艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、戦闘回です!

それでは、抜錨!


Chapter5-9 暁の空に

 

 

 彼女は何かをしたくてそうしたわけではなかった。

 彼女は誰かを傷つけたくてそうしたわけではなかった。

 彼女は生きていたかっただけなのだ。

 欲を言えばみんなで楽しく過ごせればそれでよかったのだ。

 

 

 

――――――ただ、それだけだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「西側の塊が動いた。ヘッドオン。真っ直ぐこちらに向かってきている」

 

 航暉は高峰の報告を聞きながら残りの武装を確認する。

 

「CWISの弾薬の補填は?」

「艦首側完了、艦尾側あと30分で完了であります」

 

 暗い部屋でレーダーを確認した。無線封鎖を解除した分、敵の動きが早い。

 

「接敵予測まで2時間03分、応援部隊到着まで2時間10分、日の出まで2時間05分……」

「夜明けと同時に接敵か。明るい気分で日の出を拝んでってのは無理そうだな」

 

 高峰が軽口をたたく。

 

「夜明け前に夜間艦載機が出てくる可能性もあるし通常艦船の灯火管制は続行だな。問題の陸上型新種が出てこなければ逃げ切れるか?」

「だといいねぇ」

 

 そこに無線が割り込んだ。

 

《ハッピーかい、月刀・高峰。いいニュースと悪いニュースがあるがどっちから聞きたい?》

「重要度の高い方から」

 

 航暉が即答すると無線の奥で笑う気配がした。

 

《つれないねぇ。まあいい、じゃあ、いいニュースからだな。今追加の応援が向かってる。そっちでもそろそろキャプチャーできるはずだ。お前らから見て方位1-8-1、数1、航空機だ》

「高峰」

「視えた。エンジェル3、戦闘機か? 到着まであと約2時間半」

《開発中のジェットVTOL輸送機だ、横須賀から速達扱いだ》

「……中身は?」

《武蔵と夕張、こっちが片付いたら応援部隊でこのままアッツに殴り込みをかけることになるだろうしそっちの追加応援ってことで話をつけた》

「……杉田お前どれだけ上層部を脅したよ?」

 

 高峰はそう笑って、レーダーの表示範囲を広げて表示した。かなり遠くに戦闘機が高速でこちらに向かってきていた。

 

《それに関わって悪いニュースだ。その指示を中路中将が出した後、中将が電脳自殺を図った》

「はぁっ?」

《命だけはとりとめたらしいが、中路中将の発言に責任能力がなくなった。今横須賀はその関係で上へ下への大騒ぎの最中だ。精神不安定で古鷹に鎮静剤を叩き込まなきゃいけないぐらいに荒れてるよ》

「で、その原因は俺たちってか?」

《さあ? で、その直前に俺が中路中将に会ってたってことで即時出頭命令が出てるんだ。――――――悪い、俺はここまでだ》

 

 どこか寂しげな声色で無線が告げる。

 

《勝てよ、月刀》

「当然。ちゃんと生きて帰るさ。全員で」

《それ信じるぞ、がっかりさせんなよ?》

「こういう時土壇場で約束を反故にしたことがあったかい?」

《……そういやそうか。長門、武蔵、聞こえてるな?》

《長門、クリアに聞こえてる》

《こちら武蔵、聞こえている》

《これより部隊の全指揮を月刀大佐に移譲する。以降は月刀大佐の指示に従え。長門、復唱》

《こちら長門、部隊の全指揮権を月刀大佐に移譲、以降は月刀大佐の指示に従う。復唱おわり》

《復唱確認。……じゃあな、月刀、高峰。うちの秘蔵っ子を預ける。負けましたは許さねぇからな》

「おう、任せとけ。これより杉田中佐より臨時作戦群の指揮を受けとる。―――――杉田、ありがとな」

《横須賀で待ってる》

 

