が他人事のように、大和の感情はひどく落ち着いていた。感情は極端にフラットだった。

 

「とはいえ負けるのも癪ですし」

 

 大和は目視で遠くの艦隊に狙いをつけ砲弾を撃ちだすと、舵を左へ。かなり近いところに敵の駆逐艦が飛び込んでいた。副砲で海面を切るように鉛を撃つと駆逐艦はあっという間に海の中へと消えていく。それを見送ることなどしない、時間の無駄だからだ。上空を飛び交う影を気にしつつも大和は速度を維持したままどんどん距離を詰めていく。

 

 また左上方から艦爆が一機、突っ込んでくる。空に遠く豆粒が散らばっているところを見るに、直接的な攻撃は航空隊に切り替えるつもりらしい。それを待たずに突っ込んできた敵機を捌きながら大和は苦笑いを浮かべる、単騎でこの大和型に何ができるというのだろう。当たってやるつもりもないし、当たったとしてもこの装甲は爆弾一発ではどうこうできるものでもないつもりだ。たった一機の飛行機で立ち向かってくる勇気には賞賛を送るが、それは勇敢というよりは蛮勇と言うべきものだろう。

 

 回避のために右に舵を当てる。わずかにぶれた進路は艦爆が放った爆弾をギリギリでかわし切った。海水交じりの爆風が吹き付ける。

 

《――――――大和!》

 

 武蔵の叫びが無線に響く。その尋常ならざる声に一瞬眉をしかめた。直後に背負った艤装から爆炎が上がる。その衝撃に肺から強制的に空気が押し出される。

 

「ッ!――――――まさか、特攻……?」

 

 あの時、敵機は一機、吊ってる爆弾も一機だったはずだ。爆弾をかわした直後に上空からぶち当たってくるものといえば爆弾を運搬していた航空機以外なさそうだ。

 

 

 いつかの記憶がフラッシュバックする。

 

 あのことを悔いているわけではない。そうでもしないと、そこまでしないとあの時は活路が見いだせなかったのだ。

 一億特攻の先駆けたれと言われ、海上特攻に挑んだあの時の心意気を忘れたわけではない。死して名を残すこと、国の名を冠した戦艦が、命を惜しみ醜態をさらすことは許されないのだ。

 

 だのに、何を怒っているのだろう。相手が“同じことを仕掛けてきたから”だろうか?

 

 

「――――――あぁ、そうですね」

 

 

 悲しいんだろうと思う。どこか冷めた心でそう思ったのだ。あの時の亡霊を重ねてしまったのだろう。

 

 相手もそれほどまでに追い詰められているのだろうか。特攻などしなければ活路が見えないほどに後がないのだろうか。

 

 あの戦争のときの敵兵はこんな気持ちでそれを見ていたのだろうか。なんと痛ましく、なんと浅ましい攻撃だろうと思い、唇を噛んだ。

 

 だが悲しいと思うことを大和は是とできない。それは昔の自分を憐れむことだ。あの思いを否定することだ。あの時の自分が憐れみの対象となることを認めることだ。

 

 水柱がおさまる。低空で突っ込んでくる艦攻隊がぼんやりと見えた。数は――――30程度だろうか、かなり多い。

 砲を向けてそこで止める。照準を合せる。

 

「……」

 

 引き金を、引けなかった。

 

 なぜだろう、引く気が起きなかったのだ。あれを潰してしまったら、昔の自分を否定してしまう気がしたのだ。

 雷撃機がもう一段高度を落とす。そろそろ雷撃がくるのだろうか。左舷にあれだけの魚雷を喰らえば無事で済む保証はないだろう。

 大和は息を吐きだし、動きを止める。

 

《大和、回避だ! スターボード!》

 

 武蔵の声ががなる。ゆっくりと無線を切った。

 

 中路中将と杉田中佐に謝るべきだろうが、謝る手段はなさそうだった。

 

 

 ひとり覚悟を決めて、ひとり微笑んだ。

 

 

 直後――――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――諦めちゃダメですっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 目の前をいくつもの水柱が立つ大和への直撃コースの魚雷が狙い撃ちされていく。

 はっとして横を見ると、急速に影が迫ってきていた。

 

「大和さん! ひとりで勝手に諦めないでください! 私が、貴方を守ります!」

 

 両手に構えた砲を撃ちこみながら駆けてきた彼女は必死の形相で大和と魚雷の間に体を滑り込ませた。初霜は大和の盾になる位置でスライディングのように海面を削りつつ級制動をかける。そこで停止したまま短いサイクルで砲撃を続ける。そのたびに大きな水柱が立ち、魚雷をせき止めていく。それでもそこに立っていれば魚雷の直撃は免れない。

