艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ

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真実を知った者たちが動き出します。
それでは、抜錨!


00001111 フロムマニラ・ウィズラヴ PHASE4

 

 

 

 

「ふぅ……」

「正ちゃん、そろそろ終業だよ? 大丈夫?」

「これだけはやっておきたいんで先に上がって下さい」

 

 “後方支援部兵站管理部門”と書かれた札が渡されたオフィスの一角、“南方セクター統括班”の札がかかるデスクの塊。そこで渡されたディスクを読みながら彼は小さく溜息をついた。

 咸臨丸はウェーク島基地所属隊と一緒に無事にマーカスまで撤退した、損傷の激しかった島風はそこからグアム基地に空輸され治療を受けることになるらしい。とりあえずは死者ゼロで一安心だ。……“彼女”が無事なこともわかってとりあえず仕事に集中できそうだ。

 

「ひやひやさせるよなぁ……月刀大佐はどこに行ったやら」

「正一郎ちゃんは今日も残業? 寝ないと体に毒だよ? 成長期なんだから」

「わかってます。残業と言っても30分も残らないんですけどね。安川中尉は上がりですか?」

「うん、娘がママを待ってるからね。正ちゃんぐらい聞き分けがいいと子育て楽なんだろうけどなぁ」

「自分は仮にも軍人ですので」

「わかってるけどさぁ……こんど遊びにでもおいでよ、待ってるわよ?」

「機会があれば窺わせてもらいます」

「機会は作るものよ、では、お先に失礼させていただきます。合田大尉」

「お疲れ様でした、中尉」

 

 出ていった“部下”……階級的には部下だが、最先任の彼女を敬礼で見送って溜息をついた。そうして視線を戻したタイミングで。

 

 

『―――――司令官、聞こえてる?』

 

 

“彼女”の声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無人小型爆撃機……BQ-32リーパーを1ダース、これで全部かしら?」

「あぁ、助かったよスクラサス。これがなきゃ自走爆弾の地雷原を突破できない」

「よりによって搭載するのは気化爆弾、デイジーカッターの代用品にする気?」

 

 マニラにあるビルの1階に止められた幌付きのトラックの荷台に積みこまれたのは翼の部分を畳んだ無人航空機の群れだ。組み立てても5メートル四方ぐらいの小型機と翼下面に懸架する武装用ハードポイントには気化爆弾用のアタッチメントが取り付けられている。

 

「2×2で合計4個の45キロ級サーモバリック爆弾、予備含めて60、感謝しなさいよ? ルソン島にあるありったけをかき集めてもらったんだから」

「わかってるよ。トラックも2台体制にしてもらったしな」

「仕方ないじゃないの、こうでもしないと途中の橋の重量制限で足止め喰らうわよ」

 

 それで? とここではスクラサスと呼ばれている笹原が腰に手を当てて胡乱な目を向ける。

 

「これで本当にあの基地に乗りこむつもり?」

「問題が?」

「死にに行くようなもんよ。工場には20人態勢で警備が敷かれてるのよ? そこにたった二人で乗り込む気? それも浜地君は戦闘慣れしてない。特殊部隊出身のあんたとはわけが違うんだよ?」

「なんだ、お前は来てくれないのか?」

「私は頭脳派なの。こんなところに骨を埋める気はないわ」

「あっそ。ならいいよ」

 

 航暉はトラックの荷台に個人携帯武装を並べ確認していく。UTS25戦術自動式散弾銃(タクティカル・オート・ショットガン)1丁、MP5KF短機関銃一丁、M93R自動拳銃2丁、オンタリオ製軍用マチェット2振り、自由空間蒸気雲爆発(UVCE)抑制装置に義手に搭載した液体ワイヤの予備カートリッジ。

 

「いくらワンマンアーミー状態で挑んだところで数の暴力の前じゃ勝目薄いわよ」

「そんなことはわかってるさ。それでもいかなきゃいけないんだ」

「琴音ちゃんたちが待ってるから?」

 

 彼は答えない。

 

「……そして、あんたも生きて帰る気ないんでしょう、月詠航暉」

 

 9×19㎜パラベラム弾が詰まったMP5の予備弾倉をトラックの荷台に乗せて、俯いた。

 

「“俺たち”は16年前に死んでんだ。生きることも死ぬことも出来ない哀れなゾンビーさ」

「砺波ジャンクションの交通事故で、か……」

「そうだ。あそこで琴音も雪音も、父さんも母さんも月詠航暉も、全員が死んだんだ。月刀家に歯向かったからという理由でな。それが全てさ。そうであらねばならなかった」

 

