艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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伏線のバーゲンセール第二回開幕です
それでは、抜錨!


00001110 フロムマニラ・ウィズラヴ PHASE3

 

 

 

「それで? カズ君はどうする気?」

 

 メタルターゲットを全て倒した彼に向ってそう問いかける。キリングハウスの中を駆け回り、マガジンを二回交換しての室内戦訓練を終えた後だというのに彼の息は一つも上がっていない。

 

「すべてを終わらせたその後、どうする気?」

「……スキュラの金言その1」

「“隣の便器を覗かない”、か……」

「それが生き残るコツだ、スクラサス。それは俺よりもあんたの方が知ってるはずだぞ」

「そうなんだけどね~。どこかしっくりこないのさ」

 

 笹原はそう言うと目の前の男を眺めた。空になったマガジンに9×19㎜パラベラム弾を詰め込んでいく彼の目元は野球帽の鍔に隠れていた。

 

「……そうやって心に忍び込んでいくのか、スクラサス」

「普段ならそうなんだけどね、あんたにそれは効かないでしょ。特にあの事件に関わった人間には」

「……陸軍四・二六事件、お前らも関わってたのか?」

「私はまだ子供だったから関わってないよ? でもスキュラは絡んでた。月刀利郁の部下による同時多発クーデター。それ自体は失敗したはずなのに、現代政治に愛想をつかしていた市民の賛同を集めて軍国主義寄りの政権が誕生することになった」

「……月詠家はそれに反対していた。だから」

「そう、だから月詠家は御取り潰しになった、月刀家によってね」

 

 彼はそれを聞いてマガジンに弾を詰め込む手を止めた。

 

「よりによって親殺しの犯人の養子にとられてるなんてね。実家と疎遠なわけだ」

「使い勝手のいい駒が必要だったんだろう。月刀家の直系には男子がいない。兄にしても月岡家の次男坊を養子にとったんだ。スペアの一つは欲しいところだったんだろう」

「駒、ねえ」

「……そのせいで雪音と琴音は」

「それが妹たちの本当の名前?」

 

 彼は答えない。

 

そのせいで(、、、、、)、彼女たちは実験素材としてライ麦計画に差し出された。そうよね?」

 

 航暉は答えない。

 

「あんたはそれを止めようとした。少なくとも彼女たちの生死を確認しようとした。そうやって、陸軍第9師団特殊殲滅部隊(ネームノウェム)に接触した。よくやるわよ。その時まだ14歳でしょ?」

「13だ。その1週間後に14だが」

「そしてスキュラに拾われた。月刀家もそれを認めた。これであんたが活躍すれば月刀家にまた一つ“箔”がつく。そうして“裏”に飛び込んだ」

 

 詰め込みが終わったマガジンをM93Rに叩き込んで遊底をスライド、セーフティをオン。

 

「そうして、知ったのね。ライ麦計画を」

 

 航暉は答えず、またキリングハウスに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人の脳はね、いろんなことでスポイルされていていろんなことができるバッファが少ないんだ。一概には言えないんだけど、機械化するには子どもの脳の方が効率的だ。AIのモデルタイプとするには特にね。そしてその適用者はなぜか女性に限られた」

 

“彼”はそ落ち着いた髪色に似合わない若い声で言った。

 

「だから、少女をわざわざ選んでゴーストダビングを繰り返した」

「そう、そうして抽出してできたモノが結集してできたのが“僕”さ。もっとも最初期の人間の兵士の(ゴースト)も含まれていてそれの影響が強いんだ。まぁ“僕”って名乗ってるのはそういう部分が邪魔をしてるんだけど」

 

“彼”はデスクのペンをもてあそびながら続ける。

 

「月詠琴音、雪音姉妹はその中でも特別な存在だった。電脳化していなかったから脳はへたってないし、覚えも早くて従順だった。それでも強い自我を持っていた。……素材としてこれほどいいものはなかったよ」

「素材……だと……!」

 

 杉田の腕が力んで銃口がカタカタとぶれる。

 

