艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、抜錨!
2014/09/29追記
誤字修正や言い回しを変更しています。
僅かに風が弱まってきていた。如月に手を引かれるようにして波を乗り越えていく。
「電ちゃん……。ごめんね」
「へ? 如月ちゃんいきなりなんなのです?」
如月は前に目を向けたまま呟くように謝った。目を白黒させる電。
「次に会ったら謝らなきゃねって睦月と話してたの。あなたを置いて逃げちゃったから……」
「電ちゃんを1人にしちゃったので、謝りたかったのです……」
睦月も横に並んでばつの悪そうな顔をした。海面を滑るように動きながら睦月は電に頭を下げる。
「一人にしちゃってごめんね……!」
「睦月ちゃんも如月ちゃんも、いいのです。大丈夫なのですよ」
そう言って電は睦月の頬に触れた。彼女の頬は雨で濡れてひんやりとしていた。
「それに、1人じゃないのです。今は司令官さんもいますし。天龍さんも睦月ちゃん達も帰ってきてくれたのです。だから大丈夫なのですよ」
そういうと如月がクスクスと笑った。
「電ちゃんはやっぱりやさしいのね……」
そう言って如月は電を引き寄せた。
「天龍さん、電ちゃんが許してくれるかどうか気にしてたから許してあげてね」
「天龍さんを、です?」
「守れなかったって気にしていたのです。睦月たちのところにきてくれたのも3日前です。それまでどこにいたんでしょーか」
睦月がやれやれといった表情で大げさに肩をすくめた。そう言う割には笑みが浮かんでいる。
「きっと戻ってきたら謝ってくると思うので笑顔で許してあげましょう?」
如月の言葉に電は一も二も無く頷いた。
ウェークの空がほのかに白んでくる時間に、長時間のリンクでガンガンと痛む頭を抱えて航暉は作戦指揮所を出た。
「敵本隊の殲滅も完了……とりあえず危機は回避か」
一階まで階段を上がると夜の色が薄くなり出している。市民薄明にはわずかに早い色合いだ。朝4時半だとそんなもんだろう。
「……にしても天龍は無茶苦茶な戦い方をするんだな、艦隊機動できるのかあいつ」
先ほど帰ってきた艦隊で負傷していた電と天龍に入渠を指示して、他のメンバーにとりあえず食堂へいくように言ってある。いまから食堂で顔合わせである。
「遅くなった、すまない」
そう言って部屋に入ると女性が1人に小学校にでも通っていないといけないような背格好の女の子が二人、軽巡CL-TR02“龍田”と駆逐艦DD-MT01“睦月”、DD-MT02“如月”だ。そろって敬礼してくるので航暉も軽く答礼を返す。
「あなたが司令官でいいのかしらぁ?」
「一応はね。第551水雷戦隊司令官の月刀航暉中佐だ。よろしく頼む」
「龍田だよー。来てそうそうにドッグを使わせることになってしまってごめんなさいね。天龍ちゃんには私から言っておくわぁ」
「睦月です。よろしくお願いします」
「如月と申します、お側に置いてくださいね」
三者三様に自己紹介をしてくるのににこやかに答えてから、駆逐艦の二人に視線を合わせる。
「……戻ってきてくれてありがとう。これでやっと電を一人にしないで済む」
そう言うと睦月と如月は一瞬目を見開き、そして伏せた。
「……司令官は私たちがあの場にいた事はご存知なのでしょう?」
「旧551解隊前日のことかい?」
航暉の質問には答えない、無言の肯定。解隊前日は……風見大佐の殉職日だ。
「……司令官は、怖くない?」
睦月の声が震えた。航暉はそれでも笑うしかできない。
「怖いようにはしないよ。睦月、如月。よく帰ってきたね」
「……武器を持たせずに出撃してこいとか言わない?」
「言わない」
「ぶったりしない?」
「しない」
「外に放り出したり、しない?」
「しない」
「気に入らないからって誰かを殺すようなこと、しない?」
「する訳がない」
即答する。それぐらいしかできないのだ。
「すぐに信じろなんて言わない。風見大佐がした事はとてもひどい事だし、目の前の中佐も同じかも知れないと思うのは当然な事だ。そう疑うのはいけない事でもわるい事でもない、普通な事だ」
幼い瞳が航暉を見据える。今目を逸らしてはならない。
「だから、司令官として君達を全力で守る。この部隊を君達が絶対に安全だって思える部隊にしてみせる。この基地なら大丈夫だって思えるようにしてみせる」
「ほんとに……?」
「本当だ。だから、この司令官なら信じてもいいと思えるようになったらでいい。力を貸してほしい」
そう言って笑ってみせる。
「改めてようこそ、私の部隊へ」
そう言った途端に睦月が決壊した、大きな声を出して泣きついてくる。
「大丈夫、大丈夫だよ。怖い事はしないし、させない。一人きりにはしないし、させない」
「それに嘘はないでしょうねー」
龍田の声が割り込んだ。