 杉田がそう言って無線を切った。その直後に改めて無線がつながる。コールしてきたのは長門だ。

 

《こちら長門、月刀大佐、どうすればいい?》

「今戦術リンクで各艦の位置を指示する」

 

 まだ外は夜闇、あともう少しすれば水平線がわかるくらいには夜が明けだすだろう。

 いつの間にか霧がはれ、夜空には星が瞬いていた。

 

「艦隊へ通達、転進1-4-5、艦娘総員第一種戦闘態勢へ移行。深海棲艦の艦隊を迎え撃つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子日よ、もういいのか?」

 

 ゆっくりと海の上を滑ってきた子日にそう声をかけたのは姉の初春だった。

 

「もー大丈夫! でも主砲がこれだとちょっと落ち着かないかなぁ……」

 

 子日はそう言って左手を振った。右手の砲はいつも通り手首から先をはめ込んで固定するタイプの単装砲だが、初霜の単装砲を応用したのだろう、左手は通常タイプの砲を持っていた。

 

「攻撃の手段があるだけましといった所かのぉ……。でも懐かしいのぅ、なぁ阿武隈」

 

 そう声をかけられた阿武隈はふふっと笑った。

 

「初春ちゃんたちと一緒に航行するのってこの体になってからは初めてだよね」

「そうそう、暁ちゃんたち六駆と子日たち二一駆と阿武隈先輩で一水戦! 子日もなんだかうれしいなぁ」

「はなしてていいのか?」

 

 会話に割り込んだのは若葉だ。

 

「いつまたミサイルが飛んでくるかわかったもんではない。それに深海棲艦も来ることが確定してるんだ。」

「若葉の真面目が加速してるのぉ……」

「でもまぁ、大丈夫だよ。ちゃんとすぐ反応できるようには用意してるから」

「……ならいい。」

 

 若葉は少し面白くなさそうにそう言った。

 

「……もしかして、すねてる?」

「……たぶん」

 

 子日と阿武隈がそんなことを言い合えば、聞こえていたのだろう、若葉はぷいと顔をそむけた。それを見て噴き出しそうになるのをこらえた阿武隈が明るく声をかける。

 

「若葉の言うことにも一理あるよ。周辺警戒を厳にしていこう!」

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レーダーマスキングも意味ないか……、ぴったりついてくるな」

 

 レーダーにはもう敵艦隊の反応が見えている。戦艦ないし空母4隻、重巡4隻、軽巡2隻に駆逐艦12隻。そして後方に未確認反応が一つ。

 

「陸上種って話だったじゃねぇかよ」

 

 高峰は変な汗を隠すこともできずにそう言った。航暉は溜息をついて時計を見た。

 

「あと10分で夜が明ける」

「……夜が明けたらどうなる?」

 

 その切り替えしを聞いて航暉は口の端だけを器用に吊り上げた。

 

「知らんのか――――――日が昇る」

 

 そして過たず、その10分後に日が昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女たちを望む声はなかった。

 どこに向かっても砲火に晒され、彼女を守って誰かが沈んでいった。

 戦いたいわけではない。でも、戦わなければ生き残れない。

 それでいいとも思わないが、彼女はそれを受け入れていた。

 戦いを避けようと消極的な防衛だけではいつまでたっても終わらない。

 

 

 

 楽しい海で、いつか。笑いあって過ごせる海を。

 

 

 

 

「艦載機……発艦。攻撃シテクル相手ハ沈メテ来テ」

 

 

 

 

 彼女はそう言って暁の空に自らの矢を放つ。それに呼応するように仲間が前に飛び出していく。

 

 彼女は長だった。だから胸を張り、前を向く。

 自らの選択の結果を受け止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《敵艦載機確認。数―――――72! 迎撃用意!》

 

 航暉の声を受け電たちが船団から離れるように進路を取った。近づかれる前にできるだけ落とし切らなければならないからだ。直掩は初春型4人と阿武隈に任せる。先陣を切ったのは島風だ。