「そして、ゴーストダビングにかけて、殺したんだな?」

「殺してなどいないよ。殺そうとしたのは人間の方じゃないか」

「なんだと?」

「遺伝子の再利用だよ。福祉事業の一環さ。彼女たち……いや、ここでは月詠航暉も含めて彼らとしておこうか。彼らは交通事故(、、、、)で殺される運命だった。それを救ったんだよ、僕たちは。ライ麦畑(げんじつ)から落ちそうになった子どもを助けたのさ。琴音、雪音姉妹は新たなる体を得て、月詠航暉は別人として生きることで第二の人生を踏み出した」

「そんな……そんなクソッタレな理論で人を救ったつもりか!」

 

 杉田は撃鉄を起こしFN-FiveseveNを両手で保持する。

 

「その結果がどうなった!? 月刀航暉は破滅目指して驀進中だ!」

「破滅ねぇ、彼には正直がっかりしてるんだ。彼ならきっとわかってくれると思ってたのに」

「そんな狂った理論で誰が判れというんだ!?」

「彼の役割はね、そうやって救われた少女たちを導くこと。そういう人間になってもらいたかった。ライ麦の捕まえ手、ホールデン(ぼくたち)にできなくなったそれを担い、純粋でイノセントな存在である少年少女を救う存在。もう生身の体を持たない僕たちじゃ魂は救えても肉体は救えないからね。そういう後継者を作るための人材集めの名目が予備青年士官教育プログラム(Program-R.Y.E.)な訳だけど……でも、理解してもらえなかったんだよなぁ」

「当然だ馬鹿野郎。神にでもなったつもりか」

「いいねそれ。まぁ、装置としての神に近いかもしれない。人の罪を背負って死んでいった神の子とでも言おうか」

「勝手に言ってろ人間もどき、そんな理論で何が救える、何ができる?」

「それを言うならなぜ人間に神が必要なのか考えてみるといい」

 

“彼”は両手を広げた。

 

「責任転嫁さ。人はよくわからないこと、自分じゃどうしようもないことを“神のせい”として処理してきた。自らより次元の上の存在を作ることでより高次元にいる神という存在の傀儡となり『神がそう言うから、神がそうするから仕方ない』としていろいろなことを納得できるようにした」

 

“彼”は銃口の先の杉田に笑みを送る。

 

「今でも死という未だに理解が追いつかない現実に対しての恐怖心を抑制する装置として神が使われているし、神の後光を借りて人はいろいろなことを正当化する。それは人殺しという最大の禁忌さえ可能にした。神様が言うなら仕方がない、これは聖戦なんだ。神のために必要なことなんだっていう感じでね」

 

 すでに日は落ち、間接照明だけが照らす部屋に彼の声が朗々と響く。

 

「でも神は劣化した。いくつもの神様が生まれ、その存在に疑いの目が向けられた。それでは機能不全を引き起こす。これを解消するにはどうすればいいか。簡単だよね?」

「……自らが現人神だとでも言うつもりか?」

「まぁ近いかな。機能不全の原因は神の存在を証明できないことだ。なら確実にこの世に存在するもので、人間より上位の存在を置けばいい。人間が関わらない審議により行動が決定されれば、国家元首さえ『コンピュータが言ったことだから』と責任転嫁できる。絶対上位者に責任を押し付けることで自らの精神を保つことが可能だ。たとえ人殺しをしたとしても、コンピュータのせいとして処理することで狂わずに済む。これほど合理的で機能的な統治機能は過去に存在しないと思うよ?」

「……狂ってやがる」

「そんなことないでしょ、これは合理的だ。責任を全て僕たちに押し付けることができるんだよ? 君たちは必要な要求をこちらに提示し、それを審査したうえで僕たちが与える命令(コマンド)をこなすことができるじゃないか。死ぬような危険なことは機械にやらせればいいからエアコンの効いた安全なところで機械に指示を出せばいい。構図としては今の“水上用自律駆動兵装運用士官(きみたち)”となにが違う?」

 

 杉田はそれを聞いて引きつった笑みを浮かべた。

 