 目の前に並ぶのはマッドに仕上げられ光を返さない銃器の重み。刃物の鋭い煌めきを返してもよさそうなマチェットも炭素鋼の黒味を返すだけだ。

 

「あの時に月詠の血は途絶えたんだ。だれもあそこから残ってはいけなかった。なのに、“俺たち”はその後も存在した。死者としてでもなく、生者としてでもなく、ただ、存在した。この世界を動かすための歯車となった。死んだ後も生き続け、生者の代わりに引き金を引く。それが“俺”の仕事だった」

「へぇ、そんな風に思ってたんだ」

「“俺”ならいくらでも引き金を引こう。それが歯車の仕事だというなら、その役割を果たしてみせる。だが、だが……なんで俺の妹たちまでこの殺しの連鎖に加担しなきゃいけなかったんだ?」

 

 ゆっくりと拳銃を取る。M93R、新品の匂いのする治安部隊用の自動拳銃、その銃把にぽっかりと空いた空白に弾倉を差し込んだ。

 

「琴音は少しませててなぁ、家に帰るとだらだらしている父親を叱咤したもんだ。年長組だぜ? 小学校入学前だってのにこの先どうなるんだと父さんは愚痴ってた。それを聞いた琴音がノータイムで父さんのお嫁さんになるわ!と胸を張って返した時は家族で大爆笑になった」

 

 マガジンキャッチが音を立てて弾倉を固定する、遊底を1往復させてセーフティをオン、改めて弾倉を引き抜いた。

 

「雪音の方はうって変わって引っ込み思案だった。琴音の後をついて歩いてて、自己主張をあんまりしない甘えんぼだった。ケンカとか痛いことが大嫌いでさ、それを見るのが何よりも苦手だった。犬のケンカに割り込んで犬に襲われたこともあったな、そういえば。わんちゃんたちがケガしなくてよかったのです、とか擦り傷とか噛み傷だらけで言われてもさ、お前が怪我してどうするんだって話」

 

 弾薬一発分軽くなった弾倉に9ミリ弾を詰め込む。コイルスプリングの圧がきついが押し込む。

 

「雪音はなぜか俺にべったりでさ。なにかあると俺のところに来たもんだ。嬉しいことも辛いことも、いろんなことを話にきた。あまりにべったりなもんだから俺の同級生にからかわれたもんさ。それを気にして雪音は一回離れるんだけどすぐに耐えきれなくて戻ってくるんだ、兄バカだと思うが、可愛かったよ」

 

 再び弾倉を拳銃に差し込んだ。カチンと鋭い音がする。

 

「なぁ、スクラサス、教えてくれよ。どうしてそんな子たちが、暴力とは無縁の女の子がこんなめに遭わなきゃいけなかったんだ?」

 

 そう言った彼の目は手元の銃しか移していなかった。あまりに慣れ親しんだこの感触に変な笑いが出る。

 

「雪音たちは、殺しなんてできる人間じゃない。それを大人の都合で殺しの道具にされたんだ。死んだあとも、ずっと」

 

 セーフティを確認、セレクタが三点バーストになっていることを確認してレッグホルスタに突っ込んだ。

 

「16年、16年だ。点の上で爪先立ちを続けるやじろべえのように、生きることも死ぬこともできずに、殺しのためのシステムとして使われてきた」

「……その大半は深海棲艦っていう化け物相手だとしても?」

「だから?」

 

 もう一丁の拳銃に同じように薬室に弾をセットしつつ目線だけを笹原に向けた。

 

「だからなんだ? 世界のためだから仕方ないと言うつもりか? あんたも」

「感情としてはわからないではないよ。でもさ“ガトー”。あんたの役割を思い出せ」

 

 薄い笑みを向けて笹原は相手の目を射ぬく。

 

「あんたが着ているものはなんだ? 軍服だろう? なら軍人としての“役割(ロール)”をこなせ。あんたの冷酷で理性的な部分は何と言っている?」

「……ノーだ、このシステムは破壊しなければならない」

「やれやれ、革命家になったつもり? アナーキズムもここに極まれりってかい?」

 

 笹原は肩を竦める。

 

「アナーキズムはシステムを否定するだけの思想ではない。国家や支配者層の否定を行うのはシステムがそれらの支配下と位置づけられてしまう市民を抑圧するからよ。非人間的構造を退け、人間的なシステムの構築を望む。それを履き違えればただのテロリストだ」

