何が神の杖だ。
神なんて、クレーターの染みを増やしたいが為に20万年も人類の面倒を見てきたクソ野郎だろうに。私からしたら、母のミーナ・ヴィルケの方がずっっと女神だ。
高度900kmに漂う衛星型ネウロイが1.2トンの槍を毎日2、3本落とすような日々が続いたとしても、私にとっては母が全てで、母にとっても私が全てなのだから、外がどうなろうが関係がなかったのに。
なのに一体どうして、私以外はみんな運命を変えたい何て願うのか。
私の固有魔法の時間遡行が唯一の希望だっていうのは知ってるよ。
12歳の誕生日に魔力量をカサ増しする為とビー玉くらいの大きさのネウロイコアを心臓に移植したり、全長62mの魔導エンジンを完成させたりと精を尽くしていたっけ。どうせ年も取らず、守るものもない私には今更出し惜しむものなんて無かったし、ウルスラ博士には申し訳ないけど、心の底ではどうせ上手くいかないだろうと思ってたんだ。
だって私の固有魔法は魔法力を全て注ぎ込んでも8秒時を戻せるだけの代物で、それに1945年に私を吹っ飛ばそうなんてのは。『最愛の人と再会するのは諦めてくれ』っていうのと同意義の話であって。私的にはどうせ実験は失敗して魔導エンジンとかが爆発して、私はネウロイのコアに体を蝕まれてカビ臭いベッドの上で昇天、気がつくとマリーゴールドが咲き乱れる南国の花畑にいて、そこで母さんやユリアやエイミーや達と再会する未来に期待していたと言うのに。
なのに一体どうして、私の後ろには島があって、前には地平線まで空と海が広がっているんだろうか。
足元の海面の奥では魚という生物がチョロチョロと何食わぬ顔で泳いでいるし、
島の森からは鳥が一斉に飛び去っているし、
ザザーと潮の音まで聞こえて、半分だけ顔を出した太陽が、海面にキラキラと反射して眩しい。
全てが本当に新鮮で、本当に鬱陶しい。
うっすらとまだ現実感が掴めないまま、手元のM61機関砲にちゃんとケチケチせずに20mmHEIAP弾が全弾装填されてるか確認したり、魔法圧を締めたり緩めたりして調子を確認していたら、島の奥、300くらい向こうからカンブリア紀のアノマロカリスみたいな全長20mほどの所々に赤い六角形の光を持った黒い物体がのっそりと姿を見せた。
赤いレーザーが飛んでくる。
姿を見せるまで撃ってこなかったのは、この胸にあるコアに躊躇してくれたからなのか。
--キュィィイイン
レーザーをシールドで受けながらM61を構えて、バレルを回転させる。
こいつは案外優しいやつなのかもしれない、もしかしたら私のことを仲間だと思って見逃してくれるネウロイもそのうち現れるんじゃないかなあ。
-ヴゥゥゥゥウウウウ
とか考えながらM61ぶっ放してたらバリィンとアノマロカリスが砕け散った。11秒の激闘だった。
南無三、確か扶桑に伝わる哀悼の念を示す言葉らしいとか。
いや私はカールスラント生まれのグリーンランド育ちだから詳しいことは知らないのだけど、もしかしたらワビサビの方だったかもしれないな?
頬の横を通り過ぎて、パラパラと雪というには鋭利な白い結晶が海面に落ちる。
波紋が広がって、もう海の奥に魚は見えない。鳥はさっき飛び去っていったし、トラベルする際に背負っていた筈の荷物も見当たらないから、海面を飛んで探そうともしたけど、人工コアに体を犯させてまで探すものでもないと諦めたのが数分後。
ストライカーを抜ぎ捨てて砂浜に突き刺した後、枯れ木を集めて火をおこしてみたり、20mm榴弾100発に魔力を流し込んでダイナマイト漁をして魚を取ったりして、キャンプファイアに枝で串刺しにした得体の知れない魚を焼きながら、とりあえず今日も生き延びてしまいそうだと思った矢先だった。
暑っ苦しい真昼の空に、4つの人影を見つけた。
両手を口に添えて叫んでみる。
「おーーーーーーい」
……聞こえる訳ないよね。
とりあえずここが1945年じゃなくて、実はまだ1965年の、それもたまたま奇跡的に自然が生き残っている南国の島だっていう可能性もあるわけだから、私は天に向かって赤い軌跡を描く20mm曳航弾をばら撒くことで気づいてもらおうとした。ドラム外して、腰のと付け替えて、よし。
-ヴゥウウゥウウウウウ!!
少し吹かせると、空のウィッチはパラパラと二組に別れて。なんだろう、まるで航空ショーみたいに同じルートを旋回し始めた。……内の一組が一度立ち止まって、こちらに向かって降下し始める。
あー、なんか見たことがあるぞ。確か、あれは随分と昔に流行った回避機動だったか。
まだ性根が真面目だったころ、背筋を正しながら軍学校で聞いた講義であんな動きがあった気がする。地上から攻撃された場合の対処法は、ロッテ組んで回避して、敵の位置を確認したら。
ディルルルルルルルルル!!