「そうして人を飼い殺しておく気か」

「これは人間が望んだシステムでもある。なにせこのシステムを提案してきたのは人間なんだから」

「その提案者とは?」

「目の前にいるじゃないか、“山本五六”さ。もっとも彼も“僕”の一部となってるけどね」

 

 それはすなわち、山本五六の“中身”はもうここにはないと言うことで。

 

「……狂ってやがる。そんなに権力の座が魅力的か」

 

 杉田はそう吐き捨てて一瞬視線を逸らした。

 

「ふざけんなよ……その神の偶像の中に“月詠航暉の妹たちも含まれる”のか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第九師団特殊殲滅部隊(ネーム・ノウェム)に配属になった彼が陸軍時代に最後に戦ったのが“サンセット作戦”ね。これは公になっている通りスールースルタン国が開発した大量破壊兵器工場を押さえることが目的だった。その大量破壊兵器というのは……」

「……自走爆弾、だな」

 

 キューブは高峰の答えを聞いて上機嫌に回った。

 

「それも……ゴーストダビングで劣化した(ゴースト)を注ぎ込まれた人型の自走爆弾、質が落ちることを承知で大量複写した魂を持たされ、人間社会に溶け込んでいく自走爆弾。そのうち自らが爆弾であることを忘れ、ある日指令が来たときに指示の場所で指定された時間に爆発する。……そう言う爆弾を作っていた」

「……ひでぇな」

「天龍ちゃんはそう思う訳だ。でも作った人にとってはそんなこと些細な問題だっただろうね。なにせその魂の出どころは自律駆動兵装開発計画やその指揮官たる人物を生み出そうとしたライ麦計画からドロップアウトした人物の脳を使うんだ。無駄をなくして口封じもできる一石二鳥の方法ってわけさ。そもそもこの作戦は、内戦を泥沼化させるために日本軍が作った施設を、日本軍が襲うって滑稽な茶番だ。失敗したところで内乱の起爆剤になればそれでよかった」

 

 キューブは回転をやめる。

 

「ライちゃん、デンちゃん。こっから先、君たちにとってはかなりショッキングになるけど。映像だすかい?」

「……しれーかんはそれを見てきたのよね」

「うん、そしてライちゃんがハッキングを受けた時に見た光景であり、ライちゃんに見せたくないとガトーが消した光景でもある。どうする?」

「映像出して。私はそれを見る義務があるわ」

 

 雷がそう言うと電も頷いた。

 

「それが……司令官さんを止めることにつながるのなら、見たいのです」

「……そうかい。なら出すよ。覚悟しときなさい」

 

 キューブが反転。周囲には一気に熱帯雨林が広がった。

 

「作戦開始と同時にガトーの指示でECM搭載型無人機が所定の位置でホイールワゴンに入ると、機銃と爆弾を満載した直掩の無人VTOLと共に私達が工場への侵攻を開始。そして、自走爆弾の兵士たちとの戦闘に入った」

 

 散発的に響く銃声。思い出したようにズンと響く爆発音。

 

「ガトーの役割はまだ遠い敵を爆弾と機銃の掃射で薙ぎ払うことそれが課された役割だ。でも最前線で動く特殊部隊と一緒に動いているから同時に接近戦もこなしている。ガトーに死なれると航空支援が途絶える。致命的ではないが数段難易度が跳ね上がるから死なれるわけにはいかない。もちろん他のメンツでカバーして少しでもガトーが航空戦に専念できるようにした。それでも完全に防ぐことなどできなかった」

 

 森の向こうで戦ってる迷彩服の集団。その中の一番中央、まだ少年の雰囲気を残したままの彼の姿を認める。

 

「司令官さん……」

「そう、あれがガトー。そして、彼だけが先に気がつく」

 

 それを待っていたかのように彼が叫んだ。

 

敵襲(インカミング)! 4時方向!」

 

 直後銃声が響く。発砲炎が大きく二手にわかれて光る。

 

「現れたのはまだ一桁台の年齢だろう少女たち、手にはMP5系のサブマシンガン。それをもって突っ込んできていた」

 