 

 笹原はそう言うと右手を腰の後ろに回す。同時に航暉も手に持った拳銃を彼女に向ける。

 

「あんたはどう考えるんだ、“月刀航暉”、私はあんたのすべての主体を総合した“あんた”に問いかけている」

 

 FN-FiveseveNの銃口を睨んで彼は小さく溜息をついた。

 

「頭の中が不純物でごちゃごちゃだがな。笹原、CSCというシステム、お前はどう考える?」

「やっと話が地に足を付けだしたね、カズ君。結論から言えばこのシステムは破壊すべきかもしれない、だけど、壊さなきゃいけないのは今じゃない。今壊せば、艦娘を用いた対深海棲艦戦線は瓦解する。今度こそ人類は海を失うわよ。違う?」

「だがこの機会を逃せばシステムを突き崩すことはできなくなる」

「そうね、微風の事例が証明したように“実存した艦の記録/記憶によるアイデンティティ・インフォメーションの補完”は必要なくなり、記憶を特定の形にフォーマットするだけで対応可能になった。それは史実の制限なしでの生産が可能になると言うことであり、それだけの少女が使い潰されるということでもある。そしてカズ君と電ちゃん、“ヒメ”が持ってきた講和の可能性により終結したあとも艦娘というシステムは維持・管理され続けるというヴィジョンが見えてきた。それによってなにが生じるか、聡明な貴方ならわかるはずよね?」

「全世界規模で“ホールデン”による防衛システムが強化され、このシステムがスタンダードになる。そうすれば……」

「機械による統治、機械によって作られた箱庭で偽りの平和を享受する理想郷が現れるのも時間の問題になる」

「どちらかといえばパノプティコンだろう。機械による人間の管理運用、その段階まで進んでしまえば」

「それこそ、突き崩すのは不可能になる。ホールデンの実権がまだ“艦娘の運用に限られている今がラストチャンス”……確かに筋は通ってるように見えるわよね」

 

 そう言って笹原はくだらない。と一蹴した。

 

「なに?」

「くだらないって言ったのよ。そうとしか考えられないあんたが」

「なにがどうくだらないというんだ?」

「あんたは死ぬ理由を探しているだけよ。ゾンビーが死ぬ理由を。まだあんたが生きていると信じて手を伸ばそうとしている子たちを無視して、勝手に一人で諦める理由を探しているだけ。ほんと、くだらない。ただの現実逃避じゃないの」

「……てめえに何がわかる」

「でた、弱い奴の常套句“あんたに俺の何がわかるんだ”。ご愁傷サマね。わからないわよ。わかりたくもない。夢幻に囚われ、そのためにしか生きられない。そろそろ目を覚ませよシスコン野郎。あんたが残してきた、あんたが見捨てた電ちゃんたちの立場はどうなると思ってるの!」

「黙れっ!」

 

 銃声。

 

「―――――ったく、男ってばいっつもそうよね」

 

 こめかみから流れてくる血を舐めながら笹原はへらっと笑った。

 

「命もあんたが大切にしたいはずの仲間との関係も、全部まとめて掛け金溜め(ポット)に突っ込んで勝手にゲームを進めようとする。それで残されたあんたの仲間をかえりみずに進んでいこうとする。それで残される女の気持ちを考えたことないでしょ? 男ってばみんなそう、女を守ったっていうくだらないヒロイズムに酔ってる。そして」

 

 笹原は衝撃波で切ったこめかみの傷を気にしながらも拳銃をしまった。

 

「何事にも理由を付けたがる。戦争にも思いにも、自分にも、相手が向けてくる好意にも。そろそろ認めなさい。電ちゃんたちは追ってくるわよ。損得勘定も理由もなく、ただ追いかけたいから追ってくる。それ以上の背景なんてなく、上官命令もなにも効きはしない。それだけの感情を持って追いかけてくるわ」

「……なら追いつかれる前に終わらせるさ」

「そう、それより早く追いつくと思うけど。……覚悟した方がいいわよ。女の子は恋をして初めて女になる。逆に言えば恋をした時点でもう少女は女になっているものよ。そうなったら最後、どんなに論理武装したところで、好きだからの一言でその全てを飛び越える。その様を見てみるといいわ」

 

 笹原がくるりと背を向ける。その後には硝煙のわずかな匂いが残った銃を構える航暉だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……阿武隈? 大丈夫?」