「ここはウェークよ。司令官、ここで天龍ちゃんはひどい目に合ったし、睦月ちゃん達もそうなったわー。もし“同じようなこと”があったら」
「その時は俺を撃ち殺して構わんよ」
それを言うと睦月と如月がぎょっと目を見開いた。
「銃限定ですかー?」
「龍田さん、突っ込む所そこじゃないと思うわ……」
如月が呆れた様子でそういう。それがおかしくて航暉が吹き出した。
「そんなこというなんて、司令官はそう言う趣味なのかしら?」
「趣味云々の話ではないな。撃たれないように頑張るさ」
にやりと笑うとそれにつられてか如月もくすくすと笑った。
「ではよろしくお願いしますね、司令官」
時刻は少しさかのぼる。
「結構派手にやったわね」
「ごめんなさいなのです……」
医務室の扉を開けると中からかけられた第一声がそれだった。
「無事に帰ってきたならいいわ……後ろの方はどちら様?」
「軽巡天龍だ。ナンバーで言うならCL-TR01」
「そう、ここの医務長の六波羅夏海軍医大尉よ」
大きな艤装は下ろしているが、距離測定ユニットだけは装備したままの天龍が彼女を睨んだ。
「そう怖い顔しなくても大丈夫よ。傷がひどいのは電ちゃんのほうね。とりあえず身体スキャンと電脳活性チェックしちゃいましょう」
そう言って医務室の奥にある部屋に通される。それに天龍もついてきた。
「あなたは後」
「いいじゃねぇか部屋にいるぐらい。それとも、見られちゃまずいことでもあんのか?」
「……その調子で司令官の診察も覗くとかしないでね」
「司令官のそんなんを見てもメリットねぇからいいわ」
そんな会話をしつつ電気の灯った部屋に入ると、そこには検査用機材……手術台を縦に置いたような台にそこから伸びるコードが目を引く。夏海は電をその台に背中を預けさせるように立たせると、その首筋にコードから伸びるQRSプラグを差し込んだ。中継機越しのアクセスとは違うダイレクトなノイズに電は少し眉を潜めた。
「電脳活性チェック開始、動かないでね」
そう言って側を離れた夏海が壁に埋め込まれたタッチパネルを操作すると光の網が電を取り囲むように現れる。それは電を閉じ込めるように迫り、やがて電の体をすり抜けて反対側まで通過する。
「……ん、これなら汎用マイクロマシンの追加だけで十分ね」
そう言ってから無針注射器を手に寄ってくる夏海。電は正直この無針注射が苦手である。50年も前は針を皮膚に突き刺して注射をしていたと聞くが、今は皮膚から浸透させる無針注射が主流だ。鋭い痛みはないものの、薬剤を皮膚に押し付けるようにして吸収させるので、強く押さえつけられるような感覚がある。特に静脈に流し込むタイプのマイクロマシンは他の奴より粒がデカくて少し痛い。
「ごめんね、ちょっとごりっとするよ」
「擬音おかしくないか?」
「いいのいいの」
セルロイドメガネの下の目を細めて電の左腕に無針注射器をあてがった。あとはオートで注入をやってくれる。注入終了まであと5秒。
「……ふぅ」
「お疲れさま。ちゃんとこのアフター飲んで待ってて。一応この後30分は医務室にいてもらうからそのつもりでねー」
マイクロマシン入りのドリンク……アフターと呼ばれるマイクロマシンの調整材だ……を渡されて部屋の隅へ。
「なら次行くよ」
天龍へ手招きを送る夏海、天龍はのっそりと近づいてQRSプラグを夏海からひったくった。
「自分でできる」
「あらそう、なら用意できたら言って」
そういってタッチパネルの方に移動する夏海。それを横目で見つつ天龍は自分のうなじにプラグを突き刺した。
「やってくれ」
「はいっと」
すぐにスキャンが終わり、天龍にも注射とアフターが渡される。
「二人とも30分くらいはそこにいてね」
そう言われてベッドと椅子が並んだ部屋……4人用の大部屋だ……に通されると、夏海は手をひらひらと振って去っていく。怪我した部位の再生が始まっているのか体が少し熱くなる。二人で取り残された部屋の中に気まずい沈黙が降りてきた。
「……天龍さん。隣、座ってもいいですか?」
「……おう」
ベッドに腰掛けた天龍の左隣に電が腰掛ける。体重を天龍の方に預けるように寄りかかる。
「心配だったのです」
「……悪い」
天龍が目を伏せて謝ると首を横に振る電。
「天龍さんに恨まれてるんじゃないかって、心配だったのです」
「恨むって、なんで俺が電を恨まなきゃいけねぇんだよ」
「天龍さんがいなくなった日は、いなづまが怒られた日だったのです。それを庇って鬼龍院特務大尉に連れて行かれて……」
「ばっか……あれは俺の不手際だろうが、そんなこと」
「そんな事じゃないのですっ!」
電の叫ぶような声が耳朶を打ち、天龍は言葉に詰まる。
「ずっと、ずっと……怖かったのです。天龍さんを殺したのは私なんじゃないかって、私の身代わりに天龍さんが死んだんじゃないかって。ずっと怖かったのです。周りからそう言われるのが怖くて、一人でウェークに残って」