 

「連装砲ちゃん、ちょっとハードだけど耐えてね!」

 

 対空戦闘モードに設定し、島風自身が先頭を切る。それに続くように暁、響、雷、電が続いた。

 

《第二波確認、これもしかして全部空母か? 追加で120、もう200機ちかく放ってきやがった》

「今となっては都合がいいよ! だって砲撃を気にしなくて済む!」

 

 暁がそう発破をかければ、切り込み五人がそれぞれに砲を振る。

 

「敵航空隊視認! エンゲージなのです!」

 

 電の声に一斉に砲火を閃かせる。航暉の電脳経由で射線が修正され、危険度の高い機体から煙を上げさせていく。

 

「当たれ―――――――ッ!」

 

 島風の叫びに呼応するように自律砲台の主砲が閃く。駆逐艦の主砲で航空機を狙うにしては驚異的な命中率を叩きだすが、それでも70機は多すぎた。

 数機がくるりと裏返る。急降下する気だ。

 

「島風! キックポート!」

 

 暁の叫びに左足で海面を蹴る。ほぼ反射だった。

 右側に飛び退くと同時に水柱が幾重にも立つ。暁は島風が回避したことを目の端に捉えながらも右手の砲をふるう。砲弾は航空機よりも速い。島風の回避でできたカバーの穴を埋めるように砲をふるった。相手の弾道を予測する“眼”の持ち主だ。自分の弾道くらい簡単に予測がつく。

 

「暁の目から逃げられるとでも思ってるのかしらっ!」

 

 過たず2機を串刺しにした暁は自分の真上の敵機に向け背負った艤装の主砲を振り向ける。編隊を崩してしまえば即座に爆弾で誰かが沈むと言うことはあるまい。

 その散らばった編隊に追い打ちをかけたのは響の主砲だった。体勢を崩しきりもみに入った機体が極低空まで下りていく。それのつばさを機銃の一連射で砕くとそれに目もくれずに次のターゲットを探す。

 

「ダメ! 抜けられた! 若葉!」

《任せろ。》

 

 雷の声に無線が反応する。噴進砲が起動し敵の航空機を数機火だるまに変える。その最中を鈍足の艦隊が悠々と―――――全力で進んでいるのは知っているが、悠々と見えてしまう速度だ―――――海域を離脱するように動いていく。

 

「電! どうするの! この調子じゃ、抜けられるのも時間の問題よ!」

「あと、3分耐えてくださいっ! もうすぐ―――――――っ! 後方に艦攻隊!」

 

 雷をカバーしようと振り返った電が低空で抜けてきた艦攻隊を見つける。慌てて砲を振り戻した。射線的にはぎりぎりの位置、とっさに撃った狙いだが相手を慌てさせ、海面に叩きつけるのには成功する。だが――――――一歩遅い。

 

「電より“さろま”! 貴艦右舷後方より魚雷3! 回避してくださいっ!」

 

 殿艦を務めていた“さろま”が危険域のど真ん中を航行していた。慌てて左へ舵を切るが避難民を満載したさろまは普段より重く、のっそりとしか動けない。

 

 さろまに直撃するまで、あと5秒。

 

「避けてぇ!」

 

 電の叫びが響く。その刹那にさろまを飲み込むかのように水柱が立ち、電の視界から船を覆い隠した。

 あの水柱の立ち方は火薬が爆裂したのだろう。不発弾ではあんな立ち方はしない。それでも水柱の影から悠々とさろまが姿を現した。

 

「迎撃が……間に合った?」

 

 

 

《……真打登場! じゃじゃーん!》

 

 

 

 水柱の影から小さな影が飛び出してくる。右手に主砲、左手に機銃を構えた。少女の姿。

 

《こちら臨編キスカ救援隊、現着ですっ!》

「睦月!」

 

 雷の弾んだ声に睦月は頷いた。その横に如月も降りてくる。

 