『なんとかね、正一郎さんは大丈夫? 体調崩してない?』

 

 ホログラムの映像付きの通信に正一郎は思わず頬を緩めた。それと同時に違和感を察知する。

 

「うん、大丈夫。……阿武隈、チャンネルを変えてこっちからかけるから……」

《その必要はないよ、合田大尉》

 

 電脳通信が飛び込んでくる。思わず身構えるがその声に聞き覚えがあった。

 

「……枝を付けたのは貴方でしたか、高峰中佐」

《さすが、一発で気がつかれるとは思ってなかった》

 

 サウンドオンリーの通信にそう返してから、阿武隈が割り込みを知っていたかのように落ち着いているのを見てわずかに眉を顰めた。

 

「……もしかして阿武隈もグルですか?」

《まぁね……頼みがある》

 

 そういって送られてきたのは見たことのないアドレスだ。軍の非公開チャットルームらしい。

 

「はぁ……わかりましたよ」

 

 そのアドレスに意識を飛ばす。周囲の情報が切り替えられ、バーのようなチャットルームに案内される。

 

「それで、頼みって言うのは?」

 

 そこには高峰中佐と阿武隈が控えていた。チャットルームの端には青葉の姿も見える。

 

「輸送機を一機、大至急チャーターしてもらいたい。行先はフィリピンのキュービポイント飛行場まで直行、積み荷は2名と艦娘4名。今晩中に出発したい」

「……本当に急ですね。目的は?」

「極秘だ。ミッションナンバーEOP0821229031S、これに関わる措置だ」

「艦娘の緊急派遣……なおさら臭いですね。それをわざわざ秘密裏に僕に頼む理由は?」

「予想通りこのミッションナンバー自体が偽造されたものだからだよ」

「……」

 

 正一郎は考え込んだ。

 

「……僕に片棒を担げと?」

「もちろんタダとは言わん」

 

 高峰はそういうと何かの紙を差し出した。

 

「今君は喉から手が出るほど欲しいはずだ」

「……国連海軍大学への入校許可証!?」

「この手続きをすれば来月の恩赦で君への制裁措置を解除、人手不足を補うために国連海軍大学広島校の水上用自律駆動兵装運用士官養成コースの後期課程に転入命令が下る、うまくやれば3ヶ月後には指揮官に返り咲きだ。予定より1年以上早いがね。どうする?」

「……卑怯ですね高峰中佐。この条件をわざわざ阿武隈の前で提示するなんて」

 

 苦笑いをしながらもそういえば、似たような笑みで返された。

 

「こちらもそれだけ追い込まれていると認識してくれ。……状況はまともに話せない。だが今行方不明になっている月刀航暉大佐に関わる事項だとだけ伝えておく」

「……月刀大佐が、ねぇ」

 

 そう呟くと、阿武隈が小さく頷いた。

 

「司令官……」

「なに、阿武隈」

「飛行機、出せないのかな。 電ちゃんたちは月刀大佐を追いかけたいと思ってる。私は、なんども電ちゃんたちに助けられたし、同じ基地の仲間として、助けたいんだ」

「……こんなものをチラつかせることがすごく怪しいんだよ、これ、どこから手に入れました? 高峰中佐」

「山本五六元帥から、かな? 上層部一致というわけではないから個人的なトップダウンさ」

 

 そういった高峰中佐に影が落ちたのを正一郎は見逃さなかった。そこには、何かを隠そうとする意図が感じられ、それがなおさら怪しくさせる。

 

「司令官……今回だけは高峰中佐たちを信じてあげてくれないかな」

「……気に入らない。阿武隈、なんで阿武隈はこの人の味方をするんだい?」

「それは……」

「これの解決は君にも関わるからだ、合田大尉。君の父親の行方にも絡んでくる」

「父親の……?」

 

 質問に答えたのは阿武隈ではなく高峰だった。

 

「月刀大佐は……あなたの父親がどうなったのか掴んだらしいの。月刀大佐はもともと別の目的でいろいろ調べてたみたいなんだけど……」

「その過程で合田直樹元中将に繋がった」

「それを高峰中佐が知っていると言うことはどうつながったかをあなたも阿武隈も知っている。どうつながったんです?」

「……“ホールデン”、あの時の亡霊にカズは挑もうとしている。だがその過程で月刀航暉は矛先を国連海軍そのものに向けようとしている。それを止めに行くんだ」

「……“ホールデン”」

「いつか必ず事情を白日にさらすことになると思う。だが、今は協力してほしい」

 