「電……」
わかっていたのだ。電はなぜウェークに残ったのか、わかっていた。ハルカはウェーク島を守ったと言ってくれたが実は違う。あの時、あのように答えなきゃみんなが心配すると思ってそう答えただけだ。
ずっと逃げていたのだ。
あの時、電が一人になる方法は二つ。ウェーク島に残るか、死ぬかだけだった。死ぬ覚悟なんて崇高なものを持ってなかったから、ウェーク島に残っただけだ。ウェーク島ならだれにも邪魔されずに朽ちていけるかもしれないと思っただけだった。
「艦娘なのに何もできなくて、それなら私なんていない方がましで。それなら私なんて解体された方がましなんだって。このままウェークで沈んだ方がいいんじゃないかって……」
「電っ!」
天龍は電を無理矢理に抱き込んだ。電の高い体温が服越しに伝わってくる。折れてしまいそうなほど華奢な体が小刻みに震えていた。
「ばかやろう……ばかやろうが」
隻眼から涙が落ちる。言いたい事がたくさんありすぎて言葉にならない。だからそれも全部まとめて強く抱き込んだ。
「なんでお前が沈まなきゃいけないんだよ、ばかやろう……!」
畜生、天龍は下唇を噛んでそう叫ぶのを押しとどめた。なんでこいつがこんなに苦しまなきゃならなかった? なんでこうなるまで放っておいた? 誰が? 放っていたのは俺じゃないか!
治療を言い訳に逃げていた、その結果がこれならば、受け止めなければなるまい。
なにも言えないまま、ただ、抱きしめる。しばらくそれだけの時間が続いた。
「……俺も相当馬鹿だが、電もバカだよな」
「なっ、いきなり何を言うのですかっ!?」
「俺も怖かったんだよ」
電を抱きしめたまま天龍は天井を仰いだ。有機ELの照明が照らす天井は染み一つなく清潔に保たれていた。
「電脳錠からなんとか逃れて脱出してから、なんとかマーカスの部隊に見つけてもらって、気がついたら横須賀の海軍施設の中だったんだ。そこでウェークがどうなったか聞いて、みんなバラバラにしちゃったなって思っててさ……。司令部こそクソだったが、みんな仲良かっただろ? それを壊しておいてどんな顔で会えばいいんだってずっと、怖かったんだ。俺が守ってやるとか大口叩いておいて、最悪じゃねぇか」
「……そんなこと」
「そんなことじゃねぇだろ?」
天龍はそう言って電と目線を会わせる。
「守れなかったのは変わらない。こんな旧式の俺を信じてくれたちびっ子すら守れないんだぜ?」
「そんなことないのです!」
「そんなことない訳がないだろ?」
「そんなことないったら無いのですっ」
「そんなこと……ああもう!」
言い合いが面倒になってもう一度きつく抱きしめた。
「……悪かった、電。もう一度だけ、守らせてくれ。一緒に戦わせてくれ」
「……天龍さんはずるいのです」
目を赤く腫らしたまま、電は弱々しく笑った。
「そんな言い方されたら、断れないじゃないですか……!」
元々断るなんて考えていなかったが、少しだけ強がっても許されるだろう。電も天龍の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「もう勝手にいなくなったりしないでくださいね」
「わかってる」
「……本当にわかってるのです?」
「わかってるよ! 信じろよ!」
くすくすと笑って「冗談なのです」と声をかけると天龍が疲れたような顔をした。その隙に天龍の手の内からぱっと離れて向かいのベッドに座り直した。
「お前……見ない間にしたたかになったよな」
「そうですか?」
「絶対そうだ。前は俺をからかうようなことしなかったのにな?」
そうかもしれないのです、と言って照れたように髪をいじる電だったが、もう少しだけと思い、にやりと口角を持ち上げた。
「天龍さんも人が悪いのです」
「あ?」
「生きているなら生きているで連絡がほしいのですよ」
「う、それは、だな……」
しどろもどろになりつつある天龍の側によっていき、天龍の頭に右手を乗せる。
「天龍さんは背伸びしなくても十分可愛いのですよ?」
言った途端に天龍の動きが止まる。よく見るとこめかみに血管が浮いている。
やりすぎた、のです?
「電ァ! 今から徹底的に教育してやるからそこになおれぇ! 鬼教官と言われた天龍様の怖さ叩き込んでくれる!」
「はわわわわっ! そんなつもりじゃ……!」
「逃げるなっ!」
「逃げないってのが無理なのですっ!」
ベッドを飛び越え椅子を蹴散らし、狭い部屋での追いかけっこが始まる。
なお、戻ってきた夏海からの鉄拳制裁と正座説教が入るまで残り8分の事であった。
少し投稿のテンポを落とします。リアルがハードになってきましたので、うう……
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それでは次回お会いしましょう。