 瞬く間に片方の陣営の火が減っていく。少数になっていく陣営の少女が一気に跳躍した。彼に襲いかかろうとする。

 

「……ガトー!」

 

 いくつもの銃声に紛れて単発の発砲音が響く、吹き飛ばされたその影を盾にするようにもう一つ小柄な影が飛び出してくる。

 

 

「お願い、殺し」

 

 

 銃声。

 

 

「――――ありがと、おにぃ……」

 

 

 それを最後に銃声が止んだ。

 

「そんな……そんな」

「こんな子に爆弾持たせて突っ込ませるなんてどうかしてる。ガトー。お前は悪くない。悪くないんだ」

 

 男の声。震えた少年の声が続く。

 

「スキャンプ、俺たちがすることって。こんな子供を殺すことなのか。それにこの子は今、俺のことを……」

「ガトー! それはお前の妹なんかじゃねぇ! お前の妹は日本でいなくなったんだろ? こんなことろにいるはずがない」

「でも今この子は日本語で……俺のことを」

「それはお前の妹なんかじゃねぇ! それによく似た姿でお前を殺そうとする死神だ! 切り替えろガトー! ここで切り替えなきゃこうなるのはお前だった、俺たちだった! お前は正しいことをしたんだ。部隊の一員として正しいことを成した。やるべきことを成したんだ!」

「そうだとしても……! この子も泣いてた、泣いてたんだ。それを、撃ち殺したんだ、俺が! 恨んでくれよ。せめて罵ってくれよ。なんで――――――なんでこの子は笑って死んでるんだよ!」

 

 そう言った彼の頬を誰かが張った。

 

「グダグダ喚くなガトー、くだらんヒューマニズムは捨てろ。自己満足の正義なんぞに拘るな。自分の脳みその色が知りたいなら戦場を出てから迷惑にならないところで自前の銃を額に当てろ。今のあんたには私たちの命も乗っている。こんなところで機能不全に陥ることは許さんよ」

 

 そう言った女性は小銃をローレディに構え直した。

 

「時限式信管が作動する前に抜けるよ」

 

 そう言って部隊が去っていく。それを見送った雷が震えた声を上げた。

 

「今のって……まさか」

「月詠姉妹のゴーストダビングで生まれた自走爆弾。そのテストモデルだろう。この段階でまだ月詠姉妹由来のAIを搭載した自走爆弾は量産されていない。理由は単純、ゴーストダビングの後、ダビング前のオリジナルがその自我を保っていたから、研究材料としての価値が上がったから」

「そんな事例聞いたことないぞ」

 

 高峰がそう言うとキューブはどこか落胆したように揺れた。

 

「ごくまれにそう言うことがあるのよ。……貴重な事例だったんでしょうね、それから観察に当てられた。姉妹両方ともが生き残ったことでその遺伝子に特徴があるのではないかと予測がたち、今度はガトーにも白羽の矢がたった。ライ麦計画へのご招待だ」

「……」

「そこから先については私も知らない。予測は付くけどね。そして、彼はその後、国連海軍大学広島校に入校するまでのほぼ10年間の記録は存在しない」

 

 周囲の熱帯雨林が遠のき、周囲には白い空間だけが残った。啜り泣きの声が響く。

 

「そんな……そんなのってないのです……。司令官さんは二回も、妹さんを無くしてるなんて……そんなの、あんまりなのです」

「それは違うねデンちゃん。同情なんかであいつを侮辱するな」

 

 キューブの声はキンと澄んだ。不純物のない―――――敵意。

 

「そこで同情が真っ先に出てくるようじゃ。月刀航暉を捕まえることはできない。それに、月刀航暉をここまで追い込んだのはあんたたち全員だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「琴音・雪音姉妹はゴーストダビングに耐えた数少ない個体だった。だからこそ、コピーを温存した。一種の鍵だったからね。そしてそのカギを使わざるを得なくなった」

「……深海棲艦の登場か」

 

 杉田の声に“彼”は笑う。

 