《こっちの護衛は引き継ぐわ。あとは頼むわね、大鳳さん》

《任せて、機動部隊を舐めないで!》

 

 味方の艦載機が極低空で睦月たちの上空を飛び抜けた。そのまま蹴上げるように攻撃機が上昇、巴戦に突入していく。

 

《こちら月刀、暁たちは一度後退、陣形を整え、再度敵艦隊に喰らいつく》

「了解なのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真打登場! と名乗りを上げたはいいものの、睦月は心臓バクバクだった。

 

「いくら魚雷対策が得意だからって高度20から叩き落とされるなんて予想外ですぅ……」

「叩き落とすんじゃなくてファストロープ降下じゃない。そんなに焦らないの」

 

 睦月たちの上空からティルトローターが離れていく。まだ機内には睦月と如月以外の艦娘は乗せたままだ。制空優勢を取るまではまともに艦娘も下ろせないのだ。とはいえ弓を使う航空艤装は狭いティルトローター機内では使えない。

 

 空中に停止したら態のいい的になる。

 

 だから低速とはいえ低空を飛ぶ機体から命綱頼りで海面に飛び降りるしかできなかったのである。それも艤装も含めた重量が軽い駆逐艦クラスに限られる。フル装備の長門型などをロープ一本で叩き落とせばどうなるか予測不能だし、それでバランスを崩せばティルトローター機ごと落ちる。

 そんな現状で降下させるのに適した艦娘は――――――魚雷などの対策ができ、練度が高く、イレギュラーな状況でも判断を下して行動できる駆逐艦。そんな条件が出てきた段階で睦月が降下することはほぼ確定事項だった。

 

 本当はもう少し着水場所を吟味するはずだったが、さろまの危機にそんな余裕はなくなった。さろまのかき分けた波の最中にターザンロープの要領で飛び降り、その勢いを殺しながら主砲と機銃を手に取り、上空で確認した雷跡の予測位置に目がけて砲弾を叩き込む。そんな難易度AAAの一発勝負を敢行したのである。ことを終えた時には心拍数200を超えていたと思う。

 

「でもまにあってよかったじゃない」

「うん。あとは守り切るだけだね。対空戦メインってのがちょっとふきつかにゃぁ」

「それでも司令官がついてるじゃない」

「そうだね、それに大鳳さんがついてる」

 

 まだ降下したのは睦月と如月のみ。それでも味方の艦載機が飛びたてたのはなぜか。

 

 ティルトローターの畿内からの艦載機の発艦は困難を極める。

 

 主力空母の艤装は弓を模した発艦用艤装を用いて艦載機ユニットを撃ちだし初速を稼ぎ、艦載機ユニットを展開することで発艦作業を完了する。“弓持ち”と呼ばれる空母勢はこのステップが必須だ。今回参加した赤城、加賀、飛龍、蒼龍、大鳳、龍鳳は全員“弓持ち”である。

 だがティルトローターの内部では弓を構えられる空間はない。弓を伏せて射ることもできなくはないが弓を取回すには圧倒的にスペースが足りなかった。

 

 すなわち弓を使って行う艦載機をティルトローターの畿内から発艦させることはできない。―――――――唯一ボウガンを使う大鳳を覗いて。

 

「こういう時くらいは活躍しなきゃ、ね」

 

 艦上戦闘機の艦載機ユニットが詰め込まれたマガジンが空になり、機械仕掛けの洋弓からはじき出される。展張された機体後部のスロープにぺたりと座り込み、両足を広げて座射の姿勢を取った大鳳はそのマガジンを左手でキャッチする。背負った艤装からひとりでに装填済みの艦載機マガジンが弾き出され、それを右手のマガジンで掬い取る。空いたマガジンはマガジンケースに落とし込み、それからボウガンのローディングハンドルを引いて、最初の艦載機を射出可能状態に持っていく。

 