 

「初霜、どきなさい!」

「どきません!」

 

 次々と魚雷を主砲弾で撃ちぬきながら初霜は叫ぶ。

 

「大和さんの命令でもどきません! ここは坊の岬沖じゃないんです! こんなところで、大和さんは犬死する気ですかっ?」

 

 水柱の立つ位置がどんどん迫ってくる。

 

「若葉っ!」

「任せろ。」

 

 追いついてきた若葉が横から機銃を放つ。主砲で右手が塞がっているからか、左手一本でで快調に空薬莢を飛ばしながらフルオートで横なぎに鉛玉を叩き込んでいく。強烈な反動を利用して射線を変え撃ち込まれた鉛玉が魚雷の行先を狂わせ、誤作動を起こしていく。

 

「大和さんがどんな思いでここで戦ってるかなんてわかりません! もう戦いたくないと思ってるかもしれませんし、死にたいのかもしれませんけど、私の前で沈むのだけは許しません!」

 

 初霜は主砲の発砲サイクルを無理矢理に縮めて発砲を続ける。右手の連装砲の右砲が撃発不良を起こして、弾が詰まる。強引に薬室を解放し不良弾を強制排除、次弾を叩き込む。

 

「あんな思いはしないって決めたんです。護衛だけが、貴方を最後まで送り届けられなかった護衛だけが帰ってくるような、あんな惨めな思いだけはしないって決めたんです!」

 

 今度は左手の単装砲の銃身が熱を持ちすぎたというエラーが出る。連装砲を撃ちつつも腰を落として左手を海水に向けて振り下ろす。ジュン! と海水が泡立つ音がした後で、赤熱エラーが解除される。海水から引き上げ、まだ湯気を上げている砲を構え直す。

 

 

 

「沈ませない、私は貴方を沈ませない!」

 

 

 

 飛び出した砲弾は衝撃波を引きながら魚雷に一直線に突っ込み、爆散させる。

 

「最後一本!」

 

 右手の連装砲でほぼ足元まで来ていた魚雷を打ち砕く。派手に立った水柱のしぶきを浴びながら初霜は振り返った。

 

「今度こそ、大丈夫です。守って見せます。ここで私はあの戦争を、私の中のあの戦争を終わらせるんです。だから私のためにも大和さんには生きて帰ってもらわないと困るんです」

 

 そう言って微笑んだ初霜は無線を開いた。濡れてより黒さを増した髪を耳にかけるようにして気にならないようにすると改めて空を睨む。

 

「こちら535初霜、阿武隈さん聞こえてますか?」

《こちら阿武隈、あと5分で着けるよ!》

「初霜了解しました、対空戦がメインになりそうです」

《わかった。気を付けてね》

「阿武隈さんもです。通信終わり」

「航空隊、来るぞ。」

 

 若葉がすいっと前に出つつそう言った。

 

「わかってるわ。……大和さん、あなたの命はあなただけのものじゃない。私たちの希望なんです。だから、沈ませません。生きて帰るんです。必ず、絶対に、何があっても生きて帰るんです!」

 

 迫りくる航空隊に向けて両手の主砲を掲げる初霜は胸を張った。

 

「初霜、これより対空戦闘に入ります!」

 

 そう宣言し、初霜も前に出る。

 

「大和さん、三式弾撃てますか? 撃てるならお願いします」

 

 おそらく航空戦に持ち込む気だろう。敵の本隊は大和から距離を取るように動いている。おそらくはそのまま進む気だ。まだ武蔵の砲撃圏内なのだろう。いくつも弾丸が上空を飛び抜けていく。

 初霜も負けじと砲を振り上げた。主砲弾は対空防衛としては心もとない。だとしても。

 

「負けるわけにはいかないの」

 

 爆炎と共に撃ちだされた鉛玉が敵の進路を妨害し散り散りに編隊を別れさせる。煙幕を展張しつつ大和を大きく取り囲むように走り出す。

 艦爆の場合、敵艦に有効な打撃を与えるためには適切な位置と角度で爆弾をリリースしなければならない。したがってどの位置に航空機を侵入させてはいけないかがわかっていればある程度の行動予測が立てられる。そこを狙って砲撃を繰り出し、そこでの攻撃を防ぐことさえできれば最低限“負けはしない”。

 艦攻だって敵の位置さえつかめてしまえば攻撃は容易い。

 