そうそう、片方が地上掃射して牽制するんだ。
「おっ」
足元と耳元をピュンピュンピュンと数発の弾が掠めて、ズシュッ、私の右肩を1発貫通した。
まだ600mくらい距離がある気がしたが、相当腕の良いウィッチに違いないのだけど、なんだってこんな弱っちい弾使ってんだ。7mmじゃ肉ミンチは作れないし、やめてよ、そんな本当に1945年みたいマネしちゃって。逆光でよく見えないけど、両手に化石みたいな銃を携えてこちらを狙っているのはカールスラントのウィッチか?軍服がそれっぽいな。
「KOOOOOOOM!!」
"来い" カールスラント語でそう言いながら全てを受け入れる聖母の如く両手を広げて。
さぁ!私を蜂の巣にしろ!
目を見開いて近づくウィッチを見る。レシプロ魔導エンジンの振動が胸に響いてくる。
たしかその銃は毎分1200発の7.92mm弾を撃てるMG42っていうマシンガンじゃなかったか。
迫るウィッチのブラウンのおさげと、灰色の軍服が揺れている。
逆光でよく見えなかったが、カールスラントのウィッチは驚いたような顔をしていた気したが。
さぁ!思いっきりコアを撃ち抜けよ!
「さぁ!!」
「なっ!?」とか、そんな驚きの混じった声が聞こえた気がした。
茶髪のウィッチは咄嗟に急上昇、私の頭の上を通り過ぎて行って、魔導エンジンの駆動音もぼんやりと遠ざかっていく。
「……あ」
広げた両手を戻す。一歩、一歩、足の裏にへばりつく貝殻の感触を感じながら、砂浜を歩いた。
あの茶髪、何がしたかったんだ?運悪く両方とも弾づまり起こしたのか。
それか…もしかしたら何か急用でも思い出したのかも。例えば家の石油オーブンを消し忘れたとか、今日は入院している妹の誕生日なのに何もプレゼントを用意していなかったとか。
取り敢えず追いかけよう。
「よっこいしょ」
砂浜に突き立てたF-4を横に倒して、長い靴下を履くみたいに片足づつ装着する最中、肩を見ると傷はもう塞がっていた。クソッタレ人工コアのせいだ。
紫の魔法陣を展開して、額の上に紫色の光輪が現れる。
この魔導針ってのは便利なもので、雲の向こうが見えるし、聞こえない音が拾える。
ここから1km南東、高度2300mにさっきの四人を見つけることが出来た。
レーダーに耳を澄ませてみると、音が聞こえる。
「---ニャ!」
と聞こえた。にゃ?まさかここは猫が空飛ぶ時代か?とも思ったが続く言葉は凡庸なもので。
『サーニャ、どういうことだ!あれは確かに人間だったぞ!』
『で、ですが、確かにネウロイの反応は』
何やら揉めているみたいだ。私の妹くらいだったぞ!とか弾が当たったかもしれないんだぞ!?とか言ってるのがさっきの茶髪のウィッチか。あとは大人しいけど、どこか頑固さを感じさせる少しだけオラーシャ訛りのウィッチと。
『大尉!あまりサーニャをいじめるナヨ!』
酷いスオムス訛りに続いて、
『……ふうん、人の見た目をしたネウロイかあ』
と勘繰るような声。
『っ、大尉!対象が近づいてきています!』
どうせ使わないだろとM61を砂浜に置き去りにして、上昇する。
予想より随分早く気づかれた。
『どこからだ!?』
『真下です!』
雲を抜けると、四人のウィッチの目の前だった。既に銃口は全てこちらを向いている。
練度の高さに驚愕すると同時に、また納得もできた。向こうは私のことなんて絶対に知るわけもないが、私にとっては全員知ってる顔だ。
カールスラント空軍少将ゲルトルート・バルクホルン、軍医師のエーリカ・ハルトマン、東の英雄ことサーニャ・V・リトヴャクとエイラ・イルマタル・ユーティライネン。
まだ蜂の巣にされていないところを考えるに、彼女達には迷いがあるのか。こんな時、1965年からトラベルした未来人がとるべき行動はただ一つ。
「こんにちは!」
気さくな挨拶をしつつ両手を上げて無抵抗をアピールすること!
