艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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執筆中にデータがぶっ飛んで死ぬかと思いました。

それでも、抜錨!


Chapter5-2 北の島へ

 

「长老,谢谢你允许与我的会见(長老、面会をお許し下さり感謝します)」

 

 高峰はバラックの中でも一番大きな家、その中にいる柔和そうな老人の前で膝をついた。子供たちが物珍しげに部屋をのぞき込んでいた。

 

「来客来这个村新奇。孩子们的事希望别介意。是那么,为何来遇到我的?(来客が珍しいのでしょう、なに、子どものことは気にせんでください。それで、なぜ儂の所に?)」

「我有想对你请求事……(どうしてもお願いしたいことがありまして……)」

 

 わずかに目を走らせる。それを察した長老が笑った。

 

「你快要有只有不成的情况了。是也不想对谁被听见的话吗?(何やら事情がありそうじゃの。どれ、人払いが必要かの?)」

 

 長老が優しい口調でそう言うと、手を叩いた。子供たちが声を上げながら離れていく。入れ替わりに屈強な男が入ってきた。

 

「因为说这个人和其他的人使不进入这个房间(人払いを、込み入った話があるようだ)」

 

 男が頷いて去っていく。

 

「さて、慣れない華僑語はもういいぞ、日本人」

「……やっぱりバレてましたか」

「確証はなかったがの。それにお主は軍属経験があるな? 筋肉のつき方でわかる」

 

 高峰は内心舌を巻いた。それをさらっと見抜くこの人は何者だ?

 

「それで、日本人がこの老いぼれに何の用じゃ?」

「……素直に話した方がよさそうだ」

 

 高峰は背中にわずかに汗が出るのを感じた。おそらくこの老人は元軍人だ。それも現場で叩き上げられたタイプだろう。

 

「率直に申し上げます。深海棲艦が攻めてくる可能性があります。おそらく数日以内に避難用の艦船が到着します。その時の避難誘導に協力をしていただきたいのです」

「ほぉ、おぬしは軍人じゃったか、それも現役の」

「えぇ、国連海軍の正式な協力要請とでも考えて頂ければ」

 

 それを聞いた長老が喉の奥で笑った。

 

「正式要請ならなぜ同朋のふりをして会いに来た? ちと誠意が足りんな。騙す気満々なことが見え透いている詐欺師ほど滑稽なものはないぞ?」

「手厳しいですな、長老。軍服を着ていればここまでたどり着くことすらかなわないでしょう。私は命が惜しい。――――――痛くもない腹を探られるのは居心地が悪いので、さっさと本題に戻らせていただきたい」

「それがものを頼む側の態度かね? 日本軍の質も落ちたな」

「国連軍ですよ、長老」

「それは失礼した。国連軍の斥候君―――――そろそろ李启超などという偽名ではなく本物の名前を教えてくれんか」

「――――高坏とでもお呼びください」

 

 高峰がそう言うと身を乗り出した長老は品定めをするかのように目を細めた。

 

「それでは高坏君。手伝うとは何をすればいいのかね?」

「移動を渋る方への説得、それだけで結構です」

「それは無理だな」

「なぜです?」

「ここは我々に与えられた土地、住処を追われた我々が得た第二の土地だからだ。またそちらの都合で我々をもてあそぶ気か? 恥を知れ、国連軍人」

「たしかにこちらの事情ですが、今回ばかりは命に関わりましょう」

「それでも守らねばならないものがあるだろう。軍人ならわかるのではないかね」

 

 長老は目を伏せた。

 

「……何より、儂は軍が嫌いだ。華渤戦争(かぼくせんそう)では我が祖国、渤海民主主義人民共和国の一兵として剣を取ったが、それで得たものなどこの腐った足だけだ。戦後処理だなんだでおぬしたち日本軍が敗軍だった儂らをこの北の地に我々を追いやった。違うか?」

「勘違いされているようですが」

 

 高峰は語気を強める。

 