「そのまま流用って訳にもいかなかったけどね。ゴーストダビングで劣化した部分を補う必要があった。そのために用意されたのが“昔存在した艦の記憶から合成した疑似記憶”だ。これを過去に経験した思い出と見立てそれを合成、戦いの経験を持つ極めて優秀な兵器として水上用自律駆動兵装は生まれてきた。もっとも定期的に記憶を修正しないといけないんだけどね」

 

“彼”は笑って見せる。

 

「でも、個体として優秀と兵器として優秀というのは別だというのはすぐわかった。二回目のゴーストダビングにも耐えて見せた月詠姉妹だが、それを元にして生まれた特Ⅲ型後期ロットはそこまで突出した特性は出さなかった。それどころかDD-AK04に至っては兵器としては最低クラス。そこで再調整ができないかと調整員を最適と判断された僚艦をパッケージングして送り込んだ」

「それがウェーク島なんだな?」

「そう。万が一にもDD-AK04が暴走を起こした時にでも重要な他施設に危害を与えることがない場所として適切だったんだ。……そして、それに失敗する」

 

 肩を竦めて“彼”は続ける。

 

「失敗も失敗、大失敗。こちらは優秀な指揮官を一人失った。ま、調整員の方は腕はいいが少しばかり狂ってたのも一因としてあるのかもしれないけど、そこらへんの分析は後回しにしたままだ。それよりもなぜ高いポテンシャルを持つはずのDD-AK04が成果を上げられないのか突き止める必要があった。そして最後の手段を使った」

「……月刀航暉の派遣」

「元々兄妹で似たような個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)を持つ二人だ。なんらかの共鳴が起きるかもと期待したら予想以上の結果を出してくれた。とても興味深い結果が出た。代償として月刀航暉の”ホールデン”としての適性が薄れるってことになったけど。少なくともあと3年は持たせられそうだからそのまま運用する予定だった。でも―――――邪魔が入ったんだ」

「邪魔だと?」

「中路章人中将……ライ麦計画の全貌を知る人物であり、DD-AK03とDD-AK04が月刀航暉の妹を元にした個体であることを知っている。彼の思考は論理的じゃないんだけどね、月刀航暉大佐とDD-AK03、DD-AK04をセットにして軍の指揮下から外そうと考えたらしい。そのためにいろいろ仕組んだみたいだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中路中将は君たちの絶対的な保護者であろうとしたのさ」

「保護者、だと?」

「思い出してごらん? “ホールデン”の名前が出てくるとき、その状況は必ず“水上用自律駆動兵装”の想定外の事項に限られているはずだ。マニラ湾観艦式では対人戦闘を余儀なくされた。その後の銀弓作戦ではCSCとのリンクが途絶えた。そして、北方棲姫を拿捕した時は謎のイージス艦に攻撃された」

 

 キューブはそう言ってゆっくりと旋回する。

 

「観艦式の時、武装勢力に月刀航暉と浜地賢一中佐、笹原少佐が捕まれば、殺されることなくそのままどこかに連れていかれて行方不明になるはずだった。そう言う手筈にするように中路中将は“私に頼んできたのさ”」

「……ならあの時のハッカーは」

「そう、私だよ。ホールデンを騙って武装集団に襲撃させる。そこでライちゃんとデンちゃんも一緒に回収、というより司令官を引き連れて逃走したら艦娘もついてくるだろうからね。そうして一緒に持って帰るつもりだった。でもこれは月刀航暉が上手く処理しちゃって残念な結果になった。そして、次の銀弓作戦で司令部ごと通信遮断して完全スタンドアロンにしたのは中路中将、そうしなければあそこで何人も戦術リンクで焼き殺されてた」

「そんな……」

「具体的には合田少佐、高峰君、杉田中佐、渡井大佐、このあたりが殺されてたよ。月刀航暉の周りでCSCの真実に気がつきそうな人物、かつそれを月刀航暉に伝えそうな人物で今後の重要度が比較的低いと判断された人ね。こういうのを過剰同調事故に見せかけて殺すってのはよくあるのよ。水上用自律駆動兵装運用士官で事故死してるのはこれがメインね。ネオMI作戦、月刀航暉が救援に向かったあの時の北川少将はこの手口で殺されてる」