「機械仕掛けの弓なんて子供じみたものを使うと思っていたけれど……五航戦よりは筋がいいわね」

 

 後ろからそれを見ていた加賀がそんな感想を漏らす。それを聞いて苦笑いを浮かべるのはその横の赤城と言われた張本人である大鳳だ。

 

「加賀さん、そんな批判じみたいい方しなくても……」

「批判なんてしてないわ、客観的な事実よ」

「一航戦の先輩に少しだけ認められたと素直に受け取っておきます……っと!」

 

 交戦中の機体の指揮権を渡してほしいと航暉からのテキストメッセージが届いた。ここからでは外の様子が見にくいこともあり即座に了承、指揮権を月刀大佐に引き継ぐ。 直後にマニュアル操作の機体が一気に艦隊上空に行き着いた敵機を駆逐していく。

 

「……私より月刀司令の方が艦載機のコントロールが上手いのはなかなかへこむんですけどね」

「それは……そうね。月刀大佐、MIの時も20機の艦戦で空母10隻分の敵艦載機を捌いた方ですし……」

「あ、その話本当だったんですね」

 

 大鳳はそういいながら艦載機を打ちだす。護衛艦隊の周りだけであるが安全圏が確保されていく。その範囲外から飛び込んでくる雷撃は睦月の指示で片っ端から潰されていた。

 

「もう、あの時はそれどころじゃなかったんですけどその後が大変だったんですよ。加賀さんは自信喪失で倒れる寸前まで訓練に走るし。瑞鳳ちゃんとか祥鳳さんもそれに付き合わされてバテるし……」

「赤城さん、それは言わない約束では……、そういう赤城さんも月刀大佐に航空教官

の依頼を出せないかとか言ってましたよね?」

「ムー、カズキを狙ってるのが着々と増えてるデース」

 

 機の奥からそう不満げに声を上げるのは金剛だ。

 

「カズキを真っ先に見つけたのは私デース。最初の秘書艦も私デース、私の指揮官ですから何でもそつなくこなせるのは当然ネー」

 

 金剛はそう言ってなぜか勝ち誇ったように笑う。

 

「カズキの心を掴むのは私デース! 他の誰にも負ける気はないネー!」

「そうですか。でも今は私たち中部太平洋第一作戦群第三分遣隊の指揮官ですので」

「……タイホ―、貴方結構図太いネー?」

「事実ですので。……艦隊から半径1キロの制空権を確保、月刀大佐から進入許可出ました。降下して大丈夫です」

「――――――実戦で勝負ネー」

「空母と戦艦では比べることに意味はないと思いますけど……」

 

 部隊を乗せた機体が海面に向かう。どす黒い煙で夜明けの空はすでに燻されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長門型1隻、金剛型4隻、利根型2隻、青葉型1隻、正規空母5隻に軽空母1隻、天龍龍田に睦月型暁型初春型各4隻……この面子がよく集まったな。これは普段の行いが現れたかな?」

「未確認種が大量に艦載機を放ってくるのを除けばな」

 

 全速で南下中のあきつ丸のCICで航暉はキーボードを叩きつつそう返した。敵味方合わせて800機近い航空機が飛び交っている。戦域は僅かに押し返し、船団は航空戦エリアから外れていた。敵の艦隊が距離を詰めてきている。龍鳳の偵察機が敵艦隊の上空まで強行偵察を行った結果、未確認種は“北方棲姫”と断定、大型艦は戦艦タ級2、空母ヲ級2と判明した。それで400機を超える艦載機が飛んでくるとなると北方棲姫がふざけた量の艦載機を飛ばしてきている計算になる。

 

「艦戦の搭載量が少ないとはいえ航空優勢で耐えられるとは……どうする?」

「まだ北方棲姫が艦載機を繰り出してる。短期決戦に持ち込むしかない」

 

 航暉の言葉に高峰は眉をしかめた。

 