「我々国連海軍は日本国自衛軍とは完全なる別組織です。またこの移動も第三次世界大戦の戦後処理とは関係ない。国連海軍はあなたたち一般市民の命を守る責務を負い、それを実行するためにおいてのみその武力をふるうことを許された軍隊だ。一個人の意思や思いを蔑ろにする気はないが、それによって約3千人の命が奪われることを看過できない」

 

 長老は高峰の目を見据えた。互いに互いの瞳を睨みながら高峰は続ける。

 

「国連海軍は今、近海に発生した大規模な深海棲艦の部隊を壊滅させるべく用意を進めている。この島の近海で戦闘が発生すれば海沿いにできたこのバラックは極度の危険にさらされる。ここで築いてきたあなたたちの生活を壊すことになることは遺憾に思うが、ここに拘泥し死にゆくのも馬鹿らしいではありませんか」

「ここでの生活に拘泥させたのはどこのだれだったかのぉ?」

「あなたの考えはどうであれ、ここの人たちを死なせる訳にはいかない。だから私がここに来た」

「……今更我々に生きろと?」

「えぇ、生きてもらわねば困るのです」

 

 それを聞いた長老が溜息をついた。

 

「未だ生を知らず。焉んぞ死を知らんや……生にも死にも意味はない。生きて居ることに意味があるとすれば、死んではいないというだけのことだ。なあ若人、おぬしは本当に生きてもらわねば困ると思っておるか? ここで誰にも迷惑をかけぬよう、閉じた暮らしで生き、死んでいく我々におぬしはどんな意味を見出す?」

「物事には必ず意味がある。ここであなたたちがいることに何らかの意味があるはずだ。それが具体的に何を指し示すのか、私にはわからない。しかしながらわからないということは可能性があるということだ。可能性の芽を摘めるほど私は偉くもないし、傲慢でもない」

「……いい答えだ。だが青いな」

 

 長老はそう言うと目をぎらつかせた。

 

「いいだろう。深海棲艦が攻めてくることをバラック民に伝えよう。じゃが、ここに残る判断をしたものにはそれ以上の言葉をかけん。これ以上の要求をするには、おぬしの礼は足りん」

 

 長老はそう言った。高峰を見据える目には深い色が宿る。

 

「理非無きときは鼓を鳴らし攻めて可なり――――孔子様のお言葉じゃ。おぬしの行動は儂ひとりに通告したことで説明責任を果たしたという建前を作り、それでも難民たちは動かなかったのだという言い訳づくりにも見える。儂はおぬしを信用しとらん。信用に足る礼も時間も積んでないからの。我々を殺すのが国連海軍の鉛玉じゃないことを切に祈っておるよ」

 

 そう言った長老が出ていくようにとジェスチャーをした。頭を下げてから無言で退出する。そのままバラックの外に出ると相変わらずの霧の中を人がぎっしりとうごめいている。

 

(人口は北方難民だけで約2500から3000、あきつ丸と揚陸艦“さろま”“しこつ”とでLCACは6隻。一隻で一回に280人の移送が可能として約2往復。うまくいったとして1時間半、現実的には2時間、トラブル発生で4時間……港の方は貨客船“にゅーあざれあ”と“にゅーさざんか”が直接乗り入れるとして……最短で1時間。北の監視所の要員は人員だけをヘリで回収、4機で1時間。南端の防空レーダーサイトの人員は港に合流できるからいいとして……)

 

 頭の中では移動のパターンをシミュレーションしつづける。

 

「攻撃が来たら可燃物の塊のバラックはひとたまりもないな」

 

 そんなことを口に出しながら高峰は道の構造を把握、記憶していく。

 まだ把握すべきことはたくさんある。LCACのランディングゾーンはどこがいいか、ここで力を持っている人はだれか。深海棲艦が来た時にどこに部隊を配置すれば人を守れるか。――――――どうすれば難民の動きを掌握し、避難させることができるか。

 

「未来予知ができればなんて言っても仕方ないか」

 

 高峰は再び霧の中へ消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阿武隈は船団の先頭に立って鈍色の空と鈍色の海の間を進んでいく。

 

「阿武隈さん、大丈夫なのです?」

「私はおっけー。ありがとね、電ちゃん」

 

 阿武隈は前を見据え、下唇を噛みしめた。そうでもしなければ叫びだしそうだった。

 

 

 

 司令官が脱走するなんてありえない。阿武隈には確信的な感情があった。

 合田正一郎司令官。彼はこんな向こう見ずなことをする人物だっただろうか?