 

 さらりとキューブが告げてゆらゆらと旋回。

 

「なんとか月刀航暉が指揮官不適格と判定させればその時点で彼が管制卓につくことはなくなる。それを狙ったものの、すぐに復帰。そして目を付けたのが……」

「華僑民国、イージス艦に拿捕させて国連海軍の指揮下から追い出そうとした……? これも……」

「中路中将の筋書よ。そのためにわざわざ渤海対外偵察局(B-SVR)劉華清(リュウ・ファチン)上将に交渉を持ち掛け、協力をこぎつけた。もっとも杉田中佐が全部おじゃんにしたけど。どれも目指すべき帰着点は雷と電が一緒にいる状況で軍の指揮下を外れること。そのためにいろいろな手を尽くしてきた。その結果、CSCによって言語能力を奪われた。そして近々CSCに取り込まれる算段が組まれた。勿論表向きは脳死状態ってことになるけどね。そうして彼もまた“ホールデン”の仲間入りってわけさ」

 

 皮肉なもんだよね、とキューブは乾いた声色でそういった。

 

「中路中将は月刀航暉を助けようとした。それを全部全部、あんたたちが潰してきたんだから」

 

 どこか楽しそうな声が響く。

 

「中路中将は勇敢だと思うよ。何せ一度ライ麦計画をリークしようとしたことがある。失敗してその見せしめとして息子は殺され、一緒に告発しようとした優秀な部下は記憶の一切合切を奪われた。その部下は自らの記憶を奪われたまま未だ軍に縛られている。それでも、中路中将は月刀航暉を救おうとした」

 

 青葉がそっと口を開く。

 

「中路中将はなぜ……」

「そんなことをしたのか、かい? 贖罪だろうね、二度も妹を失った彼への贖罪として」

「贖罪、か……」

「責任者の一人だったからね、中路中将。思うところがあるんでしょうよ。それもまたくだらないと思うけど」

「そう言って、スキュラさんは……スキュラさんは司令官さんを理解しようともしないんですか?」

 

 目を腫らした電がそう言った。

 

「……どういうことかな、デンちゃん」

「いなづまです。司令官さんは辛いことも全部抱え込んできたのです。それに手を差し伸べることは悪いことじゃないはずなのです」

「差し伸べた後に責任を持つことなんてできはしない。その安価な同情やいたわりは逆に人を傷つける」

「逆です。あなたは、人を傷つけることを恐れているのではないですか? そうやっていたわることで誰かの懐に入ることを恐れている。そこで拒絶されることを恐れているのではないのですか?」

 

 初めてキューブの輪郭がぶれた。

 

「……その言葉そっくりそのまま返すよ、電。だから彼を救えない」

「それはお互い様なのです。でも、これからは違う」

「は、言うじゃないか。どう違う?」

 

 キューブは回転を止めているはずなのに、その輪郭が揺れ続ける。

 

「わたしは、いなづまは司令官さんを見捨てない。わたしが誰なのか、それすらまだいなづまには整理がついていないけれど、いなづまには司令官さんを止める義務がある」

「なら、その義務をどうやって果たす? 彼はもう君を君だと認識できるか怪しいものだ。妹してみるか部下としてみるか、あの日殺してしまった少女の亡霊とみるか、そこは誰も予測ができない。艦隊指揮官として彼は過去の記憶の多くを短絡させられ続け、その記憶も精神も歪んでいる。君の声が届くか怪しいよ?」

「それでも届けて見せる。救って見せる。いなづまは司令官さんの部下なのです。司令官さんは決して仲間を見捨てませんでした。ならその部下の私が上官を見捨てるわけにはいかないのです」

「それを相手が拒絶したとしても?」

 

 それを言われて、電は一瞬間をおいた。

 

 

 

「――――――司令官の気持ちなんて、知りません」

 

 

 