「ナ、なんだ、ウィッチじゃないカ」
グレーの髪色をしたウィッチがそう言って、銃を降ろそうとする。
「エイラ、駄目!」
だけど、すごく色白な子がその子の前に出て、うわすごっ、フリーガーハマーで私を狙ってるよ。
「これはネウロイです!騙されないでください!」「ササササ、サーニャ!!?」
エイラと呼ばれたウィッチはその状況に困惑している様子だったが、金髪のカールスラントウィッチはこちらに以前銃口を向けている。よく分かってるじゃないか同郷の人。
「…サーニャ、これは本当にネウロイなのか?」
バルクホルンがフリーガーハマーを構えるサーニャに向かってそう聞くと、サーニャ額に汗を滲ませて、「わ、わたしは…」と答えに詰まっていた。
さて、ここで全てを話しても良い。『私は衛星型ネウロイが人類の9割を虐殺した1965年から時間遡行っていう固有魔法を使って来たウィッチです。ネウロイの反応がするのは足りない魔力を補うために埋め込んだ人工コアのせいなんです。もちろん私はネウロイじゃないし、皆さんのこともよく知っていますよ』よし完璧だ。
「すみません」
excuse me.さりげない笑みを浮かべ、完璧なタイミングでそう言った。
「…なんだ」
バルクホルンが心底嫌そうにこちらに銃口を向けている。いたいけな12歳の少女の見た目に銃口を向けるのが嫌なのか、それともexcuse meが嫌だったのか。
「私は衛星型ネウロイが人類の9割を虐殺した1965年から時間遡行っていう固有魔法を使って来たウィッチで、ネウロイの反応がするのは足りない魔力を補うために埋め込んだ人工コアのせいなんです。もちろん私はネウロイじゃないし…あれ」
心なしか、予定通り視線が冷たいような気がする。
こんな時は世間話で場を和ませよう!
「ほら、バルクホルンさんのことも知っていますよ、知りたいんじゃないですか?クリスさんのファーストキスがいつだったかとか!」
ブルルルルル、レシプロのエンジン音だけが聞こえる。おかしいな。何で誰も一言も喋ってくれないんだ。
「えっと、ファーストキスはですね…」
「もういい」
「え?」
「お前らネウロイがどんな目的で人間の姿をしたか知らないが」
バルクホルンがそう言って、引き金に指をかける。
「馬鹿にするのも大概にしろよ貴様!クリスの、ふぁっ、ファーストキスだとぉ!?」
「あ、いや、その、ちゃんとした関係でしたよ?相手は礼儀正しいガリア男子で!」
「うわあああああああ!」「ちょっ、トュルーデ!?」
--バラララララララ!!
あ、シールドが間に合わない。
バルクホルン大尉の両手に携えたMG42から、7.9mmのライフル弾が体を貫く。
「……ぁ」
胃、肺、太腿、眼球、あらゆる箇所が燃えているような気がする。もしかして焼夷弾使ってたり?
「あぁ…そ、そんな、ぐ…うっ、おええ
っ」「トュルーデ!」
人を蜂の巣にして口からジャーマンポテトをゲロするバルクホルンと、それを支えるエーリカ。
その様子を少し口を開け、呆然と見ているサーニャとエイラ。
運悪くコアには当たらなかったか。
すぐに千切れた右腕が白い光と共に再生して、潰れた左目の方も見えてくる。
喉に開いてた穴が塞がって、息を言葉にできるようになった。
「……えっと、もしわたしがネウロイだったら、無抵抗で撃たれると思いますか?」
まさにドン引きって感じの顔つきだったね、全員。
人と上手く関われない自覚はあったけれど、まさかこんなところで響いてくるなんて、どうせ関わっても全員死ぬからって勉強サボらなきゃ良かったな。
エイラは『キ、気持ち悪いんダナ…』なんて言うし、エーリカなんて殺意が以前高まってるような気がする。最終的に言葉も交わさずに、両手を上げたまま、彼女達の後についていったのだけど。
バルクホルンの7.9mmが数発ストライカーに当たってたらしく、途中でF-4の出力が切れたから、エイラとサーニャに両肩を支えてもらう形で、あるいは捕獲されたグレイのように補導されて。
行き着いた先はアドリア海にある豪勢な基地だった。
基地に着いて、エーリカの刺殺さんばかりの視線とバルクホルンの圧を背中に感じながら歩く。
「入れ」
その先には牢屋。石造りの部屋で、トイレはバケツ。ガビついた毛布と固そうなベッド。
65年の寮より少しだけ良い部屋だった。
言われるがままに柵も向こうへ行くと、後ろから、ガチャン、というような音が聞こえて、バルクホルンは鍵のついた鉄輪をくるっと回して。
「そこで大人しくしていろ」
と言って、牢屋の中から見えないところまで行ってしまった。
私のグロい姿を見たせいか、心なしか対応がそっけない気がする。
私の知るゲルトルート・バルクホルンはこう、第二次性徴期な少女相手なら無条件に愛情を振り撒くような人だった気がするのだが、わたしはそれに当てはまらないのだろうか。
流石にあの手は強引すぎたのだろうか、それとも、私が見た目だけの年増だと気づいているのだろうか。
……眠い。
20年の時間遡行をして、11秒も戦って、7.92mmで蜂の巣にされたんだから、疲れるのも当然か。毛布とベッドもあるんし、せっかくだから少し寝よう、そうだね、ママ。