 何度考えても答えは否だった。

 阿武隈はここに配属になる前まで江田島の国連海軍大学校広島校(UNNStaC-Hiroshima)に教導艦として配置されていた。正一郎が士官候補生としてそこにやってきてからの彼の様子は知っていた。周囲はどんなに若くても20代前半、それでも最速の部類だ。彼はそれすら超える12歳で入学した。国連の未来を担い、世界を守る盾を支える士官としての登龍門を潜り抜け、周囲と比べても遜色ない成績を残した。文字通りの“大人も顔負け”な実力である。

 水上用自立駆動兵装運用士官になるには、国連海軍大学で水上用自立駆動兵装運用士官(IDrive-AWS Officer)課程と通常の指揮幕僚(CS)課程を修了しなければならない。この二つを無事修め、艦娘と組むことが許されるまでに、人員は半分以下に減っているのがほとんどだ。民間大学を出て、軍人としてのキャリアを持つ人ですらそれだ。その中で正一郎が生き残っていると言うことは並大抵の努力や才能だけではなし得ない。

 国連海軍大学での生活は孤独だっただろうと容易に想像がつく。周囲からの好奇の視線に耐え、けっしてお飾りや広報のための広告塔でないことを証明するために常に成績を維持しなければならない。

 その中で彼は全く子供らしくない慎重さとバランス感覚、そして周囲に呑まれないための精神力と振る舞い方を覚えた。

 その過程を阿武隈は見ていた。

 大学校の学長だった少将から、気にかけてあげろと命令されていたからでもあるが彼は良くも悪くも目を引いたし、大人についていこうと無茶をすることもあった。でもその背景には必ず論理的に紡ぎだされた理由があった。今回の脱走には理由が見えない。

 作戦指揮は堅実でプロセスをしっかりと踏む慎重派。危機的な状況に陥ったとしても確実な戦術の積み重ねによって潜り抜けようとする。

 

 そんな彼が軍から指名手配がかかるのを承知で脱走する?

 

 そんなはずがないのだ。

 

 

 

「……あーもう。なんで司令官は……」

 

 つぶやくようにそう言って阿武隈は鈍色の世界を見る。

 自分の鈍色の艤装、背中に配置された武装マウントに据えた主砲のわきには小さなラックが取り付けられ、そこには固定された伸縮可能なスタン警棒が据えられていた。

 

「見つけたら引っ叩いてもいいかな……?」

「さすがに警棒で叩いたら怪我させると思うのです」

 

 独り言に答えを返してくれたのはまだ横を進んでいた電だ。電の艤装についている防弾板の内側には警棒とスタングレネードなどが固定されていた。

 

「でも電ちゃんも月刀司令が消えたら同じこと思うんじゃないかな?」

「それは……そうかもしれませんけど、警棒はやめときましょう」

「でも……やっぱり気が済まない! まったく何してるんだろ、うちの司令官は!」

 

 手首を覆うように装着された砲がぶんぶんと揺れる。電も苦笑いだ。

 

「きっと帰ってきてくれるのです」

「当然! 帰ってきてくれないと困るもん」

 

 ゆらりと揺れる波の間で阿武隈は大声でそう言った。

 作戦海域突入まで30時間を切ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 上がった息を整える。こんなに早く防壁が破られるとは思っていなかったのだ。電子戦は攻撃を行うアクセスポイントがバレてしまえば物理的に攻撃を受ける可能性がある。バレたらすぐに位置を変えなければならない。

床に刺さったQRSプラグを引き抜こうとしゃがんだときに、ポケットに違和を感じて手を突っ込んだ。細長い板状のもの、黒地に金のライン――――階級章だ。

 やはり人の気配がする。飛び上って、天井近くの壁に埋め込まれた通気ダクトのふたをはずして体を振り入れる。ダクトのふたを戻して息をひそめる。先ほどの階級章がダクトにもれこむ光にわずかに反射し、慌ててポケットに戻した。