 その答えに高峰は目を見開いた。

 

「理由づけるのはやめるべきですね。はっきり言っておくのです。―――――いなづまは司令官が大好きなのです。だから追いかけたい。だから行くんです。それ以上の理由はきっといなづま自身を正当化する理由でしかないのです。だから、何度でも何度でも手を伸ばすのです。司令官が拒絶するかもしれないからといっても、手を伸ばすのは自由です」

 

 キューブはゆっくりと回りだし徐々に速度を上げていく。

 

「これはこれは……いいねぇ。その自己中心的な行動で止められるものなら止めて見ろ」

「待ってください、私は貴女の答えを聞いていないのです」

「答え? なんのだい?」

「スキュラさんは司令官さんを理解しようともしないんですか?」

 

 鼻で笑うような音が響く。

 

「理解する気はないさ。……いい機会だ、教えといてあげよう。“ホールデン”を生み出したゴーストダビング装置、個の記憶の合成/蓄積のためのコードを作ったのは私だ」

「!」

「いわばこの戦場のお膳立てをした実行犯だ。そう、だから――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2回のゴーストダビングに耐えた月詠姉妹は、“僕”とひとつになった。そのことを知った月刀航暉は、月詠姉妹を解放しようとそのもとへ向かっている」

「……フィリピンか」

 

 苦々しげな声に“彼”は嬉しそうに声を弾ませる。

 

「さて、杉田中佐。君に仕事だ」

「仕事だぁ?」

「お門違いなのはわかっているがね、いまCSCが危機に瀕している、人間の手によってCSCを破壊しようとする動きが進行中だ。これを排除し世界の平和を守ってくれたまえ」

「貴っ様ァツ!」

 

“彼”の胸倉を掴み引き上げる。

 

「電嬢のチューンナップが終わったらもう月刀は用済みか!? テメェらが壊した人間をただ使い潰すそれがお前の正義か!?」

「君の怒りは非論理的だ。人類全体の危機に勝る個人の危機は存在しない。そして最大多数の最大幸福を優先すべきであるのは国連軍の性質からして自明の理だろう?」

 

 どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる“彼”はつき付けられた銃口など気にせず続ける。

 

「確かに月刀航暉の能力は惜しい。でも“代わりが無いわけじゃない”。もう彼の生体パーツは生成済みだ。彼を元にしたバイオロイドが用意できてる」

「人造人間はオリジナルじゃない! 今彼を殺せば二度と返ってこない! 電嬢もそれに気がつくだろう、月刀航暉が別人にすり替わったことに気がつけば、こんどこそ電は使い物にならなくなるぞ!」

「DD-AK04の記憶自体を書き換えるからね。軍の管理下にある限り問題ない」

「月刀で上手くいかなかったのにか!?」

「勿論フィードバックはしてあるさ。月刀航暉が死ぬことと、今国連海軍の全水上用自律駆動兵装を統括している中央戦略コンピュータ(ぼくたち)が機能を停止することを天秤にかければどっちが重いかはわかるよね?」

 

 どこぞのB級映画だ、と杉田は吐き捨てた。世界か個人か、そんな選択を強いられるなんてそんな安っぽい展開。一昔前のハリウッド映画のようじゃないか。

 

「―――――やらせねぇよ。そんなこと」

 

 その答えを聞いて“彼”は口角を吊り上げた。

 

「期待してるよ、杉田君。では――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『止めてみろ。止められるものなら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと次回からマニラに舞台を移せる……!

かなり伏線を回収しました。予告詐欺になりましたが……申し訳ないです。

アニメ始まりましたね。うちでは放送ないのでDMMの配信で確認しました。
睦月が喋ってる! 如月もカワイイ! 六駆も出てましたし、飛龍さんも登場してもう嬉しいです。
出撃もかっこよかったです。艤装が錆そうとか、缶とか大丈夫なのとか、飛行甲板ってそういう意味じゃない気がするとか思ってしまいますが……かっこいいから良し!
次回も期待です。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は久々にあの元司令官が登場です。

それでは次回お会いしましょう。

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