 正一郎はそれを聞いて溜息をついた。

 

「一つ聞かせてください。高峰中佐、あなたはだれの味方であろうとしていますか?」

「……カズと、彼の部隊の仲間のために」

 

 その答えを聞いてもう一度溜息。

 

「4時間15分後、2130、横手に燃料満載のC-3を待機させます。ただし条件があります」

「なんだい?」

「……ホールデンの行方、帰ってきたら教えてください」

「わかった。必ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……司令官」

 

 拳銃弾をマガジンに突っ込んでいく彼を見て彼女は弱く声を出した。

 

「どうした、皐月」

「司令官のこと……実はあんまり知らないなって……」

「そうかい?」

 

 浜地はそう答えるとマガジンをM9A1拳銃に突っ込んだ。

 

「俺は皐月が一番俺のことを見てくれてたって思うけど」

 

 その言葉はいつも通りの暖かさなのにすでに過去形で語られていた。

 

「そうかなぁ。司令官のふるさとも、なにも知らないのに?」

「呉市だよ。もっとも本土の方じゃなくて沖の小さな島だけどさ」

 

 そう言ってどこか笑う彼を見て、皐月は下唇を噛んだ。

 浜地が何かをしようとしていることは知っていた。それが艦娘に関わることだとも、それで艦娘たちを守ろうとしていることも。そのために軍の施設に強行突入するつもりだということも。

 艦娘のことを考えて行動しているのだと知っている。

 

 でも、それでも。

 

「……今はききたくなかったな、司令官」

「え?」

 

 すっくと立ちあがった彼女はそれでも彼を見上げるようにして言葉を続ける。

 

「そうやって、ボクが知りたいことを全部教えたら、司令官は行っちゃうんでしょ? だったらボクは、知らないままでいる!」

 

 その瞳の端に涙が浮かんでいるのを浜地は見ないふりをした。

 

「わがまま言わないでくれ、皐月」

「やだ! これだけは絶対にやだ!」

 

 彼女は目を逸らさない。それでも目線がすれ違ったのは、彼が見ようとしなかったからだった。

 

「司令官が行くことで誰かが救われるのかもしれない! たくさんの人が笑顔になるのかもしれない。それでも司令官が死んだら何の意味があるの!?」

「死ぬ気なんて……」

「だったらなんでボクを連れてかないのさ! どうしてここまでだって言って置いていこうとするのさ!」

 

 その幼い叫びに浜地は圧倒される。

 

「……このままじゃ、お前たちは殺されるかもしれないんだぞ。この戦争が終わったとしても、ずっと戦い続けなきゃいけないかもしれないんだぞ」

「それでもいい! 司令官がいるなら、それだっていい! ボクはそれでも、それでも戦って見せる!」

 

 司令官と一緒ならどんな残酷な世界だって許容してみせる。受け入れて見せる。

 

「救おうなんてしなくていい! 背負わなくてもいい! ヒーローみたいな司令官なんて望んでない、だから、だから……!」

 

 涙で歪んでいく視界は彼の顔を捉え続ける。

 

「だから……行かないで、死んじゃうような危険なことをしないで……!」

「――――――わかれよ!」

 

 怒声が耳朶を叩き、急に体を抱きしめられた。乱暴に、強く。

 

 

 

 

「お前に先に死なれたらこっちが保たないんだよ!」

 

 

 

 

 耳元で怒鳴られた声の内容を理解するころにはその部屋から司令官は消えていた。

 

「……なんで、ねぇ」

 

 それは自分の命よりも皐月を優先すると言うことで。

 ゆっくりと膝をつき、耐え切れずに顔を覆う。

 

「それで会えなくなったら元も子もないじゃん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのか?」

「あぁ、最後に泣かせちまった。不甲斐ないよ」

「泣く程度でよかったじゃないか。これから俺は妹を殺しにいくんだぞ」

 

 男二人はそういいあってトラックに乗り込んだ。

 

 

 

 

「さぁ、終わらせにいこう。こんな気味の悪い白昼夢を終わらせにいこう」

 

 

 

 





さて、航暉がどんどん悪い方向に走ってますね。これ、止まるんだろうか……。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回からおそらく怒涛のアクションパートなるか。
フロムマニラ・ウィズラヴ編を第三部の最終章にする予定でしたがここで章を分けます。

次回『00010000 Si Vis Pacem, Para Bellum PHASE1』
その戦場に、正義はあるか。

それでは次回お会いしましょう。
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