 わずかな揺れが長いスパンで続いている。……大型船らしく波のゆれはあまり気にならない。ダクトの壁に背中を押し付けるようにして体を安定させる。自分の下から律動的な足音が響く。

 

『……あきつ丸。本当にこの辺りなのか?』

『そうなのでありますが……。艤装のエラーだったみたいでありますね』

『ならいいんだが……』

『月刀大佐殿は心配性であります。陸軍の船ですが安心してほしいのであります』

 

 女性と男性の声、この船の管制官と海軍の総指揮を執る指揮官だ。

 

『陸さん海さんの縄張り争いをする気はさらさらないよ。ただ……』

『ただ、なんなのでありますか?』

『今回は民間人の救出が任務だ。絶対に失敗は許されない。だから万全を期したいだけだ。何者かの電子的侵入なんて笑えないからな』

『なにを言っているでありますか。このあきつ丸の各種防壁は軍用防壁の中でも最上位クラスを搭載しているのであります。それに今はスタンドアロン運用でありますし、その状況で外部からの接続があれば一発なのであります』

『でも今攻勢防壁の一つが作動し、エラーを叩き返した。……楽観視はするべきじゃないな』

 

 男の声がすると足元の通路の壁の一部を外すような音がした。

 

『……ここの回線が短絡してるでありますね、これがエラーかもしれませんな』

『単純な整備ミス……?』

 

 男の声は訝しむようだったが、女の声はスッキリしたように明るかった。

 

『心配には及ばないのであります。このあきつ丸、潜水艦だろうと航空機だろうと人間相手であろうと負けないのであります』

『……だといいがな』

 

 その男の声を最後に足音が遠ざかっていく。小さく溜息をついて“彼”は力を抜いた。すごい力で歯を食いしばっていたことを知る。

 

 ここのダクトはこの船の設計図には存在しない。設計図を先ほど書き換えたからだ。そもそも、ここのダクトは自然換気用のダクトであり電子的な役割を担っているわけではなく、このだくとを潰したところで前部キャビンと後部キャビンで気づかない程度の気温差ができるかどうかである。航海中にはだれも見向きもしないスペースだ。

 そこで横になった“彼”は僅かに微笑んだ。小柄な彼ならここで横なってしまえば終点まで安泰だろう。スポーツドリンクを薄めたような味のする飲み水だけは持ってきている。一日ちょいならなんとかなる。……上手いことこの船に潜り込めた。後はどう降りるかだけだ。

 

 先ほどの階級章を取り出して指でなぞる。金属のひんやりとした感覚を指に感じ、笑いをかみ殺した。もうこれに意味はないのかもしれない。それだけではなく身元が割れる可能性がある以上捨ててきた方がいいのだろう。でも捨てられなかった。

 

 何をしているのだろうお思わなくもない。それでも、追いかけない訳にはいかなかったのだ。

 

 追いかけてでも知らなければならないことがキスカ島に眠っている。それが真実かどうかはわからない、それが罠だとしても追いかけずにはいられないのだ。

 

(やっと追いつくよ、父さん)

 

 帰ってこれないかもしれない。それでも、確かめなければいけないことがある。

 

「……阿武隈、怒ってるだろうなぁ」

 

 そんなことを考えながら彼は瞼を閉じる。

 船は北の島―――――キスカ島を目指す。

 

 

 

 

 




中国語はエキサイト先生に頑張ってもらったのでたぶんめちゃくちゃです。どうぞご了承を。

今日大型をまわすとまさかの大和さんが着任されました。書けば出るって本当だったんだ……!
そして維持管理に段違いの資材がいると肌で知りました。しばらくは演習で頼むよ……。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は作戦海域へ乗り込みます。

ちなみに活動報告の方でちまちま設定集を上げていきます。まだ一つしか投稿してませんが……お暇ならどうぞ。(わずかなネタバレはありますが今後の展開のネタバレはないです)

それでは次回、お会いしましょう。

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