「お前は航空戦で手一杯だろう。俺だって護衛艦隊の指揮でいっぱいいっぱいだ。この編成だって杉田の指揮があることを前提にして組んでるんだ。搭載コンピュータの自動管制じゃ話にならんし、圧倒的に人手が足りん」

 

 航暉はそれに答えない。わかり切っていることを言うなという無言の返答だ。

 

 

「――――――なら、僕が」

 

 

 CICのドアが開く。大人にしては小柄すぎる影が飛び込んできた。

 

「賢明な判断とは言えないな、合田少佐」

「人手が足りないんでしょう?」

 

 そう笑う合田正一郎少佐はグレー系の私服の裾を揺らして航暉の横に立った。

 

「合田少佐、お前は今軍法会議待ちの身分だってわかってるか? 脱走及び武器の無断使用だ。それにハッカー“ホールデン”との関係も疑われている。そんなやつを部隊指揮に復帰させろと?」

「そんなことは関係ない。こんな僕を信じてくれる人が今前線で体を張ってるんだ。脱走して、死のうとしたこんな子供を信じて、命を賭けている人がいるんだ。それなのに一人船倉で腐っているのは許せない」

 

 航暉は一瞬手を止め正一郎を睨んだ。物怖じすることなく相手は航暉を睨み返した。

 

「一つ答えろ。万が一にも誰かを守れなかったとき、お前はどうする?」

「そんなことにはしないし、そこまで何もしないなんてありえないですが、その時はきっと、助けられるように全力を尽くし、それでもだめなら、守れるものを守るしかない、違いますか」

 

 航暉がタッチパネル式のディスプレイを操作する。空いていた管制卓の一つにあかりがともる。

 

「沈めたら承知しねぇぞ、合田少佐」

「そんなへまは踏みませんよ」

「月刀より阿武隈。応答せよ」

《こちら阿武隈、感度良好です!》

 

 管制卓に飛び込んだ正一郎の首筋にQRSプラグが接続される。ID認証が行われ、戦術リンクに正一郎が参加する。

 

 

「部隊編成を変更する。阿武隈以下暁型4隻、初春型4隻と島風で水雷戦隊を編成、旗艦は阿武隈、以降コールサインは1Sd、一水戦を使用、指揮権を合田正一郎少佐に移譲する」

 

 

《!!――――了解しました!》

「天龍旗艦で龍田、睦月型、以上で551TSqを臨時編成。さろま以下避難船の護衛、龍鳳はこちらの護衛に専念してほしい」

《こちら天龍、了解だ!》

《龍鳳、了解しました!》

 

 海図が次々と更新されていく。予測接敵位置修正、艦隊の編成が変わっていく。

 

「残りの空母は航空戦を続行! 押されるな!」

《こちら赤城、一航戦の実力、お見せします!》

 

 無線はは覇気を含み、これまでの押されていた雰囲気を打ち壊してゆく。

 

「打撃群は戦艦と重巡で構成、旗艦金剛、いけるな?」

《ハイっ! カズキの指揮は久しぶりネー!》

「盛り上がってるところ悪いが航空戦メインで管制をする。高峰がメインだ」

《それでもこの連合艦隊司令長官はカズキ、貴方デース!》

「……司令長官、か」

 

 航暉がクスリと笑う。

 

「合田少佐以下一水戦は打撃群と共に敵艦隊に接近。合田少佐、行けるか?」

「もちろんです」

 

 正一郎は即答して笑う。

 

「1時間で終わらせる! 打撃群・一水戦前進! 目標敵艦隊!」

《了解!》

 

 

 戦いが、大きく動く。

 

 

 




冬の入り口で体調が不安定な季節です。皆様風邪にはどうぞお気を付けて。

渾作戦まであと2週間。この時ばかりはごめん! オリョールに飛んでくれ、ゴーヤ!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回で長いこと引っ張ったこの作戦の幕を引く予定です。

それでは次回お会いしましょう。

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