 大和を落とそうと必死になっていた艦爆隊が目標を変えた、隊を二分し、初霜と若葉に同時に急降下を仕掛ける。弾道を見極めつつ加速して落下地点から飛び退くと同時、若葉の上空へと砲弾を走らせる。

 

「無茶をするな。私は大丈夫だ。」

「大丈夫ならちゃんと避けてよ!」

 

 そういいながら上空に目を走らせる。艦爆の応援がむかってくる。きりがない。

 

「大和さん、三式弾、方位2-5-4、仰角40度、撃てますか?」

「えぇ、あと7秒待ってください」

 

 煙幕の影から声がする。それを聞いてほっとした。

 

 大和が戦ってくれる。大和と肩を並べて戦える。

 

 そのことにほっとしたのだ。

 

 

―――――それがある意味隙になったのかもしれない。

 

 

 気がついた時にはもう距離は1500を割っていた。

 極低空に敵機、数は3。大和の肩越しに見つけてしまったその敵機は雷撃を放った前なのか後なのかはわからなかったが危険なのは変わりなかった。

 

「――――――大和さん!」

 

 飛び出そうとした初霜の目の前に水柱が立つ、自分を狙っている艦爆機の攻撃だ。

 

「邪魔しないで!」

 

 クルリと振り返りつつ砲撃、一機を爆散させて大和の反対側へ急ぐ。

 

「――――――!」

 

 高速で突っ込んでくる敵機は大和の髪を掠めるような角度で飛び抜ける。雷跡を確認しようとして、硬直した。水切り石のように何かが海面を蹴り上げて宙に浮いた。

 

「――――――反跳爆弾!?」

 

 反跳爆撃(スキップボミング)。それを見て一瞬で喉が干上がるのを感じた。バックスピンがかけられた円柱状の反跳爆弾は至近距離から放たれ、海面の張力を利用して飛び跳ねて相手に突っ込む。空中から相手に直接投げつける水平爆撃や急降下爆撃と違い、放つ方向さえ合っていれば高確率で相手のどこかにあたる。しかも喫水以下の船体に大穴を開けることも可能なうえ、魚雷よりも早く相手に向かう。しかも至近距離から放たれるゆえに偏差もあまり気にしなくてもいいのだ。

 それが放たれ、初霜の目の先で跳ねる。バックスピンで大きく跳ねた“それ”は大和目がけて飛び込んでいく。――――――先に受けた爆撃で生じた破損した艤装部目がけて突っ込んでいく。

 

 応戦は間に合わない。大和が逃げるにも遅すぎた。

 

 大和型の装甲ならきっと持ちこたえられるはず、そんな希望的観測を信じるしかもう手はない。

 

 初霜が祈るような気持ちで反跳爆弾を目で追っているとそれを貫くように線が走った気がした。その爆弾が弾かれたように方向を変えた直後、爆発。

 

「くあっ……!」

 

 大和がその爆風に身を叩かれて呻いた。だがそれ以上の痛みは襲ってこなかった。

 

「スキップボミングを空中で狙撃した……?」

 

 初霜が呆然としながらさきほどの線の出どころを探す。味方の艦隊からほぼ反対側からの援護射撃だった。そんなことがあり得るのだろうか。

 

 

 

《司令部も大概だがこっちも大概だな、おい》

 

 

 

 初霜にとってはあまり聞きなれない男の声、これは――――――

 

 

「なんとか間に合ったみたいだね……」

《無茶した甲斐があったってもんだろう、響嬢》

 

 無線の奥、杉田中佐の声に息の荒い肉声が答える。

 

 

 

 初霜の視線の先には、噴煙を挟んで反対側で戦っていたはずの響が全身ずぶ濡れで立っていた。

 

 

 




なんで初霜って艦これで冷遇(?)されてるんでしょう。
超がつくほどの武勲艦で、坊の岬沖海戦では雪風すら被弾した戦闘で無傷生還という快挙を残すほど。……改二まだですかね? まぁオーバードライヴの鎮守府ではまだレベル35で放置しちゃってるので今改二が来ても改装できないんですが……
あと大和型が欲しい今日この頃、建造運は皆無です。大鳳ぉ……あきつぅ……翔鶴ぅ……瑞鶴ぅ……

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
そろそろこの戦闘も大詰めとなります。次かその次で終わらせる予定です。

お気に入り登録400、総合評価500突破ありがとうございます!
今後は週2~3回の投稿を目指して筆を進めてまいります。
これからもどうぞよろしくお願いします。

それでは次回お会いしましょう。

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